SとM ― 『 証言UWF 最後の真実 』 を読んで 

May 29 [Mon], 2017, 19:59
 Sというレスラーがいた。中国地方の町で生まれ、そして思春期を迎えた彼は、プロ・レスラーになることだけを人生の希望とし、その備えにアマチュアレスリングの実績を重ねた。やがて彼は17歳で上京し、直談判の末、都内にあるプロ・レスリングのプロモーションへ入団した。
 
 Mという男がいた。18歳当時の彼は将来、空手の普及家としてアメリカ渡航を夢見るただの少年だった。だが何のいたずらか、スカウトをうけ、プロ・レスラーSの所属するプロモーションへ入団した。190センチを超える長身と精悍な顔立ちに、その将来を見込まれたのだ。

 二人の年の差はわずかに2年。(学年ではわずかに1年)

 時が流れた。新たに設立された別のプロモーションで、二人は同じリングに立ち、そして反目し合うことになる。
なぜか?
 おそらくそれは、巷間いわれるような、互いのイデオロギーや興行方針の衝突に還元されるものではない。

 MのSに対する嫉妬が、二人の袂を引き裂いたのだ。
 
 プロ入りほどなくして、Sはキックボクシングの出稽古をはじめる。アマチュア時代の彼に、打撃系格闘技のたしなみはない。だが卓越した運動神経の持ち主であるSは、あっさりとキックの技術をものにする。のちの新団体のリングでは、その技術をもって大いにファンをひきつけた。
 
Sのキックに比べると、空手上がりのMのそれは鈍重で野暮ったく映った。
 
やがてSは、自身の類い稀なるファイトスタイルと理論をもって、その新プロモーションのリングを格闘技色で染めはじめる。
 Mにはそれが気に入らない。口には出さないが、どうにも納得がいかない。なぜなら、MにとってのSとは、同じプロ・レスリングの革命に人生を賭す先達、ではなく、ただのプロ・レスというショービジネスの舞台で成功をおさめた、格闘家未満のレスラーに過ぎないからだ。
ただのプロ・レスラーが、純粋格闘技である空手出身の自分をさておき、格闘技を語り、ファンを啓蒙するなど了見違いも甚だしい。
 プロ・レスリングを格闘技化するのは自分の役目だ、とMは思っていた。そのために自分はこの新団体に残ったのだ。自分がかじ取りをして、この団体の意義を世に問う。それがMの思う新団体のあり方だった。
 インタビューでも、Mは暗にそのことを主張した。が、彼が口下手だった。思想や理想を言葉で具現化する術をもたない。キックと同様に、Mの語りはファンの耳にはもどかしく、独りよがりに聞こえた。もとより、レスラーが何を語れども、ファンはリング上のパフォーマンスでしか選手を評価しない。テレビの定期中継が無かった団体ならなおさら。会場で目にする試合のみがファンの拠り所。彼らにとっては、格闘技スタイルであり且つ魅せる試合を提供してくれるSこそ、革命の人物なのだ。

Mは憤る。皆、Sの実力の底を知っているのか。あの男はかつて、キックボクサー相手に何もできずに打ちのめされただけの、殺陣しか知らないえせ格闘家だ。俺は違う。常にスパーリングの技術を磨き、いつでもその刀を抜く覚悟をもった、真のプロフェッショナル・レスラーだ。
 けれども、Mはそれを口に出来ない。気づいていたからだ。真のプロフェッショナルといくら誇っても、自分のファイトがファンを魅了できないことに。
 Sや他の同僚レスラーの才能をもってしてでないと、Mのファイトは光らない。
 身体的タレントに恵まれた彼は、悲しいほどにプロ・レスリングの才能に乏しかった。

 一方で新団体を離れたSは、自身の理想とする格闘技体系を具現化した新たな格闘スポーツを創設する。

 これもMには気に入らない。スポーツとしての総合格闘技を確立するのも、自分の役目。彼はそう思って止まなかった。
 Sと袂を分かち、彼との職業的しがらみを失くしたMは、事あるごとにSとSの主催する格闘スポーツを批判した。その画は滑稽でもあり、Mに期待するファンの目には痛々しく映った。
 Sには新格闘技の創設者としての名がある。ではMはどうか?  日本において総合格闘技礎を築いたのは自分だ、と彼はいう。そうだろうか? MMAの外国人選手の多くはMが発掘した。なるほど、それも実績の一つである。だがMMAへの実績でいえば、ファンは戦績か、あるいは選手の育成、競技体系の確立、この3ついずれかを為し得た者にしか畏敬の拍手を送らない。
日本のMMAの歴史に、Mの功績を探すことは、少なくともリング外のファンにとっては、ただただ難儀な作業である。
現役を引退したいまのMには、他者を批評する以外、自身の本懐を遂げる手管がない。
  ゆえに、彼はいまだ過去について己の思うところを語りつづける。語るところも突き詰めれば、Sへの嫉妬、その一念である。
 
 Mへの批判と中傷が止まないのは、皆の期待の裏返しだ。
 Mほど、未完の大器で終わったレスラーはいない。
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