オバマ演説と原爆投下への「怒り」を語る。

August 06 [Sat], 2016, 0:09

 今日は8月6日。広島に原爆が投下された日である。2ヶ月間ブログを放置にしてパソコンがぶっ壊れてから毎日、かなりヒマになり図書館で原爆に関する本を読んでいた。「オバマ大統領の演説は素晴らしいスピーチだった」という暖かい歓迎ムードに違和感を覚えてオバマ大統領の演説への何とも言えない気持ちがずっと尾を引いていたのである。確かにスピーチの内容は被害者よりの表現が多い。アメリカ人の視点ってキノコ雲を見上げるスタンスだと思ってたけどオバマのスピーチは落とされる側の視点になっている。これは確かに凄いことだと思った。もう口からごめんなさい言いかけそうな感じなんだけど「うーん。どうしよ。ごめんはいえねーしな。よっしぁ、もう壮大なスケールの内容にしてアメリカから主語を「人類」に変えちゃえ」感ありありの絶妙なスピーチであった。ただ原爆を落とした責任については一切「ノーコメント」というところに正当化の匂いを感じて広島市民と共に素直に感動しきれない部分もあったんだよね。いや。来たこと自体はすごいし謝罪を要求しない日本のムードも品がある。でも「謝罪をしない」ということは「英雄行為だった」と居直られているということであって日本人としてそこは「NO」と言わないといけないんじゃないか。謝罪を要求しない=加害者も粛々と反省している。という空気にはなっていない以上、 もう少し強く主張してもいいんじゃないかと思った。北朝鮮が新聞で「オバマ大統領は核犯罪者としてのアメリカの正体を覆い隠そうとするもので幼稚な政治的計算」って喝破していたんだけど北朝鮮の報道のほうが「よくぞ言ってくれた」と言う感じがしたんだよね。その通りやんかと思った。アメリカ人の保守派は「パールハーバーの報いだ」って言うんだけど「パールハーバー」で死んだ民間人は60人弱なんだよ。日本の民間人は40万人だと言われている。これを同列に語るアメリカ人の感覚が正直よくわからない。ちょっと前にオリバーストーンとチョムスキーがアメリカ政府に「原爆投下を謝罪しろ」と嘆願書を書いていたのを知っているだろうか。オリバーストーンとチョムスキーってアメリカの悪口ばっかり言ってる二人なんだけど。このオリバーストーンが「オリバーストーンのもうひとつのアメリカ史」(アメリカの悪口ばかり書かれてあるむちゃくちゃ面白い本を書いていて)原爆投下を強く非難してるのね。でも実はこれピーターカズニックという人が書いた本なんだよね。ピーターカズニックって人は「原爆で死んだ人々も載せろ!!」とエノラゲイの博物館に抗議して軍人から猛抗議された歴史学者なわけ。この二人が来日して「原爆投下を謝罪するか」と聞かれたオリバーストーンが平然と「yes」と答えてたシーンにはびっくりしたが。「アメリカ人が原爆で多くの人が救われた」あという言い分は嘘だって言ってるわけ。まー、どういう経緯で原爆が落とされたかといいますと。
 まー、ざっくり要約すると。ナチスとアメリカが戦ってたよね。第二次世界大戦で。それで、細菌兵器ブームになったんですね。お互いの国で。そしたらドイツがユダヤ人を虐殺したり、投獄したり始めたでしょ。ユダヤ人が「助けてください!」ってアメリカに亡命したんです。ユダヤ人の科学者たちが「原爆つくろーぜ」ってなったんです。ナチスに対抗して。ナチスがつくってるって聞いて。ナチスと「どっちが先に作れるか」競争になっていくんですね。で、ナチスは挫折してドイツは敗退したでしょ。はて、どうするか。ってときにアメリカの大統領が「日本に落としちゃおーぜ」ってが言い始めたわけ。トルーマンってやつが。でもユダヤ人たちは「さすがにそれはちょっと・・・」ってなったんです。原爆の恐ろしさを知ってるから。で、このとき日本は、もうボロボロ。空襲で工場もボロボロ。もうとにかくボロボロやったんですね。で、トルーマンはこのとき「ソ連」を睨んでたんです。ソ連のスターリンが「戦ってやるから俺にも領土くれよ」って言ってきて「スターリンめっちゃウザいな」ってトルーマンは思ってたわけ。だからトルーマンは原爆完成に大喜びしたんです。スターリンをビビらせるから。「こんな強い爆弾持ってるで」ってスターリンに自慢したんですね。ソ連をびびらせたいって思ってたわけよ。だから是が非でも原爆をどっかに落としたい。その時に、日本がグズグズやってたと。「昭和天皇の独白」によると日本はソ連に仲介を頼もうとしてたんですね。沖縄戦の時点で。もう敗戦必死だったわけ。そのことをアメリカの軍人も知ってて「日本が降伏しそうですよ。トルーマンさん。国体だけ認めるってのはどうですかね」ってトルーマンに助言してるんです。でもトルーマンはそれを無視しちゃうわけ。「ソ連をビビらせたい」と思ってるから。あと「バターン死の行進」での恨みをもっていたトルーマンはなんとか日本人に一発かましてやりたいと思ってわけ。だから「威嚇投下したらどうっすか?」という提案も却下。本当は「国体を保持する」と明示していたら降伏してた可能性があるにもかかわらずである。ただ当時の日本の「人命軽視」路線も原爆投下の一因になってるのはどうしても否めないと思う。
 「昭和天皇の独白」を読んだら、天皇は、戦争がキライで反対してたんだって。戦争にすっごい反対してたんだけど何を言っても軍部が言うことを聞かないわけ。あと絶望的な状況なのに「戦おうぜ」とか言ってる主戦派が場を牛耳って「戦争辞める」とか言い出したらクーデターが起きて日本の政権がひっくりかえるんじゃないかって天皇は思ってたわけ。だから降伏のタイミングを見失ってってズルズル敗戦が伸びちゃう。なんとなく天皇がしたの配下を屈服させているイメージがあったんだけど、本当は逆で、天皇が下の配下に屈服させられていた。これには驚いた。ところが中盤から、昭和天皇も「国体保持」(天皇制)に異様にこだわりだすんです。じつは2発の原爆が落とされても日本は降伏しなかった。アメリカの「バーンズ回答」(天皇制は日本国民が決めたらいいよ)という通信文書を読んでやっと降伏した。「国体さえ守れさえすれば」日本国民は滅びてもいい。と言わんばかりである。日本は負ける戦争をした。もうかなり負けた。でも、それは責めちゃいけないと思うんだよ。どうしても戦わなきゃいけないときはある。負けたものは責めてもしょうがない。いちばん許せないと思うのは、負けるとわかっていたのに「戦い続けた」ことである。そしてアメリカも勝てるとわかっているのに「原爆を落とした」 つまり、お互いが平和的な選択肢があったにも関わらずそれを無視して「大きな被害」が出る選択を選んだことに日米ともに有罪だと思う。あの原爆は、日本軍の「無計画性」とトルーマンの「覇権争い」が引き起こした共同犯罪なわけ。
 「過ちを繰り返しません」ってみんな言ってるけど過ちを犯した国が「過ち」を認めていないのに、どうやって次の過ちを防ぐんだと。過ちを知り、過ちを犯す人間を批判することが過ちを繰り返さないための一番大切なことだと思うよ。
 エノラゲイの搭乗員にインタビュアーが「天皇制を保障すれば日本は降伏してた」って聞いたらエノラゲイの搭乗員が「日本が降伏したかは臆測にすぎない」と一蹴してたんだけど、ならば本土決戦で兵士が救われたかも「憶測に過ぎない」だろう。
 パイロットたちの「その後」はほとんど知られていない。が、そのほとんどの人が、まったく反省を見せることなく余生を過ごしたらしい。ただその中でイーザリー中佐っていう人がいるんですけど、この人は、ものすごーく反省したんです。アメリカに戻ったら英雄扱いされるんですね。みんな。でもイーザリーさんだけ広島の現状を知って精神錯乱に陥っちゃうわけ。でも周りからはお前はヒーローだと崇められるギャップに苦しめれて犯罪に手を染めて、逮捕されちゃうんです。でも逮捕されると安心するんです。自分は罪人だと思ってるから。広島の子供たちが夢に出てくるわけ。まいにち。寝たら日本人ばかり夢に出てくる。で、病院の先生に「お前は異常だ」って言われて精神病院に入れられて自殺を図ろうとするんですね。そんなときにギュンターアンデルスっていう作家から手紙がきたわけ。その手紙にイーザリーさんびっくりする。そこにはこう書かれてあった。「いや、お前は正常だ。原爆の悲劇を偉大な功績のように思っているアメリカ社会の方が異常なんだ」って書かれてあってその言葉に救われるわけ。で、このイーザリーさん、退院したあとは56歳でガンでなくなちゃうんですけど、そういう人もいたわけよ。
 映画監督のマイケルムーアの原爆の話、知ってる?  
 マイケルムーアって神学校に通う生徒だったんだけどその学校にめっちゃ優しい神父さんがいたんだって。で、その神父さんがあるとき「マイケル、ちょっと話したいことがあるんや」ってマイケルムーアを呼んだわけ。なんですか、ってマイケルムーアが聞いたら神父さんが一枚の写真を指差すのね。爆撃機が写ってたんです。で、それ見てマイケルムーアは「ああ。神父さんも戦争に行って心に傷を負った人なんやなぁ」って思うんだけど神父さんが「いや違う。マイケル、よく見ろ」っていうわけ。それでよく見たら、その飛行機の機体に「エノラゲイ」って表記されてるわけよ。「え?」「どういうことですか?」ってマイケルムーアが聞くと神父さんが「いや実はオレ、エノラゲイの搭乗員を祝服して送り出したんや」って言うわけ。神父さんがだよ。カトリックの神父さんが。しかも長崎にはカトリックの教会があった。カトリックの教会にカトリックの神父が原爆を投下する行為を祝福した。そのことをずっと死ぬほど悔いてる、と涙ながらに告白したんだって。そしたらマイケルムーアが「でも神父さん。俺たちは攻撃された側なんですよ!」って答えたら「あれはソ連に対するメッセージや」と神父さんが言うわけ。こういうザベルカ神父イーザリー大佐。みたいな人は居たわけよ。オバマの「道義的な目覚め」ってのはこういう人のことを言うんだよ!!!。スピーチで「核のない世界!」って言ってるだけの人が「目覚めてる」とは言わないだろう・・・。アイゼンハワーやマッカーサーも「原爆は全く不必要」と否定している。チャーチルですら「日本の運命が原子爆弾によって決定されたとするのは、誤りであろう」って回想録で言ってる(第二次世界大戦回顧録P283)。チャーチルが「無条件降伏にこだわらず日本軍の名誉を保証してみては」て言ったらトルーマンが「日本軍に、軍事的名誉などというのはまったくない、と素っ気無く答えた」(第二次大戦回顧録P281)って決定的な証言をしてる。実はほかに選択肢はあった。あったのに「虐殺のほう」を選んだ。マイケルウォルツァーの「良い戦争悪い戦争」「万民の法」(ジョン・ロールズ)も「無条件降伏にこだわったアメリカ側の責任の罪は重い」と言っている。
 おい!! 「やむおえなかった」「日本は降伏する気がなかった」というのは、威嚇射撃。国体保持。この二つの選択肢を試してみて、初めて言えることだろ!!!
 大量殺戮の正当化は「ほかに手段がない」ときに言えるのであって「ほかにも手段があった」その時点で、大量殺戮は正当化できないんだよ!!!

  
 「より多くの人を救ったから正しい」とアメリカ人は必ずこう答えてくる。昔からこの答え方が嫌いだった。何が嫌なのか。と上手く言語化できずにいたが今ならわかる。例えばナチスドイツは大量殺戮した。あれは絶滅させるために虐殺だった。しかし原爆投下は「救済だった」とアメリカ人は原爆を正当化しているんだけど、ならばナチスドイツのユダヤ人の強制収容所もぜんぜん間違っていないんだ。なぜなら「戦争を早期に終わらせ、より多くの人を救うためだから」。どこかの国がミサイルを民間人に向けて落とした。でも「より多くの人を救ったから」正しい。イスラム国が民間人をぶっ殺した。「より多くの人を救うため」正しい。「より多くの人を救うため」なら、全ての暴力が正しい。どんな虐殺も英雄行為になってしまう。素晴らしい世界だ。カトリックの牧師フルトン・シーンは「『より多くの人が救われた』という詭弁はヒトラーがオランダを爆撃するときに使った言葉だ」と言っている。ヒトラーが「イギリス軍がオランダを経由して来るからドイツ軍への死傷を防ぐためにオランダにひどいことをしようぜ」と言ったロジックとまったく同じである、と。つまり「これは自衛だ」と国家が呼ぶものは、実際は「殺人行為」である。にも関わらず「救い」の為なら英雄行為に変わる。しかも、その虐殺が「善意」というだけで、まったく罪の意識がわかない。「いかに多くの人が殺されたか」ではなく「いかに多くの人が救われたか」と説き伏せれば、どんな虐殺も正義だ。「救い」のための暴力は正当だ。「救い」のためななら女や子供だろううが殺しても構わない。とアメリカが「正当防衛」のため暴力を正当化するなら、アメリカの罪のない民間人を攻撃する行為をしても、それも「正当防衛」として正当化されるべきだろう。それでもいいのかと。もし世の中が「救い」のために女や子供を殺そうが何をしようと構わないというようになれば、この地上に生きる人間は「救う」価値がないということになるが。
 100歩譲って「より多くの人が救われた」としよう。でもそれは「救う」ために起こる「人命の損失」を生み出す状況を「全力で回避する努力を試した上」で初めて言えることである。そんな努力は「まるでしてない」わけやからその答弁に有効性はない(日本が降伏する寸前と知った上で落とした。威嚇射撃も、国体保持もしなかった)だから「より多くの人を救った」から「罪が無い」と開き直ること自体がおかしい。罪のあることだから止めようと。全力で回避する努力をしなきゃいけないんじゃないか。ましてやその行為を英雄行為にするのはアメリカは「戦争犯罪を批判する」立場を完全に失っていると思う。

 実は日本にもそれは言えるんだ。日本軍の重慶・南京の空爆。10万人以上の中国人が死んだ。ほとんどの人があまり知らないが実は日本も戦争犯罪国家なのである。中国への爆撃も「戦争を終結させるため」に始まったのである。もし中国人に「中国への爆撃を謝罪しろ」と言われたら、ほかの人は知らんが、おれは謝罪するぞ。「戦争終結を導いた」からアメリカ人のような言い訳なんか言わない。むかし山田太一が学校の先生から「いま原爆というものをつくってます」と言われて、クラス中が大喜びしたと。「多くのアメリカ人が死ぬことを願った」と言っていたが、つまり日本人もアメリカ人とまったく同じメンタリティだった。そこを踏まえた上で非難しないと。アメリカ人の空爆を非難して日本人の空爆を非難しないのは筋が通らない。アメリカ人も正当化するだろうし日本人も正当化するだろうし、その子孫も正当化する。ヤル側は正当化するよ。でも「殺される側」は文句が言えないわけでしょ(殺されてるわけやから)でも、たぶん「どんな理由があれ、殺されたくない」と主張する。二つの言い分がある時、人類の明暗は決まる。どちらの立場に立つかで。ただ、はっきり言えるのは、このさき人類が「殺される側」の主張を退けて「殺す側の」立場に立ちつづけると、人は、人を殺し続けるということである。
 
 
 で、これを言うとアメリカ人は反論してくると思う。
 「じゃあどうすればよかったんだよ」と。
 「戦争を終わらせる方法はあれ以外なかったろ」と。
 異口同音に言ってくるだろうがピント外れな反論だと思う。
 戦争を終わらせる方法は・・・。
 あるよ。 
 堂々と本土決戦すればいい。本土決戦しろよ。戦えよ。日本兵と戦ったらええやんか。正々堂々と。で、それが嫌なら、日本と手打ちして終わらせたらいいやんか。日本は和平を追求していたんだから降伏条件次第では終わってた。

 かりに「日本が全く降伏する気がなかった」と言い分が正しかったしても敵前逃亡をして民間人を殺して逃げた。これは英雄行為と讃えるのはおかしい。これは英雄行為ではなく「臆病な行為」である。俺がオバマだったら正直に言うぞ。「広島、長崎の人々は本土決戦のアメリカ兵の死傷者を防ぐための犠牲だったと。まぎれもない戦争犯罪だった。正しかったが、正しくなかった。倫理的に間違っていた。非人道的で卑劣なやり方だった」ぐらいのことは言うで。言わなあかんやろ。なにを「空から降ってきた」とかポエジーな表現しとんねん。

 「わたしたちの心を変えなくてはいけません」って言ってたけど、まず変えなきゃいけないのは「民間人を殺して正しいことだった」って思っている人間の心の方だろ。
 「核兵器を無くそう。でも民間人を殺したことは謝罪しない」というオバマ大統領に「核の廃絶」を訴える資格は、ないと思います。なぜなら「民間人を殺したことは正しい」という心が変わらない限り、核兵器がゼロになっても「別の兵器」があらわれ、民間人を殺し始めるからです。そしてまた「兵器の所有」に嫌悪が向けれられて、暴力の正当化はエンドレスに続いていく。矛先が「核」にだけ向けられている風潮はどうもピンと来ない。人間の側にあるんだ。問題は。
 アメリカの道義的責任は「核を無くす」ことじゃなくて「民間人を殺したのは人道的に間違っていた」と言うことだと思います。オバマ大統領のスピーチを聞いてガッカリしたのは、そういうことだと思いました。


 
P R
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