存在感。

July 30 [Sat], 2011, 18:45
以前いた病棟に、もうずっと植物状態で人工呼吸器に繋がれていた男性。受傷時は代前半の社会人になって間もなく、通勤途中交通事故だった。それから約年間ずっとベッドの上で、コミュニケーションらしいコミュニケーションもとれず過ごす。栄養は鼻孔から胃まで挿入された管から栄養剤を流し込まれ、排泄は膀胱から留置された管で排出する。便は定期的に浣腸をかける。床ずれができないように昼も夜も時間ごとに体の向きを変え、そのたびに気管切開部に挿入されたカニューレから痰を吸引した。彼は人生の半分近くをこうしてベッドの上で過ごし、意思疎通出来ずにされるがままだった。もし自分が彼だったら、同じ状態で生かされる事は生きている意味がないのではないかそう思ったこともある。でも毎日病室を訪れることを日課としている彼の両親。日々反応がないけど話しかけながらケアを行う。私たちも反応は無いけど、話しかける。こんなことを繰り返しているうちに、なんの反応がなくても、なにも出来なくても、ただその人の存在が意味があるんだと気が付いた。返事は出来なくても彼には聞こえている。ここにいるから聞いてくれる。彼は自分たちが愚痴を言ってもじっと聞いてくれた。そしてそのことを誰にも言わないでくれた。彼は存在するのだ。どんな人でも、社会に貢献している人も、社会的弱者で何もできない人もこの世に生まれてきた命に、なくてもいい存在など無い。みんな何らかの使命を持って生まれてくる。彼は人の存在の尊さを教えてくれたのだろう。この世では機会に繋がれた不自由な生活だったろう。これからはバイクを自由に乗り回したり、好きな物をおなかいっぱい食べることができるだろうか存在って何もしなくても、ただそこにいるのといないのとでは大違いなんだ。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:aje258zp75
読者になる
2011年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新記事
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/aje258zp75/index1_0.rdf