ぶっ壊れ

April 24 [Sun], 2011, 20:28
MSN産経ニュースから、東日本大震災らい思い小さな胸に被災者に生きる希望を与える子供たち東日本大震災は、子供たちに底知れぬ恐怖やショック、肉親との別れといった悲しみをもたらした。今も不安は消えない。それでも、小さな胸にらい思いを押し込め、笑顔を見せる。絶望のふちに立被災者にとって、復興の次代を担う子供の元気な笑顔は生きる希望になって東京 出会いいる。松岡朋枝、石井那納子雑然とした避難所の一角に、色とりどりのマットが敷かれていく。スーツケースほどもある箱のふたが開けられると、子供たちの目がひと際輝いた。おもちゃだ。撫档Fほぐれ、久しぶりに笑みがこぼれた。らい経験から一時でも離れ、心を落ち着けてと、日本ユニセフ協会から宮城県石巻市立蛇田中学校にぬいぐるみや積み木などのおもちゃが届けられた。大きな模造紙に黙々と新幹線を描いていたのは、電車が大好きな阿部正宗くん7。今月5日に開通した東北新幹線の新型車両はやぶさが、緑色の車体とピンク色のラインで細かく再現されていた。はやぶさは写真で見ただけで、乗ったことはない。いかは乗ってみたい。でも無理だよ。はやぶさに乗るにはお金かかるし、流されちゃってお金ももうない。ゆっくり、ぶやいた。幼い息子と娘を連れて避難した主婦、岩倉朋子さん38は、娘の知世ちゃん5がウサギのぬいぐるみを優しく抱き、ひさしぶりに笑顔を見せたことに胸をなで下ろした。知世ちゃんには、お気に入りのおもちゃがあった。白いトラのぬいぐるみトラちゃん。ねだり続けて、昨年のクリスマスにやっと買ってもらえた。自宅は津波で流された。岩倉さんは自宅があった場所に何度も足を運んだが、トラちゃんはいなかった。知世ちゃんは余震を不安がり、最近ではトラちゃんにもう会えない。石巻は怖いと口にするようになった。朋子さんは、今月中にも夫が単身赴任する群馬県へ避難しようと考えている。住み慣れた土地を離れることに抵抗はあるが、子供たちの心のケアが最優先と話す。県立石巻高校にはトレーニングルームの一角に石巻こども避難所クラブが開設されている。風船遊びや紙芝居に子供たちからは笑顔が漏れ、避難所を明るくしている。運営するのは震災を機に設立されたNPO法人こども避難所クラブ。代浮麻Aめる画家、柴田滋紀さん34も被災し、同校に避難した。自分には何ができるかと考えたとき、子供が目に留まった。クラブでは毎日約1時間、スタッフや避難中の保育士らが紙芝居や手遊びを行う。参加者は2歳から小学校高学年まで約20人だ。市立門脇小3年の亀山太陽君9も、校内の別の避難所からクラブに足を運ぶ。小学校は焼け、新学期のめども立たないが、避難所で仲良くなった友達もいる。楽しいとにっこり。谷村良子さん68は子供から元気をもらえると目を細めた。心の傷をうかがわせることもある。活動中にトレーニングルーム内にサイレンが響いた。笑顔で走り回っていた子供たちは立ち止まり、水を打ったように静かになった。外へ出た方がいい。強ばった撫档i問いかける子も。最初は泣いてばかりだったけど、今は大丈夫。ご飯も水もあるし、これで楽しくないなんてどれだけ欲張りだよって感じぃとおどける同小5年の佐藤耕佑君11は、父親の行方が分からない。柴田さんは小さいながら、自分たちがどういう状況か分かっている。だからこそ、心のケアが必要だと子供たちを気遣った。上の写真周囲の被災者を気遣う避難所生活のなかで、声を立てて笑うことも少なかった子供たち。たくさんのおもちゃを前に、ひさしぶりに笑顔が戻った25日、石巻市石井那納子撮影今はまだ、個人がバラバラに支援に行く時機ではないと思います。却ってお邪魔になるでしょうから。ですが、いずれ少し落ち着いたら、子どもさん達に何らかのお手伝いをさせていただきたいと思っています。私に出きることと言えば、絵本の読み聞かせとか、工作など、お子さんが喜びそうなことぐらい。何らかの形で、お子さん達が、今回の苦難を乗り越えて、明るく幸せになれるお手伝いをさせていただければと願っています。
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