現代経営では誰も救えないか。

September 01 [Sun], 2013, 2:40
経営という考え方は様々ですが、経営は人を救えるでしょうか。
それは経営の在り方そのものを問うところに起因します。



ならば事業は人を救えるでしょうか。
同じ疑問が投げかけられます。



企業体は大手・中小・零細企業のみならず存在理由を模索し有効に実社会のなかで存続しようと試みるものです。



例えば、メセナ活動です。
メセナとは芸術文化を支援する活動です。欧米型社会貢献型です。



フィランスラピィーとは、「博愛」「慈善」という意味で、民間の社会的貢献と解されています。
元来、「人類愛」という語源から始まったらしいです。



NPO・NGOは自己利益以外に存在理由を持ちます。



企業が社会と関係し健全なる最低限の存続とモラルを要求される時代において、単なるパブリック・リレーションにおける企業イメージとのれんを高める活動に終始すべきではなくなりました。



経済社会悪という考え方には、異説は多いでしょうが、企業経済悪・政治政策悪があります。
最低限のモラルはバブル時代と同時にはじけてしまったと考えるべきが至当ではないでしょうか。



事業は道徳・道義を教えるために存在するものではなく、それは教育分野が担当する問題でしょう。
ところが昨今の教育は如何せん理想にそぐわないから、実社会で社員教育をせざるを得ないです。



ところが自分の会社にだけ役に立つ人材を育成するとき、一定のカラー(色)に染めることで、会社固有の特殊性を出してきました。
しかし時代は、大きくなると色が薄くなりますね。



結局、希薄になる関係で、職場と個人の家族が乖離してしました。
嘗て苦労を重ね丁稚奉公から始まって、二股ソケットを考案し大企業にまで伸し上げ、結局、晩年誰も批判しなくなった創業者がいます。



彼は、地域の交通渋滞を鑑み、歩行者に視点と力点を置き、歩道橋を寄付し設置した逸話話は有名です。
事業化におけるフィランスラピィ―です。
社会的貢献をしなければ生き残れない、でも……です。



ペイバックを要求したら、正しいビジネスは成立しない、存在しなくなるでしょう。
先人たちは決して無能ではなかったわけです。



東京都江東区の税理士事務所を探すならこちら
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:adoke98164
読者になる
2013年09月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/adoke98164/index1_0.rdf