「虚」業の行方 

January 22 [Sun], 2006, 19:54
この二、三年世間を騒がせてきたIT企業:某社が、証券取引法違反の疑いで東京地検特捜部の強制捜査を受けている。同特捜は外堀を埋めた模様で、いよいよ本丸:取締役社長の某氏の事情聴取も近いらしい。あるジャーナリストは「虚業の最たるもの、MHK(全て、社長のイニシアル)への取り調べ&強制捜査は、昨年より噂されていた…H氏の政界進出も、うがった見方をすれば、郵政民営化推進の為などではなく、議員になって自らの刑事訴追を免れんが為の策であったか?」と語っていた。連日報道される、”かつての”H氏…得意満面の絶頂ぶり…や教祖様への忠誠を誓った信者然の女秘書、それが今、慌てふためき狼狽するH氏やそれでも教祖様の純粋無垢を信じる涙声の女秘書。人間、たった二、三年でこんなにも状況が変わるのか、と慄然とする思いだ。
 対義語(反対語)に、「虚」と「実」というのがある。文字通り「虚」は、外観だけで中身が無い…ウソ偽り…といった意味だ。本来、公明正大、青天白日を旨とすべき証券取引の場で、自らの有利になるような株価操作をしていたとすることが事実ならば、H氏率いるIT企業こそ、本当に虚業の最たるものと言わねばならない。メディア界の高視聴率男の異名を持つM氏や米国人プロデューサーS氏の鋭い舌鋒を引用するまでもなく、この会社は何か具体的な製品や商品を作ったり売ったりして利益を上げる(本来的な意味での)産業(=実業)ではなく、市場の数字を操作したり人心を扇動したりするだけの、実に形骸的な組織体に過ぎなかったのではないか。
 毎日生身の人間、それも様々な故障や不調を抱えている人々を相手に働いていると、正直滅入ることも多い。しかし、その疼痛や訴えに謙虚に聞き入り、痛みの原因を共に考え、可能な限りの治療法を模索していく過程で、自ずから「感謝の念」や「治癒への祈り」といった心情がにじみ出てくるものだ。相手もまた、こちらが誠意をもって治療にあたることで、共鳴して下さることは多い。ときに汗も(たまに冷や汗だって!)かく。文字通り「額に汗」だ。しかし、H氏とその取り巻き連中はどうだったのだろうか?
 実態を持つ企業体では決してなく、実態のない…ゴーストの如き存在。以前の社名は『on the edge』 意味深な名の組織が入居する六本木の威容、あれは21世紀のバベルの塔なのかもしれない。

京都小6女児刺殺事件に思う 

December 16 [Fri], 2005, 21:45
ついに起こってしまったか、の感。有識者とやらによる容疑者の心理分析も
いいが、塾業界に身を置いたことのある人なら、この手の危険性に関しては
一つや二つ、経験があるのでは?
 たとえが悪いが、「飼い犬に手を噛まれた飼い主が、キレた」のでは
なかろうか。今日びの小学生、ことに女児の成長の早さには、目を見張る
ものがある。情報の氾濫、食生活の向上などにより、体格的な成長は著しい。
が、精神的成長とのアンバランスも目立つ。その幼さゆえ、時として実に
残酷な言辞…毒…を吐く。「うざ!」「キモ!」「死ね!」などといった表現を、
語彙力の乏しさゆえに連発する。聞いていて胸が悪くなるような言葉だが、
多用するのは、おおむね女児を含む「女子生徒」だ。そこへ持ってきて、
自意識過剰な「(勘違い)熱血大学生講師」登場。おそらくどこの塾にも一人や
二人、この手の講師はいるはずだ。自分の指導に絶対的自信を持ち、
「オレがなんとかしてやる!」と頑張る。頑張ること自体は大いに結構なのだが、
時にそれが空回りだったり、受け手の生徒から見れば大きなお世話だったりも。
更に不幸なことに、当の先生は例外なく「オレは正しい事をしている」との確信を
持っているものだ。そんな先生にとって、「オレの授業…国語だっけ…の受講を
ヤメる生徒」は即ち「オレを全否定したヤツ」となる。「ヤツが(この世に)居る限り、
オレは否定され続けるのだ」という破滅的思考に陥った結果、殺意は芽生えた、と。
 亡くなった女児と大学生講師との間に、どのような関係があったのか、もちろん
本当のところは分からない。裁判過程でも、明確には判明しないだろう。が、
しかし、今後この手の事件、増えることはあったも、減ることはあるまい。なぜなら、
業界の性格や性質上、大学生講師が過半数を越す塾(会社)は多く、「常勤社員」
だけで授業コマを埋めることは不可能だからだ。もっとも、「常勤社員」は安全で
「非常勤講師」は危ない、とは言い切れまいし…。

一年の早さを感じつつ… 

December 04 [Sun], 2005, 15:54
今日は久々に、ゆっくり始動した。
朝は8時過ぎに起きたが、大好きな(?)二度寝。
で、13時前に起床。ニュースをチェックしつつ、洗濯。
でも雨(>_<) 乾かないよなあ〜。

遅ればせながら、室内のクリスマス装飾をも終えた。
24も25も関係なく仕事の身、いいことも何もないが、
少しだけ華やいだ気分になりたくて、毎年飾る習慣。
ただそれだけ。

仕事場へ移動の途上、小中学生達が雨中、球蹴りをやっていた。
氷雨って感じの雨の中、よくやるよね、小中学生達って。
ボクらは年内の公式戦を終了しているが、いくら芝生の上とはいえ、
雨中戦ってつらいもの。
ましてや敗戦後のシャワー室までの廊下は、暗くて寒さもひとしおだ。
あ〜やだやだ、雨中戦ってやつは(>_<)

それにしても最近、それも小学生からでさえよく聞くのが、
「なんか最近、一年間が早くない?」
おいおい、君らですらそう感じるか。
考えてみれば、年がら年中、テレビ欄はぶち抜きの2時間枠だし、
毎日毎日、本当にあらゆる事件が各地で起こっている。
なんかこう、世の中全体が「生き急いでいる」ように感じるのだ。

このペースでいくと、ボクらはどこへ流されてしまうのだろうか…。
抗うことの出来ぬ、見えざる巨大な手の存在を感じる今日この頃だ。

医師の数27万人突破…多いか少ないか? 

November 18 [Fri], 2005, 15:22
国内の医師の数が、27万人を超えたという。
この数、多いか少ないか。

幼時から思っていたことなのだが、
医師と看護師(を含む医療専門有資格者)との
収入格差は大きすぎないか?

今朝もある患者さまがおっしゃっておられたが、
埼玉東部の某医大病院において、医療ミスの隠匿が
あったという。
また、妹が勤務する都心の某大医学部付属病院でも、
医療ミスの隠匿(報告遅滞?)により、警視庁の
強制捜査が入った。

医師も人間、看護師も人間だ。
従ってミスもあろう。
が、その高度に危険で専門性の高い職務遂行に対して
資格取得への厳しい道は設けられ、日々の緊張を
求められているのだ。
ゆえに、ハードな勤務と不断の緊張感・責任感は
必須だが、それにしても、あまりにその報償には
格差がありすぎないか。

あくまで私見だが、
医師はもっと「サービス業」としての認識を高め、
(当たり前だが)十分なインフォームドコンセント、
治療に入ってからも、患者さまの心身の疼痛への
十分な配慮を身につけないと、”落ちこぼれ”て
しまう時代がくればよいと考える。
その為にも、”競争原理”を働かせても
よいのではないか、と思うのだ。
偏差値競争の勝者が、生存競争の敗者に…というのは
ブラックジョークにもならないが、
「患者さまが選ぶ時代」の到来を祈念する。

とすると、27万人、多いか少ないか?

人は死ぬ… 

November 07 [Mon], 2005, 14:44
昨日の冷たい雨は上がり、今日は立冬とは思えぬほど暖かい。
やや風の強い街を歩きながら、ふと考えた。
「人は死ぬ」と。

昨夜遅く、往診を終えて帰宅すると、ドキュメント番組をやっていた。
全身に癌が転移して、余命いくばくもないと診断された女性が、
せめて残された時間を、より人間らしく生きようとする姿。
「『死』に追いかけられながら生きている日々」と、
その女性は語る。
じりじりと迫ってくる死。

思えば今年の一月四日、彼は突然逝ってしまった。
前日の昼、「お疲れさん!」と廊下ですれ違い、別れた彼。
それっきり、彼には逢えなくなってしまった。
突然来た死。

秋はただでさえ感傷的になるものだろうが、
ボクの場合、急に妙なことを考えてしまう。
小学生の時に急死した幼なじみ。
中学生の時に急死した親。
大学生の時に急死した友の数々。
その後、本当に多くの人々との永遠の別れがあった。

考えなければ、もっと楽に生きられるのだろうが…。

静岡タリウム事件に思う 

November 03 [Thu], 2005, 20:49
静岡・韮山の女子高生、母親毒殺未遂事件。今回もまた、偏差値競争の
勝者というべき人の犯行(本人は否認中らしい)という点で、特徴的だ。
少年法による加罰性の阻却うんぬんはともかく、彼女が事実として
「一服盛った」としたら、その動機・心中には注目したい。
彼女は化学を筆頭に、大変学業が優秀だったという。
ネット上ではきっこ氏ら、興味深い検討がなされているが、ボクはこう思う。
「酢酸タリウムによる人体への影響観察」プラス「未必の故意」と。
近年、難関中学入試を突破する子らの「おたく化」が進んでいるという。
受験指導をしている知人らに聞くと、その入試問題の難度に対応するには、
(妙な意味ではなく)おたく的な、執着心・探求心を要するというのだ。
松本や地下鉄にて猛毒サリンをぶちまけたカルト教団に、多くの偏差値
エリートが居たことは世人の知るところであるが、中心的役割を担ったのは
「理系の」エリートが少なくない。なぜか?それこそが、周囲や結果を
イメージすることよりも、学問的成果や研究結果を見たいという、強烈な
執着心・探求心のなせる業なのではないか。
ボクは決して、特定の人々を揶揄したり批判しているのではない。
「豊かな想像力を前提とした創造性」無くば、科学は人類を不幸にする!
そう言いたいのだ。
話を戻す。勉強熱心だった韮山の彼女も多分、学習の成果や結果を
検証したいという強い執着心・探求心の結果、道徳的制御を逸脱した、と。
また、上述の(歪んではいるが)熱意・欲望のあまり「親」とか「人間」と
いった倫理観はマヒし、「結果的に生命活動を停止させても仕方ないや…」
つまり、未必の故意があったと考えられるのだ。
ボクは学者でも判事・検事でもないし、教師でも宗教家でもない。
だから、善・悪や正・邪を断じたりできない。
ただ、「他人の心や体の痛みに対する想像力」の大切さを訴えたい。
勉強さえ出来ればよい、自分だけ幸せになれればよい、そんな風潮は、
ただでさえ殺伐とした社会を、さらに暗く冷たいものにしてしまう。
優秀な頭脳は、社会に役立ててこそ生きる。
そのことを、彼女は十六年間の人生で教えられてきたのだろうか?
帰路、美しい電飾に彩られた表参道を流れる風は、さらに寒さを増した。

秋が深まり… 

October 27 [Thu], 2005, 15:15
だいぶ忙しかった9月に比べ、この10月は比較的自由な時間が
持てたように思う。精神的にはもちろんのこと、肉体的…とくに
肝機能が正常化したような気がする。やはり生まれた月、10月
は有り難いものだ。
 
『秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる』
とは、平安の歌人・藤原敏行が詠った歌だが、国語の時間は睡眠学習、
と決めていたボクにとっても、この歌だけにはハッとさせられたものだ。
この歌には、秋の寂しさや情趣の全てが凝縮されているように思う。

毎月、かかりつけの歯科医院で検診・治療を受けているのだが、昨日
大変興味深いお話しを頂いた。

◎疲労が溜まると身体の抵抗力が低下することは知られているが、
 その際、歯茎の内表面に存在する常在菌が優位になって炎症等
 を引き起こし、たとえば「歯が歯茎から浮いたような不快感」等を
 引き起こす。
  →最も大切なのは、十分な休養!

(ボクの専門で言うならば、ひどい肩・首のコリや痛みからも同様の
症状は現れる。温熱治療、低周波治療、指圧・マッサージ、鍼灸の
他、ストレッチなどを患者さまには提案しているが、やはり最も大切
なのは、たっぷり睡眠をとることなのである。)
 
 そういえばもう一つ、面白い話。歯科医の中でも、やはり「得意な
技術」はあるそうだ。「(奥様である)おんな先生」いわく、私は切った
貼ったが専門の口腔外科、だんな(であるおとこ先生)は歯科の矯正
や細かい細工がそれぞれ得意なのよ! と。

おんな先生は某歯科大の講師でもあり、患者さまに対する、実に
細やかな「インフォームドコンセント」を実行される治療家だ。また、
おとこ先生は某大学病院の内科医長でもあった方。医師と歯科医師
という立場から、多角的な視点に立った治療活動を展開されている。
お二人とも、実に穏和で思いやりのある治療をされており、本当に
勉強になる。すばらしいお手本でもある。

秋は一番良い季節。食欲も当然、つい酒を飲み過ぎてしまう季節でも
あり、反省しきり。「医者の不養生」「紺屋の白袴」のことわざが脳裏を
かすめつつ、つい…すみません、もう一杯お代わり下さい!(笑)

久々の日本は… 

October 05 [Wed], 2005, 13:50
  たしか日本を発ったのは、初夏…そう、すでに結構暑かったと思う。
その間のことはまた今度にして、久々に戻ってきたらもう…『今浦島』
状態である。
  それはそうと先週末、表参道からの仕事帰り、次の仕事まで時間が
少しあったので、散歩がてら原宿駅まで歩いた。9月の終わりにしては
強い午後の日差しの中、古い精神科医院の庭で、元気に蝉が鳴いていた。
            「え?まだ元気なんだ」
驚きつつ、立派な樹木にしがみついて鳴く蝉たちを眺めていた。
      「もうこちらでは、全く蝉の声を聞かなくなりました」
四国の医大にいる彼女がメールでそう書いていたことを、ふと思い出した。
ボクはおもむろに携帯を取り出し、返信してみた。
          「表参道の蝉は、まだ元気だよ」
そしてまた歩き出した。

今、外は雨。
あの蝉たちの夏も終わったのだろうか。

若い女性に多い、この季節の不調 

May 23 [Mon], 2005, 15:41
1.身体由来の不調@:上腹部の痛み。最も多い。「胃が痛い」と表現される。 身体由来の不調A:胸部の痛み。俗に神経循環無力症、などと呼ばれる症状。原因は多岐に渡る。中高年女性に多いが、新生活や環境の変化がストレッサーとなり、引き金になり得る。
2.精神由来の不調:時期的に、また置かれている状況(新生活に少し慣れた)から考えて、これかな…という気もする。詳しい説明は省くが、セルフケアの方法を示す。副作用は限りなくゼロだから、心配無用。心理療法の基本だが、効果は大きい。@まず出来るだけ静かな部屋(自室)で、イスに浅く腰掛ける。部屋は薄暗い方が、初めは良い。A軽く眼を閉じ、手はダランと下げた状態から、肩をググッと上へ持ち上げる。肩の先が両耳の高さぐらいに来たら、ストンと肩を落とす。この瞬間、首・肩の緊張がかなり緩む。手は身体の横、ダランとさせたままで。B次に、首をゆっくり回す。首の緊張を解く為、頭の重さを感じながら、首筋やうなじを感じながら回すのがコツ。例えば、首が前に倒れかかった時、肩から背中まで伸びているのを感じると理想的。左右に三回転ずつ回したら、真っ直ぐ首を戻す。Cそして、ゆっくり深呼吸三回。その際出来るだけおなかの中で風船を膨らませるような、腹式呼吸で。Dいよいよ自己催眠。両側に下げた腕の重さを意識しながら「あ〜腕が重いなあ…腕って、こんなに重いんだ…」と頭の中で唱える。「腕が重いなあ…腕が重いなあ…」という感じでも可。E腕の重さを実感しても、実感できなくても(初めのうちは)構わないので、3分くらいで一旦自己催眠を解くこと。まずはCに戻り、腹式による深呼吸ゆっくり3回。次に、Bに戻って首をゆっくり3回回す。さらにはAに戻り、肩の上げ下ろし3回。 以上で一通り。一回の機会に三回の訓練でよい。むしろ、毎日続けることが肝要。初めはなかなか腕の重さを実感できないが、訓練をすると体得できる。慣れると、満員列車の中でも実感できる…つまり自分の身体を制御できるようになるわけ。胸腹部の痛みが出てきたとき、あわてずに眼を閉じ、「腕が重いなあ…」を始めると、症状が治まるようになる。
 ところで現代人、出来れば少し仕事や勉強を離れ、好きなところを旅してみては?自転車でのんびり散策したっていい。気分転換は立派な療法だ。

腰痛と歩行の関係A 

April 27 [Wed], 2005, 15:11
 前回は、歩き方によって身体の重心がズレ、腰痛や肩こりといった
不都合が生ずる事を述べた。そこで今回は、どういう歩き方によって
身体の重心を修正し、腰痛や肩こりなどの障害から身を守るか、述べて
みたい。まず、最近の若者、中でも高校生の歩き方が気になって仕方が
ない。あの「ローファーのかかとを潰し、サンダルのように突っかけて歩く」
やつだ。あの歩き方では、歩行時に「すねの外」の筋肉を使わず、それゆえ
足首の動きが鈍る。足の指も使わないから、扁平足にもなる。扁平足の
人は疲れやすいから、電車内でも立っていられずに、すぐしゃがむ。キミの
近くにもいないか?俗にいう「ウ★コ座り」でしゃがんでいる人。
それから、さすがに最近はあまり見かけないが、あの「厚底サンダル」で
ロボットみたいに歩行する子。ボクの師事する先生もかつてネット上で
警鐘を鳴らしておられたが、あれは骨盤とその周辺の関節をおかしくする。
人は歩行時、足・膝の関節をクッションにしつつ進行する訳だが、
「厚底サンダル」ではそのクッションが十分に機能せず、もろに骨盤と
その周辺の関節をブン回しながら進むしかない。あのサンダルを履く子に
生理痛のひどい子が多いのは、納得がいく。まだまだ例示すればきりが
ないが…。
 じゃあ、ぶっちゃけた話、どうすればいいのか。箇条書きで整理しようか。
@足指のグリップ力を上げる。イスに掛け、床に置いたタオルを足の指で
 つかむ練習をするとよい。
A歩くとき、着地はかかと、離陸は親指に力を入れて。小指で離陸する
 現代人が多い が、これが元凶の元と考えるべし。
B同じく歩くとき、不自然でない程度に膝を上げ、両手を振るとよい。
 当然だが、右 足を前に出すとき、左手を前に出す。顔は下げすぎず、
 上げすぎず。
C足を運ぶラインは、ちょうど一本の線上を歩くイメージがよい。膝の
 内側が擦れる 感じだが、骨盤の為にはこれがよい。
D歩くとき、足・膝の関節をクッションにしつつ進行していることを
 意識する。
 こんなところか。これだけで腰痛や肩こりを解消した人々もいるから
驚きだ。やってみるといい。
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