失っていた一人である

August 16 [Tue], 2016, 11:13

朝顔は秋の季語であるが、気分的には夏に咲く花という感じがする。思えば、我が家の庭には毎年夏になると、母親の植えた朝顔の蔓が背を伸ばしていた。子供の頃は、朝に咲いている朝顔がその日一日の始まりのしるしのような気がしたものである。考えてみれば、“朝”という出来立ての時を名前にあてがわれ、なんと贅沢なことかと思う。
朝貌の黄なるが咲くと申し来ぬ夏目漱石
漱石の俳句集を開いてみると、思わず唸ってしまう句に出会った。これは句なのだろうかと。誰からの手紙かはわからないが、朝顔の黄色い花が咲いたとわざわざ手紙で言ってよこしたと詠んだ句である。いまでは、黄色いキンギョソウ由来の遺伝子を導入することで黄色い花を咲かせることが出来るようになったが、漱石の時代には朝顔に黄色い花があるかどうかはわからない。余程珍しく思った漱石も半信半疑ながら、それをわざわざ句に書きとめたということなのだろう。他に含意など何も無さそうなので、ちょっとした自然の変事を書き送ってくる心映えが嬉しかったのかも知れない。今の時代、そんなことを早速知らせてやろうと思い立つ人はどれだけいるだろうか。恥ずかしながら、私はそれどころか、自然に素朴な驚きを覚える力を失っていた一人である。
朝貌や惚れた女も二三日夏目漱石
漱石はこんな句も詠んでいた。朝貌は、もちろん夜をともにした女の朝の貌である。美しい花の命のはかなさを惜しむことよりも、人間心理の俗悪さを露出することに執心した句と言える。先に掲げた句も含め、やっぱり漱石は小説家なのだとつくづく思う。

庭に咲いているアサガオ、琉球アサガオ。いずれもタネ栽培だが、どうも今年は花付きが悪い。まだ期待してはいるが・・。
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