「子ども」 

2006年08月28日(月) 10時21分
「子どもの教育」

スウェーデンの中学校では、社会科教科書に「子供の教育」についてこのように書かれていました。

批判ばかりされた 子どもは 非難することを おぼえる
殴られて大きくなった 子どもは 力にたよることを おぼえる 
わらいものにされた 子どもは ものを言わずにいることを おぼえる
皮肉にされされた 子どもは 鈍い良心の もちぬしとなる
しかし、激励をうけた 子どもは 自信を おぼえる
寛容にであった 子どもは 忍耐を おぼえる
賞賛をうけた 子どもは 評価することを おぼえる
フェアプレーを経験した 子どもは 公正を おぼえる
友情を知る 子どもは 親切を おぼえる
安心を経験した 子どもは 信頼を おばえる
可愛がられ 抱きしめられた 子どもは 世界中の愛情を 感じることを おぼえる

気付きのメッセージ 

2006年08月26日(土) 9時20分
「人の中に自分を見る」人と会い話すことで、自分を知る事はありませんか?この世の中には色々な人がいますが、すべての人に良い所があり、そこを発見するとそんな自分を好きになります。でも、自分の足りない所まで、人により発見できると実感しました。そんな時、自分を責めてしまいますが、それでも足りない所を発見できた自分を褒めてあげたいですね。もしかしたら、それは足らない所ではなく、自分の素敵な個性かも。それに気付いたら、もう一回り大きな自分に会えると期待をして。マリン(*^_^*)

健康は才能! 

2006年08月24日(木) 8時28分
ある健康セミナーに出ましたが、そこで素晴らしい言葉を発見しました。
その言葉は「健康は才能」です。
その先生が言うには、「ヒトゲノムが解明されたお陰で病気になるメカニズムが99%解ったそうです。
逆を言えば病気にならない方法もわかったと言う事です。ということは、知識と努力があれば人は必ず健康になれる時代に入ったんです」と熱く語られました。
いまの日本の食品は(もちろんすべてではありませんが)儲け事を中心に食品を作っているのが現状です。カップラーメンを作っている人は、カップラーメンは絶対にたべません。農家の人は、自分で出している野菜は食べません。農家の人は、自分たち用で農薬を撒いていない野菜を作って食べているそうです。あげれば切がありませんが、そのことを知っているいないかで、健康になれるかなれないかが決まる時代になりました。少しでも多くの人がこのような知識を知り、健康になる人が増えればうれしいです。

読む薬8 

2006年08月22日(火) 9時03分
ある経営者さんの話。
<カリフラワーに住む「虫」になるな!>

私がいまの仕事を始めるとき、指導をしていただいたのが、コンサルタントT社のT社長である。
私がT社長を師として畏敬してやまないのは、こういうことである。
先生は東北大学を卒業するや、なんと、名もない町工場に入社した。象牙の塔での勉強に大きな意義があることは当然だ。しかし、仕事で名を成すためには、まず現場を知らなければならない。先生はそのために、あえて大企業ではなく小さな町工場を選んだのである。
そういうことを面白おかしく聞いたり、読んだりすることはできても、いざ「きみにやれるか」と迫られると、返事もできない人間が多い。
 もう一人の人物を紹介しょう。
私は昭和九年の生まれだが、その前年の八年に早稲田大学の理工学部を卒業した男がいる。
彼は当時一流中の一流と言われた東京芝浦電気(現・東芝)を志望したが、残念ながら不合格。映像や音声を研究する小さい会社でサラリーマン生活のスター トを切った。
 その後彼は、そこで得た人脈を活用して研究所を設立、日本最初のテープレコーダーやトランジスタラジオなどのヒット商品を開発し、それらはまたたくまに世界中に知れわたった。
この人とは、ソニーの創業者である井深大さんである。

ミクシー 

2006年08月21日(月) 8時18分
最近、ミクシーというサイトを友人から紹介をしてもらった。
まだ登録はしていませんが、かなり面白いらしいです。
近々やってみよ〜。

 

2006年08月19日(土) 10時27分
運がいいことに敏感になると、運はどんどんやって来る話しってますか?
バッドコンディションの時には、「運の悪いこと」ばかり起こりますよね。そんな時って「自分にはなんでこんな運の悪いことばかり起こるのだろう」と思いこみがちです。それを「最近、運の悪いことばかり起こるんだ」、「運がいいことは1つもないんだ」と言うと、ますます悪い運が集まってくるそうでう。逆に小さいなことでも「ラッキー!」と気づくようになったり、「自分はすごい守護神についてもらっている強運の持主かもしれない」と勝手に思うと、ツキというのはどんどんついてくるそうです。
運がいいというのは、ただ運がやってくるのではなく、自分が敏感になることで引き寄せるものなんですね。

えぇ〜話 

2006年08月17日(木) 10時09分
松下幸之助 語録

百聞は「一験」にしかず
「『百聞は一験にしかず』と言う。人から100回話を聞くよりも、1回ものを見ればよく分る。確かにそのとおりだと思うが、世の中には見ただけではその
本質が分らないものもある。
体験を通して初めて、理解できるという場合が少なくない。」
体験を積む、という事はどういうことか、大きな成功や失敗や、何か特別な体験を持つ事なのだろうか。
確かにそうした体験は貴重ではあるし、多くのことを学ぶこともできる。だが特別な体験でなければ、「体験を積んだ」ことにならないかといえば、決してそ
うではない。
平穏、安定した日々の中でも、心の持ち方次第で十分体験を積む事ができるし、むしろ大切なことではないか。形に現れた成功や失敗だけではなく、心の体験
を日々重ねていく事が、変化の激しい時代に生きる人間にとって大切なことだ。

生きがいと仕事
「仕事は、人生において時間的にも経済的にもきわめて重要な位置を占めている。
そうしてみると、生きがいは多様であってはいいというものの、自分の仕事に生きがいが感じられるかどうかということは、お互いの人生において、場合に
よってはその幸不幸を左右するほどの大きな意味を持っている。」
私の場合には、生きがいというものは終始一貫して同じだったというわけではなく、その時々でいろいろ変わってきた。
ある時期にあるひとつのことに生きがいを見いだしまた新しい次の生きがいを求めるということも、意義のあることだ。
しかし、人生における仕事のウエイトは重い。趣味を楽しむことも家庭を大切にすることも大切なことだが、根底には仕事に喜びと生きがいを感じられることが必要ではないか。
そのことが、人生を充実させ、幸せなものにしていくと思う。

>世界の松下を創っただけはありますね。

恐ろしい糖尿病 

2006年08月15日(火) 9時32分
糖尿病の予備軍が大幅増加!
――厚労省「平成14年 糖尿病実態調査」――
 昨年11月に全国の20歳以上の男女を対象に行われた糖尿病実態調査の結果が発表されたのを掲載します(集計サンプル数5,792人)。

◆成人の約6人に1人が糖尿病またはその予備軍!
 調査の結果、「糖尿病が強く疑われる人(治療中含む)」は全国で約740万人、「糖尿病の可能性を否定できない人」を合わせれば約1,620万人と推計されています。5年前の調査時にはそれぞれ約690万人、約1,370万人だったことを考えれば、状況はさらに悪化しているといえます。年代別に見ると、前者の「強く疑われる人」の割合は男性の60代・70代、および女性の60代で増えており、それ以外の年代では減少。一方、後者の「可能性を否定できない人」(つまり予備軍)となると、男性の30代・40代および女性の20代を除いては、すべての年代で増加しています。若い人でも決して油断できないのです。
◆治療を受けている人はわずか半数
 「糖尿病が強く疑われる人」に治療の有無をたずねたところ、「現在治療中」の人が50.6%、「中断した」人が7.5%。そして残りの41.9%は治療を受けていません。なかでも、過去に住民健診・職場健診・人間ドックなど糖尿病の検査を含む健診を「受けたことがない」という人においては、約9割が治療を受けないまま糖尿病を“放置”していることも判明。糖尿病は初期には自覚症状があまりなく、症状が出たときにはかなり進行していることが多いのです。検診の必要性を改めて感じます。
◆合併症の実態は?
 糖尿病の怖さは、合併症にあります。なかでも神経障害・網膜症・腎症は3大合併症といわれています。今回の調査では、合併症の出現状況についても調べていますが、それによれば、糖尿病で現在治療を受けている人のうち、神経障害を合併している人は15.6%、網膜症13.1%、そして腎症は15.2%です。
 また、「糖尿病が強く疑われる人」は、そうでない人に比べて、心臓病や脳卒中にかかる確率がはるかに高いこともデータではっきり出ています。

>6人に1人が糖尿病予備軍とは恐ろしいですね。
自分が糖尿病ではないと油断せずに、規則正しい生活に心がけよう。

変えよう〜。 

2006年08月13日(日) 10時44分
●人は自分が思った通りの人間になる

『人は、自分が思った通りの人間になる。』20世紀最大の心理学者の一人、ウィリアム・ジェームスの言葉である。

しかし、もっと正確に言うならば、私達はすでに今思った通りの人間になっている。
例えば、自分は気の弱い人間だと思う人は、現在気の弱い人間になっている。また、自分は気が強い人間だと思う人は、すでにそう
なっている。

つまり、私達人間は大きく分けて2つのタイプに分かれる。
1つは、ネアカタイプ(いつもニコニコと感じがいいタイプ)。
もう1つはネクラタイプ(いつもクヨクヨ暗いタイプ)。
さて、あなたの周りを見渡した時、どちらのタイプが多いだろうか?
残念ながら、後のネクラタイプの方が圧倒的に多いに違いない。

例えば、私はよく出張で東京に行くのだが、たまに朝の通勤ラッシュ時間帯に電車に乗り込む事がある。普段は電車は利用しないのでよくわかるのだが、非常にトゲトゲしいものがある。
ある人は、眉間にシワを寄せている。ある人は、ブツブツ独り言を言っている。
例えば、「あーあ、今日も会社か。ふぅ〜」と言った感じ。
若い女性も、髪の毛は朝シャン、綺麗なストレートパーマ、香水はポアゾンなんかで、ビシッと決めてはいるものの、顔はしかめっ面を
している。「おじさん、あっち行ってよ。押さないでよ。全く嫌になっちゃう」と叫んでいるようにも見える。

いずれも「やってられないよ」と言う感じがアリアリと感じられる。
それでは、この両者は本当にネクラだろうか?
答えはたぶん、NOであるに違いない。
本当はネアカでありたい。でも・・・という言葉が出てくるに違いない。
その証拠に、赤ん坊の頃は誰でも皆、純真無垢で例外なく明るい。
ネクラで「もう、やってられないよ」っていった表情の赤ん坊はいないはずだ。
しかし、大人になるにつれ、知らず知らずのうちにネクラタイプへ大変身してしまう。
何故だろうか?

読む薬7 

2006年08月12日(土) 10時16分
ある経営者さんの話。
「いつもそばに、守り神がいるのを感じよう。」

ボウリングの試合の時、コーチにいつもついてきてもらうわけにはいきません。コーチは仕事があるから、試合は1人で行きます。
心細い時に、僕のやる作戦があります。ボウリングのユニフォームには背中に名前が全部書いてあります。僕のコーチの「m・t」の字のどれかが入っている人が誰かいないか、探すのです。ある試合では一緒のボックスに「t」さんという選手がいました。
「よし、この人が今、自分の先生だ」と思うのです。先生なら、今どういうふうに投げて、どういうふうに直すかを意識します。
Kさんはよく応援に来てくれます。ミックスダブルスの試合では、Kさんという選手と一緒でした。 試合の時にその女性がいれば、Kさんがその場にいなくても応援してくれていると思えます。 日本の名前のよさは、同じ文字が使われている人がいるということです。ここに先生や師匠がついてきていてほしいと思うところでは、自分のまわりにいる人に関連するものを探します。
 名前がなければ、顔や雰囲気で似た人がいます。
 初めて会った人でも、先生が変装してそこに知らん顔しているようなイメージでやります。そうすると、けっこう落ちついて反省もできるし、お守りがわりになるのです。

>結構まわりを見れば、似た人や同じ名前があると安心しますもんね〜。
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