山田あかねの一喜一憂日記

映画
(記事数:360)

映画「シチズンフォー」

2016年08月14日(日) 04:22
久しぶりに見た映画のことなどを。

今日は、「シチズンフォー スノーデンの暴露」を見ました。

元CIAのエドワード・スノーデン氏が、アメリカ政府が国民のプライバシーを勝手に監視していることを暴いた緊迫感のあるドキュメンタリー。

アカデミー賞受賞作。

映画として、よくここまで撮れたなあという思いと編集などもこけ脅しやいたずらな演出がなく、一瞬も目が離せない、秀逸な作品でしたが、

作品の完成度の高さによる感銘よりもやはり、政府による監視の怖さが浮き立ちました。

スノーデンさんは、最初に香港で告発を実行する時は、「真実を伝える」という意欲にあふれ、これから起こることをある程度予測して、正々堂々としていましたが、報道され、アメリカ政府から追われる身になってみると、どんどん表情が変わっていきました。

表情というか、目の下に消えないクマができてしまい、それが彼の置かれた状況の恐ろしさを表していました。

今もロシアに亡命中のようですが、無事であってほしいものです。

数日前に、映画「シンゴジラ」を見たのですが、「ゴジラ」は、怪獣ではあるけれど、国家を襲う危機の象徴のようなものとして描かれていました。

そのような危機(=ゴジラ)に対して、日本政府がどういう対応をするのかがメインテーマでした。

危機を前にしての、甘ったるい家族愛とか恋とかは出てこず、ひたすら、日本政府の対応を描くというあっぱれな作品でした。

さらに数日前には、録画してあった、NHKの「未解決事件シリーズ」「ロッキード事件の真相」を見まして、これも震撼する内容でした。

ロッキード事件は、民間航空機導入に関する政治家への賄賂の話、と思っていたらそれは、人々の目をかわす、隠みので、実際は、軍用機の導入に関する事件であったこと。

その導入のために、尽力したのが田中角栄であり、事件発覚後は、田中角栄が責任を負わされたという筋みちでした。

軍用機導入のためにアメリカの導きで、日本の首相になり、軍用機を日本に導入して、賄賂がバレたら逮捕されるって、巨大な力を前にしたら、一人の政治家の運命なんて風前の灯なんですね、怖いです。怖すぎる。

さらにですね、伊藤野枝を描いた話題作「村に火をつけ、白痴になれ」も読みまして、

巨大な力が個人を蹂躙する怖さに震えております。

関東大震災の混乱を使って、殺された伊藤野枝さん。

恐ろしすぎる。

インターネットが人々を自由にする、って楽観的に思っていたけど、

メールやネット販売で、すべての行動が把握されてしまうと思うと、

自由を得たように見えて、巨大な不自由に取り込まれているだけなのかもしれないと思ったら、背筋が寒くなりました。

しかし、だからと言って、手の打ちようもない。

ネットに近づかず、手書きでやりとりするしかないのかしら。

情報を政府に流している企業の名前が、「シチズンフォー」で列挙されていて、非常に怖かったです。

なぜなら、日常的に使っているものばかりだから。

しかし、そのような事態を見過ごさず、命をかけても伝えようとする人たちがいること、そちらの強さと美しさを信じようと思います。

そっちを信じるしかない。

映画「がむしゃら」

2016年06月29日(水) 21:45
高原秀和監督の映画「がむしゃら」を見てきました。

「悪斗」(アクト)という、女子プロレスラーのお話です。

まず、驚いたのが、女子プロレスが、とても激しいこと。

ずっと以前に見たことはあリましたが、(長与千種の時代!)、あんなに激しいものだったという記憶はない。

とにかく、迫力が半端無い。

飛ぶは、投げるは、叩くは、殴るは、の連続で、

「やめてー」「そんなことしたら、痛いでしょうが」と気が気ではありませんでした。

男子プロレスより荒っぽく見えるのは、私も同性だからでしょうか。

そして、レスラーたちの、身体能力の高さ。

普通の女子なら、決して交わすことのできない技の数々。

真に命がけに見えました。

(もちろん、編集で、激しい部分ばかりをつないでいる、ということもあるとは思いますが、それにしても、一つ一つが、激しすぎる)

映画のヒロイン、悪斗は、悪役レスラーで、リングの上では、悪魔のような衣装で、暴言を吐き、暴れまわる、テンションの異常に高いレスラーです。

では、彼女はなぜ、悪役レスラーになったのだろうか。

彼女の来歴が紐解かれていきます。

東北地方に生まれ、正義感が強く、剣道に邁進していた少女は、ある事件に巻き込まれる。

その時から彼女の人生は狂い始める。

自分では逃れることのできない苦しみを背負うことになります。

その過程を、監督の高原さんが優しく、インタビューしながら、たどっていきます。

辛かった10代、女優を目指した20代、そして、行き着いた、女子プロレスの悪役。

現在の、彼女の笑顔の秘密がわかったような気がしました。

これは、プロレスという暴力の飛び交う激しい場所でなければ、立ち直ることのできなかった、一人の女の子の物語。

人はどのように再生し、どのようにして、自分を生かす場所を見つけていくか、を教えてくれる作品です。

映画の中で、最も気になった言葉がありました。

他人から受けた痛みをなしにするためには、

それ以上の痛みを、自分が自分に与えること。

この痛みは、他人から受けたものではない。

そんなものは大したものではない。

自分が自分に与えた痛みこそが本物で、それこそが、「痛み」なのだ。

といったようなセリフがありました。

衝撃的でした。

そして、おそらくそれは本当だと思いました。

心底辛い思いをした時、人がその痛みを回避する方法は、せめてその痛みの根源をコントロールすること。

コントロールできるのだと信じること。

ギリギリの淵に立ったことのある人ではないと、言えない台詞だと思いました。

キレイごとでは解決できない痛みがそこにはある。

それを本能的に悟り、レスラーという職業を選んだ彼女の「生きる力」に感銘を受けました。

生きにくい世界だよね。

辛いよね。

でも、生き抜いたんだね、

そう言いたくなりました。

ギリギリの女の子が、「かかって来い!」って、立ち上がる姿は、勝ち目があろうとなかろうと常に感動します。

「プロレスとは、戦う姿を見せることです」といった監督がいましたが、

まさにそう思う。

しびれました。

(映画は自主上映でのみ、見ることができるようです)

こわいもの

2016年06月10日(金) 23:08
ゆえあって、「残穢〜住んではいけない部屋」という映画を見ました。

日頃、ホラーは苦手で、なるべく見ないようにしているのですが、仕事上の都合で見ることになりました。

DVDやインターネットで映画を見るのはたいてい夜ですが、ホラー映画を夜見る自信はないので、太陽の高い時間に。

しかし、恐れていたような怖い映画ではなく、とあるマンションの一室に現れる、幽霊のようなものの正体を探って行く、事件もの、探偵もののような内容で、竹内結子さん演じる作家のたたずまいも頼もしく、すいすいと見ることができました。

しかし、ラストにかけては、おどろおどろしいシーンも出てきて、怖いので、目をつぶってそのシーンをやりすごす、という小学生じみたまねをしました。

そして、見終わってみて、「怖いものとはなにか?」ということをしみじみ考えてしまいました。

映画で描かれる怖いものは、お化けというか、霊というか、科学では説明のつかないような、この世のものではないものたち…だったりします。

で、それらはとても怖いんですけど、でも、そもそも、そのようなものたちが生まれた背景があるわけです。

ココから先は映画とはあまり関係なくなりますが、じゃ、その「霊」みたいなものたちとは何かってことです。

それら…彼ら?は、元は生きていた人間の場合が多い。ゾンビにしろ、幽霊にしろ、元・人間です。
(たまに妖怪とか吸血鬼とか、最初から人間じゃないものの場合もありますが)

で、その元・人間がなんで、幽霊になっているかと言えば、たいてい「無念」ゆえです。

非常にひどい亡くなり方をしたとか、殺されたとか、この世に未練や恨みがあるため、登場されるんですよね。

で、そのような恨みを作ったのは、別の人間だったりする。だから、出てくる。

ということは、幽霊ものというのは、人間の無念を描くものではないか、という気もしてきました。

もちろん、「怖がらせる」ことがテーマなのでしょうけれども、私はそのようなテクニックとしての恐怖にはあまり興味がなく、「幽霊になった理由」のほうに興味があります。

人が時を超えても許せず、憎み、復讐することを決意させるほどの無念とはなにか、と思うからでした。

そうなってくると、幽霊がだんだん怖くなくなってきます。

戦争で無惨な亡くなり方をした人が、無念なりと出てきた場合、「そうでしょうとも」と思いますし、

戦争じゃなくても、理不尽な死を迎えた幽霊なら、「ごもっともです」と思い、むしろ手を取り、共感したくなります。

ただ、無念であったけど、それゆえ、自暴自棄になり、全然関係ないひとを、「巻き込んでやる」と出てきて、暴力をふるってこられる場合は、「怖い」といより「迷惑」でございます。

時間があれば、ちょっと話したいような気がする。

そもそも、あなたが理不尽な殺され方をして、それを恨んでいるのはわかる。

が、だからといって、あなたの理不尽な死と無関係なひとを痛めつけるとしたら、あなたと同じ無念のひとを増やすだけではありませんか?

それは無念の連鎖になり、それであなたの気が晴れますか?

それよりは、理不尽な死を作った原因を探し、そこをやっつけましょうよ。

例えばそれが、理不尽な戦争であったり、冷酷な殺人であったり、いろいろあると思いますが、その根っこのところを考えて、そっちをうらんでいただきたい。

通りすがりの無縁なひとを苦しめてもなんにもならない。

幽霊という自由闊達な姿になった以上、もっと有効に使ってほしい。

うらんでいないで、改革してください。

戦争をしないようにしている人に取り付いて応援するとか、殺人を未然に防ぐことにパワーを使うとか、いろいろやり方があるはず。

…というようなことを考えました。

そう考えると、ホラーって倫理的なものなんだなあと思えてきました。

つまり、無念を生むものとはなにか?という問いかけがあるからです。

幽霊が幽霊になった理由に、倫理がある。

戦争の幽霊なら、テーマは「反戦」です。

資本家の横暴によって労働者が亡くなったなら、労働者の権利向上がテーマです。

……そう思うと、幽霊たちは、改革者なのた、彼らの声に耳を澄ませば、社会のどこに矛盾があるか、聞こえてくるような気がします。

あ?
間違ってますか、ホラー映画の見方。

あまりに恐がりなので、こうして、幽霊を解釈してみました。

解釈したら、怖くない!

生きている人間のほうはよっぽど怖いもの。


映画「母よ、」

2016年03月08日(火) 00:49
映画「母よ、」のコメントを書きました。



下の段にありますが、読めるかしら。

イタリアのナンニ・モレッティ監督の作品で、カンヌやらセザール賞やらに燦然と輝く作品です。

なんで、私がその感想を書いているかと言えば、

この映画の主人公が女性の映画監督だからでしょうか。

世界広しといえど、女性の映画監督はまだまだ少数派。

その人達の思いにどこまで共感できるかはなかなか難しいところです。

主人公の女性監督は、離婚経験のあるミドルエイジ。

現在、シングルだけど、恋人はいて、元夫とも友情関係にあります。

そんななか、ちょっと面倒な感じの俳優を主演にすえて、映画の撮影が始まる。

同じ頃、母親が病に伏せて…という流れ。

中年の女性なら、多くが対面するであろう、人生の出来事。

ただひとつ、他のひとと違っていたのは、彼女は監督だったのです…。

というお話しです。

撮影現場での苦労や、勝ち気な性格に見られがちなところや、それでもひとりで引き受けないといけないところなど、

演出業をなりわいとする者にとっては、気持ちを揺さぶられるシーンがいくつもありました。

(もちろん、私など及びもつかない、ちゃんとした監督です、主人公は)

ということで、3月12日(土)から公開のようです。

女性監督という視点をはずしても、母の見送りとしてもじんとくる作品です。

…私は、明日から、トロント行って来ます!

楽しみです。

映画「犬に名前をつける日」“DOGS WITHOUT NAMES“の上映は、3月10日!

自分の映画、北米大陸、初上陸です!!

うふ。



映画「パディントン」

2016年01月31日(日) 16:26
公開中の映画「パディントン」を見た。

なぜ、そのような、子供向けのかわいらしー作品を見たかと言えば、5年前、ロンドンに住んでいたとき、暮らしていた場所が、「パディントン」駅の近くだったからだ。

パディントンはペルーから来た熊のことだが、名前の由来は、自分を家族にしてくれる人を「パディントン」駅で、探していたからであった。

「パディントン」駅は、いろんな電車が行き交う大きな駅。

私の勝手なイメージは「上野」駅に近い。

で、これが、当時撮った、パディントン駅。



旅立ちの駅っぽいでしょ。

ホームにカフェやショップが建ち並び、構内には本屋さんやマーケットもあった。

その一角で、パディントンは今も、自分の家族になってくれる人を待っている。



戦後、孤児達が駅で、「誰か私を家族にしてください」という札を下げて、保護してくれる人を探した…という話に由来している。

実はちょっと、悲しい話だ。

が、今は、ちょっとした待ち合わせ場所のよう。

ちょうど、ハチ公のように目印になっている。



近くには、「パディントン」ショップがある。



トレードマークの赤い帽子と、ダッフルコート。



なぜ、クマがそんな服を着ているのかは、映画を見て初めて知った。

ロンドンが舞台なので、懐かしくて見に行ったのだ。

クマが主人公だから、CGなどが多く、実際のロケシーンはそんなになかったけど、でも、楽しかった。

ユーモアが独特、イギリスっぽいというか、割とブラックなところが良かった。

そして、パディントン(クマ)の表情が、生き生きとよくできていて、それが、犬っぽいので、身よりのないパディントンが
同じく身よりのない、捨て犬だったうちのハルとナツに重なって見えて、「早く帰って、抱きしめてあげよう」という気持ちになった。

今ではすっかりリラックスのハル。



広島の愛護センターにいたナツも今は生きている。



パディントンを救う一家もユニークで、父、母、娘、息子とおばさんという5人家族だけど、それぞれにキャラクターがたっていて、よくできていた。

ストーリーにしてみれば、他愛のないものだけど、エピソードのディテールがひとつひとつ、ていねいで笑えるので、少しも退屈しなかった。

こういう作品もいいなあ、としみじみ思った。

映画「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」

2015年09月07日(月) 03:24
そんなわけで、今日は、WOWOWで録画してあった、映画「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」という、2013年のヴェネチア映画祭、金獅子賞受賞作を見ました。

ローマを走る環状線(高速)のまわりに暮らすいろいろな人たちの生活をつづった、ドキュメンタリーです。

ナレーションなしで、説明もいっさいないです。

イタリアというと、センスのいい、料理の美味しい国、というアホみたいなイメージを持っておりましたが、
みごとにぶち破られます。

イタリアの劇映画も、インテリアがかっこよかったり、ファンションもすてき!という作品が多いので、
イタリア=センスよし、みたいに勝手に思いこんでましたが、この映画には、そういうイタリアはゼロでありました。

いわゆる、女好きのイタリア男、というステレオタイプも出てきませんよ。

描かれるのは…

環状線の救急車で働く男、沿線で客をとる年取ったゲイの売春婦、貧しい高層アパートで暮らす人々、

ポールバーで踊るヌードダンサー、害虫を研究する虫学者…など、思い出せるだけでこれだけで、もっといました。

とにかく、いろんな人たちのいろんな暮らしが出てきて、いくつあったか数えられません。

共通しているのはみんな貧しいことか…と思ったら、趣味の悪いデコラティブな家で暮らす、小銭ありそうな家族もいましたから、一概に貧しいひとだけを撮っているわけでもないようです。

そこにあるのは、おしゃれなインテリアも最新のファッションも美味しい料理も、まったくかすらない、イタリアの暮らしでした。

描かれるひとたちは、それぞれが個性的なのに、なぜか個体として印象に残らない。

環状線を俯瞰で撮影したカットが出てきます、言ってみれば、彼らは(登場人物たち)は、この環状線という動脈にすくう害虫、あるいは、生き物のようにも見えます。

しかし、害虫だからって、悪いものとは限らない。虫たちは、ただ、虫であり、彼らを害虫と決めるのは、人間の勝手ですから。

その人間たちも環状線にすくう害虫なのだ…とは見終わって、少し時間がたってから感じたことでした。

ドキュメンタリーなんですが、時々、演じているのか?と思うようなシーンがあります。

低所得者が暮らす高層マンションの部屋の様子がいくつか出てくるのですが、おそらく、窓に小さなカメラを固定して、まわしっぱなしにして撮っている。

それぞれに許可を得て撮ったのだと思いますが、音もかなり鮮明に撮れているので、すごいなーと思いました。(テクニカル面ですが)

ということで、以上です。

本日は、篠崎で行われた、「ちばわん」のいぬ親会に行って来ました。

天気が不安定でしたが、大盛況でした。

なかにすこぶる可愛い犬がいて、もらってしまいそうになりました。

楽しかったです。

映画「めぐり逢わせのお弁当」

2015年09月05日(土) 04:55
そんなわけで、また、インド映画。

かつて、お弁当ドラマ(「461個のありがとう」NHKBSプレミアム)を作ったこともあるけれども、

お弁当ってドラマや映画ではちょっとしたブームなのかしら。

こちらは、インドのムンバイが舞台。

料理上手な主婦が夫のためにお弁当を作ったのだけど、なにかの間違いで別の人に届くことから始まる物語。

インドでは、作ったお弁当を、職場まで届けてくれる運びやさんがいる。わりと一般的らしい。

日本だと、朝、お弁当をつくって持たせるけど、もしかしたら、インドはとても暑いから、朝作って持って行くと昼までに傷んでしまうのかもしれない。

お昼少し前に作って、誰かが運んでくれるなら、出前みたいなもので、安全だし、より美味しいから、よい習慣かもしれない。

こういう知らない習慣を知れるのは面白い。

でもって、あらすじに戻ると、主人公の主婦イラさんのお弁当は、間違って、退職間際のシングルおじさんの元へ届く。

イラさんのお弁当があまりに美味しいことから、このおじさん、食べ終わった弁当箱に手紙を入れる。

「おいしかった」とか。しかも、なにも残さず、きれいに食べてある。

全部食べる、というのも、一つのメッセーじなっている。

作る側にしたら、とても嬉しいものだ。

これがきっかけになり、ふたりは、弁当箱を通じて、文通をすることに。

弁当の味から、人生相談、ついには「会いませんか?」というところまで進む。

…拙作の弁当ドラマも、弁当がひとと人をつなぐ、というテーマでしたが、いづこも同じかもしれません。

(以下、ネタばれと言われたら、そうだというものはある)

インドの女性は奥ゆかしいと、「マダム・イン・ニューヨーク」の時に書いたけど、こちらはちょっとちがう。

イラの方から、「そろそろ会いませんか?」と誘う。

で、男の方がひるむ。

自分はもう、年寄りだから、彼女に似合わない、と思って身を引く。

彼女が待つカフェに行き、こっそり見て、「きれいだー」って思っても声をかけない。

今回は男性が奥ゆかしい。

でも、見ている私としては、いつか二人は会って、駆け落ちか?とワクワクする。

(いつも駆け落ちばかり期待してるんじゃねーよ)

ところが、駆け落ちはなし。

というか、会うことすらしない。

おー。

なんでしょう、インドの文化では、「恋は秘めたもの」とでもいう習わしがあるのか。

なぜ、そんなに奥手なんだ。

なぜ、駆け落ちしないんだ。

で、ふたりは秘めた思いのまま、それぞれの日常に戻りました、という結末だ。

わ、ここで終わるのいきなり?という展開でした。

かつて、日本にもこの手の美学がありましたが。

どうも、この手の燃焼しない感じは苦手ではある。

インドの恋愛事情をちょっと研究したくなりました。

ところで、お弁当がつなぐ物語がアリだとすると、これは、コンビニのお弁当でもいけるのかしら。

やっぱり、手作りじゃないと感動を呼べないのかな。

食べ物を出す、というのは、ちょっとした仕掛けですからね。

エロスと同じで、食欲を刺激して、映画をひっぱるという作戦が結構成功しているのは、過去の例を見るまでもなく。

そんなわけで。

今夜は、録画してあった、「アウトレイジ・ビヨンド」を見ました。

暴力もまた、エロスやご飯にならぶ、映画をひっぱる刺激物ではありますね。

面白かったです。

小日向文世さんがすばらしいと思いました。

あ、映画の公開まで、あと58日くらい。(だいたい)

映画「マダム・イン・ニューヨーク」

2015年09月02日(水) 22:10
ここのところ、息抜きにインド映画を見ている。

偶然見たのが、「マダム・イン・ニューヨーク」

インドに暮らす、料理上手で、裕福な主婦が、ニューヨークに滞在するお話。

この主人公の女優さんが、びっくりするほど綺麗。整いすぎた顔立ち。なのに、51歳らしい。

二度びっくり。

35歳くらいかと思った。

すごい美人なのに、清純な感じがして、エロさがない。

で、この主人公、二人の子供に恵まれて、お菓子のケータリングなどもやっているけど、ちょっと人生物足りないと感じている。

そんなとき、姪の結婚式のために、ひとりでニューヨークへいくになる。

初めての海外旅行で、英語もできないので、失敗ばかり。

でも、NYに着いてからは、英会話学校に通い、そこで、少しずつ、自信を取り戻していくという物語。

英会話学校には、世界中から英語のできない生徒が集まっている。

メキシコ人、中国人、アフリカ系、アジア系。そして、フランス人も。

そこで学ぶ喜びを思い出し、妻でも母でもない自分に気づいていく。

でもって、ちょっとフランス人から恋されたり。

映画として面白がる、というより、インドの文化を知ることができて面白かった。

(以下、ネタばれありですよ)

まず、女性がとても奥手であること。

特に恋愛に関しては、とてもガードが堅い。

イケメンフランス人(シェフ)から恋されて、何度「コーヒーでも飲まない?」と言われてもOKしない。

「一緒に、レストランとかできたらいいね」と言われても、よろめかない。

料理上手の主人公にとってみたら、自分の夢を実現できるチャンスなのに。

で、夫と子供がインドからニューヨークへやってくると、途端に母&妻の顔に戻ってしまう。

なあんだ、フランス人と駆け落ちしないんだ、とがっかりしていると、姪の結婚でカレイに英語のスピーチをして、大団円。

夫も子供も母のカレイなスピーチ(英語)を聞いて、母(主人公)に対する敬意を取り戻す。

で、主人公も満足して、家族と一緒にインドに帰って行った。

これでいいのか。いいんだよね、おそらく。

主人公が求めていたのは、新しい恋愛ではなく、自分を敬意を持って見てもらうことだった、という結末だ。

最初、ちょっとがっかりした。あまりに、夢のない結末に。

ちょっと冒険したけど、決して、はめははずさず、英語が少しできるようになって、でも、帰りの飛行機のなかでは、ヒンズー語の新聞を読んでいた。

あんまりじゃないかと。

でも。

よくよく考えて見ると、日本ではなかなかつくれない、結末かもしれない。

主人公が求めていたのは、恋愛ではなくて、敬意を示されること。

確かに、新しい恋愛などより、敬意を持って見られることの方が大事かもしれない。

日本の女性は、恋愛対象として見てもらうために、頑張るけど、「敬意」をもたれることは少ないよね。

ふむ。

本当にほしいのは、敬意かもしれない。

やたら、西洋文明にひたるのではなく、自国で母国語を愛して、生きていく…

こっちのが本当は格好いい結末なのかもしれないと、考えることもできました。

(単なる保守的な結末、と考えることもできるのだが)

なわけで、インド映画新鮮でした。

(2倍速で見たことも告白しておきまする)


映画「犬に名前をつける日」

2015年08月21日(金) 11:30
というわけで、情報公開になりました。

2010年にミニを亡くしてから、「ミニは戻ってこないけど、これから救える命はなんとかできるはず」と思って、取材を始めた映画です。

ドキュメンタリー番組「むっちゃんの幸せ」(nhk)、「生きがい 千匹の猫と寝る女」(フジテレビ)と2本作って、この映画は、ドキュメンタリープラスドラマの、進化系です。

10月31日(土)から、銀座シネスイッチで公開され、順次、全国公開です。

ぜひとも、ご覧下さい。

すべて、自社制作で、自腹で作りましたよー。

監督、プロデューサー、脚本とやっとります。


映画「犬に名前をつける日」



映画「人生スイッチ」

2015年08月05日(水) 18:47
昨日は、「人生スイッチ」という映画を見に行きました。

スペインのペドロ・アルモドバルがプロデューサーを務めたという、アルゼンチン映画。

ホントは、塚本晋也監督の「野火」を見ようと思ったのですが、映画好きの友人たちの評価も高く、見逃してはならない!作品のようなんですが、ちょっと疲労困憊気味で、体力と勇気に自信がもてず、ブラックコメディと聞いていたので、こっちを見ました。

「トラウマになる」とか「すごすぎる!」って言われてて。

で、人生スイッチ。

お客さん、結構入ってました。年配のひとばかりでもなかった。

アルゼンチンで大ヒット、こんな映画みたことない!みたいに宣伝には書いてありましたけど、そんなことはないです、当然ですが。

世にも奇妙な物語のように、奇妙なショートストーリーがいくつか続く作品です。

で、邦題が人生スイッチとなっているように、どこかで、運命が暗転するスイッチが入ってしまう…ようなお話でしょうか。

どれもそこそこ面白かったですが、やはりラストのhappy weddingがベストかな。

何が起こるかわからない、ということはなく、だいたい予想通りの展開なんですけど、

(他のストーリーもそうだけど、みなさん、こういうの、展開が予想できないのでしょうか。

 だいたい結末予想つくのは、自分が脚本なども書くからでしょうか。

 わりと定番の結末です、どれも)

展開の面白さより、アルゼンチンのひとたちの考え方や行動様式のほうが面白かったです。

おそらく貧富の差が激しく、富裕層と公務員は癒着し、賄賂が横行して、貞操感なども崩壊している。

と、書くと、ひどい社会のように見えるけど、そうかもしれないけど、なんとなく、みなさん、それでも楽しく生きてらっしゃる感じがします。

いっそさわやか、と言えるくらい。

それにしても、日本だとこのような作品はなかなか出来ないし、受け入れられないでしょうね。

倫理観が強いんでしょうか、日本のひとは。

「泣き」とか「感動」つう言葉が大好きなようで。

しかし、これから、わたくしも闘いが本番になってまいりますので、やわなことは言ってられないかもしれないです。

穴に落としてくる人もいれば、ヒモをたらしてくれるひと、梯子をかけてくれるひと、毛布を投げてくれる人、ショベルカーを用意してくれる人もいるので、生き延びております。

これからどうなるのかなあ。

人生スイッチの主人公みたいな気持ちではあります。

すでに私もスイッチ、押しちゃった感じです。

ははは。

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