悲しい色 1 

2005年05月14日(土) 0時41分

イルカには恋人がいる。

正確には恋人だと思っていた相手が。



「あなたが好きですよ、イルカ先生」

臆面もなくそう言われ、ドキリとしながらも勿論最初は

それを普通の好意として受け止めた。

なぜなら相手はイルカと同じ性別の持ち主だったから。

彼を見て、憧れの忍びに対する憧憬とか

あまりに自分とは違う生き様や実力に対する

微かな嫉妬を覚える事はあっても、

ごくごく普通の性癖の持ち主であったイルカには

それを恋愛感情での好きに結びつけるのは難しかった。

「それは……どうも、嬉しいです」

照れながら、心からそう言ったイルカに、

その人物――カカシは苦笑して見せた。

「そうじゃなくて、いえ、好きなのは間違いないんですけど

恋人になって欲しいな〜とか、ずっと傍にいて欲しいな〜とか

そっちの方の好きなんです」

朗らかにそう言うと、カカシは何故か「ごめんなさい」と突然謝った。

困らせてしまったみたいだと。

すぐに答えが欲しい訳ではないからと笑って。

告白にありがちな緊張も、強い熱意もそこにはなく。

だからイルカは冗談なのか本気なのか、

カカシの意図が掴めず混乱した。

けれど結局付き合う事になってしまったのは、

そんなカカシの穏やかとすらいえる態度のせいだったに違いない。

いつもの猫背。優しく細められた右の瞳。

状況も忘れて、イルカはその端正な顔に思いきり見惚れてしまった。

多分それもいけなかった。

男に告白されたというのに嫌悪など一切なく。

だからイルカは錯覚してしまったのだ。


もしかしたら自分も、カカシが好きだったのかもしれないと。




突然の、思わぬ告白の混乱の中から引き出された偽りの答え。


けれどたとえ錯覚でも当初は幸せだった。


これまでの、充実していると思っていた毎日が

すっかり色褪せて思えるほどに。

一メートル四方の聖域〜序@〜 

2005年05月20日(金) 23時51分


「――おまえらっ、何やってる!」



警察官達の叫びは、乱闘騒ぎの中でも不思議にはっきりと耳に届いた。



「マジかよっ、逃げろ――早く!」

コンマ一秒にも満たないような一瞬の静止の後、弾かれたように誰かが叫ぶ。

「コラっ、止まれ、大人しくしろっ」

「向こうからも来たぞっ。くそっ、数揃えてやがるぜ!」


普通は通報があってから、五分から十五分位で警官が飛んでくる。

騒乱している少年達の人数が多ければそれに対応して、

最寄りの署から私服も含めた屈強な警官達が数を揃えてやってくるのだ。

ましてやここは渋谷である。人出に比例して事件が多いのも当然の事、

自然とその対応は、迅速かつ大掛かりになものとなっていた。

こうしている間にもパトカーのサイレンがこの場所を目指して集まっており、

遠巻きに様子を覗うギャラリー達の視界の中で、

強面でならした不良少年達はひとたまりもなく捕えられていく。



そして――。




「――ち、違う俺は………離してっ……」


逃げ惑い、警棒で叩き伏せられて捕まっていく少年達。

その中には、友人の瑞樹を探しにやってきて巻き込まれた、

平凡な少年――イルカの姿もあった。


一メートル四方の聖域〜序A〜 

2005年05月21日(土) 0時05分


渋谷、新宿、池袋……夜の繁華街での少年達の乱闘事件、

そんなものはテレビの中だけの、関係ない世界の出来事の筈だった。

見知った場所でありながら、決して交わる事のない別世界。

真面目に学校に通い普通に生活していれば、このままそんなものとは

縁が無いままで、大人になっていくのだと思っていた。

それこそそんな事は考えるまでもないことで、こんなことになるとは

頭の端にも思い浮かべた事などなかったのに……。

思いもよらぬ事が起こるのが人生だと、そう言ったのは誰だったか――。


その場に居合わせてしまった偶然。

不条理な社会構造による必然。


海野イルカ。

神奈川県立東鐘沢高校――その二年生である自他共に認める平凡な

少年は、生涯に一度しかない一七から一八にかけての四季を、

まったくの冤罪により院とは名ばかりの檻の中で過ごす事になる。


そして、出会ってしまうのだ――彼と……。



暴力を最大の価値観とする者達にとっては、一種のステータスともなり

得る場所。

そんな異常な環境の中にあっても、彼は間違い無く飛び抜けた存在だった。

性格は冷厳かつ狡猾。

恐ろしく端整な容貌を持ち、例え謎めいた背景が無かったとしても、

余程鈍くない限りは見ただけで他の者達とは違う危険なものを感じ取る事が

出来るだろう……彼。


その特殊な立場と狂った執着とで、彼はイルカを所有した。

……その為には手段も選ばずに。



「――アンタは、俺のモノだ……」


だから逃がさないと耳元に囁く吐息は焼けるように熱く。

包みこむ腕は縋り着く子供のように一途で。



その閉じられた世界の中では 、イルカの心も体も、抵抗する術など

何一つ――。


そう……何一つ無かったのだ。





いるねこ 1 

2005年05月21日(土) 0時10分
そろそろかな…と、アカデミーの教師歴六年の、

何故か最近任務受付所にもかりだされて忙しい中忍海野イルカは

柱の時計にチラリと目をやった。

今日の任務は高齢の農夫の収穫の手伝いだと聞いている。

もうそろそろ帰ってきてもおかしくない。

――あ。

聞き覚えのある声が騒いでいるのが近づいてきたと思うとガラリと

ドアが開いて、ナルト、サクラ、サスケの順に元教え子たちが入ってきた。

「あ、イルカ先生っ、聞いて聞いて今日も俺ってば一番の大活躍だってば!」

「…今日も一番のドベぶりだった」

「イルカ先生ナルトってばね〜、また馬鹿やってくれちゃって

ホント大変だったんだからっ」

立て続けにそれぞれがまくしたてるので答えている暇がない。

「わかったわかった、お前らは本当に相変わらずだな」

相変わらず無邪気で騒がしい。

いつかは冷たい光をその目に宿らせる様になるのかもしれないが、

今はまだ木ノ葉の穏やかな空気の中で伸び伸びと育つ愛すべき子供たちだ。

「カカシ先生お疲れ様です」

「イルカ先生も。…教師も受付もなんて大変でしょう」

音も立てずに入ってきた木ノ葉の誇る上忍は、気さくな笑顔で

(といっても顔の大半は隠れているので、いつも眠そうな目が

こころもち下がっているというだけだが)報告書を差し出してくる。

受付の他の者から羨ましそうな視線が向けられているのを感じて、

イルカの方はちょっと困ったような笑顔になってしまった。

「はい確かに、不備はありません。御苦労様でした」

「イルカ先生まだ終わんないのか〜」

そういえば最近ナルトにあまりかまってやっていないなとイルカは思う。

こころなしかすねる顔が少し寂しそうで、イルカも胸が痛んだ。

しかしナルトには悪いがこちらも仕事だ、

途中で簡単に上がるというわけにもいかない。



いるねこ 2 

2005年05月21日(土) 0時21分

「今度必ず…な、ナルト」

「絶対? 約束やぶったら一楽でおごりだってばよ」

「はいはい仕事の邪魔しないの、行くよチビども」

「チビって言うなってばっ」

気を反らされてギャーギャーとカカシにかみつくのに密かにほっとする。

どうにもナルトには弱いイルカなのだ。

「じゃ、イルカ先生…また」

――今夜お邪魔しますね。

「はい」

心話で伝えてくるプライベートでの約束に、イルカはいつもの如く

表情を変えずに軽く頷く事で答える。

サスケが何だか不思議そうな顔でカカシと自分の顔を交互に見ていたが、

遣り取りの内容に気づかれたわけでは無い筈だ。

しかしこれからは気をつけなくては…と思う。


――なぜならこの関係は、誰にも言えない秘密のものだから……。


そう、カカシとイルカは秘密の恋人同士なのである。

出会いはふた月前、ナルト達を介してのほんの二言三言のみ。

その時にはまさかこんな事になるとは夢にも思っていなかったイルカだ。

上忍と中忍。

男同士。

それまで想像したこともなかったハードルをあっさりと越えて、

気が付けば深い関係になっていた。

ほだされた…というか騙されたというか、まさにあれよあれよと

云う間の事で悩んでいる暇もなかったという感じだった。

ほんの数ヶ月前まで、いつか可愛いお嫁さんをもらって…

なんてごく普通の夢を見ていた筈なのに。

人生とはまったく何が起こるかわからない。

「イルカ先生はいいですね〜」

「はい?」

話しかけられて我に返ると、横の同じく受付を担当する

中忍の女性がこちらを向いていた。

「うらやましいです。あのはたけ上忍に親しく声をかけてもらえるなんて…」

「……はあ」

「もと担任と現教官なんておいしいシチュエーション、

本当に替わって欲しいくらい」

頬を染めて夢見るように呟く女性に、ああまたかとイルカは思った。

カカシは既に羨ましいとかいう気持もおきないくらい、

異様に女性にもてるのだ。

いるねこ 3 

2005年05月21日(土) 0時22分

誰かがもてる男の黄金率だとか言っていたのを聞いたことがある。

高収入で、美形で、謎めいていて完璧なんだとか。

イルカの知る限り軒並み女性はカカシに好意を寄せていた。

まさに男の敵のような人なのだ。

「まあ男の俺達から見てもカッコイイ人だからな」

一つ向うの同僚が同意を求めるように話してくる。

(ああ俺もそう思っていたよ…悲しい事に過去形だけど。みんな知らない

からなぁカカシ先生の生活ぶりを。

それにちょっとあれだぞ、変態っぽい…かも――だし)

「私はちょっとお付き合いするにはどうかと思いますわ。

実は意外に実生活ではだらしない方かもしれませんし、

おもてになる方だからきっと苦労しますよ」

冗談めかしてそう言ったのは受付の中央に座る女性。

彼女のその言葉に、受付に座る男性陣が顔を輝かすのが見て取れた。

望月みやび――受付のマドンナと密かに呼ばれる穏かな美女は、

男性陣の期待を知ってか知らずか見惚れるような華やかな笑顔を見せた。

流石にみやびさんはミーハーな反応はしないなぁ〜と、

ちょっと嬉しく思う。

実はイルカもこの男が夢見る理想の体現のような女性に、

ほのかな恋心を抱いていた時期があったのだ。

その頃の彼女にはステキな恋人がいたし、

あくまで憧れのようなものだったのだが、

いまだに本人を前にするとドキドキとして緊張してしまう。

「それじゃあ私はお先に上がらせてもらいますね」

「あ、御疲れ様でした」

早番シフトだった彼女はそう言って手早く手許を整理し始めた。

「いいですね、今日はデートか何かですか?」

「っ…馬鹿っ」

軽口をたたいた一人の中忍を、先程の女性が慌ててたしなめる。

誰もがお似合いだと口を揃えた彼女の恋人は、二ヶ月前に

任務で殉死していた。忍であり、忍の恋人であるというのは

そういう事で、悲しい事ではあるが珍しい事でもない。           

その悲しみを表面に出す事はなかったが、彼女は憂いを帯びて

益々美しくなったと評判だった。

「気になさらないで」

そう言って受付一の麗人は気丈な背中を見せてその場を後にする。

その後姿には、もう誰も声をかけられなかった。




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