大友溺愛日記〜完結編〜

October 10 [Tue], 2017, 0:03

※これは2017年5月13日にはてなブログにて投稿したものです。映画「溺れるナイフ」のことが好きすぎて一旦整理して落ち着きたかったのに、全然整理できなかったし未だに引きずっている。またちゃんとまとめたいなあ。



グダグダ思っていても、進めないものがある。人間は最弱にして最強の生き物である。ブログはとくに後先考えず書いています。言葉のままに。そういう放浪スタイルだから、自分が感情に任せて浮浪してても平気なのかもしれない。私って変わってて、でも変わってるのがよくて、変わってるのがコンプレックスだ。自分のことはよく分からない。「溺れるナイフ」。公開日の朝1番の上映に駆け込んで、初見で、泣いた。よく私はツイッターに「ヤバすぎて泣いた」みたいな嘘をついてしまうんですが(治らない盛り癖)、あれは本当に文字どおり“泣いた”というやつ。声は出さなかったけど肩を震わせて号泣した。隣に座ってた人どう思ったんだろう。変人と思われたんだろうな。まぁ変人だけどな。(間違ってはない)
ツイッターを遡ってみると、今残ってるツイートだけでも、2017年2月から溺れていた。公開は16年11月という、とうの昔だし、DVD&Blu-rayの発売は4月である。どういうこと。そして2017年5月の現在に至ってもまだ溺れている。どんだけ溺れるねん、自分。水中に棲みすぎて、もはや人魚である。



溺れるあまりエゴサ対策を忘れていたら、このツイートを公式にリツイートされてしまった。これと合わせて「生きるって渇望することだよな………」みたいな息継ぎするかしないかのような呟きと一緒に。この映画を観て、こういう気持ちになったことを忘れずにいたい。そういう動機で、以下、どうしても言いたいことをまとめてみます。

爪、見せんしゃい

私溺れるナイフの中で1番好きなシーン、たくさんあるけど、思い入れがすごいのは夏芽のネイルに関わるシーンです。
@夏芽が静かに一人、ネイルを塗るシーン
大友と映画デートすることに人並みのトキメキを抱えている夏芽、深い青色のネイルを塗りながらコウを思い出して息を止める夏芽、最後の指を椿の赤に染める夏芽。椿の赤、椿の大友、青くて冷淡だった世界に一筋の優しい光、大友の笑顔――――ここ、初めて観たときめちゃくちゃ泣いた。理由みたいなものを箇条書きすると、こんな感じ。
・大友が赤色のイメージカラーを課せられているところ(どこまでも付き纏う重岡くんと赤)。
・コウと大友が唯一対極に描かれていること。ここのシーンだけは大友とコウのパワーバランスが釣り合っている。
・“絶対唯一完全無敵”が崩れてしまった、むしろ崩してしまったという精神的タブーの儚さと歓喜と少しの後ろめたさ(夏芽への感情移入)

A大友に足のネイルを見られるシーン
ここ、本当にエロスしか感じないから。夏芽が本当に体を許したのはコウだったわけだけど、大友とはこういう、浮遊的・精神的な交流をたくさんしていて、その中で際立つここのシーンは本当にエロスは凄いぞ。 遡ってたらそのことについてアツく語ってたツイート群を見つけたから良かったら読んでください。女の子の、爪を、見る、重岡…………(昇天)※大友の間違い




ここはすごく良くできたシーンで、
1つだけ赤いネイルを見る(夏芽の大友への微かな期待)

それを自分に見せるよう促す(珍しく夏芽に対して強めに出る大友)

それについてコメントをする「椿が咲いとるようじゃの」(夏芽の想いに触れる)

『俺、友達でええよ』=大友はこの一言を言うためのキャラクター

ベッドに座る夏芽と、襖を越えるか越えないかの攻防をする大友

キス(一線を越えて、大友は夏芽の内部に入り込む)
という、この流れが最高。最ッッッッ高。そりゃ撮影に5時間かかりますわ。だって、コウという絶対的守護神がいながらそれを一部壊してしまう、1番を見失ってしまう、という夏芽にとって大きな大きな、繊細な“タブー”なんですもの!夏芽はずっとコウちゃんコウちゃん言っていますが、この大友との映画デートのためのネイルをしているところとか、大友が訪ねてきたときに寝ていた寝巻のままでは恥ずかしいと思ったりとか(そう思ったから「大友、ちょっと待ってて」と言って着替えた)、夏芽の大友への傾きも微妙に描写されていて。私はここの、少し前からの伏線も含めるこの一連のシーンのために映画館に通っていたと言っても過言ではない。本当に好きすぎる。
2017年5月4日のツイート1:大友と夏芽のキスシーン、ロケ最長の撮影になったと聞いて、私、不思議な感じしたんだよね。だって本筋とは関係のないさりげないキスシーンだよ。でもふと思ったのは、コウが神さんとしてある夏芽が唯一心を許してしまう大友という男と一線を越えるっていう、ある意味ものすごい大きな事なんだなって。
2:「一人の女の子を色んな形で救済する、その1つの選択肢が大友」みたいなことをインタビューで監督が仰られてたけど、ただ一人の人“じゃない”大友に脇道反れちゃうって、本当にすごいことで、ただの“うっかり”ではないんだよなぁ。そこの空気感、些細な“想い”たちの圧力、牽制のし合いみたいな。

夏芽の大友、夏芽とコウ

@役柄としての3人
大友という役のことを「当て馬」と聞かされていたし、それでいうと重岡くんは「名当て馬」として及第点を遥かに越える完成度を見せてくれたと思いますが、この映画における描かれ方、コウと大友ってあんまり対比されてないのよね。全然大友とコウで夏芽を奪い合う三角関係ではない。“コウと夏芽”という、大きな主軸があって、そこに付属する要素としての大友。前項で、大友は「『俺、友達でええよ』というために作られたキャラクター」と言いましたが、大友が夏芽の救済のために現れ出た要素としての登場人物なのであれば、大友は絶対この台詞を言わなくちゃいけなかったし、夏芽はコウちゃん以外にこの台詞を言う男を待っていたんですよね。
2017年4月17日のツイート:夏芽の仕事に対する感情ってもっと根本的で、「生きる」とか「呼吸する」とかいうレベルの話なんだけど、それを「好きなこと」っていう一般的な事象として捉え、悪びれもなく発言できる大友くんは、やっぱり違うんだなぁ…………。違うからこそ夏芽にとって“必要なもの”だったんやしな。
2017年5月12日のツイート:うーん、「笑顔」という世俗的な表現で理解しているのは大友だからであって、煌めきを失ったというか、散ってしまった(厳密には萎縮してしまった感じかな?)みたいな夏芽は大友の手の届くところまで降りてきてたんだろうね。木こりが女神の行水を盗み見るみたいな。そういう透明さがある。あのキス。

羽を傷つけられ、飛べなくなってしまった女神が、傷を癒すために降りてきていた世俗の森のオアシスで、大友は出会ってしまったんだよ。手の届くところに女神が降りてきていたから、思わず手を伸ばしてしまったんだよ。大友はどうして夏芽のことが好きなのか、劇中では「母親の顔が好み」という要素が入っていますが、じゃあ夏芽が美しいから大友は夏芽のことが好きなのか?カラオケのシーンで「嫌いになって(ほしい)」「こんな私なのに」と泣く夏芽に対して、「大好きじゃあ!」と顔を歪める大友。きっと、大友は女神である夏芽を救う運命にあったんだと思う。そういう使命を与えられた唯一の勇者だったんだと思う。(神話的な水準の話になってしまったから語彙を合わせるのがすごく楽しい。)大友→夏芽の感情は、夏芽の所有物でしかないんだけど、その事実は夏芽がまた天空に戻っていってコウちゃんと対峙するためにどうしても必要なものだった。
2017年5月12日のツイート:ほんま、向こうの世界へ還ってしまった夏芽がまったく大友のことを思い出さないの、かぐや姫的なやつよな………………?
それは後々なかったことにされるような、神にとってはちっぽけな力なんだけど、でも夏芽は救ってくれた大友がいた浮雲という町を忘れないし、その町に君臨するコウちゃんを生きる糧とする。大友………、君がやったことは歴史に名の残らない快挙なんだよ……誰にも出来るもんじゃないよ…………。どこまでもデカい男。素敵。

Aキャストとしての3人
2017年5月4日のツイート1:大友、メイキングよく見たらやっぱり合間合間で重岡くんが出ちゃってますけど(笑)、やっぱなんか、この「大友としてじゃないと存在していられない感」みたいなものは、もう本当に、キャスティングの妙だなって思う。笑 主演2人は前作に共演経験があって、何も言わなくても互いの呼吸を知っていて。
2:そんな中で2人の関係に介入していく、誘われて又こじ開けて、自然と運命に強いられて神たちが溶け合うような関係性へと関わっていく、この大友っていう役がやっぱり、現場でもその存在の色として提示されてるっていうか、やっぱ大友という存在の仕方でないと成立しない何かがあるような気がする。
よく出来てるなと思うんですよね。キャスティング出来すぎかよ。まず大友に重岡くんをどうかなって思ってくれたすべての人に一生分の焼き肉を奢りたい気持ちだけど、すだななの主役の2人も、素敵すぎた。リアルな関係性と、役での関係性がリンクするのかしないのか、この絶妙な感じね。
2017年5月4日のツイート:なんか、椿のシーンでカットかかった瞬間に笑った重岡くんは夏芽を手のひらに包んだ余裕みたいで、襖を越えるか越えないかの攻防で5時間戦った後の重岡くんはどこか切羽詰まっていて、夏芽とぎこちない疎通を始めた大友みたいだから本当に、もう、どこからが現実なのか、分からなくなってきます…
私も混乱していました。

重岡くんと大友

私、重岡くんが大友を演じてみて感想が「大友すげぇ」なのがめちゃめちゃ萌えていまして。ここは上手く説明できないから飛ばすけど、めちゃめちゃ萌えていまして。
2017年4月22日のツイート:原作の大友って、ファッションが好きで夏芽と音楽とか服の趣味が合ってギタリスト(ベーシスト?)目指してる夕焼けの太陽みたいなアイツなんだよな…………。映画の大友はちょっとちゃうけど、汗の中で笑っててただ“幸せ“とか“安定”の提供者であろうとする赤い椿のアイツも、それはそれで至高。
2017年4月29日のツイート1:というかね、詰まるところ、重岡くんがコウちゃんで大友が大友(キャスト重岡大毅)やと思うんですわ………。海も山も、シゲちゃんのものなんだ!!!!!!…みたいな。全然シゲちゃんのものではないけどな。笑 そう思っときたい、みたいな。うっかりそんな風に思わせられてしまう。
2:原作では大友の「その後」って描かれてなかったと思うんだけど、映画ではコウとのシーンで「俺は青春をイカ焼きに捧げる!!!」って豪語する最後を付け加えてくれてて、ちゃんと成仏されたっていうか、大友は確かに大友として生きていて、そしてそれからも生きていったってことがハッキリしてて良い。
2017年4月16日のツイート:重岡くんのヨーグルトみたいなところこそが、彼をセンターたらしめてるんやと思うし、大友はじゃあブルーベリー味かなと思うよね。甘めに食べやすく加工してあります。ご家族でどうぞ!朝の大友習慣。みたいな(?)。
2017年3月23日のツイート:大友は重岡くんの人間としての魂の結晶だから、大友を核として色々足し算したのが重岡くん、と考えたいけど、現実とはそう単純明快に作られたものでもなくて、重岡くんは重岡くんやし、私らやっぱ「騙されてる(by 濱ちゃん)」。大友が引き算なだけやな……重岡くんは基本かけ算。
ここは結構ツイートで散らかしてるからスッキリしている部門の話ではある。(笑)重岡くんと大友くんはニアリーイコールではないけど、大友は確実に重岡くんの一部で、それも洗練されろ過された最高級の上澄みとしてのキャラクターの摘出。豆腐でいう湯葉みたいな。めっちゃ高い。栄養素も高いし値段も高い。そういうプレシャスな役を見せてもらえて、私はとても幸せ。
P R
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