旦那さんが寂しがって落ち込んでいた時、NYに週末帰省した。
Alexも旦那さんが恋しかった。
一番安いバスに揺られて、やっとNYに帰って来たAlex。
翌日、旦那さんの大好物のカレーを作って、旦那さんの仕事の帰りを待つ。
Officerになって数年になるけれど、まだ新米の旦那さんはいつも夜遅くに帰って来る。
特別に長い事煮込んだカレーは、味見をしてみると野菜の味が染み出していてとてもおいしく出来上がっていた。
部屋を片つけて、洗い物と洗濯物を片つけて、暖房の温度を調節しながら、旦那さんの帰りを心待ちにするAlex。
BrianとAlexが住んでいる場所は、治安が良い方だ。
でも、最近、治安の悪い方からの区域から上がって来た人達に、銃撃されて亡くなった方がいる事を旦那さんから聞かされてから、Alexは身の回りの安全にもっと気を遣うようになっていた。
その夜、帰って来てから遅い晩御飯を食べた後、旦那さんが明るい声でAlexに提案した。
「そうだ、Alex。
今日はピザパーティをしよう!」
「うん!」
AlexとBrianは、特に寒い週末の夜に、ピザパーティをするのが好きだ。
ピザパーティと言っても、ビールとオレンジジュースを買って、薄い市販の小さなピザを一枚買うだけ。
しかも、Alexはお酒が全然駄目なので、オレンジジュースを95%でビール5%という、お子様ミックスビール。
でも、二人でちょっとお行儀悪く食べて飲むピザとビールは、いつも格別においしかった。
その夜も、Alexは帽子を被って手袋を嵌めると、旦那さんに買ってもらった大事な(安物だけど!)ブーツをいそいそと履いて、Brianと外に出掛けたのだった。
旦那さんの車でちょっとの所にあるSupermarketに到着。
そのSupermarketは、治安の悪い地域から比較的離れた所にあるものの、Alex達が住んでいる所よりかはその地域に近い場所にあった。
24/7営業しているそのSupermarketは夜中も空いているので、時々緊急に必要な物があった時に利用していた旦那さんとAlex。
今まで何も問題は無かったのだけれど、その日の晩は違っていた。
旦那さんとAlexがレジに行って、Self check-out(自分達でバーコードをスキャンしてお金を払う)をしていると、すぐ横で言い争う声が聞こえて来た。
少し位の言い争いなら、たまに見かける事なので、余り気にせずに商品を袋に詰めて行くAlex。
ニコニコしながら商品を楽しそうにスキャンしているAlexの隣で、Brianの顔からは笑顔が消えていた。
その時だった。
「おいコラァ!!!
こっち見て話さんかコラ!!!」
物凄くFワードを連発した怒鳴り声がAlexのすぐ後ろから聞こえて来た。
Alexがびっくりして振り返るのと、旦那さんがAlexの後ろに回りこんでガードするのとが同時だった。
その怒鳴り声はAlexに向けられた物では無く、レジの管理をしている一人の青年に向けられていた物だというのがすぐに分かった。
何が起こったのかは分からなかったけれども、その青年は治安の悪い地域から上がって来たと思われる3人組に囲まれていた。
彼もきっと内心焦っては居たのだと思う。
でも、表情にはそれを出さずに、黙々と仕事を片つけていた。
「おい!! 何だよその眠そうな顔はァ!!」
3人組の内の一人が、彼の胸倉を掴みそうな勢いで、彼に詰め寄った。
旦那さんが少しだけ前に動いたのが分かった。
咄嗟にAlexはBrianのジーンズを片手で強く掴んでいた。
そして、泣きそうな顔で首を横に振って、旦那さんを見上げた。
「そんなに眠いんならよォ、
俺が今この場でお前を眠らせてやるぜ!?!?」
嫌。嫌。行かないで。
何もしないで。
お願いだから・・・助けようとしないで・・・。
自分勝手で良心の欠片も無いような考えが咄嗟に心に湧き上がっていて止める事が出来なかった。
分かってる。
旦那さんは、困っている人を助けるのが仕事だもの。
私の良心は言っている。
助けるべきだって。
でも、時々自分勝手な事を思ってしまう。
他人なんて気にしない。
旦那さんが無事で居てくれるなら、他人なんてどうでもいい。
それに、この3人組が何を武器に持っているのか分からなかった。
もしかしたら、ナイフを持っているかもしれない。
もしかしたら、銃を持っているかもしれない。
3人組は青年を取り巻きながら、徐々にその輪を縮めて行く。
その内の一人とAlexの目があった。
一触即発の状態だった。
お願いだから、旦那さんが何もしませんように・・・!
Alexは、それだけを祈りながら、泣きそうな顔でずっと旦那さんのジーンズを強く握り締めていた。
自分がどうなったって、旦那さんが傷つくのはそれだけは絶対に嫌!
幸い、その騒ぎは大事には至らなかった。
店のマネージャーがやって来て、騒ぎが収まった頃、旦那さんとAlexは雪がまだ残る駐車場に出た。
旦那さんの車の方へ歩きながら、Alexは今度は少し腹が立っていた。
「Brian、丸腰なのに喧嘩の仲裁に入ろうとするのは、
本当に危険だから辞めて」
すると、運転席に座ったBrianがAlexの左手を取って言った。
「僕には守りたいものがあったから。
もしもあれが僕一人だけだったなら、
気にも留めて居なかった」
そして、両手でAlexの左手を包み込むと、溜め息を付きながら下を向いて言った。
「君が横に居るだけで、僕は弱くなる。
僕一人なら何をされても構わない。
でも、もしも君に指一本でも触れたら、
その時は、そいつを殺す」
ふっとこちらを見上げた目が、駐車場の橙色の電球に照らされて鋭く光る。
でも、それでもAlexは思う。
Alexなんかどうでもいい。
旦那さんが無事で居てくれたら。
昔、読んだどこかの本に書いてあった。
守りたいものがある人間は、強くも弱くもなる。
"自分がどうなってもいいと思うのは、それはエゴイスト。
私はどんな危機に陥ったとしても、自分も助かろうとする。
だって、私は知っているから。
私が居なくなれば、彼が死ぬほど悲しい思いをする事を。
だから、私は彼も助けて自分も助かろうとする。
自分だけ居なくなって、その後の彼だけに悲しい思いを残したりはしない。”
旦那さんの手をそっと握り返しながら、Alexはそんな一節を思い出していた。