「嘘吐きは真実の始まり」最終回

2008年12月24日(水) 15時00分
不意に彼女の視線が動いた。辿ると30メートルばかり離れた所にユキがぽつんと立っている。不安そうな色を浮かべてこちらを窺っていた。
微笑んで手招きをしてやる。表情を変えずに娘は駆け寄ってきた。
「ユキちゃん、どうして去年サンタさんに会ったことを黙っていたの?」
そっと抱き寄せるように頭に触れる。
「え、でも……」
とユキはサンタを気にする。
「だから本当にサンタさんだったんだよ。ちゃんと朝にはプレゼントを届けてくれたでしょう?」
「だって……」
「あ、そうか。ベランダから現れたから疑っているのね。それはママがお願いしたの。お仕事でいないから玄関に届けてもらっても受け取れないでしょう? だからベランダから入ってユキの枕元に置いてくださいと頼んでおいたんだ」
「そうか」
ユキの笑顔が弾けた。

彼が何をユキに話したかはよく分かっていた。「サンタがウチにやってきた」は一度しか見たことがないけれど、一番好きなWCのネタだ。きっとあの台詞を使ったに違いない。
「そうだよ。ユキは本物のサンタさんに会ったんだよ」
「……お母さん、どうして泣いているの?」
ユキに言われて初めて自分の頬を涙が濡らしているのに気付いた。
「どうしてかな。泣くなんておかしいね」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。そんなことより、今年はサンタさんは忙しいから、代わりにこのお姉さんが来てくれたんだって」
「夜は暗くて怖いからちょっと早く来ちゃったんだ」
サンタが合わせる。「びっくりさせてごめんね。さぁ、プレゼントだよ」
袋から出された包みよりユキは私に伺いの目を向けた。頷き返してやる。
怖々と受け取りながらも娘は「開けてもいい?」と、サンタに尋ねた。
「どうぞ」

「――わあ、チェキアクアのお勉強セットだ。すごぉい、よくユキの欲しいのが分かったね」
「サンタクロースだからね」
「あ、そうか」
ユキは完全に上機嫌だ。ブレーキが効かなくなって中身を出そうとする。
「なくすといけないからおウチに持っていて箱から出しなさい」
たしなめると「はぁい」と言って走り去った。

「ユキの頼んだ物が本当によく分かりましたね」
「サンタですから――なんて。当たって良かったですよ。こっそり下調べをさせてもらったら、相変わらずチェキアクアのファンみたいだし、コマーシャルで盛んに宣伝しているのを選びました」
「本当にサンタクロースになれそうですね」
「あ、でも、ダブっちゃいますよね。元々はあなたがサンタなんだから用意していますよね?」
「いいえ、実は聞き出すのに失敗しまして……サンタさんへの大事なお願いだから内緒だそうです。だから用意したのはチェキアクアでもアナライズクリスタルでした。私はサンタ失格です」
「それはそれで喜ぶでしょう。ママからのプレゼントということでいいじゃないですか」

「あなた、お子さんは?」
「結婚もしていません。家族がいたらここでこんな格好はしていませんよ」
「それもそうですね」
やけにおかしくて大笑いをしてしまった。

ひとしきり笑い終えるとしみじみした感じに包まれる。
「それにしても不思議ですね、真実を知らないままあの人と娘が出会っていたなんて」
「出来すぎた偶然だけどそれくらいあってもいいですよね、クリスマスなんだから」
サンタは「それじゃあ」と言って立ち上がった。
「待ってください」
私は咄嗟に呼び止める。「あの人はどうして亡くなったのですか」
「……不慮の事故です」
彼女は背を向けたまま答えた。
「事故って?」
「9月の新聞を探せば載っています」
やはり振り向かない。
「やはりしっくり来ません。サンタの衣装を着ているのはユキの父親の代理で納得できます。でもそれ以前のあなたが代理を引き受ける理由はまだ説明されていません」
彼女は無言のまま歩き出した。
「まさかあなたがあの人を……」
それ以上はどんどん離れていく背中に投げ掛けるのが憚られる。





Merry X'mas



「嘘吐きは真実の始まり」第六回

2008年12月24日(水) 0時00分
彼と初めて会ったのは大学に入ったばかりの時だった。
引っ込み思案の私を見兼ねて友人が合コンに誘ってくれた。場に馴染めない私に辛抱強く話し掛けてくれたのが彼だ。
誰からも相手にされない私を同情からか落とし易いとの考えからか、敢えて狙っただろうことは当然に分かってもいた。それでも私には嬉しかったし、彼に恥ずかしいばかりに本気の好意を抱いていた。

連絡先は聞いたけれど自分から電話をする勇気は出なかった。何より彼に恋人がいることも知っていたから……。

芸人に弟子入りする為に大学を辞めたと噂で知らされた。
それから間もなくに情報誌で多くの若手芸人と写る彼の顔を発見した。私は瞬く間に夢を叶えた彼に尊敬と憧憬を抱き、再び想いを強くさせられた(デビューについては実力より師匠の影響力が強かったのが本当らしいが)。
さすがに毎日とはいかないまでも月に一度は大阪の小劇場まで彼に「会いに」行った。勿論近くに「凱旋」すると察知できれば欠かさず出掛けた(ほとんどが小さなイベントの司会や添え物程度の仕事だったが)。

そしてあの日、若手芸人が舞台を終えた後に集まるという、居酒屋に私は意を決して足を踏み入れた。
彼はやはり私を覚えていなかった。それでも地元や共通の知人の話題で通じることができた。
居酒屋を出ると私は誘われるままにホテルへ行った。
彼がカケラの恋愛感情も抱いていないのは分かっていた。そしてしたたかに酔っている彼が翌朝になれば私をまた忘れてしまうことも――。
それでも私は最上の幸せに包まれていた。

至福の時は夜明けまでは続かなかった。果てて眠りこけている彼の携帯電話が鳴り、彼が飛び起きると共に私の夢も終わった。
私はささやかな「爪痕」を残したつもりだったけれど、当然のように彼とは一夜限りの関係になった。

三ヶ月後に私は妊娠していると知った。望んでいた一方で恐れも感じて、兆しが感じられてもすぐに確かめようとはしなかったのだ。
私は宿った生命を産み育てると決めていた。それを積極的に彼に伝えるつもりはなかった。また運命の糸が二人を巡り合わせてくれたら告げよう――と。

頼れるツテもない日々に挫けそうな時もあったが、仕事から帰って来て点けたテレビで果敢にバンジージャンプなどのバツゲームに挑む彼を見付けて、気持ちを奮い立たせてきた。
彼がテレビから消えて二年になるだろうか。直後に所属事務所のサイトで彼がクビになったのは察せられた。寂しさはあるものの私には充分な支えができていた――ユキがいる。

しかし……。

彼が亡くなったと知ってから、正直頭は真っ白というより胸中に空虚な闇が広がっていた。彼女のペースに乗せられながらも会話を続けているのが奇跡に思える。

「――あの人もユキのことを気付いていたのですか」
「残念ながら一粒種がいるなんてあいつは思いもしないままだったでしょうね」
「ではなぜ? 彼が気付かないままだった真実をどうしてあなたが知っているんですか」
「あいつが死んですぐに、とりあえず貯金箱を返すつもりでここに来たんですよ。それで間違って別の人に渡してはいけないから、慎重に受取人を確認することにしました。そうしたらあなたの顔に見覚えがあった」
「だからどうして?」
「あなたは『あの夜』にあいつのケータイで写メを撮ったでしょう」
「ええ……」
それが私が残したせめてもの「爪痕」。眠りこけている彼に寄り添って写した。何かの折に見付けたら私を思い出してくれるのではないかと――。
「あれを見たんですよ。もっともデータはあいつが気付かない内に削除させてもらいました」
「そうだったんですか」
結局私を思い出してもらうチャンスはなかったのだ。
彼女は淡々と続けた。
「今にしてみれば削除するべきじゃなかったと反省しています。私達はあの後すぐに別れたのだし、あいつはあなたとだったら上手くいったのかも知れない」
「どうでしょうね。それにしても写メを見たのは一度きりだったのでしょう? よく私の顔を覚えていましたね」
「あいつはどうしようもない女好きで、それこそ写メを残していた相手も何人もいましたが、私もいちいち記憶はしませんでした。キリがないし覚えるだけシャクだし――でもあなたの顔だけは忘れられなかった、見た瞬間に『この人は本当にこいつを愛している』と思ったから。だから写メも削除せずにいられなかったんです」
「…………」
「『あの日』は私の二十歳の誕生日だったんですよ。だから何年の何月何日かまで覚えているんです。そこから計算してみたらユキちゃんの年齢とピッタリじゃないですか」
「ごめんなさいね、折角の誕生日だったのに」
「まぁ、飲み会ですっぽかされるのは予想していましたけれどね。彼の芸人仲間が親切心だか野次馬根性だかで、浮気をしていると知らせてくれたので、さすがに我慢できずに電話しちゃいました。私こそ野暮をしました」

私は多分彼女の誕生日だと知っていても――いや、知っていたら尚更積極的に彼を離さなかっただろう。そして携帯電話の電源は切ったに違いない。掛かってくるのは「野暮」な電話に決まっているから。

「嘘吐きは真実の始まり」第五回

2008年12月23日(火) 0時00分
「死んだ……亡くなった?」
思わず私は洩らしてしまった。
私の思考の隙を衝くようにサンタは早口になる。
「九月に。私は、まぁ、彼の元カノという奴です。付き合っていたのは五年ばかり前ですが、思い出したように『ヨリを戻そう』なんてメールを送ってきて――ソッコー削除しているのに――。それが今年の初めに電話をしてきて、『これが最後で構わないからどうしても会いたい』と言ったのです。アイツに似合わず神妙な雰囲気だから会うことにしました。そうしたらいきなり借金の申し込みです。『真面目に仕事を探したい、しかしその為に当座をしのぐ金が必要だ』と――まぁ、その言葉に嘘はなさそうだし、結局貸してやりましたよ。私もお人好しですよね」
「その時に去年のイブの出来事も聞いたんですか?」
ようやく頭の整理がついて私は尋ねた。
「いいえ。最後にすると言われても、借金は返してもらわないと困るし、くれてやるには額が高かったもので、月に一度は会っていました。その間に聞くともなしにイブの失敗談も聞かされて」

「あなたは彼の遺志を継いで今日も来たのですか?」
「そうなりますね」
「どうして?」
「それは一応話を聞いてしまったし、貯金箱をそのままにしておけないから。彼の私物と一緒に処分するという訳にもいかないでしょう?」
「違うんじゃないかしら」
「……違う? 何が?」
サンタは笑顔をやめて左眉を上げて怪訝そうに私を窺った。
「あなたは彼の元カノと言いましたよね。付き合っていたのは五年前とも」
「そうですよ」
「そしてついさっきも借金を返してもらう為に会っていたという言い方をした。つまりヨリを戻した訳ではないと聞こえましたが?」
「おっしゃる通りですよ。彼にはもう恋愛感情は抱けなかったです」
「では友情がありました?」
「友情があれば借金の返済を理由にしなくても会っていたでしょうね」
「やっぱり。あなたの説明ではかなりドライな関係だったように聞こえましたから。だとしたら、貯金箱を返しに来るのはともかく、わざわざクリスマスイブの昼間にサンタクロースの衣装を着てまで遺志を継ぐ義理はないんじゃないかしら。和式さんが亡くなったのは9月でしょう? その直後にでもユキに返しに来れば良かったではありませんか」

彼女はクスクスと笑った。
「成程、ユキちゃんの推理力はお母さん譲りなんですね」
「はぐらかさないでください」
「お互い様でしょう?」
ふざけているみたいに彼女は返した。
「何のことです?」
「あなたは嘘を吐いた」
「私がいつ嘘を吐いたと?」
「下田洋式・和式を知らないと言いました」
「……そんなコンビは知りません」
「そうか。コンビ名はWCが正しいですからね」
「そういう意味じゃなくて」
「私はマンションに忍び込んだのは世渡り下手なボケとしか言いませんでした。どうして彼の芸名が下田和式だと分かったんですか」
「洋式か和式の二つしかないのだから偶然当たっただけでしょう」
「私は下田洋式・和式と言ったんですよ。当てずっぽうで口にするならば、下田には洋式と繋げるのが自然じゃないですか」
いくらでも言い抜ける隙はあるが、必死で言い抜けなければならない理由も浮かばない。
「あなたこそ素晴らしい推理をなさる――いいえ、私があなたの仕掛けた罠にはまっただけですね」
「罠だなんて人聞きの悪い」
「だってそうでしょう? 何もかも承知の上であなたはWCを知っているかと聞いたのだから」
「確信がないからカマを掛けただけです」
「――やっぱり分かっているんですね?」
「そうなんですか?」



「そうです。ユキの父親は下田和式さんです」


「嘘吐きは真実の始まり」第四回

2008年12月22日(月) 0時00分
ユキの言葉に身体がぞわっとした――この女はユキの知り合いではない?

当のサンタは全く動じる様子もなく、寂し気に微笑んで「見習いのサンタさんだよ」とユキに応える。それで納得できるほど単純でもない娘は答えを求めて私を見た――と、猫の貯金箱に気付いて「あっ」という色を浮かべ、再びサンタに視線を向けて首を傾げる。

謎を解こうと私が言葉を発するより早く、サンタは口を開いた。
「じゃあね、ユキちゃん。お母さんと仲良くするんだよ」
背を向けてすぅっと去る。



ユキに先にウチに帰っているように言い付けて、私はすぐにエントランスを飛び出した。

心配するまでもなくサンタは消えていない。敷地内のベンチに腰掛けていた。両手で顔を覆うようにしていたけれど、気配を感じてか、そばまで行くと頭を上げる――まぶたが濡れていた。
私は気付かない振りで、「やっぱりあなたに説明してもらいたいですね」と言う。
「娘はサンタに心当たりはあってもあなたを知らないようだから」
「ごめんなさい」
彼女はまず、まぶたを左手で拭いながら返した。

私が隣に座るとサンタは意外な切り出し方をする。
「下田洋式・和式という漫才コンビを知っていますか」
「……さあ。最近はブームだかで次から次にそういう人達が出てきますから、名前を言われても分かりません」
「そのブームに乗り損ねた漫才師ですよ。二年ばかり前に事務所からも解雇されて、ソツがないツッコミは他で拾われましたが、世渡り下手なボケは職を失いました」
「まあ、気の毒に」
「元芸人なんてツブシが利かないから求職もままならず、結局彼はこのマンションで泥棒を働こうとしました――丁度一年前、クリスマスイブの夜に」
「…………」
「ところが忍び込んだ部屋の子供に気付かれてしまいました。ただ幸いなことにサンタクロースの衣装を着けていた彼を女の子は本物だと信じたようです」
「でも泥棒だからプレゼントは持っていなかったんでしょう?」
「そこは腐っても芸人、口先で上手く切り抜けた――と思ったのも束の間、最後の最後にやはり女の子は偽物だと見抜いたのです。賢いお嬢ちゃんですね」
「そうかしら」
満更でもない気持ちが口調の端に出てしまう。
「正体を見抜いても面と向かって質したりはしなかったんですよ。あくまでも気付いていない振りを装って手紙を渡しました」
サンタはポケットから折り畳んだ紙を出した。折り込み広告のようだ。受け取って広げると裏に紛れもないユキの筆跡が並んでいる(今はもう少し上手かな)。

手紙にはどうやって正体を見破れたかに始まり、泥棒だと気付いた自分は殺されるのではないかという不安が綴られていた。
「どうかゆきをころさないでください
ゆきがいなくなったらママがひとりぽっちになっちゃうから」
と書いてあるのにはホロリとさせられもする。
猫の貯金箱は命乞いの為に渡されたらしい。

頃合いを見てサンタは言う。
「彼の名誉の為に言いますが、勿論彼はユキちゃんを殺そうなんて考えもしていませんでしたよ。しかし手紙を読んで猛省し、もう一度本気でやり直そうと決意したようです。そして一年後には正真正銘のサンタクロースとしてプレゼントを届けると共に貯金箱を返しに行こうと誓いました。
実際に彼は気に入らないと避けていた仕事も選り好みせずに働いて、借金の返済やらで苦しいながらもプレゼントの為に少しずつお金を貯めていきました。だから本当はプレゼントも用意してあるんですよ」
サンタはまだ中身のしっかり入っている袋を掲げた。
「でもあなたは『彼』ではありませんよね? そういう手術を受けたとも思えないし」
「そうですね」
「どうしてその下田和式さん本人が来ないんです?」
立ち直ったと言いながら、結局警察の世話になるようなことをして、刑務所暮らしをしているのではないか――そんな想像をよぎらせつつ聞いた。

サンタは相変わらずの笑みにわずかな峻巡の色をにじませる。
「彼は……彼は死にました」

「嘘吐きは真実の始まり」第三回

2008年12月21日(日) 0時00分
つい振り返ると相手はバツが悪そうに、それでも「ユキちゃんのお母さんですよね」と繰り返した。
「……あなたは?」
考えようによってはこれほどの愚問もない。衣装が雄弁に身分を明かしている。案の定、相手は「サンタクロースです」と、やはり気まずそうに答えた。
瞬時に「どこのサンタさんですか」とか「本当の名前は」とか、様々な反問が頭の中を飛び交ったけれど、どれも口に出す気にはなれない。結局「何かご用ですか」と聞いた。

「その……ユキちゃんとお話ができれば早いのですが……」
「ユキはいません」
ちょっと警戒心が湧いて強いてきつく返す。しかし相手も動じない。
「はい、コミュニティセンターのクリスマス会に出ているようですね」

本当に何者だろう。
まだ日の高い時間にサンタクロースの格好をして娘を待ち構えているらしい。しかし変質者には見えない。例えばユキを拐うつもりとかならば、私に話し掛けはしないはずだ。
もっと言えばユキに用事があるのならば、エントランスよりもコミュニティセンターにいればいい。つまり、このサンタは私に了解を取ってユキと話そうとしているように思える。

「ユキに何の用ですか」
こう聞くしかない。
サンタは「う〜ん」とわざわざ声に出して思案を始める。

やがて意を決したようにサンタは真面目な表情で私を真っ直ぐに見た。
「去年のクリスマスにユキちゃんは何か話しませんでしたか」
「え……何かって……」
質問の意味が分からない。「あなたのことをですか」
「いや、まあ、サンタクロースについて変なことを言ったとか……」
「いいえ」
「本当に?」
「はい」
「急にサンタクロースの存在について思想が変わったとかいうことはありませんか」
「おっしゃる意味が分かりませんけれど、ユキは去年も今年も変わらずにサンタクロースを信じていますよ」
本心はともかく表向き娘のサンタクロース観は変わっていないはずだ。

サンタはまた思案気に腕を組んで「そうか、ちゃんと約束は守ったんだな」と呟いた。
見えない話に私は次第に苛立ちを覚える。
「去年あなたと娘の間に何かあったんですか」
するとサンタは「やっぱりユキちゃんには会わずに帰ります」と言い、背中の袋を前に抱えて中を探った。
「これを返しておいてください」
と差し出したのは猫の小物。一目見て私ははっとする。それはユキの使っていた貯金箱だった。

大事にしながらもせっせとお金を入れていたが、今年の初めから見当たらなかった。娘に尋ねても「分からない」「どこかに行っちゃった」と答えるばかり。お金に関わることなのできつく問い詰めもしたが、泣いて「知らないもん」と繰り返すだけだった。
その後にお菓子の空き箱で貯金を始めたようだから、結局新しい貯金箱を買ってやりうやむやになっている。

「どうしてそれを?」
「サンタクロースがお礼を言っていたとお伝えください。そうしたらきっとユキちゃんが話してくれるでしょう」
サンタは足早に去ろうとした。丁度そこに小さな影が駆け込んでくる。

「お母さん、ただいま」
ユキだった。「買い物に行っていたの?」
「そうだよ。そうしたらこのサンタさんがいたの。サンタさんがユキちゃんとお話がしたいんだって」
私の言葉で初めて気付いたようにユキはサンタを見た。きょとんとした目でサンタをしばらく眺めてから、不思議そうな色を変えることなく洩らす。



「お姉ちゃん、誰?」


「嘘吐きは真実の始まり」第二回

2008年12月20日(土) 0時00分
去年のクリスマスはイブも含めて、夜は娘と一緒にいられなかった。勤めているスナックが忙しくなり、とても休ませてほしいとは言えなかったのだ。
幸いユキもそういう事情を理解してくれている――少なくとも表向きは――。夜が駄目な分、昼間にできる限りのことをしたつもりだ。

しかし今年はママが「イブはユキちゃんと過ごしてあげなさい」と言ってくれた。
「ユウちゃんが頑張るって言っているからさ」
笑顔のママの後ろから当のユウも「どうせ私達はひとりぼっちのイブですもんねぇ」とおどけて言った。
ユウが恋人と別れたのはまだ一月も前ではない。二股を掛けられているのに気付いて「私とあの娘のどっちを選ぶの」と詰め寄ったら、あっさり去られてしまったらしい。

ともあれ心遣いに甘えることにして、今日はユキとのクリスマスパーティーの準備に走り回っている。
それにしても、娘は私と二人きりのクリスマスをどう思っているのだろう。私がマンションの他の住人ともっと交流をしていれば、誰かと合同で盛り上がることもあるのかも知れない。しかし私は元から人付き合いが苦手なこともあり、どうも周りから浮いてしまっている。

ユキには最初から父親がいない。当然私が娘を身籠る原因になった相手はいるのだが、それは結婚を約束した男でも恋人でもなかった。端的に言って行きずりで体を交わしたのだ。だから相手は私が妊娠をしたのは知らないし、恐らく私と一夜だけでも過ごしたことを覚えてはいないだろう。
それでも私はその男との間に宿った命を産みたいと思った。お陰で実家からは勘当されたけれど後悔はない。なぜなら私はやはり「彼」を、そして授かった娘を愛しているからだ――いや、正直男への気持ちはさすがに薄くなっているけれど、ユキとの暮らしは幸せに満ちている。

しかし、シングルマザーの事情を詮索したがる人は多く、また既に述べた事情であればやたらに明かすこともできずに、いつか私はマンションで孤立同然の状態になっていた。きっとユキの父親は、ろくでなしで刑務所に入っている男か、私が何人もの男に体を許して誰だか分からないのだ、と噂されていることだろう。
ただ、幸いユキは可愛がられているみたいなので、私はどう見られようと気にしていない。



時計を見ると午後3時には辛うじてなっていない。良かった、ユキはまだコミュニティセンターのクリスマス会を楽しんでいるだろう。
ケーキを崩さないように神経を使いつつ、よたよたと自転車をこいで、何とかマンションに着いた。

――やっぱりスクーターぐらいあった方がいいかな。
叶うものならばサンタクロースにお願いしたいものだ――などと考えながらエントランスまで来たら、本当に赤い帽子に赤いコート、白い袋を背負った人がいて、ちょっと驚く。しかもサンタは私が入ってくるのを目で追っているようだった。
サンタに知り合いはいない。変に目を合わせても気まずいから視線を逸らしつつ、私はオートロックを解除しようとした。
その時、背後から声がする。

「ユキちゃんのお母さんですよね」

「嘘吐きは真実の始まり」第一回

2008年12月19日(金) 0時00分
(カテゴリー「クリスマス」内の「嘘吐きは泥棒のおしまい」を熟読の上で読まれることをお勧めいたします)



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――チキンは買ったでしょう。ケーキもあるし……でもやっぱり大きいな。
一番小さいサイズを注文した。しかし一ホールは一ホールだ、娘と二人きりで食べるには量がある。
かといって、折角のクリスマスにショートケーキで済ますのはしのびない。
――ユキのお友達に分けるって訳にもいかないよね。どこの家でもケーキは食べるだろうからな……。
アフタークリスマスパーティーなんて誤魔化してみても素直な子供達は乗ってこない。

――いけない。クラッカーを忘れていた。
パーティーからの連想で思い出す。去年は完全に忘れていて娘の機嫌を損ねてしまい、慌ててコンビニに買いに走った。
娘はクラッカーが好きだ。私はどうも破裂音は風船でさえも苦手だけど、娘のユキは華やかな感じがして楽しいらしい。誰に似たのだか……。

去年はサンタクロースにもお裾分けをするとかで、ベランダに仕掛けを作らされた。サンタがやってきて糸に足を引っ掛けたらクラッカーが鳴るようにしたのだ。夜中に鳴ったら迷惑だろうとは思ったものの、現実に鳴るはずもないのだから娘の夢を優先してやることにした。

――あれ? そう言えばあの仕掛けはどうしたっけ。

片付けた覚えはない。あの翌日に洗濯でベランダに出たはずだから残っていれば気付いただろう。
――サンタが来ないことに失望してユキが片付けたのかな。
確かにクリスマス辺りからしばらく、娘の元気がないような感じはしていた。しかし確かめると、笑顔で「別に何でもないよ」と応えるので、私もそれほど気にはしていなかったのだ。

それにサンタクロースは来た。勿論私が枕元にプレゼントを置いたのだけど、朝起きてユキは嬉しそうに報告してくれた。だからユキが黙って仕掛けを片付けたとは考えにくい。「サンタさんが来たのにクラッカーは鳴らなかったね」とか言いそうなものだ。

――きっと風に飛ばされたのね。
そう納得して私は玩具売り場に向かった。

「嘘吐きは泥棒のおしまい」最終回

2007年12月25日(火) 0時00分
全く冴えない。
こんな格好をしていて今日が何日なのかも分からなくなっていたとは――。
収穫と言えば小さな貯金箱。振ってみても軽い音が響くだけだ。

(おっと、もう一つ貰ったものがあったっけ)
俺は広告の紙を出して広げた。



「おじさんはほんとはサンタさんじゃないんでしょ
だってサンタさんはゆうびんやさんみたいにげんかんからくるんだよね
でもおじさんはべらんだからきたもん

おじさんはわるいひとですか
にゆうすでどろぼうのかおをみたこどもがころされたといってました
ゆきもころされるの

どうかゆきをころさないでください
ゆきがいなくなったらママがひとりぽっちになっちゃうから
おじさんのことはだれにもいいません
やくそくします
ママにぷれぜんとをかおうとおもっていたおかねもあげます
だからゆきをころさないで」



(殺す訳がないじゃないか)
読んでいる間に涙がこぼれ続けていた。頬を伝う雫がやけに温かい。寒風にもそいつだけは凍り付きそうになかった。

(サンタが来たって言わなきゃいじめられるんじゃないのか……どうせ素顔を見られた訳じゃない、どんどん自慢しろよ)

俺は冷えた心が事実を歪めていたのに、ようやく気付いた。
別にあの母娘だって裕福ではないのだ。防犯設備の整ったマンションに住んでいるのも、幼い娘を一人にして働くしかないからだろう。その為に、広告をラクガキ帳にしたり、クリスマスの装飾を折り紙で間に合わせて、精一杯切り詰めて生活しているに違いない。そんな母親を見ているから、ユキも他人に気を遣うことを覚えて、なけなしの貯金をくれようとしたのだろう。

小銭がずっしりと重くなった。

俺は付け髭を外して涙を拭う。
(やっぱりサンタが来たと話すのは一年待ってくれ。今度は堂々と玄関からプレゼントを届けに行くから)

力強く歩き出した俺の前途は、イルミネーションで案外に明るく彩られていた。





Merry X'mas

「嘘吐きは泥棒のおしまい」第六回

2007年12月24日(月) 0時00分
少女は「サンタさんは日本人なの?」とか「普段は何をしているの?」とか、素朴な疑問を次々にぶつけてきた。ひとしきり聞いてネタが尽きたところで、ようやく「プレゼントは?」と言う。

「いけない、忘れてきてしまった」
「サンタさんはあわてんぼうだなぁ」
笑ってから「♪あわてんぼうのサンタクロース」と歌い出した。ちょっと調子外れだがそれも愛嬌だ。

「プレゼントを取って来るからちゃんとベッドに入って待っていなさい」
もう皆も寝静まっただろう、そろそろずらかるとしよう。手ぶらで帰るのは惜しいが、モタモタして捕まってはシャレにならない。
「はぁい」
少女は素直にベッドに入った。
「それから、すぐにプレゼントが見付からないかも知れないから、我慢せずに眠るんだよ」

「サンタさん、ユキのお願いが何か覚えている?」
そんなことは知る訳がない。厄介なことを聞く。それとも俺を試しているのか。
ここまで誤魔化してきたのだ、何とか騙し通そう。
「……おやおや、こいつは益々いけない。願いを書いたメモまでどこかにやってしまったらしいぞ」
「本当にドジだなぁ。チェキアクアのなりきりセットをお願いしたんだよ」
少女はカケラも疑っていないようだ。
「そうだそうだ。『あなたの悪事は澄んだ水のようにお見通しよ』だな」
「すごい。よく知ってるね」
「子供の好きなものを知っているのは当然だよ」
流行りを押さえておくのは芸人の基本だ。

俺は行きかけてふと気になった。
「ところでベランダにクラッカーはまだあるのかな」
うっかりまた鳴らしたら元の木阿弥だ。
「ううん、一個だけだよ」
「あれは何だい? ちょっと驚いたよ」
「ごめんなさい。サンタさんに喜んでもらおうと思ったんだけど……」
成程、歓迎の祝砲だったのだ。分かってみれば他愛もない。
「勿論嬉しかったよ。でも少し近所迷惑かな」
ありったけの微笑みをくれて「おやすみ」と告げ、部屋を出る。

ところが、カーテンをよけてサッシに触れた時、部屋のドアが開いた。振り返ると、少女が扉に右半身を隠すように立っている。ほんの30秒ばかり前の打ち解けた笑顔はどこへやら、心なしか緊張した面持ちだ。

「どうしたんだい?」
「あ……あの……ユキのお願いを書いて渡すから待って」
「そんなことはしなくても……」
止める間もなく少女は部屋に戻ってしまった。これでは下手に立ち去ることもできない。ロープを伝い上っている最中にメモを持って来られたらおしまいだ。

少女はやけに時間を掛けて姿を現した。部屋に電話がないのは確認しているので、少なくとも通報はされていないだろう。

「はい、これ」
折り畳んだ広告の紙を渡される。裏の白いのをラクガキ帳にでもしているのだろう。案外に貧乏臭いことをしている。
「ありがとう」
「それからこれも持って行って」
少女はネコの人形を差し出した。後頭部にスリットが入っている。
「これは……貯金箱じゃないの?」
「うん。あげる」
「いや、お金を貰う訳にはいかないよ」
「いいの、あげる」
少女はぷいっと回れ右をして、「ちゃんとベッドで寝てるから」と部屋に駆け込んでしまった。

どうしたのだろう。俺が部屋を出た途端に態度が変わった――まさかバレたとも思えない。サンタクロースとの別れを寂しがっているだけか。

最後の最後にしっくり来ないがとにかく立ち去ろう。

「嘘吐きは泥棒のおしまい」第五回

2007年12月23日(日) 0時00分
サンタだと?
「いや、俺は……」
否定しかけて自分の姿を省みる。
赤い帽子に赤いコート、ズボン。ご丁寧にヒゲまで付けている。部屋に入る時に無意識に脱いだスニーカーはともかく、確かに俺はサンタクロースだ。

サンタクロースだと思い込んでいるのならば好都合、話を合わせてしばらく時間を稼ごう。

少女は一人で喋り続けていた。
「たけぴん君はユキにはパパがいないからサンタさんは来ないって言ったけど、やっぱり来てくれた」
「たけぴん君は友達だね」
ユキはぷっと膨れる。
「あんな子は友達じゃないよ。すっごくイジワルなんだもん。ユキがサンタさんの話をすると『バァカバァカ』っていじめるんだよ」
「どうしてたけぴん君はそんなことを言うんだろうね」
「サンタクロースなんかいなくてパパがプレゼントを置いているんだって言ってた。だからユキにはサンタさんになる人がいないからダメだって」
言われた時の悲しみを思い出したように表情を曇らせる。
「ちゃんと来たよ」
少し演技を忘れて応えてしまった。すると少女は「うん」とにんまり頷く。
「でも、たけぴん君はパパがプレゼントを置いたのを見たって言ってたよ」

俺は枕元にクリスマスカードがあるのに気付いた。それを手に取る。
「それはこういうことさ。おや、このカードには切手が貼ってあるね」
「うん。おじいちゃんが送ってくれたの」
「おじいちゃんが持ってきてくれたのかい?」
「違うよ。郵便屋さんが届けてくれたんだよ」
サンタの「間違い」がさもおかしそうに笑った。
「ユキちゃんは郵便屋さんからカードを渡してもらったの?」
「違う。ママがカードが来てるって教えてくれたの」
「じゃあママが郵便屋さんなのかな」
「ママはホステスさんだよ」
ちょっとイラッとした口調になる。
「そうだね。ママがカードを渡してくれても、ママが郵便屋さんという訳ではないだろう? ましてや郵便屋さんがいないなんてことにはならないじゃないか」

少女は理解ができないのか、言葉もなく首を傾げている。俺はとりあえず続けた。
「枕元にプレゼントを置いたのがパパだとしても、それはサンタクロースがいないことの証拠にはならないんだよ。郵便屋さんや宅配便みたいに、玄関でサンタからパパがプレゼントを預かって子供のベッドまで運んでいるのさ」
「どうしてサンタさんがベッドまでプレゼントを持ってきてくれないの?」
「最近は世の中が物騒だから、サンタの振りを……」
ちくりと胸が痛んで言葉が詰まった。
「どうしたの」
「いや……最近はサンタの振りをして悪いことをする人がいるから、パパやママも用心をして家に上げない場合があるんだよ」
「ふうん」

大真面目な顔で聞きやがって――ウケないはずだ。
知らず語ったのは、去年のクリスマス・イベントに用意した漫才のネタだった。思えばあれから運に見放された気がする。

(せめてコントにできれば良かったんだ)

弟子入り志願に行ったのは、司会として活躍している元漫才師だった。漫才ブームの頃の映像を見て衝撃を受けたからだ。しかし、「自分はもう漫才をしていないから」と、兄弟子にあたる人を紹介された。
師匠はしゃべくり漫才で天下を取った人だった。だから、俺達にもステージでは王道の漫才以外を演じることを禁じたのだ。
プロフィール
  • ニックネーム:たけぴん
  • 誕生日:8月1日
  • 血液型:A型
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