パス 

April 15 [Wed], 2015, 11:11
記事に鍵がついてるものは、ailinで外せます。
エロはないけど規約厳しいから、鍵があった方が削除されないのかもしれない……本当にエロはないんですけど。
すみません、とりあえずよろしく。
この記事にパスかかったりしないよね?!(あああああ!)

バランス 

April 14 [Tue], 2015, 17:01

悪戯と菓子と生誕の日と 

November 11 [Tue], 2014, 19:49

所謂、俺は当節の流行り物などには疎い男だ。
人に指摘されるだけではなく、しっかりと自覚もある。
これまではそれで不自由なく暮らしてきたし、剣の道を極めるにも海賊稼業を業として生きるにも、流行りなどは無用の長物、むしろ邪魔な存在で有ると頑なに信じ、己の思うままに生きてきた。
とはいえ、ウソップという、流行り物には余さず飛びつき、そこに快楽を見出せば、既存の常識とやらは箱の中にしまいこんで棚の上の置物にしても構わないという性質の男に惹かれ、付き合いを続けるうちに少しずつ世界は変わってきたが、基本的には俺が頑なに自分を曲げない事で、ウソップを泣かせてきた部分が多いと思う。
正直、愚かだったと言わざるを得ない。


俺が思うに、人の変化というものは、良くも悪くもジリジリ坂を登るようなものではなく、ある日突然目の前に階段が現れ、それを登って行くようなものだ。
階段の高さは変化の度合いによってまちまちで、下手をすれば段ではなく、そそり立つ壁に見えることもある。
俺は、俺の状態は、例えるなら壁の前で腕組みをし、踏ん反り返っているようなものだった。変化を伴おうとする目の前の変化に気付きもしていなかった。……なんと愚かな。両腕を伸ばし、段に飛びついて登ってみれば、俺に好ましい世界がそこに広がっていたというのに。


武士というものは後ろを振り返ったりはしないものだ。
だが、俺は悔いている。
己の至らなさ、愚かさを悔いている。


あれは十日ほど前のことだった。
つくづく、なぜ俺は自分にとって好ましい変化の段に気づかなかったのだろう。愚かにも程が有る。
恐らく、最初にその祭りについて口を開いたのがクソコックだったことが全ての敗因なのだろう。


懺悔を兼ねて語ってみれば、十日ほど前にハロウィンと称する西洋祭りが船を上げて盛大に催された。
ウソップが目をキラキラさせて説明していた記憶はあるが、俺はしたり顔で料理の説明をするクソコックの様子をチラ見しただけで反感を覚え、半分も聞いちゃあいなかった。
毎年のことだ、俺にとってのハロウィンとは仲間たちが珍妙な格好をし、南瓜を食らうだけの祭りであり、それ以上でもそれ以下でもなかったわけだ。
以前もウソップは何やら顔に塗料を塗りたくり、派手に着飾って、俺に菓子を食うかと尋ねて来たりしていた。菓子は苦手だと断ると、俺の顔に塗料をなすりつけて、1日が終わる。
西洋の祭りは奇妙奇天烈だと思いすれども、それだけのことだと信じて疑いもしなかった。


話を十日ほど前に戻そうと思う。
今年のウソップは、ナミあたりから借りたらしい、西洋女給という風情の仮装をしていた。
俺はその姿をみていると、鳩尾の下あたりがぞわぞわと切なくなり、たまらない気分になっていたわけだ。
直球で求めたがあしらわれ、しかし夜が更けた頃、毎年のようにウソップは菓子を持ってやって来た。
俺は正直菓子なんぞよりウソップを食いたかったが、その食いたいという思いをそのまま口にしたところ、言葉が足りなかったのだろう、ウソップはため息をついて俺の口に南瓜味の焼き菓子を押し込み、走り去っていってしまった。
追いかけて探したが、船内の何処にもウソップの姿を見つけることは叶わず、やけ酒の夜を過ごしたものだ。


何故、俺は流行りの祭りを蔑ろにしていたのだろう。
全てが終わってから説明され、理解した。あれは悪戯か菓子かを問われていて、悪戯を選べば悪戯し放題。
つまり俺が多少の化粧を己に容認した上で、ウソップからの問いかけには悪戯を選択、こちらからも、什麼生・説破の要領で悪戯か菓子かを問い正せば、ウソップは間違いなく、あの格好のまま俺に身体を委ねてくれたのだ。
悔やめども、祭りというものはその日限り。
俺は今年の貴重な機会を失ったことになる。これを悔やまずに何を悔やむべきなのか、誰か知っていたら教えて欲しい。
つくづく思うのだが、流行り物には流行るだけの理由と価値があるものだ。古きものだけが良いというものではない。


そんな訳で、ハロウィンとやらが終わってからずっと、俺の精神は乱れたままだった。
皆から案じられたが、ほぼ煩いと追い返し……女どもの誘導尋問で多少の口は割ったものの、それも祭りに正しく乗らず大人気なかったと吐いた程度だ。
だから、来年のその日まで、後悔は続くものと覚悟していた。


「ゾロ」
背後から声を掛けられ、驚いた。
俺の後ろを取れるのは、今ではウソップくらいだろうと思う。
全幅の信頼を寄せているので、後ろに立たれても嫌な気がしないのだ。
「あ、振り向かずに聞いてくれな?」
俺の目を両の手で隠しながら、ウソップが続ける。
「ゾロ、誕生日おめでとう。で、プレゼントなんだけど……」
生誕日のことは、十日ほど自分の殻に閉じこもっていたお陰ですっかり忘れていた。
「俺さ、ハロウィンの時はちょっとその、空振りっていうか、一人で盛り上がっちまって恥ずかしかったんだけどさ」
皆まで言うな、俺の方こそ申し訳なかったと悔いている。
「ナミとロビンにも相談したんだけどさ、今年はこれしかねえかなって。んで、買い取りしたんだメイド服。……なあゾロ、1日限りのハロウィン復活が誕生日プレゼントって、どう思う?」
「そ、それは、つまり……」
「台詞が違う。……さて、ゾロは今、俺の手形でペイントされて仮装中だ、それを踏まえて俺に何か言いたいことは?」


瞬間に察した。
俺の目の前に、段が一つ現れている。
登れば好ましいことが待っている、変化を伴う階段だ。


「悪戯か、菓子か」
振り向いて、俺は叫んだ。
ここは間違えることは出来ない。
「へへ、そりゃもちろん悪戯だよなァ?」
女給服を揺らしながらウソップが笑う。
目眩がする程愛くるしい笑顔だ。


ありがてぇ。


俺は、遅ればせのハロウィンとやらと、自らの生誕を大いに祝い。
ウソップの身体を、有難く味わった。

ひとり上手、ふたり上手 

March 28 [Fri], 2014, 19:57
近頃のウソップは、覚えたばかりの楽しみで頭がいっぱいだ。
朝も昼も夜も、そのことしか考えられなくなっている。
「そのこと」の内訳を述べるなら、主に「楽しみのためにどう時間を作り、いかにして他人と距離をとるかについての苦悩」だというのが妥当なところだろう。
仲間が嫌な訳じゃない。
ただ、麦わらの一味は絆が深く、言い換えれば人との距離があまりに近すぎる。
そして今のウソップは、とにかく趣味に没頭したい時期なのだ。

もともとなにかに没頭しだすと深いというか、一つのことにどっぷりハマる性質ではあった。
例えばウソップ工場で武器を作ること、ナミのアクセサリーを作ること、絵を描くこと、釣りをすること……どれも拘りだしたら止まらない。寝食を忘れてのめってしまう。
でも、今回新たに見つけた楽しみは、なんというか格別だった。
これは根が深いものになりそうだなと、ウソップ自身わかっていた。
おそらく、簡単に飽きたりはしない。
なにしろ、17年間生きてきて、人目を忍ぶ趣味というものは初めてなのだ。
スペシャルに特別だ。

「それって一体どんな趣味なの?」

お願いだから、真顔で聞いたりはしないで欲しいとウソップは思う。
聞かずとも察して欲しい。
なにしろ……いや、ここはやはり遠回しに述べることにしよう。
ウソップの趣味は思春期男子特有で、一人で耽る類のものだ。
それ以外は、ウソップには恥ずかしくて口には出来ない。

「そんなの、誰でもすることじゃないか」

おそらくウソップ以外のクルーは、若干名を除き全員そう口にすることだろう。
ウソップが秘密にする趣味は、まあぶっちゃけて言えば「自」らを「慰」めるという、たったそれだけの、生理的かつ、ある意味正しい行いだ。
悪いことではないのだし、誰でも通る道だと言える。
というか。
女性も一緒に航海をしているのだから、この行為は必要不可欠というカテゴリに入れられて差し支えはないはずだ。
むしろため込んで悶々としているほうが、マナー違反と言えるかもしれない。
口には出していなくとも、クルーはほぼ皆そう思っていたし、自慰など当然のことだと信じている筈だ。
トイレで排泄することと、腰に重くまとわりつくものを吐き出すこと、その二つに誰もが対した差異を感じない。
その中でウソップだけが、妙に後ろめたい気持ちを心の中に溜め込んでいた。
なにしろ親も年上の友人の助言もないまま育っているのだ、そちら方面に関しての知識は多いに欠けていたと思う。
というか、海に出るまでは、性的なものへの興味をほとんど持たなかったのだ。
寝ている間に漏らしてしまうことはあったけれど、感覚としては「寝小便してしまった」という気持ちに近かったと断言出来る。

「だからやっぱり、ゾロが悪いんだよ」

ウソップの言い分は間違ってはいないだろう。
上陸するたび謎の小遣いをナミから受け取り、いずこへと消えるゾロ。
この様子にウソップの耳年増っぷりと洞察力を合わせれば、事実に辿り着くのはあっという間のことなのだ。
ああなるほど、そういうことかと納得し、別の世界の扉に気付いた。
ただ、羨ましいと思いながらも、変なところだけ働くプライドとネガティブな心が邪魔をする。
その手の場所に足を運ぶには、自分は経験値が足りなすぎると、容易に自己判定が出来た。
必然として、自らの手で刺激を求めるようになる。
……俺はやっぱり器用だなと実感する。
長くなってしまったが、つまりはそれ以来、ウソップは自慰の虜なのだ。
他の趣味を差し置いて、隙あらば没頭したい。
そんな風に思っているのだ。


*****


ある日、とある島に上陸し、宿泊することになった。
二人づつ組になっての部屋割りをナミから申し渡され、ウソップが相部屋にと希望したのはゾロだった。
理由は簡単だ。
唯一ゾロだけが単独行動をし、部屋を抜け出してくれそうだと踏んだからだ。
その隙に自慰を済ませておきたいと思った、それだけだ。正直なところ他意はない。
けれど部屋で二人きりになったとたん、ゾロは出かける意志はないと言いだした。
意外過ぎて、思わず大声でつっこんでしまう。

「え、でもナミから小遣いもらったんだろ?」
「お前がガラクタに使ったように、俺も適当に使い果たした。つぅか見てただろ、一緒に居たんだから」
「くぁー、マジかよー……」

なるほど言われてみればそうだった。
昼間、商店を冷やかして歩く間、ゾロは忠犬よろしくウソップの後をついてきていた。
そういえば酒やらツマミやらその他用途のわからないものを買い込み、刀まで研ぎに出していたように思う。
事件もない、まったりと穏やかな時間に満足していて、些末なことは気にも止めていなかった。
さて、ならばどうしたらいいものだろう、ウソップは必死で考えた。
毎晩抜くのがすっかり習慣化していて、我慢するという選択肢はウソップの中にはない。
とはいえ今さら自分が出かけるのも不自然だし、ゾロが寝た隙でもうかがってバスルームに籠もるしかなさそうだ。
とりあえず今は気持ちを切り替えようと、ベッドに座り直す。
意識せず、ため息とともに、もう一度「マジかよ……」と呟いていた。
自分でも聞こえるか聞こえないかの小声だったのに、ゾロが逃さず聞きとがめてくる。

「マジかよってなぁ、どういう意味だ」
「イヤ別に。いいじゃんか、ゾロは娼館に行くのかなって思ってただけだよ」
「行かねえ、絶対に行かねえ」
「なんだそれ、前回よほど酷い目にでもあったのか?ゾロの癖に」
「そういうわけでもないが、とにかくウソップは娼館には、まだ早い」
「なんだよそれ」
「マスの掻き方もおぼつかねえヤツには、早ぇ」
「なっ……!!!」
「いっそ教えてやろうか」
「ちょ、待っ、ちょ……!!!」

ウソップは基本的にエロに対して耐性がない。エロ会話に限って言えば、組み立て方もわからない。
だからいつもはそちら方向に会話が流れそうになると、場を離れていたのだが、一対一では逃げ場もない。
その上、驚いたことに、この日はいつもとは違ってゾロが会話の主導権を握っていた。
まずその意外性に思考回路が止まってしまい、動けなくなった。
終始ゾロのペースと言うわけだが、それでも反論は試みる。

「ゾ、ゾ、ゾロ、おおおお、俺がそんな、そんなもんに興味あるとか、お前……」
「あるだろ、毎朝毎晩マス掻いてる癖によ」
「ええええ、ど、ど、どうして!?」
「どうしてもこうしても、わかるだろ、声とか……あとニオイとか」
「うわああああ!!!」

酷い、こんなのは酷過ぎる。
ウソップは羞恥のあまり、叫びながらゾロに殴りかかった。
気をつけていたつもりが配慮が足りなかった。それは自分のミスだし、ゾロはずっと見て見ぬ振りをしていてくれていたのだ、そんなことはわかってる。
けれど。

「聞こえてるとかお前、最悪だろ!教えろよ早く!マナー違反だろうが!……恥ずかしすぎるだろ!死にたくなるだろ!!」

逆ギレするしか道はない。
自慰を生暖かく見守られていただなんて、あまりにもいたたまれない。
殴ってゾロの記憶が消えるなら、朝まで殴り続けたいと思う。

「死ぬとか煩えなあ、たかがマスの一つや二つで!」
「やだよもう……正直泣きてぇよ、最悪すぎんだろ」
「最悪ってのは俺がか」
「だからゾロはデリカシーがなさ過ぎって言ってんの!」

ウソップは気付かなかったが、場のペースを握っているはずのゾロも、実は必死だった。
いつものゾロなら面倒臭い事になればすぐ、黙って部屋を後にしている。
ゾロにはゾロの弱みがあるのだ。
拙い自慰に耽るウソップを偶然目にしてしまった日から、妙に気になり堪らなくなり、再三に渡って後をつけ、密かに覗きを繰り返していたのだ。
明らかに分が悪い。
もっと言うなら娼館には単純にウソップを連れて行きたくなかっただけだし、マス発言については気持ちが逸って失言をしたまでだ。
つまりゾロは、ウソップに対して性的な意味で、興味がある。
自覚をしっかりと持っているあたり、どうにもこうにも分が悪い。
涙目のウソップが可愛く見えてしまっている、それも分の悪さに拍車を掛ける。
どうしたもんだろうか。
こちら方面ではあまり使った事のない脳みそを振り絞り、ゾロは考えてみた。

「……海の男なら、フツーのことだぜ?」

考えた末に口に出た言葉がこれだった。
世も末だ。
だが。

「そーゆーもんか?」
「そーゆーもんだ」
「そっか……そうなのか……」

奇跡が起きた。
口の立たないゾロが、舌先三寸で人を煙に巻くウソップをちょろまかすという逆転現象だ。
ウソップは、そのくらい何も知らないまま海に出た男だったのだ。

「そっか、みんな最初は誰かに教えてもらうもんなんだな」
「ああ。じゃなきゃ誰も何も知らないままだろ」
「なるほど、じゃ…俺はゾロに教わればいいってことだ」
「他のやつには聞くな、こういうのは一対一と男のルールで決まっている」
「海の男ルール?」
「そうだ、だから脱げ。俺も脱ぐ」

攻撃が決まっているときは、畳みかけねばならないと相場は決まっている。
ゾロはポーカーフェイスを貫ける自分に感謝しつつ、いそいそとシャツを脱ぎ、腹巻きを外した。


******

翌朝。
シーツにくるまり、昏々と眠り続けるウソップを見下ろしながら、ゾロは満足でいっぱいになっていた。
昨夜はウソップのものに手を掛けるところから始まって、自分のブツと纏めて擦り合わせる段階を経て、口に銜えてイかせたのだ。
真っ新から踏み出すには、あまりに大きすぎる一歩だが、ウソップは抵抗しなかったし、実に快楽に素直で従順だった。
可愛かった。
……いささか、可愛すぎた。
ゾロの口に出してしまい戸惑う姿が、特にヤバかった。
戦闘以外では吹っ飛ばしたことのないゾロのメーターが、最大値を振り切って壊れてしまうくらいにはヤバかった。
とはいえ無理矢理犯さなかったあたり、自分はつくづくウソップが大切で惚れ抜いてしまっているのだろうなと自覚する。
気づけば街で買い込んでいた潤滑油を引っ張り出し、後ろの穴を丹念に解してやり、くどいほど刺激を与えて泣かすだけ泣かした上で、欲しいという要求を引き出してから挿入していた。
なんと紳士的だったんだろうと自画自賛するしかない。
それなのに。

「……酷い、酷すぎる……」

目が覚めたウソップはおんおんと泣き出して、ゾロを大いに戸惑わせた。
こんな筈ではなかった。
少なくともゾロの乏しい想像力の中では、ウソップは目覚めるなり恥ずかしそうに顔を赤らめて、ゾロは気にするなと慰めて、あわよくばもう一戦縺れ込む予定になっていた。
二人で気持ちよくなったのに、あんなにも良かったのに、なぜ泣くようなことがあるのだろう。

「なっ、ちゃんと気持ちよくしてやっただろうが!……そ、それとも、やっぱ痛いのか?」
「解して貰ってるし、思ったほど痛くはねえ、けど」
「けど?」
「マスの掻き方教えてやるって言ったのに!!酷い、ゾロは酷すぎる!!」
「き、気持ちよくなかったのかよ?」
「良すぎだ馬鹿、俺の大切な趣味を潰すな!!」
「はあああああ??」

わけがわからない。
泣き崩れるウソップを宥め賺して理由を訊ねる。
他人のご機嫌をこれほど窺うのは、ゾロにとって初めてのことで、必死さの中に悲壮感すら漂っていたと思う。
けれど、辛抱強く頑張ったお陰で少しずつ光明が見えてきた。
ウソップは、「大切な趣味だと思っていた自慰が、ゾロの与えた刺激によって上書きされ、無価値になってしまったこと」を嘆いていたのだ。

「一人でいつでも気持ちよくなれて、最高って思ってたのに……」
「お、お、お、俺と一緒じゃダメなのかよ!!」
「ゾロはいつでも側にいてくれるわけじゃねえもん」
「なるべく側にいる、いつでも側にいる!!」
「……二言はねえな、ゾロ。聞いたぞ、俺は確かに聞いたぞ?」
「お、おう」
「側にいて、そんでもって俺の大切な趣味を潰した償いに、俺がしたいと思う時だけするんだぞ!!」
「え、え、ちょっ、ちょっと待て、あれ?」
「約束だからな!!」
「え?あ、ああ……あれ?」

やはりウソップをちょろまかすなど、不可能だったということなのだろう。
気づいたら甘い展開も無いままに、ウソップペースで物事は進んでいく。
ただ、それ程嘆く必要も無さそうだった。

「じゃあとりあえず。……今夜はヤろうな、娼館とか出かけたら殺すぞ!」
「お、おう」
「他の奴らには内緒な、痛くすんなよ!!」
「わ、わかった」
「しつっこいのも禁止だぞ!!」
「ぅお、わ、わかった」

つまりひとり上手がふたり上手になったということだろう。
関係性としては、数歩どころか数十歩前進していて、文句のつけようもない。
ただ、あと残るのは心の関係性だけというところだが、正直ゾロにはこちら方面の自信は全くというほど無かったりする。

お前が好きだの一言から始めれば良かったと後悔しつつ。
ゾロは深く深く溜め息をついた。

混同夢 

December 04 [Wed], 2013, 10:34
昔から、よく寝る奴だと言われまくりながら育ってきた。
三年寝太郎というあだ名を付けられたこともある。
そんな寝てばかり居る俺だったが、そういえば夢というものは見た覚えがない。
いや「今までは見た覚えが無かった」と言いかえるべきかもしれない。

このところ俺は毎晩、睡眠に陥るたびに夢を見ている。
夢の中で、毎回同じ人物と出会っている。

突飛な話だ、話し下手の俺が語っても信じるものなど居るわけがないだろう。
そう理解しているから、幼馴染みのくいなにも夢のことは口にしていない。
もちろん誰かに話すことがあるとすればくいなかも知れないが、今のところ必要は感じない。
俺は夢に困っているわけでも悩んでいるわけでもないのだ。
むしろ満足している。
なんというか逆なのだ、どう説明していいかわからないが、要するに夢が素晴らしすぎるのだ。

もう少し順を追って説明しようと思う。

俺はロロノア・ゾロ、剣道に全てを掛けている、都内の大学生だ。
上記の一行を語った時点で自己紹介の大半は終了していると常々思っているのだが、先輩であり剣道部部長でもある幼馴染みのくいなに言わせれば、もう少々付け足すべき条項があるらしい。
曰く、緑色の短髪、三白眼、三年寝太郎、無口、ぶっきらぼうで強面、一見すると見栄えはいいが中身は最悪の女性の敵。
かなりおまけして甘い点数を付けてなお、俺の評価はこの程度ということだ。
とんだ言われようで面白くはないが、仕方あるまいとも思う。
俺は女性に、いわゆる「興味」というものを持ったことがない。
というか、自分以外の人間そのものに、ろくな興味を持ったことすらない。
正直、親と師匠と師匠の娘であるくいな、それ以外の人間は、識別すらしていないかも知れない。

そんな俺が、毎晩夢を見る。
繰り返しになるが、夢の中で毎回同じ人物と出会う。
この先が不思議なのだが、俺は夢で出会うこの人物が、好ましくて仕方がない。

夢に出てくるのは女性ではない。
俺より少しばかり年下の、癖の強い髪をもてあましている、とんでもなく長い鼻をした、痩せた男。
おしゃべりで人懐っこく、くりっとした大きな目と笑顔が可愛い。
名前はウソップというのだと、最近になってようやく知れた。
人とは殆ど会話せずに過ごしてきた筈のこの俺が、必死に会話を繋いで聞き出したのだ。
とはいえ、ウソップはとても喋くりで、俺が合いの手を入れずとも次々と話を続けていく。
どう話が転んでも、俺は楽しいし心地よい。
ずっと夢が終わらなければよいと、願っている間に目が覚める。
俺は恋というものをしたことがないのだが、目覚めた時の胸の中の喪失感は、恋をしている男のそれではないのかと疑っている。
少なくとも、一人でいることを好ましいと思って育ってきたこの俺が、ウソップに対して、ずっと側にいて欲しいと切望していることは事実であり、だからこそウソップの住む世界が夢の中だという現実が受け入れられない。
俺が夢の中にとどまるかウソップを引きずり出すか、どちらかの方法を取れないものかと、文字通り寝ても覚めても思う日々が続いているのだ。

心密かに悩むうちにも、夢の中で俺は、どんどんウソップと親しくなっていった。
なにしろ三年寝太郎だ、睡眠時間なら誰にも負けはしない。
最近では、話をするウソップの肩に手を掛けるという高等技術も習得したし、一度だけだがついには膝の上に乗せて話を聞くというミラクルまで達成した。
……残念ながら一瞬だ。
敗因はあまりに喜び、心踊りすぎたせいか、さすがに睡眠が過多過ぎて眠りが浅くなっていたせいか、どちらにしても目覚めたことには違いない。
悔やまれる失敗だ。
一生の不覚とは、このことだ。

ところで、夢の中のことと言ってしまえばそれまでだが、ウソップについて不思議なことがあった。
触れた際、まるで本物の人間のように感触が伝わることもあれば、ふわふわと実態が伴わない手触りのこともある。
俺の睡眠の質によるものかと思っていたのだが、ある日、遠征先の隣町で居眠りをした時出会ったウソップは、体温や息遣いまで人間そのものだった。
こうなると、今まで攻めようもないと半ば諦めていた事態に光が射したようでテンションが上がる。

「……世界が違うのは厳しい、お前を現実に連れ帰りたい。何とかなんねえもんだろうか」
切り口が見えれば畳み掛けるのが定石だと、生の感情をそのままぶつけて抱きしめた。
結果から言えば、それが次の一歩に繋がった。
「連れ帰りたいって?」
腕の中で、ウソップが震えた。
吐息のように吐き出した声が、震えている。
「夢の中でいつでも会える。ゾロが望むまで、いつまでも。……それだけじゃダメかな?」
「ダメだ、そりゃ足りな過ぎる」
「でもさ、現実世界で一緒にいても、夢では会えないんだぜ?ゾロは寝る時間の方が長いじゃんか、だったらいいだろ、夢はいつも楽しいぜ?」
「良くねえ!夢は夢だ、現実には敵わねえ!」
即答だった。
俺はウソップを抱く手に力を込めて、口下手なりに必死で訴えた。
……そりゃあ夢の中ならば確かに長い時間共に居られるし、性別の壁に傷つくこともなく、楽しさだけを享受して過ごしていける。
けれど。
「なあゾロ、楽しいならそれが一番だと思わねえ?俺はもう傷つくとか裏切られるとか、そういうのは真っ平御免だ」
……それでも。
俺はウソップと分け合うのが楽しさだけなのはつまらないと思う。苦しい、悲しい、ネガティブな感情すべてを共に経験したいと思う。
「というか、有り体に云えば俺はウソップが好きだ。現実に俺のものにしてぇってことかな」
「え、ちょ、それって」
「現実のウソップを、現実に抱きてぇ」
見下ろしたウソップの顔が、見る間に真っ赤になって、そこでプツンと夢は終わった。

目覚めた俺は、いつものように夢の続きを貪ろうとはしなかった。
傷つくのは真っ平御免というウソップの台詞がどうにもリアルで気になって、調べてみたくなったのだ。
楽しい以外の感情も分かち合いたいと言った、己の舌の根も乾かぬうちに快楽を享受するのは違うだろうと思ったことも大きい。

「ウソップという名に心当たりはねえか?」
俺はくいなを伴い、遠征先の監督や関係者たちに、次々と尋ねてみた。
夢がはっきりしていたのなら、この土地には何かがあるのかもしれないという、くいなの推理だ。正直俺では思いつけなかったと思う。
そう、俺は物心ついて初めて他人を頼ることにしたのだ。
まずは聞いて欲しいと、くいなに全てを打ち明けた。
「ゾロが誰かを愛するなんてね」
何度も同じ台詞を繰り返した彼女は、突拍子もない話を丸ごと信じてくれた。
その後は簡単だ、姉弟のように育った俺たちは行動も似ている。
手掛かりを求め、聞いて聞いて聞きまくるのだ。

その日のうちに、色々なことがわかってきた。

遠征先である大学はミッション系で、敷地内には教会を併設した病院がある。
結論から言えば、ウソップは二年前から寝たきりの、そこの患者だ。
理事長が亡くなり、一人娘であるカヤ嬢が後を継ぐ事になった時に財産狙いのトラブルがあり、カヤ嬢の幼馴染の少年が事件の巻き添えを喰ってしまったらしい。
彼がウソップという名である事、カヤ嬢を裏切り殺そうとした秘書に立ち向かい、代わりに陵辱され、そのショックから目覚めぬ眠りについている事。
「クロ……秘書は逮捕されました。ウソップさんの身体の傷も治っています、けれど彼は目覚めない」
胡散臭い来訪者に全てを教えてくれたカヤ嬢は育ちの良さが所作からも滲み出る清楚な女性で、彼女の口から語られる事件の生々しさはどこか現実感を欠き、夢の話でも聞かされているかのようだ。
それでも陵辱というふた文字が、飲み込み損ねた飴玉のように、俺の胸の上あたりに引っかかって焼き付いた。
熱くて痛い。
目覚めないウソップは、きっともっと酷い痛みを胸の中に抱えている。

「そのクロって秘書と、ウソップの間には、もともと何か?」
「わかりません。でも……クロはいいひとでした、私たちの誰に対しても」
「会えねえだろうか」
「ウソップさんに?あの、誰に対してもお断りしてきているんです。でも……そうですね、ゾロさん、貴方になら」
「良いのか?自分で言うのもなんだが、胡散臭い野郎だろう」
「けれど、貴方のお話が……私には……」

何か一つでも伝われと、ウソップの語るホラ話までも含めて訴えたのが功を奏したらしい、カヤ嬢は俺を「ウソップを目覚めさせる可能性」として、丸ごと信頼してくれたようだった。
清楚という褒め言葉に、聡明で気前がいいを付け足したいと強く思う。
もちろん警戒されない容貌のくいなが付いてきてくれたのも大きかったのだろうが、こちらはあまり強く褒めると力関係が洒落にならないことになるので、あえて知らないふりをする。

病室で眠るウソップは、夢のウソップより痩せて窶れ、二年分大人びた風貌だった。
俺は堪らずウソップの額にかかる髪を払って、そのまま髪を撫で、頬に手を添える。
「来たぜ、ウソップ。俺はここまで来た。お前はどうしたい?」
耳にそっと囁き掛けた。
鼻が触れる距離に更に辛抱堪らなくなり、そのまま頬ずりをし、目尻に溜まった涙を舐めてやる。
「え、あ、今、ちょっと」
「あ、悪い」
「違うんです、今確かに涙が。こんなの二年間で初めて」
てっきり暴走を咎められたと思ったが、違っていた。
そして俺は、晴れてウソップと病室で二人きりになる時間を手にいれた。

二人きりになったからといって、俺の行動は何ら変わることはない。
カヤ嬢がいて止められたとしても、きっとしていたように、ウソップの背に手を回し、そっと身体を起こしてやる。
ぎゅっと抱きしめ、もう一度頬ずりをしてから耳元でまた囁いた。
「どちらで生きる?俺は悪いが、そっちの世界に行きっぱなしは無理だ。ウソップに戻ってきて欲しい、頼む」
……ウソップの目尻にまた涙が溜まり、伝って落ちる。
声は届いているのだ、若干の焦りと共に俺は続ける。
「つぅかな、来い。お前が必要だ、来てくれ……来い!」

祈るように抱きしめたまま背を撫でて、これだけは了承を得るまで自粛しようと思っていた、無防備な唇に口付けたその時に気がついた。
「お前……実は目覚めてんだろ」
ぴくぴくと動く瞼の下で、ウソップの奴め、こっそりと薄目を開けて様子を伺っている。
こら、と言いかけて開いた俺の口の中にウソップの舌がするりと滑り込んで来て、あとは全部有耶無耶になった。
いつの間にか、カヤ嬢やくいなまで部屋になだれ込んで来て、絵に描いたような大団円だ。

そして俺は、その日からウソップのリハビリと称したデートをしたり、もちろん自分の剣道にも邁進したり、毎日を堪能している。
口下手ながらも会話するようになったので、明るくなったと他人からよく褒められるようにもなってきた。

ただ、三年寝太郎とまではいかないが、相変わらずよく昼寝はしている。
リハビリに疲れたウソップが、昼寝をするのが大きな理由だ。
どういうカラクリかわからないが、ウソップが現実に戻った後も夢の中で逢えるのだ。
尾籠な話を言わせてもらおう。
負担が掛かりすぎるから、ウソップと身体を繋ぐのはまだ先の事だと、俺は医者に言い渡されている。
ただ。

「夢の中でなら、負担なんてものはねえからな」
「……バッ……い、言うなよはっきり、そんなこと!」

夢の中の出来事までダメだと規制する医者など、この世にはいない。

そんなわけで。
夢と現実を奇妙に混同しながらも、俺は今日も楽しく「惰眠を貪っている」
……ウソップのいる現実に感謝しながら、夢と現実を生きている。

オカルトひとつ抜けています 

November 25 [Mon], 2013, 17:57
別ハンドルで書いたオカルト@ゾロウソ、某所がなくなっていたためこちらにアップしました…といいたいところなのですが。
NGワードに引っ掛かったみたいです、「左手だけの恋人」がはじかれました。
たいして…な場面はないです!
単語がダメなんだと思います。

現在

HustleBlood「R」
http://www.geocities.jp/hustleblood_ailin/

こちらの拍手ボタン内に収容してあります。

予告なく移動する可能性はあります、よろしくお願いします。

倉の中の緑鬼 

November 08 [Fri], 2013, 15:08
誰にも言えない秘密だけれど、鬼を一匹飼っている。
「心の中に」なんて言う、文学的な比喩じゃ無くて、本当に。
人里離れた荒れた土地、時代錯誤な暗い倉。
金も地位も親しいものも、なんにも持たない俺だけど。
……鬼を一匹、飼っている。

*******

五年ぶりに田舎の父から手紙が届いて、俺は酷く驚いた。
父が俺に手紙を寄越すことなんて、一生無いと思っていたからだ。

俺には母はない、兄弟もない、中学入学まで友達もなかった。
生まれ育った地はあまりにも田舎過ぎて近隣にも人が無く、俺は父の他に人間を知らないまま育ったのだ。
人間とは俺にとって、ずっとテレビや漫画や小説の中だけの、ファンタジーのような存在だった。
だから俺と父の関係は濃密だ。
勉学の基礎、世界の常識、生活のあれこれを父は全て俺に教え、食事の世話をし、何かと面倒をみてくれた。
それなのに、俺は父に愛されていたという実感を、どうしても持てない。
優しくして貰っていたのに、どこか愛情に希薄なものを感じてしまって仕方がない。
嫌われていると思ったことはない。
むしろ……そう、父は俺を畏れていた、ような気がする。
畏れるというか、俺に愛情を向けつつも、俺の中の「何か」に怯えていた。
今にして思えばだけれど、そんな印象が拭えない。

幼い頃はそうでもなかった。
俺には父しかいなかったし、父は単純に優しかったと思う。
畏れを含む目つきをすると感じだしたのは、俺が10歳を超えた頃からだ。
その頃から、父との会話そのものも減り始め、俺には孤独な時間が増えていった。
父の態度が決定的に急変した日のことは、胸の痛みと共にまだ覚えている。
自宅学習では限界があるだろうと、中学入学を期に街の全寮制の学校への編入を勧めてきた父の顔は、まるで何かに取り憑かれている人のようだった。
あまりの父の迫力に、俺は首を縦に振ることしか出来なかった。
父以外の人間と接することすら稀なのに、街で生活など不安で仕方なかったというのに、ただ頷くことしか選択肢が無かったのだ。
涙目になりながらも、こくりと頷いた俺を見た時の父の顔は……まるで憑きものが落ちたような表情は、今でも脳裏に焼き付いて忘れられない。

きっとどこかに…近所には家もないけれど、それでもどこかに、女がいるのだろうと、俺は思った。
俺よりも、別の意味で愛しい女が父には居て、だから俺が邪魔になったんだろうと。
予感を現実だと思わせるように、俺が全寮制の学校に入学すると共に、父からの一切の連絡は途絶えた。
学校からの呼び出しにも頑として応じず、それどころか心細さに電話をしても手紙を書いても梨の礫。
必要最低限の金額だけは振り込みがあったものの、家までの旅費には足りなくて、俺は初めてこれは父に捨てられたのだという事実を呑み込んだ。
俺はついに一人になった。理屈ではなく実感だった。
絆の拠り所は、別れ際に渡された、古ぼけた割り符だけだ。
不思議なことに俺は定期的に事務局から呼び出され、書類を指さしては「何か」を問われる。
意味は全くわからないけれど、そんな時は、別れ際に父がそうしろと言ったとおりに相手に割り符をかざしてみせる。
……そうすれば、何故か揉め事が静かに終結してしまうのだ。
愛されては居ないけれど、少なくとも大切にはされている。
割り符は俺の精神の拠り所の全てで、父が俺に託すものの全てなのだと思っていた。

そんな時、高校二年生になった俺の元に、五年ぶりの父からの手紙が届いたのだ。

しばらく躊躇した後、手紙を開けた。
中には手紙と、家までの旅費、そして古ぼけた鍵が一つ。

嫌な予感と共に、手紙を広げる。
どこかで予感していた通りだったかもしれない、それは父の遺書だった。
これが届く頃には命が無いだろうという記述と、お前に全てを託すという、酷く震えた文字。
学校側の人間たちには割り符をかざして、早く帰ってこいという添え書きもある。
意味がわからないことが多すぎて戸惑いながらも、俺は最後の父の言いつけ通り、割り符を最大限に活用し、鍵をしっかりと握りしめながら、五年ぶりの帰路についた。
不思議なことに、どれだけ意味がわからなくとも、帰らなくてはならないということだけは、俺の中でしっかりと息づいていて、頑として揺らがなかった。

*******

田舎の家は相変わらず殺風景で、内心畏れていた父の自殺体などはどこにもない。
俺は鍵を手に、裏手の山の方にある古い倉を真っ直ぐに目指した。
父の生存中、絶対に近づいてはならないと、何度も何度も固く言い聞かされていた倉だ。
何故だろう、鍵はその倉のものだということが、手にした瞬間から俺にはわかっていた。
託すというものが、その中にあるのだと言うことも。
古く暗い倉だけれど、俺には畏れは全くなかった。
何か生活の足しになるものでもあればいい、そんな気楽な考えで鍵を開け、ゆっくりと扉を開く。
けれど、中にあるものは、俺の想像とは、全く違っていた。

暗闇の中に、檻がひとつ。
低い這うような、唸り声。
何故か惹かれるものを感じて、俺は歩を進めてしまう。

檻の中には、鬼がいた。
緑色の肌、緑色の髪、緑色の瞳。
視線が絡んだ。
鬼が俺を見て、にぃっと笑う。
異常に長い犬歯は、暗がりでも白く光っている。
「ウ……ウ、ソップ……ウソップ……」
喋りながら、たらりと垂れる涎は、くっきりと濃い緑色。

ウソップ。
父は自分のことを、ウソップと名乗っていた。
テレビや小説でしか世間を知らない俺だけれど、それが日本人の名として不適切であることはわかっていたし、父が俺に付けた名は一般的なものだったので、変だなとはずっと思っていた。
だいたい学校に提出した書類に寄れば、父の名はやはり一般的な日本人のそれに過ぎない。
ウソップ、緑鬼が俺を見て、嬉しそうに繰り返す。
俺は全てを理解した。

父には女など居なかった。
父にいたのは、この緑色の鬼だけだ。
ウソップと呼ばれ、人里離れたこの土地で、俺と接する以外の時間を全て使って、父はこいつと……。
酷い。
俺は鬼に恐怖など覚えなかった、ただ真っ直ぐに父に怒りを覚えた。
父は俺に嫉妬したのだ。
父のコピーのようにそっくりに育っている俺の容姿。
鬼も俺を見て「ウソップ」と呼んだ。
父はわかっていたのだ、俺が……俺とこの鬼が、ひと目見たときから互いに惹かれ合うだろうと言うことに。
だから倉には近づくなと釘を刺し、成長した暁には街の学校へと追いやった。

「ウソップ……」
愛しいものを呼ぶやり方で、緑鬼は俺のことを呼ぶ。
父はもう居ない、居ないんだ。
だから俺は、今から彼のウソップになりたいと思う、お願いだから受け入れて欲しい。
鍵は倉のものと同一だった、震える手で鍵を開け、俺は鬼の元へと近づいていく。
何故だろう、この緑鬼が欲しくて欲しくて堪らない。
こいつさえ手に入れば、他のものなど何も要らない。
鬼も、俺と同じ事を思っていると信じたい。
最終的に引き裂かれ、ボロボロにされてもそれでもいいから、だから。
「ウ、ソップ?」
「……俺を、俺をお前のウソップにして……! オヤジの代わりなんか嫌だ、お前だけのウソップにして!!」
後先など考えなかった。
俺は鬼に抱きついて、自分から唇を合わせた。
いつのまにかガチガチに勃起していて、心臓は痛いくらいに波打っている。
受け入れて欲しくて、鬼の髪の中に手を入れて、ごわごわしたそれを指で梳る。
下腹部を擦りつけて、首筋をねとりと舐める。
お願いだから、俺を食って。……受け入れて。
緑の肌だからわかりにくかったけれど、舐めてみたら首筋に入れ墨のようなものがあった。
「……ゾ、ロ……? お前、ゾロって言うんだな?」
その途端、力強く抱きしめられた。
「……ウソップ……ウソップ、ウソップ!!」
「ゾロ、ゾ……」
もっと繰り返したいのに、激しい口付けを喰らってしまって繰り返せない。
俺は、脳天から爪先まで痺れるような喜びを感じながら、鬼の口付けに身を任せた。
そのまま、初めて受け入れる場所に、とんでもない熱い楔を受け入れることになったけれど、後悔どころか激しい満足感しか感じなかった。

その日から、俺は殆どの時間を鬼と絡み合うことに費やして、日々を過ごしている。
たまに面倒な来客や、困った連絡があったりもしたけれど、そんな時は真っ直ぐ出向いて例の割り符をかざせばいい。
それだけで暫くの間は問題が有耶無耶になってしまい、俺はまた自由に動ける。
理屈も、仕掛けもわからないけれど、それでいいのだと俺は思う。
だって、俺にとって大切なのは、緑の鬼に……ゾロに腰を高く抱え上げられ、尻の穴に深く彼の男根を差し込まれることで……ゾロはまるで人の言葉を全て解するかのように、俺が一番「いい」と鳴くところを愛してくれて、そして俺は泣き崩れながらゾロに「もっとして」って頼んで、そして……そして……。

ゾロは何も飲み食いもせずに生きていけるようだったから、俺は最初、かなり消耗した。
そんな俺に、倉庫の奧にある豆の袋を差し出して、一緒に食おうというマネをして見せたのはゾロの方だ。
飲食はしなくとも生きては行ける。
けれど、嗜好品として大豆製品ならば食することが出来る。
そんなゾロにまるで諭されるような形を持って、俺はセックスだけの廃人に成り下がることにはならずにすんだ。
不思議だと思ったけれど、理由を考え始めて、すぐに考えるのをやめてしまった。
ひょっとしたら父だとか、そのもっと前の男たちとの経験から学んだだなんて、胸の奥が痛すぎて、想像するのも辛すぎる。
ゾロにはどうかはわからないけれど……俺には、ゾロが全てなのだ。

俺にとっては至上である、同じような日々が何年か続いた。
ただ、同じでないことが、一つだけ起きている。
最近、腰の奧にずしっとした重みを感じていて、ある疑惑が俺の胸を占めている。
……多分、いや、きっと、孕んだ。そうに違いない。
俺は男で妊娠は出来ないはずだけれど、相手は人間ではないのだし、毎日飽きるほど交わっているのだから、孕んだとしても不思議はない。
俺は医者になど行くつもりはない。
出産なんか怖くはない。
出てくるところなんか無いわけだから、子は腹を食い破って出てくるのかも知れないけれど、酷い目に合うのかも知れないけれど、それは多分父が経験したことと同じだと思うからだ。
最近、実感と共に悟ったのだ。

俺は、文字通りに父の子だ。
父がゾロの精を腹に受けて、孕んで産み落とした鬼の子だ。
おそらくだけれど、ゾロは人間の男に種を宿し、子を産ませては宿主の男を食らう、そんな鬼の末裔なのだ。
ゾロと何度も繋がっているうちに、昔の色々な断片が俺の記憶の中に溜まっていく。
俺だけを愛して欲しいから敢えて見ないようにしているけれど、それはゾロの悲しい記憶だ。
ゾロは一切の飲み食いをしないけれど、男を孕ませて出産させたら、その後男を食らうのだ。
それが本能のゾロなのに、ある日ウソップという男に、どうしようもない恋をしてしまった。
ウソップの方もゾロを愛し、どこにも行って欲しくはないと願っていて、そして……そして。
ゾロは、ウソップを食わないまま、愛し続けた。
ウソップもゾロを愛し続け、ゾロの子を宿して産んだ。
けれど鬼と交わりつづけた男は短命で、長く共には居られない。
死を受け入れたとき、ようやくゾロはその身体を全て喰らい、その頃になると成長したウソップの子が、次のウソップとしてゾロの前に現れる。
その繰り返しを、ずっと昔から。
気が遠くなるほどに昔から、繰り返して、繰り返して、繰り返す。
そして、今俺の腹の中には、次の代のウソップが、静かに眠っているわけだ。

出産なんか、本当に怖くはない。
だって死んだらゾロが全部、俺のことを喰ってくれる。
ただ、継ぐ者が居なくなるのは、恐ろしい。
俺が最後のウソップになってしまったら、ゾロは……? ああ、最後のウソップだなどと、なんて甘美な響きだろう。
駄目だ、ゾロにウソップの存在を残しておいてやらなくては。
俺がいなくなったときの、そのために。
……いなくなる……? 
……次の代のウソップ……?
嫌だ、嫌だ、そんなの嫌だ、俺だけのゾロなんだ、俺だけの鬼なんだ。

腹をさすっている俺の元に、ゾロが静かに近づいてきた。

「……ウソップ……?」
「うん、俺もしたいなって思ってた。……しようぜゾロ、いっぱい、いっぱい……」
「……ウ……ソ、ップ……」
「愛してるよ、ゾロ、すごくすごく、愛してる」
「…ウ……ウウ……」
「愛してるんだ」

腹の中がビクリと動く。
俺の中の、愛しくも妬ましい存在。
俺はこいつを産み落としたら、可愛がりながらも、ゾロにだけは絶対に会わせないようにしようと思う。

だって、そうだろう?

ゾロは、俺だけのものなのだ。

この命が尽きるその時までは、絶対に、俺だけのものなのだ。



エンドレス・サマー 

November 08 [Fri], 2013, 15:05
それは夏休みも半分ほど過ぎた、8月初頭の出来事だった。
俺は自室のベッドで、ぐっすりと眠っていた。
時刻は夜の9時半頃。
健全な男子校性が眠るにはやや早い時刻だろうが、朝が早いのだから仕方がない。
剣道の朝練、及びそれに伴う自主練のため、起床は毎朝3時と決めている。
6時間は睡眠をとりたいから、逆算すると夜の9時には眠っていなければならない計算になるのだ。

ただ、こんな計算は昨日から意味が無くなってしまっていた。
俺は夏の大会で、足の筋を痛めてしまったのだ。
不覚だった。とはいえ言うほどの怪我ではないと自分では思っている。
生活には支障はないし、無理をすれば練習も充分にいけるはずなんだが、顧問はじめ、周りは皆で結束して俺を止めた。
怪我をこじらせてはもったいない、ゆっくり休んで秋の大会でまた活躍して欲しいと、口裏を合わせてくる。
練習を見学することすら、禁じられてしまった。
見るだけではすまなくなる俺の性格を、みな俺以上に熟知しているらしい。
とにかく休めの台詞ばかりだ。
溜息しか出ない。……まあこの夏だけは大人しくしているということで、片が付いた。
そんなこんなで、いきなり「夏」が暇になってしまった。
部活をしない夏休みなど経験がないので、宿題を片づける以外に、やることなど思いつかない。
いっそ、眠れるだけ寝てやろうと思い、昨夜はベッドに潜り込んだところだった。
ショワショワとうるさい蝉の声を浴びながら、しぶとく惰眠をむさぼったら、夏を満喫している気分になるかもしれない。というか、剣道が出来ないなら寝ていた方がずっとマシだ。
そんな時に、電話は掛かってきたのだ。

俺はもちろんぐっすり眠っていたが、枕元の電話の着信音をアラームと聞き違えて、慌てて飛び起きた。
わたわたと手探りでアラームを解除しようと試み、光る小窓に見慣れない番号が浮かんでいることに気づく。
……こんな時間に誰だろう。
一瞬迷ったが、俺は通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てた。

「あ、あの、ロロノア先輩ですか」
とりあえず、間違い電話ではないようだった。
「夜分にすみません、俺……2コ下の、ウソップといいます……」
上ずって、震えた挙げ句にひっくり返った声が、名を名乗った。印象的で妙に可愛いと思う。
ウソップ……ちょっと待て、どこかで聞いた名だ。誰だっただろうか。
「いきなり電話、すみません。あの、ケータイ番号は先輩のクラスのサンジって人に聞きました」
ああ、思い出した。
たまにサンジんとこに訪ねて来る1年生か。鼻が長くて髪の毛がチリチリの、細っこい子だ。
「こんな時に、失礼だなって思ったんですけど」
いや、そんなことはないぜ。どのみち暇だったんだ。
「あの。……いま、お話しても、よかったですか?」
「あ? ……ああ」
ずっと脳内で返事していて、実際は黙ったままだったことに気づいた俺は、慌てて返事をした。
だが人をビビらせる類の発声しか出来ない俺の喉は、寝起きの所為で究極に不機嫌そうな返事しか絞り出してはくれない。
このままでは電話の主を、怖がらせてしまう。
俺は寝起きであることを告げた。ついでに、声は嗄れているが怒っているわけではないことを説明した。

「……寝てたんですね、ごめんなさい……かけ直します」
「いや。全然迷惑なんかじゃない」
「ホントに?」
「もちろんだ、むしろ暇だったからありがたい」
明らかにほっとした様子が、電話の向こうから伝わってきた。

そのまま十分ほどウソップと会話をした。俺にしては驚異的な長電話だと思う。
殆どウソップが話をした「内容」を要約すると、このようなことになる。
1.俺が痛めた右足への見舞いの言葉
2.俺の夏休みの予定
3.映画への誘い
いくら俺が鈍くても、これだけ要因が揃えば、告白されてるんだということくらい想像がつく。
純粋に嬉しいと思った。ウソップの性別は男だったが、俺はあまり気に止めなかった。
どのみち、夏休みをどう過ごしたらいいのか、迷っていた俺だ。
足に不必要な負荷さえ書けなければ、ウソップと遊ぶことになんの問題もないだろう。
そんなわけで俺は二つ返事で快諾し、さっそく翌日に駅前で待ち合わせることにした。
寝過ごすのが恐ろしくなり、きっちりとアラームをセットし直した自分に、少し笑った。


翌日。遅刻が毎度の俺なのだが、約束の時間より五分前に駅前に着いた。
ウソップはもう駅前広場で所在なげに立ち尽くしていて、あの様子ではずいぶん前から待ちあわせ場所に来ていたのではないかと思われる。
声を掛けようと歩を進め、ふと、前にもこんな風に立ち尽くしているウソップを見たことがあるような気がした。
既視感……デジャヴという奴だと思う。
だって、そんなはずはないのだ。
私服姿のウソップに会うのは、今日がはじめてなのだから。

映画はB級ホラーだった。
怖がってヒィヒィと俺にしがみつくウソップにばかり視線が行き、ちっとも筋はわからなかったが構うものか。
むしろ、ウソップの反応はありがたかった。
俺は、暗がりになると高確率で眠ってしまうタチなのだ。
ウソップのリアクションが楽しすぎるおかげで、幕が上がるまでずっと、興味深い時間を過ごすことが出来たと思う。
映画ってのもいいものだなと思ったのは、生まれてはじめてかも知れない。
映画のあとは、貰ったチケットの礼に喫茶店に入った。
当然俺の奢りだが、ウソップは終始恐縮していて、そんなところも初々しくて気に入った。
つまり俺は、今日一日ですっかりウソップに心を奪われてしまったのだ。
「楽しかったです、ホントに楽しかった……」
アイスコーヒーを飲み干したあと、もう帰ろうかと伝票を掴んで立ち上がりかけた俺の腕をぎゅっと掴み。
真っ赤になったウソップが、ぱくぱくと口を開いては閉じて、何か言おうとした。
この時、俺はまたデジャヴに襲われた。
不思議なことに、俺はウソップが何を言い出すか、わかっていた気がしたのだ。
「楽しかった。許されるならもっと、色々なところに行きたいです」
「……お祭りとか、花火大会とか、プールとか……。色んなところに。先輩と」
「駄目ですか? だって今年しかないんでしょ、その……自由に遊べる夏は」
ぽつぽつと、絞り出されるように続けられた、それなりに長い台詞を、一語一句違わずに、全部知っていたように思ってしまう。
頷きながらも、妙な気分は消えない。
不思議な感覚だった。

翌日から、ウソップとのデート三昧の日々が始まった。
どちらも告白のようなものはしていないが、これはもうデートという括りでいいのではないかと思う俺だ。
なにしろ、手を繋げば真っ赤になって戸惑いながらも嬉しそうにしているし、声を掛けるだけでもぱあっと表情を明るくして笑うのだ。
俺もウソップが笑うと嬉しかった。
部活ばかりですっかり忘れていた、「夏を楽しむ方法」というものを、ウソップから色々と教わっていると思う。

かき氷を食べた。
花火大会は浴衣を着たし、公園で線香花火なんてのもやった。
祭りにももちろん行った。地元の神社での祭りだが思った以上に盛況で、迷子にならないよう手を繋いだ。
ここでも、いわゆるデジャヴと思われる感覚に襲われた。
「射撃をやりたいな」
ウソップが、いかにものテキ屋がやってる射的の屋台に飛びついたのだ。
「祭りの射撃なんか、金を溝に捨てるようなものだから、やめとけよ」
俺は一般常識をそのまま口に出し、ウソップを止めた。
……止めながらも、ウソップの返事を俺は知っている……と、強く思ったのだ。
ウソップは、にいっと自信ありげに笑って、こう言うのだ。
「任せてよ、ゾロ」
予想できない物事を体験するのも、デジャヴにあたるのだろうか。
そうでなければ説明がつかない。
なにしろ、ウソップが不敵に笑う姿など、想像できる要因すら俺の中にはないのだから。
射的の結果はすごいもので、ウソップは見事に軒並み商品を倒した挙げ句、「これだけでいい」と、緑色の丸い塊のぬいぐるみ一つを受け取って、テキ屋のオヤジをほっとさせていた。
俺は細かいことを考えるのをやめ、ぬいぐるみを抱いたウソップの肩を、そっと引き寄せた。
キスしたいと焼け付くように思ったが、半端ない人混みに、断念せざるを得なかった。


祭りの翌日から三日間は、ウソップに会えなかった。盆に差し掛かったためだ。
俺の家では盆の期間に来客が多く、連日忙しい。
ウソップの家庭は父子家庭で親戚との交流も耐えているそうだが、俺は長男としてのつとめを果たさねばならない。
……不本意だがな。そりゃあウソップとデートしてる方が楽しいさ。
だが、まあ仕方ないものは仕方ない。盆明けにまた会う約束を取り付け、俺は三日間限定で下男と化した。
とはいえ、もともと盆自体は嫌いではない。
盆は亡くなった人たちのことを思い出す大切な時期だ。
……とりわけ、くいなのことを。
くいなは俺の幼馴染みで、十代のはじめに亡くなった隣家の娘だ。
剣道のライバルでもあったが、いつまで経っても彼女の記憶が褪せないのは、毎年盆に会っているからだろうと思う。
……会ってることは、誰にも言えない。彼女の母にも打ち明けられない。
言えるものか、盆にだけ「夢の中で」いつまでも年を取らない彼女と再会してるなどと。
そんな戯言を聞かれた日には、俺は過去の恋愛を反芻する乙女か、やばいロリコン扱い、もしくはオカルト大好き人間のカテゴリに入れられてしまう。
どれも本意ではないし、誓ってくいなに恋愛感情などは持っていない。
ただ、この世の不思議には目をつぶるとして、幼馴染みと会話できるのは懐かしいものだ。それに世話好きの彼女はいつも、俺の未整理の心に的確な助言を与えてくれる。
……多少説教臭いけどな。
しかし今年は楽しみだった。恋人が出来、しかも性別が男だと知ったら彼女はどんな顔をするだろう。
盆の15日、その晩にくいなは現れる。俺は早くから床についた。

「全部知ってるわ。それより聞いて、大変なことになってるの」
くいなはあっさりと話を流し、密かに俺をがっかりさせた。畜生、誰かにウソップの可愛らしさについて語ってみたい気分だったのに。
「そのウソップの話なんだけど、それでも聞きたくない?」
いや、あいつの話ならば話は別だ。
「どういう意味だ」
俺は居住まいを正して(夢の中だが)くいなの話を聞くことにした。

「……夏を、繰り返してる?」
「そう。ゾロはウソップとのデート三昧の夏休みを、もう百回繰り返してる。正確には8月の第2週から、始業式前日まで約3週間の繰り返し」
「まさか。あり得ない」
「でも、デジャヴがあったはずよ。前にもこんなことがあった……似たような経験をした。どうかしら」
「それは確かに」
「ともかく私がこの説明をするのも百回め。あなたはだんだんデジャヴを認めるまでの時間が短くなってる」
「そう……なのか?」
以前の自分の回答は知らないが、確かに今の俺は強烈なデジャヴに心当たりがある。
ウソップとも初めてつきあったような気がしないし、だからこそくいなの荒唐無稽な話を飲み込むことも可能だ。
それにしても、夏が終わらないとは。何の魔法か呪いだろう。
「くいな、理由はなんだ。なにが時間を止めている」
「……ウソップの想い」
くいなの返事は、思いがけないものだった。

「私は亡きものだから、現世を生きるあなたに未来に起きるすべてを語る資格を持たない」
なんということだろう、爆弾発言をぶつけておいて、くいなはその後の助言をしないという。
「……意地悪じゃないのよ。これ以上死者が現世に荷担したら、時の流れのバランスが修復不可能に壊れてしまう」
「たったあれだけの忠告でか。脆いな、時のバランスとやらは」
「違う。他に要因があるの。……これ以上は説明できないけれど」
「ヒントくらい無いのか」
「それは無理。でも考えてゾロ、どうしてウソップは夏を繰り返したいと思うのかしらね」
「自惚れていいなら、俺とつき合いたいから……?」
「ゾロと”また”つき合いたいからよ。言えるのはここまで。もう帰るわ」
「待て、くいな。どういう意味だ。まだ話がある」
「……また来年、会えるといいわね。来年がくればの話だけど」
「ちょっと待て、それはつまり……」
「ヒントをあげすぎたわ、ゾロ」
「……それは……なあ、くいな。お前は何度も……」
「任せたからね、ゾロ」
ほほえみながらくいなは消えた。
夢の中で取り残されてしまった俺は、呆然と彼女の言葉の意味を考えていた。
くいなは嘘は言わない。そのくいなが時を止めたのはウソップの想いだという。
なぜだろう、理由がわからなかった。
俺はウソップとはいい付き合いが出来ていると思っているし、これからも大切に付き合うつもりなのだから。


翌朝一番に鳴り響いた電話は、ウソップからではなく、部の顧問からだった。
俺を取り巻く環境が急展開することを告げる電話だ。
「新学期から、お前をリハビリがてら、おれの母校にあたる高校に武者修行に行かせようと思っている」
寝耳に水とはまさにこのことだが、俺の頭の上を飛び越し、話は既に決まっているのだという。
「突然すぎるが、とりあえず期間は?」
「短かったら意味がないだろう。最低一年は頑張ってきてもらうつもりだが」
「相談もなしに横暴だろう」
「今更なにを言う、強くなるためにはすべてを俺に一任すると、お前は俺に約束したはずだ」

確かにその通りだった。
ウソップに会う前の俺だったら、顧問の話をありがたいと喜んだに違いないのだ。
故障を治す目的もあるが、その前に先方の高校には、素晴らしい剣の達人がいる。
ミホークといえば剣道を知らない人の中にも名を知るものがいる程の達人だ。彼の元で少なくとも一年を過ごすことが出来るなら。
これは俺にとって朗報以外の何ものでもなく、スキップして町内を駆け回りたいくらいのニュースに値する。
……ウソップのことさえなければ、の話だ。
はっ、と俺は気がついた。
今までの俺は、この知らせをウソップに伝えるに当たって、何か間違いを起こしたに違いない。
現地に赴き、結果としてウソップに振られたと勘違いさせたのか。
……いや、その間違いは起こすはずがない。今の俺は、剣の達人の元に行くよりもウソップの側にいることを願っているからだ。
剣は一人でも強くなれる。
良い師匠は宝だが、それよりも側に居てくれる存在の方が大切ではないのかと、今の俺は思っている。
とはいえ、夏は現に百度繰り返されているのだ。
つまりは百度もウソップを勘違いをさせたに違いない俺なのだ。
とりあえず、上手い言葉が見つかるまでは、このことはウソップに黙っておくことにしようと思った。
密かに裏で断って、話自体をなかったことにするのが一番良いだろう。

そして盆が開け、俺はまたウソップと楽しい日々を過ごし始めた。
市民プール、カラオケ、駅前ビルの散策、どう過ごしていても楽しすぎて、うっかり悩み事など思い出せなくなりそうなほどだ。
「夏休みってのは、楽しいものだったんだな」
思わず呟いた俺だったが、ウソップはほんの少しだけ眉を曇らせた。
「でも、これは先輩の正しい夏休みの姿じゃない」
「今年は正しいんだから、いいじゃないか」
「よかった、と思うべきですよね。他の夏ではあり得ない、先輩との夏休みを独り占めできただけで」
「寂しいことを言う。まるで来年の夏は無いみたいないい方だ」
「そんなこと、思ってないけど」
この時、またもや焼け付くような既視感に、俺は襲われた。
必死で笑顔を作ろうとしているが、どこか泣き出しそうなウソップの表情。
間違いなく、俺はこの顔を見たことがある。
……今だけではない。
今、わかったのだ。
この先の。……数日後の夏の終わりにも、ウソップのこの表情を、俺はまた見ることになる。
既に間違った道に分け入りだしたのだと気づいたけれど、どう修正して良いのかがわからない。
何かを伝えたい気持ちを込めて、ウソップの手をぎゅっと握りしめてみた。
何度も力を籠めて手を握る。
しばらく沈黙が流れた。
「今が楽しいから、それで俺は幸せです」
ウソップが小さく呟いた。

そんな毎日が積み重なって、夏休みが終わろうとしていた。

「だから、断ると言ったでしょう」
「そうかな、だが俺は納得していない」
明日は始業式になるという、夏休み最後の日の昼過ぎ。
俺はかなりマシになった脚の状況を報告がてら、剣道部に顔を出していた。
すぐに帰れるわけもなく、何度目になるのか考えるのも億劫なやりとりを、顧問とぶつけ合うことになる。
「お前は強くなれる器だ。自覚しろ」
「わかっています、怪我は治す。そして俺は自分でちゃんと強くなる、強くなれる。……二言はないです」
「ウソをつけ。お前はフラフラと遊んでる。知ってるぞ、よくわからん後輩のジャリを引き回してるそうじゃないか」
「よくわからんとはどういう意味でしょう。 彼は同校の生徒です」
「お前の害毒になることにも気づかない、鈍い後輩ということには変わらないだろうが」
「……先生、まさかとは思うが、ウソップに……」
「説明したぞ。お前のために引いてくれると言っている。話せばわかる奴だった」
「……畜生!!」
目の前が暗くなるのを感じた。
同時に、寂しげだったウソップの様子にも思い至り、思わず青ざめる。
ウソップは知っていた。
知って、その上で身を引くつもりになっている。俺のためにだ。
けれどどこかに割り切れない気持ちが残っていて。もっと俺と一緒にいたいと願ってくれていて。それで。
……そう、ウソップの想いは強い。
時の流れを押し戻し、夏を繰り返させてしまうほどに。

「ゾロ、どこへ行く、まだ話は終わってないぞ!!」
「それどころじゃない、先生!! 失礼します」
走りながら、俺は必死で考えていた。
なにがあっても俺の気持ちは一つだけだ。ウソップが信じるに至らないから、時の流れが歪んでしまうだけのこと。
何をどう伝えたら、俺の本気が伝わるんだろう。
身をひかれるのが何よりも辛いと言うことと、あともう一つ。
……夏休みのウソップは例えようもなく可愛かったが、この先のウソップのことも、ずっと見守っていきたいのだと言うことを。

己がどう動いて良いかわからないときは、目を閉じて精神を集中するに限ると思う。
……目を閉じたら、ウソップの姿ばかりが浮かんできてしまい、そんな脳内映像より本物の方が何百倍もいいので、とりあえず会おうと思った。
携帯に手を伸ばす。
駄目だ、電話口で泣き声が聞こえるデジャヴに襲われた。
直接会おう、俺は自転車に跨って、ウソップの家を探してペダルを漕ぐことにした。
方向にはあまり自信のない俺が、一度しか訪ねたことがないウソップの家に辿り着くなど、不可能に近い離れ業かもしれない。
いや、そんなはずはない。
自転車で会いに行くことを選択した過去も、両手の数では足りないくらいにあるだろう。
会話は出来ないが、くいなも側で見守っているような気配がある。
……きっとなんとかなる。

結局夜になってしまったが、ウソップの家に着くことが出来た。
さて、ここからどうするか。
ブザーを押す?……駄目だ、居留守を使われるはずだ。
このあたりになると、俺のデジャヴは殆ど先読みの出来る超能力並みに磨きが掛かってきていて、どう行動すればどういう結果に転ぶのか、手に取るようにわかってしまう。
こんなに先がわかるのなら。……いいや、それでも俺は、間違い続けたのだ。
ウソップのためにも、あらためて慎重にならねばと、唾を飲み込む。

家の前で携帯を取りだし、ウソップに電話を掛けた。
当然のように、溜まりまくっている顧問からの着信は、完全スルーだ。
「……ゾロ? どしたの?」
「あのな、ちょっとカーテン開けて、外を見てくれないか」
「外? いいけど」
素直なウソップが開けるカーテンの軽い音が、耳元から聞こえてくる。
「……ゾロ、どうしてここに」
「これで居留守は無しだ。頼むから上げてくれ、話をさせてくれ」
「……うん……」
たっぷり一分後の返事はもの凄く小さい。
この返事にも微かなデジャヴを感じて、俺は気を引き締めた。
ウソップの未来を手に入れるには、まだまだ困難と試練がありそうだ。

時刻は夜の8時を過ぎていた。
早寝が普通の俺にしては、かなり遅い時間だ。
俺の生活リズムを知るウソップは、怪訝な顔をしながら俺を部屋に上げ、座布団を勧めて来た。
礼を言って、胡座で座る。

『ゾロ、最後の手助けだからね』
くいなの声が聞こえた気がした。
同時に、何かがどっと脳の中になだれ込んできた。
『ここまで辿り着いた時の、今までのゾロのイメージ』
『考えて。何が足りなかったのか考えて』
『そして先に進んで。ゾロには未来しか似合わないわ、ウソップ君にも』
……涼やかな声と共に、脳内を四分割して流れるほとんどは、覚えがある事柄ばかりだ。

一つめは、……顧問の言うことは気にするな、俺はずっとお前の側にいると力説する自分の姿。
(そうだ、ウソップは、自分が俺の枷になっていると、悩んで泣くのだ。そしてその夜、時は戻る)
二つめは、……一年出かけてくるから、どうか待っててくれと頼み込む自分の姿。
(ウソップは、すごく不安そうな表情をしている。確かに待っていて貰うには、俺たちの絆はまだ弱すぎる)
三つめは、……話にもならない。俺は掛かってきた顧問からの電話に出て、興奮した上にウソップに諭されて、いつの間にか眠っている。
(ウソップが愛しそうに俺の髪を撫でているのだけが救いか)
四つめは、……これだけがわからない。見知らぬ年かさの女性が、そっと俺とウソップの手を掴むイメージだけが、そこにある。
(亡くなったというウソップの母だろうか。俺にくいながついてるように、ウソップの側には母親が。……時を止めたのは、ウソップを癒そうとする母の力だったのか)

万事は窮したのではないかと、俺は挫けそうになった。
側にいることを選んでも、出かけることを選んでも、どちらにしても時の流れは変わらなかったのか。
……違う。俺がまだ「足りない」だけだ。
ウソップが単なる夏の反芻だけではなく、俺ともっと未来を歩みたいと願ったら。その時にこそ、時は動く。

恐らくだが、俺が間違えば、日付が変わるのを待たずして、9時半頃に時は戻る。
はじめてウソップから電話が掛かってきた時の時刻が、確かその位だった。
ちらりと時計を眺めた。
9時20分、そろそろもうギリギリだ。

『ゾロ……!!』
くいなの声が、また耳に飛び込んできた。殆ど悲鳴だ。
俺は、まだなにもウソップに語ってはいなかったのだ。
正直、言葉でウソップに敵うなどとは思っていない。その意味では、俺は大いに役不足だ。
ただ、一つだけ、どうしても伝えておきたいことがあった。
俺がウソップのことをこよなく愛しているのだと言うことを。
それさえわかってもらえたら、時が戻るにしろ、進むにしろ、この際どちらでも良いではないか。
……また出会いからはじめるのは、正直言って悲しいけれど。それでも、なにがあろうとも、愛しているのだから。

「ウソップ、俺がお前のことを愛してるって、言ったことあったっけ?」
驚いて固まっているところを掴まえる。
「柄じゃないが、言わせて貰う。愛してる」
「お、お、俺も……!!」
「同じだな、良かった」
必死な声で返事するのを、胸に抱き込んだ。
目一杯顔を傾けて、近づける。
柔らかな唇に、食らいつく。
ウソップの喉が、ひゅっ、と苦しげな音を立てた。
解放してやらねばと思いながら、愛しさから離してやることが出来なかった。
長い長いキスが終わって、我に返って時計を見たら。
時計の針は、9時半を回っていた。



「先輩おはよう……あの、お弁当の差し入れです」
「ああ、ありがとう」

あれからのことを語ろう。
このまま時が戻るなら、ウソップを押し倒して、いっそ身体にまでキスしてやろうかと目論んだ、ちょうどその時。
俺の携帯がしつこい鳴り方をした。
顧問からなのでシカトしようかと思ったが、ウソップに促され、渋々出た。
これが驚いたことに朗報だった。
剣の達人ミホークのほうから直々に、この学校を訪ねてくるのだと言う知らせだったのだ。
もちろんすぐに嬉しい知らせをすぐにウソップに伝え、その後は嬉しくなって、俺は馬鹿みたいにキスを繰り返した。
数えては居ないが、多分百回は確実にしたと思う。
嬉しそうにウソップが笑う度に、悲しんで時を戻した過去のウソップが気の毒で、愛おしくて。
とてもじゃないがやめられなかったのだ。
くすぐったくも愛しい、大切な夏の終わりの1日。
あの日のことは、恐らく生涯忘れることはないだろう。


「それから、その……そちらの先生にも、お弁当を。よかったらどうぞ……」
「うむ、かたじけない。馳走になろう」

もちろん時はきちんと流れを取り戻し、新学期から少しずつ部活に復帰しだした俺を、ウソップは影で支えてくれている。
あとは俺が、リハビリしつつ、強さを取り戻していけばいいだけの話だ。

「おお。実に美味そうではないか」
「……って、俺より先に食ってるんじゃねえっ!!」
「心狭きは、強さを退けるぞ、ロロノアよ」
「うるせぇっ!!」
ただ、たまに考える。
もし、もし仮に、このカイゼル髭のやたら強い剣の達人先生が、俺の大切なウソップにちょっかいを出そうというのなら。
なんとか時を止め、反撃の方法を模索出来たりしないだろうかと。

「ゾロ、ゾロには俺が食べさせてあげるから!!」
「……ちっ……。まあそういうことならいいか」

とはいえ目下のところ、差し障りなく時は流れている。
そして俺は、突き詰めれば十二分に幸せな男なのだろうと思うのだ。

神隠し 

October 30 [Wed], 2013, 19:55
目の前に、鳥居が見えてきた。
そうだ、あそこで休憩をしよう。
足を引きずりつつも、意地のように歩き続けていたウソップは、なぜか不意にそんな気分になった。

親戚の家をでてから、一体どれだけ歩いたことだろう。
気づけばあたりは民家もなく、人通りもない、しかも夕暮れ時になっている。
うっそうとした森の中、ざわめく風と鳥の声ばかりが薄気味悪い。
今、自分がどこを歩いているのか、ウソップ自身にもわかっていなかった。
文字通り、歩くために歩いていたのだ。
目的など、とうに忘れ果てていた。

ウソップは鳥居に寄りかかり、カバンから水筒を取り出すと、くびぐび喉を鳴らして渇きを癒した。
水筒から直に口を付けて茶を飲み干せば、思ったより大きな鳥居の全容がハッキリと見える。
古くて紅い鳥居だ。……夕焼けを背景にしているからというだけではなく、もともとの色が、これはきっと紅いのだ。
おそらく昔はさぞかし綺麗だったことだろう。今では、こびりついた土埃がシャツを汚してしまうほどに古びてしまっている。

「ふぅ」
ウソップは口元を拭うと、カラになった水筒を鞄に仕舞った。
……さて、これからどうするべきか。
失念していたけれど、そろそろ帰らねば、親戚のものたちが心配する筈だ。
でも、帰りたくない。

ウソップがこの村にやってきたのは、事故で両親を亡くしたからだ。
思い出の家で一人暮らしをしたいというウソップの希望は、金銭的にも他の観点からも、現実的ではなかったらしい。
ウソップの行き先は、彼のあずかり知らないところで揉めた。
数日前、ようやく親戚が住むこの村に身を寄せることになったけれど、とにかく揉めに揉めた。
おかげでゆっくり両親の死を悲しむ暇すら無かったと思う。先行きの不安の方が、大きかったからだ。
ウソップの荷物は、いま肩から下げている鞄一つというシンプルさだった。
中には、子どもの頃買って貰った水筒と、スケッチブックと色鉛筆、タオルが一枚、そして両親の小さな位牌が入っている。
鞄といってしまえば中身は多く聞こえるが、正真正銘、これがウソップの全財産だ。
全財産を抱え、ウソップはいまここにいる。

親戚は、ウソップに親切にしてくれるつもりであるようだった。
もちろん両親が残した幾ばくかの財産と引き換えではあるけれど、少なくとも高校を出るまでは、きちんと部屋を与えて住まわせ、食事の支度をしてくれるらしい。
ありがたい話だと思う。嬉しいことだとも思う。
それでも、あの家に居るのは気詰まりだった。なにしろ、位牌の置き場すらないのだ。
「お前の世話をするのはやぶさかじゃないけれど」
叔父は、いいにくそうに口を開いたものだ。
「……少なくとも、お前の父の位牌は、棄てて貰うしか仕方がないのだよ……それだけは、わかってくれ」
心底嫌そうな声だった。
父が、母を娶るに至って、親類縁者とどのようなやり取りを行ったのかなど、ウソップには知るよしもない。
正直、そんなことはどうでもいいし、聞きたくないと思った。
ウソップにとっての両親は、いつだって仲が良く、片時も離れることはあり得ない存在だったからだ。
だから、位牌だって一つきりだ。二人の名前は並べて刻んである。
父の位牌を棄てろということは、叔父の妹である母の位牌を棄てろということにも繋がることになる。
その事実を語ってみても、叔父の意見は変わらなかった。
「ならば、纏めて棄てて貰うしかないのだよ、悲しいけどな」
「黙って手元に置いておくなどという裏切りは、どうか、しないでもらいたい」
叔母も、辛そうな顔をしながら、叔父の言葉に頷いていた。
万事休す、ウソップの父の…両親の居場所は、位牌になってもどこにもない。
どうしようもなくなったウソップは、位牌を始末してきますと言い置いて、当てもないまま、裏手に広がる森の中を彷徨い歩いているところだったのだ。

位牌を棄てるなど、考えたくもなかったので、朝からずっと黙々と歩き回っていただけだ。
すっかり疲れ、空腹にも苛まされていたけれど、それでもただむやみやたらと歩き回ることで全てを忘れようとしていた。歩くことで逃避をしていた。
だから正直、位牌のことは、今ようやく思い出したところだ。
どうしようもないというのなら、どこか目印を決めて、埋めておくのはどうだろう。
そんなの嫌だけれど、黙って置いておいて、棄てられてしまうよりはマシかも知れない。
……どうせ埋めたりするのなら、神社のほうが都合が良いかも知れない。そう、こっそりと。
駄目だろうか、どこか、誰の目につかないところに……。
その時ふと、ウソップは鳥居の脇にある祠に気がついた。
古い祠で、こびりついた土くれを爪で刮げ落としたら、扉が開きそうだった。
……ここにしまってしまおうか。誰も気がつくまい。土の中に埋めるより、いい考えのような気がする……。
ぐっと指先に力を籠めると、封印していた紙がぺろりと引きちぎれ、易々と扉は開いた。
中は暗いけれど、何もないように見える。
ウソップが中を覗き込もうとした瞬間だった。
祠の中からいきなり、もの凄い突風が吹き付けてきて、ウソップの身体は宙に舞う。

「ああああああ!!!」

地面から1メートルほどの低いところを、腹を押されるように、コの字になって飛ばされた。
後ろ向きのままだから、どこへ行くのか、先の風景は見えない。
通り過ぎた風景だけが、矢のように視界から逃げていくだけだ。
不思議なことに、最初に目の端に移った風景は、あの鳥居だったのだけれど。……古かった筈なのに、まるで塗り直したばかりのような見事な朱色に輝いていた。
赤とも紅とも違い、鳥居の色はもとは朱だったのだと、その時はじめて納得しつつ不思議に思った。
古びていたのに、なぜあんなに美しい色に変わったのだろう?

……自分は一体、どうなってしまうのだろう。



石段が、視界から逃げるように遠ざかっていく。
身体は、要所要所で急角度に曲がったりしながらも、迷うことなく「階段の上」を目指して引っ張られている。
ウソップは、声もなく身を任せるしかなかった。
『なにかに呼ばれているのだ』ということは、飛ばされながらも本能的にわかっていて、だからこそ恐ろしい。
なにしろ祠を開けてしまったのだ。
なにがしかの報いを受けるのも、当然なのかも知れない。

突然。
後ろ向きに引っ張る力が、いきなりがくんと止まった。
支えを失った身体が、放り出されて地面に叩きつけられようとする……。
ウソップは目を閉じた。
その時だった。
急降下する身体が、いきなり横方向にひったくられ、誰かの腕の中に抱き込まれる。
「……っぐっ!!」
勢い余って地面に叩きつけられるところを手繰られたせいだろうか、もの凄い反動だった。
誰かの硬い胸板にぶつかった鼻がぐんにゃりと曲がり、息が詰まって言葉も出ない。
「……カハッ……!!」
「咽せるのはあとだ、とにかくこっちに来い!!」
来いと言いつつ、身体はがっしりと抱きしめられたままだ。勝手に抱えて運ぼうとしておいて、それはないだろう。
だいたいこの状況で咽せるなというのは無理だと思う。ちょっとばかり物申したい。
けれど、ひとこと言い返そうとしたウソップは、叫び声と共に文句をごくんと飲み下した。
あたりがざわめいて、あちこちから声が立ち上りはじめたからだ。
『ロロノア、そいつを離せ!!』
『祠の”もの”を逃がしたやつだぞ、俺たちに寄越せ。……拒めばお前とて容赦はしない』
『寄越せ』
『寄越せ』
『寄越せ』
声はいきなり沸き上がったかと思うと、どんどん大きくなり、まるで体内で叫ばれているように、わんわんと響きだしていた。
よくわからないけれど、本能的な恐怖を感じる。
ウソップは、目の前のがっしりとした胸板にしがみついて、両の目をぎゅうっと閉じた。
なにが起こっているのか、なにがどうしてどうなったのか、さっぱりわからない。理解できない。
ともかくウソップは、恐怖に震え咳き込んだまま、ロロノアと呼ばれた見知らぬ男の腕に抱かれ、どこかへ運ばれたのだった。


「身体は大丈夫か」
床に下ろされ、恐る恐る目を開けた。狭くて古い木造平屋の建物の中だった。
畳敷きではなく、板の間にむしろを敷いてあるだけの簡素な作りの家は、まるで現代のものとは思われない。時代考証を間違えでもしたかのようだ。
ウソップをここへ連れてきた男は、まだ年若く、見慣れない緑色の髪を短く刈り込んでいた。
居酒屋の店員かと思うような、妙な和風の格好をしていて、腰に刀を三本も差している。
現実の世界の出来事ならば、銃刀法違反という単語がちらついてしまうところであるが、ここはきっと特別な世界なんだろう。
男も、ひょっとしたら人間ではないのかも知れない。
ウソップは確信しつつも、天然を装って普通に質問してみることにした。
「ええと、ここってどのあたりですか。あの、俺は蜜の森の方から来……」
「なぜ祠を開けた。悪い子だな」
「……ご、ごめんなさい……」
「封じてあったものは逃げ、里のものがお前を代わりに生け贄にしようとしている。ちと困った塩梅だ」
「……ごめんなさ……い……」
「謝ってもどうしようもない。とりあえず名を聞こうか。俺はゾロだ」
「ゾロ…? さっきロロノアって呼ばれてた」
「耳聡いな。正確にはロロノア・ゾロだ。お前の名を知りたい」
「ど、どうして?」
「どうしてもだ」

何度も名を尋ねてくるせいで、助けてくれた筈のゾロに、ウソップは少しばかり警戒心を持ってしまった。
なぜと問われたら答えに窮してしまうのだが、実のところ昨晩テレビで、アニメ映画を観た影響だ。
映画の中では、名前が主人公の少女を縛っていた。
名前には特別な力があるということだった。
まさかとは思うけれど、信じたいと思うけれど。……恐ろしいから、名前は今は勘弁して欲しい。馬鹿みたいだろうか。
「……だって、理由を言ってくれなきゃ、教えられないよ……」
ウソップは真っ直ぐ射抜いてくる緑色の瞳から視線を逸らして、なんとかそれだけを答えてみた。
ゾロがあまりにじっと見つめてくるから、そして目元が涼やかだから、心臓がドキドキしてしまう。
「……いいたくないのなら、それでもいい」
しばらく沈黙が流れる。
そして不意に。
ゾロはウソップの服に手を掛け、器用に衣服を脱がしはじめた。
命の危険など危惧はしていたけれど、そっち方面での警戒は皆無だったので、ウソップはたいそう戸惑った。
「……え、え、なに……?」
「時間がない。お前を抱く。理由なら後で言う」
「や、やっ……だって俺、そんなんしたことねぇもん!!」
「真っ新か。ならば余計に抱くしかねえ。……マジで時間がねえ、乱暴になるが、許せ」
「嫌、嫌、ちょっと待って、嫌っ!!」
「……頼む」

頼むと言われて、頷けることと頷けないことがある。
ウソップは本気で訳がわからなくて、頭の中が真っ白だった。
焦るうちにも、胸の尖りや首筋にくすぐったいような感触が行き来して、ゾロが乱暴になると宣言しながらも愛撫というものをしてくれてるんだなと理解できた。
おかしなもので、大切に扱われているのだと思った瞬間、身体がむず痒くなって、くすぐったさが気持ちいいような感じにすり替わってしまう。
「……ふ、ぅンっ……」
吐いた吐息が、ウソップの快感を恥ずかしげもなく伝えて、その恥ずかしさがまた快感に繋がった。
「ッアッ、ゾロ、おれ変……なんか変……、なんか、すごく、ッアアアッ」
あらぬところに差し込まれた節くれ立ったゾロの指が、驚くほどピンポイントにウソップのいいところを探し当て、揉むように刺激を送ってくる。
反射的に吐精するかと思った。
「出るッ……!」
「おっと、まだ早い。……じゃあこっちは休憩な。……お前の名は?」
「ど、どうして、いま……?」
「最後は、お前の名を呼んで達したいからだ」
ここにな。
ゾロの指が入り口をぐるりと撫でて、それだけでウソップのものが、ぐうっと頭をもたげてしまう。
今のウソップは、物理的に名を名乗るどころではなく、急かされるような劣情に本気で声も出ない。

自分がまさか男の手に導かれ、身悶える日が来るとはウソップは想像もしていなかった。
けれど、いざこうなってしまえば、まるで運命だったような気にさえなってしまう。
いっそ貫いてくれたらいい。……順応力が高すぎだろうか。
半ば以上覚悟を決めてゾロの首に手を回し、諾の意を込めて、焦れる腰をゾロのものに押しつけた。
はしたない行為に及んでみて、ウソップははじめて急に動かなくなったゾロに気がついた。
どうしたんだろう。萎えたわけでは無さそうだ。
ゾロは、ウソップを抱きしめながら、何かあたりを窺っているようだ。
集中して欲しいとウソップは思い、要求そのままに口を開こうとした。
その時。
家が、恐ろしいほどにギシギシと揺れた。
なにかが押し寄せてくる、嫌な気配。

『ロロノア、そいつを寄越せ』
『そいつを代わりに祠に押し込む』
『寄越せ』
『寄越せ』
『寄越せ』
『なぜ、そいつを汚そうとしている、狂ったかロロノア』
『仲間を失い、永遠に一人で生きるつもりか』

突然にウソップは、全てのことを理解した。
祠の中に、なにかかわりの「もの」を入れ置かねばならないのだ。……それはなんだって構わない。
けれど、無垢なものでなくてはならないのだ、おそらくきっと。
だからゾロは……。
仲間たちを裏切ってまで、自分を。
名前すら教えず、何もかも受け身のままの自分のために。
そこまで、大切に思われたのか、自分は。……なんてことだろう。
ああ。いまこそ身も心もこの人を受け入れたい。
心の底からウソップは願った。
壊れてもいい、身体が裂けても構わない。
あいつらに掴まる前に、掴まる可能性があるのなら、その前にゾロに抱かれておきたい、どうあっても。
「……入れて、くれ!!俺をゾロのものに。……早く、早く……っ!!」
思いきり大声で叫んでいた。
そして。
いきなりやってきた、熱い火掻き棒のようなもので腸内を引っ掻き回されるような、衝撃。
初めての挿入に見合わないほどの、反射的な射精感。
ゾロのものを手繰りよせ、呑み込むような収縮と、中に満ちる熱い液体。
全ては、長い時間を掛けているような、一瞬で終わったような。……まるで、走馬燈のような……。

ああ、イク……、と思った瞬間にウソップの視界がぐるぐると回り。

気づいたときは、鳥居の脇の祠の前で、尻餅をついていた。



なにがどうなってしまったのだろう。

夕焼けの朱が、消えかけようとしていた。
鳥の鳴き声だけが、いつまでも煩い。

「……ゾロ……?」
ウソップを抱きしめる腕は、いつの間にかどこにもない。
消えてしまった。全部消えてしまった。
違う、ウソップがこちらの世界に戻ってきてしまったのだ。
「ゾロ、どこ……、ゾロ!!」
鳥居をくぐり、ウソップは石段を思いきり駆け上った。
思ったより段数のない石段は、あっという間に終わりを告げ、小さな神社だけをウソップに見せつける。

夕焼けが消えようとしていた。
消えたら、ゾロの気配もきっと無くなる。……ゼロになる。
本能でわかるのだ。ゾロのほのかな気配も、先程までの世界の名残も。
「ゾロ……、ゾロぉおおおっ!!」
ウソップは恐慌したようにゾロを探し回った。
社務所がゾロの家に似ている気がして、扉をガタガタ言わせたけれど、鍵がぎっちりと閉まっている。
古い古い建物だ。
……どこにも姿は見えないけれど、この向こうの、別の世界にゾロはいる。

「……嫌だ、ゾロ!!……俺もそっちの世界に行きたい……ッ!!」
会いたいんだ。力の限りに叫んでも、どんどん別世界の違和感が、焦るウソップの回りから消えていく。

消えゆく夕焼けの最後の朱が、社務所の窓に光を投げかける。
その時、ウソップは窓の向こうに、馴染んだ自分の鞄があることに気がついた。
……ゾロの姿は見えないけれど、あそこに「世界はある」のだ。自分は「いた」のだ。

ゾロの姿が見えないのは、どうしてなんだろう。

夕焼けの光が全て消えてしまう直前。
ウソップは、忘れていた大切な事を思い出した。
喉が張り裂けるほどの大声で、窓に手を伸ばして叫ぶ。
名を、教えなければ。
ゾロに名前を伝えなければ。

「ウソップ!!俺の名はウソップだ。……俺をゾロのところへ連れてって!!……お願いだ、一緒にいたいんだ!!」

ごうっ、と大きな風が、ウソップの回りで吹き抜けた。
夕焼けが光を失い、夜の闇が広がりはじめる。
あたりには、人の姿は一人もなかった。


数日後、とある新聞の片隅に小さな記事が載っていた。
一人の少年が、森の中で消息を絶ったという記事だった。
自殺か、何らかの事件に巻き込まれたかと論議を醸し出しつつも、結局のところ迷宮入りで終わった事件は、神隠しと呼ばれ皆に畏れられている。

ごく稀に、夕暮れ時に、鳥居あたりで笑い声が聞こえるという噂がある。
ウソかホントか聞き入っていると、低い声で脅されるという。

消えたウソップの行方は、結局誰も知らないままだ。

注文の多いホテル 

October 30 [Wed], 2013, 19:27
ゾロとウソップの二人が、すっかりくたびれた風をして、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを言いながら歩いておりました。

「ぜんたい、ここらの山はけしからんな。気の効いた洞窟も野原もありゃしねえ。どこでもいいから早く、タンタアーンと組み敷いてもらいたいもんだなあ」
「お前の狭い入り口なんぞに、二三発お見舞いもうしたら、ずいぶん気持ちいいだろうよなあ。アンアン喘いで、それからどたっと倒れるだろうよ」

それはだいぶの山奥でした。
一緒に歩いていたはずのチョッパーが、ちょっとまごついてどこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。
実際には、あんまりゾロの「二人っきりにさせろ、コラ」オーラがもの凄く、チョッパーはめまいをおこしたような気分になり、気を効かせたのです。
なあに、出航は明日のことだし。ここにはいない他の仲間たちも、事情は察するに違いないのでしょう。

ところがどうも困ったことには、どっちへ行けば進めるのか、どっちへ行けば戻れるのか、一向に見当がつかなくなっていました。
行き先を知っていたのは、チョッパーだけだったのです。

風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴っています。
ここを方向音痴のゾロと引き返すのは、勇気が要りそうでした。
それどころか。

「どうも、さっきから身体が疼いてたまらないんだ」
「おれもそうだ。もうあんまりうろつきたくねえ」
「ああ困ったなあ、今夜こそヤりてえなあ、堪ってるよなあ」
「ヤりてえもんだなあ」
迷っている癖に、二人はざわざわ鳴るすすきの中で、こんなことを言いました。
その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。
どうやらホテルのようです。

「こんなところに。おっ、宿泊もご休憩ありか。値段は書いてないな」
「ともかく入ってみよう、俺もお前も、金なんて1ベリーも残ってねえわけだが」

二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦で組んで、実に立派なもんです。
硝子の開き戸には金文字でこう書いてありました。

【どなたもどうかお入り下さい。決して遠慮はありません】

二人は海賊らしく、ひどくよろこんで言いました。
「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、今日一日なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。ここはホテルだけども、ただで泊まれるらしいぞ」
「もし金銭を要求されても、逃げるだけだな」
二人は戸を押して、中へ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。
ガラス戸の裏側には、金文字でこう書いてありました。

【ことに男性同士の方や、絶倫の方は大歓迎いたします】

「ウソップ、俺たちは両方兼ねてるぞ」
ウソップは絶倫というあたりで何かを思い出し、ちょっと嫌な顔をしましたが、ずんずん廊下を進みました。
今度は水色のペンキ塗りの扉がありました。

【ここは注文の多いホテルですから、どうかそこはご承知下さい】

「なかなか流行っているようだ。部屋が開かないのかな」
「そりゃあそうだ、おまえだってすぐには終わらねえだろ」
「絶倫ばかりが泊まってるなら、そうなるな」
「早くベッドに横になりてぇもんだな」
ところが、うるさいことにはまた扉がありました。

【お腰のものは】

半分カーテンが掛かっていて、よく見えません。
「腰の物を置けというなら、俺は帰るぞ。うさんくせぇ」
「あ、ゾロ、どうやら違うぞ……なんだ、これは!?」
カーテンを捲ったウソップが、固まりました。そこにはこうかいてあったのです。

【お腰のものは元気でしょうか、ドリンクなど如何でしょうか】

「……おい……」
「続きもあるぞ。赤いラベル=精力剤、黄色いラベル=催淫剤、青いラベル=睡眠薬」
「……って、ぅおいっ」
これは無視しようと思いつつ、ゾロはこっそり黄色いラベルのドリンクを一本、腹巻きに隠しました。
廊下はまだ続いています。
少し行きますと、また扉があって、その前に硝子の壺がひとつありました。こう書いてあります。

【感度を高めるクリーム…この先の浴室でご使用下さい※ここでの本番はご遠慮下さい】

確かに先は浴室で、浴槽にはお湯が既に湛えられています。
洗い場も広かったので、ご厚意に甘えて、二人はクリームを体中に塗りたくってじゃれました。
うっかり、手に入れたばかりの秋水で、ウソップの股間を綺麗に剃毛してしまったりもしました。
期待感は高まるばかりです。
ウソップも同じ気持ちで、目の縁が赤く染まっていました。
こうなると、ウソップはどんな刺激でも喘ぐようになるのです、つまりは食べ頃なのです。
ふと見ると、洗い場にも壺が置いてあり、こう書いてあります。
「クリームをよく塗りましたか、受けの方のあそこにも、ちゃんと塗りましたか」
正直余計なお世話だと思ったゾロでした。
なにしろ、もう股間は痛いほど張りつめているのです。
余計なことをしていたら、暴発してしまいそうです。
けれど、次の張り紙で気持ちが変わりました。

【ベッドはもうあきます。15分とお待たせいたしません】

張り紙は続きます。

【必要なものは各種ここに取り揃えました、何でもご使用下さい】

見るとここは、風呂で言うところの脱衣所のような待機所で、棚にはゴムにジェル、ディルドに電マにローター、果ては刷毛、縄、拘束服、鏡に至るまで、その他にもありとあらゆるものが揃えてあります。

【色々注文が煩いと思いますが、使用のさいに関しまして、サインをお願いいたします】

ゾロは、ゴムやジェルを手に取ると、ウソップを軽く促し、普段は扱えない電マを自ら手に取らせました。
そしてサインをし、目の前の扉を凝視します。
なかなか開きません。
ふと思いついて、ウソップも用紙の端にサインをしますと、するすると目の前の扉が開きました。

【大変結構です、さあ朝までお楽しみ下さい】

部屋は大きくて、清潔なベッドがあり、どうやらどう使っても構わないようです。
それでもゾロは気づいていました。
鍵穴のむこうから、きょろきょろとカメラの目が、二人の挙動を狙っていることに。
それでも。
「おまえたち、ウソップに指一本触れようとしたら、殺すぞ」
低く扉の向こうに呟いて。
そしてそのまま、ゾロは熱く張りつめた己の股間を癒してやる作業に入りました。
もちろん、やめてやめてと叫ぶウソップも、それは本心ではなく、さんざん焦らされた結果の行為に、たいそう気をいかされてしまったわけです。

こうなってしまうと、二人はサルと同じといって過言はありませんでした。
ウソップの体力の限界まで抱き合って、それでもまだ飽きたらず、泣き叫ぶのに馬乗りになって、浴室まで戻って身体を洗い、そこでもまた……。
ふらふらになるまでやりまくって、どっかりと汗の染みたベットに倒れ込むまで、それは続きました。


******


「こらっ、いい加減にしなさいっ!!」
気がつくと二人は、野原の真ん中に、裸のまま、回りに衣服を散らばせた状態で、大の字で横たわっていました。
あの館はどこへ行ったんでしょう。柔らかなベッドは?
影も形もありません。
そんなものが建っていた気配すら、あたりのどこにもありません。
二人は、ふかふかした草の上に寝転がっているばかり。
……訳が分からなくなりそうです。

「なにやってたのよ。恥ずかしい人たちね。……もう出航しちゃうわよ!!」
二人を叱ったのはナミでした。
何故こんなところにいるのでしょう。
館が消えたことよりも、ゾロとウソップには、いきなりのナミ出現のほうが、よっぽどおおごとでした。
「げぇっ!! 」
ウソップが焦って、腰砕けになりながら衣服を身につけつつ様子を伺えば、視線の端にチョッパーがそっぽを向いているのが見えてきます。
「……裏切ったな、チョッパー」
「なんだよ、いつまでたっても山から下りてこないから、探してやったんだろ」
「ナミを連れてか」
「ああ、そうじゃないと俺の言うことなんか聞かねえからな、二人とも」
なんという逞しさ。いつのまに賢くなりやがった。
ナミに叱られるので、ブツブツ口の中で文句を言うしかありませんでした。

「とにかく先に帰るから。これ以上遅刻したら罰金よ」
ナミがくるりと背を向け、チョッパーがそれに続きました。
連れだって帰るナミとチョッパーに置いて行かれたら、また迷子です。
「ゆっくり歩けよ、今いくから」
ぶうぶういいながら着替えていたウソップは、ふとゾロを見ました。
さっきから黙りだったゾロは何かを手にとって見ています。顔色が、紙のように真っ白でした。

「どうした、ゾロ」
「ウソップ……これ……」

ゾロの恐怖に歪んだ顔など、初めて見るような気がします。
ウソップは慌ててゾロの手の中を覗き見ました。
それは、昨日二人がサインした紙のコピーでした。
ウソップの靴の下に敷いてあったものです。

「……うっ……」

声も出ませんでした。
そこには、こう書いてあったのです。

【契約書】
【わたしたちは、マニア向けビデオ・DVD販売 山猫ホテル・グランドライン店において撮影された映像が、如何なる用途に使われようが一切異議を唱えません】

そしてくっきりと、サインが二つ。
ロロノア・ゾロ
ウソップ

どうやら館は実在した模様でした。
昨夜のあれこれは、怪奇現象でも何でもなかったようなのです。
怪奇現象の方がまだ百倍も二百倍もマシでした。
ただより高いものはない、あたりまえの原則を忘れて楽しみまくった者のツケが、いまここに。
エロ画像流出、しかも同意済みという、幽霊より恐ろしい恐怖体験。

いくら儲ける気だ、やめてくれ。
肖像権の侵害だ、賠償金を寄越せ。
ごうごうと鳴る風の中、二人は負け惜しみを叫ぶので精一杯なのでした。
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