エヴァンゲリヲン新劇場版:序 

September 21 [Fri], 2007, 0:47
「エヴァンゲリヲン新劇場版:序」
観賞日9月6日(木)新宿ミラノ1

今回はアニメ映画です。
話題の作品エヴァンゲリヲンのリメイクなのですが、
約十年前にテレビで放送していたブーム当時、
中2の小生はサブカルチャーに傾倒していたものの
アニメを面白いと思えなかった時期で
放送をあまり熱心に見ていなかったので、
エヴァンゲリヲンとは一体どういう作品だったか
コレを機会に改めて見てみようと思い
今回の観賞に至りました。

本作を評するにはあくまで一本の映画作品として語るべきであり、
テレビシリーズと比較して語ることは好ましくないのは重々承知ですが
今回はテレビシリーズでの印象との相違を中心に述べたいと思います。


テレビ版エヴァンゲリヲンで最も興味深かったのはその演出方法でした。

画面いっぱいに表れる白抜きのタイポグラフィー。
戦闘シーンに併せて流れるオーケストラ。
俯瞰や引きを多用するアングル。
やたらと長い「間」。

ストーリー自体はあまり記憶にないのですが、
以上のような非常に斬新な演出が印象的だったのを覚えています。


しかし、本作では以上のような演出は殆んど用いられていません。

特に「間」を用いて微妙な空気感や登場人物の心理表現をする手法は
当時(今も?)アニメにおいては全く使われていなかった演出手法でした。
(子供向けで、時間制約の多いアニメでは有り得ないのは当然)
エヴァはそうした「映画的手法」が用いられた初めてのアニメ作品であり、
他の要素も相俟って非常に革新的で相当衝撃的な作品として
受け入れられたと考えています。

そうした「映画的手法」ひいては「斬新さ」が
映画版に限って失われたのは個人的には残念でした。


やはり今回映画化にあたっては映画的芸術性よりも
エンターテイメント性を主眼に製作されたように感じます。
そのせいか戦闘シーンのメカニカルな部分や
サービスカットが強調されていたようです。

そういった点を重視する人には面白い作品かと思われます。

劇団ひろぽん企画公演 『SWEET REVENGE and around the world』 

September 20 [Thu], 2007, 23:21
劇団ひろぽん企画公演
『SWEET REVENGE and around the world』
観劇日2007年9月1日13:00

本作は早稲田大学の演劇サークルの新人による企画講演で
タイムスリップをテーマにした作品です。

主人公は大学生ですが高校時代に友人が犯した殺人事件を
止めるためにタイムスリップをして過去に戻ります。
しかし過去を簡単に変えることが出来ず右往左往する主人公。
その中で過去と現在とをまたいで事件の真相が徐々に
(時には一気に)明らかになっていくというお話です。

過去と現在が同時進行するスリリングな展開が非常に面白いのですが、
脚本や演出には少々疑問が残ります。
特に話のつじつまを合わせるために人物の言動に一貫性がなかったり
展開が突発的だったりするところが気になりました。

個人的には主人公が事件を解決しそれでおしまい。ちゃんちゃん。
ではなく、現代に戻ってからのことも少し触れてほしかったと思います。
きれいに終わるのもそれはそれでよいとは思いますが
それぞれの登場人物のストーリーを処理できないままで
やや消化不良という印象を受けました。

とはいえ、こういった複雑な話をコンパクトに
まとめているのは容易ではないでしょう。
「やはり脚本を考えるのはむずかしいんだなー」
という感想を持ちました。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序 

September 08 [Sat], 2007, 6:03
ストーリー

時は西暦2015年。
 南極の氷雪溶解による世界的危機(セカンドインパクト) から復興しつつある時代。
箱根に建設中の計画都市、 「第3新東京市」に突如襲来する“使徒”。彼らはその正体も目的も不明だが、 さまざまな形態・特殊能力で人類に戦いを挑んできた。
この謎の敵“使徒”に人類が対抗する唯一の手段が 「汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン」である。国際連合直属の特務機関「ネルフ」によって主人公「碇シンジ」を含む3人の少年少女がその操縦者に抜擢された。

セカンドインパクト
第3新東京市
使徒

などなど、馴染みのない単語がたくさん出てきて、しかもそれらに対して全く説明がなされないので、(私のように)今回初めてエヴァという作品に触れた人には少し分かりにくい部分があったかと思います。

また、単純なオタク向けの戦闘モノだと思うと痛い目をみます。登場人物の巧みな心理描写と先がよめないスリリングな展開、そして大迫力の戦闘シーン。どこをとってもエンターテイメントとしての完成度は高く、またこれから先の展開によってはエンターテイメントの枠さえ超えていく可能性を感じました。エヴァをただの“萌え”だと思っている人は、劇場に足をはこんでその認識を改めてください(笑)

今回はタイトルの“序”という単語が示している通り、序章に過ぎないという印象を受けました。だから完結編まで観ないことには、きちんとした感想は書けないと思います。これから“使徒”の正体や目的、エヴァのパイロットの少年少女たちの心の成長などが描かれていくのかなと思っています。

ちなみにエヴァのパイロットの一人、綾波レイ(超美少女!)が「名探偵コナン」の灰原哀と同じ声優さんでした。コナンが大好きな私としてはポイント高かったです(笑)

Kurt Cobain About a Son 

September 08 [Sat], 2007, 4:38
時々無性にNirvanaの曲、というかカートの歌声が聴きたくなる時がある。個人的にお気に入りのアルバム、「In Utero」を始めから通して聴くと、不思議と気持ちが落ち着くのだ。巷に溢れている“癒し”を売りにした音楽よりも、よほど救われる。
 また音楽雑誌などでカートの特集がされているとついつい買ってしまうし、カート関連の映画はついつい観てしまう。
 しかし私自身、一部のファンがカートを極端に崇拝し、神格化している姿を見ると違和感を覚えるのだ。神格化されることは、その全盛期に若くして衝撃的な死をとげてしまった、才能溢れるアーティストの宿命なのかもしれない。しかしカートの場合、それが度が過ぎているように思う時がある。


あるファッションブランドがカートの肖像がプリントされたTシャツをリリースした時に、ある掲示板で「カートをつかった金儲け」「こんなことカートは絶対望んでなかったはず」「カートのことを知らないやつが、ファッションでこのTシャツを着るなんて許せない」などと怒りを露にしていたファンがいた。またあるロックバンドが自身のプロモーションビデオで、カートに扮して歌っているシーン対して「カートに対する冒涜だ」とファンから苦情が殺到したという。

こういった神格化の傾向はファンだけではない。カート関連の映画や記事でも同じことが言える場合がある。そういう意味で、この映画を観る時は不安もあった。しかし、実際観てみると前編がカートのインタビューで構成されていて、映像は再現VTRのみの淡々とした展開。起承転結が全くないので、退屈に思った人もいたであろう。しかし、“カートのインタビューのみ”という構成こそがこの映画の最も評価すべき点だと思う。なぜならカート自身が話しているのであるから、それはある種の“真実”である。もちろん、カートが全部本当のことを言っているとは限らない。しかし、関係者が“死人に口無し”をいいことに「あの時はこうだったに違いない」とか「あの時カートはこう思っていたに違いない」などと推測を語ることが大半を占めている作品よりは私は好感が持てた。

Nirvanaというバンド単位ではなく、カート・コバーンという一人の人間に少しでも興味を持っている人にはぜひ観てほしい映画だ。

カート・コバーン アバウト・ア・サン 

August 17 [Fri], 2007, 23:36
このブログは某大学の演劇サークルのメンバーが
観賞した演劇や映画などについて批評、感想を掲載するものです。
僭越ながら私がトップバッターを務めさせて頂きます。



今回紹介する映画は「カート・コバーン アバウト・ア・サン
(英題 Kurt Cobain About a Son)です。


本作はカート・コバーン(以下カート・注1)が生前自らについて
語っているインタビューを中心に構成されてる
ドキュメンタリータッチの映画なのですが、
はっきり言って本作はカートがよほど好きな人や
思い入れのある人でなければ全く楽しめない作品です。

ましてや彼に対する解り易い説明なども一切ありません。

またカートのビジュアルが好きで彼の生前の映像などが
見たい人にとっても期待はずれの作品です。
彼の肖像はほとんど見れません。



映像は殆どがイメージ映像によって構成されています。
序盤からカートの肉声にあわせて
幼少期からデビューするまで過ごした街や、
彼が見たであろう光景が映しだされていきます。

一見単調で退屈な映像の連続とも思えますが、
これは秘蔵映像や写真を多用することで
カートの思ひ出映画」にしていない
という点において評価すべきことかもしれません。



そもそもこの作品が映画として成立つ理由は
カートという人物に尽きると思います。

彼の死によってグランジブームが一気に終息を迎えたことや、
多くのバンドが忘れられていく中で(注2
ニルヴァーナが未だに根強い支持を保ち続けるのは
彼がシーンの中でも圧倒的に特別な存在であったからだと思います。

早すぎる死を迎えたことで彼を神格化する風潮は否めませんが
カートという人間は真にどういった人間だったのか?
なぜ彼は特別な存在なのか?ということを明らかにするための
示唆を与えることが本作の主題だと思います。
勿論そんなことは解るわけはありませんが。



実際本作ではカートに対して新しい印象はあまり受けませんでした。
このインタビューが貴重なものであるのは確かですが、
既存の資料に比べても目新しい情報は少なかったように思います。
強いて言えばコートニーとの関係性に関するような
ゴシップ的な一面。と言えば皮肉になりますが。

まあ改めて言うと「ラストデイズ」と同じく
カートに対する人物的興味を持っている人は
非常に興味深く見れる作品だとは思います。
興味ない人にはかなり厳しい作品です。


注1 本当はカート・コベインと読むらしい。
注2 勿論グランジが終わったのはカートの死によるものだけではなく、
   ブリットポップの台頭などのタイミング的な要因もあったが
   それでも彼の存在の有無は非常に大きかったと思う。
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