2005年05月29日(日) 0時06分
蛍を見てきました。そう。あの光る虫です。
幻想的も何もかも感じる事を失ったのか、
一回見たものに新たに感動を覚えられないのか
其れは僕には解らないです。ただ、蛍は蛍だけで
美しいと感じるものではないとおもう。
横にアスファルトの道があるだけでそれは壊れてなくなる気がする。
其故、感動も無かったのかもしれない。

rock 

2005年05月28日(土) 17時06分
ロックを知る人たちはロックに生きているか?
オレンジレンジはロックではない。
175Rもロックではない
言ってしまうとロックは音楽ではない
言葉である。ロックという記号である
つまりレンジ、175Rはロックではないと
言えないということだ。
ロックというのは哲学といっていい
他人と自分を区別するものというより
自分が何に対して喜びを感じ
何に対して怒り
何を敵にしているかを
知っている人物がロックなのだが
ロックが生まれ落ちて何十年経ち
死に絶えている。
中途半端な個人主義がロックを殺した
中途半端な個人主義は思考を殺した
思考を殺すまでに至ったのは
時代の変化故だと思う
思考を捨てるというのは人間という事を
捨てているのと同じ。
考える人はロックだといっていい
明日の御飯や女のこと下らないj-popのことを考える人ではない
自分の未来を考えている。自分の未来を考えると
不安になり、絶望する。何とかなりそうにない気がする
それなら何かしなければいけない。
でも自分にできる事はいったいなんなのか?
そこでまた不安になり、絶望する。
でもやってみる。その先に希望か絶望かが
必ずあるから。どっちにしろ知る必要のあるもの
はっきりいって、普通と言う言葉に踊らされている人々に
希望は無い。何処にも落ちていない。
大学なんかいっても未来が広がる事は無い
大学の行き方にもよるが。。。
そこに、気付かず人並みをバカみたいに追い求めてたら
何も感じられない。大切な事を知らずに。
大人と言う言葉は使う必要は無い。
大人になりたくないとか、そういうことじゃない
まず、大人と言うのは情報量の問題だ。
でも、体力は落ちる。
つまり、情報量の多さからチャレンジができない人が
大人なのだ。この国では。
挑戦を忘れた人は、自分を見捨てたといっていい。
この国の大人って言うのは、自分を見捨てたひと
挑戦を抑制するひともこの国の大人である
自分を捨てた人は、自分が負けたと言うコンプレックスを
持っている。それをまき散らす。
隣にいるだけでマイナス要因になる。
そしてそう言う人たちは嘘つきで、見栄ばっかで
面白くない。
そう言う奴らがロックだとか言っていると
は?
ってなる。
真のロックンローラはきっと、嘘がつけないはず
隣に一人ロッカーはいますか?
少ないからいないと思いますけどね

真実 

2005年05月27日(金) 23時16分
恐いぐらいが多い!
この世の中はきっと無くないだろうけどさ
結婚、恋愛、仕事、学校
大切なものとされているものは
実は無くてもいいもの。
信じるものは一つしか無い。
自分。
時代を生きるためには知る必要があるが
信じる必要は無い。
だから
知ろう。世の中を。世界を。
政治を。経済を。社会を。
僕も知りたい。頭が壊れるまで。
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