霧中の焦燥〜ある連鎖 

2006年04月29日(土) 1時49分
月光を浴びて不気味にそそり立つ、
灰褐色の絶壁が見え出しどんどん自分に近づいてくる。
このまま突き進んでいけば、
すべてが粉々に砕け散ってしまうようだ。
この航路は絶望的だった。

目を覚ませば・・
僕はどれほどさわやかな朝を迎えることだろうか。
しかしそれはほんの一瞬の事だ。
安息を感じた後、僕はまたすぐに悪夢にうなされる。

現実が、気だるく物憂げに僕を取り巻いている。
ざわめきと水音と、
泡立ち喘ぐ響きの中から今にも手が伸びてきそうな、
そんな恐怖感を感じている。
そう。
いつなん時でもだ。

それは霧のように深く、色濃く、手探りでしか感じられない。
そしてやがてあらゆる思考の生じる意識の奥底の、
さらにもっと底から、
猛威を奮るいながら近づき自分という存在を飲み込みはじめる。

僕が示す善意も、僕が弄する諧謔も、
人々に対するあたたかさもそれらは皆、
困惑と焦燥の中で発現した自らの不完全な人間性を露出する、
単なる手段に成り下がっているのではないだろうか。


僕は今、二つの世界の間に立っている。

憧れと、憂鬱な羨望。
そして軽蔑と惰性に裏付けられた、不可避的な連鎖。

僕は、怯えながら暮らしているのだ。

不可思議な夏の日々 

2006年01月26日(木) 1時09分
あの不可思議な夏の日々。

僕はよく一人でいた。
一人で自転車に乗って、
道に迷って帰れなくなった。
そして日が落ちる。
昔はもっと夕焼けは赤く、オレンジ色なんだと思っていた。
その時僕は悲しいとも、寂しいとも思わなかった。
そこには果たして、あるべきものがあったからだ。

どうしても非日常というような、曖昧な印象のするあの家。
大声で叫べば届きそうなくらい、
君はいつも、すぐ近くにいた。

饅頭屋の湯気と、夏の太陽の熱い視線が煩わしかった。
バス停の長椅子に座って、
読書をするフリをしながら視線を泳がせる。
誰も彼も、僕を知らない。
ここは異国なのだ。
二度と見ることのない景色。
路面電車が通り過ぎる。
落としたカギ。
戻らない。
ああ、
交差点で、幼い頃の僕が泣いている。
街の灯までは遠い、遠い道のりだ。

あの不可思議な夏の日々
心は渇いている 
僕は人を待っている

彷徨する風景 

2005年07月26日(火) 2時18分
日常的に出会う様々な人間関係に関する事よりも、
こうやって一人でぼんやりと考え事をしている方が、
はるかに自分の頭が活発に働くのを異様に感じながら、
あとからあとから湧いてくる思想に押されでもするかのように、
僕は部屋の中をいつしか行ったり来たりし出していた。

憤り、降り落ちる不条理な大粒の落涙を、
不意に視野に入れた刹那、
僕は急に何か自分に憑いているものから醒めたような気持ちで、
毎日毎日を何気なさそうに過ごしている自分の生活の異様さを考え出した。

この異常なほどパセティックな印象はなんだろうと。

この奇妙な日常を一つの物語として凝縮したとき、
僕の夢想は、僕自身に降りかかる様々な事象の上を、
ある時は迅速に過ぎ、
ある時はじっと停滞し、
いつまでも躊躇っている、
終わりの見えない果敢無さの中で浮かんでいるように思われた。

たとえば僕が死というものに脅かされるとすれば、
思いがけない影像が烈しさをもって僕自身を打つだろう。
夢から醒めるように、
そういったものを自分から振り払おうとするように、
僕は、荒々しく立ち上がるだろう。

嘗て僕を包んだ幸福を完全に描き出したような、
雨上がりの、
それに似た、
物静かな闇。

自分を一層純粋にしようと試みて、
きっとそれとは違う、
もっと冷たい、深味のある光を見入り、
僕は感じるだろう。

いつまでも消えないモノ 

2005年03月17日(木) 1時56分
地の果てに向かう数え切れない沈黙の旅人達は、
まっすぐと東に向けて休みなく吹き流されてゆく。

僕の中の完全なもの。
ただ傷つきたくない。
今はそれだけのものなのかもしれない。

手を伸ばせば届きそうな、
手すりのほんの少し先の海面に奇妙な形の波が押し寄せてきて、
水平線の少し上の灰色の雲と優しげな月に覆われた僕らを不安にさせる。

僕は窓際に立っていた。
頭の中の大きなスクリーンには、二人。
「ここは僕が居るべき場所ではない」
わかっている。
しかしながら僕は見据えなければならない。
なぜならば根本的事実には関わっていない僕が、
それによって形成された主観と価値に対しての本当の理解を望むならば
今現在の視点と見解によって映し出された、まさにこの光景を直視して、
その溢れ出た感情を受け止めなければならないのだ。

君の心を推し量る行為は僕をひどく悲しませた。

それは何に対しての悲しみか。
自分の身勝手さを悔やみ、脆弱さを嘆く。
何も出来ない自分を恨む。

闇は言葉をかき消し、心だけをこの空間に浮かび上がらせる。
見透かされるのが恐くて、偽りの自分を取り繕う。

沈黙の中からそっと彼女の横顔を見上げた。
彼女の目は希望に満ち溢れていた。

ただ独りで考え、歪曲した世界を歩いてきた自分とは違う、
君はそんな強い目をしていた。
無駄な事なんかこの世の中には何もないんだと。

僕は目を閉じ、夢の中に落下してゆく自分の姿を想像した。
たくさんの星屑のような物が僕にまとわりついてきた。
僕の行く手を邪魔するように・・。

それから僕は自分が居るべき世界のことを考えた。
僕は歩いている。
まだまだ行けそうだった。

僕は、強くなりたい。

海の機嫌は直り、海面は穏やかな表情を取り戻した。

なにが残ったか? 

2005年01月16日(日) 0時43分
思考する。
それと同時に反射的に涙が込み上げ、
啜り泣きを押し殺したときに出るしわがれた音が、
締め付けられた咽から聞こえてくるのだった。

偽善者。
倒錯者。
詩人。
悪党。
俗物。
俗物。

・・・先生。
あなたに教わった精神の気高さと道徳的洗礼はこんなにも僕を俗物にしたてあげました。僕は普段習慣によって示したり社会の中で見せたり、悪徳によって表わしたりする自己とは異なる自己の産物に救いを求めがちなのだ。

これは悲劇的結末といえるだろうか?

古写真 

2004年12月24日(金) 19時29分
経験をリアルタイムに銘記出来ない僕らは、それがどんなに辛い事であっても、
嬉しい事であっても生き生きとしたイメージでそれを回想することは出来ない。

その目と、知性によって記憶された経験というものはあくまで僕らが意識的に構成した記憶の複製であって、絵のヘタクソな僕が季節というものをキャンバスに書き込むくらい似ても似つかないものであるように感じる。

君がいなくなった時、確かに僕は心の底から泣いた。

死者はもう二度と僕の目の前には現れないし、過ぎ去ってゆく時間と共に僕はもう君の事を想う事をやめてしまったように思えてくるが、心ならずも君の残していった欠片を偶然見つける事で僕はまた声をあげて泣きはじめるのだ。

想起の瞬間はまた、僕自身が物事の真価を認識する瞬間であって、そんな時いかにこの世の中は虚像や作為に満ち溢れているのかと嘆きたい気分になるのである。
そんな日常にも誠意ある、根本的に忠実な事象はたくさん存在するのだが、少なくとも僕にとって「真実に、ある捉えがたい要素が統率された」と感じる事は稀である。

それが成された時こそ僕は本当の意味で「人生は美しい」と思うし、
記憶の価値と、またそれを生み出す現実にも希望を見出す事が出来るのだ。

孤城 

2004年12月19日(日) 15時36分
救いようがなく荒廃し、病み疲れていた場所で僕は何を見つけたのか?
確かにあの場所こそが僕にとって唯一疑いなく心休まる等身大の居場所だった。

ひび割れた窓ガラスの向こうには空き地があって、
僕は幾度となく、その風景の中に一直線に駆けてゆく自分の姿を見ていた。
ある夜いつものように窓から外を見やると、黒い人影のようなものが空き地を飛び越えて向こう側の道へと過ぎ去っていく光景を見た。

僕は胸騒ぎのような不安と不可解な蟻走感を覚えた。

それから1年後、この部屋から望む風景はただの灰色のタイルだけになっていた。
そこには誰の姿も観とめられなかった。
ビルとビルの僅かな隙間から鋭い光が所狭しと鬩ぎ合うようにこちらに向かってくる。
僕はその真っ直ぐな光明に手をかざし、丸め込むように手を握ったり広げたりした。
光は無関心に僕をすり抜けるように部屋の片隅へと消えていった。
僕は確かに一人だった。

ベッドに寝そべりながら見る天井が好きだった。
天井には広大な砂漠の国が広がっていて、僕はその国の王様だった。
好きなように旅をして、好きな場所で休息をとった。
地平線の境は霞んだまま水彩画で描いたように淡く消えている。
行き着く先の道が消えてしまうのが恐かった。
この国を出てしまった僕は何処に行けばいいのか?
僕には何の確信も、自信もなかった。

どんなに僕が心の個室に閉じこもっても、現実を生きる僕は半ば喪失し、
閉ざされた夢を見ながら都市空間を彷徨っているだけだったから、
架空でしかない共同空間への空虚な憧れに吸い寄せられるように、
僕は幻想的な幸福を湛えた空間に傾倒していた。

帰還する事によって僕が求めたものは二度と元に戻る事のないものだった。
僕は無力感に包まれていた。
僕は諦め、決別する。
だが記憶だけはそこに留まって僕をいつまでも暖め続けてくれる。
それだけが僕の心の支えとなる。

204号室 

2004年12月09日(木) 3時48分
近頃よく幻聴(責任をもてないのであえてそう仮定してみる)を聴く。

悲しそうな女性の歌声が聞こえてくるのだ。
それは居間だったり自分の部屋だったり。
僕は昔からたまにそういった体験をするので「ああそうゆうことか」と割り切れるのだが、今回は多少複雑な気分になる。
しかしながらそれはあくまで僕の想像の範疇を越えるわけではないものだが。

このマンションでは以前に事件があった。
若くしてその命を、自ら絶った彼女にはどのような心残りが存在するのだろうか?

「もし生まれ変わってもまたお母さんの子供に生まれたい」
悲しくなった。

自分が自分でなくなったあの瞬間を思い出して微かな嘔吐感に苛まれた。
あの時傍らに居た友人には言わなかったが、僕はなぜだか悲しい気分になったのだ。


その声は天井から僕の脇をすり抜けてするすると窓の外へと通り抜けてゆく。
そうやっていつまでも同じように周り続けるのだった。

雨降りの公園 

2004年10月04日(月) 3時23分
秋口の淋しさが顔を出しはじめる季節になると、
それだけ過ぎ去っていった夏が一きわ僕に与える印象が強かったという事なのか、
いわゆる凋落の感じのような、
鏡を覗き込んでみるとどこか落胆したような、衰えた顔が映るのだった。

それが僕にとって良い傾向なのか悪い傾向なのかはわからないけれど、
そんなモヤモヤとした気持ちを晴らすために僕が取る行動といえば、
ただ歩くという事しか見当たらない。

雨降りの公園。
何もない公園。

「ここに花や木を植えようと思ってるんですよ。」
ツナギを着た男は何気なく、こちらを振り向く事もなく言った。

近くにある農園もまた税金対策のそれであった。
存在意義のない所にこうやって僕みたいな奴がやってくる。
彼もまた同じだ。
走り回る園児たちもバットを振る少年も、
皆今日は暖かい食卓を囲み微笑みあっているのだろう。
何とも言えない侘しさが通り過ぎていく。

彼らは自然から与えられたままの顔と挙措に閉じ込められている。
それ以外のものを知らない。

僕は変わり、駄目になってしまった。
偽で不確かな模倣。
そこには一定したものはなにもない。
僕らは自分ではないものに見られようとする。
誰も彼もが別人だった。

夜の風景に溶け込みたい。
そこら辺に立っている木々や電柱や雑草のように、
行き交う人々の関心を得る事もない、精神的に無意味な存在になれれば楽なのに・・。

思い出したように自分の頭の上を弄ってみると、冷たい水が滴り落ちてきた。
水はとても冷たかった。
一体僕はいつまで僕らしくない風を空しく練習し続けるのだろうか。

それこそ無意味な問いかけに、
問いかける事で救いを求めるように、
誰も居なくなった公園で僕は思い悩むフリをしていた。

心象回廊 

2004年09月20日(月) 11時22分
天井が遠い。
一瞬別世界に投げ出されたような感覚に陥る。
孤独が拗れるようだ。
むしろその方がいい。
ここにいるよりはずっとマシだろうから。

僕にとって本当に安らげる時間は?
夜はいつやって来る?

・・はっきり言って僕はそんな事は言いたくはなかったんだ。


奥深い山村ののびのびとした代赦色の裾野が、
漸くその勾配をゆるめようとするところに南を向いてそれは立っていた。
一軒の寂れた家だった。

そうやって皆僕を取り囲むように鎮座し、
僕自身が縋りたい、助けられたいからこそ、
望まれてこの場に現われているはずなのに・・・。
誰一人、何一つ確かな言葉をかけてくれない。

焦燥は深まる。

突然背後にいた男が口を切った。
「君は分かっていたんだろう?」
僕は何か罠でも恐れるかのように注意深く彼を見た。

「君は、君自身が感じ、形成しているイメージと現実世界のそれとの間に
はっきりと乖離が生じている事に気が付いているだろう?
結果的に言うとそれは君の中に巣食う、
誇大化された被害妄想に基づく大いなる自意識過剰というものだよ。」
僕はもはや何も感じてはいなかった。
涙などとうに枯れ果てていたはずだった。

「だけど僕には悪意はない。そして万人に対してそうであるわけでもない。」
たまらず僕は声にもならないような声で言い放った。

「それを自己中心的だというのは、その事象に対処する時点でそれ自体の、
あくまで主観的に、悲観的に捉えられたイメージに、
僕自身の心が敵わない、耐えられない位脆弱であったというだけなんだ。
・・ただ、それを知って欲しかった。」

僕らは見つめあっていた。

いましがたどちらの目から滲み出たのかも分からない熱いものが僕の頬を伝った。
窓の外に見える山の背の周りには、赤く濁ったような色合いが帯びだしている。

「後悔しているんだね?」
僕はずっと遠くを見据え、目で頷いた。


もうすべては彼方にあった。
そして僕はそんな未来をどこかで見知っていたのかもしれない。
僕はそんな一瞬時の風景をこれから何度となく甦らせる事だろう。
それはいつのまにか僕自身の一部となり、季節と共に流れ続ける。
このまま終わりまでいければいいな、と僕は思っていた。