新しい季節は なぜかせつない日々で 

2006年04月16日(日) 0時55分
四月に入り、実家への引っ越し作業や、大阪研修や、初出勤など、なんやかんやと慌ただしい日々を過ごす中、学生生活の何と楽しく気楽な日々であったか、今さらながら改めて実感しております。

とはいっても、とにかく仕事を覚えない事にはなんともならないので、毎日メモを片手に先輩の後を付け回しており、一日が終わると大して動いていない癖に疲弊しきっています。
当然、アフターファイブを充実させる気になるはずもなく、仕事が終わったら、家へと直帰するだけの社会人生活です。

この一週間、酒はもちろん、ニコチンも一切摂取しておらず、11時就寝、6時起床という超健康生活をしており、今日は一週間ぶりに大学の友人と飲みに行って来ました。

久しぶりのお酒はとても美味しく、相変わらずの友人たちとの会話も楽しかったんですが、話の内容が、仕事の話から徐々に自分らの将来についての話になり、この現状がいつまで続くのかと考えると、気が遠くなりそうで、一向に明るい展望が見えてきやしないので、皆さんそれぞれが、上手い具合に気付いていない振りをしていました。

というか、ここ最近、未だかつて無いほどに結婚願望が膨れ上がっているんですが、やっぱりこの気持ちというのも、暗に「働きたくない」という、その一心からきているのは間違いありません。

だれかあたしを養ってくれ。

まあ、そんな感じで各々晴れない気持ちを抱えながら、ぎこちなく笑いあって、憂鬱をごまかすようにひたすら酒を煽って、いざ会計を済まそうとすると、お一人様四千円に達しており、全員一瞬言葉を失って、それからしばらく青ざめました。

帰り道は、夜桜がとてもきれいで、誰かがスピッツのロビンソンを歌うともなしに歌っていたのをきっかけに、大合唱へと変わり、閑静な住宅街にふさわしくない騒音を撒き散らしながら、その辺に停めてあった車という車のワイパーを立てて、アンテナを伸ばして帰ったそうです。

実は、居酒屋を出てから友達の家までどうやって帰ったか、あまり覚えていなくて、今し方、そんなに酔っていない友人に、帰り道のことを教えてもらって、この上なく後悔しているところです。

や、悪気はなかったんです。
ただちょっと理性とか判断力とか自制心とか、そういったものを持ち合わせていなかったんです。
本っっ当に、ごめんなさいーーーー!!!

ありがとう。 

2006年03月30日(木) 3時15分

→続き


電話の相手は、
もう、明日にでも実家に帰ると言っていた友人で、
ひどく悲しい声をしていました。

私は、自分の引越しのことで頭がいっぱいで、
いつものような、バイトが終わったら一緒に飲もうよ、
とでも言うような気持ちで電話に出て、
いつものように話していました。

実家に帰るのはいつだっけ、と尋ねながらも、
実際には彼女との別れが信じられなくて、
実家へ帰ってしまった彼女とは、しばらく会えなくなってしまう、
という事実が、全く想像できていませんでした。

馴れ合いの関係ではなく、
心地よい距離感を持って接してくれる彼女は、
側にいて心を許せる大切な友達の一人でした。

いつでも会える距離にいるのが当たり前と思っていました。

あんな素っ気無い言葉ではなくて、
もっと気の効いたことを言ってあげたかった。
彼女との電話と思い出しては、ただ後悔しました。
でも、気の効いた言葉とは一体何か、
こういう時、どういう言葉をかけるのがいいのか考えると、
相応しい言葉が思いつかなくて、結局は何も出来ませんでした。

けれど、ついさっき旧友の車の中で流れていた、
kiroroのベストフレンドを聴いて、彼女に伝える言葉が見つかりました。

今、彼女に伝えるべき言葉は、きっと、
「大好き」と好意を伝える言葉でも、
「忘れないで」と願いを伝える言葉でも、
「ずっと友達だよ」と未来を伝える言葉でもなくて、
「ありがとう」と感謝を伝える言葉だったんだ、と思いました。




仲良くしてくれて、ありがとう。

一緒に笑い合ってくれて、ありがとう。

心配してくれて、ありがとう。

親切にしてくれて、ありがとう。




友達になってくれて、ありがとう。




遠くへ行ってしまう、あなたへ。

遠くへ行ってしまう、あなたへ。 

2006年03月30日(木) 1時49分
今日、小学校からの友人に、7年ぶりに会ってきました。

会ってすぐは、久しぶりということもあって、
お互いにギクシャクした変な感じだったのですが、
じきに昔の雰囲気を取り戻し、楽しくお酒を飲むことができました。

昔話で大いに盛り上がり、
古い友人達の近況報告に笑ったり、驚いたりしながら、
まさか、あんたがこんな風になるなんて思わなかったよー、
なんて、決まり文句を言い合いました。

けれど、旧友達との再会で、懐かしさを感じながらも、
どこかで、最近別れを告げたばかりの大学の友人達のことを思い出しては、
一人、寂しい思いに駆られてしまい、
先日かかってきた友人からの電話を思い出していました。



→続く

引越し先生 

2006年03月28日(火) 0時15分
嫌な事を先延ばし、先延ばしにして生活をしていると、期限ギリギリになって、アレもコレもやらんと!!という状況に陥り、計画性のない自分に対する憤りと、自省の念に駆られることになる。

だが、刻々と迫ってくる締め切りに、なんとしても間に合わせようと、努力をするのだが、どうみても間に合いそうもないその状況に、今度は苛立ち、俗に言う逆切れという状態になってしまう。

休憩と称して作業を放棄し、一日が24時間しかないことを嘆き、なぜこうも日が暮れるのが早いのかと、腹を立てる。

八つ当たり以前の、全く程度の低い思考であることは承知しながらも、それでも、自分に腹を立てても詰まらないので、理不尽な頭の悪い怒り方をしてみる。
というか、自分は悪くないと正当化してみる。

そして、一通り腹を立てたところで、状況が全く変わっていないことに気付き、中断していた作業を開始しながら、先ほどまでの実に無駄な時間を、ひたすら後悔する。



・・・え、えっと、ここ数日は、まさにこの繰り返しです。
こうやって、文章にして書き表してみると、己の駄目人間っぷりが痛いほど分かりました。
本当に、人間のクズですね。
うじ虫だ、うじ虫。

あー・・・、なんか、生きるってツライ・・・。

つまり、この日記で何が言いたかったかというと、



引越しが終・わ・ら・な・いーーー!!!




やべえ、明日立会いなのに、荷物超残ってる・・・。





たすけて、ドラえもぉぉおぉおおーーーーん!!!!!


オイオイヨ 

2006年03月23日(木) 2時11分
あの日以来、すっかりアイツの虜になってしまった私。
寝ても覚めても、心に思い描くのはいつも、アイツの事ばかり。
こんなことじゃ駄目だって、そんなこと、分かっているけど・・・、
加速するこの想いは誰にも止められないっ!!



ノンストップ☆マイハート!!



ということで、今月はFF12強化月間です。

私の願望としては、2、3週間がっつり引きこもって、ゲームの世界にレッツ★ダイビング、していきたいところですが、残念ながら、現実という逃れようのない悪夢によって、私の快適なゲーム生活は無惨にも奪い去られようとしています・・・。

目をそらしたいほどの現実、そう、それは何を隠そう、引っ越しです!!

片付けても片付けても、一向に終わりの見えない今の現状は、既に耐久レースと化している一方で、遠い昔に、闇へと葬り去ったはずの思い出グッズが、次から次へと発見されていく精神的ダメージの蓄積で、あたい、あと、もう少しで、生を放棄してしまいそう・・・。おじいちゃぁあん・・・。

なんていうか、今だったら、「引越しとは、過去の自分との対話である」とか言ってしまいそうな勢いで、真剣に、ちょっとやばめです。いろいろと。

そんなわけで、この荒み切った心を癒すべく、町のみんなを困らせているモンスターでも倒して、社会の役にでも立ってこようカナ☆

よーし、がんばるぞー☆(虚ろな目でコントローラーを握り締めながら)

おれ・・・、歩いてもいいぜ、日本まで。 おれは歩く!!のび太と一緒にな!! 

2006年03月22日(水) 15時33分
妹が大絶賛しているので「ドラえもん のび太の恐竜2006」を見てきました。
22歳です。

張り切って映画館へ行ったら、見事に子供連ればかりで、さすがにちょっと、顔を上げていられない感じでした。

「ねえ、ママ見てー。あの人たち大人の人なのに、ドラえもんの映画見に来てるよー。
 ねえ何であの人たちは大人の人なのに、子供の映画を見るのー?
 ねえ、何でー?」

「見ちゃだめよ、みかちゃん。
 いい?みかちゃん、あなたはあんな大人になっちゃだめよ。」

という会話が聞こえた気がします。脳内で。

さて、内容についてですが、ここ最近見た映画の中で、一番泣きました。

のび太が一生懸命頑張っている姿を見て涙し、映画になると、いつもの横暴っぷりはどこへやら、やたらと仲間想いのいい奴になるジャイアンの雄姿に素で感動し、そして、ピー助とお別れするシーンは、涙をダーダー流して見てました。

声優陣とともに、絵柄も一新したようで、私が子供の頃見ていたドラえもんとは、絵のタッチが違っていたんですが、今回の映画で一番良かったのは、キャラクターの表情がすごく細やかに描かれていたことです。

記号的な表情ではなく、とても生き生きとした表情で、恐竜なんかとキャッキャキャッキャと触れ合われた日には、おばちゃん泣くしかないじゃない!!

ああ、この子達、今はこんなに無邪気にはしゃぎ合ってるけど、もうじきお別れしなきゃいけなのね!
だって、恐竜が生きていくには、この時代はつらすぎるもん!ってな!

ドラエモンの映画のいいところは、必ず悪い敵がいて(見てる側に同情の余地を残させないようなまさに典型的な悪者)、それに対し、のび太たちが力を合わせて立ち向かい、途中、仲間割れの危機や、絶対ピンチの状況に追い込まれるも、最終的には勝利する、という水戸黄門的なストーリー展開にあると思います。

友達を大切にする、とか、悪いことをしてはいけない、ということを、すごくストレートに表現していて、単純な、分かりやすいストーリーだからこそ、素直にドキドキするし、感動もする!!






と、まあ、そのようなことを友人に熱く語ったら、
「あー、あたし、ドラえもんの設定から合わないから、まず無理。」
と言われました。

話す相手を間違えた、と心底思いました。

また逢う為の約束をしよう 

2006年03月21日(火) 19時38分



今日は卒業式でした。

大学生活は、びっくりする位あっという間で、
世界中に胸を張って自慢したいくらい、
素敵な友人たちのおかげで、
本当に楽しい学生生活を過ごす事が出来ました。

学校に行けばいつでも会えた彼らに、
会いたいときにいつでも会えた彼らに、
これからはなかなか会えなくなってしまうなんて。
頭では理解しているんですが、
遠い国で起きている出来事のように全く実感がありません。

多分、
春休みに入った頃から、
心のどっかが置いてけぼりになったままで、
今までの生活がずっと続くという錯覚と、
今までの生活の終わりが近づいているという意識が、
あべこべに混ざりあっている状態です。

友達が遠くヘ行ってしまったという事実が、
実感となって追い付いてくる頃、
たまらなく悲しくて、
ちぎれるほど痛くて、
だけど会えないという現実はどうしようもなくて、
独りで泣く事しか出来ないんだろうな、
なんてことを、
もうじき引っ越すこの部屋のベランダで煙草を吸いながら、
ぼんやり考えています。




よっちゃんいかうまい 

2006年03月16日(木) 22時21分
長かった・・・。気が遠くなるほど、長かった・・・。

今日、この日をどれだけ待ったことでしょう・・・。

さかのぼるに、あれはまだ、ブレザーの制服に身を包んだ女子高生の頃。

初めてあなたのことを知ったのは、ある雑誌の特集記事でした。

私は、その日から、あなたのことを始めて見たその日から、
あなたに会える日を、ひたすら夢見て生きてきました。

「夏になれば会える」、そう言ったあなたの言葉を信じ、
緑茂る夏を、ただただ心待ちにしておりました。

でも、あなたは嘘をつきました。

夏になってもあなたは姿を現すことはなく、
代わりに、「春まで待て」、あなたはそう言ったのです。

私は、あなたと会えない寂しさを紛らわすために、
遊びと称して、多くの相手と関係を持ちました。

後腐れのない手軽な関係。
あなたのことを忘れさせてくれさえすれば、それで良かったのです。

時には、過去に関係のあった相手と、
寝不足になるほど、熱い夜を過ごしたこともありました。

あなたと出会える日を心待ちにしていた少女は、
たくさんの季節を過ごすうちに、大人となりました。

そして、いつしか、あなたとの約束の日を、思い出すことが少なくなった、そんな時、
あなたからの便りが届いたのです。

「3月16日、君に会いに、君の住む町へ行く」、と。

そして、今日、約束の日。

























































FINAL FANTASY12







げっとおおおお!!!!!!!!!!

デカけりゃいいってモンじゃない!!! 

2006年03月06日(月) 21時12分
近所のスーパーで、ワコールのブラジャーが半額で売っているという情報を耳にしたので、早速、母と覗いてきました。
やっぱり、メーカーの下着の方が、付け心地が断然いいので、半額で買えるのならば、この際、多少色やデザインが変でも構わない、という決意のもと、いざ、売り場へと足を運んだところ・・・、


Cカップ以上のブラジャーしか、売ってませんでした。



・・・、えっと、これは果たしてどういうことでしょうか。
貧乳には用はないと、そういうことですか?
それとも、もしかして、おまえその程度の胸でブラジャーなんて必要ないんじゃねーの?とか、そういうことですか?
さらしでも巻いておけばいいんですかね?
買う気満々で来たあたしの思いは、どうすればいいんですか?
このやるせない思いは、一体どこに持っていけばいいんですか?
燃えないごみの日にでも、出しとけばいいんですか?
ていうか、なんでこんなことで屈辱感を感じなきゃいけないんですか?















貧乳か?



貧乳が悪いのか?

























































巨乳なんて
巨乳なんて
巨乳なんて
巨乳なんて
巨乳なんて
巨乳なんて
巨乳
なんて!










ウワーーーーーーーーーーン!!!!

あなたが空しく生きた今日は、 昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日 

2006年02月23日(木) 3時03分
パウロ・コエーリョの『ベロニカは死ぬことにした』を読んでます。

自殺未遂をして精神病院に収容された主人公を通して、生きること、普通であること、狂うとはどういうことか、を考えさせられ、なるほど、と思ったのは、主人公ベロニカと病院の院長であるイゴール博士のやりとり↓

「でも現実って何なの?」

「大多数が思いたいものさ。べつに最高のものでも、論理的に一番適したものでもなく、社会全体の欲望に適合するようになったもの。わたしの首の周りのものが見えるかい?」

「ネクタイのこと?」

「そう。きみの答えは、完全に普通の人が答えるような、論理的で筋の通ったものだ。それはネクタイだ!でも、狂人は、わたしの首の周りにあるものが、とても複雑に結ばれている、バカげた、何の意味もない色のついた布で、肺に空気を送り込み、首を回すにも邪魔になるものだと言うだろう。
(略)
それでも、狂った人と、普通の人に、これが何であるか聞いたら、正気の人は、これがネクタイだというだろう。問題は、どっちが正解なのかということではなく、どっちが正しいかということなんだ。」


人間は自分が理解できないものに対して恐怖を感じる為、正常、異常、と分類分けをして、異常なものを排除しようとする。
特に心理面ではその傾向が強く、異常であれば、その心理が理解できなくても安心できるため、何かにつけて精神異常を理由にしたがる。

また、正常、異常で言えば、社会主義で育った私が、共産主義を唱える国を見て、何て異常な国だろう、と思うように、共産主義を信じている人たちは、社会主義国家を見て、己の利益や欲望を第一に考えた、利己的でひどく浅ましい国だと、異常な国だと、感じるに違いない。

常識という概念が正しいか否かは重要ではなくて、それを何の疑問も持たずに受け入れられることこそが重要であって、それに異論を唱えたり、常識に反する行動をとった者は、たとえそれが正論で、正しい行動であったとしても、きっと変な、頭の狂った人だと、周囲からは白い目で見られるはずである。

「不思議の国のアリス」でチェシャ猫は、『ここでは誰も彼も気違いだからな。ぼくも気違いだし、お前さんも気違いだ』と言っていたが、この本を読んでいると、この言葉がやけに説得力を持ってくる。というか、そう思った方が、気が楽なだけかも知れないけど。