生きています 

September 17 [Sat], 2011, 5:31

お久しぶりすぎますねどうも、生きてます
実は6月からある企業さんに研修生としてお世話になっていて
現在月〜金10:00〜19:00で働いていたりします
そんなこんなで結構忙しくこちらの方に愚痴(?)る事すらままならない状態でした
健全かどうか、充実してるかどうか、自身が幸せかどうか、
それさえ考慮しなければ私は今、胸を張って「生きてます」と答えられる
そんな生活を送っています。

話は変わりますが
数日前にコメント受信通知メールが来てなんだか凄く胸が苦しくなりました
こんなに長い間放置してたブログなのに
未だに見てくれる人は残って下さってたんだなあ、と
アクセス解析を見たのも前回の日記更新振りだったのですが
ちょこちょことカウンターが回っていて半泣きです
正直このブログって私にとっては「その時の私の思考を文字として保存するツール」で、
保存したものを私自身が後から読み返してにやにやするくらいの価値しかないんです
わかりやすくいうと「自分史」「チラ裏」と言った所ですかね
その上私は文章能力が低いです
語彙も少ないし文法もめっためたです
ブログって普通「外に何かを発信するツール」なんでしょうけど、
ここはあくまで自己満の域を出ない、そんなブログだと思っています。
でも世界は広いものでそんなブログなのにも関わらず
ちょこちょこ覗いて下さっている方が要るというこの事実
この事実は私にとって「好きな人に結婚申し込まれる」以上に嬉しい事なんです
このブログは純度の高い、まさに「私そのもの」なんです
書き物として書こうとしないから余計な文章を考える思考とか
「この言葉はまずいかな」って体裁を整えようとしたりとか
そういう不純物のない「私」
人ってやっぱり深層心理では人に嫌われたくないから
セーブしてるつもりなくても無意識にセーブしてる所ってあると思うんです
誰だって自分の汚い所や醜い所なんて見せたくないじゃないですか
そうやって隠してる、でも紛れのない私の本質の「汚い所をぶちまけている場所」
それを受け入れてくれるっていうのは本当に嬉しい事なんですよ
リアルでは恐らく一生受け入れてもらえないであろう部分
好きな人からの告白だって本質を好きになってくれてのケースは稀だと思います
見せないんだから当たり前でしょうけど
「私」という生き物はとてもめんどくさいです
好きな人になればなるほどそういう面は見せたくないんです
だけど好きになるほど本質を認めて欲しいって欲求も出てきます
それはもちろん「恋愛に限らず」です
矛盾しすぎてて苦笑しか出てこないです
でも結局好きな人に「汚い所を見せない」のを徹底してるので
私は本質を受け入れてもらえる事を諦めているんでしょうね

あー・・・寝てないで文章打ってるせいで支離滅裂めちゃくちゃな文ですね
久々の更新なのにこんな訳の解らない文でごめんなさい
個々へのコメント返しも滞っていてすみません
そちらはきちんと頭が働いている時にでも返させて頂きますね

チラシの裏 

April 22 [Fri], 2011, 2:08
今までの人生の中で私が一番好きになった人に
今までの人生の中で最も嫌われました
理由は良くわからないです
嫌われてから早いものでもう二ヶ月以上経ちます

別れ際は本当に
「切り離された」
っていう言葉がピッタリでした

チャットで別れを告げられました
やり取りの無い文章を投げつけられて終わりました
チャットを返しても返事は無かったです
メールをしても返事は無かったです
「最後に一度だけで良いので話せませんか?」
返事は無かったです

私は幼いです
でも幼いからっていうのを逃げ道にはしたくないです
仕方なくなんか無いんです

その人は何かに対して怒っていました
「何で怒っているのですか?」
その人は言いました「自分で考えろ」と
私は考えました小さな心当たりはいくつかありました
だけど決定的なものはわかりません
小さな心当たりを挙げて
「怒っている理由はこれ?」
と聞きました
彼は否定する事もせず
「しばらく話し掛けないで」
と言いました

話し掛けるのをやめてずっと考えてました
何をしたのかを
しばらくしてメールしても返事は来ません
またしばらくしてメールしました
返事は来ません

返事を全て無視される程に私は嫌われましたか?
と問いました
帰ってきた答えは
「あなたみたいな自分の事しか考えられない子とは付き合えませんさようなら」
でした
確かに私は至らない所だらけでした
私が悪いのは確かです

だけど果たしてあなたは私の事をどれだけ考えてくれてたのでしょうか
私の話し合いにも応じず一方的に切る事が許されるほどあなたと私には意識の差はありましたか
帰ってこないメールを送る私の気持ちがわかりますか
「忙しくて返せないんだな」
って気を使ってメール送らないと怒られる私の気持ちは?
私にはあなたの怒るポイントがわかりません
私は私なりにあなたを大切にしてきたつもりです
あなたもあなたなりに私を大切にしてくれてたのでしょう
だけど私にとってはそれじゃ足りなかった
あなたにとってもそれは同じはずです

「自分の想像する最良」

「相手にとっての最良」
が必ずしも一致する訳が無い

それを一致させる方法が「話し合い」だったはずです
あなたはそれを拒否した
関係が希薄になる前からそういう節は有りましたよね
あなたは「自分が大人である」事を異常に守って居ました
私が言うことは「子供の意見」
それは確かに正しいと思います
あなたの方が年齢も社会経験も上ですものね

「大人としての見本」になってくれようとしてたのはわかります
だけど私はそんなの望んでなかった
もっと私の話を聞いてほしかった
ちょっとで良いから対等に見てほしかった
そういう所で気張らずもっと話してほしかった

お互いの「最良を一致させる話し合い」を放棄した時点であなたは大人なんかじゃない

私は馬鹿だから言われないとわからないんです
だけど馬鹿なりに言われれば学びます
「言われなきゃわからない」
というのは甘えかもしれません
だけど私とあなたは別個体なんです
全てが全てあなたの気持ちを想像しろだなんて無理なんですよ
きっと同じ事あなたにしろって言っても出来無いでしょ?
だけど自分で答えが出せなかった私をあなたは許せ無かったんですね

私がもっと賢ければ
もっと人を優先出来れば
もっともっと優しければ
何か変わったのかな

今だに私は忘れられません
せめて最後に直接謝りたかった
「ありがとう」を言いたかった

女々しいな
嫌になっちゃうな
これだから、自分以外に深く干渉するのは嫌なんだ
苦しいし悲しいし切ない
ずっと一人だったら一人になることに苦しさなんて覚えないのに
最初から甘味を知らなければ味を占める事もないのに
甘味という比較対象が生まれるから苦味が生まれるんだ
最低だよ忘れたいよ記憶を消したいよ
無かったことにしたいよ

もう絶対これ以上他人に干渉しない
最低限で生きていく
自分は自分を裏切らないんだから

私は幸運な甘ちゃん 

March 23 [Wed], 2011, 9:02
手が寒い 手袋無くした寒い
日本は今どれくらい限界なのかな?
ずっと余震続いてて明らかにダメージ蓄積されてるよね
不謹慎かもしれないけど、覚悟した方が良いのかな?
とか最近ずっと考えてる
頭から離れない

私は豆腐メンタルなので
通学路の地面の隆起とかひびとか全てが
カウントダウンにみえる訳で
それの大半は地震前から有った物だと思うけど
日に日に増えてるように見えるわけで
自然には抗えないよなって
卑屈になって
不安感に喰われる日々に参り始めてます
私なんて対して被害受けてないのはわかってる
もっと被害受けてても気丈に頑張ってる人が沢山なのもわかってる
だけどやっぱり温い環境は温い環境なりの恐怖がある
今は温くてもいつ崩壊するかわからないのが怖い

「小さい余震が来て不幸」
じゃないんだよ
「でかい地震が来なくて幸運」
なんだよ


さあ、学校行こう

お久しぶりです 

March 06 [Sun], 2011, 15:33

お久しぶりです、恥ずかしながら生きていました
表向きの活動が多忙でこちらには書き込み出来ませんでしたが、元気です
こんな文章書いてる私ですが普段表では普通の学生をしています
むしろ「あちら」では普通以上に明るいように思われているかもしれません
きっとこのブログをみてくださっている方が何らかの形で
「表の私」の活動を目にしたとしてもきっと
「ここの私」を連想することはないと思います
そんなことは置いておいて、近況報告だけでも始めましょう

*学校について*
つい先日学校の「修了判定」が出ました
結果はなんとかかんとか合格で、私は3月末にこの学校を無事卒業します
就職先は残念ながら見つからなかったのですが
しばらくはバイトで実務経験を積みながら就活をしようかなとか考えています
また、卒業後1.2ヶ月は貯金を崩しながらバイトとか全てをストップして
生活改善をきっちりしようと思っています立て直す時間が欲しいのです

*その他日常について*
とりあえず心療内科は高校一年のとき以来行っていません
お薬も今は飲んでいるものはありません
相変わらず色々深く深く掘り下げた考え事を良くしています
最近はその思想を衝動的に吐く前に疲労から
帰宅→即寝を繰り返していた感じです

*雑記*
ひとつ、従姉妹に先日
「絢原は、気を使わないで本当の自分を見せられる人居ないの?」
と言われました正直言われた瞬間は何を言いたいのか良くわからなかった
周りの人はよく私に対しての評価を
「一緒に居ると落ち着く」とか「やさしいよね」とか言います
「一緒に居ると落ち着く」=「自分(友達側)に合わせてくれる自分の色がない人」
なんだって気づいたのは結構最近です
私が私の色を出す、つまり自分の意思を表に出すと
その時点できっと「落ち着く人」ではなくなるのでしょう
そのポジションを作ったのは私自身ですし
それが辛くなってもがくのも全て自業自得なわけですね
私は一応生きている人間です「色がない」なんて事ありえません
「色がない」んじゃない「色を自分で殺してる」んです
辛い思いするよりも私は必死で手に入れたその立ち位置を手放す方がよっぽど怖いのです
手放した瞬間私の価値がなくなってしまう気がして

それでもやっぱり苦しいものは苦しいし辛いものは辛いのです
どうしたら良いかわからない中見つけた私の唯一の捌け口は「睡眠」
辛い状況なら辛い状況なだけ辛さに比例して睡眠時間が増えます
平日は9時間睡眠、土日は2日合わせて30時間以上は寝ています
寝ているときが一番楽ですめったに夢も見ません考えなくて済みます
思考が完全に停止できる唯一の逃げ場です

最初の話に戻ります
「絢原は、気を使わないで本当の自分を見せられる人居ないの?」
これに対しての答えは間違いなく「居ない」です
そんな人が居るならきっと私は睡眠なんて逃げ道を選択しなくなるでしょう
でもそんな人はこの先一生出来ないっていうのも断言できます
まず作る気がない
他人という存在は永遠ではありません
他人の気持ちは常に更新されるものだし
他人はもちろん私の意思とは関係なく動く「別物」だし
他人の気持ちが継続されていても身体的理由で事切れるかもしれないし

一方自分の中で自己完結する「睡眠」という逃げ道は永遠です
正しく言うなら永遠っておかしいと思いますけど
私の気持ちなので更新されようがないしされたとしても私と「同期」するから問題ない
私は私私の意思で動きます
私が身体的に事切れるとき、私の意思も同時に切れます
何かが置いてけぼりな状態はありえないですよね
全てを自己完結すれば

人を信じれる人はとても強い人だと思います
私はもう人を信じたり広義で好きになったりして裏切られたり離れられるのが嫌です
失いたくないものを囲おうとするから苦しいんですよ
最初から所持しなければそんな思いしなくて済むんです
弱くて馬鹿な私はこんな手段でしか自分を守れない

甘味と苦味 

September 26 [Sun], 2010, 17:37
飴と鞭って言葉がありますが
本来の意味と外れた考えになるかもしれないけど
私は余計苦しくなる物なんじゃないかと思う
鞭が痛ければ痛いだけ飴は甘くなる
でもそれって逆を言えば
「飴が甘ければそれだけ鞭が痛くなる」
って事なんじゃないかな

どちらかに偏ったらいけないよ
って言うのが本来の意味なのかもしれないけど
普段鞭でたまに飴をあげるという行為は
期待を持たせる・諦めを持たせない
凄く鬼畜な行為だと思う
鞭しか無ければ諦められるのに
希望なんて見出ださないのに
たまに飴を貰えることで期待や希望を抱く
実現することは無いのに、ね

逆に飴ばかりでたまに鞭
これはそのまま苦痛だと思う
普段甘やかされて育った人が
鞭を振るわれて無事に済むはずはないもん

結局飴と鞭っていうのはどっちにしろ
「振るう側」にのみメリットがあるわけで
「振られる側」にはなんのメリットも無いと思う

時よ止まれ、世界は美しい 

September 24 [Fri], 2010, 0:19
帰り道綺麗な空を見ると泣きたくなります
そのまま溶けていきたくります
この空が完全に暗くなって明るくなれば
また同じ日々が始まるんです
世界は美しいと思います
汚れているのは私自身です
だから美しいはずの世界までくすんで見える
当たり前な事かもしれません
いくら景色が美しくても
かけている眼鏡が曇っていれば
美しさを感じることなんて出来ません

私は静寂を望みます
時が止まることを望みます
いくら望んでもそんなこと無理なのはわかっているけど
この世界を美しいと思えるその一瞬を
一瞬で終わらせたくない
どうしたら永遠に出来るんだろう
考えても考えてもわからないくせに
ずっと考え続けて
きっと答えが出るのは
「あの空に溶けることが出来た瞬間」
なのかなって思ってみたり

私の 勝手な リタイア宣言2 

September 02 [Thu], 2010, 8:22
例えばさ
さっき言ったように
「君の要らないと思った命は誰かが欲しがっていた命だ」
と誰かが言ったとしよう
私はそれについて否定する気はない
だって実際に有り得ない事ではないから

でもね
あ 先に言うけど酷い事言ってるって自覚はあるよ?
でも私から言わせれば
「だから何?」
なんだよね

世界は私達が自覚してるよりずっとずっと大きい
地球儀や世界地図見てるからそんなのわかってる?
ううん、そういう大きさじゃない
世界には
食べ物が食べれずに餓死するのが日常茶飯事な場所もある
世界には
文字の読み書きが出来る人がほんの一握りしか居ない場所もある
世界には
一日に何人も死ぬのが当たり前な場所がある

他にもまだまだ酷い場所は沢山あると思う
じゃあ、貴方は上で言ったような場所で起こっている事・死んだ人達
全て把握している?

貴方が
「可哀相」「悲しい」
って感じるのはテレビとかで知った所・時だけだよね?
そして貴方は
「可哀相」「悲しい」
と思ったら何かそれに関して行動する?
大半はしないでしょ?
したとしても電話で出来る募金とか?
自分自身に全く支障の出ないレベルでしかやらないでしょ?
勿論例外も居るけどそれはごくわずかだよね

結局いくらテレビを見て一時感情を揺さぶられてもそれは私達にとって
「与えられたフィールド外」の出来事であって「他人事」

数日経てばケロッと忘れるレベルなんだよ


逆に考えてみて
貴方がとても厳しい環境の元生まれたとする
食べ物も住む場所も無いいつ死ぬかわから無いような場所に

「生まれてからずっとそれが当たり前だった」
「自分達の環境以外(フィールド外)を知らない」

となれば貴方は自分を「可哀相」
だと思いますか?
・・・きっと思わないよね
「可哀相」と言う感情は比較対象が居ないと存在出来ないんだから

思う時が来るとすればそれは
「フィールド外の知識を刷り込まれた時」


運命論を説くつもりはさらさら無いけど
つまりはそういう事。
人それぞれ生まれっていうのはどうしてもある

その人に与えられたフィールドもね

だからこそ
人は自分に与えられたフィールド内で上に行こうと奮闘したり
蹴り落とされたり一生懸命努力するわけで

だから、その人の「消えたい」と言う気持ちを聞いて
他のフィールドの人を引き合いに出すのは嫌いです

それが意味するのはその人の、
「その人自身のフィールドでの今までの努力」
を全否定する事になるから。



凄く嫌な人間だね 私
大丈夫 自覚はあるよ

私の 勝手な リタイア宣言1 

September 02 [Thu], 2010, 0:43
世の中の全てがめんどくさいし気持ち悪い
何気ないことまで煩わしく感じる
もう私から見て煩わしさを感じない人間はいないのかもしれない
そんな世界に生きてて楽しい?

ううん 楽しくないや


そろそろ辞めても良い時期じゃない?
私もう十分人間したよね
19年だよ 19年
三日坊主の私が19年も続けられたなんて凄い事だよ

いっぱい泣いたしいっぱい笑った
いっぱい怒ったしいっぱい悩んだ

もうそれで十分なんじゃないかな

私にとって今はもう世界という存在は
人間という存在は
煩わしさを感じさせるだけの物に変化してしまった

それは世界が変わったんじゃない
私が変わったから

私は連続殺人犯のように何かアクションを起こして
世界を変えようとは思わない
だって自分が勝手に変わっただけなのに
世界に「変われ」と求めるのは明らかに間違っていると思うから

あ、でも痛いのは嫌だな
うん死体が残るのも凄く嫌だなあ

一番ベストなのは
「みんなの記憶から私という存在が消える事」
なんだけどね

そうは、いかないよね


最近寝るとき
朝起きたらこのまま溶けて無くなってれば良いな
とか
ずっと眠ったまんま目が覚めなきゃ良いな
とか考え無い日ないんだー

そうなれば素敵なのにね。


こういう事言うとさ
大体
「君が要らないと思った命は誰かが欲しがっていた命だ」
とか
「生きたくても生きられない人も居る」
とか言う人居るよね

まあ、否定はしませんよ
確かにそうかもしれないよね
長くなったからここら辺については
次の記事で呟こうかな

上手くいってる≠充実してる 

June 14 [Mon], 2010, 9:11
生きていく上で
「日々の生活に楽しみを見出だせない」
っていうのはなかなかに致命的だと思う
そしてそれは人によって極端に違う部分が有る気がする
何て言うのかな「楽しみを見出だす難易度」的な?
とは言っても私の中でそれは1か100かの二つしか無いくらい両極端なんだけど

楽しみを見出だせてる人にとって
それは意識なんて全くせずに
それこそ空気を吸うのと同じくらいに自然に出来ている人が多い

逆に出来てない人からしたら凄く凄く難しい

この違いが何処から来てるのか私にはわからないけど
大半の人は気の持ち方の違いって言うんだろうなあ


表面上人間関係その他諸々上手くいってるからって
そこに何も楽しみややり甲斐を見出だせなければ
充実なんて言葉とは無縁だよね
かといって
「充実していない=空っぽ」
な訳でもない
そこには楽しみの代わりにどす黒い感情が沢山詰まってる
空っぽになることすら許してくれないなんて鬼畜だよね
まあその鬼畜なのは紛れも無く「私」なんですけどね



とか打ちながら雨の日限定電車通学してたら
さらっと遅刻しそう
あー着きたくないなあ
とか言いつつ着いちゃった

倒錯的思考 

June 13 [Sun], 2010, 4:16
自覚してる範囲では私は「性倒錯的思考」は持っていないはず
というか性的な物についてさっぱり興味が無い
無さ過ぎて倒錯的って言われればそれまでだけど

じゃあ「倒錯的な何か」の「何か」に当て嵌まる
私の持ち合わせている物は何?
私は「人格」って答える
正直私には「人格者」と呼ばれる人がどんな人かわからないけど
少なくとも私は世間一般でいう「非人格者」だと思う
精神的働きは不安定だし
行動傾向も明らかに普通ではない

その行動や思考を正しいか正しく無いか判断するのは結局は第三者なわけで
基準は第三者に全て委ねられてるって言っても過言では無い訳で

仮に10人第三者が居て
私への評価を下すとして
その10人の第三者の過半数が「異常・非人格者だ」
と言えばそれが正当な評価になる
仮に数人「正常・人格者だ」っていう評価を下した第三者が居たとしても

そして後者の判断を下した第三者は私と同じ「異常・非人格者」扱いをされる

結局の所「何が善で何が悪か」
「何が正常で何が異常か」は
完璧な多数決なそんな世界
多数派と逆の意見を持っていたとしても
声を大にして言う人はあまり多くない
それは少数派にまわっても自分にとって利益が無いから

少ないものは叩かれる
少ないものは悪
少ないものは異常


私自身「私は異常」と自覚してる
最初は異常なつもりなんてなかった
ただ自分の思考通りに行動してた
だけどある程度周りをみるようになって気付いた

「私は皆とずれている」

それは決して大きなずれでは無かった
ちょっと友達付き合いに対する意識が違うだけ
ちょっと先生に対する敬意の払い方が違うだけ
だけど年齢を重ね続けていくうちにそれは大きな違いになった
生き難くなった
私が異常なんだ少数派なんだと悟った
だから多数派の真似をした
真似をして真似をして真似をして

過ごし易くはなったけど
相変わらず生き難かった

いくら真似をしても根っこの「異常な私」は消えてくれない





多数決は何かを決める際最も合理的な方法
それは本当?
多数決は少数派を無かった事にする
少数派を殺す方法

平和的、だね
P R
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