パタヤ孤児院 <3>

2006年03月05日(日) 20時50分




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<1> or <2>







毎日孤児院で、赤ちゃんや様々な複雑な気持ちと格闘しながら
お手伝いに励む中、孤児院で育った男の子と友達になった。
いつしか彼の周りの友達とも仲良くなり、孤児院でのボランティア後、
みんなでご飯やドライブに遊びに出掛けるようになった。
一生懸命、私のためにパタヤ中を案内してくれ、
最大限に気遣ってくれるみんなと、あっという間に打ち解けた。
みんなとは同年代ってのもあって、一緒にいるととても楽しかった。

グループの中で唯一の女の子、ナットは一人若い17歳。
背中に大きな鳥が彫られてる、いまどきの女の子やけど、
心はとっても純粋で、女の子同士一番仲良くしてくれた。
ナットの彼氏のアメリカ人とハーフのイケメン・ジャック、
見た目アラブ人ぽいジョシュ、とても恥ずかしがりやのボーイ、
孤児院育ちの、いつもムードメーカーでいちびりのトー、
今でもみんなとの思い出、全部心に残ってる。


でも一つ大きな問題があった。
孤児院育ちのトー君しか、英語がわからないってこと。
いっぱい話したくても、彼を通さないと会話が成り立たない。
「あぁ、タイ語が分かれば・・・」って何度も思った。
友情に言葉は関係ないけど、仲良くなればなるほど、
お互いのことをもっと知りたくなるし、もちろん直接話もしたい。
これが、タイ語を勉強し始めたきっかけ。











同じ空の下で

2006年02月26日(日) 20時32分



2003年8月、私はフィリピンに行った。
目的は、フィリピンにある開発関係の大学院の下見。
たくさんの人にお世話になり、貴重な経験をさせてもらった。

そんな中で、一番印象に残ったこと、
それは、膨大なゴミの山の中で生活をする人々との出会い。

その時に感じた胸のチクチク。
この番組を通して、鮮明に思い出した。

LOVE ASIA 同じ空の下で

河口恭吾が、フィリピンのゴミ山で生活する、歌が大好きな少女、
ガルべージとの交流を通して人生を見つめ直す。
そして最後に、少女に歌をプレゼントする。



  君のこと 僕はいつも ただ見つめているだけで
  何も言えず 時が過ぎていったよ

  照れながら話してくれた 君の夢を思うたびに
  きっと叶うように 叶うようにって祈る

  君が僕にくれた 笑顔を忘れないよ
  あきらめることなど 一つもないと思った

  君と出会えたことの意味に これから気付くのかな
  誰のせいでもないんだと 言い聞かせるけれど
 
  この胸の痛みは 答えを知っている



同じ空の下に、同じ地球上に存在してるのにね・・・
みんなが幸せになれる日は、いつ訪れるのかな。





パタヤ孤児院 <2>

2006年02月12日(日) 21時59分




パタヤ孤児院での朝は、ベビーパウダーとミルクの匂いで始まる。
宿泊先から、てくてく歩いて毎日孤児院に通ってたけど、
門をくぐって、乳幼児部屋に近づくと、その匂いが漂ってくる。
あ〜、今日も赤ちゃんとの格闘だ!って気合が入る(/*´∀`)o


私が行った頃、生後1週間の赤ちゃんが入所してたところやった。
あんなに小さい赤ちゃん、初めて見た。

「なんでなんやろう・・・」

何度も思った。
孤児それぞれに理由があるんやろうけど、苦しかった。


タイ人のスタッフ、あと孤児院で生活してる大きい子供達は、
あふれんばかりの愛情いっぱいに、孤児の面倒を見ている。
私も負けじと努力したけど、毎日子供達と一緒にいるスタッフには、
到底かなうわけもない。もう彼女達は、みんなのお母さんだから。
彼女達はきっと、「仕事をしてる」って感じたことないやろうなぁって、
そう思わせるくらい、自然に子供達を愛していた。


私には、いつか孤児院を自分で作りたいって思いがあった。
今も諦めたわけじゃない。
でも、彼女達の姿を見て、現地の人たちの力で解決できるなら、
それが一番だということを身をもって感じた。
それから今まで、様々な現場を見てきた中で、もっと強く感じてる。
こんな言い方は誤解を生むかもしれないけど、
私はどうやっても、彼らから見れば外国人でしかない。日本人なんだ。
外国人が、現場に介入することがどんな結果を生むのか。
これは私がずっと悩んでる課題。う〜ん、ムヅカシイ・・・(ノ_-;)






パタヤ孤児院 in Thailand <1>

2006年02月10日(金) 10時55分
「Orphanage」
このキーワードで検索して出てきた孤児院に、
片っ端からメールを送り、受け入れ先が見つかった。
2002年の春休み、タイ行きが決定。
私の思いが現実となった最初の一歩。

私にとって、初めてのタイ、そして初めての東南アジア。
右も左も分からん場所に、一人で飛び込んだなんて、
今考えると、根性座ってるよなぁって感心してまうわ。

゜+..+゜゜+..+゜゜+..+゜゜+..+゜゜+..+゜

パタヤという街は、バンコクからバスで約3時間。
ビーチがあり、バンコクからも近いということで観光客も多い。
ただ、夜になると街の雰囲気が一転する。
ピンクのネオンに、露出の多いお姉さん達がひしめき合う。
そう、ここは売春でも有名なところだった。
実際、欧米人のおじさまとタイ人の若い女の子のカップルが
いちゃいちゃしながらよく街を歩いている。
そんな背景があるからか、この孤児院には障害児も合わせて、
1500人以上の孤児がいるという。(その当時)


バンコクからバスでパタヤに着いたのはいいものの、
そこからの場所が分からない。どうしたもんだ・・・
とりあえず、客引きの運転手から逃れるために歩いて歩いた。
歩き方に載ってたパタヤ市役所に、とりあえず行ってみたら、
色んな課に回されて、最後はついてこい!って感じで車に乗せられ、
幸運にも孤児院にたどり着くことができた。
不安でいっぱいやったから、嬉しくてホッとして泣きそうやった。

スタッフが孤児院内を案内してくれ、宿泊先も紹介してくれて、
これでようやく一安心。次の日から、乳幼児の部屋での
ボランティア開始です!!!わくわくドキドキ(p・∀・。q)




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プロフィール
名前★くらら
カンボジアでの暮らしぶり★
●04'Apr
日本語教師としてプノンペンへ→
●04'Aug
シェムリアップの旅行会社に転職→
●05'Aug
ポイぺトの村でど田舎生活体験→
●05'Sep
念願のボランティア生活。スラムのアプサラダンス教室で子供達と一緒にダンスを習う&日本語を教える→
●05'Dec
帰国・・・
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くらら
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ゆう
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えみねぇ
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くらら
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