これからの知的財産を考える一考として

2006年11月25日(土) 17時35分
今日は、フリーウェアの祖、ストールマンです。

Wikipedia自身(といっても日本のWikipediaには代表者がいないようですが)が、Wikipediaが商用されることに抗議しているというニュースを見て、『Wikipediaって、GNUだっけ?(著作権など、要はどういう権利を放棄して、どういう権利を保持しているかの詳細区分みたいなもの)』と思い調べたら、Wikipedia用に作られたGNUである、GFDLだったわけで。

そんなところから芋づる式に、『ストールマンのドキュメントって、プロジェクト杉田玄白にあるのかな?』と思ったら、やっぱりあったわけです。で、当然の事ながら『転載可』なので、忘れちゃいけないと思い、転載した次第。これからの知的財産の形をいち早く唱えた文書なので、読む価値はあると思います。他にも和訳されたものがあるので、読みたい方はどうぞ。

著作権については、最近、お仕事つながりの津田さんや、同じくお仕事つながりの富田さんなんかで、新しいプロジェクト立ち上げてがんばってるご様子。

私としては、著作権者の権利が、『第三者による著作権保護機関』という名の暴利団体に悪用されぬよう、みなさんに期待してます。って『他人に期待すんなよ、お前はなんかしねーの?』と言われそうですが、単に、下の文章を転載して、みんなに読んでほしかっただけと言えばそう。


リチャード・ストールマン(Wikipedia)
Wikipedia は広告の為の場所ではありません(スラッシュドット ジャパン)(元ネタ)
検索エンジンにおけるウィキペディア上での宣伝行為(Wikipedia井戸端内)
ネットショップ&アフィリエイトのためのSEO対策 - Lesson 2. ページランクの高いサイトとリンクする方法(INTERNET Watch)
プロジェクト杉田玄白
音楽配信メモ(津田さん)
青空文庫 Aozora Bunko(富田さん)

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自由か著作権か?
リチャード・ストールマン著 [ 日本語/原文 ]

むかしむかし、印刷機の時代に、執筆と出版のビジネスのために1つの産業上の規制が確立されました。それは著作権と呼ばれました。著作権の目的は、執筆された書き物を広範囲に出版することを奨励するということでした。そして著作権の方法は、最近の著作物を再版する場合、出版社が著者の許可を必要とするというものでした。

普通の読者は、これを否認する理由はほとんど持っていませんでした。なぜなら、著作権は出版だけを制限しており、読者ができることに制限を設けているのではなかったからです。もしも、著作権が本の価格を少し上げたのなら、それは金銭の問題だけでした。著作権は、本来の目的の通り公共の利益に役立っており、一般の人々に、ほとんど負荷は与えませんでした。著作権は、その役割をよく果たしておりました――その当時は。

やがて、情報を配布する新しい方法が登場しました。コンピュータとネットワークです。デジタル情報技術の利点は、情報のコピーと操作を行なえるというところにあります。それにはソフトウェア、音楽録音、そして書籍も含まれています。ネットワークによって、あらゆる種類のデータへ無制限にアクセスできる可能性が提供されました――情報のユートピアです。

しかし、そこには1つの障害が立ちはだかっていました。著作権です。出版された情報をコンピュータを使って共有しようとする読者は、法律上は著作権に違反しているのです。世界は変わり、かつては出版社にとっての産業上の規制であったものが、本来奉仕すべき一般の人々に対しての規制となってしまいました。

民主主義社会においては、多くの人が関わり、自然で、有益な活動を禁じる法律は、まもなく緩和されるのが普通です。しかし、出版社の強力な圧力団体は、一般大衆がコンピュータの能力を有効利用することを禁じる決断をしました。そして著作権がぴったりの武器であることに気づいたのです。出版社の影響を受け、著作権を新しい環境に合うようにゆるめるのではなく、共有を行なっている読者に厳しい罰則を与えることで、政府はこれまで以上に著作権を厳しくしたのです。

しかも、それで終わりではありませんでした。コンピュータは、他の人々のコンピュータの活動を、数人の人がコントロールできるなら、強力な統治の道具となり得るのです。人々が電子ブックを読む際に、特別に設計されたソフトウェアを使うことを強制すれば、自分たちが空前絶後の力を得ることができる、と出版社は考えたのです。出版社は料金の支払いを強制し、また読者が誰であるかを識別することさえできるのです。読者が本を読むたびにですよ!

それは出版社の夢です。そして出版社は合衆国政府を説き伏せて、 1998年のDigital Millennium Copyright Actを制定させました。この法律によれば、出版社は、電子ブックに関して読者がするかもしれないほとんどすべてのことに関して、全体的な法律上の力を及ぼすことができるようになります。正当と認められなければ電子ブックを読むことも犯罪となるのです!

私たちは、紙の本を利用することについては、昔ながらの自由を手にしています。しかし、もしも電子ブックが印刷された本にとって変わるなら、そのような例外は少しも役に立ちません。「電子インク」――印刷に見えるような品質で、新しいテキストを紙の上にダウンロードできるもの――を使ったとすると、新聞も、次々と中味が差し替えられていくようになるかもしれません。想像してみてください。古本屋はもうなくなります。友人に本を貸すこともなくなります。公共の図書館から本を借りることもなくなります。料金を支払うことなく誰かにちょっと読ませる「リーク」もなくなります。(そしてMicrosoft Readerの広告から判断するに、匿名で本を購入するということだってなくなります。)これが、世界の出版社が考えていることなのです。

どうして、このような重大な変革について、公の議論がこれほど少ないのでしょう。ほとんどの市民は、先駆的な技術によって浮上してきたこの政治問題を、理解する機会を得ていません。それに加えて、著作権は著作権者を「保護する」ために存在すると一般の人々は教えられてきています。それは暗黙のうちに公共の利益は重要ではないという意味を持っています。

しかし、一般の人々が広く電子ブックを使いはじめ、出版社が電子ブックに対して用意していた支配体制を発見するとき、彼らは抵抗を始めるでしょう。人間性はこのような奴隷状態を受け入れることは永遠にありません。

出版社は、著作権による制約は、芸術を生かすための唯一の方法である、と私たちに信じ込ませようとするでしょう。しかし、私たちは、出版された作品を広めることを奨励するのに、コピーに関する戦争をする必要はありません。というのは、 the Grateful Dead が示したように、ファンの間で行なわれる個人的なコピーは必ずしもアーティストにとって問題とは限らないからです。友人間での電子ブックのコピーを合法化することによって、私たちは著作権を、以前同様、産業上の規制に戻すことができます。

ある種の書き物に関しては、私たちはもっと先まで進むべきです。学術的な論文や研究論文(モノグラフ)に関しては、誰もが丸ごとオンラインで再出版することを奨励されるべきです。これによって、もっとアクセスしやすくなる一方、学術的な記録を守る助けとなるでしょう。教科書やほとんどの参考書に関しては、修正版の出版も同様に許可されるべきです。というのは、そのようにすれば改善が奨励されるからです。

やがて、コンピュータネットワークが、少額の金銭を誰かに送信する簡単な方法を提供するなら、丸ごとそのままのコピーを制限する正当な理由はすべてなくなってしまうでしょう。もしもある本が好きで、あなたのコンピュータ上にボックスがポンと出てきて、そこには「著者に1ドル払うならここをクリック」と書かれていたら、あなたはクリックしませんか?書籍と音楽の著作権は、丸ごとそのまま、修正なしのコピーの配布に適用するなら、時代遅れのものとなるでしょう。そのような時代は、いつ来ても、早すぎるなんてことはありません!

Copyright (C) 2000 Richard Stallman

Verbatim copying and distribution of this entire article is permitted in any medium, provided this notice is preserved.


本文に一切変更を加えず、この著作権表示を残す限り、この文章全体をコピーおよび配布することを許可する。媒体は問わない。
  • URL:http://yaplog.jp/aiwasaki/archive/232
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