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September 05 [Fri], 2008, 0:43
月も雲に隠れて夜は闇の中にあった。
八左ヱ門は壁に背を預けたまま、鈎縄を塀に掛ける曖昧な影にただ視線を投げている。

「行くのか。」

思いの他咎めるような声になりはしたが、得にそういうつもりはなかった。己が止めたとて、この友は行くのだ、咎めたとてそれは果てしなく無意味。
生憎この闇の中では人相までは伺えはしない。しかし、八左ヱ門には勿論この影が医務室にいるはずであろう久々知 兵助、本人であるとわかっていてのことである。

「行くのか。」
再度問いを重ねる。
それは問いと言うよりはむしろ、分かり切ったことを確認する作業に近しい気がするものだった。
「死ぬかもしれないんだぞ。
その傷でも行くのか。」
依然、壁に身を預けたまま八左ヱ門は抑揚の無い声で続ける。

「あの時も。」
今まで沈黙を守っていた兵助がおもむろに口を開く。切な気に夏の夜を謡うかのような虫の声の中でも、そのの声ははっきりと響いている。
「俺はあいつが望むなら死んでもよかった。」
だから、とその先に続つづくはずの言葉は既に八左ヱ門には届かなかった。
恐らく兵助は全てを言い切る前に塀を越えていったのだろう。

結局、そうか。と呟いた八左ヱ門が如何様な表情をしていたか兵助が知る由もなく、また、あの闇夜の中兵助が笑って行けたのか苦痛を堪えていたのか、残された八左ヱ門に知る術は無かった。
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(久々鉢)

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