あの時から一年が経ちました。月日は早いものですね。
まだ昨日のような感じがします。こんにちは、こかろんです。
あの時 私の住んでいる地域では揺れとともに
停電し、携帯が圏外になってしまい
いったい何が起きているのかすらわからない状態でした。
しかし非難してから上から見る光景で驚きました。
数日してからやっと地域から出る事が出来き、被害がない従兄弟の家にいきました。
その時に数々の人から「逃げろ」「大丈夫か」「困ってない?」「必要な物はないか」等…
ネットだけでの関わりの方々からも多数のメールをいただきました。
避難メールから余震の度のメール。そして情報のメール…
とても勇気付けられました。元気が出ました。本当にうれしかったです。
遠くのようで一番近い存在が皆さんでした。
スーパーから物が消える。普段飲めていた水が飲めない。外に出れない。
歩けない。出れない。
いままで どれだけ 生活に楽を求めていたか・・・
暗くなったら寝て 太陽が出たらおきる。畑で取れたものでご飯をつくる。
それだけでも幸せで実に充実した生活だと。私は感じました。
結構 電気とかなくても生活できるもんだ!いえ 昔はなかったもの。
自然と関係がないものなんですもの。あってもなくても…困らない。楽ができる。
あの時に渡されて食べた 白いご飯のおにぎりが・・とってもおいしかった。
何も食べていない体にご飯をいれた時 体中があったかくなって血が回ってる感じがしました。
いろんな病気があり、薬を必ず飲まなくてはいけない病でも薬は手に入らず
苦しんだ方もいました。私の母もでした。
赤ちゃんが飲めるミルク、そしてオムツ…どうやって手に入れたら?必死に水を飲ませている姿
しかし 今の時代はすごいですね。車でトラックで
いろんな方々が手をのばしてくれました。必需品をわたしてくれました。
その時に 町ですれ違ったり 見ないふりをしたり 挨拶も返さない すみにくい世界になったと思っていましたが
人という動物の動きが見れたきがしました。
必死で とても必死で。 なんだか大変だった思いでしたが生きている・・いえ
戦争を知らないだけ戦争と比べ物にはならないと思うけど 人はこいう経験をして変わったと思います。
もし もし… 次は東北ではない所で起きた場合。私は少しでも力になりたい。
本当にこの一年。ありがとうございました。支えてくれてありがとうございました。