セシリアと緋縮緬-Cecilia and Camellia-

06.03.13 日々徒然・音楽・文・たまに絵。 ツッコミ大歓迎

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住人解説
鯵 12月26日B型 関西在住
好きなもの 音楽・ベース・文を読む・文をかく・寝る・異常な長風呂・チョコ・海苔・桃・パンプス・和物・長電話
音楽を聴くのもするのも大好きなホヤホヤ女子大生。変人。
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着せ替えごっこ / 2010年06月06日(日)
たかが7000円の(それも実費の)約束に、どの程度効果があるというのか。
「ごめん、俺といるときはそれ、外してくれないかな」
あぁ、忘れてた。なんて軽く言って、傍のポーチへ放り込む。まっさらになったように見えて、左から二番目の指は根元に日焼けを作っている。
私よりよほど女性らしい顔立ちのそれが、あとはベッドに沈むことへ没頭するのだ。
割り切ったとは口ばかり、男の独占欲は女の嫉妬よりも実直でいて隠せぬものらしい。
首を噛まれた。
かつていとしかったものが醜悪に見える。


「結婚、早そうだよねぇ」
教授が突然休講するとゴネたその日のゼミは、ゼミ生皆勉強も就活も忘れて、俗に言うガールズトークというやつに目をぱちくりさせていた。そこで突如ふられる、根拠のないイメージ。
メイクは控えめ、服装はここの学生では少数派なカジュアル、キャラ立ちもしてない私に、話の輪へ手を差し伸べる苦肉の策だったのかもしれない。女の子が好きな、無意味に他人を褒めちぎる行為で悦に浸りたかったのかもしれない。なんにしても、臨機応変が苦手な私は話を広げる気はさらさらなく、とにかく別の標的へ移ってくれと願うばかりだった。
「いや、ないよないよー」
「子ども好きでしょ?いいお母さんになるよ」
「子どもは好きだけど、私自身が子どもだから自分が親になれるとは思えないよー」
「またまた姉さん!彼のこと支えてあげてるじゃない」
薬を飲ませてくれ、乃至早く帰らせてくれと息苦しくなり、煙草の代わりに水筒へひっきりなし口付ける。校内禁煙のルールを恨む。

彼を支えていると思われている子ども好きの地味めな女は、ゼミが終わってから前の男と待ち合わせ、改札でキスを強要した。
左手の薬指につけているステンレスの7000円を財布へ忍ばせ、この男と付き合っていた頃「魔よけにつけておいて」と言われた、和柄縮緬が埋め込まれた800円(アクセサリーのつもりで買ったから無論こちらも実費)の指輪をはめ変えて迎えに行った。
この二ヶ月で少し痩せた私は、久々にはめた指輪が不安げに揺れていることに気づいた。痩せた実感で喜ぶ以外、特に感傷的にはならなかった。


「あ、ゴムないや。そのままでいいよ」
男がしかめ面をする。昔はこう言えば、大喜びしたじゃないか。
私が別れを告げた理由だから、と口は言うが、本当のところ私を汚がっているのだろうか、と思う。考え方が変わったのはお互い様にしても、私はずいぶん落ちぶれてしまったらしい。
別れてから避妊に積極的になるなんて、離れたくないと言いながら実のところ私から逃れたいんじゃないだろうか。
その日は、しなかった。しつこい愛撫に疲れてしまう私は少しほっとした。
「好きよ」
いつもの女の子みたいな顔が戻ってくる。嘘ではない。時間を塗りつぶして私を女にしてくれるこの男のことが、私は好きだ。
「知ってる。ありがとう」
馬鹿だ。私が抱きしめているのは結局私なのに。
行為中にも明るさを欲しがるこの男の肩越しに、天井と蛍光灯を見つめていた。彼がつけてくれた点灯用の延長紐の先についた星が、隙間風にたゆたっていた。
ビートルズを延々流したワンルームは、マイセン8ミリとチェリーの副流煙が充満している。視界も思考も同時に霧散霧消。
携帯が光っていた。彼からのメールがそのとき、酷く面倒なものに思えた。もともとメール不精の質だが、嫌悪すら抱き無視した。


翌朝男を送り出す。家とは比較にならない光の強さに目をしばたかせ、姿が消えた瞬間濃紺の扉を引っ込める。
和柄の指輪を鞄へ放り込み、財布の中をあさる。100円硬貨に類似して一瞬では見つけられない、ステンレスの指輪をはめこんだ。
彼に、昨日は寝ててメールできなかったの、なんて馬鹿げた言い訳と共におはようのメールを送る。両手でさっさと文字をはたいて、洗濯機を回しながらシャワーを浴びる。一人で寝ていたことにするために。
足を伝う湯は透明なまま。生理がずいぶん遅れていた。髪をぬらしながら、彼の子を孕んでさっさと飛べたらいいのに、とぼんやり思った。
指輪に抜け落ちた毛髪が何本も絡みついていた。


***********

フィクションじゃないからいやになる。多分私は誰のことも好きじゃない。自分ばかりが大事。だから好きなふりが上手くなって、自分を嫌っているのも演技なのかもしれない。いつまでも生きちゃって、本当にごめんなさい。

 
Posted at 19:00 /  / この記事のURL
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「頭の弱い僕さえも君だけを救おうとして、」 / 2010年05月01日(土)
一人暮らしが始まって1カ月が経とうとしている。実質、ひとりでいた時間はごく僅かだったのだけれど。
薬を飲むためにどうにか何かを口にして、何もできないで眠れもしない苦しさ。どうしても苦しい時に頼る薬は決まって悪夢を見せる。
自殺に何度も失敗して、後ろ指差されながら、生き方を恥じながら泣く夢。
詐病の女が大量殺人を犯す夢。
大切な人が私を見捨てる夢。
同時にひとつだけ予知夢も見た。前の彼に謝罪する夢だ。

前の彼とは結局和解して、腐れ縁だねなんて笑いながら。親友になれるよねっていうくらい仲直り。
私の半端な偽善で、期待をさせてしまったことが酷く心残り。実質、嫌いになったわけじゃないから突き離せないで受け止めて、最終的に傷つけるのだろう。私を歌った歌が、また増えていた。今までの全てを踏まえても、まだ好きだと言われた。以前と少し違った部分があった、キャパシティの僅かな成長に揺れた。
帰っておいでよ、お前はどうしたいの、と言われた瞬間。声帯が働くのをやめた。声が出なくなったのは初めてだった。おどけてみせた内心、自分がどんどん異常な体質になっているように思えて悲しかった。逃げが、身体的にも顕著になりはじめているらしい。ずるい。

今の彼は相変わらず非の突きどころのない優しさで、大切でたまらない。いつだって味方だから、君に言われると一層心強い。
無条件で大事にしてくれすぎて、終電ぎりぎりで家へ飛び込んできてくれたり、安心する反面ひどい罪悪感に苛まれる。
私が幻聴で腹を立てて家を追い出した時も、怒りもせず一言ごめん、とだけ。ごめん、そりゃ私のセリフだ。本当にごめん。


自分がいなくなるべきだと決意が固まって、最期の言葉を記して、大好きな曲を聴きながら薬を過剰摂取して、頸動脈を探り探り刃を入れた。脈が当たらないのか、刃が鈍いのか、2度の決別実行は未遂に終わった。強く強く、料理で肉を切る時を思い出しながら必死にあてがったのにうまくいかなかった。罰当たりなんて今更の私は、しくじったとしか思わなかった。


前の彼に、幸せにしたいし、そうなるのを見届けたいと言われた。幸せってなんだと思う?って聞いたら、不幸じゃないことと答えた。私は一人暮らしもさせてもらって学校も行かせてもらって、好きって言ってくれる人が2人もいるから、自分を不幸だとは思ってないよ、もう幸せじゃないかって返したら、そうじゃないって言われた。そうなのか。不幸ぶって見えているのか、自身が気づいてないことが不幸なのか、よくわからない。悲観に暮れても、不幸だと思ったことは一度もないのだけれど。

今の彼に、幸せにするよ、と言われた。幸せってなんだと思う?って聞いたら、君がたくさん笑えることだよって答えた。私ばっかりもらってずるいじゃないか、私だって何かで返したいのにって言ったら、君が笑ってくれることが俺の幸せだからって。
幸せはヤバいんだって歌った五十嵐のことがふっと頭をよぎるくらい、私には勿体ない言葉だった。こんなに薄汚い私も、彼の前だけでは女の子に戻れている気がした。
今の彼しか選択肢はないはずなのに。
どうして、前の彼を突き離してやれないのだろう。手をついて謝れ、手をついて謝れ、私。



およそひと月ぶりの診察。気になる症状をメモする癖をつけておいたので、予め言いたいことを整理しながら向かったのだけれど。先生は話を聞いてくれない。同じ話をまたされる。もうその話は聞き飽きたよ。
先生には正直に話すべきだと思って、ODの有無を問われた時にはいと答えた途端、見捨てた態度に変わった。首の傷もただのネックカットと思われてしまったらしくて、癖になるからやめときなよーっと軽くあしらわれた。病名は一切告げないのに、あなたは今病気なんですよって言われた。先生、もう私のこと見てくれてない。私が悪いんだけど、悲しかった。先生ごめんなさいって言いたかったけど、すぐに受付へ追い払われた。夜の薬が一包化されていた。睡眠導入剤が処方から消えた。胸が苦しくてたまらなかった。もう終わったとしか思えなくて、診察代の支払や処方箋を待つのも辛かった。
私がもっと治そうと努力すべきだった。病院を変えることを彼から勧められた。先生が悪いわけじゃないけど、これからの診察が見捨てられてるならそうしなくちゃならない。また一からやり直しで辛いだろうけど、私の事だし、仮にも成人同士の信頼ってもんを自覚すべきだし、頑張るしかない。



私はいろんなところで道を間違えてしまったらしい。正しさが心根にあれば、もう少しまともな人間でいられたのだろうか。
大阪で彼の帰りを待つ今はまだ気力があるから、今のうちに書き記しておこう。ひとりの家へ戻ったら、こんな下らない走り書きすらできない身体になってしまうんだ。どんどん馬鹿になっていく。
あの子は、少し傾くことなら示してみせると、虚ろに過ごす沢山の一日をやりきってみせると、苦しみながら前進しているのに。私のとこに帰ってきたって何のメリットもないよ、分からないのか。
彼も繊細な自分を見失って、私本位の生活になってしまっている。自分のことをもっと大事にしてと、私が言っても説得力がないのは仕方ないけど不安だ。私なんかと一緒にいたって辛いだけだよ、私なんかのどこがいいの?
周囲の友達もすごく心配してくれている。だめだよ甘やかしたら、さっさとしねって言われたって仕方ない奴なのに。

稚拙なことしか言えなくなってきたなと、視野の狭まりを日々感じる。昔の私はもう少し、賢かった気がする。

 
Posted at 09:02 / 日々徒然 / この記事のURL
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ぼくのことはわすれてください / 2010年03月24日(水)
どんどんどんどん、私のコンパスは短くなる。
外へ出るのが怖い。顔見知りと話すのが辛い。
電車は苦しくて乗れない。バスに乗るのすら少し動悸がして。倦怠感。
彼女の墓参りの日は、意地でも外出せねばと思う。思うのだけれど。
薬なんて効いちゃいないのだ。もしかしたら病気じゃあないのかな。
甘えた仮病なのかもしれないと怪しむけど、身体はどんどん言うこと聞いてくれなくなってきた。
胃がすごく痛い。朝の絶望感に耐えられない。
彼は言った、「ずっと一緒にいよう、せめて君が居られるその日まで」そのあと、号泣していた。
私の死期を案じて、きっとつらいおもいをしてきたのね。ごめんね。
吐きたい。ここにいるのはあと数日、ひとりで暮らす不安が膨らむ。
学校行けるのかな。新しいバイト、就活、できるのかな。
先生は「診断書出してあげられるし、できれば学校にもしばらく行くな」って。
そこに甘えたいけど、だけどこれ以上誰にも迷惑かけたくないよ。かけられないよ。

365日前、あの子がかわいくてしかたなかった。幹部になって初めてのライブで、心労でどうにかなりそうだった。手首も汚かったけど、今よりずっと私は頑張れていた。31日にはあの子がすきだと言ってくれて、海遊館へ連れて行ってもらった。支えるって言ったじゃないの。
何もできない。あああ、静かに静かに眠らせてください。灰皿に水を張って、吸殻を水に浸しっぱにして、茶色い水ができたら飲みたくてたまらなくなる。剃刀がないから、根性焼きでぐっと正気をこらえる。
わたしはいらないこ。自然淘汰。摂理だから。
苦しい。たすけてくれとは言えないのだ。あいしてると、かわいがってきたと、言われても信じられるはずがないのだもの。
どうしてうまれてきてしまったんだろう、ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい。

 
Posted at 11:41 / 日々徒然 / この記事のURL
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(無題) / 2010年03月16日(火)
梅酒じゃたんねぇんだよ!寝たくない寝たくない寝たくないデパス全部噛み砕いたらよかったちくしょうめがきえろきえろきえろきえろ

 
Posted at 09:31 / 日々徒然 / この記事のURL
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とりあえず書きとめ。 / 2010年03月13日(土)
軽率さを、紆余曲折した人生になぞらえる人
難解さを、美徳にして水に薄め過ぎた人
他が道を、揶揄してみて気苦労に陶酔する人
大好きだった長話に、ひどい疲弊を覚えるようになったのはいつからか。
煙に紛らわせられる時はまだいい、愛想をやめる隙ができる

今日のレシピを反芻するのと同じように一日を回想。
寝る直前の意識が至極曖昧になりだした ふくしゅうはしっかりとね。
人を見下す癖は治らず、人に見下される生き方も変わらず
メッタ斬るのは最終的に自分で、無自覚のループゆえ勝手に混乱して、
鶏肉を切った包丁に怖気づくことない私は、実のところ明日は我が身とは学んでいない。
101回を超す危うさで抱きすくめられる。子どもをあやすフリで払う。


6年前から今までのことを回想することが増えた。
何度最後を誓って、何度嘘を吐いたのか。
ひとりだった時間は僅かなのに、パテの施されていない歪さばかりが目立つ。
深緑の、繊維の硬いセーターで涙を拭いていたあの頃の方が、幾分か頭は良かった。
叱責していた私は、いまやされる側のアウトロー。
足さばきだけは一丁前に、大人気ないという言葉を使うにはまだまだ早い愚行の日々。


しくじったのだろうか。
やりこめたのだろうか。
飼い犬が中庭に放たれた程度の反抗。
話が違う。


馬鹿のあの子と、掴めなかったあの子と、ずるいあの子と、器用貧乏のこの子と、あと誰だっけ。
好かれたいのではなく、ただ誰人にも嫌われたくないだけ
出来事だけが色濃いまま、当人ひとり形骸化している。
意気地のない人生で、適当に落ちぶれるのだ。
ピンクいことはもううんざりだ。誰も悪くないのに心がしぬ。



「眠れない分、人より活動時間が増える」
心配を煽った彼人の発言が、今は身を以って正論と気付いた。
薬を飲み損ねて安眠を獲得して、朝目覚めた瞬間の絶望感に比べれば
薬のせいで眠れないの、なんて言って、世の真相がごまかされる瞬間に立ち会う方がラク

本当は何もしたくない。よくならなくちゃ、と思うのは周囲のためでしかない
そのくせ、皆きえてしまえ、もとより私がきえてしまえと煮え滾っている。
ぼくはときがとまればいいとしかかんがえていません。診療側の価値としてはゼロ。
友好的に接してくれる人の10割はありがたいけど、そのうち9割のことが嫌いです。
誰しもそんなもんだろ。歪められた元凶が憎くて憎くて、自分の所為にしたがらない、だけど社会と接点を欲しがる



住所不定。
ユニットバスで喫煙。
外出した翌日は決まって酷い体調不良。
板チョコばかり齧っている。
喉に指を突っ込みたくなる。
剃刀に頼る生活に帰りたくなる。
小さいころに描いた21歳女子大生の私は、こんなものじゃなかった。
無心でいると「みんなきえろ」の文字がさながらニュースフラッシュのように流れてくる。ぎょっとした。
ふつうじゃない。のは、いまさらだろうか



できれば、あらゆる条件をふまえても真っ当である人間になりたい。
それが無理ならもうひとつ、お願いがあるの。

 
Posted at 16:09 /  / この記事のURL
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大阪の空。 / 2010年03月09日(火)
家を出て、もうひと月近く経った。


12月、部活の引退とバイト退職から、インターンシップの開始と就活と新バイト探しへと生活のシフトチェンジ。部長と文化部長を務め、バイト先でも一目置かれつつあるポジションだった私にとっては、部活とバイトが居場所だった。新しい環境へ飛び込む意欲はあったが、すべて空回る結果となり、私はただでさえ塵のようだった自信を喪失した。

ゼミの教授やゼミ生とは一層折り合いが悪くなり、10月末から崩した体調は落ちていく一方。インフルエンザにかかったことにもしばらく気づけないほど、不調が既定値だった。

年末には9カ月付き合った彼と不仲になり、遊び心で手を出した子に気に入られてしまって、数週間二股をかける状態になった。彼の知らない場所での不誠実さと本心が見えた瞬間、彼とは縁を切ってセカンドの子に乗り換えた。不誠実はお互いさまだった。それでも彼が好きだった、自分から告げた別れに大きな喪失感を抱く。

長年気にも留めていなかった家庭内での疎外感が強くなった。寂しくて新しい恋人の家へ入り浸れば入り浸るほど、実家へ帰った際の孤独感で胸が仕えた。誰とも会話せず自室へこもることはザラで、母の煙たがる様子が見たくなくて、いつも就寝時間を狙って帰宅した。母は最終的に煙たがるどころか、私の存在を無視しきっていた。

ここ数年、気持ちの激しい落ち込みをリストカットでうやむやにしてきていた。12月から頻度は増し、その度合いも激しいものとなった。冷静でいるのが怖くて切ることだけでは飽き足らず、家中の薬を酒で多量にあおり、煙草を一度に数本深く吸いヤキを入れ、激しく嘔吐し、気絶した。

つらい気持ちから逃げるように、他大学の友人たちや自分の後輩のライブへ足を運ぶ。友人に会う喜びはあるものの、うまく話せなくなった。言葉につまり、息がつまり、最後には手の震えが止まらなくなった。拠り所だったここですら、孤独感は後ろをついてくる。煙草の本数が格段に増えた。
家出なんてうらやましい、楽しそうだね、と言われるとは思いもしなかった。
分かってもらおうなんて考えるほうが馬鹿だ、ということは高校時代散々学んだ。傷つくのは変わりないが、せめて無言で耐えられるようにだけ。

母にトドメの言葉を食らった先月の今ごろ。リビングで発狂しそうな私を見えないかのように、兄に猫なで声で媚びていた母の姿は鮮明だ。
家にいると頭がおかしくなると思った。荷物少なに、さも出かけるような素振りで脱走した。


進級、一人暮らし、就職、何一つプランがまとまらないままだった。明日のことも分からないような状況で、新しい恋人の家に居ついた。親子の絆を描いたような番組を少し見かけては、「どうして私はこうなれなかったのだろう」と悲しみ、毎晩涙を流し、何度も希死念慮に襲われ、気づけば団地の14階から下を見下ろしていた。死にたいのだと、毎夜のように訴えては恋人を悲しませた。
恋人は四六時中傍で励ましてくれ、これからどうするか一緒に考えようと言ってくれた。ひと月の間彼と何度も何度も話すうちに、少しずつ、自分の思いがまとまっていく気がした。

私はほんの少しずつ元に戻っていると、錯覚した。もう大丈夫だ、一度実家へ帰って、これからの思いを伝えようと。
地元の駅につき、改札を抜けた瞬間息が浅くなった。苦しい。町の匂いが、見慣れたはずの風景が私を威圧していると思った。帰ってくるな、というよりは、お前はここの者じゃないと言われているような。
家にはとても戻れないと、最近連絡を取っていなかった地元の友人を呼ぶ。今日はこっちへ泊っていけと言われ、もうそこにすがるしかなかった。

この友人は、6年前の私だった。(ゆきちゃんは6年後の私だ、と最近思っただけに、ゆきちゃんの安否が気になる。)
人間的に格上だとでも言うような口調でもっともらしく説教されると、消え入りたい思いになる。無価値だと言われているような気分になるのに、友人は辛いと言うなと言いながらも死ぬなと何度も言う。私を蔑んでいるんだろ、もうお前の話はいらない、と思いながら愛想笑いをしていたら押し倒された。無価値であるという自覚が強く強く念押しされ、抵抗が無駄と分かり、ひたすら天井を見ていた。涙は出ない。

眠れずに翌朝を迎え、兄に自宅ポストへ保険証の投函を頼んでから、寝ている友人の上をまたいで出て行った。もう多分連絡はとらない。
外は雨だった。実家まで30分近くかかる道だったが、傘も持ち合わせておらずそのまま向かった。早朝すれ違う人間は少なかったが、皆こちらを見ないようにしていた。ずぶ濡れになり、心もうつろだった。実家へ近づくと心臓が痛いほど高鳴り、そっとポストから保険証を抜き取った瞬間走って駅へ向かった。結局怖気づいた私は、恋人の家へとんぼ返り。


ストロベリーショートケイクスという映画を見たあと、恋人に抱かれた。
今子どもが出来たら死ぬしかないと思っている私は、男の弱い部分につけこんで、今の恋人には避妊をしなくてもいいと言ってある。前の彼と別れた原因はこの辺の問題だったにも関わらず皮肉な話だ。
先日友人が勝手な行為を済ませたあと、「死にたいからセックスするなんて悲しい。愛あることなんだから楽しむべきだ」と言ってきたのを思い出した。
自分には身体を明け渡すことでしか価値がないことへの虚しさ、友人に対する侮蔑と悔しさ、今こうして私に被さる男も同じ事だと思うと、涙が止まらなくなった。映画に出てきた男と君たちに、一体どれほどの差があると言えるのか。そして映画の彼女たち以上に、私はくだらないのだ。
「私、あなたの赤ちゃんが欲しいよ。」言葉が砂埃みたく舞った。単に死ぬときの巻き添えが欲しいだけ。


心療内科へかかってきた。
1,2時間ごとに目が醒めるのは、家出後の生活リズムのせいだと思っていた。
少しの外出だけで身動きが取れなくなるくらい疲れるのは、体力低下だと思っていた。
強かったはずの胃がすぐに痛くなるのは、歳のせいだと思っていた。
息が浅くて苦しくなったり手が震えるのは、どうしてかわかっていなかった。
すべて、うつ症状にはあてはまるそうだ。
人や集団が怖いことや、憂鬱な気分、希死念慮など、精神面の異常に対する自覚はあった。が、身体的な面にも及んでいる自覚はなかった。
とりあえず、という感じで抗うつ剤と抗不安薬を処方された。薬を飲んでしばらくすると妙にテンションが上がり、その足で少し遠出したら激しい倦怠感に襲われ、帰宅後突然眠ってしまった。昨日ほとんど寝てなかったしなぁ、と軽く思っていたが、夜に再び服用したらやはり意識が飛ばされた。これからしばらく服用していく薬なのに、恐怖を感じる。
それでも、怖くてなかなか行けなかった病院へ行けたのは進歩。次は一度、家へ保険証を返しに再び神戸へ戻ることから。


朝が来る。大阪の空は、雲が赤い。

 
Posted at 03:45 / 日々徒然 / この記事のURL
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(無題) / 2010年02月07日(日)
彼の先輩が今日亡くなったらしい。
どうやって、なのかは聞いていない。
見知らぬ人だけど、彼を始め他大学の同期から好かれている方なのはよく知っていたし、夏にセッションでunchainをコピーした時に、ギターのだいちゃんが大変お世話になったことも聞いていた。
だいちゃんはいつも嬉しそうに、あの人はこのバンドが大好きなんやで、ほんまコピー手伝ってもらって頭あがらんわ、と言っていたのを思い出す。
寒い夜、シャッターの閉まった生田神社前で、手が震えた。


今日は地元の有名インディーバンドの解散ライブだった。
ライブを楽しもうとしても、ひとつ上の青年の訃報が頭を回り続けて。
オレンジの照明に、彼女がしんだ夏を回想した。
スポットライトに、ひと月前に別れた恋人のステージを見重ねた。
そして私の、私自身の葬儀を想像した。


どうしてしんじゃったの?
いつ、どんな思いをして最後を迎えたの?
どうして私がしなないの?


いなくなってはならない人がまた、いなくなる。喪失感。彼をもっと心配してあげたかったけれど、私は知り得ないあの人が消えたことのショックで何も言えやしなくて、早く帰れだのスーツを取りに実家へ戻れだの、とにかく冷たくまくし立てることしかできなかった。私はどこまでも無力だ。
彼は私よりずっと大人で、ライブ中動揺する私の手をその都度握った。


かつてからあった私の自殺願望がかなり強くなって、もうひと月半以上経っていた。
年々人の死に過敏になって。あなたがしんだら、わたしはかなしいのだ。
もう頼むから、誰もいなくならないで。私があと少し後にいなくなるまで、少し待ってくれ。お願いだから。

 
Posted at 22:50 / 日々徒然 / この記事のURL
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いやしいほど繰り返そう / 2009年10月18日(日)
まずの一区切りは、あまりにあっけなくて。

ふらふらしてばかりの私、あの人をずっと忘れられなくて、たまらなくて。
好いてくれてたあいつをいいように利用しながら、あの人に心を寄せて、だけど彼のことは大切で。
勝手。

あの人を好きになったのは去年の秋だった。精一杯で、それでも恋愛ベタな私はやることなすこと全部が裏目にでた。
あの人はどこまでもつかみ所がなくて、だけど私を友人以上として近づけまいと必死だったのはひしひしと伝わった。嫌われるのが怖くて離れてみたり、でも諦められなくて近づいたり、その繰り返し。
ご飯に誘っても、断られてばかり。それでも、彼から一度ご飯に誘ってくれたことがあった。嬉しくてしにそうで、だけど予想以上に早く帰されたりして。帰る間際、自転車を押すあの人のマフラーをそっと握ったけど、勇気が出なくて引っ張れなかった。
バレンタインをあげてもありがとうで終わり。ライブで見かけても自分から挨拶してくれるのは稀。それでも、友達としてならちゃんと受け入れてくれた。たまに思わせぶりな言葉もくれた。それは嬉しいような苦しいようなで、結局私は少しもあの人を忘れられなかった。
今の彼と付き合いだしても、ずっと。今でもずっと。

その後あの人に彼女ができたときも、その彼女と別れたときも、私は彼を忘れてあの人の傍にいたくてたまらなかった。何度も、すべてを敵に回してでも手を伸ばしたい衝動にかられた。
彼女ができた後も一度だけ2人でご飯に行った。その時、あの人は私を突き離すように彼女を大切だと言った。そうされればそうされるだけ、私はあの人のことを思ってて。
せめて気持ちは言わずにしまって、今のまま、あの人が優しくしてくれる今のまま、それを大事にしようと思ったのに。

昨日ライブ後の飲みの席で、前の彼女といつまでも話し込むあの人の背中が。対角線上で否が応にも目に入って。頭がチカチカして、ごまかすためにいつもより沢山飲んだ。楽しいフリをした。ただ、泣きたくなった。
皆が帰り始めた時、あの人を呼び止める。私の横にいる友達と話して、私の方は少ししか見てくれない。酔っ払いのフリをしてマフラーをするりと奪った。初めて一緒にご飯に行った時に巻いていた、あの赤いマフラー。
暖かい。あの人のいつもつけてる香水の匂いがふわっと舞う。顔をうずめて目を閉じた。
離したくない。
衝動が抑えられなかった。今しかないと思った。
会場で忘れ物の確認をするあの人にすっと近づいて、耳元で言った「ずっと好きだったの」
目を見てもらえたか、よく思い出せない。こちらを向いてくれたかさえ思い出せない。ただ、聞こえたのは「何も言えない」の一言。その後私は何と返答したのだろうか、それもよく覚えていない。所詮「そうやんなぁ」程度のものだと思う。
わずか数秒で、私の1年は終わった。
マフラーを返さないまま、外に出た。あくまでも酔っ払いの演技を続けて。気づいたら泣いていた。驚いた友達や他大学の子は、心配しながら私が首に巻いているあの人のマフラーで涙を拭ってくれる。びしょびしょにして返してやろう、なんて性格の悪い考えが一瞬浮かんだ。
いつも話を聞いてくれる友達に、とりあえず報告。案の定私よりも大泣きしてくれた。私が大声で泣けなくなった分、彼女が泣いてくれるのは私にとってとてもありがたいことで。何も出来なくてごめん、だなんて、助けてもらってばかりなのにそんな事言ってくれて。
泣いては落ち着いてを1時間近く繰り返した。気づいたらあの人は近くで別の子と談笑していたけど、こちらのことはなんとも思っていないような風だった。それで構わないのだけれど、あぁほんとに嫌われてしまったなと。
マフラーに何度も顔をうずめて泣いた。この優しい匂いに嘘でも包まれるのは、きっとこれで最後。
終電が近づいていた。軽やかな足取りをつとめてあの人の傍に向かう。「お借りしましたー!」なんて元気に言いながら、あの人の顔の周りにぐるっとマフラーを巻いた。さよならだ。
「ライブ、出てくれてありがとうね」なんて事務的なお礼を、やっと目を見て言ってくれた。泣きそうになったから、困ったような笑顔しかできなかった。沢山の意味を込めて、ありがとう、だけ言って逃げ帰った。


体関係の間柄になってしまったあいつに、「ふられた!」とだけメール。事の経過を知っているうえで「まじか。ナイスガッツ」と返してくれるあいつは、ほんとに優しいと思う。だからこそ心を埋めるだけに利用したくなくなってきて、次はいつ連絡を取り合うのか検討もつかない。
彼氏に電話をしても、繋がらなかった。
あの人には、もう数日したら昨日のことをきちんと話して、謝って、せめてこれからも友達でいてくれることをお願いするつもり。
昨晩、話したいだのなんだの期待してしまうようなメールをもらう夢と、あの人の家に遊びに行かせてもらう夢をみた。起きたときの絶望感は、ごっそりと夢の喜びを抜き取って行った。
終わったはずなのに、私の心にまったく整理がついていない。しっかりフッてもらうしかないのかなぁ、それとも全く諦める気がないのか。どこまでも、不誠実。彼のことは本当に大好きだし大切だけど、だけどあの人の匂いが、まだ鼻腔から離れない。

 
Posted at 10:53 / 日々徒然 / この記事のURL
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ぐちゃぐちゃ / 2009年08月19日(水)
こちらに顔を出すのはいつぶりやら。


去年彼とお別れしてから、あと1週間もしないうちに1年。
去年の今頃あたしは心も体もめちゃくちゃになっていて、それでも苦しさは、彼と生涯過ごすための一過性のものだと信じてた。馬鹿だなぁと思うけど、もう時間を返せだなんて微塵にも思ってないし、私はきちんと彼を友好的な意味ですきでいられてる。メールも電話も気軽にできるようになった。実はまだ、1年目と2年目の誕生日にもらった手紙とプリクラが捨てられてないけど、未練じゃなくて甘い思い出なだけ。
もう返らない、みっともなくて子どもでだめな私の青春だもの。やっぱり大事には思ってる。



ここまで立ち直れて、今元気でいられるのは多分今の彼のおかげなんだろうなと思う。
秋冬の片想い惨敗中に出会った、女の子みたいな男の子。3大学共催ライブのセッション企画バンドで、ご一緒することになったんです。稀に見る魅力的なギターボーカルでした。ほんとに歌もギターも上手いんだわ。
可愛いし女慣れしてなさそうだからちょっと近づいてやろうと思ったら、ガッツリはまってしまったのです。向こうは最初から好意持ってくれてたらしかったから、トントン拍子に話が進んで。出会って9ヶ月、付き合って5ヶ月になります。
見た目は超絶柔和で気も弱そうなのに、中身は男っぽくて気が強くて筋が通った人で、そして小学生みたいな口の悪さでビックリ。最初はそこに戸惑ったりもしたけど、今はそういうところにすごく助けられてて。
付き合ってからもしばらくリストカットと根性焼きがやめられなかったあたしに、厳しい言葉いっぱい浴びせまくって最後に大泣きしてくれて…否定し通したくても、優しいからできなかったんだろうなぁ。彼のおかげで、手首の傷痕が薄くなってきました。傍にいる人も苦しくさせちゃうんだって、そこでやっと分かったんです。煙草は結局やめれずですがヤキは入れてません。
超メール不精のくせにヤキモチ焼きでへそ曲げるとなかなか戻らなくて、変に頭が良いからあたしのちょっとした変化も察知して勘繰りするので、大喧嘩も1、2回あったけど仲良くやってます。彼に好意持ってるって分かってる女の子と話しこんで待ち合わせ1時間遅れて、その後も酷い冗談言われた時は流石に別れてくれと言ったんですが笑、それきり前以上に硬派になったし。頭が良い子なので、一回一回の揉め事でちゃんと何かを得てるんですよね多分。
ヒール履いたらあたしの方が大きい時だってあるのに、いつも手を引いて歩いてくれる。ちっさいくせに包容力があるから甘えまくってしまうんですが、前のお付き合いの二の舞にならないように、我が儘の出し方は上手に調整してるつもりだし、揉めた時はいつもの3割増素直になるようにしてます。あたしもちったぁ大人になれただろうか。前はすぐ別れるって言っては気引こうとしてたもんなぁ。笑



実は今の彼と付き合う前に好きだった人が、後々あたしに好意を持ってくれてたかもしれないってのを聞いて。今の彼と付き合った後それを知って、それ以来しばらくは毎夜その人にさらってもらう夢を見てました。酷い女だなあたし。その人とバンドを組む機会もあって、実はつい最近まで気をひこうと躍起になってた。今更どうこうしようってわけじゃなかったけど、片想いしてた頃と何ら変わりなかったと思う。最近彼女ができたって話聞いて悲しすぎて涙すら出なかったり、今も会うたび胸がきゅっとする時があるけど、これはきちんと片付けをしなかったあたしの責任なんだろうな。
更に冬、中学時代に好きだった同じ塾の男の子に軽音繋がりで再会。最初は普通に仲良くしてもらってたんだけど、あたしが今の彼と別れそうになってた時に猛アタックされて。これもまた片想いをくすぶらせたまま終わらせた過去っていう弱みと、強引な優しさに揺れに揺れまくった。アプローチの仕方もドツボでクラクラだったんですが笑、その彼にもつい最近彼女ができたらしいので無事お友達の状態キープ。ほんのちょっと寂しいと思う部分もあるけど、男っぽいあたしに貴重な男友達なので、これでよかったかなと。
…こういう浮気とも取れかねない(もう浮気なのか?笑)未練たらたらのフラフラ不安定さもあったりしますが、ここ最近は今の彼しか見えない心情になってきました。守られてばっかのあたしが言うのも変だけど、あの可愛い笑顔を大切にしたいって心から思えるようになってきたんです。


誰かに恋するたび、「この人を最後にしたい」って思ってきた。でもそれは夢止まりってのを傷つくたび知って、今はその願いを持つことすら恐れてしまう臆病さです。だけど、やっぱり信じたい。せめてちょっとでも長く一緒にいられますように。
先日2人用の2台目携帯を2年契約で買ったんですが、頑なに「俺名義で2台一緒に契約するから!」って言ってくれたその言葉の意味、長く傍にいてくれることだと期待していいよね?
彼には大きな夢があります。それを見届けられるくらい、一緒にいれたらなぁって。最近前にも増してベッタリなあたしをちょっと改めて、裏から支えてあげられるようになりたい。



なんでこういうことを書きにきたかっていうと、まずは自分の気持ちの整理。
そして何より、ドン底だった頃に助けてくれた人に、今はこんなに元気だよっていう報告と、支えてくれてありがとうっていう感謝を伝えるため。
部活もバイトもどんどん楽しくなってるし、とにもかくにも私は元気です。ありがとう。

 
Posted at 06:30 / 日々徒然 / この記事のURL
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低体温。 / 2009年02月02日(月)
彼と、およそ5ヶ月ぶりに話しました。キッカケは懐かしい人と再会して、その延長から。
あたしの重さや暗い部分を知ってからあたしのことを怖がっていた彼だから、電話したって出てくれないと思ってたんだけど。
(出ないこと前提だったから、駅へ向かう途中煙草吸いながら電話してた。笑)
「もしもし、鯵?」って、締まりのない口が言うのが聞こえてちょっと泣きそうだった。あたしと話すときだけ声がホワホワするの、まだ治ってなかったんだ。釣られてあたしもへらへらした声で応答。


用件はなくて、でも元気にしてるのかが気になったんだ、正直に明るく話せる自分の饒舌さに驚きつつ。
彼もそれを喜んでくれて、最近の部活の話や好きな子の話を聞かせてくれました。部活、すごく頑張ってるみたい。ライブに呼んでねって言ったら、鯵のライブも観たいなって言ってくれて嬉しかったなぁ。
好きな子にはとんでもないアプローチをして完璧に嫌われたらしく、ほんと相変わらずどうしようもない人だなぁと呆れてみる。あたしと別れた時の話を周囲にしたら、大ブーイングを喰らったって話も聞いて正直すっきり。笑
にらがよく言ってた「あの子の彼女は鯵くらいしか務まらない」って言葉を思い出して苦笑。

鯵はどうしてたの、と言われて、髪をばっさりショートにして君の大嫌いな煙草を吸ってるよ、と返したら爆笑。ありきたりだねって一蹴されて。確かにあたしもがいてる次元が低いよね。
大学でも部長をやって、文化部のトップも務めることになったことを言うと、おめでとうって喜んでくれた。でも、好きな子が出来たことは存外喜んでもらえなかった。喜んでほしかったな。
それから、別れてから今までの経緯を話した。めちゃくちゃ忙しくて会えなかったのに、君と別れた途端に時間が出来はじめて沢山後悔したこと。自棄起こして更に阿婆擦れになったこと。多分自分は近いうちに消えるだろうと思っていた時期があって、自分を写真に残すのが怖くなって振袖が着られなかったこと。母のために、春の間には振袖を着ようと決めたこと。夢に君が出てきたこと。今でも君を思い出さない日はないこと。元気になったこと。
「覚えてるかなぁ。2人で振袖の話してた時に、鯵の晴れ姿はご両親の次に俺に見せに来てねって言ってくれて、長い髪はアップにして着物は藍色ねって指定までされてたんだけど、成人の日の夢がまんまそのお願い叶えてたんだよー。」ってなんとなしに言ったら、彼、泣き出してしまって。責めるつもりで言ったわけじゃなかったからすごくビックリしたんだけど、彼はあたしと別れてから罪悪感に苛まれ続けていたらしく、それがこの言葉でドッと押し寄せて泣いてしまったようでした。前のあたしならそれが御望み通りだったはずだけど、今はそんなことなくて。
もう今は元気だから、大丈夫だからっていうと更に鼻をグズグズ言わせて「鯵が元気になって、本当によかった」って。心配とか恐怖とか脅迫的なものを抱えながら、あたしの事はずっと気にかけてくれていたそうです。ほんと、優しさの根っこに保身が張り付いてる子です。君くらい愚かな方があたしもあたしでやりやすいよ。なんてちょっと見下した気持ちも持ちつつ心配してくれてたこと自体は嬉しかったから、素直にごめんねありがとうと告げました。


別れた当初は「なんて不毛な3年を過ごすはめに…」と絶望してましたが、今振り返ると楽しい事もいっぱいあったし、長くお付き合いさせて貰ったことで色々学んだこともあったから、いい恋愛だったって思えるようになってきました。それを伝えると、「俺も、こんなに一人の人を愛せたのは初めてだったよ。もうこんなこと一生ないかも」って言ってきて。彼の言葉の軽さは嘘をついてるつもりがないから余計に質が悪いなぁと思いつつ、「人生これからだよ、最高って思うものは今後死ぬほど出てくる」と皮肉も混ぜてフォローしてあげました。あたし性格悪いなー。笑


彼はあたしと別れて以降他の人と体の関係が一切なかったらしく、しきりにその辺の話を根掘り葉掘り聞かれました。挙句に、乳はでかくなったかとかまで。いつまでたっても中学生みたいな性欲だなこいつ。
その後の会話の端々から、暗に彼がセフレを持ちかけようとしてるのが分かったから、「ホテル代とご飯代くらい出してくれるなら、お互い寂しい時は別にいいよ」って言ってみる。「鯵を傷つけることにならない?」なんて傲慢とも取れる保険の言葉を被せつつ、案の定テンション上がる彼。冷めゆくあたし。
あたし昔は「好きな人としかすべきでない」って考えだったんだけど、今や「どうでもいい奴は体で飼いならせば相互利用できる」みたいな考えがあって、もうほんと終わってるんですよね。むしろ好きな人とそういう事したいと思わなくなった。要は、もう彼に対する気持ちは何もないっていう。多分近々食事に誘われて連れこまれるんだろうなーみたいな低体温で。あんなに、大好きだったのにな。
「最中勢いで好きとか言っちゃったらごめんね」って言葉に、もう何も返そうと思わない。ショックも受けないし、怒ったりもしないし。娼婦とご主人の関係は今に始まったもんじゃないもんね?「目を瞑るよ」。


初めは良好なお友達に戻れる気がしてたけど、どうかなぁ。今回の電話で、昔愛した人として赦し赦される関係になれたから大切には思うんだけど。さんざんけなしてるけど、評価と愛好は別なんです。(byともちゃん。)駄目すぎるけど嫌いなんじゃない。
純粋に彼とのおしゃべりは楽しいし。頭の悪い子だけど、愛嬌はあるのでね。その遊びの延長で肉体関係が入ってくるのは何とも思わないんだけど、彼ほんと頭悪いんで、体先行にしたがるんじゃないかなぁっていうちょっとした憂鬱。サルじゃあるめーし、あと少しだけ高度な関係を望みます。むむ。

「あたしが今の好きな子と上手く行き出したらお触り禁止だけどね」なんて冗談めかして本気で言うあたしも、地に堕ちた人間性なわけですけどね。このくそったれのあばずれが。

 
Posted at 02:31 / 日々徒然 / この記事のURL
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