2012年01月
(記事数:18)

ハイバイ「ある女」と「恋の罪」

2012年01月 27日 (金) 01:50
昨日、駒場アゴラ劇場にて、劇団ハイバイ「ある女」を見てきました。

以前より、注目している、俳優であり劇作家である、岩井秀人さんの作・演出です。

この舞台の話をする前に、その前日に、映画「恋の罪」を見たことから始めたいです。

「恋の罪」は奇才・園子温監督による、97年に起こった、東電OL殺人事件を下地にした映画です。

慶応卒で東電という大企業につとめる女性社員が、夜は売春をしていたため、かなりの話題を集めた事件でした。私も衝撃を受けました。

その事件を園監督がどのように描くのがとても興味がありました。

実際には、この事件は解決していませんが、監督なりの解釈があり、映画のなかでは犯人も描かれていました。

(以下、ネタばれありです)

映画の構造は、この事件を追いかける女性刑事の視点によって描かれています。円山町のラブホテル街で発見された身元不明のバラバラ死体が誰のものなのか、犯人は誰かを追いかけます。

被害者として浮かび上がってくるのが、二人の女性。著名な大学の日本文学の教授と、売れっ子小説家の貞淑な妻の二人です。この二人が、どうやら、夜は売春めいた行為をしていることがわかり、その渦中に事件に巻き込まれて殺されたのではないか…と推理されます。

著名な大学の教授=エリート女性ということで東電の事件をなぞっているのだと思います。

物語の詳細はともかく、犯人は、大学教授の母親でした。彼女は、娘が売春をしている行為を許せず、殺した…という結末です。そもそもこの女性が売春を始めたのは、過剰に愛していた父親を失ったからで、売春の背景を父親の喪失と父親との過剰な関係に求めていたように見えました。

そして、そんな彼女を許せなかった母が娘を殺す。

そうか、そういう解釈もあるんだなーと思います。(この母親がとてもリアルで良かったです。)

園監督の作品ですから、全体的に映像が濃く、常に過剰ななにかを伝えてきます。そこでは、「女であること」や「女性性」が強烈に描かれています。

自分も一応女性ですが、もし、自分が子供だったら、「へえ、大人の女ひとって、こんなにエロス中心に生きているんだー」って思うところです。

女=エロス、がデフォルトといいますか、大前提としてある。女とは、第一義的に性的な生き物である、ように見える。そのどうしようもないエロスがあふれてしまって起きる事件のように見受けました。

そんな翌日、ハイバイの「ある女」を見たわけです。

偶然にもこの舞台の主人公も、「普通のOLなのに売春もしていた」女性でした。

こちらは特に東電OL事件から発想しているのではないようですが、似たような物語の展開に驚きました。

主人公のタカコは27歳。ごく普通のOLですが、失恋→転職→不倫から、徐々に売春めいたものにはまっていくのです。そして、果ては命を狙われることになります。

この偶然の一致にまず驚いたのですが、次にもっと感心したのは、描き方が全然ちがうこと。(作家が違うのだから当たり前といったら当たり前だけど)

同じように普通の女が売春にはまる過程を描いても世界観が全然ちがうなーってところです。その世界観の違いが、当然演出にも表れてくる。

まず、ハイバイのすごいところは、この27歳OLを、演出家の岩井秀人さん本人が女装してやっていることです。

岩井さんは30代後半の男性です。そのひとが、売春までしてしまう「女」を演じる。

見た目は全然、女っぽくないわけです。エロスゼロ。

一方、「恋の罪」の女性たちは、全身エロスです。大学教授も身体は細いけれど、エロチックな顔立ち、立ち居振る舞いだし、小説家の妻は巨乳で、エロス全開。なので、画面全体がとてもエロチックになります。

事件の起こる廃墟にしても、エロスの館みたいな、日常からは隔離された、不思議なおどろおどろしい空間のように描かれています。

エロスに導かれた人間だけがたどり着く、未踏の場所みたいに。

ハイバイに話を戻すと、こちらは何しろ、40歳近い男性が、27歳の女性を演じてますから、見た目はちっともエロくない。

だから、脳内で一度、彼女は27歳でエロいんだって転換させないといけないです。

どんなにエロい行為をしても、それほどエロチックじゃない。

それゆえ、逆にこの物語が提示するものが直接的に見えて来る気がする。

タカコは不倫相手との関係から、交換条件としてお金をもらうようになっていく。それがさらに進んで、見知らぬ相手からも金銭をもらって、セックスするようになる。

この売春にいたる過程が、日常生活と地続きなんですね。特別の大きなジャンプがなく、するするっとその世界へ入って行く。強烈な事件も罪悪感もないままに、売春することになってしまう。

売春する…っていちいち書くと、特別な出来事みたいに感じられますけど、そこで行われる行為は、いわゆる愛の行為となんら変わらないわけです。そこにお金が介在するだけで。

この地続きの感じ。罪悪感のなさ。そこら辺がとてもリアルだと思いました。

男が(おじさんが…と岩井さんは言った)演じているのに、タカコの存在がとてもリアルなんですよね。

「あーあるある」って言いたくなる。「わかるわかる」って。

こうして、結果的には「売春」をすることになってしまうのね…ということが、無理なく理解できる。

「売春」っていうのは、言葉を与えただけで、実際は、ただのセックスなんですよね。

このただのセックスなのに、過剰に意味を与えてしまうこと……過剰に意味を与えられてきたことが、かえって浮き彫りにされた、と私は思いました。

それはそんなに特別なことだったのか。命を奪われたり、憎まれたりしないといけないほどのことなのか。

男にとって、買春が単にお金を出して女を買うだけの行為であり、それによって、人生が狂ったり、誰かに命を狙われるほど憎まれたり、精神をおかしくするほどの行為でないように、女にとっても本当は同じことなんじゃないか。

女にとってだけ、「性」がそれほど過剰なことなのか。

そう、問いかけているように思う。

売春という言葉がイメージさせる罪悪感の根拠のなさを笑いながら見破ったこと、それが、ハイバイの「ある女」の痛快さだったと私は思いました。

しかしもちろん、今でも売春を憎み、罪深いと感じるひとが大多数であるし、だいたい、法的にも罰せられますから、それはそれでいいんですが、しかし、法律なんて、いつもあとからついてくるものだから、現実はとっくにその罪深さを越えているのではないか、少なくとも今の日本の女性たちにとっては。

そんなことを思いました。

迷い犬に会いました。

2012年01月 26日 (木) 05:20
相変わらず、あーこれからどうしよう…何をしよう…と迷いながら生きております。

ひとつのテーマとして、捨て犬や猫のために何かしたい…という思いがありまして、でも、自分は、演出や物書きの仕事はできるけど、具体的に捨て犬施設を作ったりなんて、できないんじゃないか、と思っておりました。

が。

先日、脚本家連盟から送られてきた「脚本家ニュース」を読んでいたら、小山内美江子さんの記事がありました。

小山内美江子さんと言えば、「三年B組金八先生」の脚本家でいらっしゃいます。(他にもたくさんの名作を書かれています)

その小山内さん、95年にNPO法人「JHP・学校を作る会」を立ち上げ、これまでに、カンボジアに275棟もの学校を建設されているそうです。

275棟! すごいです。

それはもちろん、小山内さんほどの売れっ子脚本家であれば、そういうこともできるのかもしれません。

けれども、そういうことじゃなくて、やはり、心意気のすごさに注目したいです。

つまり、脚本家であっても、学校建設までやる…ってことです。

先日まで、ロンドンにて、捨て犬猫施設でボランティアしてきましたけど、こんな施設、日本にもあったらいいなと思いますが、どっから手をつけていいかわかりません。

でもさ。

やるひとがいて、できることがあるんだよね。

しょせん、自分は物書きと演出しかできないし…とか言ってても先に進まないよね。

なぜ、こんなことを書いているかというと、今日、駒場に芝居を見に行きまして、(劇団「ハイバイ」の「ある女」…とっても面白かったです。詳細は明日書きます)、その帰り道、一頭の迷い犬を見たからです。

品のいいラブラドールが、捨て犬として、警察に連れて行かれるところでした。飼い主が見つからなければ、2週間ほどで命を亡くしてしまうでしょう。

ここがもし、ロンドンなら、私はあの犬を私の働いていたアニマルホームに連れて行きます。そしたら、飼い主が現れなくても、新しい飼い主を見つけることができるし、ずっと生きることができる。

でも、日本だと、本当にすぐ殺されてしまう。

とても素直ないい犬でした。

とりあえず、飼い主が現れなかったとき、私が引き受けるから連絡してほしいと警察の人に名刺を渡して頼みました。ほっておけなかった。

でも、自分で飼えるのは、せいぜい2頭まで。そこから先は無理。

だからって、具体的にどうしたらいいかってわかんないよ。

…この先、小説も書きたいし、映画も撮りたいし、テレビでもやりたいことあるし。いろいろあるけど、犬も助けなくっちゃ…って考えると、ぐるぐるしちゃいます。

そんなとき、小山内美江子さんの記事を読み、およそ15年で275棟も学校を作った……、その事実に励まされました。

自分がやればいい。動けばいい。

それだけのシンプルなことだよね。

そんなことを思う夜であります。

今日、出会ったあの迷い犬、ちゃんと家に帰れますように。

追加。

今朝、目黒警察の人から電話があって、迷い犬(ラブラドール)は無事、飼い主さんのところへ帰ったそう。

よかったー!

ちゃんと連絡してくれた、目黒警察のひとに感謝。

(飼い主が見つかっても、見つからなくても、無視されるんじゃないかと思っていた。失礼しました)

ディレクターズ・ライブ

2012年01月 24日 (火) 03:47
土曜日と日曜日は、東京工芸大学というところで、「ディレクターズ・ライブ」というのをやってきた。

ディレクターズ・ライブって、なんやねん?と思う方も多いと思う。

ディレクターが歌って踊るのではない。私にそんな能力はない。…あったらいいけど。

大学の公開講座のひとつで、映像演出の方法を実際に、映画のワンシーンを作ってライブで見せるという試み。

この大学の教授であり、映画監督の山川直人さんから誘われて参加した。

山川直人監督といえば、自主映画界のスター監督であった。

私が大学に入った頃、すでに山川さんは、自主映画界で知らぬひとはいないほど有名で、才能にあふれ、みんなの憧れだった。

私も作品を見て、圧倒され、学生なのにこんなものが撮れるひとがいるんだーとしみじみ尊敬したのである。

同じ大学の学生であったし、私も自主映画のクラブにいたけれど、雲の上のひとであり、会ったことも話したこともなかった。

それから、○十年、昨年の秋に連絡をいただいて、本当にうれしかった。

なぜなら、山川さんは私の映画を見て、面白かった…と言ってくれたからである。

だから、声をかけた…と。

わー生きてるとうれしいこともあるんだーと本気で思った。

青春時代に「こんな映画を撮れたらなー」と思った人が、私の映画を見て、面白かったと言ってくれたのである。こういうのって、本当にうれしい。

なので、とにかく引き受けた。ロンドンに行く予定にはなっていたけど、途中で帰ってきてもやろうと思ったのだ。(実際、帰ってきた)。

そしてさらに、もうひとり、同じライブをやるのが、諏訪敦彦監督だというのだから、光栄すぎた。

諏訪監督の作品もずっと見てきて、常々、すごいなーと思っていたわけです。自分の映画に渡辺真起子さんに出演してもらったのは、諏訪さんの映画で見て、好きになったからである。

そんな輝ける人々と一緒に並べるなんて、思わず、「本当に私でいいんですか?」と聞いたほどだ。

そういう背景のなかで、3分ほどのショートストーリーを撮ってきた。

出演してくれたのは、藤谷文子さん、米村亮太朗さん、森岡龍くん…という豪華メンバー。

(あと、急に南風佳子さんという女優さんにも出ていただいた)

藤谷さんとは、以前脚本を書いた「フェイスメーカー」(読売テレビ)というドラマの関連飲み会で知り合い、非常に魅力的な人だったので仲良くなった。

藤谷さんはハリウッドに住んで、演技の勉強をしていて、その時、ハリウッドの演技の勉強法について聞いたのだ。

のちにこれが、柳楽優弥くんといったハリウッドのドキュメンタリーにつながった。藤谷さんに刺激を受けたから始まったのだ。

米村亮太朗さんは、劇団「ポツドール」の舞台を見てから、ずっとファン。暴力的な男を演じる姿にまいってきた。いつか仕事したいと思っていた。

森岡龍君は自分の映画にもでてもらって、彼の勘のいい演技がとても好き。監督としても、活躍しているし、才能あふれる好青年。

というわけで、好きな俳優さんに集まってもらえてすごいうれしかった。

これはあくまで、講座で学生のためにやったんだけど、自分としても実験的なことをやらせてもらった。

ハリウッドのリーストラスバーグで習った演出法を実戦してみたかったのだ。

そういう意味で、すごく刺激になり、楽しかった。

もちろん、学校の講座なので、プロの現場と違い、いろいろ足りないこととか、思うようにいかないこともあったんだけど、俳優さんたちがみんな、協力的で、足りない部分に怒ることもなく、全力で挑んでくれてうれしかった。

欲を言えば、もっとやりたかった。もっと時間がほしかった。

同居人にいつも、「なんで、そんなに欲が深いの?」って言われるけど、しょうがない。

この「もっとやりたい」思いがあるから、やっているんだよねー。

そんなわけで、いろいろ反省はあるにしろ、楽しかった。

そして、勉強になった。この年になっても、学ぶことはたくさんあって、はじめてわかることも多い。

というか、まだまだなんだといつも思う。

これから学びたいこと、やりたいことが多過ぎて、生きているうちにできるのか…と思う。

そもそも、小説も、映画も、ドキュメンタリーも、犬のレスキューもやりたいんですけど、そんなにあっちこっち見ててもいいのかな…と思うのでした。

「千羽鶴」への感傷

2012年01月 20日 (金) 23:27
ブログを書くのを、ざっくりさぼっておりました。

ここのところ、明日からやる、実験的なドラマの準備に忙しく…いや、それほどでもないんだけど、最大の難関として、『超時差ボケ』にやられておりまして、生活時間がめちゃくちゃでした。

…と終わったことのように書いてますが、昨日も全然眠れなくて、夜中、仕事のようなことをして、えっと今、30時間くらい起き続けてます。

さすがに、今は眠いので、今夜こそ眠れそうです。

時差ボケのないのが自慢の、普段から昼夜逆転の身だったんですが、寄る年波に勝てなかったのか、本人が治す意欲がなかったせいか、とにかく、治らず…というか、帰国後より悪化しておりました。

明日からやるドラマが「千羽鶴」にまつわるものでして、私はそういえば、千羽鶴ってよく知らないなーと思って調べ始めたんですね。

すると、千羽鶴セットも売っているし、あらかじめ、折りあがったものも売っているんですねー。そして、「病気が早く治りますように」という切なる願いのこもった、エピソードがあることを知りました。

しかし、いろいろなエピソードのうち、私がひっかかりましたのは、川端康成さんの「千羽鶴」という長編小説でした。

川端康成さん…などと「さん」呼ばわりしていいものかわかりませんが、実は、それほど魅力がわからず、「伊豆の踊り子」は読んだ記憶はあるのですが、ほとんどおぼえていませんでした。

が。

この「千羽鶴」は面白かったー。

やっとこういう物語が理解できる年齢に達したということなんでしょうか。

非常に奇妙な物語なんですねー。戦前から戦後にかけての物語ですが、あの、大戦争が、登場人物たちにほとんどなんの影響も与えていない。

「ものが手に入りにくくなった」くらいの感想しかもたず、もっと身近なことに熱中しているんですね。

主人公は、30代前半くらいの、お金持ちのひとり息子で、都内の会社に勤めている。仕事の話はほとんどでてきませんから、会社に勤めている…くらいしかわかりません。

で、物語はこの主人公が、北鎌倉の円覚寺で開かれたお茶会に行くところから始まります。

この茶会で、主人公は「千羽鶴」が描かれた風呂敷を持った女性と知り合う。この女性と惹かれ合い…というのなら、「千羽鶴」というタイトルもわかりますが、どーもそうじゃないんですね。

「千羽鶴」の女性は見合いの相手であり、彼女のあしからず思っていたというのに、この主人公、お茶会で出会った、45歳の、自分の父の愛人であった女性と一夜をともにしてしまうんですねー。

以来、ふたりは、熱愛するわけですが、「父の愛人」であったことに対する罪悪感と、この女性の娘の妨害でなかなかうまくゆきません。

このようにして、奇妙ーな恋愛、というより、色恋が続いて行く物語です。そして、その色恋の小道具として、美しく描かれるのが、茶道具です。父は茶人だったようで、父の残した茶道具が、気の利いた小道具として、いろんな場面で活躍します。

ちょっと昼メロ的展開なんですけど、さすがノーベル賞作家、うまいです。読ませます。

志野焼という、白っぽい茶碗がその女性を象徴するものとして出て来るのですが、茶道具というのは、数百年に渡って、いろんな人の…口を経て、受け継がれてくるもので、それがまた、じわーっと効いてくるんですねー。

そのようなわけで、すっかりはまって、読んでおりました。夜眠れないのでね。

で、明日はその、「千羽鶴」のまつわるミニドラマを、お気に入り俳優さんたちと作って参ります。

実験的な試みなので、すごーい楽しみな一方、どうなるんだろうってドキドキしてます。

「千羽鶴」って元気になってほしいと思っておるものだけど、どこか、はかない、というか、死の匂いがあらかじめするような気がしてなりません。

鶴は千年、生きるっていうのに、自分には、「白鳥」のイメージが重なってしまうのかもしれません。

川端康成の「千羽鶴」も、ちょっと、「白鳥の湖」に似ているかもしれません。

では。がんばってきまする。

アイドルの新しいかたち…グリー

2012年01月 16日 (月) 01:49
ロンドンからの帰りの飛行機のなかで、「GLEE 3Dコンサート」という映画を見ました。

(3Dで見たわけではない…)

「グリー」というのは、大ヒットしたアメリカのテレビドラマで、地方都市のさえない高校のさえないグリークラブ(合唱クラブ)が舞台です。

グリー(合唱)なんて今時、流行らないなか、グリー好きの先生が、クラブの存続をかけて、必死で生徒を集めて始まる物語。

集まってきたのは、モテない勘違い女子や不慮の妊娠をしちゃったチアリーダーや、すごく太った黒人の女子やアジア系の女子、ゲイ、障害があって車椅子で通っている男子など。

問題や悩みを抱えた、高校生活の王道からはずれたひと、いわゆる、マイナーなひとたちです。

その彼らが、グリークラブで一緒に歌うことを通して、友達を得たり、自信をつけたりしていく。

こう書くとずいぶんとまじめなドラマに思えるけど、実際は結構、鋭いジョーク連発の、笑えて、ひやっとするドラマです。

で、見たのは、このコンサート版。要するにグリーのメンバーが出てきて歌う、大コンサート。

そのなかにドキュメンタリー部分が挟み込まれている、というライブものではよくあるスタイルでした。

でも、この映画、ライブだけどかなりテーマがはっきりしていた。

それは、マイノリティに夢を!自信を!ってことになると思う。

主に、フォローされたのは、小人(コビト…小人症…生まれながらにして、低身長のひと)の女の子で、彼女は、ドラマのなかで、チアリーディングのクラブに入るわけです。

実際に小人の女の子が演じており、彼女自身がこのドラマに参加することで得たこと(恋人ができた、自信がついた)などを語って行く。

他にもゲイであることを隠していた少年とか、車いすに乗った生徒を演じた俳優のインタビューとか、あきらかに、マイノリティにフォーカスしていた。

この、堂々したテーマの設定に見ていて、かなりじわっときた。(つまり、涙ぐんだ)

よく、アイドルの女の子が(男子でも可)、「夢は叶う」とか「あなたはかけがえのないたったひとりの存在なんだ」みたいなことを、一生懸命歌いますけど、ちょっと、しらっとしますよね。

「夢叶う」ったって、あなたはその、「外見のかわいらしさ」を持っていたから、今そこで、歌って踊っていられるんだよね…ってことは、誰にだってわかる。(歌も踊りもそこそこでもね…)

だからのその言葉がかなりしらじらしく聞こえる。

けれども、グリーがドラマのなかでやっていることは、もちろん、出演者たちは、とても歌がうまいから、歌唱力がある…という才能に恵まれているのは確かなんだけど、でも、いろんなマイナスの要素があったとしても、ひとつの力をのばすことで、可能性が開けて行くよ…ということを教えてくれる。

先日までロンドンにいて思ったことのひとつは、ものすごくいろんな人が暮らしているってこと。

地下鉄に乗ると、黒人系、ヒスパニック系、アジア系、白人系、アラブ系のひとたちがそれぞれいて、そのなかでも、CITYで働いてそうなブラックスーツのひと、ジーパンなどのラフなひと、ヒジャーブ(スカーフ)で髪を隠したムスリムの女性など、人種だけでなく、宗教や仕事や階級などもさまざまだってこと。

世界がさまざまであることを、グリーはドラマにちゃんと取り込んで、(ムスリムのひとが出てきたかどうかは、最新までは見てないので未確認ですが)、それをていねいに描いて行く。

もちろん、アメリカでは、いろんな人種をドラマに出さないといけないという基準のようなものがある…という背景もあるだろうけど、そうだとしても、グリーがやっていることはかなり挑戦的だし、そして、潔くて、なおかつ、面白い。(←面白い!ってところは大事だよね)

その志の高さに泣けたのだった。

日本に戻ってきたら、似たような容姿のかわいらしい女子をたくさん集めて、同じような服を着せて、その子たちが歌ったり、踊ったりする姿を繰り返し見せられる。

すると、「この国では、ああいう風にかわいくないと、人生真っ暗だってことだね」ってメッセージを受け取ってしまう。

そういう子たちが、いかにお金を稼ぎだすか…についても考えさせられる。

…そんなことは、何十年も前からこの国のエンターテインメントワールドがやってきたことなんだけど、それでも、グリーを見た後は、なおさら、がっくりする。

もっといろんなタイプの女の子がいて、その子たちだって、生きている…というメッセージを届けたいよね。

そんなことを、グリーを見ながら、考えた。

わたしは……いつでも、そっち側の女子の味方でいたい。

象徴としてのつきたてモチ

2012年01月 14日 (土) 00:41
ロンドンでお正月を迎え、特別なこともなかったんだけど、ツイッターを見ていると、「こんなお雑煮を食べた」「うちの雑煮は白みそでした」というお雑煮ツイートが続き、猛烈にお雑煮が食べたくなった。

さらに、「つきたてモチ」に関するツイートもあり、ついでに、「つきたてモチ」のフォトも見てしまったりして、もはや、ただのモチではなく、つきたてモチがものすごく食べたい。

お餅はもともと好きだけど、いつものお正月だって、つきたてモチなんて食べたことがなく、おそらく、人生でつきたてモチを食べたことなんて、数回しかない。

でも、海外で夢見ると、つきたてモチがものすごーく魅力的に思えてきて、あんなおいしいものは他にない、なんて思ったりする。

でも、それって、海外にいて、かなわないことがわかっているからだよね。

手の届かないものはより魅力的に思え、より自分をひきつける。

このことから、海外にいると、過剰に日本的なものを欲するようになり、それは日本にいたときにはしなかったようなことだったりする。

着物っていいなーとか、富士山はきれいだとか(古い)、秋葉原はすごい…とか。

そんなわけで、今、日本に戻ってきたけど、つきたてモチを食べる機会も、どうやって買ったらいいのかもわからない。実際は、ロンドンにいるのとそんなに変わらない。

けど、食べたい…

この欲望だけが肥大して残ってしまった。

餅つき機を買おうかと検討しているほど…(バカなのか)

モチのことはともかく、このように動機というのは、「絶対叶わない」ところから始まったもののほうが強いのではないか、とふと思った次第です。

これはなにもモチに限らないよね。

私の個人的な印象によると、思春期にモテなかったひとは、その後、いろいろ成功して、モテるようになってもなかなか満足しない。

年をとっても、「美人、美人」と騒ぐ男性は、たいてい、10代のころ、悲惨な状態だった場合が多い。

今の若いひとを見ても思うけど、幼いころから「恋愛」やら「つきあう」ことへのハードルが低いと、それが「普通」のことになり、私たちの時代より、「恋愛」に対する渇望が低くなる。

「それほどのものですか?」という感じ。

私の親の世代は、戦争などがあり、「食べ物」に対する欲求が強かったように思う。

10代のころに満足においしいものを食べられなかったという記憶は、その後日本が豊かになって、それこそ、世界中の食べ物が余るほど食べられるようになったというのに、それでも、どこか、「食べること」にガツガツしていたように思う。

ツイッターで誰かがつぶやいていたけど、その時代に足りないものを、若者はほしがるって。

だから、車とかもうほしくない。車はもともとあったから。

もともとないもの…それが、人を助けることだったり、つながりだったり、思いやりだったりするらしい。

そういう「絆」的なものを描いた小説や映画が受けて、今ないからこそ、「なんだかすっごくいいものらしい」と思えるんじゃないか。

これもツイッターで誰かが言ってたけど、「今、みんなが求めている、絆とかつながりって、戦後をかけてずっと嫌ってきた、日本の全体主義のことじゃありませんか?」って。

そうだよねー。

田舎の密な付き合いがいやで都会に出てきて、一人暮らしを選んだんでしょう。

助け合わないとできない農業や漁業が面倒で、サラリーマンに憧れたんでしょう。

…というわけで、どっちも否定してないんですが、欲望とは、求められないとわかったとたんに強くなるものだ…ということを、つきたてモチを通じて、再認識したので、それを書いてみました。

大丈夫です。モチはもう、買ってきて食べましたから…笑。


ロンドンみやげプレゼント!

2012年01月 12日 (木) 00:24
というわけで、本日(12日)朝、日本に戻ってきました。

楽しっかったー!

行ってよかったー!

というのが、素直な感想です。

強盗にあったり、アニマルホームで思ったほど役に立てなかったり、どこまで撮影できたか不安だったり、いろいろありますけど、それらを差っ引いても、充分、楽しかったです。

なにより、アニマルホームから学ぶことは多かったです。

動物の命を助けるとはどういうことなのか

それは人間のエゴに過ぎないのか

動物より先に人間を救うべきじゃないのか

…など、多くの疑問をたてることができました。

これらひとつひとつにすぐに答えは出せないけど、考えるきっかけになったし、考え続け、その時々の気持ちで、書いたり、映像にしたりしよう…という決意もはっきりできました。

…というわけで、このまま、「犬の命」をテーマに撮り続けていく予定です。ドキュメンタリー映画として、完成させようと思ってます。

お世話になったのは、.The Mayhew Animal Home

ロンドン市内にある、125年の歴史のある、老舗のアニマルホームです。

とにかくシステムが確立されていて、施設は清潔だし、働いているひとたちもまじめで一生懸命なひとが多かった。

ボランティアも、リタイアしたおじいちゃん、おばあちゃんたちから、医大生、現役の女子高生まで、ありとあらゆる犬猫好きのひとたちが、なんの見返りも考えず、ひたすら、犬猫の世話をしていまた。

そこで、今日はプレゼントがあります。

Meyhewはいろんなグッズを作っていて、いちいちかわいいんですが、なかでもとびきりかわいいパスケースです。



チャリティのつもりで私も買ってきました。



ビニール製で、上が裏側、下が表の様子です。

私はこれにoyster card(イギリスのsuicaみたいなもの)を入れて、地下鉄やバスに乗るときに使っていました。

今後もsuicaを入れて使う予定です。軽くってかわいくて、便利!

いつも、メールを下さる方々のなかで、ご希望の方は、いつものメールアドレスにご住所を書いてお送りください。

敬意を込めてプレゼントさせていただきます。

メールは書いたことないけど、「ほしい!』という方がいらっしゃいましたら、私の本、映画、テレビ、ブログ、ツイッターの感想などを書いてメールをお送り下さいませ。

数に限りがありますが、できるだけ対応したいと思います。

成田について、一番最初に思ったのは、「日本は暖かい!」でした。気温はそれほどロンドンと変わらないですが、湿度がある分と日照時間が長いせいか、ずいぶんと暖かく感じました。

故郷だから安心して暖かいと思ったのかもしれません。

それと、日本は静かだなーと思いました。

ロンドンは地下鉄でもバスでも大声で携帯電話で話したり、道ばたで立ち止まって、延々しゃべったり、とにかく、にぎやか。

買い物でも、「こんにちは、元気?調子どう?」というところから始まるので、たくさん会話をしないといけない。

その点、日本は言葉少なくてもOKなので、楽でした。

というわけで、帰ってきたー!

今夜は早く眠ります。

明日からは、ミニドラマの準備に入ります。これも楽しみ〜!

31歳バージンについて。

2012年01月 10日 (火) 06:06
ロンドン61日目。



ということで、明日には飛行機に乗って、帰国です。やったー!

ロンドン最後の夜ですが、特にそれとは関係ないお話を…。

先日、ツイッター経由で、このかたのブログを見つけて、とても面白いので読みふけりました。

「不活性で怠惰なアタシの肉体の神秘

この方、加藤さんとおっしゃるのですが、31歳でバージンである、ということを嘆きつつも面白おかしくかいています。

そこで、ふと思ったんです。加藤さんは、どうしたいのだろうと。

31歳でバージンっておかしいよね…と思っているようですが、それで逮捕されるわけでも、大事な仕事からはずされるわけでもありません。

本人がよければ、100歳でバージンでもokのはず。

でも、「いいのか、これで」と思ってしまうとしたら、それは社会とか世間の基準に照らし合わせているってことですよね。

ここが分かれ目。

「人並みでありたい」「普通になりたい」という思いから、体験したいと思っているのか、そうじゃなくて、本質的な欲求(欲望でしょうか…)なのか、ってところが問題のような気がする。

自分がよければいいじゃないか、自分の思ったままに生きろ

世間がどうあれ、他の女子がどうであれ、おのれの道を貫け

…という言い方はとても潔く、かっこいいですし、スティーブ・ジョブスさんなども近いことをおっしゃってます。

というか、偉いひと、業績を残したひとで、こういうことを言っている人は多い。

それを聞くと、「人並み」とか「社会的基準」なんか気にしないで、自分が信じる道を行くべきと思いますが、しかし、それは、偉業をなしたごく少数のひとの結論ですよね。

それに、そもそも、「自分の信じる道」にそんなに迷いのないひとばかりなんでしょうか。

自分など、しょっちゅう、「いいと思っているけど、ホントにこれでいいんだろうか」って何かを決めるときに不安になります。

その時、世間や社会の基準に照らし合わせたりします。

迷いなき人生のひとが、心底うらやましいです。

あ…話が飛びました。

だから、もちろん、このブログの作者が気にすることはわかるんです。

31歳で未経験はおかしいんじゃないか…って。

でも、一方で、こういう人がいらっしゃること自体が、やっぱり、規範の少ない、ゆるやかな世界になってよかったなーと思います。

50年くらい前だったら、好きとか、恋愛とか関係なく、結婚してたはずですから。

かつては、女性がセックスしていい条件は、「結婚」だったわけですよね。結婚してればいい。婚前交渉なんて言い方もあったくらいだし。

けど、今は、「恋愛」がセックスの条件になりました。(ほぼ)

「好き」ならいい。「愛している」ならいい。ってことになってます。

こういう文化のなかに生きてる。

だから、恋愛をしないとセックスできないことになっている。(もちろん、例外はいっぱいあります)

たぶん、このブログの作者さんもこの方程式を信じて、「本当に好きな人と会えたらする」と思ってきたのでしょう。でも、会えなかった。

でもさー、「好きならいい」っていうのも、しょせん、文化というか雰囲気ですから、絶対じゃないんですよね。この世間のいう物語を信じすぎてはいけないと思います。

なので、自分が思ったのは、「特にやりたいと思っていないならそのままでいいじゃないか」ということと、「体験だけしたいなら、好きとか恋愛とかいってないで、適当なひとと試みたらいい」ということでした。

でも、多分、この「適当なひと」っていうのが難しいんでしょうね。

以前、自分は、「ベイビーシャワー」という小説を書きました。39歳の女性が、子供を生むことに関して逡巡する話です。

この頃、自分も40歳目前だったので、「子供をどうするか」というテーマを考えていました。周りの友人も結論を出さないといけないギリギリの年齢を迎えていました。

そして、考えたのが、「子供って、結婚してないと生んじゃだめなの?そもそも、愛してない相手の子供はだめなの?」ということでした。

結婚してなくて、恋人もいない人は子供を持ってはダメなのか?という問いかけでした。

私は実はそれほど、子供をほしいと思ったことがなかったのですが、もし、自分がどーしても子供がほしいと思ったらどうしただろうと。

この世には精子バングもありますけど、せっかくなら、顔のわかる人の子供がいいような気がして、自分だったら、男友達に頼むのがいいんじゃないかと思ったんです。

そこからスタートして小説を書きました。(結末については、小説をどうぞ)

で、再び、このテーマに戻るわけです。31歳バージン。

このひとがとらわれているのが、セックスは恋愛の先にあるもの…だとしたら、一度それをとりはずしたらどうでしょうと。

アイとか恋とか結婚とか本質的には、セックスとは無関係です。別のものです。どっちもどっちがなくても成立するものです。(一緒だと楽しいですけどね)

だからねー。恋愛とか言ってないで、試せばいい。男性だと風俗があって、わりとハードル低いですけど、女性でも、いろいろ方法はあるんじゃないかなー。

…とたぶん、かなり偏向気味の意見を書いております。

「世間を気にするよねー」など前半で書いたわりには、アンチ世間でした。

…今日は午前中、別送便(荷物を別で送る)を届けて、午後はアニマルホームへ行って、写真撮影をして帰ってきました。

ロンドン最後の日だからどこかへ行こうかとも思いましたが、再びパッキングをしているうちに夜がきてしまいました。ま、いーか。


冒頭の写真は、アニマルホームで撮った、ダスクというジャーマンシェパードです。ジャーマンシェパードってホントかわいい、大好きです。

(自分との2ショットを載せてたけど恥ずかしくなったのでやめました)



日本、帰りたくない中学生気分。

2012年01月 09日 (月) 06:06
ロンドン60日目。

今日は一日中、パッキングをしていた。

最後の日曜日だから、どこかのマーケットに行くとか、公園とか、ちょっと考えたけど、パッキングが心配だったし、気力もなかったので、引きこもる。

部屋でいろいろやっていたら、大家さんの女性が現れ、「昼間からやってるの?どこにも遊びに行かないの?」と聞かれる。

まあ、そうなんだけど、基本的にそんなに外にいるの好きな方じゃないし、これでよかったのであった。

シェアしていた日本人女性も帰国してしまい、大家さんも当分こないという。

「あなたひとりになります」

ほう、なるほど。

これが、昔だったら、「ひゃほー、誰か呼んで、大騒ぎしようぜ」って気分になったけど、そういう時代は過ぎたようです。

ひたすら、荷物を整理してつめ、必要書類を書き込み、昨日撮影したものをハードディスクに映したり、地味に過ごしました。

夕食も買ってあったパスタを温めただけ。質素なもんです。

しかし、いざ、帰るとなると、帰りたくなーい!って気持ちもわいてくる。

お雑煮食べたいし、話題の映画見たいし、本も読みたいけど、帰ったら、また、あの、慌ただしい世界に舞い戻るのかと思うと、ちょっと立ち止まりたくなる。

どの番組が高視聴率だとか、どれがヒットしているとか、コケたとか、そういう怒濤のうわさの現場へ、戻りたくないなー。

そんなに渦中で生きているわけではないんだけど、いろいろ耳に入って来るのですよね。ツイッターとかやっているから、ロンドンにいても、入ってきたけどさ。

そんなわけで、夏休みの終わりの中学生みたいな気分になってます。

学校で友達に会えるのは楽しそうだけど、毎日早起きして、学校行ったり、授業聞いたり、制服着るの、面倒くせー…みたいな。

いい年して何言ってんだよ…ってことですが。

それもこれも、自分で選んだ道だもの。ふへー言わずに帰りましょうね。

ということで、明日はアニマルホームに行って、写真を撮ってもらうのでした。

ホームで発行している雑誌に逆取材されて、記事が載るようです。うふふ。

このアニマルホームは国際的な組織なので、雑誌も結構豪華なんだよなー。

うれしいな。

そして、また、犬たちに会えるしね。

ということで、夏休みも(冬休みか…)もう、決定的に終わりに近づいてきました。

帰国を前に思うこと。

2012年01月 08日 (日) 06:37
ロンドン59日目。

朝起きたら、風邪っぽくて、そのまま、寝たり起きたりしていた。

アイホンでメール見たり、ツイッター読んだりして、眠くなってまた、寝て。

テレビをつけたら、「The perfect man」っていうラブコメやっていたので、ベッドのなかから見ている。

シングルマザーの母親に、17歳の娘が、恋人を見つけようとする話。母親の恋人候補は、「 sex & the city」でキャリーの恋人、ビッグのクリス・ノースが演じていた。

子供っぽいシナリオで、凡庸な展開。そのせいもあって、また、寝てしまう。

ちゃんと起きたのは、12時すぎ。たくさん寝たので、風邪もなぜか治っていた。

冷蔵庫に残っていたもので朝ご飯。

トースト半切れ、ワッフル1枚、ヨーグルト、チーズ2切れに紅茶という質素な朝ご飯。

ちなみに昨晩も同じだった。

屋根裏部屋に暮らす、貧しいお針子さんの気分だ。

ご飯のあと、ピカデリーサーカスの近くにある、三越へ行く。ここにクロネコヤマトが入っているので、別送品を送る段ボールを買いに行ったのだ。

三脚を買ったり、防寒着を買ったりして、すっかり荷物が増えたので、送ることにしたのだ。このまま、飛行機にのったら、オーバーエキセスが、すごいことになるんじゃないかと思って。

でも、日本までの宅配便のお金が12000円ほどで、すでに高いような気もした。

まあ、いいや。もう、頼んじゃったし。

そんなわけで、今日は地味に過ごす。

明日、ロケできるかもしれないと思っていたけど、連絡がないから、なしでしょう。

明日は暇だから、ハイドパークにでも撮影に行こうと思っています。なんとなく、公園の雰囲気でも撮ろうかな。

そんなわけで、ロンドンの2ヶ月もそろそろ終わりです。

結論から言うと、やっぱり来てよかった。

なにより、学校で勉強するのがすごく楽しかった。仕事だと必ず、結果を出さないといけないし、そこでは純粋な探究心だけですませられるわけでもない。

けど、学校の勉強はすべて、自分にかかってくるので、楽しかった。

友達もできたし。

あと、アニマルホームでのボランティアも体験出来てよかった。犬の世話というのは、基本的に単純な肉体労働の繰り返しであることを確認した。

動物の命を助ける…といっても、相手は生き物なので、必要なことは、すごく当たり前の地味なことなんだよね。

安心できる寝床とご飯と散歩。これを用意することなんだ、ずっと、途切れることなくね。

あと感心したのは、イギリスのボランティア層の深さ。ホントにいろんなタイプのいろんなひとが、ボランティアしている。

そして、動物関係者はみんな優しいし、物静かなひとが多かったなー。

自己実現とか勝つことばかり考えるひとは、動物の世話などあまりしないだろう。特に捨て犬の世話などは。

なんの見返りもないからね。あるのは、動物からの愛情のみ。

でも、この動物からの愛情こそ、私にとては、かけがえのない、どんな報酬より大事なものだけどね。

犬に信頼される喜びをあらためて、感じた。

ということで残り少ないロンドンの日々をのんびりしようと思います。

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