こんにちわ

April 01 [Tue], 2014, 9:38
3月31日(月曜日)

「時間が解決する事もあるかもしれません。
だから、騙されたと思って、今日、一日、生きてみて下さい」

 
皆さま、こんにちわ。クソ虫です。

昨日は、22時くらいまで書いて、その後、眠ろうと思ったのですが、また、書きたくなって、結局、24時くらいまで書いて、寝ようとしたのですが、その後、ハイテンションになったので、寝たのが夜中の3時とかで、起きたのが7時半で、5時間は眠れたのですが、起きたら死にそうで、重い体を引きずりながら必死に仕事をしていました。

 で、その後、職場の友人が、ちょうど、今日、誕生日だったので、数人の友人を引き連れて、近所のケーキ屋に行って、ハッピーバースデーを歌ってきました。

 何だか、最近、書きながら悩んでいるのですが、スーパーダッシュの選評に「テーマがありきたりで、全体的に薄い印象だった」と書いてあったのです。
 
 それで、今書いているヤツの原型を読むと、主人公が父親をブッ殺して、血がブシューっと飛んだり、自殺して血反吐を吐いたりしているのですが、やっぱり、悲劇的なシーンがたくさん出るほうがドラマチックなんでしょうか?

 今、書いているのを読み直してみると、(私は丸くなったと思っているのですが、そう私が思っていても、読んだ人がそう感じなかったら情けないのですが、)何だか、主人公は素直になってしまっていたり、出てくる人、みんないい人で、みんなが、みんな、誰かの幸せを願っていて、あんまり、葛藤していないのです。

 今は「優しく切ない」を目指して書いているのですが、やっぱり、面白い小説は、キャラの成長過程を書かないといけないと思うのです。

だから、頑ななキャラが、人に優しくされて変わっていく過程を書けたらいいのですが、もう、なんだか、キャラがみんな、いい人になってしまっていて、葛藤とか、殺人とか、起こらないので、

「物語が淡々と進んでしまって、全体的に薄い印象」

 と、選評で言われた事は、文章力が後退しすぎていたのもありますが、それが原因かな?と考えて、もっと主人公をエグクした方がいいのか悩んでいました。

 でも、今は絶望していないから、そんなのを書けないし、何だか、これでいいのかな?と思ったのですが、

 出てくる人がみんな、優しくていい人でも、素敵なマンガを思い出しました。

 「君に届け」みたいに、主人公の「爽子」と「風早君」が、互いに相手を大切に思って、優しくし合う、胸キュンな恋愛漫画です。

 でも、クソ虫、先月、「君に届け」を古本屋で、全巻セットで購入したのですが、いまだに読んでいません。

いや、一巻だけは読んだのですが、「爽やかで、優しくて、切ない」と思ったのですが、何だか、薄く感じて物足りなくて、「魔法少女マドガ、マギガ」とかみたいに、ダークな奴に走ってしまいました。

 ダークは好きだけれど、ダークは書けなくなってどうしよう?

と思ったのですが、何だか、今日、革命が起りました。

 どうして、そういう心境になったかは自分でもよく分かりませんが、

今まで、全く理解不能だった

「いきものがかり」の「ありがとう」に共感してしまったのです!

 それは人間としては幸せになったのでいい事なのでしょうが、

小説としてはどうなんだろう?と思ったのですが、

「ありがとう」は、優しさで溢れていて、それがいいという人も一杯います。

 だから、技量不足もありますが、淡々とした物しか、今は書けませんが、

「ありがとう」みたいな小説でも、

頑張って修行すれば、「人の心に届くのかな?」と少しだけ安心しました。

 と思ったのはいいのですが、今日は、もう、昨日、体を極限まで酷使したので、疲れて、一枚も書いていません。

でも、週末に下読みして下さる人とお茶をする予定なので、それまでに150枚くらいまで量産したやつを、見直さないといけません。

 もう、今週は、ずーっと一週間、朝から晩まで仕事で、うまっているので、今から、週末までに見直しする事を考えると、「逃げたい」心境になってしまいました。

 で、話は変わりますが、「中島梓」の「小説道場」という本があるのですが、皆さま、ご存じですか?

栗本薫さんの別名義の小説指南本なんですが、そこに「鹿住マキ」さん、という作家さんが出てくるのですが、みんなが女の子じゃなくなりたくて、JUNEを、少年同士の愛を書いているのに、鹿住さんの作品は、最初から明るくて、「男女の恋愛」を生き生きと描いていて、「みんな、男の子になりたくて、少年同士の愛を描いているけれど、そうか、君は、最初から、女の子だったのか!だから、明るかったんだね?」と、中島梓さんが言う書評があります。

 それを読んで、

「そう言えば、私も昔は女の子になるのが恐怖だったな?」

と、ふと思い出しました。

 今は、axesのお洋服を着て、化粧して、安室ちゃんのラブバラードを聞いていますが、高校時代までは、膨らんでいく胸が気持ち悪くて、サラシで潰して、頭を丸刈りにして、まるで、自分を埋葬するかのように、男の子のような黒い服ばかり来ていました。

 でも、それが今は、現実の人と恋愛したりしています。

 中島梓さんの選評を読むまで「女の子になりたくなかった」という事すら、忘れていまいた。

 自分でも思うのですが、私は、だいぶ、変わってしまったようです。

 そして、つくづく実感したのが、10年も経てば人は変わるし、人が変わるには10年もの月日が必要だという事です。

 前は絶望のどん底で、

どこを探しても光なんかなかったけれど、

生きてさえいれば、「時間が解決する」という事もあるみたいです。

 前に、職場の上司に

「今、家族の事を考えてもどうしようもないのよ。

一生懸命考えているうちは、案外、何もどうしようもなくて、

何年も月日が経つと、

それがフッと、全部、繋がって、解ける日が来るものよ。

だから、時間がかかるのよ」

 と言われました。

その時は、よく分からなかったのですが、

私は、高校生まで結構、いじめられっ子で、

その当時は、相手を殺してやりたいと思っていて、

でも、殺す勇気がなくて、

毎日、ポケットにナイフを入れて、持ち歩いていたけれど、

人を殺す勇気もなくて、

それで、自分を殺そうとしたけれど、

ちょっと腕を切ってみたら、痛くて、

死ぬ事も、殺す事もできなくて、

ナイフを握り締めて泣きながら

「この絶望を、全て小説にして、復讐してやる!」

と思って、投稿していました。

でも、当時はあれだけ絶望で頭がたぎっていたのに、

十年たった今、

もう、殺したいと思っていた相手の顔も名前も思い出せません。

許したとか、乗り越えたという訳でもありません。

癒されたというのも何だか違う気がします。

あえて言うのなら、不思議と忘れました。

 数か月前に妹に、

「そう言えば、お姉ちゃん、

中学校の時に、クラスでいじめられていて、

学芸会でピーターパンの役をみんなの投票で押しつけられて、

クラス委員長が、見かねて

代わってくれた事があったよね?」

 と言われたのですが、

 妹に言われるまで、すっかり忘れていて、

「そう言えば、そんな事も、あったけ?」

 と、今では全く思い出せません。

何だか、毎日、朝起きて、仕事して、働いて、疲れて、眠って、

夜、漫画を読んで、

休日、気晴らしに友達と遊んで、喧嘩して、仲直りして、

とかして、

毎日、自転車操業で、食べる為に必死になって、

失恋して死にそうでも、仕事を休めなくて、

で、気がついたら10年経っていて、

ふっと、昔の絶望を思い出そうとすると、不思議と思い出せませんでした。

 ただ、今一つ、言える事があるのだとしたら、

 昔は、何もないと思っていましたが、

今は友達がたくさんいて、それが財産になっています

 うまく言えませんが、毎日、必死に生きて、それを積み重ねていく、

「生活をしていく、生活力」

 というモノにかなり助けられたのかもしれません

そして、上手くは言えませんが

「時間が解決する」

 ということなのかもしれません。

 当時は、絶望の中でのたうちまわって、

何かを変えたくて、でも、変わらなくて、絶望していましたが、

人が変わるのには途方もない時間が必要で、

毎日、必死に生きていれば、

それが積み重なって、大きな何かになって、

で、長い時間が経てば、嫌でも、人は変わるという事なのかな?と思います。

という訳で、上手く言えませんが、

今、家族関係に絶望している人とかがいたら、

ダマされたと思って、あと、十年くらい生きてみて下さい
 
 十年が無理なら、今日一日、生きてみてください

死にそうでも、もう、何もしたくなくても、

仕事に行って、疲れて、眠って下さい

それを繰り返していると、

時間が解決するかもしれません

いや、本当は、何も解決しなくて、何も変わらないのかもしれませんが、

必死に生きて傷ついた一日が、積み重なると、

大きな何かになって、

不意に、貴方の瞳に映る世界の見方が変わるかもしれません

親が変わらない事に苛立つかもしれませんが、

人が変わるには、案外と、長い時間が必要みたいです

そして、あの時、貴方が下した決断が、

優しさが、

長い年月を経て、思いもかけない形で返ってくるかもしれません

とういうのが、とりあえず、十数年経って、私が思う事です。

何の参考にもなるか分かりませんが、

とりあえず、今日、一日、騙されたと思って生きてみて下さい

と、文学者みたいな事をつらつらと書いていました。
つまらなかったらすいません。

 ちなみに、クソ虫、今日は、ずっと日記を読みなおしていて、23時くらいに寝たのですが、夜中の2時に目が開いて眠れなくなり、今、朝の4時ですが、安室ちゃんのライブDVDを見ています。

もう、仕方無いから、今日は寝ないまま仕事場に行くつもりです。こんな事なら、今日も書いておいたらよかったです。という訳で、明日は多分、疲れて早めに爆睡しそうなので、日記を書いてアップとかしている余裕がなさそうです。今週は仕事で、びっちり、埋まっているので、日記を書いて眠れなくなっては困るので、今週はあんまり更新しなさそうです。来週の月曜日とかは確実にアップしていると思います。

 という事でした。それではみなさま、お元気で。

大量に日記をアップしています

March 31 [Mon], 2014, 9:23
月28日(金) 「小説脳って、どうやればなれますか?」

 みなさま、こんにちわ。クソ虫です。これがネットにアップされているのは、月曜日でしょうが、今、家で今日記を書いているのは、金曜日の夜です。

 今、スーパーダッシュの選評を読み返しているのですが、ストーリーが淡々と進み過ぎて、全体に薄いと書いてあります。

原因として、技量不足と書いてありました。

 オタクな先輩に読んでもらったら、全体的に文章がーた。−た。で終わっていて、全体的に説明文みたいで、台本のセリフのト書き見たいだと言われました。

 選評にも同じ事が書いてあったので、参考に、一番、最初に投稿した物を読み返してみると、なるほど。

 前の方が、文章が流れるようで、文章がセリフとセリフの間の行間を盛り上げるような書き方をしています。端的に言うと、感情がこもっている?

 かといって、スーパーダッシュに送ったのが、感情がこもっていなかったと言ったら、違うとは思うんです。多分、その頃は、何かを書いて他人に伝えるのが怖かったので、自分の感情を書くのに腰が引けていたのだと思います。まぁ、落選しちゃったけれど。
 
 その他の原因としては、最初に投稿した頃は、今から思うと、救いようのないアホだったんですが、「世の中の人間など、みな死ねばいい!」と思っていて、絶望を叩きつけていたのですが、最近、丸くなってしまって、安室ちゃんの1月に出た新曲の「TSUKI」とかを聞きながら書いていたので、淡々とし過ぎてしまったのかもしれません。

 例えて、言うのなら、前にテレビのバラエティの、結婚して幸せなタレントを集めた番組だったと思うのですが、そこに出た、スネオヘアーという男性の歌手が、「ファンから苦情が来た」というのです。

で、何で苦情が出たかというと、「今まで作る音楽は、錆びたナイフのようなロックだった。でも、結婚して幸せになったせいか、晴れた日に鼻歌を歌いながら布団を干すような音楽しか作れなくなってしまった」と言っていました。

 クソ虫も、今、そんな感じだと思います。

 数年前は、それで、昔の作品にこだわり過ぎて、でも、今は、平和なので、昔のようには書けずに、負のスパイラルに陥っていました。

 だからと言って、今、全く、書けないかと言われたらそうでもないのかな?と思います。
 
  小説を書く技術はだいぶん、後退しましたが、代わりに、十数年前は、「軽蔑していた」というより、「愛なんてものほど不確かなものはない」と絶望しながらも、渇仰していた、男女の恋愛が書けるようになりました。

まぁ、これも失恋の賜物ですね。

前は自分の分身みたいな、親代りみたいな、絶対に裏切らない誰かを探して、永遠に暗闇の中を彷徨って、ブッ壊れていました。誰かに恋をしても、その人は、自分の分身ではない、他人で、だから、分かり合えない。そこで、前は絶望していました。そして、相手を殺すか、自殺するのが、多分、JUNEだと思います。

でも、他人だから、自分じゃないから、想いを伝える為には、拙くても、言葉を振り絞るしかなくて、そうして、伝えたら、傷ついたりしたけど、こんな破れかぶれでも、思ってもみなかった言葉が返ってきたりしました。

最初は嫌な人だと思っていても、言葉を交わす事を諦めなければ、その人の意外な面を知って、友達になったり。だから、人と交わるのは楽しいと思います。

恋に恋していた小学生みたいな恋愛だったけれど、恋愛してよかったと思います。

というような事を小説で書けたらいいのですが、日記を書く能力(能力とか言いながら、すいません。あんまり面白い日記を書いている自信が全くありません。ただの駄分を読んでくださって本当にありがとうございます)と、小説を書く能力は全然、違いますからね。

今、言葉で書いている事を、小説はキャラに言わすんじゃなくて、ストーリとか、人間関係が交錯する中で表現しないといけないんですから、難しいです。

で、落選しましたが、言いたいテーマをキャラのセリフにちりばめすぎたせいか、「キャラクターが生き生きしていて、ハッとするセリフがあった」とは、唯一つ、いい点として選評に書いてありました。

私の場合、小説以前に、テーマが先行しすぎて説明文みたいになってしまっているみたいです。

ちなみに、今回のテーマは

「ああ!可哀そうに!この子には名前がない!誰も、その子を愛さない!愛を知らないその子は、誰も愛せない!この子は生きながら死んでいる!まるで亡霊だ!」

「だが、この子が誰かを愛する事を知り、この子が愛した人が、それこそ、親よりも、恋人よりも、最愛の友よりも、この子を愛せば、この子の呪いは解け、本当の人間になれるだろう」

 というのをテーマに書いているんですが、前に友達に「キャンディ キャンディみたいだね」と言われたのを目指して、大幅に書き直しています。目標は「俺物語」の「猛男」と「大和」です。

 で、今日は仕事から帰ってから、先週、100枚書いたのを、三時間くらいかけて、推敲していました。で、次の場面を描く前に、ハートを使い果たして、代わりに日記を書いていました。

 今日はゆっくりして、読書でもして充電して、明日にでも続きを書こうかと思います。

 ちなみに、皆さま、「沼田まほかる」という作家さんをご存知ですか?

クソ虫が去年、入学しようか必死に悩んでいた小説教室出身のプロ作家さんなんですが、ダ・ヴィンチという雑誌のインタビューで「ハッピーエンドなんかくそくらえ」みたいな事を言っていて、気になっていたのです。

ネットの書評では「湊かなえ路線だけれど、湊かなえほどグロくなくて切ない」と書いてありました。

 それを職場の読書家な上司に言うと、「ある作品で、猫が死ぬ様子を切なく書いてあったけれど、よかったよ。貸してあげる」と言ってくれたのですが、どうやら、忘れているようで、明日でも、近所の本屋に買いに行こうか迷っています。

 でも、その話を職場でしていたら、オタクな先輩に「クソ虫さん、書く物と読む物が、現実の性格と正反対ですね」と言われました。

 うん。何だか、認めたくないけれど、クソ虫、自然体でも、明るいみたいです。まぁ、それも元気になった証拠だと思います。

 それでは、皆さま、お元気で。

3月29日(土曜日)
「音の速さで貴方に愛が届くにはどうしたらいいのだろう?」

 みなさま、こんにちわ。クソ虫です。今日は書いていないし、読んでいません。というのは、昨日、20時くらいまで書いた後に、ハートを使い尽して、充電しようと思って、近所の本屋に「沼田まほかる」さんの「猫鳴り」と「9月が永遠に続けば」を買いに行って、東村アキコさんの「かくかくしかじか」と「彼女は嘘を愛しすぎている」と「失恋ショコラティエ」を立ち読みしてきました。

 で、その後、選評に「全体的に薄い印象でテーマがありきたり」と書いてあったので、落選したヤツのどこが悪かったか読み直しているうちに、24時くらいになり、布団に入って寝たのが夜中の2時くらいで、今日は疲れて昼まで寝ていて、起きたら、「もう書きたくないし、読みたくない」気分で、友人を呼び出して、近くの喫茶店でお茶をしていました。何の用事もないのに、急に呼び出して、来てくれる友人がいるのはありがたい事です。
 
 で、昨日の晩、落選した小説の裏主人公と見せかけて、本当は主人公の弟キャラクターを読んでいたら、半年前に書いて落選したやつは、兄に恋人が出来たのに嫉妬して、兄の恋人を苛めていたのが、今、書いているのを読むと、兄の恋愛を応援して、兄の恋人と友達になっていました。

 そのずっともっと前に書いた原型の方では、もっと酷くて、兄に恋人が出来たのが許せなくて、兄の恋人を殺そうとして、ブッ壊れて自殺していました。

 なんだか、この半年の間に私もいろいろあって、成長したのか、丸くなったのか、半年前に投稿した物の選評では「弟キャラと恋人キャラが生き生きしている」と書いてあったのですが、今、書き直しているのを読み直すと、なんだかその弟キャラが素直になり過ぎていているのです。

半年前に落選したやつは、当初の計画では、トラウマから兄しか愛せなくて、兄が誰かを愛そうとすると、兄の恋人を許容できすに攻撃することしか出来なかった弟が、兄の恋人に優しくされて、徐々に心を開いて行って、素直になって、兄と、兄の恋人の為に身を投げ出して、全力で敵から守る。

みたいな、ストーリーにするつもりだったんですが、今、書き直しているのを読んでみたら、弟キャラが、そこをすっ飛ばして、もう、最初の登場の一ページ目から素直でフレンドリーになってしまっています。

 最初の計画ではツンデレ弟と、王子様キャラの兄が恋人を取り合うラブコメにするつもりだったのですが、もう、ツンデレ通り越して、弟が「嵐」の「相葉君」みたいな、優しい、そこらへんの、お兄ちゃんになってしまいました。

 そうなったのは、私が丸くなったからいい事なのですが、なんだか、選評の「薄くなった」っていうのは、主人公がそこまで葛藤しなくても、他人と「愛」で繋がってしまえるから、淡々とし過ぎて薄くなったのかな?と思って、どうやったらドラマチックになるか考えて、本を読んだりしているうちに、昨日は2時くらいになってしまい、今日は疲れて昼間で寝ていました。

 弟をツンデレで攻撃するキャラで書いて、それが徐々に愛を知って、変わっていく過程をもっと書きこんだらいいのか、それとも、今の素直な性格のままで書くか、今、悩んでいます。
 
 なんだか、この半年の間に頭の中で弟キャラが成長して「愛して欲しい」しか言えなかったのが、「愛したい」になり、「愛している」になってみたいです。

 多分、そのせいでドラマチックではなくなってしまったのかな?と思って、数日前はどうしても必要だった悲劇的シーンで、coccoの「首」とか「カウントダウン」とかを必死に聞いて「絶望を思い出すんだ!」とか思って必死に書いていたのですが、前はあんなに好きだった「首」とか「カウントダウン」が「?」になり、「遺書」はかろうじて「いいな?」と思ったのですが、「耽美小説とかってどんなんだったっけ?」という状態になってしまい、

「もう、私は小説が書けないのかな?」と落ち込んでいたのですが、

今、「cocco」を聞いて、当時は理解不能だったけれど、おお!と思う曲を何曲か発見しました。

「インディゴブルー」という曲の歌詞の「誰かが愛の歌を歌っていた、迷子のくせに帰るふりして」という歌詞と、「音速パンチ」という曲の「明かりを灯せ!錆びついた手で!」
「さぁ、キスをして、始まりのキスを!」という歌詞です。

 私は絶望を忘れたけれど、今、愛なら少しだけ知っている。

だから、たいした文章は書けていないけど、この愛が貴方に届いたらいい。

 このくだらない愛で、貴方が、その錆びついた手で、最後の希望を灯せたらいい。

 だから、私は音の速さで、この愛を貴方に届けましょう。

 でも、私は馬鹿なので、末だに、誰かをちゃんと愛せているか、

あまり自信がありません。

 ねぇ?私は「貴方が好き」なんじゃなくて、

誰かに愛されているか自信がなくて、愛されたいだけで、

「私を好きな貴方が好き」なだけで終わっていないでしょうか?

 貴方が私以外の誰かを愛していても、貴方の幸せを願えるでしょうか?

 絶望の底に落ちても、

貴方が私を愛してくれていた事を覚えていられるしょうか?

 ただ、ひとつ言えるのは、

 今まで私には守る者が何もなかった。

 でも、今は守るものがたくさんある。

 親でも恋人でも友人でもない、

ただの他人の貴方が、

ただの他人の私の為に、全てを投げ打ってくれた。

私の本当の醜い姿を見ても、逃げ出さないでくれた。

たくさんの人が、その時、出来る精一杯で、私を愛してくれた!

 だから、私はもう何も怖くない!

 くだらないセリフだけど、

もし、世界中が敵に回っても、

私は貴方の元へと駆けつける。

 貴方が私の為にそうしてくれたから。

 今の私は、もう、何も怖くない。

 おおげさかもしれないけれど、

今は守る物があるから、

その為なら死ぬのも怖くないよ。

 今の私なら帰る家を探す為じゃなくて、幸せになる為に歩いていける。

 だから、君が絶望の淵に沈む前に、音の速さで、君に、この愛が届いたらいい。

 僕は馬鹿だから、拙い言葉を並べる事しか出来ないけれど、

 君が今、誰も、信じられないのならば、馬鹿みたいに「愛」を並べ立てようか?

 「愛」ほど不確かなモノはこの世にないけれど、

この世に永遠に変わらない物があるとしたら、
 
多分、それは「愛」だと思うよ。

 覚えている?

 絶望していた僕に、そう教えてくれたのは、

他らなない「君」だよ?

 だから、君が、今、何も信じられないのならば、

 僕は拙い言葉で、全力で「愛を」描いてみよう

 でも、僕は今、絶望している君と違って、

いつも僕には君という人がいてくれたから、

僕は、今、君が見ている程の絶望の淵を見た事がない

だから、馬鹿みたいな、この言葉が君に届くか、

全くもって自信がないんだ

 でも、やってみるよ

 君は他ならない僕の大切な友達だから、

 だから、覚えていて

 僕は君を愛しているよ

 君が僕を愛してくれたように

 さぁ!くだらない言葉で、くだらない愛の物語を紡いでみようか!

 
(続)日記そのA  3月29日土曜日
「お誕生日じゃない日、おめでとう!」

それは、僕が、まだ、世界を恨んでいて、

今より、ずっと若くで、愚かだった頃の事だ
 
僕はあんまり自分の誕生日が好きじゃなった

誕生日っていうのは、普通、家族で集まって、
不格好でもケーキとかを笑いながら作って、
みんなで生まれた日を祝福する日の事だ

でも、僕の父さんは、いつも仕事が忙しくて、
僕が眠った後に、夜遅く、帰ってくる

そして、その口癖は

「誰のおかげで食っていられるんだ?」

去年、母さんがケーキを作った時は

「テーブルが汚れるから、そんな物は捨ててしまえ!」

と怒って、僕の年の数だけロウソクがさしてあるケーキを捨ててしまった

まだ小さい弟は泣き叫ぶし、

母さんは「どうして、そんな事をするの!」

と、父さんと怒鳴り合って喧嘩するし、

だから、僕は誕生日って言うのが、あんまり好きじゃなった

誕生日の日は、家に帰るのが憂鬱で、

いつも、夜遅くまで、街を彷徨っていた

街にはたくさんの明りがあったけれど

そのどれもが僕の帰る家じゃなくて

僕は泣きたかったけれど、

母さんを心配させたくなかったから、

一人、歯を食いしばっていた

でも、夜遅く家に帰ると、

母さんが手作りのケーキを作ってくれていて、

「お誕生日おめでとう!」って書き置きを置いて、眠っていた

僕は、夜中にそれを一人で、こっそり食べて、

泣きたくなった

でも、数年前から母さんは父さんとの生活に疲れて、

病気になってしまって

僕の誕生日にケーキを作れなくなってしまった

弟も塾で忙しかったし

僕は友達もいなかったから、

僕はいつも、誕生日は一人だった

だから、誕生日なんか、ただ悲しいだけだったんだ

僕が生まれた事を喜んでいる人なんて誰もいないと思っていた

そういう話をぼそっとすると、

君は次の日、ケーキを焼いてきた

面食らう僕に君は言った

「お誕生日じゃない日、おめでとう!」

 僕が眉根を寄せると、君は笑った。

「今日は貴方の誕生日じゃないけれど、
貴方が生まれた事が嬉しい人がお祝いをする日だよ!」

 そう言って、シャンパンの栓をポンッと抜いてくれた

でも、僕はそれを素直に喜べなかった

「僕はそんな物は食べられなかった」

あんまり幸せでない家庭で育った僕は

モノの味がよく分からなかった

小さい頃から家族で食卓を囲んでいたけれど、

 いつも父さんはイライラしていて、

母さんはその顔色を窺ってビクビクしていて、

全然、食べるって言うのが楽しくなかった

だから、僕にはオイシイっていう感覚がよく分からなかった

だから、僕は馬鹿馬鹿しくて、

本当は君のそのケーキを叩き捨てたかったんだ

お優しい君の偽善が嫌だったんだ

だって、僕達は友達でも、恋人でもない、ただのクラスメートだ

一瞬、僕に優しくしてくれても、

ずっと傍にいてくれるわけでもないくせに!

そうやって、馬鹿な僕は苛立って、ひがんでいた

でも、よく見たら、君は、僕にケーキを作ってくれたせいだろうか?

慣れない料理を必死にしたせいか、指が傷だらけだった

包丁で苺でも切る時に指を切ったのかな?

僕は

よく分からないけれど、

何故か、胸が痛かった

君が作ったケーキを食べてみたら、

お世辞にも美味しいと言える味じゃなったけれど、

僕は涙が出て止まらなかった

そして、君は笑った

「お誕生日じゃない日、おめでとう!」

その日は、本当は僕の生まれた日じゃなかった

でも、君は、僕が、今、ここで、僕が生きている事を喜んでいてくれた

だからかな?

僕は、まだ、今日も何となく生きている。

君は、いつも明るくて、誰にでも優しくて、

そう言う人だから、

友達もたくさんいるから、

こんな事は、もう忘れているのかもしれないね。

でも、僕はまだ覚えているよ。

だから、今度は、僕は、君がそうしてくれたように、

誰かのお誕生日でない日を祝いたいと思うよ。

今、僕にはそういう人がいるよ

君は、今でも幸せだろうか?

僕は馬鹿だから君をたくさん傷つけたけれど、

君は僕をまだ友達だと思ってくれているだろうか?

もしかしたら、もう知り合いでも何でもない

かかわりたくもない

過去の人として忘れているのかもしれないね

ごめんなさい

そして、ありがとう

もう取り返しがつかないけれど、

あの時の君の優しさが、今、僕を支えてくれているよ

できれば、君が、今も、大切な人と君らしく笑ってくれていたらいい

そうやって、僕は今日も、流れ星に祈っているよ
              (クソ虫著「それでも世界は美しい」より要約して抜粋)


3月28日(土曜日)日記そのB

「SOMEONE SAY I LOVE YOU」

書くのに疲れて今日は、一枚も書かずに日記をひたすら書いています。

でも、日記を書いていると、だんだん、小説で書きたい事がはっきりとしてきて、次の場面、こうしようか?とか、何となく考えがまとまってきます。

 こんな、大量の駄分を読んでいただいてありがとうございます。

 本当は小説を書かないといけないのですが、何だか、ハートを使い果たしたみたいで、小説で書きたいテーマを日記にしてしまいました。

日記の筈なのに、小説なんだか、日記なんだかよく分からなくなっています。

  私は家でネットをつないでいないので、いつもアクセス解析とかはほとんどしていないのですが、ヒット数とかを見ると、毎日、ゼロとか1とかで、ほぼ誰も見ていないと思うのですが、こんなブログでも、アクセス数がゼロじゃなくて、誰かが読んでくださっていると思うと、とても胸が暖かくなります。

何かを届けられているか分かりません。文学者とか哲学者みたいで、私的な一銭にならない文章で、読んでいただいている方に、不快な思いをさせてしまっているかもしれません。

 でも、ここに書いて、誰かに読んでいただいていると思うと、私は一人じゃないと嬉しくなります。以前の日記にも同じような事を書きましたが、前は一人で書いていると思っていました。書いて、書いても、誰にも伝わらない。私の文章は人を傷つける事しか出来ない。ずっと、そう思って、怖くて書けませんでした。

 そのうち、毎日、平和だし、書かなくてもいいやと思うようになりました。以前は絶望を叩きつけていましたが、絶望を感じる事もなくなりました。

 大学の時には、とある教授に「君は自分の問題を書いているから、それが解決したら書けなくなるよ」。そう言われて、でも、当時はよく分かりませんでした。

でも、社会人になって数年して書けなくなりました。現実がきつかったのもありますが、多分、みんなに愛されて幸せだから、物語らなくても生きていけるようになったんだと思います。

 当時は、それが分からなくて、受け入れられなくて、失くした片腕を探すように、昔の絶望にこだわって空廻りしていました。

 何を書いたらいいのか?何を書けるのか?全く分からなくて、十数年、書いていませんでした。

 でも、そう言う時に、「四月は君の嘘」という10月からアニメ化予定の、月刊少年マガジンで連載しているマンガを読みました。

 その主人公は有馬公正という、中学生か高校生くらいの男の子のピアニストなのですが、幼いころから、ピアニストになれなかった母親に夢を託されて、英才教育を受けます。

有馬は母親に徹底的に教育されて、コンサート荒らしになります。彼にはこういうあだ名があります。

「人間メトロノーム」

有馬は母親からコンクールに勝つために、楽譜通りの、一切の、間違いも、狂いもない演奏を叩きこまれます。同年代の友達と遊ぶ事も、恋もする事もなく、ひたすら、毎日、病気がちの母親の叶わなかった夢を託され、二人きりで、正確に、一寸の狂いもなくピアノを弾き続ける。人間メトロノーム。

それに苦しくなった有馬は、ある日、病気がちな母親に叫びます。

「僕じゃなくて、母さんが弾けばいいじゃないか!母さんなんか死んじゃえ!」

 それにショックを受けたのか、母親は死んでしまいます。
 
 母親を殺したと思いこんだ有馬はピアノが弾けなくなります。そう、ピアノの音が全く聞こえなくなったのです。

「僕のピアノが母さんを殺した」

 そう思ったのかもしれません。

 そうやって、ピアノを弾かない、弾けない、数年が経ったあと、有馬はとある少女と出会います。この少女がノダメみたいな性格で、バイオリニストなのですが、弾けなくなった有馬をコンサートの舞台に立たせて、バイオリンの伴奏をさせます。

「僕には無理だ!君の演奏をめちゃくちゃにしてしまう!」

 そう、有馬は叫ぶのですが、少女は有馬にピアノを弾かせます。

ダン!ダン!ギィィ!

 少女は狂ったようにバイオリンを弾き始めます。

 でも、それは「人間メトロノーム」とは違う、楽譜など無視している、暴れ馬のような音の乱立。洪水。少女はヴァイオリンを引く事を心の底から楽しんでいました。

 そして、有馬も引きずられてピアノを弾き始めます。

 「ああ、ピアノを弾く事はなんて楽しいんだ!こんなのは初めてだ!」

 そうやって、有馬は新しいピアノの弾き方を発見しました。

 有馬は自分は「人間メトロノーム」で、「人を感動させる」ような、演奏なんて出来なくて、「僕のピアノが母さんを殺した」と思って弾けなくなっていました。

 けれど、有馬が弾けなくなった間に、有馬を追いかけて、ピアノを弾き始めた少年の演奏をコンクールで聞くのです。

「有馬、帰って来い!」

 少年は狂ったように、楽しく笑いながら、ピアノを弾きます。

 読んだのがだいぶん、前なので、正しく要約出来ているか分かりませんが、そういう漫画なのですが、作者が思い入れがあるのか、その漫画を読んでいると、場面がまるで、万華鏡を通して世界を見ているような、とても、美しい、力強い、パステルカラーな漫画なのです。

 そして、有馬は演奏をしているうちに、心の中の亡くした母親と対峙するのですが、恨むでもなく、乗り越えるのでもなく、ただ、愛していた。愛されていた。その記憶で読んでいると胸がいっぱいになるのです。

 母親が有馬に人間メトロノーム。と言われた演奏方法を叩きこんだのは、コンクールで失敗しないようにする為。母親が先に死んでも、音楽で食べていけるようにする為。

「あの子は、私がいなくても生きていけるかしら?
 歯磨きとかちゃんとするかしら?
料理は出来るだろうか?
美味しい物を食べられるだろうか?」

 そういう、悲しみを経た愛に溢れていました。

 気が付いたら、私は泣いていて、パソコンの前で書きなぐっていました。

「人間メトロノーム」

 そう呼ばれて、弾く事が全く、楽しくなかった有馬。ピアノが全てで、でも、ピアノに全てを奪われて、弾けなくなった有馬。その音が母親を殺したと思いこんでいる有馬。

 でも、彼が弾かない間に、彼の音を忘れずに、彼を追いかけて、今度はその音で有馬の心を打つピアニストの少年。いろんな人と友達になって、世界を愛して、はじめて弾く事が楽しくなった有馬。

 書く事と、弾く事は違いますが、このマンガを読んだ時に、私はもう一度、書いてみる勇気をもらいました。

 ずっと、何を書いたらいいのか分からなくなっていました。

書く事が楽しいという事をずっと忘れていました。

 でも、今、私は絶望を忘れたけれど、その代わりに何となく書きたい物が見えてきました。

 どうして、もっと、早くそれに気づかなかったのかと今は悔やんでいます。

 でも、今は思うのです。

 前は人間ほど醜いものはいないと思っていました。
 私を愛してくれている人なんて誰もいないと思っていました。

 そこそこの選考結果は貰ったけれど、
自分で書いておきながら、
こんな文章はクソだと思っていました。

 絶望は何も生まないだろう。でも、絶望しかない。
 
 そうやって、絶望を続けてブッ壊れて、書くのもしんどくなって、大切な何かを見失っていました。

 でも、絶望を叩きつけたような文章でも、文章に書くという事は、誰かの心に届くという事です。それが、憎しみでも、不快感でも、誰かに何かを伝えるという事です。

 私が、過去に投げた拙い、腐った、腐った、醜い想いでも、今では、そんな人、一人でもいたのか分かりませんが、誰かに伝わっていたのかもしれません。

 私はずっと一人だと思っていました。

 でも、今、これを誰かが読んでくれている。

それは、もう、一人じゃないという事です。

 ずっと、一人だと思っていたけれど、誰にも愛されないと思っていたけれど、書くことで私は世界とコミュニケートして、世界に愛されていた。

 十数年経って、ようやくそれに気づきました。

 それが分かって、泣きそうになりました。

 今、何ができるだろう?何が書けるだろう?

 そう考えた時に、ラララと口から歌が出てきました。

 初めての恋。勇気を出して告白して、幸せだけれど、振られました。

私はやっぱり誰もちゃんと愛せないのか?

そうやって絶望して、苦しくなって、

 最初は相手を憎んでいたけれど、

 小説を書いているうちに、なんだか心境が変わりました。

振られたけれど、誰かを好きなれて幸せでよかった。

 もう、今は、プロになりたいとか、投稿とかは考えていません。

 もう、昔のように誰かの心に爪を立てる、そんな物でも、それが誰かの心を打ったのかは分かりませんが、もう、昔のように飢えたような文章は書けません。

 今、書けるのは、ただの文字の羅列でしかないでしょう。

でも、今なら歌える気がします。

 だから、この言葉が貴方に届いたらいいのだけれど、

 今まで読んだ、たくさんの物語が、今、私を生かし、

 私を愛してくれた貴方が、今、私に書かせてくれています

だから、たくさんの人にありがとうと言いたい気持ちです。

どこまで行くか分かりませんが、

こんなブログでも読んでいただければ、

貴方の何かに少しでもなれれば、

私は幸せだと思います。

だから、私は、これだけは忘れないでいようと思います。

「 SOMEONE  SAY I LOVE YOU 」



3月30日(日曜日)「ママ、笑ってて、パパ、ラララ」

 皆さま、こんにちわ。クソ虫です。昨日は、起きたのが遅かったせいか、夜中の3時くらいまで眠れず、今日は十時に起きて、18時半までパチパチしていました。

 なんだか、毎回、同じ事を書いていますが、エヴァンゲリオン新劇場版の「破」を見た時に、シンジ君が、何故か、強くて、かっこよくなり、綾波が優しくなって、アスカが素直になり過ぎてしまっていて、

「あの絶望はどこに行ったの?庵野監督、結婚して幸せになっちゃった?でも、シンジ君達、成長してよかった!」

と、みんなびっくりしたのと、似たような現象が、クソ虫の書き直し原稿にも起こっています。とか書きながら、誰かに読んでいただいたら、全然、そうなってなかったら情けないので、頑張って、精進します。

 でも、「破」はよかったのに、「Q」で、突然、絶望のドン底的、展開になってしまい、

「あの、“破”の感動は何処に行ったの?」

と、クソ虫、一年半前に、エヴァンゲリオンに幻滅しておりました。

 昔は、エヴァンゲリオンが大好きだったのですが、数か月前にレンタルで見なおしたら、「何だ?この絶望的展開は!暗すぎる!見るのも嫌!」と思ったのですが、人にそれだけの嫌悪感を抱かせるのって、やっぱり、エヴァの絶望はすごかったんだなと思います。

 話は変わりますが、もうすぐ、コバルトのロマン大賞とかの選考結果が出る頃でしょうが?それを期待して、ここに来てくださった方には申し訳ありませんが、クソ虫、コバルトに投稿していません。

今、150枚くらいまで行きましたが、この分だと、400枚とか、超えてしまいそうです。枚数が多すぎるのと、ゆっくり、書きたい時にちまちまかきたいので、あんまり締め切りとか考えたくないのです。

それに、今度は自分の殻に閉じこもっていた主人公に、自分の傷ばかり見ないで、自分の現実や、運命と対決させたいので、そう言うのを書くには、小説の世界にダイブして、
「MAN WITH A MISSION」とかの、錆びたナイフのようなロックを聴きながら、「世界を革命する力を!(by 少女革命ウテナ)」とか叫びながら書かないといけないのです。

でも、お仕事もあるので、仕事中に、そういう、感情の起伏が激しい感じでは仕事にならないので、休みの日に、思いっきり、「世界を革命する力を!」とかやっているので、その後、体力消耗しすぎて、死にそうになったりするので、ゆっくり、休憩する時間もいるし、要は完成まで、結構。時間がかかるのです。

ちなみに小説を書いたせいか、食欲がなくなり、一月で体重が5キロ落ちました。

 とりあえず、書き上がったら、前の職場の上司に下読みをお願いできる事になったので、ゆっくり読んでもらってから、駄目な部分を徹底的に潰して、適当な枚数制限の多い、締め切りの近い賞に送ろうと思っています。

 今は、COCCOの「きらきら」というアルバムの「この街」という曲を聞いています。特に、「ママ!笑っていて!パパ、 ラタタララタ」という、歌詞が好きです。「首」とか「カウントダウン」を歌っていた、あっちゃん(coccoさんの呼び名だそうです)が、胸はまだ痛いけれど、前を向いて歩いていくよ、というのが伝わってきて泣きそうです。

 「けもの道」とか歌っていたのに、ママの幸せを祈って、パパには、まだ、感情の整理が出来ていないから、何も言えないけれど、ラララと歌って、「遠く離れていても祈ってくれる?」と歌えるようになった心境を思うと、もう、あっちゃんに、どこまでも、ついていきますという感じです。

 私もそういう小説が書けたらいいのだけれど、難しいですね。今度、図書館に頼んでいた、久美沙織さんの「新人賞の取り方、教えます!」を借りてきて、勉強してみます。

 それでは、長くなりましたが、お元気で。



 

人が寂しさを越える時

March 28 [Fri], 2014, 8:54
3月27日(木) 「先輩が帰ってきた」

「人が寂しさを超える時」

 皆さま、こんにちわ。今晩も懲りずに日記を書いてみました。ちなみに、昨日はユズルンが3位で、マッチー(町田樹選手)が一位でした。残念でしたけれど、マッチーもかっこよかったです。
 
 昨日、初めて長めに家で日記を書いて、22時くらいまで書いていたのですが、書き終わった後にベットに入っても、ハイテンションで寝たのが夜中の2時過ぎくらいでした。7時半に起きて仕事に行ったのですが、死にそうでした。

 でも、正社員とかで投稿とかしている人は、夜中まで仕事をして、その後、睡眠時間を削ったりして書いているでしょうから、そんな風に頑張っている人に比べたら、自分の精神状態をコントロールしきれなくて少し情けないです。

 大学時代は、9時から5時まで大学で、その後、演劇部の練習が夕暮まであって、そのあと、コンビニのバイトを夜遅くまでやって、下宿に帰ると睡眠時間を削って小説を書いていました。

 まぁ、今から考えるとよくやっていたなと思います。でも、大学の頃は、夜中まで書いていて、ハイテンションになっても、大学の授業中に眠れたし、親が学費とか出してくれて、仕送りもしてくれていたので、空想の世界に飛んでも、まだ余裕があったからハイテンションでも眠れていたのだと思います。
 
 今は、自分で稼いで食っているので、夜、書いたあと、ハイテンションになって23時くらいになっても眠れないと、ちゃんと眠って、朝起きて仕事に行かないと、首になるとかプレシャーがあるので、眠れなくなったりします。


だから、平日の夜は書きたくても小説を書けません。時間を自由に出来る土日の夜に書いています。
 
昨日、日記を書いてみても、ちょっとテンション高めになって眠りにくかったので、平日は、小説を読んだり、ちょこっと日記を書くくらいで止めています。

 小説を書いて夢を振りまかないといけないのに、なんだか、しんどい楽屋裏を見せてしまってすいません。

 人は「夢を見られるのは学生までだよ。社会はそんなに甘くない。それが大人になる事だ」と言います。私もそう思っていました。社会人になってからの数年は書いている余裕もありませんでした。

でも、今は歯をくいしばって夢を見ています。そうやって書いた拙いものが、顔も名前も知らない貴方を少しでも幸せに出来たらいいのですが、今はまだまだ未熟で修行中です。

 前置きが長くなってすいません。

 で、タイトルの「先輩が帰ってきた」ですが、今日、クソ虫の一番大切な友達というか、一方的にラブコールを送っている職場の先輩が、怪我の為にずっと入院していたのですが、退院して職場に顔を見せてくれました。

 ラブコールを送っていると書きましたが、ちなみに先輩は女性でクソ虫より10歳ちょっと年上です。

 この先輩がいなければ、多分、末だに誰にも告白しなかっただろうし、付き合うとか以前に、メタクソな父親の影響で男性が気持ち悪い。怖いと思って、死ぬまで自分の殻に閉じこもっていただろうと思います。
 
 「大好きだから、ずっと。その気持ちだけで私は幸せで他には何にもいらない。ずっと無邪気に笑っていてください」
 
 みたいな歌詞が宇多田ヒカルの歌にありましたが、そうやって、自分以外の誰かを好きで、誰かを好きになるのがこんなに幸せな事で、その人の為なら何でも出来ると思う事もきっとなかったと思います。

 まぁ、そういう気持ちになる過程は数年前にさかのぼります。

少し、話は長くなりますが、クソ虫、今の職場の前には神戸のとある洋菓子店にいました。

 でも、クソ虫はおおざっぱなので、お菓子作りみたいな繊細で、同じ事をずっと繰り返す単調な仕事は向いていなくて、今から思うと、クビにはならなかったけれど、職場のお荷物だったと思います。

今でも採用されたのが不思議です。大学の就職活動の時は、漫画が好きで「アニメイト」とか「虎の穴」とかを受けていたのが、たまたま、新卒で働いていたOLの仕事を半年で辞めて、何年がプラプラしていた時に、何となく保険みたいに受けてみた洋菓子店に、何故か通ってしまったのです。それも神戸ではちょっと名の知れた洋菓子店です。

なんで、受かったのか今でもよく分かりませんが、多分、志望動機からして向いていなかったんだと思います。

その上、まぁ、大学の時に、人間関係でいろいろあって、その事はまた書けるようになったら書きますが、当時は、また人を裏切ったり、傷つけるのが怖かったので、職場の誰ともろくに話せずに孤立していました。

職場自体も皆が仲がいいというよりは、黙々と無言で仕事をするスタイルで、年配の女性のパティシェさんが牛耳っていて、静かな職場の中で、そのパティシェさんがいつも噂話をしたりしていたので、あんまり雰囲気は良くありませんでした。

職場もお菓子屋さんという事もあって、若い女の子が多くて、たくさんグループがあって、私はそのどれにも入れなくて浮いていました。

何だか、昔から苦手なんですよ。女子の派閥みたいなの。みんなで一緒にトイレに行ったり、昼休みは一緒にご飯を食べて、その場にいない子の事をとやかく言ったり。でも、クソ虫、その当時はその職場くらいしか、人間関係を形成する所がなかったので、浮かないように、いろんなグループに気を遣って、疲れて、一人で孤立していました。

それだけならよかったのですが、お菓子を作るのは致命的に下手だわ、いじめられたりはしないけれど、他県の大学を卒業して久しぶりに帰ってきた神戸で友達はみんな全国に散って就職してしまったので、相談できる人が誰もいなくて、職場でも孤立して、クソ虫、結局、三年、その職場にいたのですが、「もう、無理!」と思って、三年で辞表を叩きつけてやめようと思ったんです。←今から思うと、よくこんな仕事が出来ない私を雇ってくれていたのに、自分から辞めるなんて、私が全部、悪いです。

そうしたら、職場の一番偉いパティシェさんが、「同じ会社の系列で食品関係の会社があるからそちらに異動したらどうだ?」と言ってくれて、クソ虫、やめるつもりだったのですが、そっちの会社に異動しました。 

そしたら、なんだか、とっても向いていました!

前の洋菓子店ではケーキの生地をこねる時に、クソ虫は力が強いので、「もっと優しく!空気を入れながら、丁寧にこねて!モチをこねているんじゃないんだから!」と怒られていたのが、新しい職場でハンバーグを作る為にミンチをこねたら、「凄い!なんて力強いの?底からよく混ざっているわ!貴方、ミンチをこねる才能があるわね!女の子なのに、男性よりも力があってこね方がうまいわ!」と絶賛されました。

 まぁ、その他にも、クソ虫、高校生まではいじめられっこだったので、人の視線とか、噂話が気になる方なので、前の職場では、みんながシーンと仕事している所に、年配のパティシエさんが噂話をしているのを無言で聞いていると緊張してしまっていたのですが、その食品関係の職場は、みんな仲が良くて、休日もみんなで美術館に行ったり、クリスマス会をしたり。みんなで力を合わせて何かを作りあげるみたいな雰囲気だったので、みんなが仲が良くて、グループとか、派閥とかも全然なくて、人間関係が風通しのいい職場で向いていたのです。

でも、なかなか友達が出来ませんでした。

いや、友達はいたんですよ、一応。

みんなが仲のいい職場なので、昼休みもみんな食堂でワイワイ喋っているのです。だから、クソ虫もそれにまざってしゃべっていました。

 でも、また、自分が辛い事ばっかり喋って、相手の重荷になったり、傷つけたりしちゃわないかな?
 
 そういう不安で人と仲良くなるのが怖くて、一緒に遊びに行こうよと言われても、断ってばかりいました。

 そして、もう、学生時代とか前の職場みたいに孤立するのは嫌だったので、ひたすら明るくしていました。

その甲斐あって、みんなには「クソ虫さんほど、みんなとうまくコミュニケーションをとれる人はいない」とか、「職場のムードメーカーだ。私にも話しかけてくれてありがとう」とか「加藤さん(仮名)は、クソ虫さんが面白い事を言うから、クソ虫さんの事を気に入っているみたいだよ」とか言われるようになりました。

そう言われて、クソ虫、有頂天になり、みんなと遊びに行くのも最初は勇気がいったけれど、そのうち、率先して幹事をして、12月にリスマス会を一ヶ月で四回も主催したり、毎月のようにレクリエーションを開催していました。

 もう、毎日、友達としゃべっているのが、嬉しくて、クソ虫、もっと、もっと、明るくなるぞ!と思って、お笑い芸人でもないのに、体を張って笑いを取るようになり、いつの間にか「大久保佳代子」を目標にするようになってしまいました。

 言いすぎかもしれませんが、女版、ダチョウ倶楽部を毎日、やっていました。

 で、そんな事をずっとやっていると、無理が出ます。でも、今さら、人気者をやめられませんでした。みんなから好かれるのはとても嬉しかったです。けれど、本当はもう無理、だったんだと思います。でも、自分でも限界が分からずに、毎日、体を張って笑いを取って、「私は友達がいっぱいいるんだ!もう昔の私じゃない!今度は絶対、失敗しない!」と思っていた時です。

 先輩と出会ったのです。

 先輩は普通の女の子みたいに噂話をしたり、派閥を作ったりしない人でした。一匹狼みたいな感じだけれど、優しい人でした。クソ虫が疲れて食品の配達にいけないと、先輩もしんどいのに、代わりに配達に行ってくれたり、重い物を持っていると、代わりに持ち上げてくれたり、とある職場の上司と少しだけ揉めて、誰に相談していいのか分からない時に、先輩は自分の立場もかえりみずに、真剣に相談にのってくれて、上の人とかけあってくれました。先輩は、みんなの優しいお姉さんでした。

次第に、クソ虫、先輩にいろいろと話すようになりました。でも、学生の時みたいに、いろいろしゃべりすぎて傷つけたり、重くなったりしないか?不安でした。

だから、核心とか一番、言えない事は黙っていました。それで、最初は先輩の前でも大久保佳代子をやっていました。でも、先輩はクソ虫がどんな話をしても、真剣に聞いてくれて、絶対に、否定しないでくれました。

 いつの間にか、クソ虫、自分を作る事を忘れて、先輩の前では自然体でいられるようになりました。

確か、くまのプーさんがクリストファーロビンに「どうして僕達、友達なんだろう?」と聞くと、クリストファーロビンが「それは、僕はプーの前にいると、何を喋ったらいいとか考えなくてもいいからだよ。何も考えなくてもプーの傍にいられるからだよ」みたいに言う場面があったような気がしますが、(うろ覚えなので、不確かですいません)

 私にとって、先輩はそういう友達でした。

 でも、いつも不安だったんです。私は重い話や実家の事を先輩に話してばかりいましたが、先輩は自分がどんなにしんどそうでも、自分のそういう話は一切、しないで、毎日、仕事の帰り道、私の相談にのってくれていました。

 「先輩は大事な友達だけれど、私は先輩に何か返せているのかな?先輩は優しいから、何も言えないだけなのかな?それとも、私が暗い話ばかりしているから、先輩は辛い事が言えないのかな?」

 そうやって、不安になって、先輩に相談しては、距離を取ってみたり、少し離れて、また、勇気を出して、近づいてみたり。

 そういう事を繰り返しても、先輩はいつも変わりませんでした。

 私は結構、最初、仲良くなると、相手にぐっと近づくので相手も心を開いてくれるのですが、結構、私は気を遣う方なので、すぐにしんどくなって、距離を取ってしまうという欠点があります。

多分、迷惑になっていないか?嫌われていないか?とか言う事を気にしすぎて疲れて離れてしまうんだと思います。だから、相手からしたら、何で離れて行ったのか分からなくて混乱させてしまう事が多いんだろう。と先輩は私の性格を分析していました。

 私は先輩の前でだけは、「重たくないかな?嫌われてないかな?」とか気にしなくても、安心して傍にいる事が出来ました。本当に大切な友達だったんです。

 そういう時です。母親代わりにも等しかったとある上司が辞めてしまう事になりました。
その上司はクソ虫の住んでいる社員寮の統括もしていたのですが、クソ虫は、その上司がいる限り、ずっと、社員寮にいるつもりでした。

もう、家族が壊れるのも、失くすのも、嫌でした。やっと手に入れた疑似家族をもう失くしたくなかったんです。でも、それは本当の血の繋がった家族じゃないから、人が入れ替わったり、辞めていったりして、いずれなくなるものなのです。

 その時、クソ虫はやっとそれに気付きました。

 もう、誰かとお別れしたくなかったら、自分で新しい血の繋がった家族を作るしかない。そう思いました。

 ちょうど、その頃、クソ虫は気になっている人がいたのですが、父親の影響であんまり恋愛に興味もなく、友達で終わっていました。でも、先輩は「告白するのなら、私が手紙を渡してあげるよ!」とか熱烈に応援してくれていました。

 でも、私はそういうのが煩わしかったんです。社員寮と今の職場にずっといる限り、寂しくないし。出たくなかったんです。結婚するつもりもなかったし、母親みたいに頼りになる上司がいればよかったんです。それで十分居心地が良かったのです。

 でも、その上司がやめて、この疑似家族が崩れると思った時、ふと思いました。

「私は、一生、結婚もせずに、子供も産まずに、こんな所にいるのか?まだ20代なのに?恋愛すらした事がない。異性を好きという感情がどんなのかも分からない。気になる?というより、いいなと思う人は父親代わりの、親子ほど年の離れた人ばかりで、依存して助けてもらっているばかりだ。このままだと、私は駄目だ。歪んだ愛し方しかできない。誰もちゃんと愛せない!」

 そして、そう思った時と、先輩がクソ虫の気になっていた人にアプローチをする応援をしてくれる時がちょうど重なったのです。

 クソ虫はその人のアドレスを聞いて、ちょうど二月だったので、バレンタインチョコを送りつけました。返事のお手紙が帰って来て、お友達からならいいよと言ってくれました。

でも、クソ虫、男の子と手をつないだ事すらなかったので、返事が来るまで、一週間くらい眠れずに、死にそうで、毎日、憂鬱で、ずっと、先輩に愚痴っていました。

 でも、返事が来て、お友達からでもいいから!と言われて、当に幸せで薔薇色でした。お茶をするのも楽しかったし、一緒に桜も見たし、毎日、目に映る世界はパステルカラーで、今まで分からなかったラブバラードが大好きになったり、毎日が楽しくて、毎日、ポストに手紙が入ってないかな?とウキウキして、その人の事を考えるだけで幸せで、こんな気持は生まれて初めてでした。
 
 でも、私は分かってなかったんです。好きって言われたくて、嫌われたくなくて、告白した手紙の中で「運命的な出会い」を装っていました。お茶をしても、相手がひたすら素敵だ、かっこいいと言い続けて、自分の事は少しも喋らずに、物分かりのいい子を演じていました。嫌われたくなくて必死で、その人の前では素の自分でいられませんでした。いつの間にかどっか、無理していました。

 今から思うと、素でつきあうのが怖くてどこか作っていたんだと思います。それか、父親の影響か、男性というものに夢を見過ぎて相手には重たかったのかもしれません。私は恋に恋していて、相手に理想を求め過ぎてちゃんと相手の姿が見えていませんでした。その人だって、辛い事があったり、カッコ悪い姿だってあったんです。完全無欠の王子様なんてどこにもいないんです。私はただ幸せな夢を見ていました。

そうだったからでしょうか?数か月して手紙をもらって振られてしまいました。

 でも、本当に好きだったんです。だから、破れかぶれでも、欠点だらけでも、素の自分でぶつかって、本当の気持ちを伝えていたら、違ったかもしれません。

 そう考えても、もう遅いのですが、振られた時はショックで、死にそうで、その時、会いたいと思ったのが先輩でした。少ない十円玉を握り締めて、公衆電話の前で待って、ようやく先輩に繋がった時に、先輩は体調が悪くて休んでいたのに、家に私を呼んでくれました。

 そして、手紙を見て「これは、無理だね」と言って、私の話をずっと聞いてくれました。その時は、クソ虫を振った人の悪口大会みたいになってしまって、あまり褒められたものではないかもしれませんが、先輩は一緒になって怒ってくれて、クソ虫、つい、この人になら話せるかもしれないと、ボソッと言いました。

 ああ、やっぱり駄目だな。また、友達を振り回して傷つけて終わるかな?

 と、どこかで冷静な自分がいました。

でも、どこかで願っていました。

この人なら大丈夫かな?
私の事を分かってくれるかな?
こんな私でも好きだって言ってくるかな?

 そうしたら、てっきり、もう友達をやめたいと言われるかと思ったら、先輩が「苦労したね」と泣いてくれました。

 予想外の反応で私は訳が分かりませんでした。その事で今までいろんな友達を振り回して、失くして、私は、それから家族の話を一切しなくなり、体を張って「大久保佳代子」をするようになりました。

でも、それは無理に作っていたというほどでもなく、いろんな事もあって、私のもともとの性格もだいぶん、明るくなっていましたが、どこかで無理して、人と線を引いていました。「どうせ、分かってもらえない」。と思っていました。みんなと一緒にいても、どこか寂しかったのです。

 でも、先輩は「苦労したね」と泣いてくれました。それで、私のどうしようもなく寂しかった気持は、不思議と溶けてなくなりました。

 私は好きな人には選ばれなかったけれど、先輩のような大切な友達ができました。たった一人でも分かってくれる人がいた。今まで、ずっと、誰にも言えずに、ずっと秘密にして歯をくいしばって生きていかないといけないと思っていたけれど、その時から、クリスマスが来て、夜の街の明かりをみても、一人きりのクリスマスでも、寂しくなくなったのです。心はシンとしているけれど、不思議と優しい気持ちになれました。

 誰も恨まなくなったし、前みたいに誰かを狂ったように求める事もなくなったし、不思議と満たされて寂しくなくなりました。

 こんな私的な話は書いても一銭にもならないし、誰かが読んでもつまらないだろうし、文学者みたいだと読んでいる人にブーイングされそうな気がします。

 でも、今、私はようやく、そういう事があって、人とやっと「悲しみ」ではなく「優しさ」で繋がれるようになりました。

 それから一年半が過ぎたけれど、私はまだ先輩とは友達です。それまでの私は自分が辛いことしか一方的に喋らなくて、相手の気持ちとか、都合とかもお構いなく、相手の大切なものを大切に出来ませんでした。その人が自分以外の人を大切だと、悲しくて、絶望して、焼き餅をやいて、嫌われて、傷つけて、駄目になって、一年も続かずに、裏切って、いろんな人を物のように乗り換えるという、馬鹿も極まりない人間でした。

 でも、今は先輩との友情は不思議と一年以上続いています。先輩が入院しても、「先輩も大変なんだな」と思って、自分が不安定だったり、寂しい時があっても、全然連絡しなかったし、というより、私は自分の人生を生きるのに精一杯でそれどころでなくて、毎日、仕事とか、恋愛とかで忙しかったのです。

 でも、久しぶりに先輩に会った時に、胸の中が暖かくなって、「元気だったんだ」と泣きたくなりました。こんな風に他人の幸せを願えるようになったのは初めてです。

 今までは、みんなの前で常に明るくしてないと不安で「しんどい」とか「無理だ」とか言えませんでした。でも、最近は、無理に作らなくなってきて、職場のとある友人に「クソ虫さん、しんどい時は暗いよね」と言われて、楽になりました。

職場の信頼している上司は「クソ虫さんの性格って、明るく見えるけれど、本当はナイーブよね」と言われました。多分、そういう性格なのでぐちゃぐちゃ悩んで小説とか書いているんだと思います。

 こんな私的な話は誰の参考にもならないと思います。

でも、もし、今、家族とかを亡くしたり、愛されなかったりとか、友達がいないとか、どうしようもなく寂しい人がいたら、その寂しさの中でもがいて苦しんでいるうちに、きっと、その寂しさを超えた先に、新しい出会いがあると思います。あったらいいな。

という、私的な話でした。ここまで読んでくださってありがとうございました。

下の方にも、昨日、更新した日記と、前に投稿して落選した原稿の結果を書いている記事があるのでよかったら読んでください。

土日は家にこもって小説を書いていると思うので、次の更新は、疲れていなかったら月曜日だと思います。それではみなさま、よい週末を。
 

3月25日水曜日 家で日記を書いてみました

March 27 [Thu], 2014, 9:41
「家で日記を書いてみました」

皆様、こんにちわ。クソ虫です。クソ虫、実は家でネットをつないでいません。何で、繋いでいないかというと、ネットを繋いでいると、axes femmeというお洋服屋さんのオンラインサイトで服を買い過ぎてしまうからです。

ちなみにaxesfemmeはカジュウアルロリータファッションなのですが、縫製がわりとしっかりしている割に、一着3000円位でお手頃なので、買いやすく、また、ネックレスとかも展開しているのですが、デザインがアナスイとかの高めのブラントに似ている割に2000円位で買いやすく、妹に教えられて、はまってしまい、月に一万円位は投資しています。

妹も友達から教えてもらったようなのですが、axesのお洋服を着て、池袋乙女ロードとか、ミヤノマモルさんとかいう声優さんのライブに行くと、みんなほぼaxesのお洋服だったよ!と言っていました。

Axesは他のロリータっぽいブランドに較べたら安い上に、そんなにロリータしていなくて、神戸のお嬢様みたいなデザインなので、着やすいので、中世ヨーロッパみたいなアニメが好きな腐女子にはたまらないのかもしれません。

前は大阪にしかなくて、大阪まで買いに行っていたのですが、神戸のアウトレットにもあると分かったので、最近はそこで買っています。

関係のない話が長くなってすいません。

まぁ、何でネットを繋いでないかというと、ネットを繋いでいると、ネットでアニメを夜中まで見過ぎてハイテンションになって、寝ないまま仕事場に行ってしまったりして死にそうになったので、家ではネットをつながずに、家の近くのWI―FI の繋がるマックとか、ネットカフェでネットをしています。

同じ理由で携帯電話も持っていません。節約のために家に固定電話だけ置いています。おかげで、月に2万円くらいは浮くので、なんとか社員寮を出て一人暮らしをしようと貯蓄に励んでいます。

 でも、ネットカフェで日記を書いたりしていると、書いている途中にいきなり文章が消えたり、時間が気になって誤字脱字を直している暇がないので、どうしようと思っていて、いい方法を考えました!

 家には執筆用と言いながら、この4−5年、ほぼ、安室ちゃんのライブDVDを見て、安室ちゃんのCDを焼いてみんなに布教するのにしか使っていなかった、デスクトップパソコンで日記を書いて、USBに保存して、ネットにアップするのです!

 おお、いい事を思いついた!と今、思っているのですが、あんまり大した文章を書いていなくて、だらだらと日常の日記を書いています。小説の事とかもあんまり書いていなくて、本当にすいません。

こんな日記を読んでいただいてありがとうございます。もし、お暇でしたら、もう少しお付き合いください。

 で、話は変わりますが、今日は7時から、フィギアの世界選手権があります!クソ虫は今日はこの為だけに生きていました!

なんと!今日のフィギアは男子のショート!羽生結弦君が出るのです!

 もう、あのオリンピックの100点越えの演技を見てから、ユズルン(←クソ虫があんまりに羽生君を好きすぎるので、妹が羽生君の事をユズルンという呼び名をつけたのです)にはまってしまい、こんなかっこよくて、セクシーな19歳がいるんだ!と衝撃を受け、あまりにクソ虫が余りにユズルンの事を騒ぐので、社員寮に住んでいる友達はユズルンの写真集を買ってしまいました。

職場のみんなには「そんなに羽生君が好きなの?もしかして、本当に結婚したいとか思っている?」とまで言われてしまい、「いや、羽生君は好きだけれど、結婚したいとか思ったら、病気ですよ?ユズルンはただの心のオアシスです!」とみんなに言ったのですが、友達が私の家に遊びに来たら、部屋中、ユズルンの切り抜きがいっぱいで、みんなに生暖かい目で見られてしまい、次の日から、みんなは、ユズルンがテレビに出ていると、「クソ虫さん、羽生君がテレビに出ているよ?」と教えてくれるようになり、頼んでもいないのに、職場の上司までユズルンが新聞に載のっていると、切りぬいて持って来てくれるようになりました。

 同じ社員寮の先輩は、クソ虫があまりにユズルンにときめいているので、「蒼い炎」という羽生君の著書を買ってプレゼントしてくれました。

 まぁ、それだけユズルンが大好きなのですが、一つ、問題があるのです!

私はもう29歳になるのに、「年齢=彼氏いたことない!」まま、ユズルンに夢中になってしまったのです!

羽生君は素敵だけれど、テレビの中の人で、おまけに私は29歳でユズルンは19歳で十歳も違うやんけ!どうしよう!

と激しく悩んだのですが、妹に相談してみたら、「私が実家にいたころに、お母さんが、思春期の女子高生とかが、みんな、ジャニーズにはまっているのに、私がそんなのに全然、興味がなくて心配していていたんだ。

でも、大学になって、私がミヤノさんって声優さんにはまったら、お母さんは、私がテレビの中の声優さんだけど、紙の上の漫画の主人公とかじゃなくて、ちゃんと現実の人を好きになれてよかったって、嬉しくて泣いていたよ。

だから、お姉ちゃんが羽生君にはまっても全然、おかしくないよ。今はテレビの中の羽生君だけれど、今、みんな羽生君に夢中だし、前は、現実の男子が気持ち悪くて、紙の上の漫画の主人公にしか、ときめかなかったじゃない?だから、元気になった証拠だよ」と言ってくれました。

 まぁ、「彼氏いたことない=年齢」と書きましたが、かすかに3か月くらい、つき合った?の範疇にはいるか分かりませんが、告白して、お友達からならいいよ?と言われて、文通したり、一緒に遊園地に桜を見に行ったりした人は一人だけいるのですが、お仕事が忙しいからと、つき合って数か月でフラレてしまいました。それが去年のゴールデンウィークの頃です。

 でも、キスどころか、手もつないでいないし、何回かお茶をして、文通ばっかりしていたので、つき合った範疇には入るのか分かりませんが、私の恋愛スキルは東村アキコさんの「海月姫」で止まっているので、本当に大丈夫かな?と年齢も29歳という事で、焦っていました。

ふられちゃった時は、本当にショックで、もう恋愛なんてすまい!とか思って、あまりの落ち込みように職場のお姉さんのような先輩に「彼氏を紹介しようか?」とまで言われたのですが、とてもそんな心境になれなくて、ずーっと腐っていたのですが、羽生君を見て衝撃を受けたのです!

 でも、「私は29歳だし、羽生君からしたら、もう、おばちゃんだし、男の子と手をつないだ事もないし!」と、そうやってウジウジしていたのですが、「腐っていてもしょうがない!」と開き直って、次の日、人生初の化粧をして、axesのお洋服を着て職場に行きました。

ただ、クソ虫、ショートカットで、その上、染めた髪の色が赤過ぎたのと、axesのお洋服は中世ヨーロッパっぽいので、みんなに「どうしたの?タカラジェンヌみたいだよ?」と言われてしまいました。

 みんなには「どうしたの?」と言われたのですが、「大人の女性っぽい感じになった!」と言われて、クソ虫、嬉しくなり、職場のおしゃれな先輩にドラッグストアに連れて行ってもらって、安くて使いやすい化粧品を教えてもらったり、ヴィクトリア・シークレットという、アメリカの安いけれど、おしゃれな香水を教えてもらって、振りかけたり、この一ヶ月、仕事も土日出勤が多かったのですが、休みの日はマスカラを買いに町まで出て、土日も香水を買いに行ったりして、化粧漬けでした。

でも、仕事も忙しかったので、その反動か、先週一週間は体が悲鳴を上げたみたいで、インフルエンザにかかって倒れていました。

 という事を書きながら、本当はもう一度、恋愛がしたかったのです。でも、初めて告白して、振られて、自分でも思ってなかった以上にショックで、現実の男性に恋するのが怖かったんです。

とかいいながら、恋愛してみて、いい事もありました。

それまでは安室ちゃんのダンスナンバーばかり聞いていたのですが、よく分からなかったラブバラード。

例えば、安室ちゃんの「CAN YOU CELEBRATE?」とか「LOVE STORY」とかを聞いて、胸キュンになったり、西野カナも聞くようになったし、前は「こんなのは幸せな人間にしか分からない。ドラマの世界だ」とか理解不能だった、マーガレットの漫画とか読むようになりました。例えば「俺物語」とか。あれ、いいですよね?

 その他には鬼束ちひろの中で唯一つ、理解不能だった「sign」という曲が一番好きになりました。

「今夜、君の部屋の窓に、星屑を降らせて音を立てるよ。言えない。何も言わないで、笑って欲しい」という歌詞なのですが、恋愛中はそれに共感して頭の中、お花畑でとても幸せでした。

 という訳で、振られてショックでしたが、収穫もいっぱいありました。

でも、また恋愛するのが怖くなって、一人でウジウジと悩んで、一年近く経って、不意にテレビを見ると、ユズルンに出会ってしまったのです!

 ヴァーチャルでテレビの中の人だけれど、今は毎日、恋愛しているみたいで楽しいです。

 という訳で、今日はユズルンを見ると、ハイテンションになって眠れなくなりそうなので、書いていません。

最近は、仕事が休みの土日の夜に書いています。

私の職場はそんなにサービス残業とかないので、書こうと思ったら、平日の夜とかでも書けるのですが、書き始めると、空想の世界に飛んで行ってしまい、夜眠れなくなって、三日連続眠れないで仕事をしてぶっ倒れたりしたので、最近は、土日にしか書いていません。

 仕事で死にそうで時間がなくて、書きたくても書けない人がこれを読んだら怒られそうですが、今は、それで精一杯です。

 最近、十数年ぶりに書き始めたので、文章能力が小学生の作文レベルにまで後退していて、今は一から小説の書き方を勉強しているのですが、最近、ようやく「書く事って楽しかったんだ!」と再発見しました。

 前にプロを目指して投稿していた時は、投稿するうちに、プロになる事が目的になってしまい、落選が続いたりしたりして、「これを書きたい!」というより、落選結果に一喜一憂して、最初は他の方と切磋琢磨させていただいていたのですが、だんだん、自分に自信がない余りに、変にいじけたりして、競争意識ばかり膨らんで自滅して、十年近く書いていませんでした。


 それで十数年ぶりに書いてみたのはいいのですが、「前みたいに思い上がって、私の小説は誰かを傷つける事しか出来ないのかな?」と思って苦しくて、書いていても、本当に一週間くらい眠れなくて、しんどかったです。

 だから、9月に投稿して以来、もう書いていなかったのですが、スーパーダッシュで落選したと分かったら、憑き物が落ちたみたいに楽になりました。

「ああ、そうか。いい小説が書きたかったら、大丈夫だ。駄目な部分を直して、どうやったらいい小説が書けるか研究すればいいんだ」

 そういう単純な事がようやく分かりました。

 十数年前は自分が弱すぎて、少しでも自分が思っている事と違う感想を貰ったら、認められずに攻撃的になっていました。私は馬鹿で自分と違う人が受け入れられませんでした。それだけ人間が出来ていなくて弱かったんだと思います。

 でも、今はいい意味で開き直れたかな?と思います。
 
 けれど、その分、前みたいに小説の登場人物と現実の自分との境目がなくなって、憑依しているみたいになって、頭の中が物語で爆発しそうになる能力を失いました。

 昔はそういう状態だったので、アルバイトをしていても、頭の中が物語で一杯で、ミスをしたり、人間が無機質にしか見えなくて、人とコミュニケーションが取れなくて、一人でやる仕事しか出来ませんでした。

 でも、それでは食っていけないので、社会人になってから、食べるお金を稼ぐために、職場で嫌でも人にもまれるうちに、社員寮にも入っているので、嫌でもコミュニケーションスキルが上がり、前は親に勉強ばかりさせられていたので、初めての就職先のアルバイトで「君は勉強しかしたことがないのだろう?使えないな?」と言って首にされたりしたのですが、今は職場が食品関係なので、嫌でも料理をするので、鶏肉10キロを三十分で切ったり、キャベツの千切りとか目にもとまらぬ速さで出来るようになり、粕汁とか、ちらし寿司とか、いろんな料理を作るようになりました。

 要はこの十数年で現実の生活能力が飛躍的に上がったのです。


そして、人にもまれて、いろんな人と衝突したりしましたが、職場も社員寮も同じなので、嫌でも顔を合わすので、いつまでも喧嘩してはいられないので、その人のいろんな面が見えたり、いろんな事を言い合って仲直りしたりするようになりました。

そうしているうちに、現実の人間社会で暮らす方が楽しくなって、気がついたら小説を読まなくなり、土日は職場の友達と遊び回り、安室ちゃんの追っかけをして、axes femmeの服を買いあさるようになりました。

 妹とカラオケに行っても、私が歌う歌は「安室ちゃん」、「きゃりーぱみゅぱみゅ」、
「少女時代」、「MAN WITH A MISSION」とか言う狼のぬいぐるみを被ったバンドの歌ばかりで、妹は「金色のコルダ」とか、「サウンドホライズン」とか、アニメ曲ばかり歌うのですが、私はよく分からなくなって、妹とカラオケに行っても、あんまり長時間歌わなくなりました。もうオタクは卒業したのかな?とずっと思っていました。

 それは人間としては幸せなことなんだろうと思います。私は現実に適応してしまって、その代わりに小説を書く能力を完全に喪失しました。

 と、前の日記とかなり内容が被っていて、すいません。

 まぁ、書かなくなったけれど、今は、幸せだし、いっかとずっと思っていました。

 でも、最近は、いろんな事があって、また書き始めています。どこまで行くか分かりません。投稿するかも分かりません。でも、今、なんだか、色んなしがらみがなくなって、書く事が楽しいです。

 妹には、高校生のころ、初めて学生ノートに見せて書いた物語。あれが一番、面白かったよと言われました。今は、なんとなくあの時の気持ちに戻れたような気がするのです。

 まぁ、そうなるにはいろんな事があったのですが、それはまた次の機会に。

 とりあえず、今は先週、インフルエンザで倒れていた時に、暇で100枚くらい書いたのを推敲して書き直しています。

 前にオタクな先輩に「文章がーた。−た。で終わっていて説明文みたいだ」と言われたのですが、よく読み直してみると、小説の文というよりは、小説の骨組で終わってしまっていて、今はそれを必死に小説の文に開き直しています。

 明日は、お世話になった前の職場の上司とお茶をするので、拙いですが、下読みをお願いしてこようと思います。

 長い文章を読んでくださってありがとうございました。とりあえず、私は元気で、平和ボケ気味です。次はいつ更新するか分かりませんが、また読んでいただければ幸いです。それでは、皆さま、お元気で。


ちなみに、広告の下に昨日、書いたスーパーダッシュの落選結果と自分なりの分析を書いています。よろしければご一読を。


 

暗いって言われた

March 26 [Wed], 2014, 9:49
 お久しぶりです。誰もみてないみたいで、これくらいのほうが書きやすいや。だいぶ、前になりますが、スーパーダッシュは一次落選しました。選評にはキャラが生き生きしていたけれど、全体に薄くて劇の台本のト書きみたいで、テーマがありきたりだと書いてありました。

 原因はわかっています。十数年ぶりに書いたので、頭が小説脳になっていなくて、頭の中にはちゃんとイリュージョンがあったんですが、行間を盛り上げる台詞や、描写が書けていなくて、説明文みたいになったんだと思います。あと。テーマがありきたりなのは、当時は、自分のいろいろな父親との辛かったこととか、書きたかったんですけれど、自分も年をとって、親のこととかいろいろとわかったんで、親を変に美化しないと、自分だけ、いろいろ言うのはいけないみたいな想いがあったので、変に和解するないようにしてしまったので、それでありきたりになったんだと思います。

 まぁ、結果は落選だったんですけれど、書きたいことはかいたつもりなんでよかったと思います。応募したのは大学のときに某賞で二次にいったやつだったんですけれど、当時は私はあほで人間が野菜に見えていたので、孤独な兄弟が、お互いしかいなくて、恋人みたいなのもいたのにいらないって、捨てて、精神崩壊起こして自殺する展開だったのですが、自分も、この何年かで、恋愛したり、振られたり、恋したり、いろいろとあったので、成長したのか、恋する女の子の気持ちがわかるようになったので、当時は、女の子を兄弟の間に挟んで、女の子が「私の思いはあの人には敵わない」的展開で、兄弟の互いしかいない状態を強調するために、女の子を利用したのですが。

 今、自分が恋愛ととかして、振られたりして、当時はわかんなかったのですが、兄のほうが女の子を振って、弟のほうに走って精神崩壊起こすのですが、「何だ、この救いようのない展開は!それに、この兄はなんて傲慢なんだ!」と十数年たって、ようやくわかったので、今度はJUNE小説とか、ホモっぽいとか言われたくない!「恋愛小説を!少女マンガを小説にする!」と思って必死に書いていたら、読んでもらった人に「キャンディ キャンディみたいだね」といわれました。

 でも、力不足なのと、(十年ぶりに書いたので文章力がかなり後退している)し、メタクソな父親が出てくるところで、変に腰が引けて、父親を美化して和解させたりしたから、多分、テーマが薄くなって、ありきたりな展開になったんだと思います。

 で、今は、それをまた書き直して、(妹にも、いい加減ほかの書いたらといれますが)、100枚くらい書いています。投稿するかはわかりません。投稿を意識してていると、なんだか、書くのが楽しくなくなってしまって、今は楽しいときに書いて、書きあがって、おくれそうな賞たあったら、送ろうと思います。

 でも、半年前に落選したのを読み返して思うんですが、出来はメタクソだったんですけれど、十年前には人を野菜みたいに思っていて、人を馬鹿にして、精神崩壊して、弟という自分に近い他人のようでそうでない自分のようなものしか愛せなかった主人公が、ちゃんと女の子と恋愛して告白までしたんです。

 結果は、落選だったけれど、主人公幸せにしてあげられてよかったなと思います。

 まぁ、それだけ私も丸くなったのかもしれません。今が幸せなのでしょう。

 でも、今読み返すと、小説の中に他人が出てこないんですよね。前の日記とかを読み返すと、みんなに明るいとか、ムードメーカーとか言われて喜んで書いていますが、今から思い返すと、「絶対に、お母さんのこととか。知られたくない。もう、友達なくなるのも、いじめられるのはやだ。絶対に明るくなる!」と思っていたので、絶えず、明るくてみんなを笑わしまくっていたんですが、この前、妹に「疲れるね。無理に作んなくていいよ」といわれて、最近、あんまり明るくしなくなりました。

 前は「大久保佳代子」を目指していたんです。でも、人気者?と自分で言うのもなんですが、人気者もしんどいんです。職場のみんなと、誰でも仲良く、常に明るくって、結構しんどかったです。

 で、昨日、職場の人に「しんどいときは暗いね」といわれたんですが。それで、少し楽になりました。

 全く、暗すぎるってほどではないのですが、私は、初めての人の前では、お笑い芸人みたいに明るくフレンドリーなのですが、なれてくると、疲れてきて、暗くなるみたいで、(普通の人と反対みたいです)

 最近、職場でも安心して暗くなれるし、しんどいときは、じょじょにしんどいといえるようになったし、半年前に書いて落選した小説には、他人がいなかったのです。多分、私は明るくて人気者だったけれど、絶対に、本当の自分を知られてなるものかと、みんなの前で線を引いていた気がします。

 でも、今は、書き直して、主人公に友達を作ってやったりしています。

 だから、今は、だいぶ、落ち着いてきたのだと思います。

 記事を書くのに半年もたってすいません。

 誰が読んでいるのかもわからないし、読んでいる人ももうゼロに近いと思いますが、今、書いたものも、私が書いている小説も、前はずっと一人で書いていて、孤独だと思っていたけれど、顔も名前も知らないあなたが読んでくれるので、書けています。私が書いたつたないものでも、あなたに伝わるのなら嬉しいです。ありがとうございます。

毒姫 ミウラミツカズ

October 16 [Wed], 2013, 10:19
 こんにちわ。全然書いていませんでした。すいません。この一週間何をしていたかというと、土曜日は弁当の出張販売をして、日曜日友達の家に行ったら友達のパパがぎっくり腰で買い物にいけないので一緒に買い物に行ったり、月曜日は三宮で遊んでいました。で、いい本を見つけたんですよ。三原ミツカズ。毒姫!ダヴィンチで特集を組んでいたので近所のブックオフで見つけて買ったのですが、本当によかったです。昔のコバルトのノリでした。流血女神伝みたいな。今ではこういう作風の人ってあんまりいないですよね。

 で、ブックオフでそろえられなかった分を近所の本屋で予約したんですが、火曜日には届きますって言われていたんですが、なんだか金曜日までかかるみたいです。

 やっぱり本は三宮のでっかい書店で頼まないとダメですね。三宮に行ったら三宮のブックオフで毒姫、全部そろっていましたよ。ああ。久美沙織さんが毒姫の小説版も出しているらしいのですが、日曜日はaxesfemmeのアウトレットに行きたいので、お金をためないとなぁと思って節約中です。

 小説も書かないといけないんですが、今、妹にあげるマフラーを編んでいる途中でそれが後、1玉なんですが。そっちを先にあまないといつになるんだか。

 小説なんですけれどね。書きたいプロットはあるんだけれど、うーん。書いたほうがいいのかな?今までは全部、自分が悪いと思っていたんです。だから、書けなかったんです。でも、職場の上司に相談したら本当に真剣に話を聞いてくれて。

 今まではこんなに真剣に話を聞いてくれる人がいなかった。今までもいたけれど、話を聞いてもらっても誤解が生じたり、話しても話しても言葉が荒れ狂っていた。だから、書きなぐっていたんだけれど、全部、自分が悪いから、書くべきではないと思っていたことを、そのまま受け止めてもらえて、書かなくても安定できるようになった。

 だから、今まで書かなかったんだけれど、それが幸せなのかな?
 悩みも家族のことから、今年の冬にはやるブーツはどれとか、アウトレットで冬服を一足先に買いまくるぞ!にというようなことに変化しています。このままでいいのかな?

 

誰も見ていないみたい

October 09 [Wed], 2013, 13:16
 なんだかアクセス数とか見ていると、誰もみていないようで、なんだかその方が気楽でいいなと続けて書いています。この数日、日記は暗かったですが、昨日少しだけ書き始めました。やっぱりオタクな先輩に「小学生レベルの作文だ」と言われたのが、結構響いていたみたいで。

 でも、読んでもらう限りは作者がなんと言おうと読者がそう感じたことが正しいのだととある小説の書き方の本に書いてあったので、結構必死にダメだしを貰ったところを直していました。

 それに下読みとかしてくれる友人もいなかったので、本当にオタクな先輩の感想が厳しくても本当にありがたかったのですが、なんかもめちゃったので。よく話を聞いてくれる職場の上司に相談したら、「オタクな先輩も気を遣っていたみたいだし、しばらくその話はやめておいたら」といわれて数日。オタクな先輩とは小説の話はせずに普通に会話しています。これが大人なのかな?

 でも、本当に職場には恵まれていると思います。普通は私的なことは隠すのが普通です。身の安全がありますからね。でも、ウチの職場は売り上げが下がって一人の社員の首を切るくらいなら、みんなで頑張って売り上げを上げて、それでも売り上げが上がらなかったら、みんなの給料を少しだけ下げて、雇用を確保するというスタンスなので、給料はきついけれど、私みたいなだめな人間でもなんとかやっていけます。

 周りの職場の友人達もいい人ばかりで、私が寝不足で目の下にクマを作っていたら、「どうしたの?」と聞いてくれて意を決して「小説書いているんだ」といったら、「読みたい」と言ってくれて、でも、私の小説が読みにくかったみたいで、途中でギブアップになってしまったんだけれど、やっと受け入れてくれる場所を見つけたような気がして嬉しかったので、ちょっと悲しかったです。職場ではあまり小説の話はもうしないほうがいいのかな?

 そう思って書いている途中も何回もやめようかと思ったんだけれど、朝井リョウの「何者」っている直木賞を獲った小説を読んでなんだか書く勇気を貰いました。

 その作品は就職活動をしながら、でも、本当の自分をさらけ出せずに、就職活動に失敗して就職留年しながら、内定を取っている友人達のことを2チャンネルで罵倒しながら傍観していた主人公がいるんですが、その主人公は昔演劇をやっていて、演劇をやっていた仲間が就職活動をする時期に、大学を辞めて演劇の劇団を立ち上げるのです。

 その劇団は必ず毎月公演するんですが、主人公はその仲間のことも結構裏でぼろくそに言っているんですが、その主人公に就職活動仲間が、「貴方に毎月、演劇を公演している仲間の事を悪く言う権利はない。例え出来が10点でも20点でも人の前にそれをさらそうとする勇気には勝てない。貴方が就職活動に失敗した理由も、そうやって自分をさらせずに、遠くから傍観しているからだ」みたいなことを言う場面があるのですが、書くのをやめようかと思っている間に、何度も10点でも20点でもいいから、自分の中から搾り出して、ダメだったら徹底的に欠点を考えて次にいかせばいい。失敗を恐れてはいけないと勇気を貰いました。

 朝井リョウの何者。いいですよ。一人で書くことに悩んでいたり、なかなか自分の殻が破れない人がいたらぜひ、読んでみてください。

 まぁ、そういうわけで元気です。

明るいって言われた

October 08 [Tue], 2013, 11:24
 昨日他部署の先輩と話していまして、私は本当はAB型なのですが、「クソ虫さんって、明るしおおらかだからO型みたいでAB型には見えない」といわれました。何だかAB型は自分勝手なイメージが先輩にはあるそうです。この一ヶ月なんだか悩んでいたのですが、傍からみたら明るかったみたいです。中高時代はいじめられっこだったのでよく暗いといわれたし、大学時代は空元気だったので、明るいけれど、付き合ってみたら暗いとよく言われました。けれど、ここ数年は誰にも明るいとかみんなコミュニケーションとるのがうまい言われる事が多くなりました。

 なんでだろう?前はcoccoとか鬼束ちひろとか好きだったけれど、よくわからなくなった。というか興味がなくなりいました。代わりに安室ちゃんをヘビーローテーションするようになり、前はバラードとか恋愛ソングを聞いてもよくわかんないどころか「こんな幸せな歌詞は幸せな人にしか分からなくて、私には届かない」とか思っていたのですが、全然、西野カナとか聞くようになったし、今が幸せなんだろうと思うんですよ。ええ、本当に書く理由もなかったんです。

 それがなんで10年ぶりに書いたかという、クソ虫が給料節約の為にすんでいる社員寮に急に父親のケースワーカーだとか言う人がやってきて、いきなり「お父様が実家を売って老人ホームに入りたいので」という話をし始めたのです。そういう話は大分前から聞いていたので、実家売るって聞いたときにはショックだったけれど、自分が老後の世話をしてあげられるわけでもないし、母が死んでからはもう5年近く連絡もなかったので、ああ、次に父親と会うときは死んだ時だなと思っていたんです。まぁ、あっちも臨終には会わしてくれるなとか言っていたので。

 8月は花火大会にも行ったし、毎週妹や友達と遊んで職場も非常に理解のある職場で、給料もまぁ、そこそこ貰っていたし、何も困ったことはなかったんです。本当にでも、老人ホームの職員さんがいきなりやってきて、父親の話になった時、私は知りませんって追い返したんですが、そのすぐ後に父親から電話があって、それも無視したんですが、なんだかもう怖かったんですよ。もう、今はcoccoの歌とか殺したい気持ちとか忘れたつもりだったけれど、もう怖くて眠れなくなりまして。

 ああ、私は生きている限り父の娘はやめられないなと思いました。そのまま本当は忘れたかったんだけれど、夢にまで出てくるし、何だかひどく悲しかったんです。電話を切った後に、お父さん元気だったかな?もしかして病気だったかな?って罪悪感で一杯だった。

 でも、恐怖が先にたってしまって、私はもう次に父に会うときは父が死んだ葬式の日だって。母が亡くなってもう私たちの家族は解散してしまったんだ。もう父とわかりあう日は永久に来ないと思うと何だか悲しくてたまらなかった。私はもうふっきったつもりだったけれど、なんだかとても悲しかった。

 そういう話を職場の上司が聞いて心配してくれたんだろうけれど、「いろいろあったけれど、お父さんに大学まで出してもらってるんだから和解したら?憎しみは何も生まないよ」って言われたんですけれど、なんともいえなくて。父に今更、何をされたかも説明するのもしんどいし、本当に和解できたら一番いいです。父の娘である私が一番そう思っています。もう憎むのには疲れました。もう嫌です。もう、どうしようもないんです。そう思ったんですけれど、職場の上司も心配してくれているので、あんまり突っ込んだことは言えずに、その後、桜庭一樹の「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」を一気に読んで、気がついたら書いていました。

 もう、何でしょう?この文章も書いても誰も読みたくないような私的な事をだらだらと書いた文章で、なんだか本当に読んでいる方がもしいたら本当に申し訳ないんですけれど、要するに私は、もう、家族のことを忘れたくて、父を捨てたかったんだと思います。

 幸せになって、このまま暮らしていたいなぁと思っていたら、実家で一人老いて家族に捨てられた父が連絡を取ってきたので、すごい罪悪感があって、でも、父の事を思い出すと苦しくて、書いた内容も父と和解する内容のような小説にしたんですが、無理だったなと思いました。別のよく話を聞いてくれる上司に相談してみたら、「お父さんを怖いと思う気持ちがあるのならそのままでいい。家族はそんなに割り切れるもんじゃない。一番辛かったのはクソ虫さんだ」といってもらえて、本当に落ち着いたのです。だから、前ほど書かなくてもいいのかな?と思いました。

 なんだか、わけの分からない文章ですいません。一応次の小説のプロットみたいなのはあるので、またぼちぼちかいてみようかな?と思います。それかその前にもし、職場の友達が遊びに誘ってくれたりしたら気がまぎれてまた書かなくてもよくなくなるかもしれないけれど、でも、明るいって言われるようになってよかった。それだけは本当に思った。だから、私は多分、大丈夫。変な文章を書いてすいませんでした。

書かないほうがいいのかな

October 07 [Mon], 2013, 14:41
 なんだか最近悩んでいます。いえ、たいした話ではないのですが。10年ぶりに書いたらメタクソだし、例のオタクな先輩とは普通に喋って小説の事は互いに触れないように気を遣って話しているのですが、何だか自分の書くものは人を傷つける事しか出来なのかな?と思うともうこれ以上書かないでいるほうがいいのかなと思ったりします。

 実際、多分、書かない人生のほうが楽なんだろうとは思います。毎日パソコンに向かってちまちま文章なんか打ったりせずに、仕事が終わったら、家に帰ってテレビを見て音楽を聴いて、毎日、ファッション雑誌を見て。そういうのが普通なんだろうな。書き出してみたらそっちのほうが本当に睡眠時間なかったし。

 今だって書いてなくても別に幸せだし。そう思うんだけれど、なんか違う。ずっと昔に書いたものを読み返していて、ここで諦めていなかったら、何か変わったかな?と思う。私はいつも最初はとてもがんばるんだけれど、ゴールが見えたら怖くなってやめてしまうのです。今までは失敗するのがとても怖かった。

 だから、自分に自信がなかったし、誰かがいい結果を出しても、素直におめでとうっていえなかった。友達だったのに。それでたくさん友達を失くした。現実でも架空世界でも。

 書くのを諦めたことは私が今まで途中で諦めてしまったりしたたくさんの物たちの象徴のようになっていて、なんだか、このままかかないでいるのがしっくりこない。よくわからないけれど、書く時間があるのに書かないのは贅沢だろうって言われるだろうけれど、怖いのです。こんなふざけた腐った腐った想いが誰かに届くのか。誰かを傷つけてしまわないのか。私はもう怖くて一文字だって打つのが怖くてたまらない。そういいながらまた書いているのですが、何で書いているんだろう?よくわかりません。

感想は難しい

October 02 [Wed], 2013, 10:52
 こんにちわ。昨日も訪問者0人です。今まで職場のオタクな先輩にすっごい枚数のダメ出し感想を貰っていて、それをもとに直していたりしたんですが、先輩から某アニメの二次創作サイトで書いた小説を貰い、その感想を書いたのですが、そのアニメを私はよく知らなかったので、もっと初心者にも分かりやすく書いたほうがいいとか、最後に作者様よりとか書いていたので、小説は読んでもらうものだから、作者様よりはどうか?とか感想に書いたのですが、それが先輩からしたらショックだったらしく、オタクな先輩とは別のいつも相談にのってもらっている先輩にその話を聞いたのですが、オタクな先輩が、私の小説を結構本気でダメ出ししてくれていたので、私もそののりで感想をつけてしまったのですが、いつも相談にのってくれている先輩に聞くと「自分は一生懸命読みにくい小説を読んだけれど、オタクな先輩はちゃんと読んでもらっていないと思ってショックだったみたいだよ」と言っていました。

 いつも相談にのってもらている先輩に相談すると、「もうちょっと仲良くなって一年くらいしてから本気で感想を書いたらよかったかもしれない」と言われました。

 確かにちゃんと読んでもらっていないといわれれば、そのアニメをよく知らなかったので、読みにくく、速読をしたので、でも、オタクな先輩は私の小説と読んで「小学生レベルだ」とか言ってたのですが、毒舌だけれど、本当に愛情をもって一生懸命感想を書いてくれていたので、なんだか自分が情けないです。
 
 それに、わたしは読みにくかったけれど、私が読みにくくてもそのアニメを知っている人が読んだら、先輩の二次創作も面白かったかと思うんです。先輩はとても文章力のある方なので、オリジナルも書ける人だと思って、思ったままを書いてしまったのですが、感想は難しいなと思いました。

 先輩が結構本気でダメだしをしてくれていたので、鮎川はぎのさんみたいに、二人の連名でデビューして書いたりできるかもしれないとか舞い上がっていたので、少しショックでした。

 このまま私が謝って、先輩は才能があるから是非、オリジナルを読みたいと本当の事言えばフラワーオブライフみたいになって、本当のお友達になれると思うのです。けれど、オタクな先輩は近場でもめたくないと言っていたらしく、私も職場でもめて仕事しにくくなるのだったら、安定をとります。それが大人なんだと思うと、なんだか少し悲しくなりました。

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こんにちわ。クソ虫です。安室ちゃんとaxesfemmeが好きな人、お友達になってください。時々小説を書いて投稿しています。
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