山田あかねの一喜一憂日記

もて道
(記事数:5)

昔もてた男。

2007年09月12日(水) 02:46
NHKBS2で「デスパレートな妻たち」の2シリーズを毎晩2話ずつやっているので、寝不足気味。自分ではすっかり、シーズン2は見終わっているつもりだったけど、見損なっている話が結構あって、確認のために、毎晩見ている。(アホか)。なかなかやめられないよー。眠い。

ほんとは、「もて道」について、書く予定でした。昔もてた男というのはつらいというテーマで。大人には、4つのグループがある。

1)今も昔ももててるひと
2)昔もてたけど、今、だめなひと
3)昔アウトだったけど、今、いけてるひと
4)今も昔も悲しく圏外なひと。

あとずっと普通のひとってのもいるか。(これが大多数か)。

で、テーマはグループ「2}だ。
以前さー、すごくさえないくせに、やたら、女性に自信満々な男性(中年)に会ったことがあって、なんでか不思議だったんだけど、あとから、そのひとは、若い頃、かっこよくて、もてた…と聞いて、合点がいったのであった。

現在は、仕事もぱっとせず、よれよれシャツにGパンで、髪もぼさっとして、だらしな〜い感じ。けど、なぜか横柄。「おまえごときの相手はせん!」みたいな態度をとられた。要するに、彼のなかでは時間が止まっていて、「お金なくても、GパンにTシャツでもかっこいい俺」という自己認識にゆるぎがないのよね。特に男子は、自分の外見に甘いから、(その点女はシビアだからね。服を買いに行っても、エステに行っても、女友達からも、シビアな態度をとられるから、自覚するんだよね)、気づかない。

そういうひとって、セクハラで訴えられたりするんだよね。部下にかわいい女子がいた場合、当然、自分が誘えばOKだと思い、誘う。部下は、上司の誘いを断れずにつきあうだけなのに、本人は、自分に好意があると誤解する。これがこんがらがって、部下の女子から、セクハラで訴えられたひともいるようだ。そのひともかつては、イケメンでならしたひとであった。

で、なにが言いたいかっていうと、昔もてたけど、今だめなひとは悲惨だ…ということではなく、(ちょっといい気味だけど)、そうじゃなくて、年齢を重ねると、「このひと、若い頃、もてたのかどうか」が、ひと目ではわからないので、面白いということでした。ぱっと見じゃ、なかなかわからないのよ。女性の場合、年取ってもきれいなひとは、わかりやすいけど、男性はさー、わからないの。今、渋い魅力があっても、昔はちがってたかもしれないし、今、ヨレヨレでも黄金時代があったかもしれないもんね。

なにを書こうとしているのだっけ。
こんなことがわかるのも年をとった楽しみ…ってことにしておこう。
「このひと、昔はどんな感じだったんだろう」って想像するのって、楽しいな〜って。

(基本的に眠くて、集中せず、うまくまとめられなくて、失礼)。

もてる男の変遷

2007年04月07日(土) 20:18
漠然と、ホストクラブのHPを見ていて思った。最近のホストというのは、ほんとジャニーズ系である。

ジャニーズ系とは、華奢で細身で顔立ちも女の子っぽい奴ら。人柄的にも、凶暴ではなく穏やかで女子っぽい感じ。世間でも「ヤワ」な男のほうがもてるし、メインになってきているように思う。それってなぜだろうと今更ですが、考えた。

自分が少女の頃(って単純に十代の頃)、まだ、「ごっつい男」ってのもそれなりにもてた。「頼りがいがある」とか、「たくましい」やつらが、もてる男だったように思う。俳優さんにもこの手のひとが多かった。イメージでいうと石原軍団的な濃い顔のひとたち。しかし、時代は流れ、体育会系でいえば、柔道家タイプや角刈りタイプは、もてる男のカテゴリーから姿を消した。暑苦しく、汗っぽい感じは疎まれる傾向にある。

なぜ、そうなったか。答えは簡単。女が強くなって自立したからだよね。かつて、社会的にひとりでは生きていけなかった女たちは、自分たちの好みより、「養ってくれそうな奴」「守ってくれそうな奴」を選んだ。選ぶしかなかった。けどさ、今や、自分で稼ぐことができるようになると、そんなうっとおしい奴はいらないのよね。それより、話の合う、かわいくて、女友達の延長のような、キレイな男がいいわけだ。というわけで、世界的に男らしい男は地位が下がっちゃっていると思う。はは、ちょっといい気味。(ってこともないが)

しかし、反面、若い女子の間で年上好みが多くなっているという現象もある。20歳くらいの女子に聞くと、「同世代の男はガキすぎてつきあえない」とのことである。「30歳くらいまでなら軽くOK」だそうだ。ふうん、おじさんたちには朗報ではないだろうか。

女性のほうも、知り合いの超美人辣腕編集者の彼氏は、十五歳くらい年下だし、女性の側も守備範囲が変わってきていると言える。恋愛が自由になるのは、いいことだし、新しい物語が生まれやすいから、面白いとも言える。ちょっと最近は、忙しすぎ、疲れすぎて、恋愛関係に触手を伸ばす気力もなかったけど、研究は続けるのであった。だって、面白いんだもん。

ごっつい男よ、さらば。

ホステスに説教するひととは?

2007年02月02日(金) 21:12
そんなわけで、毎週「鴻上尚史の生き延びるために笑う」を聞いているんですけど、今週の「おたより」にこんなのがあった。風俗とかキャバクラで、働いていると、客が説教を始めることがある。「なんで、おまえはこんな仕事やってるんだ?」的な説教。自分も客のくせに、なんで男はそんなことを言うのか?というの質問であった。まあ、よく聞く話ではある。風俗(H関連から銀座のホステスまで含めて)の女性に対して、侮蔑というか、あきらかに、「下位の者」としてふるまうひとは結構いる。その理由はいろいろ考えられるけど、鴻上さんの答えは、すっごくすっきりしてて、面白かった。

いわく、「そういうこと言う男は、ようするにもてないやつなんだよ」と。

へーそうなのか。鴻上氏の説明は続く。基本的なこととして、まず、もてるやつは風俗へ行かない。もてないから、お金の力で女性をなんとかしようとする。ということは、日頃から、もてない=女に恨みがある、ゆえ、そういう店でついつい偉そうにしたり、説教したりするのではないか、と。なるほど〜。かなり納得した。

確かに、もてるひとは、わざわざ風俗行かないであろう。知り合いで、自称もてるおっさんがいたけど、彼の彼女っていうのが、銀座のおねえさんでそれが何よりの自慢であった。が、もちろん、そんなの金の力であって、彼の魅力ではないのだが、知らぬは本人ばかりなり。

もっともっと昔なら、遊女(風俗一般で働く女性)と地女(普通の女性)の敷居は高くて、男は普通の女とそうそう遊べないから、専門職へ行ったわけだ。結婚を前提としないと、地女は、なかなか、深い関係を許してくれなかったから。だから、風俗が発達したわけだけど、21世紀ともなると、遊女も地女もそんなにかわらぬ貞操感である。

すると、もてるひとは、普通の女(だってタダじゃん)へいき、そうでないひとは、お金を支払う、という資本主義的結末になるのだろうなあ。鴻上さんの答えは、なんとわかりやすいことか。ようするにもてないやつの恨み節なのね、と思えば、説教されるキャバクラ嬢も溜飲をさげられることであろう。

と、なんとなく、ゆるネタでした。

「もてなくていい」その後。

2006年06月17日(土) 00:25
昨日の続き。
「もてたくない」女子(30代)について。

昨日は、偶然にも拙著映画化の打ち合わせでした。たいへん、知的で文学、哲学に造詣の深いプロデューサーさんと、脚本づくりをしていました。小説とは、意識の流れを書くモノ(BYヘンリー・ジェイムズ)ですから、それを映像化するにはいろいろなテクニックがいるんですね。わかりやすい手段では、意識の流れをモノローグにするという方法ですが、(つまり、語らせてしまう)やはり、映画は映像=つまりひとびとの行動によって描かないとダメなわけです。

もともとテレビ出身の私は、映像では表現できないものをやりたくて、小説を書いております。セリフや行動より、主人公の気持ちを中心に書いている。もちろん、それが好きでね。じゃあ、なんで映画化なんかするんだよ!と言われてしまえば、とほほ、なんですが、映画もこよなく好きなので、ついつい。

そんなわけで、自分が小説で書きたかったことを、今度は映像に語らせるための翻訳作業をするわけですね。その際には、いろんなことを話しあいます。主人公は何を欲しているのか、どうしたいのか・・などなど。そういうわけですから、映画や小説とは直接関係のない話もたくさんします。昨日は合計5時間ほど会議してました。(今、数えてびっくりしたけど、よくあることですね)

けど、この会議ってやつが結構楽しいんですよね。別に映画じゃなくても、テレビ番組作るときも、会議と称して、いろんなこと話します。ひとつ番組つくると、お互いの恋愛遍歴や人生観がバレバレになるのはよくあることだし、そうやって話しあうことで、作品が膨らんでいくんですよね。

で、前置きが長くなったけど、この会議で、例の「もうもてたくない女子」のことを話したんです。すでにそういう女性が出現しているんですよーって感じで。すると、そのP、「じゃ、すごくかっこいい男に誘われても断るのかなあ」と疑問を呈しておりました。それについては、本人じゃないから、答えられなかったけど、今、その質問を繰り返してみて、答えはきっと「相手を気に入ればつきあったりもする」ってことだと思うんですよね。

「もてること」に無関心な人々。

2006年06月16日(金) 02:17
昨日、少しふれた「もてなくていい」「もてることに興味ない」というテーマについて。

例えば、雑誌「ニキータ」や「レオン」。年をとっても必死で「もてよう」とするひとたち向けの雑誌である。古くは、「ポパイ」や「ホットドックプレス」という雑誌があり、一貫してテーマは「もてる」であり、「もてる」ことは、日本全国一億二千万人に共通する望みなのかとうっすら納得していた。というより、そう信じてきた。

実際、50歳近くなっても、血眼で「若い女子」を追いかけ回している、オヤジは結構いる。確かに、客観的に見ると、「アワレ」な感じがするけど、その心情は理解できなくない。ひとは、若き日に、手に入れることのできなかったものに、生涯執着するからだ。だから、彼らが、権力を持つ職場で、職権を利用して、部下、もしくは部下に近い関係の女性に、セクハラをするのは、理解できるのである。(理解しているからといって、認めているわけじゃないけど)

で、ここからが本編。
12歳の小学生から60歳のおじいまで、日本全国民が「もてる」をテーマにしているのか思っていたら、「もう、たくさん」と思っているひとたちが、確実に生まれているということ。うすぼんやり、そうかもしれないなーと思っていたけど、当事者とじっくり話して、とても新鮮だった。

「もう恋愛はいい」という。

「恋愛はめんどくさい」というわけだ。確かに、恋愛至上主義の時代は去りつつあるのかもしれない。かつて、「自由恋愛」と呼ばれ、一部の特殊な男女だけが、行ったとされる恋愛が、1970年頃から大衆化した。それから30年以上が過ぎたのだ。そうなってみると、恋愛は特殊なひとがある決意をもってする大事業ではなくなり、幼い頃からたしなむ遊びのひとつに過ぎなくなったようだ。

盛り上がるためには、恋人に難病のひとつにでもかかってもらわないと続かないのである。現実には、普通の恋人は普通に元気だから、どんな恋愛もそれほど盛り上がらずに、平凡な結婚にゆきつく。それがどうした?という気分なのかもしれない。

仕事があって、楽しい友達がいれば、あえて恋愛の残骸である結婚を選ぶ必要はないのかもしれない。けど、私はまだ、わからない。どうしても、「さびしくないの?」と問うてしまうからだ。いや、恋人がいても寂しさが緩和されるわけではないことは、充分わかっているのだけど。

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