2.小学生時代

February 09 [Tue], 2016, 1:06
うちの小学校は、2年で持ち上がり制だ。
1、2年同じクラス、3,4年同じクラス、5,6年同じクラスってとこ。

1,2年の頃は右も左もわからない、保育園から上がってきた子と同じようにキャッキャはしゃいで過ごした。
担任の川名先生は、熱血系の教師で、怒ったときは靴とか投げてたw
靴とか、チョークとか投げるのはいいんだけどさぁ、
狙った的(人)が避けた場合のことを考えてないよね。
もれなく、後ろの人にぶつかるって。

3.4年の時の担任は、取り敢えずヒステリーだった。
よく人を殴ったし。
いやむしろ、人を殴るのが趣味じゃないかと思うぐらい殴られた。
体育着入れの袋が椅子のポケットからはみ出してたら1ビンタ、忘れ物をしたら、一つにつき1ビンタ、
クラスメイトからクレームを浴びても1ビンタ。
私はその頃、殴られるとか、慣れてたけど、学校では慣れてなかったから
結構心に来た。なんでそんなことで痛い目にあわされないとbいけないんだろうって思ってた。
思えば、うちの親はPTSとかに入ってなかったから、殴ってもいいと思っていたのかなぁ。

5,6年の時は、これまた熱血系の教師でも新人。
わけのわからないまま2年間をつぶしたなぁ。

というわけで、小学校の思い出はあんまりないのである。
校庭が広くて、いっぱい走らされたのは確かである。
そして、このころから、殴られるとか今でいう虐待に体が慣れていった。

そうそう、忘れないうちにある事件を書いておこう。

母親は、ヒステリックだと前に書いた。
父親はいつも夜遅くに帰ってきた。
とある晩、母親が仕事から帰ってきて、おかえりなさいを言った瞬間
あんたー!ベランダに出なさい!!って言われて、おびえながらベランダに出た。
すると、母親が足をつかんで、ベランダの手すりから私を宙吊りにした。
母親は叫んでた。
私はいきなり天地逆転したのと、母親が私の足を離したら3階から落下
っていう時点ですでにパニックだった。
母親が叫んでた「あんたの父親が・・・・・・・」全然聞き取れなかった。
私は足をばたつかせて、助けて、助けて、ごめんなさい!と叫んでた。

今でも忘れない、寝ると夢にまで出てくる。おぞましい事件。
ベランダ宙釣り事件。

1.自分史〜保育園時代〜

December 26 [Sat], 2015, 1:43
記憶にあるのは保育園の時からかなぁ。
自分が生まれたのは3月なので、
同じ組の友達よりも足が遅かった記憶。
鬼ごっことかするでしょ?
じゃんけんで鬼にならなくても、一回り成長の遅い自分は
すぐに捕まる。
そして、永遠に鬼。
捕まりっこないってわかってても、かまってほしいから追いかける。
そう考えると鬼ごっこって残酷な遊び。

うちの親は、共働きで帰ってくるのが遅かったから
いつもお迎えは最後のほうだった。
バイバイ、またね!って言うほうで、
自分が帰るころには先生しか残ってなかったとかいうことも多い。

迎えに来るのはいつも母だった。
たまに父が送ってくれた。

母は保育士、父は日系企業中役の間にできちゃった
言わば、結婚せざるをえなくさせたのは、私が生まれたからだ。
そもそもの間違い、生まれてきたこと。
Hは気持ちいいかもしれないけど子供は求めてなかった男女。

そんな事情は後々知ることになるが、
保育園の時が一番両親を感じた時期だった。
休みの日は、パパの『かな、今日はどこに行きたい?』
私『パパと居たい!』
パ『じゃぁ、ディズニーランドに行こうか』

たまに横浜そごうの、からくり時計を見に連れて行ってくれた。
私はそれが大好きで、一時間に1回音楽が鳴るのだけど
何回も見たいとせがんで、父はそれに応えてくれた。
父親が好きだった。

横浜そごうで、私が迷子になったとき駆けつけてくれたのも父だ。
店員さんにあやされても泣き止まないで、父親と対面しても大泣きで。
泣き虫な子だ。今も変わらない。

うちは大田区の中小企業が立ち並ぶ工場町。
暮らしは貧しかった。
友達がみんな持っているおもちゃも買ってもらえなかった。
でも、
人生の中で親の愛情を受けた時期でした。



メタル否定

April 28 [Tue], 2015, 23:42
へヴィメタルやスラッシュなどを聞くと
F・・・と叫んでいますが
自分からすると、頭おかしいんですかあなた?と思うんだよね。

そーいうメタルファンが、
「メタルはね〜貧困層から〜」
とか
「政治ふ・・・」
とかいうのですが、

オマエは貧困層の何がわかるんだ?
小遣いもらって育ったんだろ?
毎日毎日生きるために親に媚使ってきたのか?
食欲旺盛の時代に、一日中ベランダ生活、食事はロールパン3ことと水。
親の見栄のために、月曜→塾、火曜→習字、水曜→塾、木曜→ピアノ、金曜→塾、土曜→水泳、日曜→親の八つ当たりフルボッコ。
いや、親の八つ当たりフルボッコは毎日、日曜は何もないのでどこもいかずに家にいると殴られるだけ。
こんな生活だからまともな友達もいないし、
体中アザだらけ。
20年間、親のエゴのために生かされてきた。
自殺未遂もある。薬飲んで首つったけど、何故か生きてる。
17のとき、両親が離婚した。
母も父も私を引き取らなかった。(弟は母親に引き取られた)
ああーそうだ、自分デキちゃった婚させた子だったねー。と、よくわからない反省。
それから施設に引き取られて、20まで奨学金で大学に通った。
施設から出るのが20で、それまで受けてきた施設の援助金がなくなって大学を辞めた。
それからは、生きるところ探しだ。
19になったときから毎日求人雑誌を見て、20になったらどこへ行こうか考えた。
結果、沖縄にある乗馬クラブへ。
1日働いて、雨風しのげるところで寝れる。
食事は朝だけついてる。それも、早く起きないとなくなる。

その牧場だって裕福なわけなじゃい。
オーナーのじ〜さんと、自分みたいな拾われが2人の小さな乗馬クラブだ。
観光客に乗馬をさせて、その売り上げでなんとか暮らしてる。
観光客は規定料金しか払わないから(今考えれば当然だ)、
アメリカ兵に、昼飯やチップをたかってた。
今の英語は、ほとんどその時に身に着けた英語だ。
沖縄に来るUSネイビーはバカだけど金はある。
いい時で3食&5000円くらいのチップがもらえる。

と、どうでもいい話をしたが

楽器を持ってそこそこやってるやつってのは
基本恵まれ体系なんだよ。
愛情を知っているからこそ、受け入れる、否定することができる。
なんでメタルが嫌いかって。
周りのメタルファンが、恵まれ体系のくせに
知った顔で死を叫ぶ。
気分で子供作って、勝手に離婚されていまだに理由がわかってない。
オマエのやりっぱなしなとことか、ファック連呼するとか、結婚相手からしてやなとこだらけなら
そりゃー出ていくわな!フ・・・してるやつになんか子供合わせないわな。
メタルファンの本質は、勝手に傷つく癖に、人を平気で傷つける。
何か言おうものならケンカ売ってんのか?フ・・・!だ。



一流たるもの

April 19 [Sun], 2015, 4:19
一流の殺し屋萬に通ず。

チャンスの神に後ろ髪はない。

April 05 [Sun], 2015, 23:30
チャンスの神様に後ろ髪はない。
というのをご存知でしょうか?

チャンスの神様には前髪しかなく
通り過ぎれば掴み取ることはできないのです。

ここで厄介なのは、どれがチャンスの神様なのかなのです。
また、チャンスの神様は足も速い。
狙って狙って、手が届くところに来たら即座に捕まえなければ逃げていきます。

神レベルの人は、過ぎ去った神を振り向かせることもできるでしょう。

自分は未熟なので、
とりあえず、万に通ずところからでしょう。

光るダーツ盤がいいのか光らないほうがいいのか

April 04 [Sat], 2015, 21:39
光るダーツ盤(ライブ2)のいいところ、ビットが超見える。集中すれば入る。
悪いところ、目が疲れる。
光らないののいいところ、目が疲れない。
悪いところ黒ブルがビットまで見えない。結果黒いところをなんとなく狙ってる。

わかったよ!!!

April 03 [Fri], 2015, 22:09
https://gdirect.jp/store/news/detail.php?nid=127

買えばいいんでしょ!買えば!!
いいよ、全色買うよ!!

以下引用

HAPPY SWING限定20th Anniv.オリジナルチケットホルダーの販売を5月31日(日)23:59をもちまして終了させて頂くこととなりました。
ご購入を予定されているお客様は、お早めにお買い求め下さい。
また、2015年4月17日(金)23:59までにご注文頂いた方には、5月30日・31日の東京ドーム公演に間に合うようお届け致します。
ぜひ、この機会をご利用下さい。

申込締切日:2015年5月31日(日)23:59


名馬じゃい馬は?その3

April 03 [Fri], 2015, 21:45
ファンが名馬たちに会いに行きやすいよう、
そして馬たちについてより多くの情報が得られるような工夫もなされているらしい。

例えば「引退名馬」のホームページ(meiba.jp)上では、
名馬たちのプロフィールや繋養先への行き方や連絡方法、
見学条件などの情報が閲覧できるし、繋養場所に行きやすいような地図や、
牧場近辺の風景や建物等、目印になりそうな写真も掲載されています。
またJAIRSの職員が、助成対象馬の調査に行った際に撮影した写真や動画も公開されています。

facebookも開設されているようですが、
こちらでは名馬たちの情報を得る以外に、
facebookの利用者が引退名馬のfacebookで得た情報を外に向けて発信してくことで広がりを見せ、
競馬ファンだけではなく一般の人々にも引退馬についての情報を知ることができるという効果もあります。

できれば将来的には助成金額の増額も期待したいところですが、
まずはにわか競馬ファンを楽しませてくれた馬たちが、
1頭でも多く安心して余生を過ごせるよう、
この「引退名馬繋養展示事業」が今後長く安定して継続していくことが重要となってくるものと思う。

さぁ、本音だ。
今では1年にG1は地方交流も含め20以上もある。
それなのに、認定はこの数字。
そしていまだ、名馬でない馬に触れていないのはお気付きだろう。

名馬の条件は人それぞれだが、
とりあえずG1を勝たなくては奴らは名馬として扱わない。
日本競馬の体系なのか、日本競馬のG1は1800〜2400mが多い。
スプリント・ステイヤー馬はG1という機会自体に恵まれていない。

G2を2桁勝ったって名馬扱いしてくれないのだ。

\(-o-)/

つまるところ、何が言いたいのかといえば
Winners Horseは名馬だろうが何だろうが
競走馬は人間のエゴの元生まれてきたので
最後(最期)まで人間のエゴで生かしてやろうよ。

こんだけ前置きしながら、書くことは毎回最後同じだよ。


名馬じゃい馬は?その2

April 03 [Fri], 2015, 21:18
この制度により、競馬や繁殖、乗馬の第一線を退いた馬たちの余生に道が開けたと言っても良いでしょう。

助成金額は中央競馬重賞勝馬で1頭月3万円、
地方競馬のダートグレード競走勝馬は1頭月2万円でしたが、
2012年から中央競馬重賞勝馬で1頭月2万円、
地方競馬のダートグレード競走勝馬は1頭月1万円に減額されました。

さらに助成対象馬の年齢が14歳以上と、
それまでなかった年齢制限も設けられました。

助成金の減額と年齢制限は、高齢まで生きる馬が増え、
さらに申請する馬の頭数も増加する中、
決められた予算内で事業を継続するためでもありましたが、
これには引退名馬を繋養する各所やファンから、
引退馬の未来を心配する声が上がりましたね。
 
2013年1月からは、
事業の管轄が公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル(JAIRS)に移行しました。
助成金の原資は、日本中央競馬会からの助成金、
及び競馬関係団体等からの寄付金の2本柱となっており、
競馬サークル全体で支えていくという仕組みになっています。

さらに2013年、14年と2年間事業を実施してきた実績を踏まえて、
事業の見直しも行っているようです。
それにより2015年から、3点の改善がなされています。

まず助成対象となる馬の年齢が、14歳以上から10歳以上へと緩和。
14歳以上という制限があると、繁殖や乗馬としての適性がなかったり、
故障等があって乗馬としての仕事ができない馬たちが路頭に迷うことにもなりかねません。

そういう意味からも、年齢制限の変更は、
引退馬を繋養する各所などからも好意的に受け取られているようだ。
ちなみに2015年度は28頭の新規申請馬がいたが、
うち13頭が年齢の引き下げによるものでした。

また助成対象馬を決定する機会を、これまでの年1回から2回に増やしました。
決定する機会が年に1回だと、
その時を逃すと助成対象となるまで1年近く待たなければならないケースも出てきます。

つまり助成対象馬の募集期間が終わった後に競走馬や繁殖、乗馬を引退した馬の場合、
翌年の募集時期まで待たざるを得ないわけでしたが、
少しでも早くサポートが受けられるように、助成対象馬の審査、
及び交付決定を年2回実施することにしたという。
(全国の乗馬牧場からの嘆願書観ても1→2回だけかよ!と思う。)

2015年度の前期分の申請は昨年11月に締め切られ、
その後、調査等を行って交付決定がなされました。
ちなみに後期分は3月末で締め切られ、再び調査が行われます。

年齢や重賞勝ちがあるか等、条件に該当しているかなどの基本的なことから始まって、
所有者と電話連絡ののちに現地に赴いて実際に対象の馬かどうか、
さらには建物や厩舎など施設等を直接確認するなどの調査をし、
事業内容を満たしていれば助成対象馬となります。

3点目の改善は、特別の助成金の支給。
これは20歳、25歳、30歳という年齢の節目を迎えた対象馬の所有者に、
10万円の助成金を支給するというものです。

医療費が嵩みがちな高齢馬を管理する上で、少しでも役立つようにという考えのもと、
特別の助成金が支給されることとなりました。

ちなみに2015年度前期は、30歳が2頭、25歳が15頭、20歳が20頭、
そして本年度に限り31歳以上の馬6頭(31歳と32歳がそれぞれ3頭ずつ)に10万円が支給されました。
(少なすぎないか?)

これら3点が改善されたのは、
JAIRS側が競馬関係の各団体や会社等を回って得た寄付金によるものが大きい。
(Winners HORESが出してる額が一番大きい!!!
あんだけ摂取しておいてこれだけの馬しか認定しないとかね。)
JAIRSに管轄が移ってから2年が経過しましたが、
それぞれの年で寄付金は少なく、これにより事業を拡大できたとのことです。

一時的に後退しかけたように見えた事業ですが、ここに来て改善されたことで、
引退馬の今後が明るくなったとも言えそうだ。(本当にそう思う?)



続く

名馬なら余生は安定というわけではないが、名馬でなかったら?(1)

April 03 [Fri], 2015, 20:29
ドバイミーティング、スミヨンと、Pスルールの法則を知っていながら
歴史的大敗を喫したウィナーズの3番手が来ましたよ。

ウィナーズの牧場にははっきり言って名馬はいません。
買い取ることはたまにありますが、ウィナーズ提携の他の牧場に押し付けます。
なぜなら名馬故に、人を呼ぶからです。
人が来れば見学者は、名馬が放つ独特のオーラ、
感じる人なら、馬が放つオーラを感じるでしょう。

名馬に限った話ではないですが、特に名馬は
引退してもファイターです。
彼らが放つ殺気に当てられ、すごいテンションで帰る人をよく見ます。
そういう方はリピーターになるので牧場の収入に繋がります。

殺気立っているだけに、乗馬にするのは手がかかりますがね。
(ちなみにウィナーズの名馬に跨れるのは200鞍以上か乗馬2級以上です。)
そこで、他の馬など観ていただいて、名馬に乗りたいが故に
おとなしい馬で練習する方もたくさんいます。

その、おとなしい馬は言ってみれば、競走馬として生まれたのにも関わらず
競走馬としての性格や体、育成牧場、トレセン、厩舎、騎手などなどに恵まれなかった馬です。
前にも書きましたが、競走馬として生まれたからには、競争で勝つことが求められます。
競争で勝てないと、、、、牝馬なら血統次第で大体は繁殖になります。

牡馬は大変で残酷な道が用意されています。

中央競馬の競走馬登録を抹消される馬たちの用途は、
繁殖(種牡馬、繁殖牝馬)、地方競馬、乗馬、研究、使役となっています。
では地方競馬を引退したその先は?

ここ数年、サラブレッドの生産頭数は、7,000頭前後。
多い頃は10,000頭を超えます。
繁殖として供用されるのは一部の馬で、
毎年の生産頭数や日本の乗馬人口を考えると、
引退後のすべての馬が
日本のどこかで養われているということが現実的でないということに気付く人は少ないですね。

GIを初めとする重賞勝ち馬でさえ、余生は約束されていません。

1996年、JRAの関連団体である「軽種馬育成調教センター(BTC)」が
「引退名馬繋養展示事業」を実施すると発表しました。
これにより、中央競馬の地方競馬のダートグレード競走勝馬で、
中央競馬、及び地方競馬の馬名登録を抹消している馬、
繁殖登録を抹消している馬、乗馬として使用されていない馬について、
所有者が申請をすれば、ファンへの公開を条件に助成金が交付されるようになりました。

次に続く(文字数的に)。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:焔帝スズカ
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1985年3月22日
  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 現住所:東京都
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