税理士とマスコミはなぜ極刑を望む遺族の声を報道するのか

April 12 [Fri], 2013, 1:45
強盗殺人とか強姦致死など世間を騒がせた凶悪な犯罪は、事件当初だけでなく判決が下りたときも大きく報道されます。
その報道が検察の求刑通りの死刑だったか、それとも無期懲役だったかという点に焦点が当てられるのは当然でしょう。



しかしどの報道もほとんど「遺族の声」を載せただけという内容の薄さには首をかしげたくなります。
それは新聞の見出しにも表れていて、被告が死刑をまぬがれたときは「遺族『極刑下されるべきだった』」、死刑判決がでたときは「これでやっと墓前に報告できる」などがいちばん大きな見出しになっています。



報道を見る限り被害者の遺族はすべて被告が極刑に処されることを望んでいるようです。
これは当たり前かもしれませんが、当たり前のことはわざわざ報道しないのが新聞記事でありニュースだったはずです。



遺族が犯人を憎む気持ちは察するに余りあります。
しかしこういう感情をわざわざ大きな文字で世間に報道することにどのような意味があるのでしょうか。



遺族に向かって「罪を憎んで人を憎まずですよ」などとしたり顔で言うやつがいたら殴られても仕方ありませんが、抑えようとしても抑えられない遺族の気持ちをことさら大きく報道するのも礼を欠く場合があるはずです。



判決に到った複雑で微妙な経過を新聞やニュースで報道しきれないのは当然ですが、マスコミの感情的でワンパターンの報道は、遺族に対してある意味で礼を欠くのと同時に視聴者をバカにしたものだとも思います。



このワンパターンぶりは冤罪疑惑の報道でも同じです。
そのときマスコミは一転して被告の味方で、冤罪を認めない国家権力を糾弾する立場をとるかのようです。



この場合も私たちは詳しい判断材料を持っていないわけですから、できるのは感情的な報道の尻馬に乗らないように自戒することくらいです。



東京都荒川区の会計事務所で働くスタッフのブログ
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