映画「ミツコ感覚」

2012年02月 09日 (木) 02:35
本日、六本木にて、「ミツコ感覚」を見て来ました。

CMディレクターとして、数々のヒット作をお持ちの山内ケンジ監督の作品です。

最近だと、ソフトバンクの白い犬のお父さんが有名ですよね。

舞台の演出もされていて、たいへん評判がいいので(未見ですが)、見たかったのでした。

で、今日、見て来ました。

ひとことでいうと、とても不思議な映画です。

笑えるような面白い部分と、なんともいえない、重いテーマの部分が、重なったり、混じったりしていて、笑ってみていいのか、深刻にならないといけないのか、見るモノの状態を常にゆさぶってきます。

よく、わかりやすい映画って、見るもののスタンスを決めますよね?

よし、これは笑っていこう!とか、ハンカチ用意して、泣くぞーとかね。

ところが、この作品は、そのような決めつけを許さないんですね。

笑ったと思ったところで、いきなりシリアスなシーンに突入し、そして、ふたたび、笑いへと。

笑いといってもおなかかかえて、笑うというより、にたーっとどんより笑う感じです。

ユーモアのセンスはさすがでして、随所で、クールな笑いを誘われました。

しかし、全体を通すと、決して、コメディではなく、自分のなかのカテゴライズに迷いました。

だから、不思議な映画。奇妙な映画。

主演の古舘寛治さんがよかったです。この方のキャラクターの反映であるような作品でもありました。

つまり、マジメなんだか、笑わせているのかわからないのに、どこか愛らしいのです。

夜は、話題の「ヒミズ」を見ましたが、この件についてはまた、後日。

「深呼吸する惑星」

2012年02月 08日 (水) 03:12
第三舞台の復活&解散公演「深呼吸する惑星」をWOWOWの録画で見ました。

もちろん、劇場で見たかったのですが、公演期間中はロンドンに行っていたので、泣く泣く、というか、それでも見られるのは有難いと思って、WOWOWの番組で見たのでした。

第三舞台は、80年代半ばくらいから熱心に見ていた劇団でして、「朝日のような夕日を連れて」と「ハッシャバイ」は、今でもきらきらとワンシーンを思い描くことができるほど、衝撃を受けたし、大好きだし、すごいと心底思ったものでした。そもそも、芝居というものに興味を持ったきっかけになったのが第三舞台でした。

それまでの小劇場のイメージって、ドロドロした世界とか、それこそ、子宮でものを考える女性が出てくるような、おどろおどろしく、エロス全開!とか母と子の確執とか、…あまり好きになれませんでした。

大学時代、それでも、そういった傾向の芝居も見てましたけど…。

ところが、第三舞台を初めて見たとき、あまりのかっこよさ、自分の気持ちにぴったりくる演技、演出、音楽の使い方、笑い、衣装など、ほれぼれし、以来、ずっと見続けて来ました。

テレビ業界に入ったので、その後、鴻上尚史さんや筧利夫さんや小須田康人さんと仕事する機会もありました。(っていうか、自ら作ったのね…)

それはまあ、余談ですが、だから、今回の舞台、すっごく楽しみでした。

「深呼吸する惑星」とは、宇宙の辺境にある、なんだかどーってことない星で、そこで繰り広げられる群像劇です。

で、たぶん、テーマは、過去と未来かな…。こう書くとものすごく大ざっぱだな。

現在の位置から過去を照射して、今の場所を確認して、先へゆこうっていう、そんな感じ。

その中間地点、という意味でも、「どうってことない惑星」という地球とどこかの通過点である場所が舞台であるのは、設定からして、テーマを反映していると思った。

そこは地球人と宇宙人が行き交う場所だし、過去と未来が交差する場所なんですね。

一番の盛り上がりのシーンは、現在、48歳になってしまった、かつては映画監督を目指した男と、彼の大学時代の友人で、21歳で自殺してしまった男の幽霊(幻)との対話だったと思う。

48歳の「なにものでもない男」を筧利夫さんが演じ、21歳の幻の青年を高橋一生さんが演じていた。筧さんの独白が、あれはきっと、劇場で聞いたらもっと、ずっとじんと来たと思う。

21歳で志し半ばで自殺した友人と、48歳の自分が並んで鏡に映ったとき、あれから30年近い年月が流れ、すごく遠くまで来たけど、いったい、自分はどこまで来たのか、何をしてきたのか、結局、なにかになれたのか…という問いかけ。

そして、そこで、自分は、「なにものでもない」と発見すること。

これはやっぱり、40代という中年を迎えてしまった人でなければ、なかなか感じることのできないものなのではないか。

隣にならぶ、無傷の21歳の青年。

彼はなにも言わないけど、言わないからこそ、痛みを感じてしまう。

前に友人(監督)と自殺について話したとき、彼は、40代の自殺なら止められるけど、20代の自殺は止められないと言った。彼、いわく、「40代なら、もう少しで終わるんだから、もうちょっと生きようよ」と説得できる。でも、20代じゃ、長すぎると言った。

私は、20代なら止められるけど、40代は説得できる自信がないと思った。20代なら、これからまだ、楽しいことたくさんあるよ、と言えるけど、40代にそんなこと言えない気がした。

そんなエピソードを思い出したけど、やはり、この年代になると、過去を振り返りつつ、先もそんなにも長くないけど、短いというわけでもない、微妙な地点。

そこで、昔の誰か…かつての自分に似た誰かと向き合うことで、ずっしりとこれまでの人生を思うんだよね。

うぐぐぐ。

ある種とても懐かしい、やりたいことがわかる、舞台でした。

やっぱり、劇場で見たかった。

嘘を仕事にする

2012年02月 06日 (月) 04:02
つい最近、WOWOWに加入したため、にわかに忙しくなっている。

っていうか、見るものがたくさんあるので、忙しいのだ。

昨日だけで、映画「ウオールストリート」(2010)、

第三舞台「深呼吸する惑星」、

そのメイキング・ドキュメンタリーと、

3本も見ました。忙しいーぞー。

今日は、「ウォールストリート」の感想から。

(第三舞台については思うことがいろいろあるので、時間のある時じっくり書きたい)

「ウォールストリート」は、マイケル・ダグラスが刑務所から出所するところから始まる。

彼は、前作「ウォール街」で、インサイダー取引によって、逮捕され、収監されていたわけですね、5年間ほど。

で、この前作って23年も前だったのね。つい最近のことのように思えてショック。そんなに時間が過ぎたなんて。

前作の公開は1988年、日本もバブル崩壊前で、お金の匂いがじゃりじゃりしていた時代…。

話を戻すと、映画の舞台は2008年、リーマンショックで、アメリカの金融界(経済全部?)が揺れていた時代。(っていうか、つい最近のことですね)。

今度の主人公は、いわゆる、今風のやさしい若者で、ウォールストリートで働いてるとは思えないくらい、ガツガツしてない青年。でも、それなりに、切れ者ってことになっている。

で、彼の恋人がマイケル・ダグラス演じるカリスマディーラーの娘という設定。

過去と未来をつなげてみせている。

ここらへんの設定がちょっと無理がある。

お金のことしか考えていなかった父親を許せない娘が、なぜ、父親と同じ職業の男性を結婚相手に選ぶのか。彼女はインターネットジャーナリストで、住む世界も志向もかなり違うはずなのに。

そこらへんは気にしないで進むとして、で、圧倒的にマイケル・ダグラス演じる、元カリスマディーラーがかっこいいわけです。

インサイダーで捕まって、当時のことをネタに本を書き、講演する日々だけど、賃貸マンションに暮らす、ちょっと情けない現状なんだけど、それでも魅力的に見える。

それは、マイケル・ダグラスという俳優の力か、彼にそう演出したオリバーストーン監督の力か、単に私の男の好みの偏向かわかりませんが、主人公の、今ふうの、証券マンのくせに、お金にガツガツしないで、エコエネルギーの夢を語ってしまうような、「優しい青年」よりずっと魅力的に見える。

日頃、私はクリックひとつ、数字を動かすだけで、巨万の富を得るひとたちをよいと思っていません。

ひとは額に汗して働くほうがいいと思っているし、このような株取引みたいなもので、儲けるひとが出てきたから、世界がおかしくなってしまっているんだわ…とわりと、ありきたりに批判的に、考えております。

なのに、この映画のなかでは、お金を愛し、お金を増やすゲームに熱中し、倫理観に欠ける男を魅力的だと思ってしまいました。

実際、金融業界に知り合いもなく、会ったこともないので、どんなひとがいるか、皆目想像もつきませんが、
このような虚業でお金を儲けることをよしと思ってこなかったのに。

自分の仕事だって、虚業ですから、常日頃から、ちょっと後ろめたいです。こんなことで、お金もらって生きてていいのかしら、という思いはある。

野菜やお米を作るひとや、医師や看護師さんや、家をたてる人や、とにかく、目に見えて役立つ感じの仕事には引け目はあります。

けれども、映画のなかでは、「ワル」が魅力的に見えてしまうのね。

数字の操作でお金を儲けるような人に反感を持ちつつも、そういうことをしてしまう、人間の品性のなさとか悪さとか欲の深さとか、でも、それこそが、人間ってもので、その善悪が混沌としているそうな存在は、やはり魅力的なのだと思いました。

そのような、善と悪のあわいをいくような人物を描き、裁断しないこと、そういう作品が好きなんだなとあらためて思った次第です。

しかし、リアルに、ホリエモンさんとか、収監されているわけだから、映画だけと、ノンフィクションみたいでもあるかもしれない。

映画としては、いろいろと詰めの甘いところがあると思いましたが、欲望に正直な人間の話には、なぜか、いつも好感を持ってしまうのでした。

嘘が生む本当

2012年02月 02日 (木) 05:35
ここ最近、ずっと考えていること。

それは、「虚構の自由度」についてであります。

自分はどちらかというと、リアリティあふれる作品が好きです。

ファンタジーとかSFよりも、日常が日常的に描かれているものが好きです。

自分が書く場合も、なるべく、リアリティを獲得できるように気をつけています。

それって、本当にありえるか、人間はそのように考え、振舞うのか…と突き詰めて考えます。

が。

時にそれがしばりとなり、結果的に、確かにリアルだけど、リアルだからって、真実かってなるとどうなんだろう…と思うことがあります。

そこで、「虚構の自由度」ってやつですね。

ある種の虚構…つまり、ありえないこと、ありえない前提を作ることで、かえって、自由に創作できて、その結果、そこで描かれている「なにか」がリアリティを獲得するということです。

たとえば、「ムーミン」。

森に暮らす妖精のような、架空の生き物たちが主人公です。

実際にそんな生き物は存在しないけれど、だからこそ、その架空の物語のなかで、「真実らしさ」「本当に思えること」が描ける場合がある。

ムーミンはアニメーションですが、実写でも充分ありえる。

たとえば、人間には翼があって、空が飛べると仮定して、それを基盤としてドラマを作る。あるいは、同じ人類のなかに、「翼のある種類」がいると設定する。

実際、翼があって空を飛べる人間はいませんが、そのような人間たちを描くことで、飛行機との接触やら、ちがう種にたいする差別意識やら、「空を飛ぶ」=自由という短絡的なイメージの破壊やら、通常の設定では描くことが難しいことが、さらりと言えてしまったりする。

なので、「虚構」とは、自由を広げるものなんですね、表現においては。

でも、一方で、自由を広げるからこそ、物語を作りやすくするというマイナスもあると思う。

たとえば、そのままではつまらない設定や物語であっても、「ありえない事件」を起こさせたり、「ありえない人物」を登場させることで、にわかに、ドラマチックに盛り上げることができる。

よく使われる手としては、「突然、誰かが事故で死ぬ」とか「幽霊が現れる」とか、「超能力を身につける」とか「宇宙人にさらわれる」などいろいろあるわけです。

ごく普通の家庭であっても、そこで誰かが突然死んだり、宇宙人が現れたりすれば、それでドラマは動きますからね。

盛り上げやすい。

なので、安易に「虚構」を使うことは、よくないとは思うのです。

使うなら本気で使わないとね。

…いえ、だからどうだって話なんですが、今後のテーマのひとつとして、この「虚構」を使うことによって、自由度を広げてみたい…というのがあります。

安易にならないように気をつけながらね。

…ということで、なんとなく感じたことでありました。

昨日は、東京工芸大の公開講座で作ったドラマのミニ打ち上げを自宅でやりまして、各俳優人たちからいろんな話を聞けて楽しかったです。

ここまで含めて勉強になったな。

自分のなかで、「リアリティ至上主義」みたないところがあったんだけど、最近、そうじゃない方法に興味を持ち始めまして、先日の講座はリアリティにこだわりすぎたので、そこらへんについても考えていたのでした。

そんなわけで、2月。

映画とトークのお知らせ

2012年01月 28日 (土) 01:22
埼玉県の新座市にて、自分の映画の上映と映画評論家、松本侑壬子さんとのトークがあります。

 2月18日(土) 午後1時〜4時05分

 映画「すべては海になる」上映後、松本さんとのトーク。

 会場/にいざほっとぷらざ(東武東上線 志木駅直結)

 主催/新座市

   新座市男女共同参画推進プラザ(にいざほっとぷらざ内)
   電話048−486−8623 FAX 048−472−4617
 
    シネマフォーラムの申込みは、1月6日(金)から直接又は電話で、

    にいざほっとぷらざへ(.048-486-8623)

    定員:110名・申込み順

    保育:定員10名(2歳から就学前まで)

    入場無料です。

   松本さんは、元・共同通信社勤務のジャーナリストです。
   
   映画だけにこだわらず、いろんな話ができたらと思ってます。

   ぜひ、遊びにきてください!
  

ハイバイ「ある女」と「恋の罪」

2012年01月 27日 (金) 01:50
昨日、駒場アゴラ劇場にて、劇団ハイバイ「ある女」を見てきました。

以前より、注目している、俳優であり劇作家である、岩井秀人さんの作・演出です。

この舞台の話をする前に、その前日に、映画「恋の罪」を見たことから始めたいです。

「恋の罪」は奇才・園子温監督による、97年に起こった、東電OL殺人事件を下地にした映画です。

慶応卒で東電という大企業につとめる女性社員が、夜は売春をしていたため、かなりの話題を集めた事件でした。私も衝撃を受けました。

その事件を園監督がどのように描くのがとても興味がありました。

実際には、この事件は解決していませんが、監督なりの解釈があり、映画のなかでは犯人も描かれていました。

(以下、ネタばれありです)

映画の構造は、この事件を追いかける女性刑事の視点によって描かれています。円山町のラブホテル街で発見された身元不明のバラバラ死体が誰のものなのか、犯人は誰かを追いかけます。

被害者として浮かび上がってくるのが、二人の女性。著名な大学の日本文学の教授と、売れっ子小説家の貞淑な妻の二人です。この二人が、どうやら、夜は売春めいた行為をしていることがわかり、その渦中に事件に巻き込まれて殺されたのではないか…と推理されます。

著名な大学の教授=エリート女性ということで東電の事件をなぞっているのだと思います。

物語の詳細はともかく、犯人は、大学教授の母親でした。彼女は、娘が売春をしている行為を許せず、殺した…という結末です。そもそもこの女性が売春を始めたのは、過剰に愛していた父親を失ったからで、売春の背景を父親の喪失と父親との過剰な関係に求めていたように見えました。

そして、そんな彼女を許せなかった母が娘を殺す。

そうか、そういう解釈もあるんだなーと思います。(この母親がとてもリアルで良かったです。)

園監督の作品ですから、全体的に映像が濃く、常に過剰ななにかを伝えてきます。そこでは、「女であること」や「女性性」が強烈に描かれています。

自分も一応女性ですが、もし、自分が子供だったら、「へえ、大人の女ひとって、こんなにエロス中心に生きているんだー」って思うところです。

女=エロス、がデフォルトといいますか、大前提としてある。女とは、第一義的に性的な生き物である、ように見える。そのどうしようもないエロスがあふれてしまって起きる事件のように見受けました。

そんな翌日、ハイバイの「ある女」を見たわけです。

偶然にもこの舞台の主人公も、「普通のOLなのに売春もしていた」女性でした。

こちらは特に東電OL事件から発想しているのではないようですが、似たような物語の展開に驚きました。

主人公のタカコは27歳。ごく普通のOLですが、失恋→転職→不倫から、徐々に売春めいたものにはまっていくのです。そして、果ては命を狙われることになります。

この偶然の一致にまず驚いたのですが、次にもっと感心したのは、描き方が全然ちがうこと。(作家が違うのだから当たり前といったら当たり前だけど)

同じように普通の女が売春にはまる過程を描いても世界観が全然ちがうなーってところです。その世界観の違いが、当然演出にも表れてくる。

まず、ハイバイのすごいところは、この27歳OLを、演出家の岩井秀人さん本人が女装してやっていることです。

岩井さんは30代後半の男性です。そのひとが、売春までしてしまう「女」を演じる。

見た目は全然、女っぽくないわけです。エロスゼロ。

一方、「恋の罪」の女性たちは、全身エロスです。大学教授も身体は細いけれど、エロチックな顔立ち、立ち居振る舞いだし、小説家の妻は巨乳で、エロス全開。なので、画面全体がとてもエロチックになります。

事件の起こる廃墟にしても、エロスの館みたいな、日常からは隔離された、不思議なおどろおどろしい空間のように描かれています。

エロスに導かれた人間だけがたどり着く、未踏の場所みたいに。

ハイバイに話を戻すと、こちらは何しろ、40歳近い男性が、27歳の女性を演じてますから、見た目はちっともエロくない。

だから、脳内で一度、彼女は27歳でエロいんだって転換させないといけないです。

どんなにエロい行為をしても、それほどエロチックじゃない。

それゆえ、逆にこの物語が提示するものが直接的に見えて来る気がする。

タカコは不倫相手との関係から、交換条件としてお金をもらうようになっていく。それがさらに進んで、見知らぬ相手からも金銭をもらって、セックスするようになる。

この売春にいたる過程が、日常生活と地続きなんですね。特別の大きなジャンプがなく、するするっとその世界へ入って行く。強烈な事件も罪悪感もないままに、売春することになってしまう。

売春する…っていちいち書くと、特別な出来事みたいに感じられますけど、そこで行われる行為は、いわゆる愛の行為となんら変わらないわけです。そこにお金が介在するだけで。

この地続きの感じ。罪悪感のなさ。そこら辺がとてもリアルだと思いました。

男が(おじさんが…と岩井さんは言った)演じているのに、タカコの存在がとてもリアルなんですよね。

「あーあるある」って言いたくなる。「わかるわかる」って。

こうして、結果的には「売春」をすることになってしまうのね…ということが、無理なく理解できる。

「売春」っていうのは、言葉を与えただけで、実際は、ただのセックスなんですよね。

このただのセックスなのに、過剰に意味を与えてしまうこと……過剰に意味を与えられてきたことが、かえって浮き彫りにされた、と私は思いました。

それはそんなに特別なことだったのか。命を奪われたり、憎まれたりしないといけないほどのことなのか。

男にとって、買春が単にお金を出して女を買うだけの行為であり、それによって、人生が狂ったり、誰かに命を狙われるほど憎まれたり、精神をおかしくするほどの行為でないように、女にとっても本当は同じことなんじゃないか。

女にとってだけ、「性」がそれほど過剰なことなのか。

そう、問いかけているように思う。

売春という言葉がイメージさせる罪悪感の根拠のなさを笑いながら見破ったこと、それが、ハイバイの「ある女」の痛快さだったと私は思いました。

しかしもちろん、今でも売春を憎み、罪深いと感じるひとが大多数であるし、だいたい、法的にも罰せられますから、それはそれでいいんですが、しかし、法律なんて、いつもあとからついてくるものだから、現実はとっくにその罪深さを越えているのではないか、少なくとも今の日本の女性たちにとっては。

そんなことを思いました。

迷い犬に会いました。

2012年01月 26日 (木) 05:20
相変わらず、あーこれからどうしよう…何をしよう…と迷いながら生きております。

ひとつのテーマとして、捨て犬や猫のために何かしたい…という思いがありまして、でも、自分は、演出や物書きの仕事はできるけど、具体的に捨て犬施設を作ったりなんて、できないんじゃないか、と思っておりました。

が。

先日、脚本家連盟から送られてきた「脚本家ニュース」を読んでいたら、小山内美江子さんの記事がありました。

小山内美江子さんと言えば、「三年B組金八先生」の脚本家でいらっしゃいます。(他にもたくさんの名作を書かれています)

その小山内さん、95年にNPO法人「JHP・学校を作る会」を立ち上げ、これまでに、カンボジアに275棟もの学校を建設されているそうです。

275棟! すごいです。

それはもちろん、小山内さんほどの売れっ子脚本家であれば、そういうこともできるのかもしれません。

けれども、そういうことじゃなくて、やはり、心意気のすごさに注目したいです。

つまり、脚本家であっても、学校建設までやる…ってことです。

先日まで、ロンドンにて、捨て犬猫施設でボランティアしてきましたけど、こんな施設、日本にもあったらいいなと思いますが、どっから手をつけていいかわかりません。

でもさ。

やるひとがいて、できることがあるんだよね。

しょせん、自分は物書きと演出しかできないし…とか言ってても先に進まないよね。

なぜ、こんなことを書いているかというと、今日、駒場に芝居を見に行きまして、(劇団「ハイバイ」の「ある女」…とっても面白かったです。詳細は明日書きます)、その帰り道、一頭の迷い犬を見たからです。

品のいいラブラドールが、捨て犬として、警察に連れて行かれるところでした。飼い主が見つからなければ、2週間ほどで命を亡くしてしまうでしょう。

ここがもし、ロンドンなら、私はあの犬を私の働いていたアニマルホームに連れて行きます。そしたら、飼い主が現れなくても、新しい飼い主を見つけることができるし、ずっと生きることができる。

でも、日本だと、本当にすぐ殺されてしまう。

とても素直ないい犬でした。

とりあえず、飼い主が現れなかったとき、私が引き受けるから連絡してほしいと警察の人に名刺を渡して頼みました。ほっておけなかった。

でも、自分で飼えるのは、せいぜい2頭まで。そこから先は無理。

だからって、具体的にどうしたらいいかってわかんないよ。

…この先、小説も書きたいし、映画も撮りたいし、テレビでもやりたいことあるし。いろいろあるけど、犬も助けなくっちゃ…って考えると、ぐるぐるしちゃいます。

そんなとき、小山内美江子さんの記事を読み、およそ15年で275棟も学校を作った……、その事実に励まされました。

自分がやればいい。動けばいい。

それだけのシンプルなことだよね。

そんなことを思う夜であります。

今日、出会ったあの迷い犬、ちゃんと家に帰れますように。

追加。

今朝、目黒警察の人から電話があって、迷い犬(ラブラドール)は無事、飼い主さんのところへ帰ったそう。

よかったー!

ちゃんと連絡してくれた、目黒警察のひとに感謝。

(飼い主が見つかっても、見つからなくても、無視されるんじゃないかと思っていた。失礼しました)

ディレクターズ・ライブ

2012年01月 24日 (火) 03:47
土曜日と日曜日は、東京工芸大学というところで、「ディレクターズ・ライブ」というのをやってきた。

ディレクターズ・ライブって、なんやねん?と思う方も多いと思う。

ディレクターが歌って踊るのではない。私にそんな能力はない。…あったらいいけど。

大学の公開講座のひとつで、映像演出の方法を実際に、映画のワンシーンを作ってライブで見せるという試み。

この大学の教授であり、映画監督の山川直人さんから誘われて参加した。

山川直人監督といえば、自主映画界のスター監督であった。

私が大学に入った頃、すでに山川さんは、自主映画界で知らぬひとはいないほど有名で、才能にあふれ、みんなの憧れだった。

私も作品を見て、圧倒され、学生なのにこんなものが撮れるひとがいるんだーとしみじみ尊敬したのである。

同じ大学の学生であったし、私も自主映画のクラブにいたけれど、雲の上のひとであり、会ったことも話したこともなかった。

それから、○十年、昨年の秋に連絡をいただいて、本当にうれしかった。

なぜなら、山川さんは私の映画を見て、面白かった…と言ってくれたからである。

だから、声をかけた…と。

わー生きてるとうれしいこともあるんだーと本気で思った。

青春時代に「こんな映画を撮れたらなー」と思った人が、私の映画を見て、面白かったと言ってくれたのである。こういうのって、本当にうれしい。

なので、とにかく引き受けた。ロンドンに行く予定にはなっていたけど、途中で帰ってきてもやろうと思ったのだ。(実際、帰ってきた)。

そしてさらに、もうひとり、同じライブをやるのが、諏訪敦彦監督だというのだから、光栄すぎた。

諏訪監督の作品もずっと見てきて、常々、すごいなーと思っていたわけです。自分の映画に渡辺真起子さんに出演してもらったのは、諏訪さんの映画で見て、好きになったからである。

そんな輝ける人々と一緒に並べるなんて、思わず、「本当に私でいいんですか?」と聞いたほどだ。

そういう背景のなかで、3分ほどのショートストーリーを撮ってきた。

出演してくれたのは、藤谷文子さん、米村亮太朗さん、森岡龍くん…という豪華メンバー。

(あと、急に南風佳子さんという女優さんにも出ていただいた)

藤谷さんとは、以前脚本を書いた「フェイスメーカー」(読売テレビ)というドラマの関連飲み会で知り合い、非常に魅力的な人だったので仲良くなった。

藤谷さんはハリウッドに住んで、演技の勉強をしていて、その時、ハリウッドの演技の勉強法について聞いたのだ。

のちにこれが、柳楽優弥くんといったハリウッドのドキュメンタリーにつながった。藤谷さんに刺激を受けたから始まったのだ。

米村亮太朗さんは、劇団「ポツドール」の舞台を見てから、ずっとファン。暴力的な男を演じる姿にまいってきた。いつか仕事したいと思っていた。

森岡龍君は自分の映画にもでてもらって、彼の勘のいい演技がとても好き。監督としても、活躍しているし、才能あふれる好青年。

というわけで、好きな俳優さんに集まってもらえてすごいうれしかった。

これはあくまで、講座で学生のためにやったんだけど、自分としても実験的なことをやらせてもらった。

ハリウッドのリーストラスバーグで習った演出法を実戦してみたかったのだ。

そういう意味で、すごく刺激になり、楽しかった。

もちろん、学校の講座なので、プロの現場と違い、いろいろ足りないこととか、思うようにいかないこともあったんだけど、俳優さんたちがみんな、協力的で、足りない部分に怒ることもなく、全力で挑んでくれてうれしかった。

欲を言えば、もっとやりたかった。もっと時間がほしかった。

同居人にいつも、「なんで、そんなに欲が深いの?」って言われるけど、しょうがない。

この「もっとやりたい」思いがあるから、やっているんだよねー。

そんなわけで、いろいろ反省はあるにしろ、楽しかった。

そして、勉強になった。この年になっても、学ぶことはたくさんあって、はじめてわかることも多い。

というか、まだまだなんだといつも思う。

これから学びたいこと、やりたいことが多過ぎて、生きているうちにできるのか…と思う。

そもそも、小説も、映画も、ドキュメンタリーも、犬のレスキューもやりたいんですけど、そんなにあっちこっち見ててもいいのかな…と思うのでした。

「千羽鶴」への感傷

2012年01月 20日 (金) 23:27
ブログを書くのを、ざっくりさぼっておりました。

ここのところ、明日からやる、実験的なドラマの準備に忙しく…いや、それほどでもないんだけど、最大の難関として、『超時差ボケ』にやられておりまして、生活時間がめちゃくちゃでした。

…と終わったことのように書いてますが、昨日も全然眠れなくて、夜中、仕事のようなことをして、えっと今、30時間くらい起き続けてます。

さすがに、今は眠いので、今夜こそ眠れそうです。

時差ボケのないのが自慢の、普段から昼夜逆転の身だったんですが、寄る年波に勝てなかったのか、本人が治す意欲がなかったせいか、とにかく、治らず…というか、帰国後より悪化しておりました。

明日からやるドラマが「千羽鶴」にまつわるものでして、私はそういえば、千羽鶴ってよく知らないなーと思って調べ始めたんですね。

すると、千羽鶴セットも売っているし、あらかじめ、折りあがったものも売っているんですねー。そして、「病気が早く治りますように」という切なる願いのこもった、エピソードがあることを知りました。

しかし、いろいろなエピソードのうち、私がひっかかりましたのは、川端康成さんの「千羽鶴」という長編小説でした。

川端康成さん…などと「さん」呼ばわりしていいものかわかりませんが、実は、それほど魅力がわからず、「伊豆の踊り子」は読んだ記憶はあるのですが、ほとんどおぼえていませんでした。

が。

この「千羽鶴」は面白かったー。

やっとこういう物語が理解できる年齢に達したということなんでしょうか。

非常に奇妙な物語なんですねー。戦前から戦後にかけての物語ですが、あの、大戦争が、登場人物たちにほとんどなんの影響も与えていない。

「ものが手に入りにくくなった」くらいの感想しかもたず、もっと身近なことに熱中しているんですね。

主人公は、30代前半くらいの、お金持ちのひとり息子で、都内の会社に勤めている。仕事の話はほとんどでてきませんから、会社に勤めている…くらいしかわかりません。

で、物語はこの主人公が、北鎌倉の円覚寺で開かれたお茶会に行くところから始まります。

この茶会で、主人公は「千羽鶴」が描かれた風呂敷を持った女性と知り合う。この女性と惹かれ合い…というのなら、「千羽鶴」というタイトルもわかりますが、どーもそうじゃないんですね。

「千羽鶴」の女性は見合いの相手であり、彼女のあしからず思っていたというのに、この主人公、お茶会で出会った、45歳の、自分の父の愛人であった女性と一夜をともにしてしまうんですねー。

以来、ふたりは、熱愛するわけですが、「父の愛人」であったことに対する罪悪感と、この女性の娘の妨害でなかなかうまくゆきません。

このようにして、奇妙ーな恋愛、というより、色恋が続いて行く物語です。そして、その色恋の小道具として、美しく描かれるのが、茶道具です。父は茶人だったようで、父の残した茶道具が、気の利いた小道具として、いろんな場面で活躍します。

ちょっと昼メロ的展開なんですけど、さすがノーベル賞作家、うまいです。読ませます。

志野焼という、白っぽい茶碗がその女性を象徴するものとして出て来るのですが、茶道具というのは、数百年に渡って、いろんな人の…口を経て、受け継がれてくるもので、それがまた、じわーっと効いてくるんですねー。

そのようなわけで、すっかりはまって、読んでおりました。夜眠れないのでね。

で、明日はその、「千羽鶴」のまつわるミニドラマを、お気に入り俳優さんたちと作って参ります。

実験的な試みなので、すごーい楽しみな一方、どうなるんだろうってドキドキしてます。

「千羽鶴」って元気になってほしいと思っておるものだけど、どこか、はかない、というか、死の匂いがあらかじめするような気がしてなりません。

鶴は千年、生きるっていうのに、自分には、「白鳥」のイメージが重なってしまうのかもしれません。

川端康成の「千羽鶴」も、ちょっと、「白鳥の湖」に似ているかもしれません。

では。がんばってきまする。

アイドルの新しいかたち…グリー

2012年01月 16日 (月) 01:49
ロンドンからの帰りの飛行機のなかで、「GLEE 3Dコンサート」という映画を見ました。

(3Dで見たわけではない…)

「グリー」というのは、大ヒットしたアメリカのテレビドラマで、地方都市のさえない高校のさえないグリークラブ(合唱クラブ)が舞台です。

グリー(合唱)なんて今時、流行らないなか、グリー好きの先生が、クラブの存続をかけて、必死で生徒を集めて始まる物語。

集まってきたのは、モテない勘違い女子や不慮の妊娠をしちゃったチアリーダーや、すごく太った黒人の女子やアジア系の女子、ゲイ、障害があって車椅子で通っている男子など。

問題や悩みを抱えた、高校生活の王道からはずれたひと、いわゆる、マイナーなひとたちです。

その彼らが、グリークラブで一緒に歌うことを通して、友達を得たり、自信をつけたりしていく。

こう書くとずいぶんとまじめなドラマに思えるけど、実際は結構、鋭いジョーク連発の、笑えて、ひやっとするドラマです。

で、見たのは、このコンサート版。要するにグリーのメンバーが出てきて歌う、大コンサート。

そのなかにドキュメンタリー部分が挟み込まれている、というライブものではよくあるスタイルでした。

でも、この映画、ライブだけどかなりテーマがはっきりしていた。

それは、マイノリティに夢を!自信を!ってことになると思う。

主に、フォローされたのは、小人(コビト…小人症…生まれながらにして、低身長のひと)の女の子で、彼女は、ドラマのなかで、チアリーディングのクラブに入るわけです。

実際に小人の女の子が演じており、彼女自身がこのドラマに参加することで得たこと(恋人ができた、自信がついた)などを語って行く。

他にもゲイであることを隠していた少年とか、車いすに乗った生徒を演じた俳優のインタビューとか、あきらかに、マイノリティにフォーカスしていた。

この、堂々したテーマの設定に見ていて、かなりじわっときた。(つまり、涙ぐんだ)

よく、アイドルの女の子が(男子でも可)、「夢は叶う」とか「あなたはかけがえのないたったひとりの存在なんだ」みたいなことを、一生懸命歌いますけど、ちょっと、しらっとしますよね。

「夢叶う」ったって、あなたはその、「外見のかわいらしさ」を持っていたから、今そこで、歌って踊っていられるんだよね…ってことは、誰にだってわかる。(歌も踊りもそこそこでもね…)

だからのその言葉がかなりしらじらしく聞こえる。

けれども、グリーがドラマのなかでやっていることは、もちろん、出演者たちは、とても歌がうまいから、歌唱力がある…という才能に恵まれているのは確かなんだけど、でも、いろんなマイナスの要素があったとしても、ひとつの力をのばすことで、可能性が開けて行くよ…ということを教えてくれる。

先日までロンドンにいて思ったことのひとつは、ものすごくいろんな人が暮らしているってこと。

地下鉄に乗ると、黒人系、ヒスパニック系、アジア系、白人系、アラブ系のひとたちがそれぞれいて、そのなかでも、CITYで働いてそうなブラックスーツのひと、ジーパンなどのラフなひと、ヒジャーブ(スカーフ)で髪を隠したムスリムの女性など、人種だけでなく、宗教や仕事や階級などもさまざまだってこと。

世界がさまざまであることを、グリーはドラマにちゃんと取り込んで、(ムスリムのひとが出てきたかどうかは、最新までは見てないので未確認ですが)、それをていねいに描いて行く。

もちろん、アメリカでは、いろんな人種をドラマに出さないといけないという基準のようなものがある…という背景もあるだろうけど、そうだとしても、グリーがやっていることはかなり挑戦的だし、そして、潔くて、なおかつ、面白い。(←面白い!ってところは大事だよね)

その志の高さに泣けたのだった。

日本に戻ってきたら、似たような容姿のかわいらしい女子をたくさん集めて、同じような服を着せて、その子たちが歌ったり、踊ったりする姿を繰り返し見せられる。

すると、「この国では、ああいう風にかわいくないと、人生真っ暗だってことだね」ってメッセージを受け取ってしまう。

そういう子たちが、いかにお金を稼ぎだすか…についても考えさせられる。

…そんなことは、何十年も前からこの国のエンターテインメントワールドがやってきたことなんだけど、それでも、グリーを見た後は、なおさら、がっくりする。

もっといろんなタイプの女の子がいて、その子たちだって、生きている…というメッセージを届けたいよね。

そんなことを、グリーを見ながら、考えた。

わたしは……いつでも、そっち側の女子の味方でいたい。
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