武器援助

July 04 [Thu], 2013, 20:08
他の東欧諸国とちがって、チトーはソ連の力を借りず、
独力でナチス・ドイツと戦い、自力でューゴスラヴィアを
解放した。第二次大戦中、ソ連に武器援助を要請したが、
スターリンはその都度、理由をつけては断わってきた。チ
トーのパルチザン軍は一九四二年夏には七千人程度だった
が、 一年後には二十万人に、ドイツ敗戦の時は八十万の軍
隊になっていた。だからチトーはスターリンのご機嫌を伺
う必要を認めなかった。スターリンは従順でないチトーを
快く思わなかった。
第二次大戦後、チトーは急激な社会主義化を進め、政治、
外交、経済すべての面で、ソ連の優等生のように見えたが、
それはユーゴ共産党独自の判断にもとづいて進めたことが、
たまたまスターリンと一致したにすぎず、ソ連への追従で
はなかった。
ドイツ敗北直後から、ソ連の軍事、公安、外交機関が東
欧各国に張りめぐらしたスパイ監視情報網がユーゴ全土に
も浸透し、チトーの失脚工作を進めていた事実まで、ユー
ゴ側は明るみに出して、ソ連の横暴と身勝手さを糾弾した。
当時スターリンに立ち向かうのは死を意味し、勇気のいる
ことだった。
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