こヮッッ!! 

2008年02月17日(日) 6時58分
 今日は5時間目が自習で、先生いなかったので☆



 お友達3人で怖い話をしました+.★(d'3`b)★゜+



 ぁたしは怖いのメチャ無理なのに、友達から「親指探し」の話を聞いて



 泣きそうだった.+’(艸дQ。涙)+.



 しかも、そこでだれかのペンケースが『ガシュアァーン』って落ちて、



 ビックリして、心臓が止まるかと思った((汗



 
 怖いのがだいっきらいになりました。。。



 

旦那さん 

2008年02月13日(水) 0時52分
結婚生活、十年目(#^.^#)

ヤバイ。。やってしまった。。ア〜精神的にまずいです。。 

2008年02月03日(日) 4時55分
本日、、厳密に言えば昨日ですが仕事がお休みでした。午後3時に起き溜まってるボクシングの試合を観て6時からガンダム見て食事をとった後古本屋や中古玩具やにフラフラといったのですが。。私・・人様の車にぶつけてしまいました。。相手の1人が車に乗っていたのですがもう一人の方を呼んで対処を・・警察呼んで色々話して・・現場検証なんかでぶつけたとこ写真の撮られたり。。ア〜最悪です・・買ったばかりの車はバンパーイカレルシ・・相手に迷惑掛けてしまった。。保険で何とかなるであろうが。。ア〜ヤダ・・マジヤダ。。・・お互い連絡先交換して「なってしまったものはしょうがない気にしないで・・保険やさんにきっちり直してくれるよう言っていただけたらいいです。」と言っていただきました。心優しい方でした。ア〜しかし・・当分へこみますね。。早急に保険屋に連絡しなくては・・。帰るとき相手が足がなかったので自分が送っていきましたが・・かなり気まずかったです・・。・・後日連絡して何か持っていかなくては・・。はぁ。

コロポックルの棲む、北の大地に 

2008年01月17日(木) 16時27分
新千歳空港に向けて

着陸体制にはいった飛行機の眼下では

全ての山々が紅葉に輝いていました

茶色と黄色と赤と緑のモコモコ絨毯

この季節限定の壮観を空から眺めることができ

出だしから、ラッキー♪

ぼっとン便所に携帯落とした [おもしろ] 

2008年01月11日(金) 9時57分
かなり昔、田舎のパチンコ屋のぼっとん便所で糞をした。
いや、糞をしようとズボンをおろしたところで、携帯を落としてしまった。

携帯は、ぼっとん便所にうずたかく積もったウンコの山の頂点に突き刺さった。

幸い、ウンコ山は固めらしく、携帯は突き刺さったところで止まった。

これなら届きそうだと、鼻をつまみながら手を伸ばしたら、なんとそのときちょうど携帯に着信が。

携帯の着信バイブレータ機能が働き、ブブブと振動しながら携帯はウンコの中に沈んでいった・・・


コメ・傑作プリーズ

砕け散った魂(1) 

2007年12月28日(金) 23時15分
チークダンス



長瀬の鼻に、ツーンとくるにおいがした。「あの匂いだ」と長瀬は瞬間思い出した。
何時のことだったろうか。朝、教室に行ってみると、早く来ていた何人かの子供たちが、騒いでいた。



「くさい。くさい」
華子が右手で鼻の近くで左右に振る。顔をしかめながらだ。美津子もつられた様に、手を振りはじめながら、
「本当だね、華ちゃん」と、同調する。
光明たち男子も数人しょってきたランドセルを机に置くのも、もったいなさそうに、華子たちのそばに近寄っていく。
「何の匂いだろう」と誰かが言い始めて、「ながちゃん、何の匂い?」と教室の前方の黒板の前で子供たちの様子を見ていた長瀬に、華子が聞いてきた。



何が臭っているかさえ分らずにいた長瀬ではあったが、とりあえず子供たちのそばに近づいて、「ふん、ふん」と、大げさに鼻から音を出してみると、やっとかすかに、子供たちが問題にしているにおいの正体が分かった気がした。



「これって女の人のお化粧の匂いじゃないの」
昨日行なわれた授業参観と保護者会を思い出しながら長瀬がそう言うと、子供たちが一斉に、長瀬の顔を見ながら、うなずいていた。集まった母親たちのつけていた化粧の残香である。



「そうだよ、お母さんが外に行くときの匂いだ」と華子が最初に反応した。間髪をおかず、「ミッちゃん、窓開けよう」と、窓側に走り出した。美津子もその後に続く。さらに、光明たち」男子も駆けつけて、一斉に教室の窓を、ごろごろと音を立てながら、開けっていった。



「先生は鼻がいいね」」と光明が言うと、そばにいた隆が、「先生、女の人に詳しいね。浮気しているんじゃないの」と、話を交ぜ返す。「キャー、いやだ。ながちゃんが浮気しているんだって」と美津子。「奥さんに言っちゃおうと」と華子。



「ちょっとはね」と切り返す長瀬に、子供たちは大はしゃぎ。次々と教室に到着した子供たちが「なに、なに」と話が大きくなり、大騒ぎになっていった。一斉に開けはなれた窓から、ひんやりとした朝の空気が入り込んでくる中で、長瀬は子供たちのはじける笑いとあふれる笑顔に包まれて、幸せな時を十分味あわせてもらっていた。



そんな場違いなことを頭に浮かび上がらせながらも、長瀬はそのにおいにむせるような気で、臭いの対象から距離を置こうとした。しかし、臭いの主の畑山泰江の腕は、いっそう女にもかかわらず、長瀬の腰を引き寄せた。
あたりはミラーボールの光だけで、他の照明は一切落とされている。ミラーボールのカラフルな光が右にぐるぐると回転している。その光が、時々長瀬たちと別のカップルを映し出す。ゆっくりと流れてくる音楽は、タンゴかサンバか分らないが、とにかくダンスの曲であることだけは確かなようだ。



実際にはそれほど広くは無いスナックの全様が見えたのは、やっと音楽がとまって店の明かりか回復したときだった。あちこちから、ぱちぱちと、小さな拍手が湧くのにつられるようにして、長瀬も小さく手を叩いた。



目の前に現した畑山となるべく目をあわさないようにして、長瀬は脇にどけられていたソファーの一つに急いで座り込んだ。ホステスの女性の何人かが、テーブルを元の位置に直す前に前に。



長瀬をこの場に引っ張り込んだ先輩教師の三田薗が、長瀬に近づき、ワイシャツの肩をたたきながら「どうだった、長瀬君。畑山さんと踊れて幸せだっただろう」と、すでにろれつが回らない口ぶりで、顔はそこにいる全員を見回しながら、笑いを誘うように、赤くなった顔を口いっぱいに開けて大きな声で言った。



「いやですよう、三田園先生。長瀬先生は私みたいなおばあちゃんじゃいやですって」と、けたたましい声で畑山がありったけのおしろいで真っ白な顔の中の真っ赤な口紅を塗ったくった唇を光らせながら、大きな口で言い返していた。同時のその場にいた全員の笑い声がそれほど広くない、客は長瀬たちしかいない店内に響きあった。



結局、長瀬が三田薗と二人きりになったころには、すでに10時が過ぎようとしていた。
「いいか、地域を大切にしていかなければ学校はやっていけないんだ。それがここらの学校なんだよ」さっきまで居たスナックから15分ぐらい歩いたところの1級河川に国から指定されている川べりの土手の上の草むらに寝転びながら、長瀬はその言葉を隣から聞いていた。



三田薗が言うこことは、都内の下町の地域のことをさすのであろう。長瀬が昨年から異動してきたところである。一般的にいって、教職員の移動は、新任で6年、そうではない教師は10年と決められている。移動の対象になる地域も都内をA、B,Cと分けられ、在職中には、そのどの地域も経験しておかなければならない仕組みになっている。長瀬が住んでいる所は東京の西側、この下町は東京の東側に位置している。横に長い東京を横切ってくるわけだから、今までの通勤時間のほぼ倍近くにはなるが、それでも地下鉄をうまく乗り継いでくれば、それほどの苦にもならなかった。



それより長瀬にとって苦になっていたのは、今日のような「酒宴」であった。長瀬自身の育ちが、生まれは神奈川で、育ちは東京の山の手であったから、そこに、今日のような酒宴は無かった。



*写真は夏の間咲いてくれていたサルスベリとまだ緑いっぱいの山

続、必殺素浪人、鰤鰤佐衛門が斬る!・・・解答編 

2007年12月15日(土) 10時23分
お富は、衰弱しきった太助の寝床の枕元に座り、意を決して口を開いた。

「あなたと、このまま暮らしていても先が見えませぬ。

病人をほおって行く様で、心苦しいのですが離縁をお願いします。」

太助はびっくりして体を起こしたが、すぐに気を取り直して

「幸い子供もいないし、お前もまだ若い、俺の方から離縁して上げられずすまん」

太助は涙ながらに頭を下げる。

お富はそんな太助を見て、「別れたくない」と心に思うのだが、

庄衛門に太助を助ける方法はこれしかないと言われ、「太助さんの命が助かるなら・・・」と、

決心したのであった。もちろん「はいそうですか」とすぐに納得したわけではないが、

庄衛門が二人の事を親身になって考え、助けてくれているのは、痛いほど解っている。

お富は家の外に出ると、太助の前では我慢していた涙をぬぐいもせずに、

まとめてあった荷物と一緒に実家へと戻っていった。

太助は、さびしいと思う反面、ほっとしている自分に気づき驚いた。

そしてもっと驚いたのは、次の日から、あんなに続いた下痢がピタッと止まったのである。

あれよあれよと言う間に、1週間もすると、食欲も出てきて、

医者が「これは、どういう訳か知れんが、

もう心配は要らない。あと一週間もすれば働けるであろう」と言うのだ。

これには、庄衛門を始め、長屋のみんなが驚いた。

庄衛門は何故病気がよくなったのか全然わからず、鰤鰤佐衛門に理由を聞いた。

この町に来てもう10日がたつのか・・・ここではないようだ・・・と頭の片隅に思いながら、

素人にも、わかりやすい言葉を使い、話し始めた。

「もしも拙者の考えが正しければ、太助は責任を全部自分で背負ってしまう性格であり、

鬱憤や愚痴を発散する場所も方法もしらない。(酒もばくちもしない)

色白で美少年は腎虚のことが多く、夜の房事でも義務感ですることが多かったのだと思われる。

それ自体を重荷に感じてしまったのであろう。」

太助は現代病で言えば神経性の下痢症(過敏性大腸炎?)であり、

それは、新婚と言う環境のストレス。早く子供を作らなくてはいけないというストレス。

妻を養わなくてはいけないと言うストレス。そこに腰を痛めると言うストレスが加わり、

一気に病気が出てしまった。病気になればなったで、早く治さなくては、と言う

焦りから悪化して行ったのだそうだ。

そこでお富と離縁することで、一気に心の重みが取れて快方に向かったのだと言う。

庄衛門は、「そんなことで病気になるのですか?」と不思議そうに聞き返す。

「ましてや、湯液も鍼灸もしないで治すなんて、神仙の術を使われたともっぱらの評判ですぞ」

鰤鰤佐衛門は大笑いすると、「病気は外因、内因、不内外因、素因からなり、

また漢方治療は、湯液、鍼灸だけにあらず」といい、昔より伝わる逸話を話し始めた。

「昔、宋の国の医師で文摯と言う聖医がおった。

その文摯は、国王を治すのにわざと怒らせて治したと伝えられているのでござる」・・・以下省略



「太助の場合は、その心の重荷をとってやる事が大事。荒療治だが、

何もかも捨てさせ裸にすることである。まづは女母と離縁し、実家へ返す事が最良。」

庄衛門は聞いてもよく解らないが、とにかくありがたいと、

自分の懐から金5両をとりだし鰤鰤佐衛門に手渡した。

ただ仲人だと言うだけで、自分の子供でもない太助のためにこれだけの事をするのは、

それだけ太助がみんなから愛されているのだろう。

鰤鰤佐衛門は、その中の1枚を懐に入れて、「今回の施術はこれで十分」と言って残りを返した。

その話を柱の影から、こっそりと聞いていた八兵衛は、

「俺も最近どうも体がだるくていけねえ・・・こりゃ、女母のせいかもなー」とつぶやくと、

「おぬしの、その原因は酒だ」とこちらを見ずに言うと、

鰤鰤佐衛門は大笑いしながらお茶に手を伸ばした。

八兵衛は、びっくりして腰を抜かしそうになりながら、赤い鼻を、掻きながら一緒に笑い出した・・・

「そう言う性格のために病気になったと言えばそれまでだが、

人間万事塞翁が馬・・・たぶんこの後、お富ともよりを戻し、

今度は少し成長した太助は、子供もできて立派にやっていくはずである」と、

庄衛門に予言して、この町を後にした・・・

台湾スーパーモデル 林志玲 

2007年12月08日(土) 7時59分
初めて台湾に来てもう3年が経ちました。台湾の若い女性を見ていると、30歳の人が20歳に見えてしまいます。本当の歳よりもかなり若く感じる事が多いです。それだけ日本人女性があかぬけしていると思います。この写真の女性は台湾のスーパーモデルで林志玲と言います。台湾に行った事がある人は知っている方も多いかと思いますが、みなさんは林志玲が何歳に見えますか?僕は最初見た時、23、4歳に見えましたが32歳と聞いた時は正直驚きました。本当にきれいですよね。台湾の芸能人の方が日本の芸能人よりもきれいでスタイルがいいと思うのは僕だけですかね?

ケーキで不景気を吹っ飛ばせ! 

2007年12月02日(日) 22時55分
地元の小さいケーキ屋さんで買いました。



これ、なんと350円もするそうです。



ケーキ(景気)もよくなって、誰もが安心して暮らしやすい国でありたいですね。



そういった願いを込めてケーキ(景気)を食べました。



めちゃ美味しかったですよ。

モーターファン 別冊 第244弾!! 

2007年11月29日(木) 6時43分
これから、季節は秋から冬へ向かいますが皆さん如何お過ごしでしょうか☆
紅葉、ドライブと絶好の遠出日和がやってきますが...ドライブといえば!!
そう♪オープンカーには今が最高に良い時期ですよね〜。









と言う事で...(笑)








1999年5月に発行された、'''モーターファン別冊'''の'''第244弾!!'''
'''HONDA S2000のすべて'''



ホンダがタイプRシリーズを登場させ、FF車最速の座を手中に収め遂に待ち焦がれていたFRリアル・スポーツが
S2000(FC20C 型)でしたね〜。








時代は変ろうとも、その時代、時代を生き抜いてきた'''S'''シリーズ。
'''S500'''(63年10月発売)・'''S600'''(64年3月発売)・'''S800'''(66年1月発売)
と受け継がれてきた血統が現代の技術力で引継がれる。








初期型では、NA・2000ccで250ps!ハンドリングマシンであると同時に、市販車でありながら
エンジンのレブリミットが何と...脅威的な9,000回転を実現!!
流石、NAに拘り続けているホンダらしいパフォーマンスに驚きましたね〜。
まぁ、バイクメーカーであり、F1参戦メーカーの成せる技でしょうか!?
※まぁ〜、低回転時のトルクが細く、ハンドリングもシビアさが要求される部分はありましたが...(汗)
 



しかし、庶民には2シーターという障害だけでも敬遠しがちなのに、価格も338万円という破格!?でしたよね〜。
P R
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