山田あかねの一喜一憂日記

小説以外の本
(記事数:41)

「フルサトをつくる」

2014年04月30日(水) 05:21
phaさんと伊藤洋志さんの共著「フルサトをつくる」を拝受した。



タイトルの「フルサトをつくる」を見ると、普通のひとは「?」となるはずである。

フルサトをつくるだって?そんなことできるわけないじゃん…。

だが、いや、しかし。

「故郷」はこれまでもいろいろ語られてきた。

有名なところでは、「♬ うさぎ追いし かの山 」で始まり、「♬ 忘れがたき 故郷」と歌われる、文字通り「故郷」という歌。

この曲における故郷とは、自然豊かで、楽しかった子供のころを思わせる、美しい場所。

思い出すとほろりとできる、心のより所みたいな場所だ。

石川啄木の短歌にも、ふるさとモノがある。

「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」

ふるさとが懐かしいので、自分の地方出身の人が降り立つ駅(東北のひとがやってくる上野駅か?)に、訛り(方言)を聞きに行くのだ。

これも、故郷=なつかしー、良き記憶に基づいたものである。

一方、室生犀星はこのように書く。

「ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて 異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや
 ひとり都のゆふぐれに
 ふるさとおもひ涙ぐむ」

これは、ちょっと変化球であるけれども、故郷=懐かし−、よき場所、というのは、想像のなかだけのことで、ホントに帰ると、きついよーというものである。

けど、失った故郷への思いがあふれている。

いずれにしても、「故郷」とは、思い出したり、懐かしんだり、帰りたいけど帰れなかったりする、永遠の憧れの場所なのである。

まあ、そういうものかなあと思っていた。

自分には故郷と呼べる場所がなく、どちらかといえば、室生犀星派(落ちぶれても帰ったら、もっとひどい目に合いそうな場所)だったけれど、ここへ来て、まったく、新しいフルサト観が示されたのだ。

つまり、フルサトはつくっていいのだ。

この本でいう、フルサトとは、本の表紙にあるように、「帰れば食うに困らない場所」のことだ。

家賃の高い都会ではなく、自然の恵み豊かでほっとでき、そこそこの友人がいて、お金がなくても食べ物がもらえたり、泊まったりできる場所。

そういう場所を「フルサト」と呼んでいる。

これまでの故郷は自分が生まれた場所だったり、親が生まれた場所だったりして、主に血縁によって支えられていたわけだけど、そういうものがない場合、あるいは、あっても、なんとなーく自分にそぐわない場合
、故郷なし、帰るところなし、になってしまう。

それはきつい。

室生犀星派は、「きついねー」って歌っていただけだったけど、phaさんたちはちがう。

「なければ、つくればいいのでは?」というのだ。

そうかー、フルサトってつくっていいんだ。

そういう意味で、この本は全く斬新で、固定観念でがちがちになっていた故郷観をぶち壊し、気持ちのいい風を吹かせてくれる。

伊藤さんが主に、「フルサトの作り方」の実践について語り,phaさんが、その世界観(哲学?)について、じっくり聞かせてくれる。

考えて見たら、「故郷」のイメージなんて、実は歴史の浅いものかもしれない。近代化されて、地方からたくさんの若者が都会に働きにでてきた時代に、「帰りたいと思い出す場所」として、イメージされただけなのだ。

そんな浅いイメージしばられている必要はないよね。

「なければ、つくればいい」

ホントにシンプルで気持ちのよい提案だ。

phaさんの前作「ニートの歩き方」でも、「仕事」「お金」「働くこと」について、まったく違う方向から語られていて、大きく納得したんだけど、この本も秀逸。

都会暮らしでがちがちになった気持ちを、ゆるりと楽にしてくれます!

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本「映画から見える世界」

2014年03月28日(金) 01:44
上野千鶴子さんから、新刊を頂戴しました!

その名も「映画から見える世界」(第三書館)

絶賛発売中。



(scanerの調子が悪く、画質が不鮮明で失礼します)

上野千鶴子さんの映画評です。

世界中の映画、およそ80作について、上野さんならではの独自の視点から論じられています。

1.みんな老いさらばえて長生きしよう 

  『愛、アムール』『母の身終い」…

2.この女の生き方を見よ、見つめよ

  『ハンナ・アーレント』『アルバート氏の人生」…

など、いろんな副題がついた、全8章からなります。

それぞれの章に何作かの映画がとりあげられています。

そして…

その中に、わたくしの映画「すべては海になる」も含まれておりまして。



第七章の「それでも人は生き続け、暮らしていく」というカテゴリーでございます。

ありがたいです。うれしいです。

初めての監督作なので、いろんな意味で思いはひとしおなんであります。

懐かしい反面、まだまた、痛みが残るような部分もあります。

が、それを糧にして、今年はなんとしても、新作にこぎ着けます!

実は今夜、新しい脚本を書き終わったところだったので、ベストタイミングでした。

それにしても、上野さんは精力的です。

つい最近、山梨県の講演会で、トラブルがあり、それを越前裁きよろしく、あざやかにくぐり抜けたと思ったら、次々と新刊を出されて。

あの山梨の講演の時も、

「ケンカ相手には、ちゃんと逃げ場を用意してから、けんかする」

というけんか道を見せてくださいました。

私も今年は、「けんか」が起きそうな案件をいくつか抱えているんですが、上野先生にならって、相手を追い詰めないで、ちゃんと逃げ場を用意して、けんかしようと思いました。

え?けんかをやめるのではなくて、「する」って?

はい。

中島みゆきの「ファイト」という曲がありますが、いつもこの歌詞の気分です。

ファイト!
闘う君の歌を 闘わない奴等が笑うだろう

ファイト! 
冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ

ということで、私も闘い続けとうございます。

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フェミ

2013年12月18日(水) 19:29


北原みのりさんより、新刊を頂戴した。

ありがたいねー。

これからゆっくり読みたい。

アエラでも壇蜜さんと対談しているみたいで、注目されてるよね。

北原さんはフェミニストであることを隠さない。

潔いよね。

自分はその点、弱い。

テレビの会議などで、はげしくジェンダーバイヤスかかった意見がでると、うっとなってしまう。

ほんとうは、わーって反論して、戦いたいけど、慎重になる。

そして、傷つく。

なんでそんなことをいうひとがまだいるのだろう。

それが若い女性だともっと、がっくりする。

なにも届いてなかったのかって。

「フェミニズムは私を救ってくれなかった」って言った女性に、

「当たり前でしょ。フェミニズムは宗教じゃないんだから」ってたしか、上野千鶴子さんが答えていた。

あっぱれだよねー。

たとえば、えらいアニメに出てくる幼女は、短いスカートをはいてて、いつも白いパンツが見えてる。

そういうところで、うーってなるよね。

* * *

年末まで、書き物仕事でゴー。

気分的に危ういけど、自分を分割して、落ちそうな自分を、ちゃんとした自分が励まして、働かせるという二人羽織的にしようと思う。

松尾スズキさんのメルマガに苦しいときは、自分を分割せよって書いてあったから。

長く生きてると、そういう対処法、いろいろ獲得してるよね。

ふー。

「たたかえ!ブス魂」再び。

2013年09月12日(木) 15:07
「たたかえ!ブス魂」の紹介記事を、毎日新聞の女性向けのサイト毎日キレイに書きました。



よろしかったら、ご覧くだされい。

「ブス」ものはやはり、ここのところのテーマでありますな。

っていうか、ようやく、メジャーになった。

昔は口にするのもはばかられ、いないものとして、メジャーマスコミでは扱われてきました。

なぜなら、メインカルチャーを動かしているひとびと(=主に男性)にとって、ブスはこの世でもっともどーでもいい存在だったからでしょうね。

今でも心情としてはそうでしょうが、働く女性も増え、購買にかかわる女性も増えたため、マーケットとして無視できなくなっているのだと思います。

よい時代になったと思います。

そのへんの気持ちがよく描かれた異色の自伝であり、ブスとはなにかを考察するものでもあります。



「すいか」シナリオブック、発売中。

2013年08月31日(土) 00:58
よい知らせなので、ここにあげておきます。

ずいぶんまえに、脚本として参加した、テレビドラマ「すいか」のシナリオブックが文庫本として出版されました。



全10話のうち、一話だけ書いております。

第7話。シンギングドッグ、つまり、歌う犬が出てくる、そう、あの回です。

シンギング・ドッグは実在する、まるで歌うようになく犬のことで、パプアニューギニアなどに生息するようです。

以前より、この話が好きで、いつかなにかにしのびこませたいと思っていたところ、ちょうどよいチャンスだたのを記憶しています。

それと、「ゲイ」話ですね。

なぜか気が合って親しくなったひとがゲイであった確率が高くて、これもまた、いつか書きたかったことでした。篠井英介さんが演じて下さり、のちに、「アマデウス」に出演してもって、お会いすることもできました。

「すいかに出たこと、ちょっと自慢なのよ」って言ってもらって、うれしかったことを覚えています。

そして、この文庫、なんと、今、アマゾンのテレビ関連書籍で、第一位になってました。

うひょー。

一話だけとはいえ、うれしきことです。

視聴率は惨敗だったと記憶しておりますが、このように多くのひとに長らく愛される作品もあるんですねー。

ちょっとだけ参加の作品が、好評ってことはこれまでにも「時効警察」や「チームバチスタ」など、結構ありまして、それはそれで嬉しいことであります。

ひとさまが作ったフレームのなかで、ルールを守って好きにやらせてもらう、ってスタンスは好きだし、たぶん、向いているんだと思います。

(あ、もちろん、好きなフレームじゃないとダメなんですが…)

しかし、そんなこと言ってないで、自分の王道でしっかりしたいものでもあります。

今日は、松尾スズキさん演出の「悪霊」@下北沢・本多劇場を見に行きまして、うひょー、面白かったったんです。濃かったんです。

ですので、たいへん、機嫌がいいです。

今日の芝居とか見てるとほんと、生きてて良かったって思えるンですねー。

こういうふうに、いいなーって思える舞台を見られるというのはほんと幸せです。

明日胃カメラなんで、20時までに夜ご飯食べないといけないこと、忘れてて、夕食抜きで、おなか空いてて、うへーって感じなんですけど、舞台が面白かったから、空腹でもいいです、幸せです。

ははは。








「たたかえ!ブス魂」

2013年08月28日(水) 03:28
「あまちゃん」や「半澤直樹」「風立ちぬ」などが流行っているさっこん、
2004年から放送が始まったアメリカのテレビドラマ「LOST」を今更、一気見している、周回遅れどころではない私でございます。

それも第6シーズンに入り、あと数本で見終わるところまで来ました。いやー見たなー。全部で118本ですからね。それをほとんどこの1週間で見たんですから、褒めてほしいくらいです。バカか。

あまりに見過ぎて、夢にまででてくるし、ほとんど自分が漂流しているようです。

なんてことはともかく。

今日はずっと気になっていた本についてちゃんと書いておきたい。

劇団「ブス会*」の主催者であり、AV監督でもある、

ペヤンヌマキさんの初エッセイ「たたかえ!ブス魂」



ペヤンヌさんとの出会いは、劇団「ポツドール」のファンなので、ポツドールの番外公演があると知り、「ブス会*」の芝居を見に行ったのが最初でした。

なかでも昨秋上演された「女のみち」は面白かった。AVの撮影現場のAV女優たちの控え室が舞台。アイドルAV女優あり、ベテランあり、崖っぷちの人ありで、いろんな女のタイプを垣間見ることができる。

それも笑いながら…。

AV女優というと、特別なひとたちのように思えるけど、この舞台を見ているうちに、女子校の教室とかOLの給湯室とか主婦の井戸端会議とかとなにも変わらないことに気づく。

そこには、「女たち」の素の姿が描かれている。

鋭い批評性を持ち、辛らつでありながらも、女性たちに向ける視線に優しさがある。

そんなわけで、すっかりファンになったのですが、そんな ペヤンヌさんの初エッセイ。

どうして、女性なのに AV業界に入ったのか、それも監督にまでなったのか。

「ブス会*」なんて、「ブス」という女性にとってみたら、痛い、痛い、最も痛い言葉を劇団名にしてしまうのはなぜなのか、がやわらかい言葉でつづられている。

ブス、という言葉を自ら名乗り、カジュアルに使うことで、その言葉の持つ、脅威を無化しようとする試み。

女性なのに、AV業界にいることを、わたしなどまったく気づかなかった視点から 語り、その居心地の良さと面白さを浮き彫りにしてくれます。

アマゾン風にいうと、「AV女優の社会学」と「LEAN IN」を合わせて読みたい、っていうか、続けて読んだので、ひさしぶりに「女」について、深く深く考えたくなりました。

この2冊についても近日中に書く。

あと、「許されざる者」(李相日監督)についても書くんだ。

漂流している場合ではなかった。

今、こんな本、読んでます。

2013年08月26日(月) 21:23
今、「AV女優の社会学」という本を読んでますが、




最近、AVについてよく考えてます。

というか、「性の商品化」とはなにか、ってテーマに関心があります。

…といいつつ、これ、アマゾン連携へのテストです。

これからの働き方。

2013年07月17日(水) 01:27
人気ブロガーのちきりんさんの「未来の働き方を考えよう」を読みました。

「働き方が変わる」みたいなことがよく言われているから、参考にしょうと思った次第です。

ざっくり内容は、今後は、グローバリゼーションとIT化によって、今までとはちがう働き方、生き方が求められる、大企業に入って、一生に一つの仕事をするとか、ずっと日本で暮らす、なんてひとはそんなに多くなくなるし、安泰でもない。

外国人もたくさんやってくるし、外国で長く働く可能性も高くなるそうです。

寿命が延びて、人生80年、ややもすると100年生きるかもしれないから、人生に仕事はひとつ、という考え方から抜けて、40歳くらいで、別の仕事をする、人生を2つのブロックで考える……くらいの構えでいったほうがいい、というようなことが書いてありました。

なるほどねー。

と思う一方で、自分などは、大企業で働いた経験もなく、貯金も保険も考えたこともなく、犬のためにマンションを買ったので不動産はあるといえばありますが、結婚、子供などについても、いわゆる、一般的なものを目指したことはほとんどないので、逆に、本当にそういうことを考えているひとが多数派だったんだ…ということに今更ながら、驚きました。

この作者と私は殆ど同世代ですが、就職するときに、大企業に入ろう…という発想が全くなかったし、憧れもなかったです。(あっても入れなかったけど)

自分の「大企業」のイメージは、端的に面倒くさそう…だったからです。

朝早く行かないといけない。しかも、毎日!

偉いひとがいて、怒られそう。規則が厳しそう…というほとんど、「学校」に対するのと同じイメージでした。

先生がいて、校長がいて、教室があって、授業があって、決められた席にじっとしていないといけなくて。

やっとそういう生活から抜け出せたのに、なんでまた、そんなところへ行くんだ…と思ってました。

が。

最近になって、大企業って得なんだなーってわかった。留学費用出してくれたり、社宅や福利厚生施設が充実していたり、そもそも給料が高い、いいこといっぱいあったですね…今更気づくなって感じですが。

自分は、大学卒業後、テレビの制作会社に8年勤めました。学生のころからライターのバイトをしていたので、そのままフリーでも良かったのですが、「サラリーマン」というのを1度やってみたかったし、このチャンスを逃したら、そういう経験は2度とできないと知っていたので、喜んで就職活動をしました。

で、制作会社に入ったわけですが、「そんなのサラリーマンと呼べない」とのちに言われました。本当のサラリーマンはもっとずっとちゃんとしているらしい。朝も早いだろうし、服装も厳しいだろうし、ショムニみたいに制服を着せられたかもしれないし、お茶くみサービスなどもあったかもしれない。

そう言われたら、全然、OLでもサラリーマンでもなかったのですが、それでも、続かなかったです。組織に所属しているという状態は、30歳が限界でした。

以後はずっとフリーですが、この本にあるような、未来の(?)働き方をしてきました。

基本の仕事はテレビのディレクターでしたが、半年働いて、半年小説を書いたり、来た仕事全部やって稼いだ後、ずっと遊んだり、友人や親族の看病のために休んだり、内容もドキュメンタリーやったり、ドラマ撮ったり、書いたり、小説書いたり、映画やったり。

ロンドンの犬の施設でボランティアで2ヶ月働いたり。取材と称して、アフリカや中東行ったり。

貯金をしようと思ったことが1度もなく、稼いだらほとんど使う生活でここまで来てしまいました。

銀行口座の残金が5万円になったこともあったし、友人に借金して生活したこともありましたなー。

「ひとつの仕事に生涯をかける」ってことにいつも引け目を感じてきました。じっとしていられない。次々興味がうつってしまうからです。落ち着きのない子供のように。

テレビ屋としても中途半端、物書きだけもやっていられず、あっちこっちと手を伸ばして。最近、経済学をかじって、「リスク分散」という考え方を知りましたが、考えようによっては、それを実践してました。

たしかに、いろんなことをやっているので、ひとつこけたら、全部失う、みたいなことがなく、いつもなにかしら仕事がありました。

が、それも、計画してリスク分散したわけじゃなく、知らないうちに分散してただけです。

この働き方についても、意識してそうなったのではなく、むしろ、意識としては、「ちゃんとしよう」「ひとつのことをやりとげよう」としてきたのに、結果、広がってしまうのでした。

ダメじゃん。

でもそれが、「未来の働き方」だっていうんですよー。

じゃ、ダメじゃなかったのか…。

いや、「未来の」ってことだから、早すぎたとも言えて、少なくとも正解ではなかったんでしょう。

もっと○○一筋にやってきたら、世界が変わっていたかも…。

なわけで、すでに未来の働き方をやってきてしまった人はどうすればいいんでしょう…とちょっと途方に暮れました。30秒くらいですが。

でも、人生の時間が限られてきていることだけは確かだから、もうちょっと心して生きてゆきたいです。

最近、見たモノメモ

「サンセット大通り」(ビリーワイルダー監督)

「チャーリーとチョコレート工場」(テイム・バートン監督)

「女のみち 2012」(ペヤンヌ・マキ作・演出)DVDで。

「ザ・ノンフィクション 英恵 ゆれる」(フジテレビ)DVDで。

映画館に行けてないのが、くるしいです。


もし、美人だったら…。

2013年05月26日(日) 04:42
上野千鶴子先生から本を頂戴した。

(先生と呼ぶと叱られるのですが、今回は「身の下相談」の先生という意味で呼ばせていただきます)。



朝日新聞に掲載されいてた、「悩みのるつぼ」の書籍化であります。

新聞掲載時に時々読んでいたのですが、こうして一冊の本となり、その目次を見ているだけで、相談内容の「身の下」ぶりとそのあられのなさにまず驚かされます。

「性欲が強くて勉強できません」という18歳の女子(浪人中)とか、「妻のカラダに触れたいのに」という66歳の無職男性とか、「25歳、モテたくて不安です」という女性など。

天下の朝日新聞にみなさん、ずいぶんなことを聞いてこられる。

が、あとがきにあるように、「人生のお悩みの多くは身の下から来ます」…確かにそうかもしれません。

そして、このような問いに上野先生、スッパスッパと切れ味よろしく応えていらっしゃいます。

なかでも話題になったのは、「性欲が強すぎて困ります」という中学生男子への答え。

いろいろアドバイスしたのち、年上の女性にいっそお願いしなさい、とある。ひゃー。

これは当時かなり話題になったんです、というか賛否両論だったような。

ちょうどその頃、上野先生にお会いする機会がありましたが、ひょうひょうとされてました。ブレない。

そうじゃないと、フェミニストはってられないですよね、さすが。

このほか、気になった質問に、「母が嫌いです」や「婚外恋愛はごまかし言葉」などじっくり答えを読みたいものも…。

そして、ラストは「もし、上野さんが美人だったら…」という60歳の女性からの質問です。

わー、こういうことを聞いてこられる人がいらっしゃるんですねー。

しかも、この方、自分は「きれい」という部類にはいっていて、若い頃ちやほやされたと…。

なんだかなー。

上野さんが美人だったらフェミニズムにはまっただろうか…という質問なんです。

これ、結構、男性目線ですよね。男にもてないからフェミニズムに行った…みたいな。

けど、上野さんも書いてるように、フェミニストって美人多いです。なぜなら、美人のほうが、男性からちやほやされる反面、ひどい目に合う確率も高いからです。

ロリ顔の友人は若い頃、ひどいストーカー行為に悩んでいたし、物販を生業とするモデルレベルの美女は、品物を売っているのに、自分に値段をつけられる…と、いつも悩んでおりました。

なので、美人は美人なりに男性に不信感を持ち、フェミニズムに目覚めていく場合も多いと思う。

この質問者は、「そうね、美人だったらフェミニストにはならなかったわ」って言ってほしかったのかなあ。

それくらい、その人にとっては「美人であること」が大きかったのではないかしら。

この世には美人であることを利用しつくして生きる場合と、美人であることはアイテムのひとつくらいにしか考えないひとがいる。

前者は案外厳しい。芸能界見ていても、美人だけじゃなかなか生き延びられないですもの。

しかし、自分はどうかな。もし、絶世の美女に生まれていたら、今と違った人生だったでしょうか。

そりゃ、いろいろ違ったろうけど、そんなもん、考えてもしゃーない気がしてきました。

もし、犬だったら…みたいなことと同じ質問だ。

というわけで、楽しく、時にヒヤッとしながら読みました。





『ミレニアムと私」

2012年09月09日(日) 15:21
映画「ドラゴン・タトゥーの女」の原作、「ミレニアム」にはまったあげく、この本『ミレニアムと私」を手にした。

ミレニアムの作者、スティーグ・ラーセンは、全世界で6千万部まで売り上げた小説を書いていながら、出版を前にして、2004年11月に50歳の若さで急死している。自分の成功を知る前に亡くなった。

これだけでも、小説におとらぬミステリーだけど、さらに、彼と32年間パートナー関係だった女性は、スティーグの遺産を相続することができず、この小説の著作権もスティーグの父と弟に持って行かれてしまったそうだ。

うぐぐ。

しかし、自分の興味はこの遺産相続をめぐる争いよりも、スティーグ・ラーセンという作家がどういう経緯でこの小説を書いたかにあった。

前にも書いたけど、スウェーデンといえば、世界でも有数の民主的な国だし、女性差別が殆どない、人類のなしえる、かなり理想的な国じゃないかと思っていたのだ。

一方的なイメージというよりは、2000年に取材で行った時にもそう感じたし、世間の評価もそれほど私とずれていないと思うの。

けどさ。

この小説に書かれているのは、女性差別の凄まじい現状やらドメスティックバイオレンスやら、大企業の不正やらとにかく、そこらの先進国と変わらない、というより、かなりひどく見えた。

そこで犠牲になる女性たちがいかに多いことか。

元々この小説のタイトルは「女を憎む男たち」だったそうだから、根底に強いフェミニズムが流れているんだよね。

フェミニズムとミステリー。ものすごく似合わない…と思ってた。

だってさ。

ミステリーって、まず犠牲者がうら若き美しい女性というのがパターンで、変質者や悪者の餌食になるんだけど、そこに「美しい女が殺されること」を読者がけっこう喜ぶ…というフシがある。

前にも「女の子を殺さないで」の時に書いたけど、多くの読者は女の子が殺される、なるべく無惨に…というのが好きなんだよね。そういうシーンがあると「売れる」!

なので、どっかミステリーってものに違和感というか、そういうお楽しみを与えるものとして、ちょっとイヤだった。

で、「ミレニアム」についても最初は同じような印象を持った。映画館で予告を見たとき、「孤島で美少女が行方不明」というキャッチに、「またかよ」って思った。

永遠に世界では、「美少女は行方不明」になってるんだよね。いろんなかたちで。

それって、結局、心のどかかで、「美少女が行方不明」になることに「萌える」部分があり、それがひとの関心をひくからでしょう。

「年老いたおじいさんが孤島で行方不明」の物語とどっちが見たいかしら?

…というわけで、いぶかしげに「ミレニアム」視聴者になりましたが、映画では、原作に流れるフェミ魂は感じられなかった。

リスベットがいやに強いな、ってことは感じたけど。

けれども世界的ベストセラーを支えるものはなんだろうって気になって原作を読んだわけですね。それと、女性が生きやすいはずのスウェーデンという国で、どういう経緯でこういう物語が生まれるんだろうって。

それで、原作を読むとすごいフェミ魂。

「この事件の核心は結局のところ、スパイとか国の秘密組織とかじゃなくて、よくある女性への暴力と、それを可能にする男どもなんだ」

って、実際、「ミレニアム」のなかで主人公のミカエル(男)が語っている。

それで、「ミレニアムと私」まで読みましたよ。

本としては、作者のエヴァ・ガブリエルソンさんが、伴侶を失ったあまりの悲しさに加えて、著作権争奪戦や遺産相続、住んでいるアパートを追い出されそうになるなどで、傷つきすぎていて、完成度は高いとは言い切れない。

よほど傷ついているんだなってことはわかったし、同情する。

でも、やはり彼女の言葉によって、作者のスティーブ・ラーセンが筋金入りのフェミニストであり、だから意識的に物語の要には強くて、潔い女性を何人も登場させているのが納得できた。

そして、実際、ジャーナリストとして、「極右勢力」と闘ってきたってこともわかった。

ミステリーといえども、その底流にはしっかり作者の哲学が流れているんだなー。だからこそ、この読み応えなんだよね。

最初から最後までぶれない。

いえ、近々にミステリー分野の小説に着手する予定なもんで、自分に問う部分があったわけです。

事件をたんに面白くするために、殺人や事件を起こすことは非常にためらわれて。

いや、今時のミステリーにはそういうこざかしい哲学は必要なく、もっと軽い気持ちで読者を楽しませることだけ考えなきゃいけないのかもしれないけど、どうもできそうになくて。

古い人間でございます。

というわけで、ここ数日の「ミレニアム」漬けがやっと終わりまして、日常生活に戻っていける。

しかし、リスベットに会えないのはさみしいな。

多くのひとと違わず、わたしもリスベットのファンです。強いし、格好いいよね−。

ひとりで世界中へ行き、冷凍ピザとサンドイッチとコーヒー飲んで、面倒な恋愛などは回避して、欲望のおもむくままに行動できるリスベット、大好きじゃ。

ドラゴン・タトゥー、いれたくなっちゃうもんねー。
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