シューリヒトのモーツアルト 

2006年02月10日(金) 6時34分
どのような曲でも、初めて(かつ繰り返し)聴いた演奏がその聴き手にとっての基準になるのは間違いないと思う。小生にとって、コンサート・ホール・ソサエティで手に入れたシューリヒトのモーツアルトがそうだ。特にジュピター。後年、プラハの方が評論家の受けが良いことを知ったが、そしてもちろんそれも良いのだが、多分当時の小生はジュピターという曲そのものが気に入っていたため、プラハよりも繰り返し聴いていたということだろう。第1楽章冒頭から飄々とした感じがたまらない。
この後に聴いたワルターやベームなどはなんとも重過ぎた。シューリヒト以後、感心したのはきりっと引き締まったセル、そして曲が進むに連れてまさに天国に連れて行かれるかのような趣のカイルベルト(終楽章は圧巻である)。
シューリヒトは後にCDでウィーン・フィルを振ったライブが出たので興奮して購入したが、残念ながらこれははずれだった。思うに、(評論家からは酷評されていた)パリ・オペラ座管弦楽団の素朴な(下手な)味わいがこの名演の大きな要素だったのではあるまいか。
現在、手元にはどちらもイギリスプレスのモノラル盤、ステレオ盤がある。広がりのあるステレオはもちろん素晴らしいが、モノラル盤のこじんまりとした音がこの演奏にはむしろ似合っているような気がして手放せないでいる。
モノラルの方が良いと言えば、DECCAに録音されたハフナー(&未完成)がそうだ。多くの日本人リスナー同様、かつてこの演奏はキングレコードのステレオ盤で聴いている。名演と言われていたが、その薄っぺらい音に首を傾げ失望した人も多いはずだ。CDで聴いても同じこと。ぜひDECCAのLXT・モノラル・オリジナルで聴いてご覧なさい。その腰の据わった伸びやかな演奏に驚くことを請け合う。

コンサート・ホール・ソサエティ 

2006年02月09日(木) 10時15分
レコード芸術をながめているとすぐにレコードがほしくなった。しかし、やっとシングル盤を買える程度の小遣いしかなかったので(それでも当時は恵まれていたのだが)、また、実際に何から聴いたら良いのか分からなかったので困っていたところ、広告の中にコンサート・ホール・ソサエティという会員制のレコード通販会社の広告が目にとまった。
よく見ると、入会するとLPレコードが2枚、ただ同然でもらえるとある。今も昔も貧乏性は変わらないので、これは大変魅力的にうつった。
急ぎ申し込んだのはカール・シューリヒトのモーツアルトでジュピターとプラハ。そしてワルター・ゲールの白鳥の湖と眠りの森の美女。1970年のことである。

レコード芸術 

2006年02月08日(水) 10時30分
ウルトラシリーズやGSにうつつをぬかしていた小学生時代も終わり、中学生になってクラシック音楽と再会した。
きっかけは九つ上の兄が持っていた「レコード芸術」である。1968年から揃っていたので、兄は二十歳過ぎから購読を開始したことになる。
しかし大変不思議なことに、彼はクラシックのレコードを一枚も所持していなかった。兄のレコードラックには笹みどりとか都はるみのLP、良くてせいぜいウェストサイド・ストーリーやサウンド・オブ・ミュージックのサントラがあったのを覚えているくらいだ。
その辺りの事情の詮索はともかく、兄のおかげでクラシック道に入れたのは間違いない。本棚からこっそりレコ芸を盗み見し、初めてワルターだのフルトヴェングラーだのというビッグ・ネームに触れることになった。記事から広告まで、隅から隅までむさぼり読んだものである。

初恋によろしく 

2006年02月07日(火) 0時18分
初めて自分の小遣いで、ソノシートではなくレコードを買ったのは昭和41年、西郷輝彦「初恋によろしく」。ませた10歳ではある。
その後、グループサウンズが大流行りで、タイガースやテンプターズ、それに一番好きだったオックスのシングル盤をよく買った。
オックスとは、(今では普通の)茶髪でならした超不良失神グループである。
クラスメートの典子さんはキーボードの赤松愛(♂)の大ファン。小生も赤松くんのように髪を赤くしたいと思い、確か5年生のときだったと思うが、髪の毛に赤チンをたっぷり塗って意気揚々と登校した。
しかし不幸はいつも予告なく訪れるもの。時は初夏。授業中、隣の典子さんの悲鳴は蝉の声さえ止めたのである。なんと小生の額から汗とともに赤チンが流れ出し、顔面血だらけの様相を呈していたのであった。
その後、GSのレコードは友達にやったりしてすべて散逸したが、「初恋によろしく」はいまだに小生のコレクションに残っている。もう聴きはしないけど。

昭和38年 

2006年02月06日(月) 13時30分
ガキの頃、我が家に初めてステレオが来たのは昭和38年。小生7歳のときである。なぜ覚えているかというと、親父が最初に買って来たレコードが三沢あけみの「島娘」で、これが昭和38年リリースなもので。
日本コロンビアのオートリピート・オートチェンジャー付きの結構立派なしろものであった。オマケについていたのがいろいろなジャンルの寄せ集めレコード。小生はその中でわけもわからず次の2曲に夢中になった。今思えばこれがクラシック音楽との出会いということになる。ワルターのフィガロの結婚序曲、スターンの管弦楽伴奏によるユーモレスク。(ワルターやバーンスタインなどの米CBSの音源は、当時はまだソニーではなく日本コロンビアが権利を持っていたのである)
しかしだからと言って、小生がこのままクラシック道に入ったわけではない。すぐに小生の関心はソノシートに変わっていった。「ウルトラQ」「ウルトラマン」「黄金バット」などなど、小生のライブラリーは年ごとに充実を見せた次第である。
しかしやはりガキの頃にインプリントされたものは根強い。小生が何年か前にバイオリンを習い始めたときのこと、「どうなりたいですか?」という美人先生の質問に対し、とっさに「スターンのようにユーモレスクを弾きたい」という答えが口をついて出たのである。このときは自分でも驚いた。もちろん、結果はスターンのようには「むすんでひらいて」すら弾けなかったのであるが。


開設 

2006年02月05日(日) 21時44分
クラシック盤歴35年。10代〜20代前半はアナログレコード。しかし20代半ばよりCDが出現し、その静謐さに驚き、1000枚程あったLPは全部売り払いました。そして何の疑いもなくCD中心で20年近くを過ごしましたが、数年前、久々にアナログレコードを聴く機会があり、びっくり仰天。CDなんかとは音の深みがまるで違う。CDだと疲れて長時間聴けないのですが、LPだといくらでも集中できるのも不思議。以来、今度は2000枚くらいあったCDを全部売り払い、アナログレコードを集めるようになった次第。落ち着きのない盤歴であることを深く反省。
現在は外盤中心。それもできるだけオリジナルを集めるようにしています。たとえ古さゆえのパチパチノイズがあろうとも、その深く鮮度の高い音に身を浸すことはこの上ない喜び。
さらに昨年からとうとう蓄音機にも手を出し、SPもぼちぼち集めるようになりました。
そのようなアナログ生活と、好きなレコードのことを中心に書いていこうと思います。
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