サイババに帰依する、まじめというか真剣というか、そんな真摯な態度の方々の、一方で堅苦しいというか短慮(とわたしには思える)な結論付けに対しては、いささか挑戦的な物言いをしたくなることがある。
サイババは酒やたばこをよせと言うわけだが、それを受けてサイババ信者たちは酒やたばこをこの上なく忌み嫌う。酒やたばこがなぜいけないかというと、それを摂った人の心と体に悪影響を及ぼすからに他ならない。
ほんとうは音楽などの芸術鑑賞と同じく、酒やたばこだって五感を働かせて味わえば人の精神に寄与するところはあると思われるが、実状においては多くの場合、みんなばかみたいな顔してたばこ吸ってるし、酒飲みながらなんらかの閃きに目を輝かせるやつなどまずどこにもいない。
そこにあるのは惰性であり、逃避であり、くすんだ怠惰である。それらは向上すべき精神性にとって悪影響といえる。もちろん体に対する悪影響については言うまでもない。
そこまでは分かる。酒やたばこが心と体に良くないということについて異論はない。だが、それを声高に言う人が一方で、ショートニングのような毒の油をたっぷり練り込んだあほまる出しのお菓子を「きゃあ、おいしそー」などと叫びながら取っては食いすることについてなんの思慮も持たないのはどういうわけか。
ショートニングは百害あって一利なしの紛うかたなき毒であるが、そのほか様々な食品には油が大量に使われている。その「ヘルシーな植物油」とやらと酒やたばこのどちらが体に悪いだろうか。酒飲むなと言うならその百倍の勢いで油を使った洋菓子などは糾弾されなければならないだろう。
どうして酒やたばこを悪く言うのに、そういう毒々なお菓子についてはなにも言わないのだろう。片手落ちではないか。というようなことをいつも思ってはひとり疎外感に浸っていたのである。
ああ、どうしてサイババは酒やたばこをいけないと言ってお菓子や砂糖水(コーラのことです)のことは言ってくれないのだろう、ああ、悲しいな悲しいな。
そんな折、毎日メール配信されるサイババの御言葉を目にしてにやりとするわたし。「今日の御言葉:03588」(5月24日(thu)配信分)はこう切り出す。
商店街で売られている
あらゆる種類のお菓子を食べることで、
あなたの健康は損なわれてしまいます。
そうしたお菓子はおいしいかもしれませんが、
あなたにとって有害です。
ふん、まさに我が意を得たりといったところだが、しかしまあ、あたりまえの話ですよね。
御言葉はさらに続く。
その代わりに、
偉大な聖賢(リシ)が用意した
ラーマの御名というお菓子を口にしなさい。
このお菓子はあなたの心(マインド)に
すばらしい効果をもたらします。
このお菓子は決して古くなったり
腐ったりすることはありません。
ラーマの御名(ナーマ)というお菓子を
食べれば食べるほど、
そのお菓子から歓喜が引き出されます。
このお菓子は砂糖よりも甘く、
凝乳(カード)よりも美味です。
体に良くないお菓子をやめて、ラーマの正義を想念すべし。サイババはそう言う。ぜひ皆さんはそうしてください。
わたしは枝豆とビールで・・・。
水道水からなんたらが検出されて断水とか、なにかとお騒がせな千葉方面までヴェーダを教わりに行く。
その授業の時間はいいが、合間の食事や休憩のときに交わされる「恩寵」とか「至福」とか誰それさんの「実践」が「素晴らしい」とか「心から」とか「想いが」とかいう言句を多く含む、まことにそれらしい会話の仲間にもちろん入っていけず、緊張し、体中、さらに頭の中までこりこりに凝ってしまった。
さて、千葉と横浜は横須賀線一本でつながっている地続きの間柄だ。中間に東京を挟むが、埼玉を経由することはない都会的な横須賀線電車に乗り込むと、居眠りしている間に横浜まで運んでもらえる。
きょうは横浜で月に一度の新月祭が執り行われる日でもあり、そっちの方にももぐり込んでやろうという算段なのだ。
新月祭で祀られるジュレラールという神様はインド大陸はシンド地方の土着の神である。
土着の神は踊るのである。神に帰依し讃えるとき、人々は踊るのである。目を見開き、オペラのような甲高い声を張りあげて「神の恩寵を得るためにわたしたちは・・・」などと決して言わず、ただ、踊り、歌うのである。
踊り、歌い、そして忘我に至ればそこに末那識は空中分解し、まさに平等性智の感覚を体験することができる。これを真言宗では遊戯神変の境地という。
それは本人の境地であるが、他人のその境地を傍から見聞きすることもできる。たとえばチャーリー・パーカーの「My Old Flame」を聴くとそこにチャーリー・パーカーのその精神の躍動と達観があるのが分かる。そしてその境地が聴き手にお裾分けされれば(聴き手次第の話だが)喜ばしい循環である。
そのような音楽、そして踊りや歌によってもたらされるその心境を「恩寵」や「至福」というのである。あさってな「想い」を「心に」強く刻む必要のない、それは「素晴らしい」「実践」である。
May
11
[Fri], 2012, 23:23
列車での小旅行に出かけた。向かい合わせの4人掛けシートに友人たちと陣取る。車窓からの風景を追いながら缶ビールを飲む。好きな小説家の珠玉の一篇のその作品世界に入り込む。気の置けない仲間たちの心身ともにリラックスできる時空である。
そこに子供の泣き声が聞こえてきた。その子をなだめるように親も声を上げる。
「まいったな、子供が乗ってきちゃったよ」
「いい気分が吹き飛んだ」
「だから貸切にしとけって言ったんだよ」
「家に自分の部屋もないやつがどうやって列車を貸切にできるんだ」
「だってさ、せっかくの旅行だぜ」
子供は静かになりそうもなかった。
「こうなったら仕方がない。感傷に浸る知的な旅はあきらめよう」
「どうするんだ」
「パターンを変えるのさ」
「どういうこと」
「おれたちのもうひとつの得意技」
「宴会か」
「そういうこと」
「それはそれでまあいいか」
「よし、そうと決まったらこの列車に積んであるビールを全部買い占めろ」
たぶん、そのような経緯があったのだろうと推測できた。わたしの乗り込んだ車両の、前では子供が泣きわめき、うしろではおっさんたちが頭にネクタイを巻いてどんちゃん騒ぎをしていた。わたしの思惟の旅は台無しになった。じゃんじゃん!
というような経験はありますか。もし、そんな場所に長い時間いなくてはならなくなったらどうだろうか。空海のような人だったらそういう時にどう心を落ち着けるのだろうか。
気にしない。そう、気にしないのである。ただしそれは「鈍感だから気にならない」というのとは違う。
「誰かが騒ぐ」のはひとつの事象である。その事象に対して心を動かすのは自分である。自分がそのように心を動かすのである。「うるさいなあ」という感情を惹起させるのは自分の勝手なのである。まあ、誰だって同じだろうけど、それを言ってはいけないのである。
ひとつの事象を事象として認めたうえで、それに対して「自分の」感情を起こしてはいけないのである。「うるさい」(事実)けれども「うるさいなあ、ぷんぷん」(感情)はないのである。
それはそれでしかないという密教の秘儀、平等性智の智慧とはこのことである。それはそれでしかない。人が騒ぐという事実はただそれだけのことである。
人が騒ぐ。だからうるさい。というのがまあ、ふつうだけれども、うるさいなあという思いが心に生じるのはその当人においてのことである。その当人の心に蓄積された思い込み(執着心)のせいなのである。
蓄積された執着心のことを末那識と呼ぶが、その末那識を浄化することができた場合、人が騒ぐという事象を認知しても、その次の段階で「ああ、こういうのってうるさいよなあ」という思い込みがないので、感情の発生することがない。
ただ単にその騒ぎのうるさい音声が自分の周りを飛び交っているに過ぎず、そこに平気でいられるのである。その音声は「ただそれでしかない」のである。
というわけで、もし空海がその車両に乗り合わせたとしても、空海は動じることなく、ご機嫌でビールを飲み、声明をうなることであろう(←だからうるさいってば)。
(他愛のない話ですが、スピリチュアル・ブログの端くれを自認する管理人としては、たまにはなにかそれらしきことを書いた方がいいかなと思った次第です)
所用のため元町から山下町に向かって歩く。ちょうどランチタイムも終わりに近づく頃で、どの店も空いてきているようだ。そんなわけでスパゲティ専門とか謳っている店に入ってみることにした。
(たいした話ではないのですが、グルメ・食べ歩きブログの端くれを自認する者として、たまにはきちんとしたお店の紹介文も書かないといけないかなと思った次第です)
ランチメニューは4種ほどのスパゲティの中から選ぶようになっている。わたしはボンゴレを注文した。
店員の人はあまり口を開かず、メニューをボールペンでつついた。ランチに付属する飲み物を選べということらしい。近ごろではそういう接客が流行っているのだろうか。それとも、休日ともなればおのぼりさんでごった返すこの近辺の客層を熟知したプロの接客士の目に、わたしが埼玉県人であることがばればれだったのだろうか。
「ふん、田舎者の相手なんかしてられないわよ」
さりげなく都会人のふりをしているつもりなんだけどなあ。うーむ、プロの目はごまかせない。いずれにしても、見習うべき素晴らしい接客態度である。
それだけではない。なんだあの女と心の中でつぶやいたのがなぜか聞こえたらしい。ちらっとこちらを振り向いた。そんな口に出していない声まで聞き逃さないとはさすがである。どんなときにも気配り、目配りを忘れないプロの中のプロと言っていいだろう。
すごいのは店員さんだけではない。料理の方はもっとすごい。
麺は硬め、というよりなんとなく芯があるような気がしないでもないという微妙な歯ざわりなのである。わたしは暫し考え込んでしまった。ひょっとすると、こういうのが近ごろのみなさまのお好みなのだろうか。
それにしても、なんというか、この商品として成り立つかどうかのぎりぎりのところを見切った絶妙のゆで加減はまさに驚嘆すべきである。あとほんの少し硬くてもだめだし、少しでもゆで過ぎれば求める食感は得られない。まさに超一流のプロの技である。
あさりも悪くない。ただその辺のを買ってきてフライパンにぶち込むだけではもちろんないのだろう。
新しいあさりをふつうに調理すれば、それだけでやわらかで弾力のあるあさりの食感を味わうことができる。それで充分だと思うが、この店で出てくるのにはそんな要素は微塵もない。干からびた佃煮と見紛うばかりの硬さと味があるのである。
ただのあさりのどこにどう手を加えるとこんなものができあがるのだろう。素人にはまったく分からないが、たぶん、熟練を要する調理法を駆使し尽くしているのだろう。大変に手の込んだ逸品である。
ときおり感じる、じゃりっという砂のアクセントもまた味わい深い。細かい配慮を感じさせる隠し味と言えよう。
きょうはたまたま入った店でとても貴重な体験をさせてもらった。当ブログの読者の皆さんにも店の場所や名前をお知らせしたいところだが、わたしのこの絶賛レポートのせいで行列ができたりしたら関係者の方に迷惑がかかるだろう。伏せておくことにする。わたしも二度と行かない。
※ ※ ※
ところでこの店では店内に大型のテレビ・モニターが設置されているが、なんとそこにはミヤネ屋とかいうワイド・ショー番組が映っていた。場末のラーメン屋じゃあるまいに、せっかくおしゃれな山下町まで出かけてきて、なんでそんなもの見せられなくちゃならないのかと思わなくもないが、そんなところにもありきたりな店とは一線を画した非凡な経営ビジョンを見ることができる。
それはともかく、そのミヤネ屋では大阪市の橋下市長が激昂していた。記者会見の場でのことだが、記者に向かって、そんなことも知らないで取材に来るなとか言っている。わたしが感心したのは記者の方で、橋下になにを言われてもそれには答えず、自分の質問を繰り返そうとする。ふつうの神経じゃとてもできない。さすがは女性記者だ。こういう人が出世するのではないだろうか。この人もまたプロの中のプロである。
May
03
[Thu], 2012, 23:15
複数の打楽器の織り成すポリリズムとまるで蜘蛛の糸のように絡み合う弦楽器群が様々な方向へ音の塊を運ぼうとしている。ひとつの楽器の発した音の矢にまとわりつく他の様々な音がひとつの塊となって音の中心から飛び出そうとする。
それらは二枚腰でジャンプしたり、そしてまた引き戻されたりしながら、括りつけられた太いゴムひもが伸び縮みするように緩急のうねりを生んだ。そのような深く奥行きのある音の渦の中でヴィーナが単音を奏で、ブルーノートの旋律が歌われる。
この宇宙の生成にあたって、音というものを創り、そしてその音に規則性を付与したのがサラスヴァティである。森羅万象には音が付いて回る(サラスヴァティのおかげだ)。その音を取り出してそこに規則性を与えればそれは音楽となる。音楽というまたひとつの新たな生命がそこに生じるのである。
サラスヴァティはサラスヴァティ川で生まれた。サラスヴァティ川そのものが化身したとも言われるが、化身したあともサラスヴァティ川は流れ続けているので、そこから生まれたのだと言っても同じことである。サラスヴァティ川にせせらぎの音(ね)を与えたのはサラスヴァティである。その水の流れと力学に相応しい音が必要だとサラスヴァティは考えた。
そこでサラスヴァティは3劫にわたる時間を費やして、様々な音色と数式のような整合性を持ったリズムとハーモニーの規則を発明したのである。
それまで宇宙には音はなかった。音というものが宇宙に初めて鳴り響いたとき、神々は驚いた。このような素晴しく感動的な概念を我々は知らなかった。どこのどいつがこんなすごいものを創り出したのだ。神の園は大騒ぎになった。
サラスヴァティが名乗り出ると、この世のものとは思えないサラスヴァティの美貌に神々は再び驚く。おお、この宇宙に音を産み落とし者よ、そなたに褒美を取らせよう。わたしの妻の座を与えようではないか。ブラフマンがそう言った。「ず、ずるい!」他の神々は地団駄を踏むが、もう遅い。知恵者ブラフマンの勝利であった。
なにがなんだか分からぬうちにブラフマンの妻にされてしまったサラスヴァティにとってはしかし、創造神の妻の座は退屈極まりないものであった。音楽神の血が騒いだ。サラスヴァティは夜毎、ヴィーナを抱えて街に繰り出すようになった。
May
02
[Wed], 2012, 22:51
随分と遠くからそこに見えていたその店らしき建物は、近づいてくるに連れてなにやら不思議な感覚を空海の身にもたらし始めた。なにか目に見える感触のようでもあり、空気の震えのようなものでもある、いったい五感のどこを刺激しているのか分からないが、とにかくなにかをそれは空海に感じさせた。
悪い感じではなかった。空海はいったん立ち止まり、目を閉じる。呼吸とともにその建物(カフェのような店だった)から立ちのぼる、手に取って見ることのできないなにものかの感触を体に取り込んだ。目を開け、店の造作を確かめる。
古い平屋の建物だった。高い位置に何枚かの板を集めて作った大きな看板があり、それをスポットライトが照らしている。ふたつのスポットライトの内のひとつは電球が切れていた。そこに書かれた店の名はペンキが薄くなってしまっていることもあってよく読み取れない。赤くぼんやり光るランタンが庇に吊り下げられている。床は地面より少し高い位置にあった。
空海はおもむろに3段ほどの板を渡した階段を上り、木製のドアノブを引いて中に入る。そのドアは重くはなかったが、しかし、なんの抵抗もないというような軽さもなかった。ここからは別の場所ですよと告げる厳粛さをその開閉は持っていた。
店の中には違う空気が流れていた。そこではもっと明確にある感触を体の奥で感じることができた。なにかの粒々であり、その極小の粒たちが思い思いにいくつもの集まりを形成している。それらはそれぞれがなにかを空海に伝えようとしていた。空海がそこに目を向ければそれは空海の中ではじけた。空海がそれに関心を示さなくてもそれはそのまま空海の中に(感覚の中に)浸み込んでいった。
店はそんなに広くはない。せいぜい70〜80席といったところだろう。中に入って左側にカウンターがあり、バーテンがいるその奥が厨房になっているようだ。右の壁面にはボックス席がしつらえてある。あとは中央のステージに向かう通路を挟んで両側にテーブル席が並んでいた。テーブルや椅子はすべて木製だ。おおむね半分ほどの席が埋まっていた。
店の一番奥は30センチほどの高さのステージになっていた。そこではいくつかの弦楽器と打楽器が共演を繰り広げていた。美しい女神が前に進み出てマイクの前に立ちヴィーナを爪弾きながらブルースを歌い始めた。
尾崎紀世彦がどうしたとか女性週刊誌らしい表現が飛び交い始めたが、その騒ぎと無関係のブログ記事からのリンクで彼の歌を聴いた。7~80年代の音源だ。
大昔、リアルタイムで聴いたときにも思ったことだが、なにしろ調子よく声が出ている。自分の出そうとする声を思う通りに出すことができる。そこに無理もないし、がんばって出しているという感じが少しもなく、楽々といい声が出るのである。高音域に重さもなく、低音域に苦しさもない。
車でいうと、馬力よりもトルクのあるエンジンを積んで走る感じだろうか(と言ってもわたしはそんな車に乗ったことはない。その反対の車にいつも乗っていたので想像はできるということだ)。
声が出るのは大変いいことだが、しかし、本人はその声に満足して頼り切っている、というか、そこに安住して歌をなめているというか、そういう印象を受けてしまう。充分に張りのある声を自在にコントロールしていて、気持ちいいことだろうが、そんなレベルでいい気になって欲しくない。歌の表現にはまだその先の段階があるはずであり、そこに向けてもっと真摯に歌と対峙してもらいたいものだ。まあ、昔の話だが。
You Tubeで何曲か聞いてみたが、自分の持ち歌や、トム・ジョーンズの曲などはいい。けれど、All Of Meのようなジャズになるとなんかテクニックで歌をこねくり回しているようなところを感じさせる。彼ほどのレベルでも「歌謡曲の歌手の歌うジャズ」の範疇に陥ってしまうようだ。
まあ、カラオケ歌手の端くれとしてわたしも、このような声をイメージしながら発声練習をしていきたいと思います。
・トースト
・ハム・エッグ
・紅茶
このようなイギリス式朝食を「世界最悪の朝食」というらしい。
だとすると、この
・コーラ
・ピザ
・バーガー
・チップス
の組み合わせには「史上最悪のお菓子」という形容がふさわしいだろう。いずれも大昔の日本にはなかった食品である。悪しき欧米化である。
どこがどう悪いか。とりあえず、「和食がいちばん」というベーシックな考え方から推しても分かる気がする、といったところ。
朝食の比較をしてみよう。
主食として小麦と米を比べれば同等のものと言えるかも知れない。だが、日本のパンはショートニングはじめ、いろいろと毒が混ぜてあるのでその分は割り引かないといけない。マーガリンなんか塗ったりするのでさらに悪い。
ハムと卵については栄養価は高いが、添加物、コレステロールなどが問題ということになるのだろうか。大根おろし添えのあじの開きの方が数段上等と言えるだろう。それは、同じ動物性の油でも、豚や鳥の油と魚の油では人間が摂取するときの体への影響に雲泥の差があるということからも言える。ハム・エッグにきゃべつの千切りが付けばポイントはぐんとアップすると思うが。
紅茶とみそ汁では比べるだけおみそ様に失礼というものだ。紅茶をやめて牛乳にしたら少しは評価も変わるのではなかろうか。よく分かりませんが。
とまあ、こんな尺度で量った場合、この「ピザやバーガーやチップスにコーラ」という一群は体にとって非常にいけないものという感じがしますね。でも、こういう脂肪分たっぷりなものを食べたくなるんですよね。我々は悪しき欧米化の犠牲者なのでしょうか。
※ ※ ※
年を取ると食べ物なんかどうでもよくなってくるようだ。あんまり食べたくないし、買い物も炊事も面倒だし。いきおい、その辺にあるものを適当につまんでおけばいいや、ということになりがちだ。で、実際に口に入れるものがなにになるかというのは人それぞれなのだが、それがその体に悪いお菓子みたいな食べ物であったりすると問題は大きいのである。これは年寄りに限っての話である。
(わたしのような)若者の場合はそれほど重大な問題にならないことが多い。若者は体に悪い食べ物が大好きでたくさん食べるけれども、体にいい食べ物も同じく山のように食い散らかすので、少しくらいの毒は平気なのである。毒が相殺されるかどうかは知らないが、全体に占めるパーセンテージからすると大したことはないということである。「直ちに健康に影響を及ぼす恐れは少ない」とかなんとか言っていられるのである。
翻って年寄りというのはなにしろ食事の絶対量が少ないのである。その少ない量を「その辺にあるなんか適当なもの」で賄ってしまった場合、その内容によっては大変なことになる。腹の中は体に悪いもの100パーセントで占められる。それしか摂らないのだからそういうことになる。
その体に悪いもののほかに、それとは別に体にいい食べ物をまた摂るというなら話は違う。だが、まずはじめに体に悪いものを摂ったら、それでその日の食事が終わるわけだ、年寄りは。それ以上そんなには食べたくないのだから仕方がない。つまり、その人は一日の食事を体に悪いものだけで済ませることに結果的になってしまうのである。「直ちに健康に影響を及ぼす」ことは必至であろう。
年寄りこそ食事に気を付けなければいけないのだ。

というわけで、減量明けにこんなものを食ってる矢吹丈のボクサー生命が心配になるというものである(小食つながりです)。こんなメニューを見たら梶原一騎はジョーのこのCM出演を許可しただろうか。
なにが特定保健用食品だよ。消費者庁の役人の皆さまにおかれてはこのコーラとハンバーガーを毎日たらふく食ってせいぜい世の中のお役に立ってくださいね(←別に早く死ねとは言ってないよ)。
いつの頃だっただろうか。菊地雅章が単純なロック・ビートの作品(ジャズと比べると)を出した時に、「若くて才能があって活きのいいミュージシャンもジャズの高度な技術を習得するのには時間がかかり、そうこうしているうちにミュージシャンとしての旬を過ぎてしまう。だから彼らのいいところを存分に活かすために、音楽的に簡単なタイプの方法論を採った」というようなことを言っていた。
真摯なジャズ・アーティストであったはずのプーさんの、それはフュージョン・ミュージックなんかに手を出してしまった言い訳だったのかどうなのか。
※ ※ ※
毎年恒例の「吉田町アート&ジャズ・フェスティヴァル」が4・21〜22に開催される。その初日。

こちらはご機嫌なブルース・バンド。ギターもサックスもアドリヴは一回くらい聴けばもう十分だが、リズムは悪くない。一級品のグルーヴというほどのものはないけれど。

片やこちらは普通のジャズだが、まあ、言わせてもらえばちょっとしょぼい。テナーはアドリヴ・フレーズ的にはそこそこのものを持っているが、とにかくジャズというものはもっとダイナミックにゴリゴリうねるようにスイングしなけりゃ意味はない。
※ ※ ※
そんなわけでこのふたつのバンドの対比から菊地プーさんの言っていたのを思い出したのだった。
その彼の言葉だが、あらためて見てみると、ジャズはだめだ、というか世間さまに発信する音楽として成り立たないと言っているも同然である。音楽に大事なのは生命力であって、高度な音楽性など、ただそれだけであればなんの意味もないわけだ。単純なマンネリ音楽に新たな息吹を注入するためにこそ高度な技術が必要になるのである。音楽性のひとり歩きに人々の心体を揺する力はない。
音楽を志す者にその習得が難しく、マスターするころには年老いてしまって、音楽の必須条件であるところの「はちきれんばかりの活きの良さ」をその体力気力において望めないとしたら、その種の音楽は現実的には世の中に存在し得ないわけですよね。
東京新聞にコラム「ブッダをたずねて」が連載されている。立川武蔵の文章だ。4/21はその5回目。
インドに侵入したアーリア人の生活に農業が定着し始めたころのこと。食糧事情が安定し、暮らしに精神的なゆとりが生まれてくる。
すると「人々は新しい世界観、人生観を求め」るようになった。「『私が死ねば私はなくなるのか、心の救いのためにはどのように生きればよいのか』と人々は考え始めた。」という。
それ以前には人間はそういうことは考えなかったということである。バラモンすらそれを考えなかった。それは「このような疑問にそれ以前のベーダの宗教は対応できなかった。」とあるのでそういうことになる。バラモンの詩人にもそのレベルの天啓は得られなかったわけである。
そして「ここにゴータマ・ブッダが登場したのである。それは時代の要請であった。」とある。ということはブッダがそういうことに思いを巡らす以前に人々の間にそのような人生哲学的基盤が醸成しつつあったということになる。革新的試みもその受け入れ先がなければ定着しないということだ。
紀元前6〜5世紀ころのことだった。それ以降、世界的にブッダ、ソクラテス、孔子、キリストの下で人々は、わたしとは何者か、生命とは何かということを考え始めたらしい。エポック・メイキングな思想転換の節目であったわけである。
ふーん、そういうことだったのですか。なによりもヴェーダにそういう話がないということがちょっとした驚きだ。もちろん、あると考えていたわけではなく、ただ知らなかった故のそんな思いである。
