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長い一日 / 2004年12月16日(木)
とりあえず
会社は休み
身内の者に連絡をした。

あとは、ただ待つしかない。
時間は3時間くらいであろうとの
ことだった。
祈るしかなかった。

2時間くらい
経過したところで
お呼びがかかった
少し変だと思った
1時間も早いのだから

心臓の腫瘍のほうは
キレイにとれました
ただそれは
当初予定していた
大きさよりも
だいぶ小さく
なっていて
やはり
あちらこちらに
ちぎれて散ってしまっていました
とのことだった・・・
でも
心臓の方の手術は
無事に終わりましたので・・・
ただ、
あけてみないと
わからないと言っていた
腸の方が
壊死してしまっていて
もうどうにもならないのですよ
家族の方には
申し訳ないけれでも
もう
てのほどこしようがない
ような状態で
このまま
閉まうしかないでしょう


ふいに
せきをきったように
涙が
溢れだす

後は何も覚えてなかった

あたしは
泣きじゃくりながら
無言の
母にかわって
続けたそうだ

このまま
閉じたらどうなるんですか?

時間の問題でしょうね。

ただ、死ぬのを待っていうんですか?
本当に助かる方法はないんですか?
どうやっても
助からないんですか?
なんとかならないんですか?
おとうさんを助けてください。
助けてください。
お願いします。
何とか助けてください。

すると

心臓外科の先生は
外科の先生と相談してみます
そういって
席をあとにしたそうだ

控え室に戻った
私と母と叔父は
もう助からないという
言葉に衝撃を受け
ただただ
泣きじゃくった
泣くことしかできなかった。







 
   
Posted at 02:15/ この記事のURL
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頑張って! / 2004年12月16日(木)
到着すると
そこは面会謝絶の部屋だった・・・・
ICUのナースステーションの脇にある部屋にとおされた。

先生の話によれば
もともと心臓にあったと思われる粘液腫という腫瘍を摘出するということだった。
ただ、それが他の臓器にも小さくちぎれて全身に流れてしまっているようで、
特に腸が悪くなっているみたいなことを言っていた。
ただ、あけてみないとわからなし・・・一刻を争うし、ただ腸だけではなく他の臓器の機能もかなり低下しているので、もしもということも考えられるので、覚悟をして下さい。
ということを淡々と説明された。

手術室に入る前に
一度だけ
面会が許された

先日まで
目に見える回復をしていた
父の姿とは
うってかわって
人工呼吸器をつけ
あちらこちらに
点滴や心電図や
いろんなものに囲まれていた
その姿は
以前と
かけはなれすぎていて
見てられないくらいだった
素人が見ても
あきらかに危険な状態だと
いうことが
把握できた

泣きじゃくる母を前に
「お父さんがんばってね、がんばって、がんばってくるんだよ」
わたしは、そんな言葉しかでなかった。
母がどんなに泣いても
私は泣かないようにがんばった

きっと
がんばって
また、帰ってきてくれると
信じていたから




 
   
Posted at 01:54/ この記事のURL
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悪い知らせ / 2004年12月16日(木)
早朝
携帯が鳴り響く
なんとなく
悪い知らせなような
直感
見覚えのない番号だったけど
間違えなく市内からの電話
嫌な予感は的中

病院のICUからだった
今からすぐ緊急手術を
します、ご家族の方には先生からの
お話がありますので・・・
来ていただけますか。
そんな、内容の電話だった。

起き抜けのまま
服だけ
着替えて
無我夢中で
そのまま家をでた。
10分くらいの距離も
信号さえも
時間が長く感じてしょうがなかった。







 
   
Posted at 01:44/ この記事のURL
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510号室 / 2004年12月14日(火)
  前日の夜から腹痛を訴え苦しんでいるらしく
  トイレに立った際に倒れそのまま再度寝たきりに・・・
  部屋も2人部屋の510号室へ移動
  
  母が言うには
  普通の苦しみではないらしく・・・
  脂汗をかいて
  殺してくれというくらい
  苦しんでいたらしい
 
  どうして病院にいるのに
  こんなに苦しまなきゃいけなんだろうと
  疑問さえ抱いたとのこと
  もう、見てられないぐらい
  父は苦しんだらしい。

  
 
   
Posted at 22:18/ この記事のURL
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いろんな検査 / 2004年12月12日(日)
  車椅子で移動可能になった為いろんな検査を
  うけたらしい

  心臓に腫瘍らしいものが見つかった為手術が必要とのこと
  とりあえず手術の日時は外科の先生と相談するとのことで
  詳細は後日とのことだった
  
 
   
Posted at 22:31/ この記事のURL
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順調 / 2004年12月10日(金)
 私は自分の仕事もあり、
 母がつけないときだけ食事を食べさせに行くように
 なってた
 
 つきっきりの母も
 文句は言うが
 目にみえる
 回復をする父のわがままに
 は
 うれしさすら
 感じるように
 見受けられた
 
 
   
Posted at 22:15/ この記事のURL
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日に日に / 2004年12月09日(木)
 少しずつ病状は回復しているらしく、少しずつではあるが食事も
 食べられるようになった。
 リハビリをはじめているが、まだまだ一人で食事はできず
 誰かが食べさせなくてはならない。
 部屋も502の2人部屋から512の6人部屋に移動して、
 車いすにも乗れるようになったらしく、
 確実に回復をしている。

 言葉ははっきり聞きとれないが
 食事の度に
「こんな病人の食べる飯が食えるか!」って
 はいはい、病人なんだから仕方ないでしょ・・・と
 笑い
 口に食事を運んであげる
 
   
Posted at 22:07/ この記事のURL
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502号室 / 2004年11月28日(日)
 倒れた原因は脳梗塞とのことだった
 右半身が麻痺しているらしく・・・後は
 リハビリ次第とのことだった
 しばらくは安静にしていないと
 いけないとのことで・・・
 最低1ヶ月は入院することになるとのこと
  
 ただただ、うろたえる母を
 目の前に
 自分がしっかりしなきゃと思った
 
 入院に必要な物を全て用意する
 
 あぁ、こんなかたちで
 父に会う事になるなんて
 
 
  
 
   
Posted at 21:57/ この記事のURL
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鳴り止まない携帯・・・ / 2004年11月26日(金)
 真夜中、突然の携帯に目を覚ます。
 しかも、着信は公衆電話。
 永遠になり続ける呼び出し音、
 とりあえず電話にでた・・・

 それは、ずっとはるか昔に聞き覚えのある声だった。
「さっきお父さんが倒れて救急車で運ばれたの、明日にでも
 よいから一度病院に来てほしいんだけど・・・お願いだから」
 それは、もう聞く事もないと思っていた母親の声だった。

  
 
  
 
   
Posted at 20:56/ この記事のURL
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