綺雁

August 13 [Mon], 2012, 19:56
綺雁。すごく短い。



コトリと白いテーブルクロスの上に置かれたグラスを雁夜は苦々しい顔で見つめた。
綺礼は一体どこから入手しているのか、魔術師である男たちの精液を集めてきては雁夜に飲ませることがある。悪趣味にも高価そうなワイングラスに入れて。
魔術師の男たちと言っても、過去の雁夜のように魔術師の家系でありながら魔術師になることを拒み、一般人として生活している者たちのことだ。
当然、素質はあっても魔術に対する訓練をしていないのだから、魔力も微々たるものしかなく、大量の精液を摂取したとしても、バーサーカーを現界できる分には程遠い。
綺礼がなぜわざわざこんな手のかかる方法で雁夜に精液を摂取させようとするのかは分からない。本音を言うと、どうせ飲まなければいけないのならばいつものように綺礼自身の精液の方がよほど魔力供給には役立つ。
けれど雁夜にとって、微々たるほどの魔力であってもそれは喉から手が出るほど欲しい代物であり、摂取しないという選択肢は選べなかった。
渡された精液を口に含めば、嫌な臭いと味が口内に広がる。こんなもの、何度飲んだって慣れることはない。喉に引っかかるような感覚に眉を顰めながらも、一気に飲み込んだ。
精液に含まれる魔力に反応し、体内の蟲達が騒ぎ出す。
しかし今日は妙だ。いつもより蟲達がうるさい。最初は不思議に思ったが、自分の身体を巡る魔力の感覚で理由が分かった。
今日の精液はいつものものとは違い、魔力がそれなりに入っているものだったようだ。
雁夜は魔力を吸収する際の一種の恍惚感を身体に巡らせながらも、それと同時に一つの疑問を覚えた。
今までにもこの戯れのような精液摂取は何度かあったが、それと比べて魔力の濃さが段違いすぎる。そこらの魔術師くずれたちの精液がこんなにも魔力があるものだろうか。
もしかして、今日に限っていつもよりずっと上位の魔術師の…。
雁夜がある仮説を立てようとしていた時、今まで沈黙を保っていた綺礼が急に口を開いた。
「今日は、随分魔力を持っているだろう。誰のものか分かるか」
雁夜は目の前の無表情の男を見つめ返した。
差し出された手はすでに感覚のない左頬のケロイド状のような跡をゆっくりと撫でた後、今まさに精液を飲んだばかりの唇の縁をなぞる。
綺礼は正しい笑い方を知らないかのように、口角を不気味に歪ませた。
そして、まるで子供が内緒話をする時のように雁夜の耳元で小さく囁いた。

「それは時臣師の精液だ」

雁夜は急激にこみ上げてきた嘔吐感に、咄嗟に口を手で押さえつけた。
だが吐くという行為に対してなによりも一番強く思ったのは、もったいないという事だった。
生きるために死にたくなるような思いで精液を摂取している雁夜にとって、
ここで吐くことは折角摂取した魔力を台無しにし、尚且つたたでさえ消耗している体力すらも奪われることになってしまう。
生理的な涙で目尻を滲ませながらも、なんとか吐き気を抑え、涎が垂れることも構わず荒く呼吸を繰り返した。
そんな雁夜を綺礼は一切の感情を感じさせない瞳でじっと見つめていた。
ーひどく惨めだ。
生き抜くためとはいえ、男の身でありながら同じ男から与えられる精液で命を繋ぎ、犬のように涎を垂らし、誰ともよく知れぬ相手の前で醜態を晒している。
それでも最後の矜持と言わんばかりに、生理的ににじむ涙すらも溢すまいと必死に歯を食いしばり、宿主の精神に反応し体内でざわざわと騒ぎだす蟲達を抑えつけた。
無表情のままだった綺礼は、またも口角を歪ませ、引きつっているかのような低い笑い声をあげた。
「冗談だ」
その抑揚のない言葉は確かに雁夜の耳には届いていたが、それはもはや意味などなしていなかった。
本当に時臣の精液であるか否かなど、確かめようもない。ただ綺礼の言う言葉がこの状況では雁夜にとってもはや真実と同等であり、その事実が自身をゆっくりと壊していく。
未だ収まらない蟲のうずきを必死に両腕で押さえつける雁夜を見下ろしながら、綺礼はその色味をなくした髪を乱暴に引っ張りあげた。
「っい、た」
「いつもより多い魔力を含んだ精液といっても、お前はその程度では足りないだろう」
びくんと雁夜の身体が震えた。
蟲のうずきとはすなわち身体の痛みと、快楽だ。蟲によって変えられた身体は、雁夜の心とは裏腹に貪欲に魔力を欲する。
荒い呼吸は先程とは違う艶めいた雰囲気を持ち始め、何か言葉を発しようとした唇は綺礼の唇で塞がれた。
唾液から与えられる濃い魔力に雁夜はもはや抵抗などできなかった。まだ動く右手で綺礼の肩に縋りつくと自ら奪うように目の前の唇に再び食らいつく。
生きるためなのかそれともただ快楽のためなのか、雁夜自身も分からなくなっているだろう。それでも必死に自分を求める惨めな男を、綺礼はじっと見つめていた。
その濁った目には、確かに愉悦の輝きが入り交じっていた。


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