Chapter9: 

2007年01月07日(日) 8時08分
「はぁ・・・」
あまりにも拍子抜けした事態に私はうまくついていけなかった。でも安心するにはまだ早い。彼から便箋を受け取る。上質な紙なのだろう、指先がうっとりするくらいすべすべしてる。紙ってこんなにキモチイイものだったっけ。
「おい、大丈夫か」
一瞬頭が真っ白になったと思ったら、その次から映像が頭に浮かんでこなくなった。体が宙に浮かび上がるような気持ちのいい浮遊感。感覚とは逆に重力に引きずられ、静かにゆっくりと床に倒れこむ。すべてスローモーション。

いつものように暗い部屋のベッドの上だ。彼は少し離れたところに座っていた。スタンドのほのかな明かりの下で「地下室の手記」を読んでいた。私に気づくとコップを差し出した。冷たいようで優しい、私の運命の人。
「目、覚めたか。大丈夫?」
「ん・・・なんとか。ごめんなさい」
「別に・・・」
彼のいつものそっけない返事を聞きながらも、私はサイドテーブルに置かれた白い便箋から目が離せなかった。読むべきか、読まないべきか・・・この一通の手紙の存在は私をひどく怯えさせている。ただの紙切れ一枚が私の存在を。

「俺が読もうか」
本から目を離さずにぶっきらぼうに言った。彼は私を見透かしているのか、ただの運命のいたずらか、はたまた茶化しているのか。何にしてもこの手紙は私が読まなくてはいけない。中に何が書いてあるのか分からない。だったらなおさら彼に見せるわけにはいけなかった。私は何も言わずに便箋を開いた。やっぱりこの紙はすべすべしている。まるで紙という枠を超えた何か別の物質であるかのように。


アナタノチカラニナル。時間ハ迫ッテイル。自分ノ運命ヲ知リタクハナイカ。


なんなんだ、この手紙は。彼よりももっと私を見透かしている誰かがいる。なぜ彼(はたまた彼ら)は私を知っているのだ。私という人物を知っているんじゃない。それは私の頭の中からつま先まで全てを見られているような感覚だった。さっきまで自分の存在を脅かしていたこの手紙が、今は私のすべてを包もうとしているみたいだ。なぜ私の問いかけを知っているのだろうか。偶然なんだろうか。私は自分の運命を知りたいのだ。

この手紙が言わんとすることよりもまず、「なぜ、どうして」が止まらなかった。おかげで便箋の右下に書かれた奇妙な記号にもしばらく気づかなかった。丁寧に一字一句なぞるようにもう一度手紙を読んで初めて、右下の記号に目が留まった。

それまでに見たことのあるどんな記号とも違った。記号と呼んでいいのかもわからないような、文字とも記号とも言えない印。私はまた紙のすべすべを味わうように、指でその記号をなぞった。

そしてまたあの感覚に落ちた。頭が真っ白になる。ふわふわで温かい浮遊感が体を包む。でも何かさっきとは違う。指先が熱くなった。そして頭の中は真っ白な世界から徐々に映像が流れ込む。いつも人の心を読んでいるときのように、ゆっくりと私はその世界に落ちていく。

Chapter8: 

2006年12月29日(金) 16時34分
 「あ・・・」
階段を駆け上がって息が上がってしまったのと、気が動転してしまったのと、彼が心配してくれていたのと、いろんなことが一緒くたになって言葉が出なかった。
「まあいい。とにかく中へ入れ」
彼は心身ともに疲弊した私を抱きかかえながらソファまで運んでくれた。
「とりあえず飲んで落ち着きな。話すのはそれからでいい」
そう言いながらコップに注いだミネラルウォーターを手渡してくれた。一息にそれを飲み干すと大きく一つ息をついた。たったそれだけのことで不思議と落ち着きを取り戻すのだから人間とはよくできた生き物だ。その間彼は黙って隣に座ってくれていた。いつもは気付かなかったけれど、意外に気の利く男だ。
 彼は頃合いを見計らって話を切り出した。
「で、どうしたんだよ、いったい」
態度とは裏腹にぶっきらぼうな口調で尋ねてきた彼に私はポツポツと口を開いた。
「今日の朝、なんでかよくわからないんだけど、いつも起きる時間に起きれなくて、目覚ましで起きたの。でも今まで日曜日に目覚ましの音なんて聞いたことがなかったから、私気が狂ったみたいに動転しちゃって、それで家を飛び出しちゃったの」
彼は黙って足元のフローリングの一点を見つめ、続きを待っていた。
「最初家を飛び出したときは何も考えられなかったんだけど、だんだん気持ちが落ち着いてくると、日曜日の街中を歩いてるのが楽しくなっちゃって。ほら、いつもなら私たち、そうなってる時間じゃない?だからなんだかワクワクしてきちゃって、お店に入ったりしたの」
彼はその瞬間、表情を一変させたが、口を出すつもりはないようだ。
「そう、私お店に入ったのよ。すごくない?最初にかわいい雑貨屋さんに入って、その後喉が渇いたから雰囲気のいい喫茶店に入ったの。そしたら」

 ピンポーン

 玄関の呼び鈴が部屋中に響き渡って、私は黙りこくってしまった。
「見つかったのか?」
コクンと首を振るのが精一杯だった。
「ったく」
舌打ちをしながら呆れたような顔をして私を見つめている。
「でも、直接顔を見たわけじゃないし、本当にそうなのかわからないわ。ただタクシーを降りたときにチラッと別のタクシーが止まってるのが目の端に映ったけど」
「ねぇ、どうしよう。私はどうなるの?私はどうなっちゃうの?」
彼は黙って立ち上がり、玄関の方へ消えていった。

 どれくらい時間が経っただろう。一分かそこらだったかもしれないし、三十分くらい経ったのかもしれない。とにかく私には永遠に思えるような時間が経った後、彼はまったく意味がわからないといった顔をしながら戻ってきた。
「東京のど真ん中の、しかも路地裏のあるような雰囲気のいい喫茶店が千円ぽっきりでコーヒーをケーキを食べさせてくれると思ったのか。まったくこれだから世間知らずは」
今度は私がまったく意味がわからないという顔をする番だった。
「その喫茶店のマスターだったよ。勘定が微妙に足りないから呼び止めようとしたらタクシーに乗って行っちゃったからわざわざ追いかけてきたんだとさ。それじゃあタクシー代でも損してるじゃんな。だから俺がタクシー代も含めて払っといた。でもまた時間があったらおいでって言ってたぞ」
ポカンとしてる私に表情を変えて彼は続けた。
「それとお前の後ろに座ったっていう男から手紙を預かってきたって」
何の変哲のない白い便箋が彼の手の中にあった。

Chapter7: 

2006年12月22日(金) 4時02分
 コツコツと近づいてくる足音が店内を心地よく流れていたジャズも人々の会話も、全て消し去った。私はグラスを握り締め、目をかたく閉じ、その足音が通り過ぎてくれるようにとただひたすら頭の中で祈った。せっかく新しい運命を踏み出せるような気がしたのに。やっぱり逆らうことができないの?運命はもう定まってしまっているの?閉じた目から涙があふれ出した。

 何が起こったのだろう、足音は私の隣を通り過ぎた。足音の代わりに背後の椅子を引く音が聞こえた。一瞬頭の中が真っ白になった。あれは組織の人間ではないのだろうか。私が判断を誤ったのか。でも、明らかに私のことを見ている・・・。二人が何の目的であれ、危険が迫ってきていることは間違いなかった。すぐにこの店を出なければ。
 私はハンドバックを膝の上に乗せたままだった。喫茶店どころかお店というものにすらろくに入ったこともない私が、身の回りの物を手離せるはずがなかった。自分の呪わしい運命に救われたことに複雑な感情を抱きつつも、こっそりと財布を出しお札を1枚抜き取った。ハンドバックを握り締め、勢いよく立ち上がるとそのままマスターのいるカウンターに駆け寄った。

 「お釣りはいりません。おいしかったです。ごちそうさま」
 心の中で、一瞬でもくつろいだ時間を与えてくれたマスターにお礼を言いながら一目散に通りに出た。後ろからマスターの声が聞こえる。迷っている暇なんてなかった。
 「タクシー!!」
 すぐに止まってくれたタクシーが、自分が今大通りに立っていることを気づかせた。開くドアと同時に飛び乗るしかなかった。
 「すぐに出して」
 バックミラー越しにのぞく運転手の怪訝そうな顔も、通りから不審そうな目を向ける歩行者も今はどうでもよかった。
 「市ヶ谷に向かってください」
 「お客さん、なんかあったんですか?」
 運転手の声は耳に入ったが、私は再び目を閉じて何もしゃべらなかった。こんな状況のときに、助けを求められるのはあの人しかいなかった。定められた運命に逆らいたいと思っていても、結局はその運命に頼るしかないだろうか。悔しさがこみ上げてくる。

 「つきましたよ」
 財布から数枚のお札を取り出すと同じ文句を繰り返した。
 「お釣りはいりません。お世話様でした」
 数百メートル離れたところに別のタクシーが来ていた。

 会社が住まいとして与えてくれているマンションは、セキュリティ万全だった。私たちの目を狙っている人間は多いのだ。目を見る可能性を少なくするために管理人こそいないけれど監視カメラは24時間監視を続け、廊下、階段、各階につけられた非常ベルを鳴らせば30秒以内に警備員が来る。部屋までたどり着けばなんとかなるはず。もっとも、あの二人が組織の人間であればそんなセキュリティなど意味を成さないのだけど。階段を駆け上った。エレベーターに乗るのは危険かもしれない。普段そんな激しい運動などしないせいだ、4階まできて足が震え、息が苦しくなった。あと3段。やっとの思いで7と書かれたドアを開ける。自分の部屋はフロアの1番奥だ。

 「どうした!」
 あぁ、この人は。息を切らせた私を見て、彼は青い顔をして言った。
 「心配したんだぞ。どこへ行っていたんだ」

Chapter6: 

2006年11月30日(木) 23時42分
 会社へ続く一本の道を歩いていると、ふっと我に返った。人の目を見ることができない私と同じ運命の人たちはどうしてもいろいろなことを考えてしまう。通り過ぎていく人を眺めるという暇つぶしができないし、逃れることのできない運命のおかげで日常的に自分を悲観視してしまうのだ。
私は本当に自分じゃないほかの誰かに決められた人生というレールの上を歩いていかなければならないの?運命に従うことが私の運命なの?運命に逆らうことが私の運命だったりしないの?
 そう、あのときのように。彼が私への想いを打ち明けた後で、運命とは関係なく、生理的に彼の想いを受け入れられずに毎日を過ごしていたとき。いつか少女マンガに出てくるような白馬の王子様が現れて、私の運命を変えてくれるんじゃないかと密かに思っていたあのころ。今みたいに自分の運命を卑下していたとき。多感な時期だった。十七歳くらいのころだったと思う。それだけに自分のこの運命を余計に疑問視していたときだ。



 ジリリリリリリリィィ・・・・・・・・・・
え、え、何で目覚まし鳴ってんの?今日日曜日でしょう?なんで?なんで?
今まで十七年間生きてきて初めて聞いた日曜の目覚まし音。それは私にパニックを起こさせるには充分な出来事だった。私は無我夢中で部屋を飛び出した。頭が真っ白になって、1時に彼が来るなんてこと頭の片隅にもなかった。

 走り出した私の目に飛び込んできたのは何てことはない普通の日曜の昼下がりの風景。けれど私にとっては初めての日曜の昼下がり。自然と胸が弾んだ。
わ、昼と夜だってずいぶん違う顔を見せると思ってたけど、平日と日曜でもずいぶん街の雰囲気も一変するのね。いつもと違って人が沢山いて目が見れない私にとっては歩きにくいけど、十七年間そうやって生きてきたんだ。別にできないわけじゃないわ。
 朝の出来事なんてとっくに忘れて気分がいつになく高揚し、私は初めての街を縦横無尽に闊歩した。時折頬をなでる風に秋を感じながらお洒落なディスプレーがなされたウィンドウを眺めるのも物足りなくなって、私はお店に入る決心をした。それでも人と対面することが多いかもしれないし、鏡がいっぱいありそうだから服は見れないなと我ながら冷静な判断をしていた。こんなときでも運命に縛られてるのかと思ったけど、そんな考えは今はおいといてかわいい雑貨が並んだお店に足を踏み入れた。
あぁ、私お店に入っちゃった。しかも日曜の午後の昼下がりに。
目に映るもの手に取るもの全てが私の部屋にはない新鮮なもので、キラキラ輝いて見えてなかなかお店から出ることができない。時間を忘れて商品を眺めているとだんだんスタッフの視線が気になり始めた。もちろん目を合わすことはできないけど。声をかけられたらおしまいだと思って私はお店を後にした。そんなことがあった直後でも私の心は満足していた。
もうちょっと冒険してもいいかな。
お店に入れた私は気をよくして次の行動を計画していた。
夏は確かに終わったけど、今日はずいぶん暑いわ。喉が渇いたし、歩きつかれたわ。よし、どこかに入って一休みしよう。

 そう思ってまた並木道を歩き出すと、街はまた違う一面を見せてくれた。相変わらず人の目は見れないけど、オープンテラスで楽しそうにオシャベリをしているカップルや同じくらいの歳の女の子が見える。通り沿いに出ているいろんな種類の看板を眺めるのも楽しい。黒板になってるたて看板にチョークに本日のケーキとか書いてあったり、ブリキ素材の看板も目に入ってくる。高級感の漂う店内から、いかにもといったようなチープな装飾まで様々。
端っこから入ってみたいけど、それにはいくら時間があっても足りないわ。
私は大通りから一本外れたどっしりした木の扉が落ち着いた雰囲気を出している喫茶店に入った。中に入ってみると外見と同様落ち着いた空気が流れていて、小さく音をしぼったピアノジャズが流れている。
「いらっしゃいませ」
カウンターに立っているマスターが当たり前のように、それでいて好感を持てる接客をした。声をかけられた私はドキマギしてしまって不自然なお辞儀をしてしまった。カウンターに座ることはやっぱりできなくて、外からは見えない奥の席に腰を下ろした。動揺を落ち着けようと深呼吸をしているとマスターは水をもってカウンターから出てきた。
「こんにちは。何になさいますか?」
低くて渋い声でたずねてきた。
ちょっと待ってよ、まだ息整ってないよと思いながら、
「えっと、じゃあコーヒーと何か甘いもの・・・」
「今日はまたずいぶんと暑いでしょう?コーヒーはアイスにする?」
「あ、はい」
「甘いのはねぇ、うちあんまりおいてないんだけど、昨日栗が入ったからモンブラン作ってみたんだけど、どう?」
「私栗好きです。それください」
「はいはい、じゃあちょっと待っててね」
彼は愛想よく、そしてテキパキと注文をとってカウンターに戻っていった。
ずっとうつむいたままだったけど、怪しまれなかったかな。
と内心ヒヤヒヤだった。深呼吸を思う存分して辺りを見回す余裕ができると、フワッとコーヒーを挽くときのいい匂いがしてきた。
あ、もしかして私アタリのとこ入った?
もう普通の女子高生なら感じるだろうウキウキした気分でBOSEのスピーカーから流れるジャズに耳を傾けながらコーヒーを待った。

 すっかり落ち着いていい雰囲気の店内を楽しんでいると、マスターはカウンターから出てきた。
「はい、アイスコーヒーとモンブランだよ。ゆっくりしてってね」
「あ、どうもです」
気持ちのいい笑顔をしてるだろうマスターの顔を見れないまま私は軽く会釈をした。
「いらっしゃいませ」
振り返ってカウンターに戻ろうとしたマスターが言った。新しいお客さんが来たらしい。私は目の端にチラッと、もちろん目は見れないけど、サングラスをして黒いスーツで身をかためた二人の大柄な男を認めた。

アイスコーヒーに伸ばした私の手がどんどん冷や汗で湿っていくのがわかった。

Chapter5: 

2006年11月29日(水) 2時14分
頬をつたう一筋の水滴に、いったい何の意味があると言うのだろう。

これまでずっと繰り返されてきた儀式の中で、一度だけ彼が私の目の前で泣き出したことがある。
「僕は君のことを好きになってしまいそうだ」
彼はそうつぶやいた。もちろん、それは私には分かっていたことだった。彼が私の「運命の人」であること。「運命の人」との目合は、私の目のチカラをより澄んだものにする。いわば純真さを保ってくれるだ。だからこそ私のような目を持つ人間の存在を知っている上の人間が、何も知らない「運命の人」を見つけ出し契約を結ばせるのだ。金に物を言わせて。それも全て、この目の継続のためなのだ。

そんなことが起こっていようとは想像だにしない彼は、表面から見れば取引と契約だけの間柄である私を愛してしまうことに怯えていた。きっと彼は私が運命の相手だなんて考えたこともないのだろう。私だけが全てを見ているのだ。そうなることしかないと知っている私にとって、彼が怯えていることも彼の考えていることも理解しがたかった。

やがて彼は私のことを深く愛するだろう。そして彼は契約で結ばれた、清いとは言いがたい関係の私を愛さずにはいられないことに恐怖を感じるのかもしれない。おそらく、私のような目を持たない人間にとって「運命」というものは、とてもロマンチックで情熱的に映っているのだろう。私が運命をどうとらえているのか、うまく説明することはできない。でもこの目ですべてを見据えて生きなければならないというこの運命を、ロマンチックだと思うことはない。

きっと私も彼のことを愛するだろう。それは、この目と同じように定められた運命なのだから。この目から逃げられないのと同じように、運命という道から外れることができないこともずっと見てきたのだ。

完璧なまでの隔離、監視、管理。私が、いや正確には私の目が、特殊であるが故に私は特別を強いられている。これはすべて変えられない運命なのだろうか。私はこれからもこのまっすぐにどこまでも敷かれた運命の道を歩まなければいけないのだろうか。

私は死ぬことさえままならない。死のオーラは、他のどんな感情よりも熱い。もし私が一言「死にたい」と思ってしまえば、それは目を見なくても他のこの特殊な目を持った人間にかぎつけられてしまう。それは報告され、そしてしかるべき処置が取られ、私はまたこの閉ざされた日常に舞い戻るだけなのだ。一旦この運命を背負ってしまった私たちは、今さら放棄することなど許されない。この閉ざされた世界から解放されることなどないのだ。

私はどこまでも続く1本の道を、ただひたすら歩き続ける。

Chapter4: 

2006年11月22日(水) 4時41分
 またさわってから後悔してしまった。泡のついた手で瞼に触れれば目にしみるなんてわかりきったことなのに。しかし触れずにはいられない。私はこの目のせいで。

 バスルームからやっとのことで出ると、何をする気もなくなっていた。儀式はやっぱり疲れるし、明日のことを考えると気が重くて仕方がない。日曜をいくら形式的に主観性を排除して過ごしてみても、この気分から逃れることはできないらしい。たとえどんなに熱いシャワーを浴びたとしても。そんなことだからやっぱり今日も早く寝てしまう。
 私は風呂上りに一分一秒を惜しむかのように急いで化粧水をつける必要もないし、ドライヤーで髪の毛を乾かす必要もない。どうせ誰の目も見れないのだ。容姿を気にする気になどどうしてなれよう。しかもどのみち満員電車にも乗れないのだ。私は早く起きるしかない。
 まだ世の大多数の家族が週末の団欒の余韻に浸っているころ、私は部屋の電気を消した。

 柔らかい日差しに包まれて起きる日曜の朝とは打って変わって、月曜から私はまだ暗い時間に起きる。文字通り人目を避けるために人もまばらな早朝の電車に乗って会社へ行くためだ。朝帰りの人が乗っていることが多いけれど、それでもラッシュアワーの殺人的混雑に比べたら屁みたいなもの。それに彼らはまるで腑抜けにみたいに生気がぬけていて、私の存在など気にもかけていない。
 会社から支給された六種類の服の中から一番のセットを身に着けて家を後にする。もちろん外はまだ薄暗いし、もう肌寒い。

 池袋に向かう電車の中には二種類の人間がいる。一つはあまりいい人間とは言えない朝帰りの人たち。もう一つが私たち。目を見ることができない人たち。
 私たちは別にダヴィデの星のようにある種の印を身につけているわけではないけれど、なんとなくわかってしまうのだ。目を見ることができなく、制限された行動は訓練されているとは言えどやっぱり見る人が見れば不自然だし、幼いころから隔離されて育ってきたという雰囲気がどこからともなく漂っているのだ。
 早朝の電車にはそういう二種類の人間が乗っている。

 私のような人は数的にはそう多くない。だから会社にはとても重宝される。何しろ人間が本質的、根源的に欲しているものがわかるのだから。最近はマーケティング調査などほとんど形骸化して、実際は私たちが牛耳っている。市場調査などするまでもなく、私たちは人々が何を欲しているか手に取るようにわかるからだ。それはひとえにこの目のおかげ。
 しかし私たちは決して表舞台に立つことはない。隔離され裏社会に生き、最期は闇に葬られる。そういう運命なのだ。それはひとえにこの目のせい。
 私たちはありとあらゆる分野で決して知られることなくひっそりと、けれど莫大な成果を挙げ巨万の富をもたらしているのだ。

 よく無邪気がゆえに子どもは残酷だというが、私たちの目はそれに近い。殺伐とした現代社会の中で、打算的で攻撃的な目にさらされることなく歳月を重ねた眼は曇ることなく物事の本質を捉えることができる。社会がその目を要求するがゆえに私たちは生まれた時点で選別され、隔離される。そして個人差はあるにしろ、概ね十四歳を過ぎたころから肉体的発育を促すため週一回の儀式が義務付けられる。こうして私たちのような心と身体がアンバランスな人間が出来上がるのだ。

 私たちは様々な会社に配属されている。結婚斡旋会社もそのうちの一つだ。もちろん、お金を巻き上げるため目合うべき配偶者などその会社では絶対に紹介してくれはしない。

 そう、世間ではそういった類の人を「運命の人」とか「赤い糸で結ばれた人」と呼んでいる。言うまでもなく、私は私自身の「運命の人」もわかる。

 それが儀式にやってくる彼なのだ。

11月20日深夜のメッセより抜粋・・・ 

2006年11月21日(火) 0時10分
創作秘話というか裏側もおもしろいので公開しようかと思います。
2人の「あらたく×いまり」に対する想いも伝わるんじゃないでしょうか。
ということで今回は2人のメッセの会話を丸ごと公開いたします。(いまり)

いまり(以下、い):アップしたでぇー!!
あらたく(以下、あ): お。
あ:きゃー
い:あたしが書くのはいつもチャチなかんじがしていやだ。
あ:そうか?
い:うん。あらたくに飲まれまくってる。
あ:誘われ、とかだったら雰囲気でたかもね。
い:さっき親にも、あんたので出しは下品って言われたもんw
あ:ははは 見せてるんだ?
い:自分のブログからリンクはったるからさ。流れで見たらしいw
あ:俺のほうはなんか言ってた?
い:べつに?
あ:あ、そ。
い:まだそんなに読んでないけど、出だしが最悪だから読む気にならんって言ってたw あたしのせいだね、ごめんなw
あ:まあまあ。
い:出だしって大変だわ。
あ:ね。
い:ときに、今回のは?
あ:もうちょい。
あ:ん。
い:どぉ??w
あ:一読者の視点からすればまだ謎のままだよね。
い:そうだね。
あ:契約は目を見ちゃいけないっていうのも増えてるし。
い:謎が多いままだね。
あ:しかもその契約はあんまり望まれたものじゃない?
い:んーあたしの中ではね。
あ:だよね。 性欲はあるけど、契約には不服って感じがする。 最後は涙でしょう?
い:彼女は目を使う仕事をしてるっていう方向に持っていきたいの。 最後は涙じゃないよーん。
あ:労わってる?
い:そ。
あ:目を使う仕事・・・。
い:夢読みみたいなポジションのね。 非科学的な仕事♪
あ:目を見れない契約。 明日は仕事に行かなきゃいけないのね・・・ いかなきゃいけない
い:仕事のためだけにしか目を使えないのよ。
あ:うーん。
い:ははは。 悩ませたw
あ:それはたとえば薄毛の人を調査する仕事とか?vv かなりの眼力をようするよね。
い:もっとミステリアスな仕事だよぅ。
あ:知ってるよ。
い:ですよね。
あ:ミステリアス・目・・・。
い:もう1こ言うならば
あ:非科学的。。 ならば?
い:彼は会社側から派遣されてるわけですよ。 あたしの中でね。
あ:仕事のために・。
い:だからそういう契約なの♪ うーんミステリアス♪w
あ:って言う割りに放置だよね。 俺じゃん、つなげるの。
い:そう。 どうくるかなーあらたく。
あ:ち
い:楽しみ♪ あたしの設定をくつがえせよぅw
あ:あ、くつがえすのか。
い:つなげてくれるとあたしは書きやすいけどね。
あ:そのへんは何話くらい書くかによるよね。
い:うん。
あ:契約っていうのに焦点を持ってきて、 それをずっと最後のほうまでい引っ張るか、 その彼女の属してる組織に焦点を当てて、 彼女の人生的なほうに引っ張るかってとこか。
い:希望としては人生かな。
あ:すげーわかりにくい説明だな。 契約に振り回される彼女? それに立ち向かうわけだ。
い:振り回されてるのは結局彼女なの。 自分の目のチカラのせいで。
あ:そんな感じはする。 あ、 あれか。
い:ん?
あ:国境の〜に出てくる耳の女の人がモデルか。
い:とくにそういうわけではないよ。
あ:あ、そう。。。
い:でもそういう雰囲気はあるよね、似たような感じって言うか。
あ:そうそう、自分でもどうしようもない力。 そう、自分のの反省で、彼の声の描写がなかった。
い:声かぁ。
あ:口数が少ないんだから、喋ったときに何かしら感じるだろうものを書きそびれた。。。
い:うーん。あたしは彼女のカラダについてはなにも触れてないよ。あ:体を隅々まで洗うって書いたくせにw
あ:書きにくい?
い:もう濡れ場はこりごりかもねw って言って書きたがったりしてねw
あ:ちょっと書いてみたい気はするよね。
い:部屋の中で一人でキャーキャー騒いで大変だったんだからw
あ:ただなんか読んでる人がどうとるかわからないからね。
い:難しいよ。 書くってのは。
あ:けっこうむずいな、 人の続きって。。
い:でもあたし、あらたくの続きから自分の書きたいことは書けたからね。
あ:夢として?
い:電車の伏線はアレが書きたいだけだったし。 夢にするつもりはなかったけど
あ:そっか、あれがキーか。
い:彼女が日常生活で他人の目をみることができないっていうのはあ:最初からあたしの中では決まってたね。
あ:ふんふん。 俺はなーんにも決めてないよ。
い:窓に映る複数の目っていうのは絶対外せなかった。
あ:気持ち悪いよね。
い:よね。
あ:すごい攻撃的に見えると思う。 責め立てるっていうか、そういう雰囲気を持った目。 現代的だね。殺伐としてて。
い:そう。 目線のチカラと彼女の内面とをうまくリンクできるようにならないかなーって思うね。
あ:仕事とSEXとね。それが彼女の均衡を保ってるわけだ。 ふーーん。やっぱ俺は考えが浅いな、うん。
い:そんなこたぁないね。
あ:いや、実際あんま考えてない。
い:それが逆に功を成しているきがするな。
あ:うーん、 あ、そう? でもそれじゃあいつか頭打ちになるよ。
い:かなぁ?
あ:と思う。
い:でもうまく動けるじゃない? 相手にくつがえされても。
あ:どうだろう、この続きしだいじゃない?
い:そうねー
あ:真価が問われるかもね。
い:あたしは設定にこだわりすぎたから、あとはあらたくが決めるわけだし。 それでうまくいくかわからなーいw
あ:まーね。
い:楽しみなような心配なような、今後の展開が全く読めないよ、あたしは。
あ:んー、 読んだ感じだと、 彼女は彼に気があるようにもとれる。
い:そうだよね♪ あたしも少しはそのつもりだったよ。 でも彼は契約しかこなさないという切なさ。

Chapter3: 

2006年11月20日(月) 0時03分
彼はバスルームから出ると腰にタオルを巻いただけの格好で、食後のコーヒーを飲んでいる私の前に立った。うつむいたたまま立ち上がると、彼は顔に手を伸ばし左手に持っていた黒のリボンで目隠しをした。リボンはきつく結ばれ、私の視界はさえぎられた。儀式は静かに始まる。背後に回る彼の気配を感じると、ワンピースのファスナーがゆっくりと下げられた。
「おいで」
彼に手を引かれ、ベッドへと導かれる。寝室はカーテンが開けられたままで、目隠しをしていても日曜日の午後の柔らかな光がわかった。
「部屋は暗くして」
「見えないなら同じじゃないか」
「そういう問題ではないのよ、これも契約のうちでしょ?」
彼は私をベッドの上に残したまま、カーテンを閉めた。
「ベッドサイドのランプもよ」
めんどくさそうな顔をしていることが分かりながらも私は言った。

ランプを消す音が聞こえると同時に、彼は私を優しく抱き寄せゆっくりと口づけした。
「体が熱い。熱でもあるのか?」
「平気よ。今週はずっと忙しくてすごく疲れてたから、少し酔ったのよ」
「あんまり飲むなよ、体に良くない」
「少しくらい飲まないと、落ち着かないのよ。それに今日はビールしか飲んでないわ」
さっきとは打って変わったような彼の態度に、私は少しだけ気分を良くした。でもそこにあるのは愛ではなく、ただの性欲だけだった。それも契約という枠にはまっているだけのもの。だからこそ私たちは激しく交わった、お互いが疲れ果てるまで。
「ねぇ、『目合(まぐわい)』という言葉を知ってる?」
目隠しをしたままの私は、彼に向かって聞いた。
「あぁ。それはつまり、僕たちが今やってることだろう?」
「そうよ。私は目隠しをされていて目が見えないけれど、それでも目合というのよ。おもしろいと思わない?」
「わからないな、君の言うおもしろさってやつは」
「冷たい人ね」
「そんなことはないさ。まぁでも君が本当の意味での目合を望んだとしても、僕は君の目を見てすることはできないよ。なにしろ・・・」
「契約だものね」
「そうだ」
そして彼は私の胸に唇を這わせた。

私は電車に乗る。
「まもなく、新宿ー新宿ー」
電車の扉が開くと一斉に人が入ってきて、私は反対側の扉の方に押しやられる。
(しまった・・・ここにいてはダメ。早く窓の遠くへ行かなきゃ)
ラッシュの満員電車で移動なんてできるわけがない。私はできるだけ足元を見つめてじっとする。でも息苦しさに負けて顔を上げる。その瞬間、窓ガラスに映った、多数の瞳を見てしまう。疲れきったサラリーマンたちの無数の目線が私の瞳の中に飛び込んでくる。
「いや!目を見てはだめ!」

目が覚めた。私はベッドの上にいた。温かみのないひどく無機質な空間の中に横たわっていた。
「なんて夢だったの」
汗をびっしょりかいていた。目隠しは外され、隣には誰もいなかった。枕元に残された黒のリボンは、彼の来訪が夢でなかったことを伝えた。彼は何も言わないまま契約通りに去っていった。サイドテーブルの引き出しを開けると、中にはたくさんの黒のリボンが収められていた。私は枕元のリボンも、同じようにそこに加えた。これまでの儀式の軌跡がそこに納められてゆく。時計を見ると、針はもうすぐ7時を指すところだった。フラつく体をゆっくりと支え、ベッドから抜け出した。

鏡の外されたバスルームで、自分の体をひとつひとつ見つめながら隅々までスポンジでこすった。
「明日は仕事に行かなきゃいけないのね・・・」
泡だらけの手でそっと瞼をなでた。

Chapter2: 

2006年11月19日(日) 0時58分
「そんなこと心にも思ってないくせに」
社交辞令のように言う彼を制したつもりだが、私の言ったことなど彼はまったく気にしていないようだ。
「もうちょっと待ってね、今運ぶところだから」
手持ち無沙汰であろう彼に気を使ったつもりだったが、彼はすでに部屋に上がりこみ無言で本棚のシェイクスピア全集を広げている。
「なによ、少しくらい喋ったっていいじゃない。つまらない人ね」
という言葉を寸前のところで飲み込んだ。仕方ない、これも習慣であり規則であり、そして契約なのだから。そう、「彼」が1時きっかりに訪れるのも儀式の一部なのだ。
「できたわよ。食べましょう」
そう言って彼を初秋の柔らかい陽が差し込む窓際のテーブルに招くと、私の言葉に反して彼はCDコンポに手をかけた。
「あなたってばなんて曲を選ぶのよ、まったく」
「だって今日は休日だろう?」
と事もなげに彼は言う。やっと喋ったと思ったらそんな当たり前のことを言う彼を不可解に思わずにはいられなかったが、確かに今日は日曜で世間一般では休日とされる日だわ。彼の言うことにも一理あるけど、だからってわざわざそんな曲を選ばなくたっていいじゃない。そんな彼に言いくるめられた気がして、
「そういう意味じゃなくて、私はそんな忙しい曲を聴きながらご飯を食べたくないの。『トランペットふきの休日』なんて運動会のときだけで充分だわ」
そう抵抗してみたものの彼の耳には届かなかった。そういう契約なのだ。

 私の気持ちなどまるで意に介していないように彼は席についてパスタを食べ始めた。食事中彼は一言も喋らない。やっぱり入ってきたときに言った彼の言葉はその程度のものだったのだ。CDコンポだけが忙しそうに空気を振動させている。
「せっかく作った料理なんだからお世辞でも「おいしいね」とか気の利いたこと言えないの?」
彼は沈黙を保っている。そういう契約なのだ。食事中は喋らないという契約。
「なによ、何でもかんでも契約通りに振舞っちゃって。あなたなんかいつかシャイロックみたく契約に泣けばいいんだわ」
いつになく感情的になってしまった私に対しての彼の振る舞いは、
「パスタはまだあるか?」
だった。確かに儀式には体力を使うけど、それにしたってそんな返事は目の前のレディに対して失礼じゃないだろうか。いくらそれが儀式のためだとしても。

 私はトランペット奏者が何人いるか数えて、彼が食べ終わるのを待った。そんなに食べる方ではないし、何よりこんな曲を聴きながらじゃゆっくり食べられたものじゃない。確かにトランペット奏者は楽しく休日を過ごせるかもしれないけど、聴く方にとってはあまり賢い休日の過ごし方とは言えないようだわ。
 ずいぶん長い沈黙の後に最後のトマトソースを彼は自らの胃袋に収めた。完食が無言の「おいしい」だと言う人もいるが、こう振る舞われてしまっては嫌味以外のなにものでもない。そそくさと私は食器を持ってキッチンへ向かうと、その背後で彼の椅子を引く音が聞こえた。私は振り返らない。いつものことだから。

 シンクの蛇口をひねって水を出すと、向こうでシャワーの蛇口をひねる音がした。

Chapter1: 

2006年11月18日(土) 9時42分
 日曜日の朝、私は目覚まし無しで目を覚ます。ジョンコルトレーンの「至上の愛」を聴きながら熱いコーヒーをすすり、煙草をくゆらした。週末をしめくくるための大事な儀式を始めるために。1週間がどれだけ竜巻に飲み込まれたように目まぐるしくても、私は日曜日のこの儀式をかかしたことがない。それは習慣であり規則でもあるのだから。

 10時すぎ、電車で青山のスーパーマーケットへと向かった。冷蔵庫と自分のお腹を満たしてやるために食料を買出しに行かなければ。スーパーマーケットでキレイに並べられた野菜を一つずつ丁寧に見てまわる。畑で育てられ、市場に出荷され、こうして棚にきちんと並べられた箱入り娘たちを吟味することが、まるで極上の幸せであるかのように。トマトをひとつ手にとって匂いをかいだ。少しだけ土臭いその匂いは、夏の思い出を呼び覚まさせる。一通り買い物を済ませると、また電車に乗って自宅に戻った。

 買ってきた食品をひとつひとつ冷蔵庫にしまった。冷凍するべきものは冷凍した。新しいビールも冷やした。そうしてお昼ごはんの支度にかかる。トマトソースを作り、合間にルッコラのサラダを作る。パスタを茹でている間に、冷蔵庫に手を伸ばす。冷えたビールを開け、グイっと一口飲んだ。昼間のビール、これもまた儀式のうちなのだから。

 ベランダに出てプランターに植えてあるバジルを摘む。ふわっとイイ香りが胸の中まで入ってくる。棚から白い皿を出しパスタを盛り付ける。白い皿にトマトソースの赤、仕上げにさっきのバジルを添える。サラダもボウルに移し、私はランチョンマットを広げた。

 1時きっかりにドアのチャイムが鳴る。鍵は開いている。彼が中に入ってくる。
「すごくいい匂いがするねえ」