無料ブログの広告用スペース(常時冒頭に掲載→新規投稿分はこの次の記事から)

December 31 [Sat], 2016, 1:51
無料ブログサービスに付帯しプロバイダーにより自動表示される広告の画像リンクがこの部分に表示されるよう、当面の間、ここにこうして1記事分のスペースを開けておくことにする。(ときどき、自分の感性的にはびっくりするような画像が、花の写真の隣に出ることがあるので。

広告が表示されることをブログユーザーとしてコントロールできないものの、せめて表示される業界とか画像内容とかのある程度の選択権が事前にあればと思わぬでもない。

もっともそうなるとユーザー側の自己責任部分が出てしまうので、広告表示そのものに関わりたくない自分としては、それもちと困るかと。

無料使用を続けたいユーザーと、サービスを継続してくださるプロバイダーとの共存のための試行錯誤の試み。

(2015.6.13記: 個人的に悪趣味と思われる、過去に実際にこのブログサイトに自動表示されていた広告の画像の掲示は、却って自分自身の品位に関わると考え直して、一旦削除することにした。)

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「牛」による損害

October 01 [Sat], 2016, 5:44
膨大なボリュームの本について、いよいよ読み始めた。読む間隔や、スピードについてはまったく予測不能だが、この記事カテゴリーで今後少しずつ書き溜めていくことにしようかと思っている。また、ある程度まとまったら、別館に場を移して改めて投稿する予定とする。

内容を整理しまとめるにあたっては、かなり途中の細かい議論を端折ってしまっているし、そうでもしないと自分の力では収拾がつかない。

前提知識はほぼゼロから、関連書籍やネット情報を参照しながら、手探りでのスタートだが、凡そ物事を分析的に考え、膨大な情報を簡潔に整理する手法を、この過程を通じて自分なりに学ぶことができれば、と思っている。

市川(山川出版社, 2009)の付録部分p.19に、1ページ分が画像で載っているのを観ていたのでおおよそのイメージは掴んでいたけれども、如何せん、これだけではどうにもならない。

岩塩師(Basic Books, 2006)のChapter 14に、より詳しい説明が出ていた。

判らない用語のひとつ:「バライタ」(複数形バライトート)/ いわば拾遺集とか、外伝集とかそんな意味かと。(岩塩師p.64に断片的言及あり、このほかネット上により詳しい説明あり / ttp://www.jewishencyclopedia.com/articles/2481-baraita)

ラブ・パッパ師:西暦4世紀後半、バビロニア在住の評釈者。
ラシ師: 11世紀、フランス・トロワ在住の評釈者。

(NShM): 「損害」には4つの主要カテゴリーがある。
(1) 牡牛(によるもの)
(2) 凹(くぼ)み
(3) マヴェ(解釈に諸説あり)
(4) 火(に関わるもの)

これらのうち、
▽(1)と(3)については「生きている魂により損害が発生する」という点で、(4)とは異なる。
▽(1),(3),(4)については「そのものが一つの場所から別の場所に移動することで損害が発生する」、(2)については「そのものがその場所に留まり、そこへと進んだ被害者がその障害に遭って損害が発生する。」点が異なる。

共通要素は、
▽損害を発生させるに至る方法が類型的であること
▽「損害発生を防止する責任は、自分側、すなわち、動物の所有者(飼い主)、火や凹みの発生元にあること」

これらの要素によって損害が発生したときは、責任者は最善の土地を提供することにより損害を補填(原状回復)しなければならない。

(RMG)
「主要カテゴリー」が存在するとして、「サブカテゴリー」が存在するのだろうか?仮に存在するとして、それは「主要カテゴリー」に似たものだろうか、それとも似ていないものなのだろうか?
▽(後述の過程で明らかになるが)「シェン」については似ているが、「レゲル」については似ていないものがある。

(ここで、安息日における労働について例示的な議論)

1.「牡牛」について:

あるバライタによると、牡牛はその身体の別の部分を使って3つの方法で損害を引き起こすが、それぞれが損害の「主要カテゴリー」に分類される。
(1) 「ケレン」 / 角(で人や動物を衝くこと)
(2) 「シェン」 / 歯(で他の人のものを齧り、消費すること)
(3) 「レゲル」 / 脚(で他人の持ち物を踏みつけること)

ここで、牡牛は前科(三犯まで)のないものと、前科のあるもの(警告を受けたもの)に区別される。
(1) 前科のないもの:賠償は損害の半分でよい。
(2) (前科のゆえに)警告を受けたもの:満額の賠償を要する。

「ケレン」(角衝き)のサブカテゴリーは何か?
(1) 「ネギファ」 / 押すこと
(2) 噛みつくこと
(3) (損害を与える目的で、ものの上から)覆いかぶさること
(4) 蹴飛ばすこと

「ケレン」について、対人と対動物とで違いがあるか?
▽人間の場合、「避ける」という行動を取りうるので、損害をもたらすのにより強い力である必要がある。
▽動物の場合、より容易にやられてしまうので、損害をもたらすのにより弱い力であってよい。
▽対人で警告を受けている場合は、対動物の場合を含むが、逆はそうでないこと。

「シェン」(齧る)ことと「噛みつく」ことの違いは?
▽前者は牛自身の快楽のために、後者は牛が相手に損害(苦痛)を与えんとして行うものであり、両者は異なる。
→後述されるが、「壁に身体をこすりつけて損害を与える」「泥(糞)だらけにして損害を与える」は前者に当たる。

「レゲル」(踏みつけること)と「覆いかぶさること」「蹴飛ばすこと」の違いは?
▽「踏みつけること」が損害を引き起こすことは普通であり、他は稀であること。
→後述されるが、脚以外の身体の部分、(尻尾の)毛、ロープや轡やベルなどで損害を与える場合は前者に当たる。

「シェン」について、食べつくすのと食べ残すのでは違いがあるか?
▽「レゲル」と同様、「中途」というのは無いので、違いはない。

「飼い主」がけしかけて損害を与えた場合と、動物が自分の意思で損害を与えた場合とで違いがあるか?
(ここでは原典での言及のあり方によって、解釈に差が出る可能性が示唆されている。)
▽飼い主を有責とする点で違いはない。

2.「凹み」について:

(以下、後日・後刻)

所感: なんだか、法令(例規)解釈についての中央省庁と地方公共団体の質疑応答集に目を通しているような感じだ。ただ、まったくの未知の分野だけに、読み進めながら興味をそそられる。

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的外れ

September 30 [Fri], 2016, 11:35

(画像はネットより拝借、多謝。)

以前から書いているように、欧州起因ではなくて、米国の金利引き上げ絡み。

Y女史は前回の会合でもさんざん、労働市場は順調だがインフレ2%未達のうちは利上げなし、と云っている。

--- それについて、B社の記者が2人、
「じゃあそもそも利上げは当面ないってことになるね?」
「不動産バブルは放置プレーでOK?」て質問した。

これに対し、おばさんは
「だってこのまま順当にインフレになるなんて今の段階ではわかんないし。」
「不動産バブルっていうけど、一応ちゃんとチェックしてるし。」

って答えていた。

であるのに、米系マスコミの論調は「12月利上げ、ほぼ確実」なんて調子でしきりに報道している。加えて、昨日、FRBの某理事も「ほとんどの理事がその方向で同意している。」なんてコメント出すから、米国が↓になる。

まあ、そもそも原油が上がって蕪の値段が上がるなんてのは本来はおかしい。むしろ光熱費が上がる分だけ大半の企業は収支が悪くなるはずだし、デフレに加担している原油価格が反転上昇となればインフレの数字は加算されるから、上記の理屈だと利上げ近し、ということになる。

しかし企業業績が石油業界を除いて業績悪化傾向になるなら、70年代と違ってむしろデフレ方向にインパクトが効いてきて、インフレ圧力は緩和(相殺)されるのではなかろうか?

サプライズで減産合意、ってのがそもそもこのタイミングで出てくるから胡散臭い。

突き詰めればこれも「トランプリスク」を市場(とりわけそれを牛耳る米国の資産家連中)がどう折り合いをつけるかを模索する一連の動き、ということになるのではなかろうか。

そういう意味で昨日の↑は、ジャングルクロベエ絡みの最近の一連のインチキ上げでなく、今朝の↓もまたそうではないから順当。(本来なら低位膠着が正解だが、上述の「サプライズ」が動因。)

今日の午後、また少女小説好きのジャングルおじさんがまた無節操な発言をし、それを日本のマスコミがあらぬ方向へ忖度して、市場原理がさらに歪みを増すことになるのだろう...少なくとも最近の情況を観て居れば...そういえばJGBによる買い付け、今日はどうするのだろう?

後場、一昨日のように理由もなく↑というインチキ再び、であってもちっとも驚かなくなってしまったが...。そもそもYおばさん、「(日本のように、とは名指しせず)FEDも資産買い入れが出来るようになれば、市場は安定するのに...(今は法律で禁止されてるけど)」などと云い始めている。

海外の連中は、ことさらに日本の政策を馬鹿にするけれど、辿っている道は日本のそれと重なる部分がある。ということは要は、日本はこれまで小賢しく時代の先を走りすぎて、仲間内から「出る釘は叩かれる」の対象になっていたということか。

ならば、日本はもう少し表向きは馬鹿なフリ(クラスのお調子者)をして、もう少しやり方を隠然とした方法で粛々とやるのが賢明なのかもしれない。まあ、時代が日本に追いついてきているから、何を今さら、ということであるのかもしれないが...。

Blogmaster

やってみなはれ

September 29 [Thu], 2016, 12:04


都民としては、費用も青天井というし、受け入れ態勢の問題もあって、これからいったいどうなってしまうのだろう、と思っていたところへ、選挙で選ばれた監査人が伏魔殿に入っている感じ。

もっともっとおやんなはれ。

もうひとつ判ったのは、イベント企画側に「交渉」(とりわけ国際交渉)の基礎がまったく分かってい無さそうな人たちが少なくとも一定数居そうであるということ。(「日本側の事情で動かすのは難しい」)

「決まった」のだからこそ、条件交渉ができる。いやなら返上すればよい。目のくらむようなコスト(いずれは都民に負荷される)が回避される。

「難しい」のは日本側の内輪の事情に過ぎない。年寄の名誉職で体力も気力もないだろうから無理もない。もっとバリバリの40代〜50代の若い世代に担わせるべきなのに、そもそもそこが人選の過ち。

返上すると、なにか違約金の類を徴収されるのか?そもそもそんなこと応募時に説明されてもいないし、もしそうでないなら、返上すればよい。都民として何も困らない。(BREXITでアピールに困った倫敦あたりが、嬉々として、それでいて恩着せがましく、受け入れることだろう。)

やるならやるで、透明性を高め、しっかり議論してしっかりした説得力のある計画を披露してほしい。これまでは全体観が余りにも見えなさすぎる。

それがいやなら国費(国レベルの税金なり、国債の発行なり)で全部やってください。一国民として喜んで応援させていただきます(気持ちだけね)。

いっそ全国に特別税の徴収を広げたらどうだろう?そうなれば、地方の人にも一層インパクトが感じられ、これまで「どうせ東京のイベント(他人事)」と考えている地方の人らももう少しまじめに考え、応援(または反対)するでしょう。

さらにいうと、「これがなければ経済効果が得られない」というお題目への疑念。(輻射炉問題も一緒。何事についても、タブーが一日にしてガラガラと音を立てて崩壊しうる現在。)

冗談でしょ、海外に千億単位でばらまきするばかりで、復興期の更新期が当たっている国内インフラの更新とか、将来に向けての教育・健康投資だってこれからの20年ぐらいが正念場になる。

どうせイベントをするなら、その正念場を乗り越えてからでも遅くなかろう。余力があればの話。それこそ、身の丈に合っていればやればよいし、出来なければ無理することも無い。

海外へのコミットメントを守らなくてはというなら、国民(選挙民)への「コンパクト開催」のコミットメントはどうなるのか?そもそも国民投票はともかく、国会で多数決の議決をして予算措置のうえ招致を決めた訳でもあるまいに。

言いだしっぺのゼネコンと広告宣伝会社、放送事業者、体育協会、関係省庁の自助努力でやってくださいな。

もしこのイベントやって経済メリット(臨時税収)あるというならば、それにみあう都民税の減税なりのロードマップを示してくださいな。

そもそも原点回帰すれば、今般報じられた想定費用の3分の1の1兆円使って、今後4年間で強化費用に投じたらどうだろう?それこそメダルの数がうなぎのぼりに増えるのではなかろうか?

先日のリオ大会でこれまでマイナー競技で自費で細々やってきた人がメダルを取るケースが散見されたが、そういうところへ予算アップの恩恵が及ぶことだろう。メダル取得の可能性の裾野が広がることになる。

いやいや、メダルの数なんてどうでもいい、国際的な国威発揚が目的だ、というなら、上述の論点に戻って、それを都民だけが費用半額を将来にわたって税負担するのはおかしい。(第一、そのような特別用途の箱モノを残されたところで、普段の生活で大半の都民が使う機会はない。むしろメンテナンス絡みの負担を押し付けられるだけ。)

いずれにせよ、これをきっかけに万事、都政とそのプロセスの透明性を高めていってほしいものだ、とおもっている。

(ここに来て、都民以外から「都知事、何様?」的な他人事コメントなどがネットで出回ったり、ラジオで某老人が寝ぼけたようなことを云っているのが耳に入って、あまりに呆れてあんぐり開いた口元からヨダレ垂れ下がり状態でのつぶやきメモ。)

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(9/30追記) 「長時間かけて協議してきたのに」 --- 誰と誰が?何を?長時間?どれくらい?
内輪で第三者の批判に耐えない内容を延々と話してきたとすれば、それを一般的には「無駄」とか「無能」とか「不適任」などという。

仮に「競技団体として〇百億円、供出してください。そのために選手らを使って特別イベントをするなり、通常の大会の入場料を引き上げるなり、必死になってください」と云われたら、どうするつもりなんだろう?

「立派なものを造ってください、選手は競技を頑張ります、でもお金はないので一銭も出せません。」、つまり施設が貧相だと自分たちも練習や本番に気合が入りません、と云っているようなものだけれど...

途上国から参加の選手、あるいは戦後まだ貧しさの残る中で頑張ってきた64年大会参加の先輩たちに嗤われるのではなかろうか?

秋の始まり

September 29 [Thu], 2016, 1:46














ついでがあったので、久しぶりに園内に入った。この日は、終始、台風の置き土産の生温い風が吹いており、汗を拭きつつ、園内を歩き回った。

この時期、花系ブログはどちらも赤色で眼がチカチカするので、季節のものとしてほんの少しだけ。

温室もぱっとせず、バラ園は秋バラにはまだほど遠い状態。夏の酷暑のせいか、早くもプラタナスの落葉が目立つ。

特別なものが見当たらないこの時期は、池周りが楚々として一番画になるかと思われた。

高層ビル群もこういう日の方がむしろくっきり見える。建設当初は赤茶系の落ち着いた色合いだったはずのドコモタワーの脱色が著しい様子は、月日の流れを感じさせる。

この後、ぽつぽつと雨が落ちてきたが、本格的な降雨とはならず。

(新宿御苑にて、9月最終週 / Last week of September, 2016 @ Shinjuku Gyoen Park, Tokyo)

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雨降る秋の夜に

September 25 [Sun], 2016, 0:59


週末の夜、楽しみにしていた某イベントが雨天のため中止となった。

ひっこみがつかなくなった気持ちをひっさげて、乃木坂へ。



イタリア・ルネサンス期、ベネチア派と称される一群のさほど名前の知れていない画家の、陰鬱な雰囲気の絵を眺めて過ごす1時間。

団塊の世代もだんだん加齢とともに活動範囲が狭まっているのだろうか。この手の「展覧会ビジネス」というのも、ビジネスモデルとしては変化の時代に直面しているのではなかろうか。

西洋美術を高い金を払って観に来るような人間の母集団がどんどん目減りしているような気がする。これはなにも絵画に限った話でもなさそうである。

もともと第1級品を、点数を限ればともかく、1つの展覧会を開けるほど数十枚も一度に、巡回展の場合なら1年近く、国外に持ち出すことなどありえない筈なのだから尚更だろう。

どうせなら、格安航空券を手に入れて、現地に直行して観るべきものを好きなだけ観ればよい時代なのだから。



時計の針を数日前に戻した、夜の上野公園。





ポスターに描かれた3千5百年前の漁村の一青年は、出身地が火山灰に埋もれたことによって、こうして自分の存在を後の世にかすかに伝えることができた。

翻って、その2千年後、我が国で作られた、匠の精緻な技の塊のようなこの「挂甲の武人」の前で一人写真を撮るおじさん。他に足を留める人もいない。







世界中でいわゆる古代遺跡や文物の類が次々に戦火によって刻一刻と破壊されているようだ。もちろん、それ以前に、そこに住む人間の社会そのものが破壊され、人々は離散している。

文物を生み出した人間や社会そのものを破壊しておいて、遺された文物を収集・展示して有難がるというのも些か価値倒錯的でもあるように思えなくもない。

現世人類が現れてこのかた、数千年にわたって手を変え品を変え、こんなことが連綿と繰り返されてきたのだ。

それを非難するなり悲しむなりする以前に、そもそも人間の遺伝子にプログラムされた自他の破壊衝動の凄まじさと、それをプログラミングした神仏という不可思議な存在に対して、畏敬の気持を持たずにはいられない。

(Interior view of the National Art Centre, Nogizaka / Tokyo National Museum and its premises, Ueno / Tokyo, Japan)

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UNCHふたたび

September 22 [Thu], 2016, 4:42
さんざん騒がれていたけれども、結局この通り。騒ぎ立てるだけ無駄。
というより、みんな不安をネタに一体感を感じられるお祭り騒ぎが好きなだけかも?

「次のサインを待とう。」:これがお役人と、リーダーシップを常に求められる企業トップの意思決定との質的な違い。

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「労働市場は順調だが、インフレターゲット2%にはほど遠い。2〜3年のうちに達成できるだろうが、トレンド継続するか慎重に観察する。年初から状況に顕著な変化なし。オーバーヒートは許容できないが、まだ上昇余地ありとみる。」 「一方で、インフレ率2%達成できないリスク(日本のようなslippage)も考慮しなければならない」

要は、マクロ経済/金融ポリシー的には、日々の為替変動や株価の↑↓は上記の判断に直接関連なし(ゆえに一喜一憂しない)ということなのだろう。そういう意味ではそれを市場(大口)が操作してみても、FED的には痛痒を感じないということなのだろうか。

そもそも経済成長率の現況からみて、(説明されているような)想定されている利上げ率なんて実現可能なのか?

ブルームバーグ社記者の問いに、
「いやいや、海外(先進諸国)の利率・不動産価格(バブル形成)等々、フィナンシャル・リスクについてもきちんと目配りし、評価している。」

「(成長率よりも)政策としては労働市場注視。」「判断のタイムラインについては1970年代とはインフレのプロセスについての考え方は変わっている。」

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記者たちとの盤石・安定、忍耐強いやりとりには敬服するべきものがある --- 質問する側の記者たちもわが国に比べれば相当専門度が高いのだろう。実際会見の場に、日本の駐在員らしいのも写っていたが、もとより彼らにあの場で質問することは期待されていないだろう。

Y女史の会見で、今回は労働市場の現状評価の重視についてかなり強調されていた点が印象に残る。まさにこの点こそが、選挙を控えた政治的にセンシティブな部分だったのではなかろうか。

一方で、インフレ率云々のやりとりから、政策協調について、中央銀行総裁会議のような場でかなり徹底されてきているのでは、というのが今回の会見のやりとりを観ていての自分の憶測。

彼女・彼等のスタンス(現状評価)について、数年後世界は肯定的評価を下すことになるのか、それともビジョンの欠如と意思決定の無さをそしることになるのだろうか?

ダウは↑。シナモン先桃は、結局昨日の午後の↑をほぼ帳消しだが、金曜日の現物はさほど動かないか、プラスになるのではないか?

結局、攪乱要因はわがJGBだけ。(0ターゲットと上方へのイールドカーブの両立なんてできるのか、"confusing"という評がお祭り参加者のの中では目立った気がする。)

この調子だと、市場はむしろ、利上げなり利下げなりが実際に起こってから対応してもよいのでは?(とブツクサいいつつ、結局この時間まで会見をフルウォッチしてしまった...寝よう!)

Blogmaster

(9/29追記) 一般的には「年内利上げ」と解釈するようだ。自分にはまったくそのように聞こえなかったので、単に聞き落したか、あるいはこの手の発言の「解釈手法」(全体に散りばめられた断片を拾い上げ、あるいは隠された真意を汲み取ること)に通じていないだけだろう。

それにしても昨晩の下院金融委員会のやりとり、傍目にはY女史にとって「針のむしろ」のように思えた。こういう場所では、「口から生まれた」ぐらいに饒舌に意味のないことも含めて早口でペラペラ当意即妙で答える力が求められる。 --- そもそも、質問者側の議員がそういう連中ばかり。日本と違って、弁護士資格の保有者も多いことだろうし、陪審裁判向けにそういう専門能力が鍛えられている訳で、しかも日本以上に世襲ないし名門一族の出身で遺伝的にも補強されてもいる筈なのである。

Y女史はその点、むしろ訥弁だし --- この点、むしろ自分の昨今の女性のイメージと異なる ---、専門分野で正しい判断をすることが求められる優秀な専門家が必ずしも饒舌とは限らないし、もちろん両立できている人もいるだろうが、そうであることが必須かと云われればそうでもないのだろう。

途中から少しだけ聴いたので前半や最後のやりとりは直接聴いていないが、質問者一人当たりの持ち時間が委員長(議長)によって管理されているうえ、テレビ放映されていることもあって(選挙民が視聴している)、質問者としても自分がきちんと仕事をしていること、あわよくば自分が有能であることをアピールする意味もあるのだろう。

何かの報告書の細部についてめったやたらに細かい点の確認を求めてみたり、WFについて分割すべきかYESかNOかと迫ってみたり(まるで圧迫面接w --- そんなこと、あの場で彼女の立場で下手なこと云えるはずもない)。でもそんなことを考えない視聴者からすれば、Y女史があの立場で流暢に即答できないことは、不勉強とか専門性があるのかとか、そんな印象を作り出してしまいかねないのではないか。

銀行や株屋さんからすれば、利上げのタイミングについて白黒はっきりさせてよ、ということなのだろうが、本文でも書いたように、彼女の立場からすれば労働市場とインフレ率が問題なのであって、日々の為替レートや株価の(劇的でない)動きについてはあれこれコメントする立場にないというスタンスなのではないか?肝心のその点は、今回言及されていない、ということで「解釈」上も一致があるようだ。

一方で、先日のFOMC会合後の記者会見でも質問があった、WFのガバナンス問題がこれほどまでに衆目の的であるのか、という点について認識を新たにした。それと、自分が聴いていたなかでは最後の(NY州?)の議員さんがが、「銀行合理化で銀行支店/ATMが減ってしまい、「銀行砂漠」状態で低所得層が難儀している。何とかしてくれろ。」という質問をしていたので、なるほど実に貧富の差拡大著しい米国特有の問題もあるのだな、と思った次第。

件の、ストレステスト変更云々は、事前に準備された答弁(ttps://www.federalreserve.gov/newsevents/testimony/yellen20160928a.htm)と、自分の聴いていなかった公聴会の前半部分に行われたようだ。

My notebook - Project Fine 09

September 20 [Tue], 2016, 1:08


特設ステージの2日目は、前日にもまして楽しんだ。ただし、写真は1枚も撮らなかった。それゆえ、そのときのメモを後日のためにまとめておくことにする。

▽出色はI町とN町。加えて、HS町のお囃子と、譬えて云えば「むせび泣く」胡弓を弾く若手の名手。

▽I町の男踊りは(既に書いたように)「鳶」や「案山子」をやるのに音を立てず、手の所作も微妙に違うのは、あれが古式なのだろうか?男女の組踊りも工夫がこらされている。加えて、唄い手に鳥肌が立つほどの名手がいる。(それだけでも写真を撮っておけばよかったと、今になって後悔。)

▽N町は、昨晩深夜の「一升瓶ラッパ飲み」の翌日、日中あの残暑の中を踊って、なおこの特設ステージでしっかりした踊りをこなすのだから大したもの。とくに女性の踊りのシンクロ度は他の町に類を見ない(ちょっと誉めすぎか)。強いて云えば、それゆえに若干テキパキ感が見え隠れするところか?(まるでメトロノームの拍子に合わせたような感じ?)

▽N町の地方の演奏も良かったが、更に唄い手と囃し手(特に若手)。I町と同様、最後の全員揃っての「瓢箪」斉唱がもう素晴らしくて思わず涙が滲みそうになった。演奏する側も納得の舞台だったのではないだろうか。

▽昨晩深夜にも路上のパフォマンスで観た、SS町の男踊りのボリューム感。若干1名、体型が他のメンバーと違う人がいる ---実はこの人がリーダーなんだろうけれども--- が、ステージでもコミカルな役回りに思わず観客の笑いをさそっていたようだ。けれども自分は観ていて知っている、あなた方が昨晩ああして、遅くまで一本三味線相手に楽しげに、しかし、ぎりぎりまで練習していたことを...笑いとともに心からの拍手を送りたい。

▽今年のステージで取りを務めたHS町は、小さい所帯と聞くのに舞台の完成度は高い。他の町だったら中・高生が担うところの役割を、小学生らが務める様子は凄みすら感じられる。 --- さながら、団結心と、必要とされる役割ゆえの自覚から実力が生まれるのだろうか?観客の拍手も随所、盛大に行われていた。自分もこのパフォーマンスを観て、某ブログで前夜祭のそれをポジティブ評価していた理由がようやく理解できた。

▽それまですでに3回、駅傍のステージで自分にとってはおなじみのFJ町の演奏でさすが、と思ったのは歌詞がいわば現代風を取り入れていたこと。例えば、引退する踊り子の気持を「一抹の寂しさ」と詠じたり、北陸新幹線について言及したところ。

最後に、全体を通じた所感、手ごたえ、備忘などをあれこれと、思いつくままに。

▽思い立ってバタバタと7月になって準備を始めた去年に比べ、今年は周到に宿の手配を2月から始め、移動手段の手配は5月から始めた。本祭の後半が週末にかかることもあり、早い手配は正解だったと信じる。

▽カメラは結局新調せず、去年までに購入したものを使いまわした。(もっともそれまでに花撮りである程度は使い込んでいたが。)暗いところで動く被写体へ素早くピントを合わせ、かつそれなりの画質にするには、やはり1つ追加して試してみたほうが良いのか、と思い始めている。ただ、それでもまだレンズ交換式には手を出す気になれない。自分の場合、コンクールの類に応募する気などもとよりさらさら無く、ブログの記事に使うぐらいのつもりしかない。取扱いも面倒だし、むしろレンズ代にお金を使うぐらいなら、交通費・宿泊費・食費に充当してあちこち撮りに行きたい。

▽バックパックや雨具も新調して、雨対策も念入りにした。今年は前夜祭日程全体のうち2日が雨となり、たまたま両方とも出掛けたのだが、そのときに多少役立ったかと。何より、本番の3日間、まったく降られなかったのが、雨にたたられ続けた去年とは大きく条件が異なったこと。(実態として当日現地で空を眺めてヒヤヒヤしながら結果として降らない、ということでなく、予報上も、雨の見込みがほぼ無かったという点も。)

この特異的な気象条件、加えて厳しい残暑が相俟って、もう若くない身体を思いのほか酷使(フル稼働)させることになり、帰京後の体力・知力・気力の回復に相当の手間と時間を要したこと。(例えば去年であれば、気候も全体に今年よりは涼しく、本祭初日と最終日は雨が多く、その間、待ち時間も相当長かったこととは様変わり。)

▽前夜祭と特設ステージ(特に後者は全部)を観たことで、全体観が何となくわかったこと。それを踏まえて、本祭のスケジュールを解釈し、実際に行われる行事を眺めることができたこと。去年にもまして歩き回ることで、旧町の地図が何となく身体で覚えられたこと。





▽今年、想像以上にあれこれ観ることができたこともあって、果たして来年どうしたものか、これから数か月思案することになりそう。現時点でさほどリピーターになりたいという強い意欲もないが、ジグゾーパズルをはめ込んでいくような好奇心をくすぐられる行事ではあるので。ただ、フルに近く活動するとかなり体力を食われることを今年の経験でよく理解できたから、ある程度観るならまだ体力のある今のうちに --- 10年後、同じことをやるのは無理そう、そもそも思うように休みが取れる職場環境に居るとは限らない --- という気持ちにはなる。

▽来年行くとしても、自分の関心の的はやはり男踊りや地方衆、観客を含めた全体図の画づくり中心になるだろう。とくに男踊りにかんしては、本来が芸妓向けに振りつけられた女踊りと違って、大正期〜昭和初期の時代背景から郷土芸能たることをかなり意識して作られたものであり、もっと取り上げられてよいのでは、と考えたことが理由。



実際、着ている衣装も女性の木綿の浴衣よりはるかに高価(シルク製)で、デザインや染め柄も凝ったもの(特にI町)であることがその証左。しかるに、世にあまたあるマニア系ブログを観ても、殆ど撮り手は老齢の男性で、孫娘代わりに女性ばかり撮っていることから、新参としてはむしろニッチ狙い、ということでもある。



▽それにしても自分は笠を脱いだ姿をよう撮らん...地方さんや笠無しオフタイムのシーンを撮るときはとても緊張する。特に目線があったように思う(後日、実際拡大してみるとそうでもない)ときは内心、冷や汗ものである。夜の公式行事終了後も、できれば男女とも、休憩中はともかく、踊るときはいつも笠をかぶっていてほしい...そのほうが自分的には画としてさまになるし。



そんなこともあって、すでにどこかにも書いたけれども、自分としては人混みの中で人間を撮るより、心静かに花や風景と対話して画づくりしているほうが余程性分にあっている、と今回身に染みて理解できた、ということもあって、次回以降に二の足を踏んでいるというところ。

▽2日間、特設ステージ(@小学校)を観てよかった。7時から9時、狭い旧町の街路に観光バスがものすごい数の観光客を注ぎ込み、再び引き上げていく時間帯を、多少窮屈ながらのんびり座って各町の選りすぐりの舞台演技を観て居られるのだから。



ただし、席がかなり窮屈なので写真は撮りづらい --- 特にプログラムの中ほど以降になって人が減るなどしないと、舞台より前の人の頭を撮ることになるケースが多い。ルールを守らず三脚を持ち出してビデオ撮影を始めたり、フラッシュをバシバシ焚いて撮ろうとする御仁には最早呆れるしかない。



また、途中での出入りが禁止されていないことから、舞台が佳境に入ったところで団体が傍若無人に何度も目の前を横切るのは不快そのもの。会場側も、遅れてきたら演じ手の交代までは立ち見ですよ、ぐらいの対応をすればよいのだろうが、そうなると前売りを買った人らとのトラブルも増えるだろうし、観光協会としても膨大な収入が減ることは避けたいだろう。

場内禁煙だが、舞台に向かって左手のそでの休憩スペースでは地方さんたちが吸うので、モクモクが嫌いな人はステージに向かって真ん中から右側がよろしかろう。(良いステージをしてくれるなら我慢もしようが、本来なら声には良くない筈なのだけれども...)

加えて、2時間の終わりの頃には谷間の窪地ゆえ相当冷え込むので、日中の酷暑の中を歩き回った格好では寒さを感じた(初日)。二日目はシャツを1枚追加したうえで雨天用のウィンドブレーカーを羽織って丁度よいぐらい。

さらに、もし次回があるなら、その間に済ますべく保冷バッグを持参して何か日持ちのする軽食(あるいは極端な話、魚や肉の缶詰にレトルトの粥またはパン、みかんとスイーツと栄養ドリンクでもよい)を持参するなどしないと、花撮りの時と違って坂の上り下りを長時間にわたって行うのでかなり体力を消耗することになるから、その辺が課題かと。

もっとも、疲れたところで慣れないものを食べて腹を下したりしたらそれこそ本末転倒で、悩ましいところ。気軽にそこらの屋台で平気で飲み食いできる普通の人がうらやましい。

▽情報源として、今回、現地で公式ガイドブックを購入したほか、思いがけず熱帯雨林書店でも絶版扱いの北日本新聞社による2004年刊行の写真集兼ガイドブックを、駅前の道路を渡った向かいにあるCICビル1F「ととやま」で入手することができた。

とりわけ後者は、楽器や衣装についての詳しい解説が載っており、いわば「コンテクスト」を理解するにはもってこいである。(なお、当時の踊り手として写っている一部の人たちは、10年の歳月を経て今日では地方や裏方スタッフとして残っているようだ。)

 

ちなみに余談ながら、此所では地元名物の鱒鮨のハーフサイズ版を売っていて、通常のサイズで食べきれなかったり、あれこれ食べ比べをしたいニーズゆえか人気があって、夕方にはおおかた売り切れてしまう。

▽マニア系ブログについては、コメント欄からの芋づる式や、ある特殊なキーワードを検索し辿ってゆくことで、今回のシーズン後、新たにいくつか参考にできるブログサイトを見つけることができた。そういう人たちは実に精力的に、あるいは限られた時間のなかでご自身本来のセンスを駆使してこの行事を楽しんでおられるようであり、多くを教えられたと同時に、そこまで器用に立ち回れなかった自分としては実に羨ましい限りである。

▽その他情報源として、現地の「北日本新聞」、「富山新聞」。滞在中はこの2誌に関連記事も記載され、余所者としては興味深い。

とりわけ前者については8/31付特別折込紙面でスケジュール表など記載あり、これを事前に宿でじっくり検討した。

宿泊先によっては、フロントにそれだけ山積みされていることもあるようだし、スケジュール表自体は、特設ステージの開場でもパンフレットとして無料でもらえるほか、観光協会のHPでもPDFで事前にダウンロードできる。

前夜祭について、今年になって気づいたのだが高山線の列車内にスケジュールがパンフレットとして置かれていた --- これ去年もあったのだろうか?

もっとも、どうやらこのスケジュール自体は比較的早い段階で決まるようで、某老舗割烹旅館のHPで概要は把握することができる。ただし、週末で2つの町が担当する場合、もうひとつのほうは後にならないと判らないようだ。

そんなところで、富山紀行も含めて今回は一旦これをもってお開きとする。
(後日、画像についてはもう少し拾い上げて追加投稿するかもしれないが、さて、いつのことになるやらw)

(Evening stage performance from Day-1 of "Owara Kazenobon" nightlong festivities, Yatsuo-machi, Toyama City, 01 September 2016)

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My sketchbook - Project Fine 08

September 18 [Sun], 2016, 1:19
(初日 夜の部)






以上、特設ステージにて、熱唱する西新町と天満町の地方さん。(9/1 PM07:00-09:00)
この後から、夜の部をあちこち観て廻った。
トイレ休憩と終電の時間の再確認を兼ねて、駅方面へ一旦下る。


下新町・町流し@PM09:50 --- 偶然、誰かの焚いたフラッシュが当たったもの。


福島・路地での町流し @PM10:10


同上 @PM10:20
今回の訪問で最高の時間。このときは踊り手と地方がフルキャストだったが、殆ど見物人の居ない、静けさそのものの薄暗い裏道を、虫の鳴き声、衣擦れの音、草履が路面を蹴る音、唄と楽器の音色だけが聞こえる中、集団が粛々と進んでゆく。


駅前 @PM10:40 
幸い、自分にはまだおよそ2時間、この夜を楽しむ時間が残されていた。


今町・舞台踊り @PM11:00
下の画像と同じ振り付けを翌日の特設ステージでも披露していた。男女混合踊りは、このスタイルで今町が始めたのが嚆矢とのことである。

今町の男性の踊りは、手の所作が他の町と微妙に異なるほか、脚を蹴り上げる動作の折に殆ど草履の音を立てない。おそらく座敷での演舞をすることからそうなったのを、営々と守り続けているということなのだろう。

北日本新聞社発行の書籍(2004 / p.128, 142)によると、 華やかな法被のデザインも町内で一番古いスタイルを大切に守っているとされるほか、よく観察してみると男性の草履の鼻緒の色も唯一紅いのが特徴かと。



東町・町流し @PM11:10


上新町・大輪踊り @PM11:20



東新町・諏訪町通りでの町流し @PM11:30


《この間、西町での路上パフォマンス @AM00:00-00:20》






下新町・路上パフォマンス @AM00:30
三味線を弾く一人の女性に演奏を依頼して、そこから踊り手の男女が踊り始めた。皆さんとても楽しそう。
暗くてうまく撮れなかったのが残念。
先刻の町流しに加えて最終日に至って八幡社での舞台踊りも観ることができて、前夜祭の不完全燃焼が解消された気がする。


今町・町流し @AM00:35
追いかけたかったが、終電の時間が迫っていた。後ろ髪を引かれる思いで耳を傾けながら、その場を後にした。


(二日目 夜の部)
この日も特設ステージでの演舞(PM07:00-09:00)を観てから、街中を廻った。


東町・ふらっと館での舞台踊りの際の地方さん @PM09:50


今町・輪踊り @PM10:05


西町・町流し @PM10:30


《この後で、鏡町の舞台踊りの場所取りと見学 @PM10:45 - 11:30》

(いずれも今年9月1日&2日、午後7時〜12時半頃 / Scenes from Days-1 & 2 of "Owara Kazenobon" nightlong festivities, Yatsuo-machi, Toyama City, 01 and 02 September 2016; singing & dance performance by various townships)

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My notebook - Project Fine 07

September 17 [Sat], 2016, 2:12


前夜祭・本祭時のメモから、今後に向けたノウハウ的見解も含めて記録しておくことにする。

(前夜祭)
▽SS町:公民館から坂下へ流すのでそちらで待つか、後ろからついてゆく(∵左右で追いかけるには通りの幅が狭いため)ほうがよかったというのが結果論。

「ここで待ってればどうせ戻ってくるから」と偶然耳に入ってきた他の観客の意見で思考停止し、迂闊にも公民館前で1時間近く待ちぼうけ。

演舞の集団が公民館へ戻ったところで15分休憩。無理もなし。今年は残暑厳しく、とりわけ女性は辛そう --- 輪踊りの際、動作が止まってしまった若手の女性を見かけた。

女性の数も比較的少なく、上背がないので観客の頭に埋もれて撮りづらい。ホワイトバランスも、此所の衣装は例外的に橙色なので、太陽光にすると埋もれてしまうし、AUTOにすると全体が温かみを欠いて妙に白っぽくなってしまう。

帰路は駅まで20分ほどで着いた。(∵旧町の入口のところゆえ。) 自分の判断ミスとは云え、事前に大いに期待して臨んだ割にに初日から不完全燃焼になってしまったのが残念。

▽NS町:結論からいうと、「たいへんよかった」。堪能したといってよいかもしれない。折しも、富山駅構内の蛍光掲示板の今年のポスターはこの町。唄い手のなかに、とりわけ上手なひとがいる。(注:あくまでその時点での自分の感覚であって、何ら客観的なものではないし、おもそも本祭ではもっと陣容も増えるので比較にならない、以下同じ)

普段であれば撮りやすい輪踊りの際の写真の数が極端に少ないのは、観る・聴くのに終始した面が大きい。

行事の開始時に、あらかじめ予定をアナウンスするのもよい。(これが前日のいわば「ハイコンテクスト」な観客向けとおぼしきSS町の対応と異なる点。)また、街路にところどころ明るいスポットライトが予め設置してあるので、ストロボを焚かずに(自分はもとより焚かない)写真も撮りやすい。

この行事では、観光客のマナーの悪さが批判されることが多いが、このとき自分の傍にいた地元民の一部(町内の他の町らしい)のマナーもけっしてほめられたものでなかった。飲酒し大声で談笑、さすがに堪忍袋の緒が切れかかった地方衆の険しい視線に、さすがに空気を読んだのか、ほどなく姿を消したようだったが...

HS町とならんで旧町の一番奥なので、終電(午後10時半過ぎ)ぎりぎり。一応最後まで残って見届けたものの、輪踊りの「浮いたか瓢箪」は少し離れたところで聴いた。そこから大急ぎで駅へ、25分ほどで着く。大汗。

▽I町:この日は、台風9号で都内(埼玉西南部含む)出水被害。高山線も八尾-猪谷間運休、6時過ぎの電車が20分ほど遅発となった。

また、この日初めて「禅寺橋」を通った。昨日まで比較的穏やかだった井田川は茶色の濁流が音を立てて流れていた。駅から現地へ向かう途中、何度か土砂降りに見舞われた。

雨天ゆえ、室内での演舞となる。観客は比較的少ないが、それでも公民館の前に並べられたベンチをいっぱいに埋めるほどに。自分は敢て、その風景を後ろから撮っていたのだったが...

屋内とはいえ楽器への影響は少なからずあるのだろうが、こうして無碍に中止にせず演じてくれるだけでも遠来の観光客には実にありがたい。(去年の某町も客の無言の圧力で最後は練習風景を見せるところまではしてくれたのだったが...)

しかも傘をさすと後ろが見えないだろうからとパック入りビニール合羽を配るホスピタリティーの周到ぶり。ものの性質上、2度使い廻すことは事実上難しく、1パック500円はするだろうに、それを無料でいくつも...

3セッション、うち最初の2回は子供つき。20分ずつ、間に5分休憩を入れて、9時15分頃には終了、駅には9時40分頃着。本来なら1時間待ちのところ、ほどなく折しもの悪天候で遅れていた特急飛騨号が到着したのに飛び乗り、富山へ戻ることができた。

▽KS町:この日は少し旧町到着が遅れたのだけれども、行事開始も少し遅れていた。坂の上の方から町流しとなり、公民館の少し先まで45分かけて流し、休憩に入り、その間にトレードマークの大燈籠を引っ張り出して輪踊りのセッティング。

この町も、行事の開始時に全体のスケジュール説明をしてくれた。実際には輪踊りも当初予定より少し遅れて9時10分頃から開始。主催者側のぼやきによると、町流しを一生懸命やりすぎて予定時間超過となった由。観光客としては町流しをたっぷり観れて、むしろうれしいぐらい。

胡弓の達者な人が一人いる。また、唄い手にも一人、長めの句を一息で唄いきる上手な人がいる。輪踊りの最後、唄い手の一斉唱和が感動的で、思わず鳥肌がたった。

▽FJ町:公民館あたりから駅そばの特設ステージまで、お囃子を歌いながら楽しげに移動する様子をふたたび観るのをこの1年楽しみに待った。

予定通り8時から舞台踊り。その後、駅前から公民館のあたりまで町流し。これはごく短時間。その後、輪踊りに丸1時間。

今日は観光バスで団体が来ていたらしい。それらしいのが引き上げた後、9時40分ぐらいからのわずか20分ほどだが、踊り手も網み笠を脱ぎ、カメラ・動画を撮る者も減り、おそらくこの日一番のすばらしい時間となった。唄い手も地方の演奏もはずしていない。声量のある唄い手の層が厚く、しかも女性が多い。

ここは踊り手も数多く、開催側の説明では、主力部隊もステージ組と町流し組と2つのグループに分けたと。最近の少子化の折、何とも贅沢な人材配置である。

確かに頭数の多い町流しは迫力があるし、暗闇の向こうから次第に唄の旋律に合わせて接近してくるときの雰囲気が何とも例えようのない魅力がある。

ただ、自分の中で贔屓目にみている町ゆえに敢てやや辛口のコメントをするとすれば、人数が多いと役割分担の人数を割けるのはよいとして、油断すると他の町のように少ない人数をやりくりしてコンパクトで緊迫感をもって全体をまとめている印象(例えば数日前のNS町)と比較して、やや弛緩したような印象につながるのと紙一重、という気がした。

だいいち、そんな余裕があるのなら、隙間だらけの輪踊りに加わってしっかり踊ってよ、というのが一見物人の本音。

▽N町:雨天。現地到着時、公民館前にはすでに雨傘の群れ。幸い、目の前に軒先の深い造り酒屋があり、その軒下の一角をお借りして2F踊り場の様子を撮る。到着後ほどなく休憩となった。

1Fで観ていると、2Fの踊り場で床を踏みしめる音がかなり強く感じられる。まあ、男踊りはあれくらい踏みしめないと脚を上げるようなポーズが決まらないのだろう...(とその時は思ったのだが、この点に関して後日談がある。)

9時半頃に子供らが引き上げた後、比較的少人数の男女でローテ―ションしていることがはっきりする。前夜祭だからなのか --- つまり、本祭は社会人組や、帰京組が合流してもう少し増えるのか、そうでなければ将来のサステナビリティーが気になるところ。(とその時は思ったのだが、本祭では予想通り、けっこうな大人数で踊っていたので一安心。)

先日、雨天時のI町と同様、屋内演舞のときは光源があり撮りやすいが、目の前に割り込まれて後ろを気にせずカメラを高々と掲げて撮る輩にはさすがに辟易する。

全体で5回くらい、セッションを繰り返した後、10時少し前に終了。

唄い手は人数確認できないが、総数は多くないと思われる。(先日のFJ町で、マイクの前に行列するのを観ているのに比べると、ということ。)ただ、音程が外れているような人は居ない。(もっとも、あれはあれで素人の自分にはそう思えるだけで、実際には唄い方の伝統なのかもしれないが...いわばシャンソンのようなものか?)

雨天にもかかわらず、楽器の音(調音)も終始安定していた。

全体の印象として、高レベル安定、無難、観ていて安心。多少無理筋で譬えて云えば、神戸牛ステーキ弁当のような野性味は感じられず、いわば手の込んだ洗練された松花堂弁当を眺めているような感じかと。(上述の通り、後日、このイメージは良い意味で修正を余儀なくされることにw。)

▽K町:到着時は階段部分はすでに通れなくなっているだろうから、というので禅寺橋の少し先から暗くて足元のおぼつかない階段を上がった。(帰路、公民館すぐ横から下の通りに降りられることを知った。)

途中の町民ひろばの駐車場に観光バス2台 --- ちなみに帰路の富山行もこれまでにない乗客数で行列をつくっていた。それほどまでに人気があるのだ。

開催前のアナウンス。「踊り手・聴き手・環境の三位一体」と称し、景観維持と後ろの観客への迷惑という観点から三脚の使用禁止、ということだった。他の観客への配慮はともかく、「景観維持」というのはかなり主催者側の裁量の余地が大きい概念だと思われた。それだけ、開催側としてこの石舞台での舞台設定にこだわっていることの証なのだろう。

アナウンスのお蔭か、ストロボや赤色補助光の使用は比較的少なかったが、後になって近くで高速連写をやりだした輩がいて、このカシャカシャいう音が唄や楽器の音に被って思いのほか不快。やっている本人はそんなこと意に介さないのだろうから止まることなく始末が悪い。

1回目のセッションは子供入りで輪踊り形式、2回目・3回目は男女混合、9時過ぎより輪踊り、という構成。踊り手の人数は比較的多いが、年長組は比較的少なく、とくに男性は他所の町なら浴衣を着せる若手にも同じような衣装を着せているという感じだろうか。

此所で目についたのは、まだ2,3歳ぐらいのよちよち歩きの幼児まで踊りの輪のなかに参加させることだ。要は体感教育をこのぐらいからやって身に付けさせる、という趣旨なのだろうか。今日の踊り手たちも元をたどれば皆このようなことだったのかもしれず、それで物事成り立ってゆくのなら自分のような余所者が何をか云わんや、だろうけれども...

2回目まで終わると、観光バス組が去ったのか、それともこの日同時開催のN町(先日雨天)の方へ流れたのか、かなり場内がすっきりして広角で撮りやすく、まさに舞台設定・舞台演出を存分に味わうことができる。自分も一瞬、N町を覗くことも考えたが、最後まで付き合うことにして正解だった。

輪踊りの最中は殆ど写真を撮らず、ずっと演奏に耳を傾けつつ、踊り手の挙措がシンクロナイズする様子をぼんやりと眺めていた。それでも、不思議なことに先日のNS町の輪踊りの最後に感じた高揚感のようなものは感じずじまいだった。

いずれにせよ、非常によく練られた「舞台」で、よく管理され、統率されていることは否めず、観客の人気にもつながっている。もっとも自分は一部の古株のマニアさんのような長年にわたる行き掛かりも特別な思い入れもないので、シンプルによいパフォマンスに関心しつつ、自分のような初心者にも比較的撮りやすいセッティングで写真を撮れればそれで満足なのだけれども...悪天続きの去年も、まだ右も左も分からないのに、とにかく此所に来れば着実に完成度の高い演舞を観られるということを覚えて、今年もまた観させていただいたのだった。

(このときはまだそんな予定もなかったのに、本祭の2日目午後の部は、それこそ付かず離れずでじっくり観させていただくことになる。)

▽TM町: この日は日中遠出の用事があったものの、一応予定より早めのシナリオで富山へ戻れたので、晩飯も無事に済ませてから現地着。台風の影響で北東風がはいったらしく気温も比較的低くしのぎやすかった。演舞者・演奏者側も同じように感じたことだろう。

到着時、すでに狭い通りは人であふれている。公民館に向かって右手から左手に流し、折り返して公民館前では止まらずに反対側の端(=橋)まで行ってそこから戻ってきたようだ。

9時15分より舞台踊りを公民館前にて開始。この時点で子供ら(多い! --- 10年後が楽しみ)は撤収、地方さんらは天満社境内に入る。

全体の雰囲気は、なるほど確かにすこしひなびた感じが残っている気がする。1970年代〜1990年代はともかく、2000年代前半頃の気配がどことなく感じられるような気がするから、この感覚を心地よいものとする年配のファンも多いのかもしれない。

女性の踊りは、今回一連の前夜祭パフォマンスを観た中では一番たおやかで手先・指先までしなやかさが保たれている。驚くべきことには、男性の手の所作も独特のものがあり、女性並み(失礼!)のしなやかで神経の行き届いた動きが美しい。

いやそれどころか、此所の男性の踊りそのものは、「勇ましく切れのよい」と評されるNS町のいわゆる「新屋敷」スタイル --- なぜか本場のNS町では未だにそれらしい特徴を自分は見いだせないでいる --- を彷彿とさせるダイナミックなものに思えた。(いわゆる「新屋敷」スタイルについては、本祭のある場面でそれらしいものを見出すことになったが、それはそれとして...)

唄い手(男性)にたいへん上手く、声の通る人が1人いる。一方、胡弓がいささか心もとない気がするが、それともこれが本来の原型(古い形)なのだろうか?

唄に関して、大半の部分は他の町のそれと変わりない気がするが、確かに一部、「囃し」が他の町と異なっている部分があるのに気付いた。これがいわゆる「川窪」スタイルというものなのだろう。

行事の冒頭でも開催側から説明があったが、「こじんまりした町内ゆえ、結束力が強い」とのことだ。このアットホーム感も、根強い固定ファンがつく理由でもあるのだろう。

確かに、旧町の各町が、本祭でもあちこちの通りを縦横に移動するのに対し、この町があちらへ遠征しているのを観たことは(少なくとも自分は)無い。公民館と天満社とそれを結ぶ通りがいわば「ミクロコスモス」的に自己完結して、それにもっともふさわしい姿に進化して今日に至ったということかと。

この日は前夜祭初日に不完全燃焼だったSS町も同時開催とのことで、そちらを覗いてみようかという気持ちもあったが、これまでなかなか観る機会のなかった噂に聞いていたこの町の演舞・演奏を一度しっかり見てみようと決めた。

実際途中で、そちらから流れてきたと思しきジジババ集団が乱入してきた(文字通り!)が、此所からは少し距離のある町民ひろばに停車しているであろう観光バスの集合時間も迫っていたのだろうか、「混乱」も比較的短時間で収束したのは幸いだった。

(以上で前夜祭の感想を終える。なお、SW町、H町、HS町は未見につき、感想無し。)



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