「合気道」は「愛の武術」。愛は、形にしなくては・・・
2006年10月05日(木) 13時40分
先日、ある方から、
「合気道は、<愛の武道>ともいいますよね。」
と質問されました。
「それは、合気道の開祖が、言われた言葉で、
私の流派では、使いません。」と説明しました。
開祖の植芝盛平翁は、神道にも造詣が深く、
「言霊」という「言葉の<ひびき>には、ある特定の力がある」
ということを、信じられていたようです。
そこで、「合気道」の「合」は、「愛」と同じと感じられたようです。
実際に「合気」をするのは相手と「和合」する必要がありますので、
「愛の心」は、必要です。
「大切な人を、護りたい」その強い心が、「愛」だと思つています。
私の考える「愛」の形の一つは、「護ってあげたい」心です。
たとえば、愛する子供を、護るのが、母ならば、
我が子への愛を形にされて、「実戦・合気道」を始められては
いかがでしょうか?
また、男なら、
愛する女性や、家族を守りたいのが、本能でしょう。
異論が出ることを、承知で、自論を書きます。
「男は、自分の愛する人を護れなくては、駄目です。」
とくに、『究極の場面』で、
<強くない男は、魅力がない。情けない。>
その心を、支えるのが、
精神力であり、体力、筋力、腕力です。
私の武道論です。
《合気道S.A.越谷》HP
「合気道は、<愛の武道>ともいいますよね。」
と質問されました。
「それは、合気道の開祖が、言われた言葉で、
私の流派では、使いません。」と説明しました。
開祖の植芝盛平翁は、神道にも造詣が深く、
「言霊」という「言葉の<ひびき>には、ある特定の力がある」
ということを、信じられていたようです。
そこで、「合気道」の「合」は、「愛」と同じと感じられたようです。
実際に「合気」をするのは相手と「和合」する必要がありますので、
「愛の心」は、必要です。
「大切な人を、護りたい」その強い心が、「愛」だと思つています。
私の考える「愛」の形の一つは、「護ってあげたい」心です。
たとえば、愛する子供を、護るのが、母ならば、
我が子への愛を形にされて、「実戦・合気道」を始められては
いかがでしょうか?
また、男なら、
愛する女性や、家族を守りたいのが、本能でしょう。
異論が出ることを、承知で、自論を書きます。
「男は、自分の愛する人を護れなくては、駄目です。」
とくに、『究極の場面』で、
<強くない男は、魅力がない。情けない。>
その心を、支えるのが、
精神力であり、体力、筋力、腕力です。
私の武道論です。
《合気道S.A.越谷》HP
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