北東部を喰らう 

2004年12月17日(金) 2時48分
食べ物ついでに。

こちらブラジル北東部は結構地方色の強い料理がいろいろあります。
クスクスとか、モコトー(牛のくるぶし)、バイアォン・デ・ドイス(豆煮込みご飯)とか。

先日郊外にある「Sabor do Sertao(セルタォンの味)」というレストランに連れて行ってもらいました。郊外といってもレシーフェから60キロくらい離れた田舎の道端にポンって感じであるレストラン。しかし、雰囲気はよく裏の牧場では乗馬体験できたり。
そこに行ったのも、北東部料理「ギザード(Guisado)」「ブシャーダ(Buchada)」を喰らうという目的でした。

さて、このギザードとブシャーダ。ちょっと独特な料理。
ギザードは鶏肉を鶏の血で煮込んだ料理。
ブシャーダは羊の胃袋に、羊のひき肉をスパイスと羊の血で煮込んだものを詰め込んで焼いた料理。
両方ともポピュラーな料理だそうですが、結構人によって好き嫌いが別れる珍味的存在。

どんなもんだろか、とわくわくしておりましたが、両方とも結構いけます。
ブシャーダの方は、ちょっぴりスパイシーな肉そぼろという感じでなかなか懐かしい味。ご飯にかけて食ったらうまそう。
ギザーダの方はなんというか、酸味の効いた鶏煮込みでさっぱりと、血の嫌な後味はまったくありませんでした。

レシーフェ市内のレストランでも食べれたりするので、レシーフェに来る機会のある方はぜひお試しください。

ココ3 下 

2004年11月08日(月) 5時41分
ココとサンバ

ココやサンバの踊りのプロセス

ダンサーがタップでリズムを刻みながら、ペアを組みたい人の所に近付いて行き、何らかのジェスチャーで表現します。そして、お辞儀をして、ウンビガーダ(UMBIGADA)と言われる「へそを当てる」動きをします。(ウンビガーダについてはアフリカ起源のもの)
この誘いで、二人は床を打ち鳴らす動きを繰り返してペアが生まれます。
このようにペアができると、残りの者たちもすぐにそれに続きます。
間もなく、テヘイロ一杯にタップの音が鳴り響くのです。

タップというけど、サンバやココは普通は裸足で踊られます。
たまに、見栄っ張りなクレオール女性が気取って、普段履いたこともないようなサンダルを履いてくることもあったそうです。

灯油かオリーブ油の簡単なランプ一つで、テヘイロは十分に明るかったと言われます。


*エンボラーダという、ココの一つである即興詩対決芸能に関してはいずれ書きます。

ココ3 中 

2004年11月08日(月) 5時39分
ココとサンバ

黒人の踊り・サンバ

一方、同じアフリカの踊りのサンバはというと・・・

1920年代ころには田舎の農民の間でサンバがあまり踊られなくなります。
その頃には農民たちはワルツだけでなく、ラグタイム(ジャズの一種)まで踊っていたとのことで。でも、サンバを踊るものが少なくなったと言われています。

というのも、サンバは激しい踊りで、大変に難しかったのです。下半身には相当の鍛錬を必要としたとのこと。「Um coco bem quebrado」のように、サンバの下半身も「崩す」動きが好まれました。両ひざを折り曲げて、溜めて溜めて・・・突然体を持ち上げたり。←どんな動きやねん
ゆえにダンサーにはたくましい肉体が求められたのです。

だってアフリカの踊りだもん。

ココは盛んに踊られるようになった一方で、田舎のサンバは徐々に踊られなくなりました。

ココ3 上 

2004年11月08日(月) 5時34分
ココとサンバ

COCO/ココ

ココという言葉はブラジルでは非常に親しみを持って使われます。

まず、「ココ」は「ヤシの実」のことを指します。皆さんご存知のココナッツ・ミルク。南部の方ではヤシの木を「Coco de Baia(湾のココ)」とも呼びます。
ヤシの木は北東部のビーチを飾るに最もふさわしい木なのだ。
風で揺れる木の上の方には実が集まり、ココナッツ・ジュース(Agua de Coco)を飲まさせてくれます。また、北東部料理にはココナッツは欠かせません。ココナッツミルクとスパイスで煮込んだ魚介類たち。
また、ココヤシの実を容器に使ったりもします。これも「ココ」と呼びます。

そして、そして。北東部のダンスとしてのココ。

ココはアフリカから連れて来られた奴隷たちによって踊り始められます。
そして、徐々に庶民の間にも広がっていきました。ココは一時期、サロンでも踊られるくらいポピュラーな踊りになったのです。

クリスマスやサン・ジョアン(6月)の頃には、テヘイロでは夜な夜なココが踊られ続けました。単調なリズムと同じ詩の繰り返し。手拍子などに合わせて踊られます。

「Um coco bem quebrado」
粋なココ。
踊りのうまい人はココを踊るとき、タップを少しずらしたり、体勢を少し崩したりしてアピールしました。粋に踊るのよ。


ココ2 

2004年11月08日(月) 5時31分
センザーラにて。

センザーラでは小さなアフリカが形成されました。
そこでは秘密にカポエイラの鍛錬が行われていたり、秘密にアフリカ起源の宗教・信仰が行われていました。

当時のカポエイラは、完全に相手を倒すためのもの。ってか殺すための武術だったらしいです。おそろしや。(確かに、生きるか死ぬかの世界。生半可じゃいけなかった。)
でも、そんなの奴隷主が許すわけもないので、ダンスだと偽り、練習に励んでいたというところから、現在の舞踏的な武術に発達したと言われています。

センザーラにはテヘイロ(Terreiro)と呼ばれる空間がありました。そこでは奴隷たちがカンドンブレやマクンバの源となるようなアフリカの宗教・信仰を執り行っていたのです。

大農園主が誕生日や結婚式などでパーティを開くとき、カーザ・グランデ(大邸宅の方)では農園主や家族、招待客が騒ぎ、踊っていました。そして一方、そんな時、テヘイロでは奴隷たちが同様に騒いだり、踊ったりしたのです。

そこではサンバやココが踊られたと言います。小さなアフリカでアフリカ人が踊ったダンス。
サンバやココは極めてシンプルながらも、決められた振り付けの中での俊敏なステップ、その躍動感には目を見張るものがあります。


次回は「ココとサンバ」

ココ1 

2004年11月08日(月) 5時27分
小さなアフリカ

アフリカから奴隷が連れてこられた

さて、いきなりですが、サンバというとリオ・デ・ジャネイロ。
でも、どうもリオだけじゃないようです。
「サンバ」とは、「アフリカの(または、アフリカ起源の)踊り」の一つを示しています。

1500年にブラジルが「発見」されてから、ヨーロッパ(主にポルトガル)による植民地時代、砂糖農園の労働力として多くのアフリカ人が奴隷としてブラジルに連れて来られました。

「1800年までにはポルトガル領ブラジルの約250万人の住民のうち100万人近くが奴隷であった。」
(Rona Fields, The Portugues Revolution and the Armed Forces Movement, p.15)

どえらい数字です。

ブラジルの歴史というのは北東部から始まります。サルヴァドールが最初の統括地。
(ちなみに首都の変遷;サルヴァドール→リオ→ブラジリア)

支配は北東部から徐々に海岸線沿いに南下していきます。そのあと内陸へ。
北東部では、その気候条件からサトウキビが栽培され、大規模な砂糖農園(サトウキビ畑と砂糖精製工場を兼ね揃えた大農園、ファゼンダ)が経営されます。なんたってトロピカルだからねぇ。それ故、多くの奴隷たちは北東部に連れられて来るのです。
(だから、サルヴァドールは黒人が多くて、アフリカ文化が色濃く残ってる)

大農園では、主人やその家族などはカーザ・グランデ(CASA GRANDE)と呼ばれる大邸宅に住んでいました。そして、奴隷として連れてこられたアフリカ人たちはセンザーラ(SENZALA)と呼ばれる奴隷小屋群に住まわされます。そんなセンザーラでは、小さなアフリカが形成されていたのです。

ココ はじめに 

2004年11月08日(月) 5時23分
ブラジル北東部の重要な芸能といえばココ(Coco)。
アフリカの影響を大きく受けています。
そんなココについて少しだけ書いてみます。

フレヴォ5 下 

2004年11月08日(月) 5時12分
3つのフレヴォ

B O Frevo Cancao フレヴォ・カンサォン

19世紀にMarcha-Cantada(歌のマーチ)から生まれてきます。
カーニヴァルの各グループは自分たちの賛歌、凱旋歌をもっており、馬鹿騒ぎの最後の日、自分たちのところに戻るときにだけ、この凱旋の歌が歌われました。

これがフレヴォ・カンサォンの元となりました。
多くの人たちにとっては、それはフレヴォとは違ったものでした。
フレヴォはインスト音楽で、歌われないのだ。
「そんなのフレヴォじゃない」みたいな。

フレヴォ・カンサォンはフレヴォ・デ・フーアと同じイントロを持っています。
そして歌が続きます。
リズムは異なれど、多くの人々には、それはリオのマーチ(サンバ)の一種のように受け止めらたのかもしれません。

そして、フレヴォ・カンサォンもまた、このカーニヴァルの100年間で多くの美しい曲が書かれたのでした。
特に1930年頃から、フレヴォ・カンサォンの作曲が目立ち始めます。

今なき巨匠たち。
Nelson Ferreira, Maramba, Sebastiao Lopes, Gildo Moreno, Raul e Joao Valenca, Gildo Branco, Antonio Maria, Clidio Nigro, Valdemar de Oliveira, Benedito Santos・・・

活躍する音楽家
Luis Bandeira, Capiba, Genival Macedo, Jose Menezes, Manoel Gilberto, Luis Caetano, Reinaldo e Fernando de Oliveira, Severino Luis de Araujo, Eriberto & Nuca, Rui de Moraes e Silva, Luis Queiroga Filho, Sebastiao Rosendo, Carlos Fernando e Joel Santos・・・

フレヴォ5 中 

2004年11月08日(月) 5時08分
3つのフレヴォ

A O Frevo-de-Rua フレヴォ・デ・フーア

これこそ間違いなくペルナンブーコ、レシーフェのカーニヴァルを代表するものです。単純に「フレヴォ」と広く知られているやつです。そのオリジナリティはブラジル音楽の中でも類を見ない。

基本的に2つのパートで構成されます。
1部 → イントロ(激しい、狂乱したような、男らしい)
2部 → メロディアス

作曲家によって、曲の性格が大きく異なり、精通した人なら、1つ目のコードを聴いただけで、その作曲者がわかるといわれています。
作曲家たち・・・
Nelson Ferreira, Levino Ferreira, Zumba, Maramba, Jones Jonhson, Antonio Sapateiro. Toscano Filho. Nino Galvao, Lidio Macacao, Sergio Lisboa e Alberto Cavalho, Alcides Leao David Vasconcelos, Jose Meneses, Bartolomeu Noronha, Ademir Araujo, Edison Rodrigues, Carnera, Demas Sedicias, Jose Nunes de Souza, Jason Borges, Duda, Seno, Miro de Oliveira, Jose Constantino, Jose Bartolomeu・・・


フレヴォ5 上 

2004年11月08日(月) 5時03分
3つのフレヴォ

フレヴォには3種類あります。

― O Frevo-de-Bloco (ブロコのフレヴォ)=フレヴォ・デ・ブロコ
― O Frevo-de-Rua  (ストリートのフレヴォ)=フレヴォ・デ・フーア
― O Frevo Cancao  (歌のフレヴォ)=フレヴォ・カンサォン


@ O frevo-de-Bloco フレヴォ・デ・ブロコ

1920年代に成立。「ブロコ」というのは、チーム、グループ、集団、塊・・・とそんな感じでイメージしてくださいな。
弦楽器のオーケストラ(バンジョー、コントラバス、バイオリン、ギター、フルート)の一部の集団たちによって生み出されました。(その閉鎖的なクラシック音楽界の空間から、大衆で活気付くカーニヴァルへ逃げたかったのだと思われる)

笛の合図でひとつめのコードが鳴らされます。そして、イントロ。大体は低い調子で始まります。そして第2部に移るにつれて、だんだんと調子が上がってきます。

サウダージ(懐かしさ、郷愁、寂しさ)や凱旋、思い出、カーニヴァルのセレナーデ・・・それらはすでに個人となった偉大な者たちによってはっきりと表現されました。
Edgar Moraes, Raul Moraes, Nelson Ferreira, Joao Santiago, Arnaldo Paes de Andrade・・・

また、今日活躍する音楽家にその意思は引き継がれています。
Getulio Cavalcanti, Geraldo Costa, Lucia Helena Gondra, Eriberto & Nuca, Alfredo Paes de Andrade Neto・・・
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