外では蝉が鳴いていて、この山奥の短い夏を謳歌している。
土間と囲炉裏の間との境目に腰掛けて、軽く目を閉じる。
時折吹いて、家に入り込んでくる風に心地よさを見出していると……。
「暑い……」
私の横で狐が茹だっていた。
本当に、この子はだらしがないんだから……。
「ほら、妖怪なんだから、もっとシャキっとしなさい」
「妖怪だって暑いときは暑いんだよ……ってか妖怪じゃないし」
だらしなく伸びたまま、狐が顔をしかめた。
ピクン、と右の髭だけが吊り上って抗議するさまに、私はおかしさを覚えた。
「えっ、違ったの?」
「……うん」
「じゃあ、あなたって……なんなの?」
「……」
そういえば考えたことがなかった。
狐太郎は物心ついた時から私の側にいたし、ずっと弟のようなものだと思っていた。
狐はしばらく考えていたかと思うと、ふいに顔を上げて私を見た。
「……なんだろうね」
「えっ?」
予期しなかった答えに、ふたりして見つめ合ってしまった。
驚きが半分と、あきれが半分。
微妙な沈黙が流れたが、それもすぐに笑いに変わった。
「本当に、だらしがないわね」
「そ、それを言ったら菜弥だって、今まで気にならなかったんだろ?」
恥ずかしがっているのだろう。
狐太郎は顔の前で両手を合わせて、舐めるような仕草をしている。
この無意識の可愛さも、彼がこの村で受け入れられた理由なのだろう。
「だって私、あなたのことを妖怪だと結論づけてたもの」
おしゃべりする狐だなんて、聞いたことがない。
魑魅魍魎の類であることは間違いないはずだ。
「……菜弥、今すごく失礼なこと考えなかった?」
「えっ……別に。狐太郎は魑魅魍魎の類なんだろうな、って考えてただけよ」
「……それ、すごく傷ついた」
「そうなの? 格好いいじゃない」
「菜弥だって妖怪扱いされたら傷つくだろ?」
んー、と私は考える。
沙久夜はきっと私の正体を知っているのだろう。
だとするならば、私は……。
「別に、関係ないわ」
「えーっ!! でも、魍魎だったら……」
「私は私、よ」
言い切って私は腰を上げる。
湯のみに水を入れて狐に差し出すと、彼は器用に両手を使うと、一息で中身を空にした。
「くぅぅ、生き返ったー」
全身に水を行き渡らせるかのように伸びをすると、狐太郎が土間にぴょんと跳ね下りた。
「どこか行くの?」
「あぁ。日も傾いてきたし、ちょっとね。体が鈍っちゃう」
そう言って狐太郎が出て行く。
その遠ざかる姿に気が抜けてしまったのだろうか、私の意識は手放すようにするりと落ちていった。
*********
目を覚ますと既に夜だった。
幸い、狐太郎はあれから戻ってきていないようだった。
涼しい風に当たったおかげか、体調はそれほど悪くはないようだ。
(今はまだ、狐太郎にも知られるわけにはいかない……)
明りを点けると、私は無理やりに夕食を摂った。
今日も食欲はないけど、匂いに過敏に反応しないだけマシだった。
その後は再び横になって、眠れるだけ眠ろう。
明日になれば、また狐太郎が起こしてくれるはずだ……。
眠りはすぐに訪れた。
けれどほどなくして、私は目が覚めてしまった。
(夕方の半端な時間に寝たから?)
しかたなしに起き上がり台所まで行くと、私は柄杓で水を飲んだ。
ぼーっと外を見ていて、私はあることに気がついた。
*********
外に出て、私は早足に進む。
暗闇も、道の凹凸もなんら気にならない。
まるで急き立てられるように、私は村はずれの草原に来ていた。
場所を確認すると、私は倒れこむように仰向けに寝転がった。
遠くで鳴いているはずの鈴虫が、まるで頭の中で直接鳴いているような錯覚に陥りながら、私はただ星空に見入った。
天の川。
年に一度しか逢えないふたりは、まるで私たちのようで……。
あの人にも見せてあげたい。
それとも、どこかで見ているのかしら、この星空を……。
私は気の向くまま星空に左手を伸ばした。
(……届きますように。あの人に、届きますように)
一通り星空を堪能すると、私は沙久夜のことを考えていた。
(このことを知ったら、彼はどんな顔をするのかしら)
私は小さく笑うと、右手を体の真ん中に当てた。
それから私の中に宿った、誰にも気づかれないほどに小さな命を、優しく撫でた。
私の横で狐が茹だっていた。
本当に、この子はだらしがないんだから……。
「ほら、妖怪なんだから、もっとシャキっとしなさい」
「妖怪だって暑いときは暑いんだよ……ってか妖怪じゃないし」
だらしなく伸びたまま、狐が顔をしかめた。
ピクン、と右の髭だけが吊り上って抗議するさまに、私はおかしさを覚えた。
「えっ、違ったの?」
「……うん」
「じゃあ、あなたって……なんなの?」
「……」
そういえば考えたことがなかった。
狐太郎は物心ついた時から私の側にいたし、ずっと弟のようなものだと思っていた。
狐はしばらく考えていたかと思うと、ふいに顔を上げて私を見た。
「……なんだろうね」
「えっ?」
予期しなかった答えに、ふたりして見つめ合ってしまった。
驚きが半分と、あきれが半分。
微妙な沈黙が流れたが、それもすぐに笑いに変わった。
「本当に、だらしがないわね」
「そ、それを言ったら菜弥だって、今まで気にならなかったんだろ?」
恥ずかしがっているのだろう。
狐太郎は顔の前で両手を合わせて、舐めるような仕草をしている。
この無意識の可愛さも、彼がこの村で受け入れられた理由なのだろう。
「だって私、あなたのことを妖怪だと結論づけてたもの」
おしゃべりする狐だなんて、聞いたことがない。
魑魅魍魎の類であることは間違いないはずだ。
「……菜弥、今すごく失礼なこと考えなかった?」
「えっ……別に。狐太郎は魑魅魍魎の類なんだろうな、って考えてただけよ」
「……それ、すごく傷ついた」
「そうなの? 格好いいじゃない」
「菜弥だって妖怪扱いされたら傷つくだろ?」
んー、と私は考える。
沙久夜はきっと私の正体を知っているのだろう。
だとするならば、私は……。
「別に、関係ないわ」
「えーっ!! でも、魍魎だったら……」
「私は私、よ」
言い切って私は腰を上げる。
湯のみに水を入れて狐に差し出すと、彼は器用に両手を使うと、一息で中身を空にした。
「くぅぅ、生き返ったー」
全身に水を行き渡らせるかのように伸びをすると、狐太郎が土間にぴょんと跳ね下りた。
「どこか行くの?」
「あぁ。日も傾いてきたし、ちょっとね。体が鈍っちゃう」
そう言って狐太郎が出て行く。
その遠ざかる姿に気が抜けてしまったのだろうか、私の意識は手放すようにするりと落ちていった。
*********
目を覚ますと既に夜だった。
幸い、狐太郎はあれから戻ってきていないようだった。
涼しい風に当たったおかげか、体調はそれほど悪くはないようだ。
(今はまだ、狐太郎にも知られるわけにはいかない……)
明りを点けると、私は無理やりに夕食を摂った。
今日も食欲はないけど、匂いに過敏に反応しないだけマシだった。
その後は再び横になって、眠れるだけ眠ろう。
明日になれば、また狐太郎が起こしてくれるはずだ……。
眠りはすぐに訪れた。
けれどほどなくして、私は目が覚めてしまった。
(夕方の半端な時間に寝たから?)
しかたなしに起き上がり台所まで行くと、私は柄杓で水を飲んだ。
ぼーっと外を見ていて、私はあることに気がついた。
*********
外に出て、私は早足に進む。
暗闇も、道の凹凸もなんら気にならない。
まるで急き立てられるように、私は村はずれの草原に来ていた。
場所を確認すると、私は倒れこむように仰向けに寝転がった。
遠くで鳴いているはずの鈴虫が、まるで頭の中で直接鳴いているような錯覚に陥りながら、私はただ星空に見入った。
天の川。
年に一度しか逢えないふたりは、まるで私たちのようで……。
あの人にも見せてあげたい。
それとも、どこかで見ているのかしら、この星空を……。
私は気の向くまま星空に左手を伸ばした。
(……届きますように。あの人に、届きますように)
一通り星空を堪能すると、私は沙久夜のことを考えていた。
(このことを知ったら、彼はどんな顔をするのかしら)
私は小さく笑うと、右手を体の真ん中に当てた。
それから私の中に宿った、誰にも気づかれないほどに小さな命を、優しく撫でた。
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