東京日和。

April 21 [Sat], 2012, 0:56
アラーキーの「東京日和」を読んだ。(見た、かな)
朝、通勤中にちょこちょこ読んでいたんだけど
本を閉じ電車を降りた後もその度ごとに、しばらくずしーんと何かが心に残ってる感じだった。

とにかく、奥さん・ヨーコさんへの愛、愛、愛、、、
そしてヨーコさんが亡くなった後の、空虚。
空や、猫や、荒れてしまったバルコニーや、ヨーコさんとかつて一緒に歩いた街並を写した写真、
それから、アラーキー直筆のぽつりぽつりと書いた日記(あまりにも魂が抜けた文字)から、
「ヨーコがいない」って気持ちがにじみ出てきて、つらくなる。

心象写真って、あぁいうもののことを言うんだなぁ。
すごい。

「送り火しない、帰さない」で泣きそうに。

浅草散策。

April 15 [Sun], 2012, 23:40

春ですね。

April 14 [Sat], 2012, 23:39

花吹雪の中。

April 10 [Tue], 2012, 23:03
桜満開、快晴の日曜日。
隅田川沿いの桜とスカイツリーを撮影に行こうと思っていた。

そんな朝、祖父が亡くなった。



飛行機から、見えた景色。
スカイツリー、東京タワー、皇居、お台場、東京ゲートブリッジ、
東京ドーム、神宮球場、品川駅・・・。
小さな小さな東京の街。
やっぱり、人が集まり過ぎだ。

八ヶ岳。
遠くの空に、白い雲の帯・・・と思ったら、あれも山並み。南アルプス?
蒼い空。
山の嶺と谷が雪に覆われて、そのくっきりとした筋が葉脈のように見えた。

琵琶湖。
大きい。
すぐ向こうには日本海。
ということは、あの辺りは京都?

関門海峡を行き交う船たち。大きなタンカーも。

海ノ中道と志賀島。福岡ドーム。大濠公園。
大濠公園ってあんなに大きかったんだ。

唐津、虹の松原の綺麗な曲線。

佐賀から長崎にかけての畑の美しさ。茶色と緑のモザイク模様。
そして畝にビニールがかかったじゃがいも畑?は
光沢がある糸で織りあげた織物のように輝いてた。

悲しいくらい茶色い泥水の有明海。
それと余りにも対照的な、橘湾の濃いエメラルドグリーンの美しさ。

この上ない景色を見下ろしながら、
じいちゃんのことを考える。

家族であれてよかった。

 

快晴の下、火葬場のしだれ桜が少し満開を過ぎ、
花吹雪でじいちゃんを見送ってくれた。

この日に考えたこと。

March 11 [Sun], 2012, 23:44
3.11に考えたこと。

自分にできることは何か、ということ。

自分はどこにいて何をするのを望んでいるのか
どこにて、何をすべきなのか、ということ。

伝える時の、主観と客観のバランス。
ひとりよがりになってはいけない、ということ。

思いを共にする、ということの尊さと、壁。

確かにある今の幸せ。

March 01 [Thu], 2012, 0:01
大好きな人たちがいる。

それって、それだけで実は
すごく幸せなことなんだろう、きっと。

それすらできない。

February 03 [Fri], 2012, 23:28
一日、一日を
大事に
大事に
寄り添って過ごす

そうすることしか
できない

でも、それすらできない
今のわたし


サンデーブルー。

January 30 [Mon], 2012, 0:05
月曜が来るのが、こんなにも憂鬱なのは久しぶり。
これが仕事をするってことなのかなぁ・・・。

ル・クルーゼ持ち。

January 22 [Sun], 2012, 23:59
ついに私もル・クルーゼ持ちに。
家族からのバースデープレゼント。

 

煮込み料理は昨日作っちゃったばっかりだから、今日はやめておいて
初おろしは炊飯に。
すごい!焦げもせず、一粒残らずピカピカに炊けた!
感動です。

三陸へ。

November 27 [Sun], 2011, 0:09
ある方のお世話で、ようやく被災地に入ることができた。

1日目。気仙沼→陸前高田→大船渡。
2日目。気仙沼→南三陸→女川→石巻。

海岸線をレンタカーでひたすら走った。
あんな津波が起こったとは信じられないほど、海は穏やかに凪いでいた。


リアス式海岸の入江になっている部分に開けていたはずの集落という集落が
ことごとく波にのまれていた。
鉄筋コンクリートの一部の建物が残っているだけで
(おそらく残っていた建物や、その残骸の多くが既に片付けられていたため
 ほんの少しの建物の“跡形”しか残されていなかったが)
本当にここに人々が生活していた街があったのかどうかすらわからない、
想像し難い状態だった。

ふと気づくと、自分の足下がコンクリートの基礎で、
もしかしたら、ここら辺全部が町役場だったの?
車を停めたここは、市場があった場所?
「ここは駅です」と言われて、えっ!?とにわかには信じられない。
見回してみると、確かに線路があって、今自分が立っている場所がホームだったり。

そして、全くと言っていいほど、地元の人と会わなかった。
会うのは土木作業をしている人や、ボランティアの人ばかり。
生活なんてできない場所になってしまったところばかり回ったから
当然と言えば当然なのだけれど。

しかし、震災の前は、確かにそこに人々の生活があったんだ。
それを一生懸命、想像する。

 
 

「地震が起きたら津波の用心」と書かれた看板を目にする。
避難場所に指定された場所も、ことごとく波に飲込まれていることを知ると
つい、もうこれはどうしようもなかったのだ、と考えてしまう。

町を、生活を、命を守るためには、
一体どうしたらよかったというのだろう。

無力。
P R
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