あきみの一生〜20歳1〜 

2007年01月09日(火) 20時28分
一週間ほど休暇をとった後、花村から呼び出されました。

どうやら、違う会社と契約をして、代理店のような形で仕事をすることになったようです。


私のあの、地獄のような5年間は、この時を境に始まったのです。



最初は二人とも給料がないため、サラ金で20万ほど借りてほしい、と頼まれました。
確に、私も花村も、給料がなければ生活できません。
私はなんの疑問も持たずに、言われるがままにサラ金からお金を借りました。
売り上げがあがれば、サラ金もすぐ返せる、花村はそう言ってました。
私はその言葉を信じていたのです。
だから一生懸命頑張ろうと思ったのです。

しかし、大人二人、一人は妻子のあるものが、月20万で足りるはずもなく、結局トータルで65万ほど借りる形になったのです。

それでも、私はまだ頑張ればすぐに返せると思っていました。
信じていたからこそ、頑張れたのでしょう。
まだ、経験の浅い私は、一ヶ月に100万を超す売り上げをあげたのです。

お給料は、完全歩合制だったので、売り上げの何10%かが私の給料になります。
頭の中で計算して、
『今までもらったことのない金額のお金をてにすることができる!』
と、私の胸はドキドキしていたのです。

しかし、実際私の手元に来た金額は、1万円でした。

「とりあえず、今はこれだけだけど、もし足りなかったら言って。」

そう言って、花村は一週間に1万円ずつ、手渡してきました。
一週間に1万、一ヶ月4万。
生活できるはずがありません。

それからと言うもの、私は仕事に対して、以前のような前向きな考え方はできなくなりました。
当然です。
どんなに自分で頑張っても、私のところにはお金が入ってこない。
しかも、私が稼いだお金のほとんどは、花村の家庭の生活費に回っていたのです。

なんのために頑張っているのか・・・・・・・・・。辞めようと思いました。
借金はあるけれど、水商売をやれば返せない額ではない。

私は辞めることを決意して、明日、花村に言おうと心に決めたのです。


翌日、花村に辞めたいと伝えると

「辞めてもいいけど、売り上げの200万はあげないと、辞めれないぞ」

と言われました。
そうゆう約束で契約した、と言ってました。
当時の私は、まだ花村のことが好きだったのでしょう。
契約している会社に、事実確認をすれば、そんなこと嘘だとすぐにわかることなのに、私は確認しませんでした。
むしろ、したくなかったのだと思います。
花村が嘘をついているだろう、ということはなんとなくわかってました。
それでも、私は花村のそばにいたかったのだと思います。

結局、私は花村の嘘は私といたいがための嘘だと自分にいい聞かせ、全てを飲み込んだのです。

あきみの一生〜19歳9〜 

2006年12月29日(金) 19時51分
どこかのパチンコ店の駐車場に車両を停め、私はトイレに行くと言って、車をでました。

花村にさっそく電話します。
花村はすぐに電話にでました。

「ごめんね、急にこんな事になっちゃって・・・・。」

申し訳なさそうな声で、花村がいいます。
とてもいとおしくて、心が安らぐ声。
私が彼のために、できることはなんだろう?
彼は私に何を求めているんだろう?

この時すでに私にとって、花村が全てだったのです。

「私はどうすればいんですか?」

すがるように花村に聞きました。

「明日にでも、会社辞めるって言えるか?」
「え?辞めてどうするんですか?」
「それは、今夜あとで話すから、君の仕事が終わったらまた連絡して。今日も頑張るんだよ。君ならできるからさ。」

そう言って、電話は切れました。

その後、車両に戻っても、当然、誰も仕事をする気になれず、その日は車の中で一日を終えました。

花村に電話すると、花村が一人で住んでる家に来いと呼ばれ、私は言われたとおり、花村の部屋へ向かいました。


花村の話を聞くと、社長は案の定、私をクビにする予定だったようです。
花村はそれに対し猛反対をして、辞めることにしたのでした。

私と花村の関係云々を抜きにしても、花村は私の実力を認めてくれていたのです。
だから、社長ともめて、私をクビにするなら、会社を辞め、私と二人で仕事をすることを選んだ。

事実がわかり、私は嬉しかった。
仕事上でも、私のことを必要としてくれている。
それが何より嬉しかったのです。


次の日、私は社長に会社を辞めることを告げました。
当然、引き止められることもなく、そのまま家に帰されました。

その日は、花村は家にいるため、私はまっすぐ家に帰りました。


一人になり、いろいろ物事を振り替えってみると、私の判断は正しかったのか、不安になりました。
私の仕事が、法にふれるギリギリのラインであることは、自分でもわかっていました。
家族や親戚は、私の仕事を聞いて、心配していて、親のことを考えると、やはりここで、この仕事自体を辞めてしまった方がいいのでは・・・

そんな事を、もんもんと考えてると、花村から電話がきました。

電話の内容は、特に実のある話ではなく、「しばらく休んでていい」と言うことでした。


もし、ここで花村から電話がなければ、私はもっと違う人生を送れたのかもしれません。
しかし、花村の声を聞いて、私は、やっぱり花村から離れられない・・・・と、思ったのです。

あきみの一生〜19歳8〜 

2006年12月27日(水) 19時54分
帰宅時間は、いつも夜中。
出張も頻繁にあり、家を空けることが多く、それを理由に、私はたいちに連絡をしていませんでした。

それでも、たいちは、私の体を気づかい、あまりムリをしないように、と注意してくれていました。

思えば、この時素直に、たいちに甘えているべきだったのです。
しかし、私と花村の関係は、すでに深い仲になっていました。
私の家に泊まることもあれば、ホテルに泊まることもあり、私と花村は、常に一緒の時間を過ごすようになっていたのです。
出張先の宿泊施設でも、私は花村と同室で寝泊まりをし、車両の人間からも公認という感じになっていました。
そんな日々の中、私がたいちのことを想ってあげられる時間の余裕はなかったのです。


ある日、私が出社すると、他の社員は全員そろっているのに、花村の姿が見えません。

「あれ?部長は?」
「社長と話してるよ。」

社員の一人が、緊迫した面持ちでこたえてくれました。
私は新人ながら、ただならぬ空気を感じていました。

(何かあったのかな?)

新人の私が、そんなことに首を突っ込めるはずもなく、ただ時間だけが経ちました。


そして、しばらくすると、花村が出てきました。
なんだか、怒ってる雰囲気でした。

そして、花村がいつも持っているアタッシュケースを出し、デスクの中の物を片付けはじめたのです。

「どうしたんすか?かえるんですか?」

社員が花村に聞きます。
花村は横目で私たちの方を向き、一言

「辞めるわ。」

とだけ、言ったのです。

そして、自分の荷物をまとめると、花村はそそくさと会社を出ていきました。

わけがわかりませんでした。
私は、花村に取り残された気分になりました。
この会社にいる理由の半分以上は花村がいるから。
もし、花村がいなければ、私はこの会社にいる必要がないのです。

しばらくして、社長が来ました。
そして、何もなかったかのように、仕事をするよう、私たちに指示をしました。

車両に乗り込み、携帯を見てみると、花村からメールがきてました。

『朝礼が終わって、君一人になったら連絡して。』

とりあえず、朝礼が終わった事だけをメールで伝えました。

車両の中は重たい空気が流れています。

「あきみちゃんは、どうするの?祐一さんについていきたいんじゃないの?」

社員の一人が、私に聞きました。

「はぁ・・・・」
「多分ねぇ、社長は君をクビにすると思うんだよ。それなら、明日にでも辞めるって自分から言った方が早いよ。」

私も、そんな気はしていました。

でも、とりあえずは花村と話をしなければ・・・・・・
私の頭の中は、そのことでいっぱいで、自分が辞めるかどうかは二の次でした。
とにかく、私は花村と一緒にいたかった。
離れたくなかったのです。

あきみの一生〜19歳7〜 

2006年12月25日(月) 18時31分
仕事は、いたって順調でした。
アポも確実にとれてくるようになり、車両の中では私はチヤホヤされていました。
そんな私は調子にのっていました。


たいちのことをおろそかにして、私は半分遊びのような仕事に夢中になっていたのです。

そして、チヤホヤが過剰になり、だんだん花村祐一の事が、好きになったのでした。

彼には妻子がいたのですが、あの頃の私にとって、妻子のある人は、とても魅力的だったし、興味がありました。

あの頃、花村がどれだけ私の事を本気でチヤホヤしてたかはわかりません。
でも、当時の私にとっては、花村も私の事を好きなんだと思っていました。


私達が急接近するのに、さほど時間はかかりませんでした。
入社して一ヶ月前後の事でした。
花村から、私を誘って来たのです。

「次の土曜は、二人で食事に行こう。」

私はまだ、たいちと付き合っていましたが、すでに花村の事が好きになっていました。
もちろん、断ることもなく、私は花村と食事に行く約束をしました。


そして、土曜日・・・・。
仕事が終わり、会社の前で解散した後、花村と合流して、居酒屋へ向かいました。
食事をしながら、仕事の話をしたり、プライベートの話をしたり・・・・・・・・・。

お互いに、お互いの事情はわかっていました。
花村には妻子がいて、私には彼氏がいる。
それでも、私達はお互いを求めたのです。

私の車でホテルまで向かいました。
土曜だけあって、ホテルはどこも満室で、わりと会社から離れたところまで探しに行ったのを覚えています。

私はドキドキしてました。
妻子のある人と関係を持つなんて、予想もしていなかったし、私はたいちと結婚するつもりでいたので、たいち以外の男性と関係をもつことは、ちょっと前までは考えられなかったことなのです。
しかし、私の心は、もう花村祐一一色に染まっていました。


朝になり、隣で花村が寝てるのを見て、私は昨日の事が夢じゃなかった事を、実感しました。


そして、私の人生は、この日を境に、一気に急降下していくのでした・・・・・・・・。

あきみの一生〜19歳6〜 

2006年12月13日(水) 20時27分
私の性格は、自分でやると決めた以上、途中で投げ出すのが非常に嫌なのです。
私は、この会社で3ヶ月間の研修期間を経て、事務の仕事につくまでは、絶対に辞めないことを誓いました。



あの時、こんなチッポケなプライドなんて、捨てていれば良かったのです。
ただ、中学の頃も、高校の頃も、途中で投げ出したものが多すぎて、当時の私には、そんなチッポケなプライドでも、一つの目標でもあり、自信でもあったのです。


翌日、私は約束通り会社へ出社しました。
当たり前の事ですか、昨日と同じ、どこかのヤバイ事務所のような顔触れが揃ってます。

昨日と同じように、朝礼が始まりました。

不安だらけでしたが、見た目より周りの人は優しく、仕事も、最初はあまりしなくていいと言われ、ほとんど車両から出ることもなく、むしろ、みんなちょっとだけ仕事をして、後はマンガを読んだり、麻雀をしたりとほとんど遊んでいました。
そんな生活が楽しくて、私はこのまま営業でもいいかな?と、思い始めました。
仕事はしないし、遊べるし、給料はいいし・・・・
こんな楽な仕事はないと思いました。

ただ、帰りは遅く、遠い地方まで行って日帰りとか、一週間の出張とか、普通の仕事では有り得ないようなスケジュールだったので、きついと言えばきつかったのです。
しかし、当時の私は自分の住んでる場所や実家の周辺しか知らなかったので、そんな変わったスケジュールでも、旅行気分の感覚で行っていたので、むしろ楽しかったのです。



この頃はまだ、どれだけ辛い仕事なのか、わかっていなかったのです。



しばらくして、私は初めて一人で営業の仕事、つまり訪問販売をすることになりました。
もちろん、最初は客の家に人が入れるように、アポイトメント(=アポ)をとるだけの仕事で、商品の説明や売りの話はできません。

私がアポをとった人の家の中に、知識を持った人間が入り、そこから商品の話をしていくのです。

私はすぐにアポをとることができました。
そして、安い価格ではあったものの、売り上げになったのです。
素直に嬉しかった。
ただアポをとっただけなのに、周りの人間はおお喜びで、しかも、それが売り上げになって、みんなにたくさん誉めてもらえた。
それだけで、本当に嬉しくて、私はこの時点で、営業の道を進むことを決めたのです。


それから私は、毎日働きました。
人見知りが激しく、恥ずかしがりやの私が、知らない人の家のチャイムを鳴らし、知らない人と初対面からたくさん話しかけ、そして、知らない人の家に入る。
信じられないことでした。
それでも、その時は、恥ずかしいとか、しゃべれないなんてこと、考えていなかったのです。


しかし、そんな私の充実したワークライフとは裏腹に、たいちとの時間が前にも増してずれていったのです。

あきみの一生〜19歳5〜 

2006年12月09日(土) 22時38分
社員、全員がそろい、朝礼が始まり、長身のホスト風な人が私のことを紹介してくれました。

後々に話を聞くと、彼は部長で、営業の中ではトップでした。
そして、彼こそが私の愛してしまった人なのです・・・。


この会社の営業は2台の営業車で動いてて、1車両に3〜4人の人間が乗ってました。

私は、長身のホスト風の部長、花村祐一側の車両に乗ることになりました。

部長車両は、太った普通のおじさんの『村下さん』、ヤクザの若い衆みたいな『佐田さん』、そして私と部長の4人でした。


元々、人見知りの激しい私は、3人の会話の中に入れませんでした。
しかし、3人が私に話しかけ、まさにホスト風に私のことをチヤホヤしてきて、徐々に慣れて来ました。


私が慣れてきた頃に、営業の仕方、ノウハウなどを教えてもらいました。

しかし、教えてもらってた内容は私が想像していたのとは違って、いわゆる、悪徳業者の営業だったのです。

(やっぱり辞めるべきだろうか・・・)

私は悩みました。
それでも、私は事務の仕事につけることを信じて、3ヶ月は頑張ろうと決意しました。

その日の夜、部長のおごりで晩御飯をごちそうになりました。

「明日も来てね。」

と、言われ、私は家に帰りました。

あきみの一生〜19歳4〜 

2006年12月01日(金) 19時55分
後日、改めて連絡が来ました。
見事、採用になったのです。

今まで、お世話になった会社の上司に、お礼をいい、翌々日から、新しい会社で、新しい生活が始まるのでした。



初出勤当日、私はビシッとスーツを着て、新しい会社に向かいました

会社に到着して、中に入ると、面接の時のように事務員の女性だけがいて、他の社員は一人もいませんでした。

「おはようございます。」

事務員の女性に挨拶をして、案内されたテーブルの席に座りました。
周りを見渡すと、売り上げ表のような物がはってあり、数名の名前が書いてありました。


(営業かぁ・・・)

営業経験もないし、営業自体やりたいと思っていなかったのですが、3ヶ月だけだから・・・とOKしたものの、不安がありました。

しばらくして、社員が一人入ってきました。

(えぇ!)

その社員を見て私は驚きました!
彼の姿はどう見てもホストにしか見えなかったのです。
その次に来たのは、身長は180cmくらいで、太った金髪のロン毛の男性。
次は、ツイストパーマのかかった3ピーススーツを着た、ヤクザの若い衆みたいな人。
見た目、地味な太ったおじさん。
そして、細身の長身で、これもまた、ホストのような人でした。


この時点で、辞めておけば良かったのに、私と一日違いで入社した女性が、一人いたのと、3ヶ月経てば事務の仕事ができるなら・・・・と、考えてしまったのです。

しかし、それが全ての間違いでした。

あきみの一生〜19歳3〜 

2006年11月16日(木) 20時30分
私は、まずたいちに相談をしました。
たいちは、そういう話を積極的にする方ではなかったので

「あきみが仕事を変えたいと思うなら、変えてもいんじゃない?」

その程度の話でした。
母にも話をして、そんなに生活が大変なら・・・・と転職に関してはすんなりOKしてくれました。
会社で直属の上司にも話をして、いよいよ本格的に仕事探しを始めました。


しかし、高卒で、たいした資格もなく、経験もない私を、事務作業で雇ってくれそうな会社はなく、なかば諦めて、パチンコ店で働くか、キャバクラで働くか、真剣に考え始めました。
そのことをたいちに伝えると

「俺はどっちも反対だなぁ・・・」

と言いました。
当時の私は、たいちが嫌なら仕方ない、と思い、普通の会社を改めて探すことにしたのです。

求人誌を買いあさり、事務の仕事がないか必死に探しました。
と、そこに目に飛込んできたのは、寝具のクリーニング業の事務募集の広告でした。
月給18万で土日・祝日休み。
学歴不問。
私にとって、こんなに好条件の職はない!
即座に携帯をとり、電話しました。

「はい。○○コーポレーションです。」

綺麗な声の女性が電話に出ました。
私は求人誌を見て電話したことを告げ、面接の希望を伝えました。

「では、×月×日の午後1時にこちらに来れますか?」
「はい、大丈夫です!よろしくお願いします!」

私は少し興奮してました。
やっと、まともに職につける。
正社員として事務の仕事ができる!
そう思うと嬉しくて仕方ありませんでした。



そして、面接の日、私は会社を途中で抜けて、面接に向かいました。
私の自宅からは車でだいたい30分くらいでした。

その会社の事務所は小さく、周りは住宅街でした。

近くの駐車場に車を停めて、事務所へ向かいます。

(○○コーポレーション、ここだ。)

少し緊張しながら、自動ドアの前に立ちました。
中には、恐らく私が電話したときに対応してくれたであろう、女性が一人、デスクに向かって座っていました。
事務所の中も、外見の通りこじんまりとしていました。

「あの、今日面接をお願いしてる佐山です。」
「はい、お待ちしてました。どうぞ、中にお入りください。」

入り口でスリッパに履き替え、奥の方へ通されました。

「今、担当の者がくるので少々お待ちください。」

お茶を出され、私はソファで面接の人が来るのを待ちました。

しばらくして、一見ヤクザ風の小柄な男性が来ました。

「社長の五十嵐です。」

社長本人が面接すると思っていなかった私は、少し緊張しました。

最初は普通の面接で、志望動機やら、以前の会社でいくらくらいの給料をもらっていたのか、聞かれました。
そして、この会社の給料の説明をされた後

「一応、事務の仕事とは言え、営業マンとのコミュニケーションをとってもらうために、最初の3ヶ月は営業の仕事をしてもらうことになりますが、いいですか?」

と、聞かれました。
その間の給料は営業と同じ金額がもらえるとの事でした。
私は営業の仕事はしたくなかったのですが、3ヶ月だけなら、と思いOKしました。
そして、後日電話連絡をすると言うことで、その日は帰りました。


数日後、面接した会社から携帯に電話がありました。

電話の内容は、事務員の応募が多すぎて、採用できるかどうか、まだ判断できないから、違う会社を探すなら探してもいい、と言うことでした。

正直、悩みました。
営業の仕事はしたくないけど、こんな条件でまた探すとなると、ほとんど見つからないだろう・・・・。


悩んだ挙げ句、私は待つことにしました。

「あの、待つんで、よろしくお願いします。」
「わかりました。では、もう少々お待ちいただけますか?」




そして、私の運命は変わり始めるのです・・・・。

あきみの一生〜19歳2〜 

2006年11月15日(水) 20時28分
次の日に、たいちが仕事に行ってる間に、私は荷物をまとめ、しばらく住んでいなかった自分の部屋に帰りました。
何ヵ月かの間、無人だった部屋はなぜか妙に荒れていて、それがなおさら私の心を悲しくさせました。

たいちに嫌われたくない、たいちの側にずっといたい。
その思いが、たいちには重かったのでしょうか?

私は車から運びだした荷物をその場に落とし、泣き崩れました。
永遠の別れではない、そうわかっていても、私の心には穴が空いていたのです。


さんざん泣いて、荒れ果てた部屋を見渡し、絶望にも似た虚無感に襲われました。
その反動で、私はノロノロと体を起こし、一つ一つ、まるでたいちと一緒に住んでた頃の思い出をひろいあげるかのように、部屋にちらかった荷物を集めました。

たいちは、別々に住んでからも、変わらず優しかったです。
私は私で、休みの日は私の家で料理を作り、たいちの帰りを待ち、一緒にご飯を食べたりと、一緒に住んでいないこと以外は、なにも変わりませんでした。


そんなある日、たいちとよく飲みに行っていたスナックのママ『あさみ』から連絡がありました。

「もしもし?あきみ?」
「どうしたの?」

私は、ママの優しい声が大好きでした。
いつも私の事を励ましてくれて、元気づけてくれました。
だから、私はママの事が大好きでした。

ママからの用件は、一緒にスナックで働かないか?と、言うことでした。

私の仕事は、パートだったので、時給制で、最近は仕事の量も少なく、早く帰されることも多くなり、月のお給料が10万に満たないこともたくさんありました。
生活するのもままならず、たいちによく相談をしていたのですが、多分ママはたいちから私の話を聞いたのでしょう。

私にとっては、おいしい話でした。
昼と夜のお仕事を掛け持ちすれば、今よりお金が増えるし、遊ぶお金もたくさんできる。
私は、単純にそんな軽い気持で、ママからの誘いをOKしました。
たいちも、ママの店なら構わないと言いました。


ママから電話があった、次の週から、私はスナックで働き始めました。
最初は緊張もしましたが、お酒を飲むことも、人と話をすることも嫌いじゃなかった私は、すぐに場になじみ、昼夜、掛け持ちの仕事が辛いと言うよりは、むしろ楽しかったです。

しかし、そんな日々はすぐに終わりました。
ママの上に、大ママがいて、私のことをクビにしたのです。
理由は、私がビールを飲めないから。
ママのお店は、どちらかと言うと、ビールが出た方が売り上げがいいのです。
そうすると、ビールの飲めない私は約立たずと言うわけです。


そして私は、またOLの仕事一本に戻ったのです。

しかし、やはり生活はきつく、このままではご飯を食べることすらできない、そう思った私は、また、新たに仕事を探す事にしたのです。

そして、それが私のこれからの5年間を苦しめる事になるのでした。

あきみの一生〜19歳〜 

2006年11月14日(火) 23時16分
その大喧嘩の後は、いたって平和で、喧嘩をしたことなどすっかり忘れて生活をしていました。

月日がたって、私は自動車免許も無事に取得して、高校を卒業しました。
ただ、私たちの年は就職難で、私も仕事が見つからず、結局パートとして、事務の仕事をしはじめたのです。
元々、OLの仕事には興味があったし、自分で望んで、選んだ仕事だったので、仕事の量の少なさには不満がありましたが、それなりに充実した生活をしてました。

たいちとの同棲生活も順調で、お互いの親に会ったり、私の実家に一緒に泊まりに行ったりしていました。

そんなある日、いつものように、家でご飯を作って、たいちの帰りを待っていました。
たいちが帰ってきて、せまい部屋で二人でご飯を食べて、テレビを見て・・・・いつもとなんら変わらない生活のはずでした。


「もう、寝よっか。」

どちらからともなく、布団に入りました。
その日の私は、すごく眠たかったのを覚えています。

いつものように、おやすみのキスをして寝るはずでした。
私が目をとじ、眠りにつこうとしたとき、たいちが私の横でため息をつきました。
私は直感で、(何かが違う)と思いました。

「どうしたの?ため息ついて。眠れない?」
「ん・・・・・・・・・・・・。」

長い沈黙でした。
明らかに、何か話があって、そしてそれはすごく言いづらい事なんだ。
それだけは、ハッキリしてました。

「あのさぁ・・・・・・・・。」
「なに?」
(別れ話なのかな?私、なにか嫌な思いをさせたのかな?)

たいちの妙な沈黙が、どんどん私を不安にさせます。

「しばらく・・・・しばらく別々に暮らさない?」

勢いをつけたように、たいちが言いました。

「え・・・・?」

内心、別れ話じゃなくて良かった、と思った反面、今までずっと一緒だったのに、今さら離れて暮らそうなんて、そんなの嫌だ!と、思いました。

「あのさ、どっかに飲みに行きたいって思っても、やっぱりあきみが家にいるって思ったら、なんか申し訳ないなって思うんだよ。俺も、遊びたいし、あきみもそうだと思うんだ。でもね、別れたいとは思ってないし、むしろあきみと結婚しようと思ってる。それは信じてほしんだ。」
「そっか・・・わかった。」

私はそれだけ言うので精一杯でした。

別れるわけじゃない・・・・私にとっては、どっちも同じようなものでした。

もう、私のことは必要ない!
そう言われた気分でした。
「じゃあ、明日、荷物まとめるね・・・・」

私はそれだけ言って、たいちに背中を向けて、目をつぶりました。
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