こばはー、alphaleo です。
昨日の記事で 「HUMMER」 を取り上げた訳なんですが、書き方が少し悪かった点もあったので、ここで言い訳をしたいと思います。
ミリタリマニア、軍事オタク、呼び方はどうでも良いのですが、こういった人々が、時として、兵器を賛美するがごとき言動を垂れ流してしまうのには、それなりの訳があるんです。
初めに申し上げておきますが、ミリタリオタク、少なくとも私は、戦争が好きなわけではありません。
「お、俺は、じゅ、銃をぶっ放したいんだ!!!」
などという妄想すら持っておりません。
あ、モデルガンを使用した、サバイバルゲームならやってみたいとか思いますが。
とにかく、「人を殺めたい」 とか、「戦争の道具としての兵器」 が好きなわけじゃないんです。
では、何に惹かれるのか?
もちろん個人差はありますが、私的には
「機能美」 というモノに惹かれてしまうのです。
私は、機械屋として、設計に携わってきた経験があります。
いわゆる、民間用の機械には、とてもとても大きな制約があります。
それは、
コストです。
少しニュアンスが違いますが、良い性能を持ったものを作るのは、環境さえ整えば意外と簡単なんです。
「高価で良いものを作る」
技術屋にとってはとてもやりがいのある仕事ですが、正直言って、民間ではほとんどそういう仕事には巡り合えません。
今の時代に望まれるのは、「安くて良いもの」 なのです。
これが技術屋を苦しませるものなんですが、今回は趣旨から外れるので深くは触れません。
さて、兵器とは、一体どういう性質を持つものでしょうか?
実は、上記の民間用の製品とあまり変わらないところもあるんです。
数を多く配備するためには 「安くて、作りやすい構造」 の物が良いですからね。
ところが、出来上がったものが、敵を撃破出来る性能を持っていなければ、それは兵器としては失格です。
例外はありますが、兵器は時として、コストよりも、その性能に重点が置かれるようになるわけです。
そして、軍から提示された 「過酷な条件」 をクリアするべく試行錯誤し、完成したものには、性能を達成するために、一切の無駄を捨て、研ぎ澄まされた刃物の切っ先の如き美しさ、すなわち
「機能美」 が発露する事が、ままあるのです。
例えば、第2次世界大戦でのドイツの陸軍兵器たち。
同じく日本の海軍兵器たち。
どちらも敗戦国の兵器ですが、予算、国力の関係で、「量より質」 を重んじた結果、そういったものにしか宿りえない、機能美を持つにいたったのです。
当時のアメリカ軍は、その真逆、すなわち 「質より量」 を選択したため、少数の例外を除き、正直言って、「美しくない」 のです。
(ただ、凄まじい工業力を持っていたため、故障等に対する配慮は最高レベルではありました)
例えば、M4シャーマン戦車、という戦車がありました。
この戦車は、採用するエンジンが最初から決まっていたこと、作りやすさを優先することを重視したため、ドイツ軍の重戦車(例えばタイガー戦車)に対しては、まったくというほど役に立ちませんでした。
アメリカ軍の指揮官たちは、1台のドイツ戦車に対して、正面に4〜5台のオトリを用意し、側面に更に数台の戦車を送り込み、それを撃破しました。
正面に回された戦車兵の心中はどのようなものだったか?
映画や小説では、こういった事は語られません。
戦争の指導者たちは、戦争に勝つ事が仕事です。
そのため、彼らは考え、実行したんですが、人命を軽視する思想からは、機能美は生まれてこない、というわけでもあるんですね。
最近、NHKにて 「零戦は欠陥戦闘機で、人命を軽視していた」 という旨の番組が放送されましたが、設計者たちがそうした考えで設計していたわけではなく、1000馬力しかでないエンジンを作るのが精一杯の、その当時の日本で、出来る限りの軽量化、空気抵抗減の工夫を凝らし、スピードと運動性で敵の優位に立ち、パイロットの命を守ろうとしたわけです。
終戦間際には、アメリカは2000馬力級のエンジンを載せた戦闘機で襲い掛かってきます。
当時の日本軍部首脳たちが、官僚的で、腰が重かったのは確かですが、技術者たちを非難するのはお門違いでしょう。
私たち、ミリタリマニアは、兵器に対して、こういった見方をします。
単純に性能だけでなく、その背後にある軍部の思想、国民性の違い、生まれた背景等、全てをひっくるめて、その兵器について語るのです。
戦争は悪です。
しかし、そこで思想を止めてしまうのは、愚かなことだと思います。
そういった思想、議論もひっくるめて、
人命のかかった戦いだからこそ生まれ得た、その悲しい美しさに惹かれてしまうのがミリタリオタク、という人種なのです。
ああ、気付けばまたしても長文ですw
しかも、熱い内容です。
まあ、私の頭の中はこういうものだと、理解できなくても、納得していただけると嬉しいです。
では今日はこの辺で。
またー。