銀のエンゼル
2005年02月22日(火) 19時18分
1月15日より大阪でも『銀のエンゼル』が上映されました。
関西バカ藩士としては、殿のお顔を見ないわけにはゆきません。
で、早速観てまいりましたが・・・。
「みすたぁ〜、どうでしょうと同じパターンになっちゃいました!?」
『銀エン』の主軸は、母親が交通事故にあっても娘に連絡しないような父親と、東京の大学に進学することを父親に相談しようとしない娘の、確執と親子の絆を取り戻す話です。
これに、父親が経営する田舎のコンビニというシチュエーションで、コンビニに来る人々の人間模様が加わるというものですが、ここのまとまりが弱い。
映画のシーンで具体的にあげてみると・・・
大泉さん扮するロッキーが、家出した由希に帰る様、父親の気持ちを伝えに行くけど、別にこれが無くてもストーリーの進行に問題ないし、はっきり言って蛇足だ。
停電した暗い車内で寒さと不安で震えて沈む由希は、暫くして、家出するときに父親から渡されたおにぎりで、父親の心情を理解して家出を止めるのだが、仮にロッキーが説得に行かなくても、あのまま停電が続けば、いずれ気付き父親の待つ朝のコンビニに帰ってくるだろう。
これは他のサブキャラとの絡みでも言える事だ。
この親娘は結局自ら考え解決しており、他者が介在するストーリーの必要性が感じられないのである。
だからこそ、親子の和解の後、父親が「ポルシェ」のトラクターを売るときのシーンで、相談を受けていた村上ジョージが「屁理屈いうなよ」と言って父親の心情を理解できなかったのは当然なのだ。
シチュエーション設定と実際のストーリーラインの矛盾が、まとまりが弱いと感じさせる理由なのだろう。
追記へ

いい絵でしょ!こちらの方に描いてもらいました
絵が描ける人はうらやましい
関西バカ藩士としては、殿のお顔を見ないわけにはゆきません。
で、早速観てまいりましたが・・・。
「みすたぁ〜、どうでしょうと同じパターンになっちゃいました!?」

『銀エン』の主軸は、母親が交通事故にあっても娘に連絡しないような父親と、東京の大学に進学することを父親に相談しようとしない娘の、確執と親子の絆を取り戻す話です。
これに、父親が経営する田舎のコンビニというシチュエーションで、コンビニに来る人々の人間模様が加わるというものですが、ここのまとまりが弱い。
映画のシーンで具体的にあげてみると・・・
大泉さん扮するロッキーが、家出した由希に帰る様、父親の気持ちを伝えに行くけど、別にこれが無くてもストーリーの進行に問題ないし、はっきり言って蛇足だ。
停電した暗い車内で寒さと不安で震えて沈む由希は、暫くして、家出するときに父親から渡されたおにぎりで、父親の心情を理解して家出を止めるのだが、仮にロッキーが説得に行かなくても、あのまま停電が続けば、いずれ気付き父親の待つ朝のコンビニに帰ってくるだろう。
これは他のサブキャラとの絡みでも言える事だ。
この親娘は結局自ら考え解決しており、他者が介在するストーリーの必要性が感じられないのである。
だからこそ、親子の和解の後、父親が「ポルシェ」のトラクターを売るときのシーンで、相談を受けていた村上ジョージが「屁理屈いうなよ」と言って父親の心情を理解できなかったのは当然なのだ。
シチュエーション設定と実際のストーリーラインの矛盾が、まとまりが弱いと感じさせる理由なのだろう。
追記へ

いい絵でしょ!こちらの方に描いてもらいました

絵が描ける人はうらやましい
コンビニに集うという限られた時間軸では、人の生活を表現することは難しいのだ。
昇一が明美の生活を知るのは、コンビニを出てスナックに出向いて初めて分かるように。
おそらく鈴井氏は、自分の伝えたいものを表現できたとは思っていないだろう。
この後、韓国へ行かれたのはその自覚故ではないのだろうか。
小ネタに時間をかけ過ぎて厳しいスケジュールになる「水曜どうでしょう」と同じ結果になったのは、映画監督鈴井氏として絶対に受け入れられないだろうな。
「銀のエンゼル」は鈴井氏の本当のセンスが、技術的な未熟さで全く表現しきれていない作品と思うが、韓国から帰ってきた鈴井氏の次回作は是非観たいと思っている。
というのは、鈴井氏のセンスをうかがわせる好きなシーンが2つあるのだ。
1つは、ホームセンターの駐車場で昇一と明美親子がバッタリ会うところである。
話し込む昇一とスナックのママである明美をそのままにして、ませガキの明美の娘が車に乗り込みドアを閉めウインドウを上げる。するとそこに写り込む2人の姿。
明美と娘のこれまでの生活がどのようなものであったか、これまで幾人の男性に明美はアプローチしてきたのか、これだけで全てが理解できる場面だ。
2つ目は、消えたネオンをつけようとして蛍光灯を取り替えるシーン。
誤ってスポンサーのボードを落として割ってしまい、一瞬、昇一は躊躇するが作業を進めて裸のままで点灯される。
ローソンから映画化の話が来たのに、普通の人はそんなことしないぞ
ただの雇われ店長じゃなく、自覚した経営者になった一瞬をよくあらわしている。
鈴井氏の繊細な心情がこんな感じで表現されていけば、面白い映画がきっとできると思う。
大泉さんですが、ロッキーが登場すると時間が動きだす、そんな感じです。
不思議な存在感がありますよね。
もっとロッキーをみたかったという人は多かったのでは?
昇一が明美の生活を知るのは、コンビニを出てスナックに出向いて初めて分かるように。
おそらく鈴井氏は、自分の伝えたいものを表現できたとは思っていないだろう。
この後、韓国へ行かれたのはその自覚故ではないのだろうか。
小ネタに時間をかけ過ぎて厳しいスケジュールになる「水曜どうでしょう」と同じ結果になったのは、映画監督鈴井氏として絶対に受け入れられないだろうな。
「銀のエンゼル」は鈴井氏の本当のセンスが、技術的な未熟さで全く表現しきれていない作品と思うが、韓国から帰ってきた鈴井氏の次回作は是非観たいと思っている。
というのは、鈴井氏のセンスをうかがわせる好きなシーンが2つあるのだ。
1つは、ホームセンターの駐車場で昇一と明美親子がバッタリ会うところである。
話し込む昇一とスナックのママである明美をそのままにして、ませガキの明美の娘が車に乗り込みドアを閉めウインドウを上げる。するとそこに写り込む2人の姿。
明美と娘のこれまでの生活がどのようなものであったか、これまで幾人の男性に明美はアプローチしてきたのか、これだけで全てが理解できる場面だ。
2つ目は、消えたネオンをつけようとして蛍光灯を取り替えるシーン。
誤ってスポンサーのボードを落として割ってしまい、一瞬、昇一は躊躇するが作業を進めて裸のままで点灯される。
ローソンから映画化の話が来たのに、普通の人はそんなことしないぞ

ただの雇われ店長じゃなく、自覚した経営者になった一瞬をよくあらわしている。
鈴井氏の繊細な心情がこんな感じで表現されていけば、面白い映画がきっとできると思う。
大泉さんですが、ロッキーが登場すると時間が動きだす、そんな感じです。
不思議な存在感がありますよね。
もっとロッキーをみたかったという人は多かったのでは?
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