考え方一つ。

September 28 [Wed], 2011, 3:01
まじめな日記。日記は振り返って自分の「その都度の感覚」を振り返ることができるので個人的には好きだ。自分用にしか書いてないのであまり閲覧には向いてないのであしからず。たった今、羽田空港にいた。理由は転勤前の引越しのためで、俺にとって3回目の転勤であって3目の勤務地だ。思い返せば会社に入ってもう4年。短く感じるようで中身の濃い勉強になる期間だった。楽しいこと、自信になること、辛かったこと、多くのことがあった。その都度なんとか過ごしてこれたのは周りの支え然り、自分の努力も然りだと思う。辛かったことに焦点を当てると、この1年間は本当に辛かった。生まれてこんなにきい思いをしたのは初めてだった。今後これ以上のことが起こる可能性は早々ないだろうが起こりえた場合、「死にます。ファイナルアンサー。」と胸を若干張っていえるだろう。転機は昨年の秋、2回目の異動の時だった。本社勤務。激務といわれる所属だけど、少しばかりの期待を周囲から感じ、自分の中にも「がんばろう」というポジティブ精神と新しい刺激があるという胸の中に期するものが少なからずあった。着任すると同時に戦慄した。「人は駒であり、打ち手。それ以外は不要だ。」といわんばかりのパワフルか激務過ぎる所属だった。あるときは会社の駒になりも、それら自身が考えながら動く。文章にすると簡単だが、これはなかなか難しい。初めて働くわけでもないので当面はこの言葉を忠実に実行できるように努力した。とりあえず睡眠時間も少なく、眠い。昼間は眠気も吹き飛ぶほど忙しかった。飯も食いたくなく、トイレも行くのが惜しかった。本社で働く前に心がけていたことというか、働く上での自分のモットーである「客観的に物事を見て、適切に動く」ことは押し寄せる業務に忙殺され、睡眠不足やストレスから来る体調不良のために、いの間にか目標から理想へと悪い意味でランクアップした。自分も見失った。イライラした。「俺ってなんて使えねえんだ」「周りは」「俺ばっかこんな目に」ありきたりな泥沼だった。自分への失望と周りへの失望、いろんなものが入り混じって地に足は着いてなかった。家に帰る気もしない。酔っ払いにキレる。散々だった。公園で何時間も考え込んだ。「ハチは暗闇でなければ蜜を作らぬ。脳は沈黙でなければ思想を生じぬ。」イギリスの作家トーマスさんまさにそのとおりですトーマスさん。沈黙から程遠い状態にあった俺の脳は、思想を生じぬばかりか思考をやめようとしていた。今思えば、自分を省みることのできぬものに、人との調和を図る余地などなかったように思う。そうして自分と環境に浸かり、嵌り、いに溺れた。体も壊れて、「精神衰弱番付絶賛単独首位」だった。そんなときに唯一に近い気晴らしの土日、車が白煙とともに逝った。完全にキレた。生まれて初めて「くそやろうが。」と道端で叫んだ。便意を催したが近くに店もなく、床屋の親父に頼んだが拒否された。そこでもキレた。半ば強引に借りて、爆心地にしてやった。白いぴかぴかのトイレにわざと浅く座ってこびりけた。正直、そのときは楽しかった。そうしてその日の午後、ぶちぎれた俺は上司に電話した。上司は冷静、翌日会う時間を設けてくれた。いろいろぶちまけた。悔しかった。「俺は、俺は」だった。正直ガキだった。実家に帰ることになった。休息が必要だった。病院にいった。案の定体は壊れていた。自暴自棄になりながら、無為な時間ばかりすごした。十年以上ぶりに実家での生活。まったく落ち着かない。ここも俺の家じゃねえのかよ。そんなこと考えた気がする。通院した。先生がいい人過ぎて、いろいろ話してみようという気になった。3ヶ月かかった。人に冷静に相談できるまで。結局社会なんて誰も助けてくれない。実際そう。助けてもらう時間があれば、自分で立ち上がったほうがいい。みんな自分で精一杯だから。でも夏くらいからその認識は大きく変わる。俺は客観的に、人のために仕事してきた。ミスをせめても、後輩の人間性を否定したことは一度もない。評価だけのためじゃなく、環境のために動いてきた。かっこけじゃなくて、自分のためだけに動くことに魅力を感じなかった。多分そういう人間なんだろう。サッカーで言う長谷部だよその長谷部振りが評価されてたのか、本社で働く前の鹿児島には俺のことを気にかけてよくしてくれる人が何人かいた。実の息子のように接してかわいがってくれたおばちゃん。いろんなことを教えてくれたおじちゃん。とは違うおじちゃん、おばちゃん。低脳ながらも慕ってくれた後輩。いろんな人と話しているうちに気づいた。「人は助けてくれないけど支えてくれる人もいる」人のためだけに仕事してるようで、自分がぶれてしまった。そう考えていた俺にとってこれはすごくうれしかった。人のために仕事してきたことで、自分に糧として戻ってきたことがおおくあることに、気づけていなかった。そういうことに気づけたのもこの半年の休養があったからだった。現実的に復職を視野に入れることができ、それに向かって動くことができたのも周囲の支えや休息があったからだった。そういう環境をいやな顔せずに作ってくれた家族に感謝した。そうして復職することになって、広島の福山ではたらくことになった。また1からのスタート。「いやだいやだ」で辞めても繰り返す。弱い人間だから自分がそうなりそうなことくらいわかる。それだったら「いやだけど」って考えたほうがマシだし頭悪いからまたがんばったほうが性に合ってんだろうし。仕事で判断してもらえばいい。細かいことは気にしないようにする。いろんな決意ができた。それと同時に、自分がわがままいって仕事を空けたことの責任をとらないといけない。そんな覚悟もできた。たいしたことはできないけど、これから自分らしくがんばることが一番の責任のとり方だと思う。結局働かないと飯は食えねえ。人生最後の甘えにしたい。辛いときに助けてくれるのは人であり、その人の言葉に耳を傾ける自分。そう感じた。最後に、この期間いろいろな本を読んだが新聞以外でためになったのは「心を整える。」著者:長谷部誠(サッカー日本代表キャプテン)変な哲学本よりこっちのほうが伝わった。ネットの情報は主観が入り混じっていて必ずしも真実とはいえない。けど核心を突いてることも少なくないので参考程度には取り入れた。上の長谷部さんの本はとても読みやすくてためになったので迷ってる社会人諸君、学生諸君、読むと面白いかも。今から引越し準備だ最後むかく先輩一発くらい殴って転勤しようかと正直リアルに計画練ったんだが、今回は見送ろう。あんなやにはなりたくねえ。それだけで十分。また仕事がんばろう。社会人の諸君もがんばろう。悩んだらさ、ホラ長谷部いるから。これで解決。finelog.jp 悪質
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