再開(再会)のとき 

2013年06月16日(日) 20時53分
一成を見送って、今年の9月で11年を迎えます。
この間にいろんな方の支えを頂いて、こうして過ごしてくる
ことができました。
一成の妹と仕事に追われ、このブログもまったく更新しなくなり、
物質界の生活がすべてになっていました。
この間にも、お辛い経験をなさった方がいらっしゃることと思います。
悲しみの中にある方が、少しでも希望の光をみつけられますことを
お祈りしています。

ところが、最近、このブログが気になり始め、さらには
一成は「サイカイのときがきた。ミーたんと。」と大張り切りです。
そして、以前温かなお声をかけてくださっていた天使ママさんから
このブログを楽しみにしてくださっていたとのご連絡を頂き
お空での計画や、繋がりを感じさせてもらいました。

これから、また時々アップさせてもらいます。


お盆には・・ 

2009年08月17日(月) 10時59分
大変なご無沙汰をしておりました。

みなさん、お元気ですか?
今年のお盆が初盆だった方も、いらっしゃいますよね。
月命日、命日、お盆・・・またあの日に気持ちが戻り
どうしてここに我が子が一緒にいられないのか・・・
また苦しい気持ちでいっぱいになることもありますよね。

我が家の一成がお空に旅立ってから
今年は6回目のお盆でした。
そして、来月は一成の7歳のお誕生日がやってきます。

そんな6度目のお盆にちょっと不思議なことがありました。

8月13日に大学時代の親友と会う約束をしていました。
待ち合わせで「ゆめタウン」というお店に行き、
雑貨屋さんで待っていたときのことです。

黒いのぬいぐるみが目に止まりました。
この黒うさぎちゃんには忘れられない記憶があります。
ふにゃっとした感触がとっても大好きで
お気に入りのぬいるぐみでした。

一成のお通夜の前に、私はその黒ウサギのぬいぐるみと
私達夫婦の写真を 一成の棺の中に入れて
一緒にお空に旅立たせたのです。

それ以来、いろんなお店を見て回ったけれど
そのぬいぐるみを見かけることはありませんでした。

それが、約7年経ったこの日に突然であったのです。
ビックリして手に取ると、そのうさぎちゃんの背中には
なんと羽がついていました。

黒ウサギのエンジェルちゃんです。
羽根をつけて帰ってきてくれたような気がしました。
当然のことながら、その子をレジに持っていくと
店員さんに
「かわいいでしょ。うさぎを飼っておられるのですか?」って
聞かれて、思わず
「実は私、息子を亡くしていて。
その棺に入れてあげた黒ウサギちゃんなんです。
それが羽を付けて帰ってきてくれた気がして。
お盆だからかな?」
と普段だったら絶対に話さないと思うのに
店員さんに思わずしゃべっていました。

すると、その店員さんが
「そうですか。
親より先に子どもが逝くなんて思ってもなかったですよね。
実は私も、小さい子を亡くしているから。
気持ちがわかります。
そうですか、帰ってきてくれてるんですよね。
お盆ですものね。」と。

普段はお空の仕事が忙しい子どもたちだけど、
お盆には絶対に帰ってきてくれて
側にいてくれんだな〜と 思う出来事でした。

一成、いつもちゃんと弱ったお母さんに
メッセージを送ってくれてありがとう。

いつもいつも見てくれてるんだね。

いつだって いつまでも 

2008年01月08日(火) 23時31分
とんでもなく、長い間ご無沙汰しておりました。
にもかかわらず、ここに来てくださる方々がたくさんいらっしゃって
申し訳ありません
私は、8月から仕事に復帰して、
平日は仕事と家のことで手一杯で、まともに
の前に座ることもなくバタバタしていました。

それから、仕事と家事、下の子のことに追われて
一成とも思うように会話ができなくなっていました。
焦って、必死で一成とつながろうとするのですが、
思うようにできず、イライラ
焦れば焦るほど一成の気配がまったく感じられなくなって
自分が一成のことをいつも後回しにしていたので
一成は「もうイッテイは必要ないだないね〜」とか言って
どこかに行ってしまったのではないかと思っていました。

ですが、本当に追いつめられた時には
色んなことがすべてうまくいくようになっているんですね^^
「あ〜よかった」と安堵していると
聞こえてくるんですね〜
「誰のおかげかわかってるだないね」と催促するあの声が
そうです。
一成様々なんですよね。
どんな時も、ちゃんと一成は見ていてくれて
助けてくれているんですよね。

生活に追われてゆっくり一成と話せないことを
私は一成との繋がりが薄れていくようで
不安に思っていたのですが
繋がりは絶対に薄れたりしないし、
どんな時もちゃんとつながっているんですよね。

一成の最期 

2007年06月11日(月) 15時28分
またまたご無沙汰しておりました。
何度か書こうと思ってパソコンを開いてはいたのですが、
なかなか自分の気持ちがうまく書けずにいました。

実は、この2ヶ月の間に、2人のお子さんのご葬儀に参列することになりました。
こちらの世界に来られて、頑張って修行をされて、使命を果たされたお子さんです。。
でも、お母さん・お父さんの悲しみを思うとかける言葉が見あたらず、
本当にただただ頭をさげることしかできませんでした。

そして思い出すのは、やっぱり一成の“あの時”です。。。。
最期の一成の壮絶な頑張り、熱が出ていた私はNICUの中に入ることが許されず
一成の最期は病院の方々だけに付き添っていただきました。
最期にせめて家族に囲まれて逝かせてやりたかったとか
いろんなことが頭の中をグルグルしてしまいます。

それ以来、一人になった時などにあの頃の記憶が鮮明に蘇ってきて
今の自分の気持ちとは関係なく涙があふれて、ただただ淋しくて
涙がとまらなくなっていました。

ずっと自分でもコントロール不能になっていたのですが
やっとやっと落ち着いてきたのか、一成からの声がようやく聞こえてきました。

「最期の時、最期の時っておかあたんは気にしてるけど、
 あれはイッテイが体から抜け出すための単なるセレモニーで
 まっ、盛大に抜け出したがかっこいいかと思ってやっただない。
 イッテイにとってはあれは全然最期なんかだないよ。
 あの時からイッテイはしがらみの体ちゃんから抜け出して
 おかあたんの側、それも体ちゃんで抱っこしてもらっていたときよりも
 お腹の中にいたときよりも もっともっとおかあたんの深いところまで
 いけるようになって、今までよりもう〜〜んと近づけただない。
 『最期の時に側にいてあげられなかった』いうはヒドイ話だないね〜
 イッテイまだ最期なんかだ全然ないのに!!!
 おかあたんが悩んだり悲しんだりしているは、ちょっと勘違いだない。」

体という枠の中で生活している私は、どうもこうした勘違いをちょくちょくして
勝手な勘違いで長い間ふさぎ込んだり、落ち込んだりしてしまうみたいです
あのかわいいかわいい一成の体ちゃんを抱けなくなった日なので
悲しいことは間違いなし、思い出すと涙があふれてくるのも変わらないけれど
でも、今までとは少し違う気持ちであの日のことを受け止められるようになりそうです。

春ですね 

2007年04月20日(金) 22時08分
ご無沙汰しておりました。
すっかり春になってしまいました
進学・新入学のこの季節は、お空にいる我が子がこの世で
生活してくれていたら・・と思うことがどうしても多くなる季節ですよね。
周囲が何となくウキウキする季節というのは余計切なくなってしまうことも
ありますよね。。。。
我が家も、近所に住んでいる一成と同じ学年の子が
今年は幼稚園に入園しました。
一成はこちらの世界で生活していたとしても、共働き家庭なので
保育園に行く予定だったので、あまり大きな動揺はなかったものの、
やっぱり胸がキュンとしてしまいました。

だけど、お空の一成は今も「イッテイ3歳」と3歳のままだし、
どうも体は90pぐらい、1歳後半ぐらいの体型をしているように見えます。
生まれて10日でお空に帰った一成ですが、自分の一番大好きな年齢を選び
自分の一番かわいいと思う見た目を選んでいるんですから
考えてみると、一成ほど幸せなことはないのかもしれません。
そうであるとすれば、息子の幸せだけを祈りながら
暮らしてる親である私の一番の願いはきいてもらえているわけで、
私もとっても幸せなお母さんということなんですよね。
一成が幼稚園行きたいと思えば、いくらでもこの世の幼稚園ものぞきに行けるし
お空幼稚園だってすぐに神様に準備してもらえて、素敵な先生と
かわいいお友達に囲まれて楽しい幼稚園ライフを送ることができるわけですよね〜

感じるということ 

2007年02月12日(月) 7時29分
昨日、一成の妹をつれて、しまじろうのコンサートに行ってきました。
娘を連れて行きながらも、周囲のおにいちゃん・妹という組み合わせの
家族にズキッとしてしまうのですが。
でも、ちゃんと我が家にも一成お兄ちゃんがいて、こうした家族でのお出かけには
張り切ってついてきてくれているので、気を取り直して
家族4人でのコンサートを楽しむことにしました。

そして、コンサートがはじまって、1曲目
しまじろうが歌って踊ってのその横に・・・
一成が張り切って踊っている姿が見えました
とても楽しそうに踊っている一成をみながら、
一成も保育園に行ったら、こんな風にお遊戯会や発表会で
げんきに踊る姿をみんなに見てもらえたのにな〜と思うとちょっぴり涙が
でも隣で喜んで手拍子している娘と主人に気を取られて、
涙も引っ込んじゃいました。

コンサートも終わりに近づいてきた頃
“わになっておどろう”の曲に合わせて、一成がしまじろうたちと
手をつないでそれはそれは充実した顔で元気に踊っています。
その時、ふと隣を見ると主人が涙をこぼしているのです。
「なんだかわからないけど、感動してきた
と本人も泣き笑いです。
子ども向けコンサートですから、正直そんなに感動して
大の大人が涙するような内容ではないんですけどね〜〜
きっと、主人には一成の姿が見えてはいなかったけれど、
一成がしまじろうたちと一緒に踊っているその頑張りを
主人の内なる魂が感じ取ったのだと思うのです。

見えないと思っていても、こんな風にちゃんと子どものことを
無意識のうちに感じ取っていることがきっと私達の生活の中には
きっとたくさんあるんだと思います。
妙に人に優しくなれたり、穏やかな気持ちになれたり
心が温かなときは、きっと一成が「おかあたん、だ〜いすき」って
言ってくれているんだろうな〜
私の耳に聞こえていないだけで、内なる私にはちゃんと届いているんだろうな。

「ケア」 

2007年02月09日(金) 15時56分
下の記事のコメントで、朝日新聞の「患者を生きる」というコーナーで今
“妊娠・出産”がテーマになっていて、死産を経験された女優さん
間下このみさんという方の特集があったことをご紹介いただいています。

私も朝日新聞のこの特集を、毎日読んでいました。
最初はNICU(新生児集中治療室)の特集で、何とか命の危機を脱し
生きることができている赤ちゃんのアフターケアのことが取り上げられていました。
本当は読みたくないのに、NICUという文字に吸い寄せられ、
辛いのに読んでしまっているというか、読まされている自分がいます。
読んだ後はどんよりした気持ちになるとわかっているのに
それでもまた次の日、そのコーナーを読まされてしまうのです。

小さく産まれた赤ちゃんや、出生後すぐに病気をした赤ちゃんは
やっぱり普通の赤ちゃんと同じように順調に育っていくわけではなく
いくつものハードルがあるので、それをアフターケアしていく必要がいるし、
お母さんのこともフォローしてあげる必要があるということが書かれています。
それはもちろん大切なことだと思います。
でも、なんとか命の危機を脱してくれた赤ちゃん、手元に赤ちゃんが残ってくれた
お母さんにフォローが必要なように、
赤ちゃんが残念な結果になってしまって、この手に赤ちゃんを抱くことが
できなくなってしまったお母さんにはもっともっとケアが必要なんですよね。

赤ちゃんに限ったことではなくて、
命がけで産んだ我が子を亡くすという過酷な体験をしたお母さんたちは
本当にどうやって生きていけばよいのかわからない、我が子のことも不憫で
たまらず、自分自身も絶望の中にあり、胸が張り裂けそうな自分を
もうどう受け止めていいのかわからない状態になりますよね。
一部のお医者さんたちの間では少しずつ研究されてきているようですが
もっともっと子どもを亡くしたお母さん(その家族)への
ケアの必要性が理解されて、当たり前のこととしてそうしたケアが
受けられるようになったらいいなと思いました。

ご無沙汰しておりました 

2007年01月28日(日) 23時11分
本当に久しぶりに自分のブログにやってきました
気がつけば・・・新しい年が始まってしまいました。
昔から日記を書こうと張り切って日記帳を買っては2,3ページ書いては
白紙のままで終わってしまうといのが私のお決まりパターンでして・・・・・

だけど最近、同じように小さいお子さんをお空に見送られたお母さんからメールを頂いて
この「あおぞら日記」と一成の「お空のさんぽみち」を“心のより所”にしているという
なんとも嬉しいお言葉を頂きました。

一成をお空に見送ってすぐの頃は泣いてばかりいましたが
2ヶ月ほどしてからは本屋さんめぐりをして、
この気が狂わんばかりの状況をどう生き抜いていけばいいのか、
お子さんを亡くされた方はどうやってこの悲しみの中で生きておられるのか
その答えを教えてくれる本を探し回りました。
そして夜はパソコンの前で、「子どもを亡くした親」「赤ちゃんを亡くした親」などで
検索し続けて、その答えを探し続けました。

そんな中で「子どもの魂の存在を信じ、体を失ってもなお生き続ける魂と共に
生きる道」という答えに出会いました。
そして同じ道を歩むたくさんのお仲間との出会いに恵まれました。
たくさんの勇気と希望をもらうことができました。
だけど、やっぱり悲しさに押しつぶされそうになる日もあります。
涙があふれて止まらない日もあります。
だけど必ず「まてよ、一成は今もちゃんといるじゃないか」と気付かせてもらい、
またそこに生きる希望を見つけています。

そんな想いをこれからはもっともっとここで綴っていきたいなと思います。

温度差 

2006年11月29日(水) 22時41分
一成の妹が土曜日の夜から熱を出していました。
「子どもなんだから熱ぐらい出すさ」と思ってみても、39度を超えると
さすがに一成の時の記憶がよみがえり不安になってしまいます。
お医者さんからも
「お兄ちゃんの時のことがあるからね、僕も成ちゃんが熱を出すと怖いんだよね。」と
言われています。
当然私たちはもっともっと怖いわけですが。。。

今回も高い熱が続いてなかなか下がらなくて、点滴をしてもらいました。
点滴をしてもらう時に娘が泣くと、一成はもっともっと小さな時に点滴を
たくさんしたんだよね。。
お母さんが側にいないなかで、1人でがんばったんだよね。。。と思うと
娘のむこうに見える一成の赤ちゃん時代に涙があふれてしまいます。
前回の熱の時にはそれで自分でもコントロールできなくなって涙が
止まらなくなってしまったのです。

でも、今回は・・
夫が私以上にオロオロして、熱が下がらないことに焦っていて
「何で熱がさがらないんだ・・」とイライラしている姿を見て冷静になれました。
「大丈夫よ。絶対に下がるから」と食事ものどを通らない夫を横目に
バクバク食べることができました。

今まではどうも私の方が先回りして心配して、私の方がより深く心配して
いたので、自分一人で考え込んでしまっていたのですが
ちょっぴり遅れてついていけば、こんなに冷静になれるんだ・・ということに
気付きました。
一成が生まれて、そして病気になって、亡くなって・・・ずっとずっと
夫との間にずれを感じていました。
「しょせん母親と父親とでは想いが違うんだ。」と温度差を感じ
いつもいつも自分一人が深いものを抱えているような感覚で、それがまたとても
辛くのしかかっていました。
確かに男性と女性で受け止め方やその対処の仕方も違うのでズレや差が
なくなることはありませんが、でも私がもう少しのんびりと歩いていったら
少し違った風に感じられるのかもしれないな。。と思う出来事でした。

時間の流れの中で変わってきたこと 

2006年11月23日(木) 16時21分
急に寒くなってきました。
もうすぐ私の誕生日がやってきます。

4年前、一成を亡くして2ヶ月後の自分の誕生日。
当日までは特別何も感じなかったのですが、
夜になって、急に辛くて辛くて涙が止まらなくなってしまいました。
一成が生まれてきてくれた喜び。
一成を抱いたときの温もりと幸せの重み。
“誕生日”という言葉にはとっても深みがあり、今までは
幸せにつながる言葉だったのに、
出産後の感染症で一成が亡くなったことで、
誕生日がお空につながっていった気がして、当時の私には誕生日と言う言葉が
なんとも切なくてたまりませんでした。

そして何よりも、こちらの世界で誕生日を迎えることができなかった一成。
歳をとるという経験をしないままにお空に戻っていった一成。。
それなのに、自分はこちらの世界で誕生日を迎え、歳を重ねていっている・・
そうしたことにも何とも言えない罪悪感を感じていました。


だけど、一成の魂の存在に気付き、膜一枚の「こちらの世界」と「お空の世界」で
私のすぐそばで一成の魂は消えることなく存在し続けているということを知り、
自分がこちらの世界で生きていること、誕生日を迎え歳を重ねていくことが
自然に受け止められるようになりました。
今年の誕生日も、一成と一緒においしいケーキを食べたいと思います。

P R
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