笑顔の理由 

2009年02月14日(土) 21時17分
 イベント事に疎いエドワードは、今年こそはと心に決めていたイベントのために二週間もの期間を掛けて準備をしていた。
 明晰な頭脳でありながら意外と手先は不器用なエドワードは、何度も何度も失敗を繰り返し、ようやくイベント前日を迎えたのだった。
 「わあ、可愛い!」
 エドワードが不器用なりに作ったそれを見たアルフォンスは、社交辞令のように感嘆の声をあげた。
 「うそつけ。そんなこと思ってないくせに」
 弟の気遣いに文句は言っても、これが今のエドワードには最高傑作である。錬金術を使わずにここまでできれば、悪い気はしなかった。
 「何言ってんの。見た目じゃないよ。気持ちの問題なんだから。イビツなくらいが気持ちが籠って見えるものだよ」
 「そ、そうか…?」
 アルフォンスの言葉になんだか少しだけ自信がついたエドワードは、密かに嬉しそうな笑みを零すのだった。
 「いよいよ明日だね。頑張ってね、兄さん」
 「お、おう」
 口元に大きな弧を描き、エドワードは明日の成功を思い描くのだった。




 長い準備をし続けたイベント当日を迎えた。
 何度も失敗をしたけれど、なんとか作り上げたものを小さな箱にしまい込み、それをポケットに忍ばせる。たったそれだけのことなのに、エドワードはやけに幸せな気分で自然と笑みが零れるのだった。
 中央の駅に降り立ち辺りを見回せば、平日の昼間では人気もまばらだ。
 「はぁ……」
 大きく息を吐き出し、わずかに緊張している自身に笑いが込み上げてきた。
 「大丈夫だ。きっと喜んでくれる」
 ポケットの上から箱を一撫でして、エドワードは司令部を目指して足を踏み出した。
 駅から司令部までの道のりは通い慣れたよく知る道だ。浮かれて歩いたり、落ち込んでいたり、様々な感情を抱いて歩いた。そうして司令部に辿り着いてしまえば、暖かく迎えてくれることで暗い気持ちのときには気が晴れていった。反対に明るい気持ちの時にはさらに楽しい気分になった。
 司令部がエドワードにとって帰る場所になりつつあるのは、今さら変えようのない事実だろう。
 「あれ、大佐…?」
 司令部に向かう途中にある商店街で、見覚えのある後ろ姿が見えた。
 声を掛けてやろうと近付いて、足が止まる。
 ロイのとなりには見知らぬ女性がいたのだ。
 距離が離れていて会話の内容は聞こえない。けれど何やら楽しそうに言葉を交わしているのは、遠くからでもはっきりと確認できた。
 「なんで…?」
 悲しげに見つめるエドワードには気付かず、二人は商店街を通り抜けると立ち止まって二、三言葉を交わすとすぐに別れてしまった。
 けれど手を振って女性を見送るロイの手には、可愛らしくラッピングされたプレゼントがあった。
 「あ…」
 エドワードには真似できない可愛らしいラッピングを見て、ポケットに忍ばせた箱をキュッと潰さない程度に握った。
 こんな見映えも悪く、飾り気も何もないようなプレゼントをロイが喜ぶはずがない。ロイがエドワードにくれたもので飾り気のないものは文献くらいで、彼が用意したものはいつも豪華なラッピングや綺麗に飾り付けられたものばかりだった。
 淡い桜色の厚紙で作ったような、粗末な小箱なんてロイの手に乗るのもおこがましく感じてしまう。
 アルフォンスは気持ちの問題だと言ったけれど、こんな粗末な箱に気持ちが籠っているようには見えるはずもなかった。
 「でも、喜んでくれないかな…?」
 ロイはエドワードが飴玉ひとつを渡すだけでも、とても嬉しいと言ってくれていた。それを考えればもしかしたら喜んでくれるかもしれない。
 とにかく顔を合わせてみないことには、頭だけで考えたところでなにも始まらないのである。
 「別にいらないって言われた訳じゃないんだ。とにかく司令部に行こう!」
 わずかに気持ちが落ち込んだけれど、普段の彼の姿を思い描くだけで立ち直ることは簡単だった。
 「でも…」
 嬉しそうな笑顔を女性に向けていたロイの姿が脳裏に焼き付いていた。
 彼のことになると少しだけ臆病な自分が姿を見せる。
 大丈夫。彼はエドワードが哀しむことを嫌う。きっと、あの小箱を見た彼は嬉しそうに微笑んでくれる。
 自分にそう言い聞かせてみても、小さな不安は消えることはなかった。
 「やっぱ、無理しないで買えばよかった…」
 少しだけ後悔した。




 最近は特に大きな事件もなく、司令部には穏やかな空気が流れていた。
 けれど何故か誰もがよそよそしい雰囲気を纏い、なんだか近寄りがたい印象を与える。
 女性士官たちは数人で集まり、ひそひそと男性士官の動きに合わせるように会話をしている。そして男性士官は、女性士官の視界に入ろうと無駄な動きが多く見られた。
 「あ、今日は普通じゃないのか…」
 エドワードがはじめて恋や愛を意識したロイに対して、ささやかながらプレゼントを渡そうとしている今日は、バレンタインデーなのだ。
 女性から男性へとチョコレートに想いを乗せて、愛を告白する日である。
 エドワードは以前はチョコレートを手に入れることができず途方にくれた経験をしていたから、今年はたっぷりの愛情を込めた手作りを渡そうと二週間も練習を繰り返した。菓子作りの本を見ながら何度も作っては、分量を間違えて固くなりすぎたり、逆に固まらなかったり。それでもロイの喜ぶ顔を思い浮かべながら、毎日何度も作り直した。
 そうして二週間目にして、ようやく固さも、味も、口溶けも申し分ない仕上がりのものが出来上がったのだ。
 けれどどうしても成型だけは、型に流し込むだけのわりにはイビツなものしかできず、涙を飲んでなかでもましなものを選んでプレゼントとして箱に納めた。
 しかし困ったことに、エドワードはスマートな演出というものが思い付かない。誰かを喜ばせたくて策を練るなど、考えてみればこれがはじめてに限りなく近いような気がする。
 自分がサプライズに喜ぶばかりで、ロイを喜ばせる演出が思い当たらない。
 けれど考えてみたらエドワードにはスマートとは少し違う印象があった。どちらかと言えば演出とは縁遠い、ぶっきらぼうさがエドワードらしさなのである。ロイのようなさりげない演出はできなくても、彼に渡しさえすればいいのだ。演出など自分には不似合いだ。ただぶっきらぼうでもいいから、彼に渡すのが一番自分らしい。
 「うん、深く考えるのはやめた!」
 両手で頬を軽く叩いて気を引き絞める。そうしてまだロイが不在のはずのオフィスへ向かう。
 「こんちはー…」
 扉を開ければ、そこには一人殺気立つハボックがいた。
 「くそーっやっぱり来たのか…」
 エドワードに挨拶代わりにそんな言葉を投げ掛けるハボックのデスクには、チョコレートとおぼしきものがひとつだけ乗っていた。
 けれどそれは明らかに義理であるのはエドワードにもすぐに理解できたのだった。それと全く同じものが、他のデスクにも乗っていたからだ。
 「それ、中尉からもらったの?」
 「言ってくれるな大将。このひとつの重みをお前は知るまい…」
 「うん、わかないや」
 笑い飛ばしてやると、ハボックは憂鬱そうな深いため息を漏らした。
 「チョコレート会社の策略とわかっていても、今日という日にチョコを持ち帰れるかどうかは男の技量を推し量るんだ。ま、お前には少しばかり早いだろうがな…」
 「そうなんだ…がんばれよ。少尉」
 恋い焦がれてようやくロイと結ばれたエドワードにとって、他の誰かでは意味がないのである。ハボックのように誰でもいいからもらいたいという心境は理解できなかった。
 「お前が来なけりゃ、大佐も義理だけだったのによ。はぁ…もう少し旅を続けてくれればよかったのに」
 ぐちぐちと唇を尖らせるハボックを尻目に、エドワードはハボックの姿に呆れるホークアイと挨拶を交わしていた。ハボックの恋愛に関する愚痴など、はじめから聞く耳は持ち合わせてはいないのだ。
だからハボックの言葉のなかにロイに関することが含まれていたけれど、エドワードの耳には届いてはいなかった。




 しばらく旅の土産話をみんなとしていると、紙袋を携えたロイが疲れた表情でオフィスに顔を出した。
 「やあ、鋼の。来ていたのか」
 「うん…すげー荷物だな。何それ?」
 「ああ、これは軍の慈善事業だよ」
 「ふーん…」
 「文献を用意したから、あとで執務室に来るといい」
 疲れた肩を解すように首を回しながら、ロイは紙袋を持って執務室へと向かった。
 しかし気になるのはあの紙袋である。さっきエドワードが見掛けたときにはロイの手にはなかったものだ。慈善事業などと言って、ただ町を歩き回ってチョコレートをもらえるだけもらってきたような気がしてしまう。
 東部ではロイは町のアイドルのような扱いを受け、女性たちから絶大な人気を得ていた。もちろんロイのように人当たりのよい外面なら、何も知らない女性たちはその容姿も相俟って好意を抱いても仕方ないだろう。
 そんなロイが町を歩き回れば、今日のような日には声を掛けられて当然だ。
 全く予想していなかったわけではないけれど、実際にそんな状況を目の当たりにすると嫌な気分だった。
 しかし今日はそんなことを気にしている場合ではないのだ。
 多くの女性たちと同じ理由で、ロイに逢いに来たのだから。
 エドワードは文献に目を輝かせるような素振りでオフィスをあとにした。
 そうして向かうのはロイの執務室である。
 エドワードだけに許された特権であるノックなしで扉を開ける行為も、最近ではロイからのお咎めはなくなってしまった。何度言われてもついノックを忘れてしまうのだ。彼の部屋だから、なのかもしれないのだけれど。
 「す、げぇ…」
 執務室の扉を開けると、見慣れない光景が目に飛び込んできた。
 紙袋や段ボール箱がところ狭しとそこらじゅうに積み上げられていた。
 「これ、全部チョコ?」
 ソファで疲れたようにぐったりしていたロイが顔をあげる。
 「そうだよ…」
 「こんなにもらって、食べきれないだろ?」
 ロイとお近付きになりたいのだろう女性たちからの贈り物は、ゆうに数百になろうかという数であった。
 「これ、このあとどうすんの?」
 エドワードは自分もチョコレートがあるとは言わずにそれらの処遇を訊ねてみる。
 「言っただろ。軍の慈善事業だと。養護施設に寄付をするんだよ」
 「せっかくもらったのに…」
 中には手作りの愛情の籠ったものもあるはずだ。なのに中身も相手も確認しないで寄付など哀しすぎる。それにくれた相手にも失礼だ。
 「相手は確認しているよ。すべて直接いただいているからね」
 ロイの言葉にたった一度だけしか見ていないけれど、嬉しそうに女性からチョコレートを受け取っているロイの姿を思い出す。
 「でも中身は確認してないじゃん」
 「手紙だけは抜き取って返事を書いているよ。しかしチョコまでは確認できないよ。開けてしまっては寄付もできないしね」
 「冷てぇ言い草…」
 もしも自分もロイにチョコレートをプレゼントしたとしたら、このチョコレートのひとつになっていたかもしれない。
 やはりチョコレートは自分で食べてしまおうか。どうせ気持ちは籠っていても、見映えはこのたくさんのチョコレートのどれと比べても悪いのだから。
 哀しそうにチョコレートを見つめ、エドワードは思い立ったように執務室を出た。後ろでロイが呼び止めたけれど、聞こえない振りをして。
 中庭に出たエドワードは、肌寒いなかでチョコレートを食べてしまおうかと思ったけれど、白い息を見て断念したのだった。
 コートはオフィスで脱いでしまい着ていなかったからだ。
 「出てくるんじゃなかった…」
 喧嘩をしたわけでもないのだから、あのまま執務室にいてもよかったわけだ。
 しかし口の中へと処分してしまおうとしたチョコレートはどうしたものか。
 そうは思っても寒くて我慢も限界であった。
 「行き場がなくなっちゃったな…」
 かわいそうなチョコレートをポケットのなかで撫で、エドワードは再びロイのもとに戻った。仕事が終われば二人でロイの自宅に帰るのだ。
 「意味もなく飛び出しちゃったけど、大佐怒ってないかな?」
 そろりと執務室の扉を開け室内を覗き込んでみれば、ロイは不思議そうな表情で顔をあげた。
 「何かあったのかい?」
 エドワードの思わずとってしまった行動を、ロイは不思議には思っても怒ってはいないようで安心した。
 「ごめん、トイレに行ってた」
 照れたようにそう言えば、ロイは優しく破顏した。
 「声を掛けても振り返らなかったから心配したよ」
 「ごめん…」
 ロイの口に入ることのないかわいそうなチョコレートは、エドワードのポケットのなかで確実にその形を変えていたけれど、エドワードは取り出すこともできずにいた。時折存在が気に掛かり、ポケットの上からひと撫ですると、少しだけ安心するのだった。
 「さあ、そろそろ帰ろうか?」
 ロイの仕事が終わるまでは、エドワードは応接ソファで用意してくれていた文献を読んで過ごしていた。それも読み終わった頃には、ロイの仕事も一段落したのである。
 ロイの自宅に着いてもエドワードはチョコレートを肌身離さず隠し持っていた。
 体温で暖められたチョコレートはすっかり形はなくなっていた。
 リビングで寄り添うように並んでソファに座り、旅の成果を報告するのはいつもの光景であった。
 「今日は嬉しかったよ。まさか来てくれるとは思っていなかったから」
 「だって、大佐が寂しがってると思ったから…」
 「そう思ってくれる気持ちが嬉しいよ」
 そう言って抱き寄せられると、腰の辺りにある異物感にロイが不思議な顔をした。
 「ここに、何か入れているのかね?」
 はっとして両手でその部分を覆い、ロイには適当に誤魔化すしかない。
 「なんでもない」
 「そんなところに入れっぱなしにしていたら邪魔ではないのかね?」
 確かに座るとき、立ち上がるときには邪魔であった。けれどロイの目を盗んで食べるには持ち歩くしか方法がなかったのである。
 「だ、大丈夫。ちょっと後で遣うのに入れてるんだ」
 取り出すことを拒否するエドワードに無理強いするわけにもいかず、結局エドワードのポケットの中に小箱は押し込まれたままになってしまった。
 今日はなんだかエドワードの様子が普段とは違ってよそよそしいような気がした。
 特別指摘できる何かがあるわけではないけれど、こんなエドワードには何度か遭遇したことはあった。大抵がエドワードのなかでロイに対する疑問が生まれた場合や、不信感が存在する場合だ。
 こんなときにエドワードを抱いたりしようものなら、エドワードの曲がったへそはさらに深く曲がり、その後しばらくはロイのもとに立ち寄らなくなってしまう。できれば深くエドワードを感じ、エドワードにもロイを感じてほしいのだが、今は優しく抱き締めるだけにした方が良さそうであった。
 抱き締めることには抵抗はなく、二人でいつもとは少しだけ違う雰囲気に緊張しながら眠りに就いた。
 ロイが眠ったのを確認すると、エドワードはベッドを抜け出した。
 その気配でロイが目を醒ましているとは気付かずに。
 足音を立てないようにしながら寝室を出て、階下へと降りていく。それからリビングの扉が小さく音をたてて開かれ、エドワードはそこへ足を踏み入れた。
 エドワードの手にはロイへ渡すはずだったチョコレートの小さな箱。
 明かりは点けずにカーテンの中へと身を隠す。月明かりや街灯の明かりが手の中の小さな箱を浮かび上がらせる。
 「大佐には、必要とされないんだ…だから俺が食べてやるよ…」
 エドワードはかわいそうなチョコレートに謝罪をするようにそう呟いた。
 箱を開けてみると、かわいそうなくらい溶けて原型を留めず形を変えた五欠けのチョコレートだったものがひとつに纏まっていた。
 味には自信があったから、指に掬って舐めてみる。
 「やっぱ、うまくできてた…」
 罪もないのに受け取ってもらえなかった哀れなチョコレートに微笑み掛ける。
 「もう、次はチョコを用意しなくてもいいよな…」
 「エドワード…」
 カーテンの影に隠れていたエドワードに、ロイが現れて声を掛ける。そうして手の中のチョコレートを隠す間もなく後ろから抱き締められてしまった。
 「たい、さっ…なんで…」
 「甘い香りに誘われた…」
 そうしてエドワードの髪に鼻を擦り付ける。
 「私のための手作りだね。髪にも甘い香りが染み込んでいるよ」
 「ちゃんと風呂に入った…」
 「ここも、ここも、甘い香りがそこらじゅうに染み込んでいるよ」
 首筋や頬に口付け、ロイはエドワードから漂う甘い香りを堪能していた。
 ロイが口付けた場所は、考えてみたらチョコレートを作っていたときにチョコレートが付いてしまった場所であった。手作りのチョコレートなんて初めてのことだったから、両手がチョコレートに塗れ、いたるところにチョコレートが付着してアルフォンスに笑われたものだ。あのときは顔がチョコレートに塗れても、ロイがきっと喜んでくれると思えばまったく気にはならないくらい幸せな気分で作っていた。
 あのときの気持ちを思い出すと、恋する少女のようで照れくさくなってしまう。
 どうしても俯いてしまうエドワードの表情を伺うことができず、ロイはエドワードの身体を自分の方へと向けさせた。
 額や頬、瞼へと口付けると、照れ臭そうに上目使いで見上げてくる。
 「どうしてこんなところで、一人でチョコを食べているのかな?」
 「―――から…」
 「私にくれるつもりではなかったのかい?」
 楽しそうに問いかけるロイに、エドワードはしどろもどろと言葉に詰まってしまう。
 「寄付、されるから…」
 そうしてロイはすべてを理解した。エドワードは町の女性たちからもらったチョコレートと、自分の用意したものが同じ扱いを受けると思ったのだ。
 「町の女性たちからもらうチョコはすべて義理チョコなんだよ。君のものとは違う。彼女たちはご主人や恋人がいて、その上で私にチョコを渡してくれているんだ」
 「でも…中には大佐のことが好きな人だっているだろ?」
 「本当に想いをのせた大切なものは受け取らない。期待されないためにね」
 エドワードはロイの言葉の意味が理解できないのか、唇を尖らせるだけだった。
 「想いがのせられたものは君からしかいらない。他の誰からもらっても嬉しくはないしね」
 「たいさ…」
 「君の想いがのせられたチョコを私にもくれないか?」
 「溶けて、ぐちゃぐちゃだ…」
 エドワードは泣きたい気分だった。ロイはいつだってエドワードの想いを受け取ってくれるのに、エドワードがそれをきちんと理解できていなかったのだから。その上ただでさえ不格好なチョコレートがさらに溶けて見るも無惨な状態なのだ。
 「うん、甘くて美味いね」
 指で掬い上げてひと舐めしたロイがにっこりと微笑む。
 「しかしもう少し甘くてもよかったな…」
 甘味を控えた覚えのないエドワードは、不思議そうにロイを見上げた。
 すると不意をつくように唇が重ねられ、すぐに離れていったのだ。
 「やはりこの甘味には敵わないな…」
 するりと唇を指先でなぞられ、ロイが言わんとすることが理解できてしまう。とたんに頬が熱を持ち、目を逸らしてしまう。
 「ば、ばか…」
 「君にはいつも笑顔でいてほしい。その笑顔が私には最高の贈り物なのだから」
 「たいさ…」
 エドワードは本日はじめて、穏やかな笑顔をロイに向けた。



 ロイに愛されている。それを実感したとき、エドワードに幸せそうな笑顔が零れるのだ。

はじまり 

2009年01月07日(水) 1時54分
エルリック兄弟は街から離れた東部の小さな村を訪れていた。
年末も押し迫った十二月二十九日。
銀行もないその村での調べものも終わると、懐はすっかり寒くなっていた。
「金下ろさないとどこにも行けないなぁ……」
エドワードは財布のなかを覗きながらぼやいた。
「仕方ないよ。銀行がなかったんだもの」
「仕方ない。まずは銀行に行くか」
「そうだね」
街に辿り着いた二人は、脇目も振らずに銀行を目指した。
銀行の窓口で銀時計を見せてから出金の手続きをしようとすると、カウンターのあちら側で何やら不振な表情をされる。
「申し訳ございませんが、こちらの口座は現在差し押さえとなっております」
「軍からの連絡なんですね?」
「ええ……」
「わかりました。またあとで来ます」
エドワードには思い当たる節がある。以前連絡を取りたいがためにロイによって銀行口座を差し押さえられたことがあるのだ。確かに手っ取り早い方法ではあるのだが、窓口で恥ずかしい想いをするからやめてほしいものである。
エドワードはすぐさまロイの直通の回線で電話を掛けた。
「ふざけんな!金が下ろせねぇ!」
「やぁ、ずいぶんと遅かったね。差し押さえてから二週間だよ」
「呑気なこと言うなよ。早く解除しろ!」
「わかった、わかった。それよりも年末の予定は?」
「なんにもねぇ!早く解除しろってば!」
「中尉が今連絡を入れているよ。年末にはこちらに顔を出しなさい」
あくまでも年末の予定の方に話を持っていこうとするロイに、エドワードは内心頭を抱えてしまう。
「それは上官命令?」
「まさか。恋人として新たな年を一緒に迎えたいと思ってなのだがね」
「特に真新しい情報はないし、予定もないからいいよ。ただ、三十一日の午後になると思う」
「そうか。では待っているよ。エドワード」
「お、おう……」
恋人との約束を交わし、仄かに頬を染めたエドワードが受話器を置いて振り返ると、アルフォンスが物言いたげにエドワードを見ていた。
「年末はウィンリィとって約束、破るんだ……」
最近気付いたことだけれど、ロイからの誘いにはエドワードは無意識に承諾してしまう癖がある。
「うっ……」
「気にしないで。兄さんだって大好きな人と過ごしたいだろうから、ウィンリィには適当に言っておくから」
「わりぃ……」
当初の予定ではラッシュバレーで修行中のウィンリィが年末から年始に掛けてリゼンブールに帰省するのに合わせて、リゼンブールに滞在するはずであった。
基本的にはロイへの気持ちを隠しているつもりのエドワードであったが、ロイとの約束はよほど嬉しかったようで、アルフォンスの言った『大好きな人』という単語には無反応だった。
「じゃあ、兄さんは中央へ向かうんだね?」
「気を付けて行けよ」
「兄さんこそ」
ようやく差し押さえが解除された銀行口座から十万センズを下ろし、五万ずつ振り分けてからそれぞれの目的地へと別れた。


前日から降り続いた雪がちらつく三十一日。
せっかく二人きりで新年を迎える約束をしていたのに、途中で列車が雪のために立ち往生してしまう。
中央までは雪のない時期でも数時間は掛かる場所での立ち往生に、エドワードの気持ちは焦るばかりであった。二十九日には隣街に移動するだけで終わってしまい、昨日は雪のためにまた隣町までしか移動できなかった。豪雪地域の北部とは違って、東部から中央に掛けての地域はわずかな積雪にも交通機関は麻痺してしまうのだ。朝から行動していたけれど、列車がなかなか動き出さず、気が気ではない。
昼を過ぎてもやはり列車は動かず、エドワードは仕方なく列車を降りた。
次の駅までは数十分歩いた。
降り積もって吹き溜まりのできた道なき道を歩くのはかなり体力を消耗する。
冬場の太陽は釣瓶落とし。気を抜くとすぐに暗くなってしまう。
急がなければ約束が守れない。
エドワードはさらに次の駅まで直歩いた。
中央まではあと数駅。
しかしそろそろ体力は限界であった。なのにひとつや二つ駅を歩いたところで、記録的な積雪の現状では列車は動いているはずもなかった。
約束が守れないことよりも、中央に近付いているのになかなか距離が縮まらないことが不安と焦りを呼ぶ。
車を手配したらどうだろう。
しかしもとがあまり積雪のない地域である中央付近では除雪もままならず、車はすぐに立ち往生してしまうだろう。
田舎ではまだまだ主要な交通機関であるが中央ではあまり見かけなくなった、馬車ではどうだろう。
馬は雪が積もっていても走れるだろうが、人が乗る荷車が動かなくなってしまうことだろう。
どのみちエドワードは降り積もる雪のなか歩いていくしか方法はなさそうだ。
「さみいよ…顔が痛いよ…何で今年はこんなに雪が降るんだよ!」
あまりの寒さに凍死してしまうことが頭を過る。
次第に気持ちは悪い方へと進んでしまうのは、この寒さの所為だろう。
エドワードが雪の中必死にロイのもとへ向かう途中、もしも凍死してしまったらロイはどうするだろう。
エドワードの死をはじめはきっと哀しんでくれるだろう。けれどしばらくするとエドワードの知らない女性がロイの隣にいる。
それからロイはエドワードのことを忘れたようにその女性と結婚してしまう。
すぐに子宝に恵まれ、二人は幸せな家庭を築いていく。
そこにはエドワードは存在してはいない。
ロイの幸せに関わることができない。
なんて哀しい想像をして、一人で落ち込むのはエドワードの悪い癖。
ロイに話せば呆れられて、そしてなにも心配はいらないと抱き締めてくれるのはわかっている。
早く行かなければ。
エドワードは焦っていた。
早くロイに逢いたい。
早く彼の腕のなかで安堵したい。
なのに距離は縮まらない。
おまけにそろそろ日が暮れ、さらにおかしな方へと思考が向いてしまいそうだ。
「大佐、大佐……大佐!」
彼の名を呟けば勇気がわいてくる気がする。
体は疲れていたけれど、まだ歩けるような気がしてきた。足が縺れても、少しでも先に進みたい。
エドワードは結局新年を蒼白い雪の大地で迎えた。
遠くで新たな年を祝う教会の鐘の音が聞こえている。
彼との約束が守れないことが哀しかった。
けれど諦めてはいない。
彼が暗い思考をさ迷うエドワードを救ってくれる。
芯まで冷えきって痛みすらある手足を引き摺るようにして、エドワードは夜中の三時にロイの家に辿り着いた。
リビングの明かりは消えてはいない。門灯もエドワードを迎えるように灯されている。
力尽きるように玄関の扉に凭れ、エドワードは呼び鈴に手を伸ばした。
ロイはすぐに現れた。
「たいさ……」
ロイの顔を見たとたん、エドワードは膝の力が抜けその場にくずおれた。
すぐさまロイが風呂を用意してくれて、凍傷は免れた。けれど時間はすでに午前五時。
「エド、こちらへおいで…」
湯に浸かり疲れがエドワードの幼い身体を蝕む。
眠たそうにぐったりと重い身体を叱咤して、ソファに座り手招きをするロイの隣に腰を下ろせば、その手にはロイの銀時計をはじめとする家中の時計。エドワードにも銀時計を出すように指示し、ロイはそれぞれを巻き戻し始めた。そうしてどれもが午後十一時五十九分を指した。
リビングの振り子時計がゆっくりと時を刻み、軽やかな鐘の音と共に午前零時を告げる。
「happy new year」
優しい口付けがエドワードの唇に落とされる。
また今年もロイの優しさに、エドワードはただただ愛おしさを募らせる年になることだろう。
「大好き、たいさ…」
エドワードは珍しくそんな言葉で、ロイへの感謝を表した。

未来予想図 

2008年05月17日(土) 22時34分
 無事に元の身体を取り戻すことのできたエルリック兄弟は、身体を取り戻してから初めて司令部にやってきた。
 二人の事情を知らない者に対して、アルフォンスは怪我が治ったから鎧は必要なくなったのだと言い訳し、機械鎧だったエドワードは腕のいい外科医に移植してもらったのだということになっている。
 本当のことはマスタング組しか知らないことなのだが。
 自身の本来の身体であっても、長い間切り離されていた身体はなかなか思うようにはいかなかったようで、二人が現れたのは身体を取り戻してから半年後であった。それ以前にすでに半年もの間司令部に顔を出していなかったのだから、実質一年ぶりの来訪ということになる。
 一年ぶりともなると、アルフォンスはともかくかなり大人びた雰囲気であった。
 「久しぶり……」
 アルフォンスをオフィスに残し、取り戻した右手を手袋で隠したエドワードがロイを訪ねる。
 けれどデスクを挟んで着席したロイと向かい合う位置に足を止めたまま、穏やかな表情で佇んでいるだけだった。
 「一年もの間連絡も寄越さないとは、死んだのではないかと思ったよ」
 「死んでてほしかった?」
 「まさか……」
 エドワードは以前のように反抗的な少年ではなく、ずいぶんと穏やかな表情であった。
 「大人しくなったね。なんだか拍子抜けするよ」
 連絡も無しに現れ、さらに先にオフィスに顔を出していたのだから、まだロイは身体を取り戻したことは知らない。エドワードの表情が穏やかな理由を察することができない。
 「あんたにはたくさん世話になったからね。感謝してるよ」
 「君が殊勝だと何だが気味が悪いね」
 「一年逢わない間に、それだけ大人になったんだ。少しは受け入れてほしいね」
 言いながらエドワードがおもむろに右の手袋を脱ぐ。現れたのは厳つい機械鎧ではなく、血の通った右手だった。
 「それは……」
 ロイは目を見開いてエドワードの右手を凝視した。
 「まだ何も触ってないんだ。初めて触れるものはずっと前から決めてたから……」
 厳密にいってしまえば、手袋には触れていた。けれど気持ちの問題である。エドワードはこの半年間、手袋越しにしかものに触れてはいなかった。
 「初めて触れたいものはなんなのかね?今手袋を脱いでしまっては大事にとっておいた初めてが台無しになってしまうのではないか?」
 ロイが考えるエドワードの触れたいものは、アルフォンスである。ずっと何も感じることもできないような厳つい鎧姿の弟に触れることで、弟が生きていることを確かめたいはずだと思っていたのだ。
 「初めて触れたいものはここにあるからね。今がいいチャンスなんだ」
 「……?」
 ロイはただ疑問符を浮かべるばかりで、エドワードの言葉の意味が分からない。
 ゆっくりとした足取りでエドワードがロイのデスクを回り込んですぐ傍まで歩み寄る。わずかに身長が伸びたのだろう、目線が高くなったエドワードを座ったまま見上げると、やはり穏やかな表情のまま微笑んでいる。
 「初めて触れるのはこれしかないと思ってたよ……」
 エドワードの右手がロイの頬に伸びる。
 ひたりと添えられたエドワードの右手から、確かに血が通っている熱を感じる。
 「俺の罪の証だった冷たい手で何度触れても、あんたは温かい手で大切に包み込んでくれた。だから今度は俺があんたを温めてやりたかったんだ……」
 それまで確かに穏やかだった表情が、くしゃりと歪んだ。
 「やっとあんたを温めてやれるんだ……」
 どれほど苦しくても、悲しくても、辛くても、エドワードは涙を見せなかった。涙を流さないことで、弱い自分を強く保とうとしていたのかもしれない。けれどもう旅は終わり、感情を抑え込む必要がなくなったのか、はらはらと涙を流している。
 「今までたくさん心配掛けて……ごめん。これからはずっと傍にいるから……」
 頬を包み込んでいた右手をロイの背中にまわし、左手も同様にして、エドワードが涙を隠すようにロイに抱きついてくる。
 「エド……」
 そっと小さな身体を労るように抱きしめてやると、エドワードは声を上げて泣き出した。
 「ごめん……ごめん……泣かない、つもりだったのに……大佐の顔、見たら……止まんない……」
 「泣けばいい。今まで泣きたいのも堪えてきたんだ……気が済むまで泣きなさい」
 「う、うぅ……」
 右手にロイを感じることができた。それだけでも充分すぎるほどの悦びである。そのうえこれからの人生を共に歩んでいくことができるのだ。もう離れ離れにはならずに済むのだ。これ以上の悦びは、今は考えられそうもない。
じわじわと溢れて止まらない涙を、ロイが無言で受け止めてくれた。そう思えばまた涙が溢れてきたけれど、次第に涙は終わりを見せた。
 「……大佐の、服……濡れた……」
 「君の涙ならいくらでも濡らして構わないよ……」
 「気障……」
 鼻を啜り、涙を拭ってエドワードが顔を上げる。
 泣き腫らした目は痛々しいけれど、笑顔であった。
 「これからはどうするつもりかね?」
 「アルはリゼンブールに帰って、ばっちゃんのところから学校に通う。俺は……」
 ちらりと上目遣いにロイを見る。
 「大佐のところに、居ちゃ……だめ?」
 「……」
 ロイは困ったように眉根を寄せてしまった。拒まれるのではないかとエドワードの表情が強ばる。
 もしかしたらロイの未来予想図にはエドワードの存在はないのではないだろうか。自分だけが彼との未来に夢を膨らませていた、独り善がりなのではないだろうか。
 大きな不安が押し寄せる。
 「まさか、君からプロポーズされるとはね……」
 「プロッ……っ!」
 ロイの言葉にエドワードの頬が一瞬にして真っ赤に染まる。
 「すべてが終わったら私から言いたかったのだが……」
 「じゃあ……」
 とたんにエドワードの表情が明るくなる。
 「あぁ、一緒に暮らそう。これからずっと……」
 「たいさ……」
 また、エドワードが涙ぐむ。
「望みが叶ったとたんにずいぶんか弱くなったものだ……」
 「あんたが悪いんだ……こんな……俺を喜ばせる、から……!」
 「それは失礼した……」
 ロイは再びエドワードを抱きしめた。
 「もう離さないよ……」
 「うん。もう……はな、さない……で……」
 額を寄せ合い、見つめ合う。そうして一年ぶりに引き寄せられるように口付けを交わす。
 これから二人で描く未来に、思いを馳せながら。

BATH TIME ROMANCE 

2007年12月02日(日) 21時00分
 アメストリスにはそれまでの内戦や紛争が嘘のように平和が訪れていた。もちろんテロなどもあれほど頻発していたのになりを潜め、軍は鍛錬や演習ばかりをするようになった。毎日変わり映えのない日々では軍人たちも張り合いがなくなり、退屈凌ぎに様々なイベントが繰り広げられるようになった。
 そこで以前イベントとして行われた焔の錬金術師であるロイと、鋼の錬金術師であるエドワードとの模擬演習が再び催されることとなった。
 午前中から始まるはずだった模擬演習は、列車の乗り継ぎが上手くいかなかったエドワードの遅刻によって午後三時から始まった。
 以前はエドワードの惨敗で策を練っているかと思いきや、今回の作戦も行き当たりばったりの『ゲンコでボコる』であった。策士のロイを相手にそんな作戦では勝ち目などなく、またしてもエドワードは敗北したのである。
 しかしエドワードも傷の男やホムンクルスとの戦いで実戦経験を積んでおり、以前に比べて幾分ロイとの戦い方を変えたようだ。なかなか勝負は付かず、晩夏の早い夕暮れも手伝って、抜けるような青空が茜色に染まる頃まで戦いは続いたのである。
 斯くして練兵場全体を爆撃でも受けたかのように滅茶苦茶にして、二度目の焔と鋼の模擬演習は幕を閉じた。
 一度目の時には観衆の一般兵の中から怪我人が続出したのだが、二度目ともなると流石は軍人で誰一人として怪我をする者はいなかった。当事者の本人たちも砂埃に塗れはしたものの、かすり傷程度で済んでいる。
 この模擬演習は一般兵はただ楽しむだけなのだが、観衆を楽しませた当事者には罰ゲームが用意されていた。優れた錬金術師でも広大な練兵場を一度の錬成で修復するのは困難といえよう。それが散々錬金術戦を繰り広げ、エネルギーを消耗した後に練兵場の修復が待っているのだ。できることなら御免被りたいのだが、負けは負けである。当然勝つつもりでいたエドワードは、当たり前のようにその条件を呑んでしまったのだ。
 しかしさすがのエドワードでも体力、気力ともに消耗してしまい、練兵場の修復には思った以上の時間を要してしまった。すっかり暗くなると、ただでさえうんざりするほどの広い練兵場の修復に気分がさらに滅入ってしまう。
 すっかり元通りになるころには、エドワードの勝利を願っていた観衆もその後の宴会ですっかりできあがっているし、いつもならエドワードを気に掛けてくれる元東方司令部の精鋭たちすら宴会を楽しんでいる始末だ。普段なら感じない疎外感に、エドワードはさらに気分が滅入っていくのを実感した。
 ようやく罰ゲームから解放されて宴会の席に顔を出しても、食べるものなどなにも残ってはいなかった。
 疲労と空腹で機嫌の悪くなりつつあるエドワードは、仕方なくロイがいるであろう指令室を目指した。
 ロイが中央に招聘されてから与えられたのは東部にいた頃のような執務室ではなく、東部での部下たちと共有する指令室だけであった。五人の部下それぞれのデスクが向かい合わせに並び、部下たちを見渡すようにロイのデスクが奥に配置されている。広い室内にはさらに空いたスペースで応接セットがあり、ロイはそこでゆったりと寛いでいた。
 「疲れた!腹も減ったし!」
 宴会の席では残骸と化していたオードブルの大皿が手付かずで用意されていた。
 しかしエドワードはロイが酒を呑んでいたことにご立腹のようだ。
 「俺がこんなに疲れてるのに、あんたは酒呑んでるのかよ。なんかムカつく!」
 「ではそのムカつく私が用意したこのオードブルはいらないんだね?」
 「いらないとは言ってねぇだろ!」
 「相変わらず素直じゃないね……」
 ロイの隣に仏頂面で腰を下ろす。すると空かさずロイの手が伸びてきて、エドワードの頭を優しく撫でる。
 「……お疲れさま」
 人前では子供扱いと反発するロイの行為だが、実のところはこうして撫でられるのは嫌いではなかった。途端に機嫌も直り、ようやくエドワードの表情が和らぐ。
 「アルフォンスは宴会に顔を出しているよ」
 アルフォンスの行動を報告するのは、弟を気遣うエドワードへの配慮である。弟が長い夜を寂しく過ごすようであれば、エドワードはせめて傍で夜を過ごしたいのだ。けれどアルフォンスが寂しさを感じることなく夜を過ごせるのなら、自身の望む行動ができる。
 優しく撫でていた手がごく自然な流れでエドワードを抱き寄せた。
 「食事を済ませたら、帰ろうか?」
 普段は天の邪鬼で素直ではないけれど、こんな誘いにはとても素直で、小さな頭がコクリと頷き肯定を表した。




 ロイが中央に招聘されてからエドワードがロイの私邸を訪ねるのは初めてで、何度も泊まっているのに不思議な緊張感があった。
 「まずは風呂!」
 エドワードはちょこまかとロイの攻撃から身をかわすことで運動量が多かったのだ。汗と砂埃でざらざら、べたべたと気持ちが悪い。
 けれど久しぶりに逢ったエドワードが一人で入浴することをロイが許すはずはない。
 「あんたと入ったらロクな目にあわないし。いいだけ逆上せるからヤダ!」
 「これは勝者から敗者への命令だよ。模擬演習の前に約束しただろ?」
 ただ練兵場の修復だけが罰ゲームではなんだかつまらないと、エドワードから言い出したことであった。うまく模擬演習で勝てれば、ロイを顎で使うことができると思い、敗者は勝者の言いなりになるという罰ゲームを持ち掛けたのだ。
 負ける可能性など皆無だと、根拠のない自信があったはずなのだ。
 しかし対戦してみれば、接戦ではあったが結局負けてしまい、彼の様々な恥ずかしい要求を呑まなくてはならなくなってしまった。自分が出した条件ながら、なんて約束をしてしまったのだろう。
 「エッチなことはなしな!」
 彼とは何度も身体を重ねた恋人同士であり、様々な恥ずかしい格好で彼を受け入れたことも数知れず。その所為か一応言ってはみたが、長ければ何ヶ月も逢えない恋人を、身体を洗う程度で解放してくれるとは思えないのだが。
 「顔を赤くしてそんなことを言っても、期待しているとしか聞こえないよ」
 耳元に唇を寄せてそう囁かれれば、恥ずかしいとか逆上せるなんてことが頭からすっぽりと抜けて、彼から与えられる極上の快楽を期待してしまう。
 「バ、バカなこと言ってたら触らしてやんないからな!」
 ロイの腹に拳をぶつけ、照れ隠しにそんなことを言ってみる。
しかしロイはエドワードのそんな態度の意味など重々承知だ。
 クスクスと楽しそうに笑うから、少しだけ見透かされたことに腹が立つ。




 湯船に通常よりも多く泡を立てたバブルバスに、ロイが入る。そうしてはじめは向かい合うように浸かっていたエドワードは、はにかむような笑みを湛えながらロイに背中を預けて寄り添ってきた。すると当然のように腰に回されるロイの手に、擽ったそうに小さく声を上げて笑いが零れた。
 「なあ、この泡って、シャボン玉できるかな?」
 「できると思うよ。やってごらん」
 普段はバブルバスに入ることがない所為か、以外にも子供らしい疑問に、ロイも穏やかな笑みを零す。
 エドワードは両手で大きな輪を作り、そっと壊れないように呼気を吹きかけてみた。すると質の違う両手で作った輪からはなにも生まれなかった。何度か試してみたが、やはりこの両手ではなにも生み出せなかった。
 「手を貸してごらん」
 見兼ねたロイが手を差し伸べる。そうして大きさの違う大人と子供の手で輪を作って呼気を吹きかけてみれば、ほわりと儚い球体ができあがった。
 「わあ……ッ」
 幼い子供のように、瞳を輝かせるエドワードに、ロイも優しく笑みを浮かべる。
 しかし何度も二人で作り出すシャボン玉に、さすがのエドワードも飽きてきたようで、はじめの感動ほど瞳を輝かせなくなった。
 「いくら君でも、そこまで子供ではなかったか」
 「子供だっていつかは飽きる。それが大人に近付くに連れて早くなるだけだ」
 そう豪語して、ロイに凭れ掛かった。

BATH TIME ROMANCE 

2007年12月02日(日) 20時55分
 「エドッ……」
 あまりの締め付けに快感よりも痛みの方が勝り、ロイは溜まらず表情を歪めた。
 「お湯がッ……入ってくるッ……ふあぁん」
 指を咥え込んだときにはあまり感じなかったのだが、やけに今は湯が胎内を満たしているように感じられた。まるで彼の迸りで満たされているかのようで、エドワードはうっとりとした表情である。
 なんとか挿入時の締め付けが弛み、身動きのとれなかったロイにもゆとりが戻る。けれどこれまで見てきた中でもっとも淫らなエドワードを目の当たりにしたロイは、余裕などほとんどなくなっていた。
 獣のように腰を打ち付け、ただ高見へと昇るだけ。
 今の状態のエドワードではろくに身体を支えることもできないとわかってはいたのだが、立ち上がってバスタブの縁に手を突かせ、腰を持ち上げて激しく揺さぶる。
 「はあんッ……あん、ん……あッ……あッ……んんッ……あぁんッ……」
 がくがくと揺さぶられる一突きごとに、目の前が白んでいく。自分の声も、もうよくは聞こえない。
 「ん、んう……んぁ」
 絶頂を示すように胎内が激しく痙攣した。そのしゃぶり付くような蠢きに、ロイはぎりぎりまで自身を引き抜いて一際強く最奥を貫いた。
 「ひッ……ああぁぁぁッ」
 幼い肉茎から、びゅくびゅくと白濁が迸る。
 「……ッ」
 搾り取るように胎内がロイを締め付け、堪えきれず灼けるような胎内へと欲望を浴びせかける。
 胎内にロイの迸りを感じ、エドワードは恍惚とした表情を浮かべたまま意識を手放した。




 意識のないエドワードの身体を清め、パジャマ代わりのロイのシャツを着せてから二人でベッドに沈んだ。疲れきったエドワードはほとんど寝返りも打つことなく泥のように眠り、ロイはそんなエドワードを腕の中に包み込んで眠りに就いた。



 エドワードが訪れているからといって必ずしも休暇が取れるわけではない。平和であろうとなかろうとロイの仕事は変わらず多い。気を利かせてくれる副官が休暇の調整をしてくれたりもするのだが、昨日は午後からあまり仕事ができなかったため、休暇は明日以降へと持ち越しになっていた。
 声も掛けずに出掛けたくはなかったのだが、さすがに昨日はずいぶんと無理をさせてしまったから音を立てないように身支度を整えていた。
 「んー?」
 しかしエドワードは敏感な子で、ロイの身支度の気配に目を覚ましてしまった。
 「まだ寝ているといい。昨日はあんなに疲れたのだから」
 「いろんな意味できついからもうやりたくない」
 開口一番のその言葉は、ロイを狼狽えさせるに充分であった。主語がないため何がしたくないのかはわからないのだが、ロイとのセックスが身体の負担になるのはロイとしても理解していた。だからセックスを今後したくないのだと宣言されたようで、主語を聞くのがなんだか躊躇われた。
 「な、何のことかね?」
 狼狽えていることを悟られないように装ってみたが、敢えなく失敗してどもってしまった。
 「んー?」
 エドワードはまだ完全に覚醒したわけではないようで、反応は鈍い。けれどすぐに答えは返ってきた。
 「模擬演習」
 狼狽えたことがばからしくなるほど、エドワードの解答に拍子抜けだ。
 「体中痛いし、汗と埃でベタベタザラザラだし、あんたには勝てないし」
 「そうだね……」
 ロイはエドワードの言葉に乾いた笑いを漏らしながらも、少年の言葉を肯定した。そんなことをすれば、エドワードが一瞬で完全に覚醒し、怒りを露わに飛び掛かってくるのは想定内だ。
 しかしエドワードは覚醒はしても、シーツを頭まで被ってしまって飛び掛かってはこなかった。
 なんだかつまらなくて、ロイは傍に歩み寄って隠れた耳元に唇を寄せた。
 「模擬演習だけじゃなく、ベッドでも、君は私には勝てないけどね」
 「なんだよもー!」
 エドワードにはロイの言葉が想定内だったようだ。だから頬を真っ赤に染めて、シーツに隠れてしまったのだ。
 「可愛いね、エドワード……」
 クスクスと笑いながらロイが言うと、エドワードは軋む身体をガバリと起こして頬を膨らませた。
 「早く仕事に行け!バカ!」
 突き飛ばすように押されて、わずかによろめきつつもロイは笑うのをやめない。すると羞恥に堪えきれなくなったのか、枕が飛んできた。
 「バカ!スケベ親父!変態佐!もう、知るか!」
 エドワードが言葉を重ねれば重ねるほど、ロイは笑いが止まらない。狼狽えてしまった自分に対して、そして可愛らしいエドワードの反応に対して。
 そんなやりとりをしばらく続けていると、窓の外で迎えの車のクラクションが響いた。
 「残念だが迎えが来たようだ。行ってくるよ。エドワード」
 「ん、いってらっしゃい」
 口付けでロイを見送り、エドワードは再びベッドへと潜り込んだ。
 窓の外から聞こえてくる走り去る車の音を子守歌代わりに聞きながら。
 そうして薄れはじめた意識の中で、さっきのロイの言葉を反芻する。


 ベッドでも勝てない。


 言われてみればそうかもしれない。
 模擬演習でもベッドでも勝てないなんて、悔しいけれど認めてしまう自分に笑いがこみ上げてきた。
 「いつか、負かしてやる……」
 そう呟いて、意識が途絶えた。

MY FUNNY VALENTINE 

2007年09月02日(日) 23時45分
年間を通してイベントは多々ある。
しかしエドワードはそれらにはまったく興味がなかった。エドワードが興味を示すのは、成長期ゆえか食べることと、錬金術、そして身長が伸びるといわれる事柄くらいだろうか。
そんな彼には年の離れた恋人がいる。
ロイ・マスタング。
女性なら誰もが瞳を輝かせるような地位と名誉、そして美貌を兼ね添えた男である。
そんな男と付き合うようになったのは、かれこれ一年ほど前の寒い日であった。
恋人との過ごし方を知らないうえに奥手で照れ屋のエドワードに、ロイは根気強く恋人との過ごし方を教えてくれたのだった。時間を掛けた甲斐もあって、今ではすっかり二人きりの時間を楽しむにまで変わったエドワードであったが、元来恋には疎い所為かロイから教わる以外で気に掛けなければならないようなことは周りから知らされることの方が多いのも事実である。
そしてまた、弟のアルフォンスから聞かされるまで気付かなかったことがあると判明した。
本来は女性から愛を告白するとされる日が迫っているのだ。
もちろん女性ではないエドワードには関係ないといってしまえばそれまでなのだが、男同士の恋のイベントは存在するはずもない。男女間の恋のイベントに便乗するしかないのだ。
夜行列車に揺られながら昨夜のことを思い出す。
昨夜は宿で次の滞在先を相談していたのだ。賢者の石に関する情報源であったり、高名な錬金術師がいるとされる町であったり。しかしその相談をしているさなかに、突然アルフォンスが言ったのだ。
 「兄さんは中央に行かなくていいの?」
 言われている意味がわからず首を傾げると、アルフォンスは実際には吐くことのできない大きな溜息を漏らした。
 そして明日がバレンタインデイであることを初めて知らされたのだ。
 次の滞在先はいくつか検討していた。そこでアルフォンスが先に興味を惹かれた町に赴き、情報を入手している。その間数日程度だろう。その間エドワードは中央に向かい、これまでの探索の報告がてらロイとの恋人の時間を過ごす。一見エドワードだけが楽しんでいるように見えるのだが、兄弟が逆転したかのような二人だ、面倒見のいい弟が羽根を伸ばせるのはこんなときなのだ。さすがにエドワードが怒るので口にすることはできないのだが。
 そんなわけで弟の気遣いだと思い込まされたまま、エドワードは夜行列車で中央に向かったのだった。
 乗客も少なく静かな車内は眠るには打って付けといえるだろう。しかし初めてともいえるロイとのイベントなのである。こんな嬉しいことがあるだろうか。
 気付いた時間が店の閉店時間を過ぎていたため、ロイへ渡すチョコレートは中央に着いてから購入の予定である。それを渡したときの彼の表情を想像したら、眼が冴えて口元が自然と綻んで仕方がない。そんな顔を車内に向けては笑われてしまうだろう。どうしても緩んでしまう顔を車窓に向けて目を閉じたが、ロイの驚いてその後嬉しそうに笑うだろう姿を想像するとやはり眠れなかった。
 闇の中を疾走する蒸気機関車の車体が地平線からの一筋の光を反射する時間になっても、完全に睡魔から見放されたエドワードは緩む口元を隠すので必死だった。

MY FUNNY VALENTINE 

2007年09月02日(日) 23時43分
中央の駅に着いたのは町が動き出す二時間前であった。
 空いた時間を潰そうにも、指令部に顔を出してしまえばせっかくロイを驚かせようとやってきたのに展開を予測されつまらない結果となってしまうだろう。それにせっかく想いを伝えるための格好の日だというのに、その想いを乗せるためのチョコレートはまだ入手できていなかった。店が開店した後にでも行って、飾り気のないシンプルなチョコレートでも手に入れる予定であったが、まだ開店はしてはいないのだから、寒い屋外よりもどこか休めて暖かい場所にでも移動しようと思う。
 店が営業していないのであれば行く当てなど飲食店くらいしか思いつかない。けれど一般的なレストランはまだ営業時間外だ。 しかし馴染みの宿は一般的に朝食を食べるような時間から営業をはじめる。エドワードは昨夜宿を出てから何も食べていなかったこともあり、いつもの宿で朝食を摂るために冷え込む中央の町を歩き出した。
 贔屓にしている宿ということもあり、エドワードが顔を見せると店主はあれやこれやと食べ物を出してくれた。それを遠慮なく腹に収めると、欠伸がひとつ漏れた。
 考えてみれば昨日もほぼ徹夜だった。ほとんど睡眠も摂らずに夜まで過ごし、アルフォンスと別れた後も一睡もしていないのだから、眠気が襲ってきても不思議ではない。
 部屋をひとつ用意してもらい、今にも閉じそうな瞼を叱咤しながら部屋へ辿り着いた。
 部屋はいつもの大通りに面した角部屋。朝陽が直接差し込むけれどそんなことが気にならないくらい今は睡魔に魅入られていた。
 ほんの仮眠程度。
 そう自身に言い聞かせてベッドへと潜り込めば、瞬く間に真っ白な眠りの世界へと誘われてしまった。




 たっぷりの睡眠を摂ったあととはこれほど清々しいものなのかと思うくらい、目が覚めると睡眠不足から来る怠さはなかった。
 「なんか久しぶりによく寝た気がするよ……アル、いるのか?」
 しかし部屋には弟の気配は感じられない。
 「そういえば、中央に来てたん……だ……った……」
 そこまで思い出して、今日の予定が大幅に狂ってしまったことに気付く。
 本当であれば店が開店するころまで仮眠を摂って、チョコレートを購入するはずだったのだ。しかし銀時計の時間を見れば午後三時。けれどまだ売り切れたりなど考えるような時間ではなく、エドワードはホッと胸を撫で下ろした。
 宿の近くの菓子屋に足を運ぶと、女性が数人ショウケースを指差しながら何かを物色しているようで、エドワードは自分のために買うのだ、という顔を作って店内に踏み込んだ。しかし店の入り口からは見えないところに張り紙がしてあり、そこには『本日入荷分のチョコレートは売り切れました』とあった。
 「こんなこともあるさ……」
 少しだけ乾いた笑いを漏らしながら、次の店に向かう。
 次の店は張り紙はしてはいなかったのだが、ショウケースにはチョコレートはなかった。
 「チョコ食べたいんだけど……」
 店主に声を掛けると、返ってきたのは嬉しい悲鳴といった感じであった。
 「今日みたいな日にチョコなんてどこにもありゃしないよ。うちだって早々に売り切れたんだから、バレンタイン様様だな」
 がっくりと肩を落としたエドワードだが、穴場の菓子屋がきっとあるはずだと思い、中央の町を探し回った。しかしどの菓子屋も、昼には売り切れてしまったらしく、店の閉店時間になってもチョコレートは見つけられなかった。
 日ごろは照れてしまって言葉にすることができない想いを伝えるチャンスなのだ。しかし照れを隠せる術を失ってしまっては、ロイに逢わせる顔がない。
 確かに彼であればチョコレートがなくても、言葉がなくても、ただ元気な姿を見せるだけで喜んでくれるだろう。しかしそれでは今日である意味がなくなってしまう。
 逢うべきか、逢わざるべきか。
暫らく冷え込む町を彷徨いながら、エドワードは指令部に向かってみたり、途中で引き返したりを繰り返した。
 そうして出した結論は、やはり彼に逢いたい。
 すでに勤務時間は過ぎている。指令部までの道程を、いないでくれと願いながらゆっくりと歩き出した。その後姿は肩を落として項垂れる、まるで捨てられた仔犬のようだった。
 たっぷりと時間を掛けて指令部に辿り着いたはいいが、どうしてもロイの元を訪ね辛くて、まずはオフィスに顔を出した。そこには本日の夜間勤務のホークアイ中尉とハボック少尉がいた。
 性格的にロイのようなそつなく何事もこなすようなタイプではないハボックは、ロイほどではないがそれなりに好意を持つ女性は存在するらしく、ほんの数える程度のチョコレートに顔の筋肉は緩みっぱなしであった。
 ホークアイ中尉もそんなハボックを咎めるでもなく、仕事をこなしていた。
 「あら、どうしたの?」
 扉を開けたはいいが言葉もなく俯いて、ただ泣き出しそうに唇を噛み締めるエドワードに、ホークアイ中尉が声を上げた。
 「中尉……」
 見上げたエドワードの瞳は哀しみでいっぱいで、しかも寒い中を歩いてきたのだろう頬が真っ赤に染まっていた。
 もらったチョコレートで頭がいっぱいのハボックでは話にならず、ホークアイ中尉が今のエドワードの心情を推測する。
 落ち込んでいる風なことを考えると、アルフォンスに何かあったか、もしくはアルフォンスと何かあったのだろうことが考えられる。しかしエドワードがアルフォンスに関して何かあると、前後不覚な状況になることを今まで何度か見てきたから、それは違うと考えられるだろう。そう考えるとエドワードがこれほどの表情をするとなると、指令部公認で交際中のロイに関係することだろう。そして手に携えているいつものトランクの中はわからないが、手には今日という日に持っているはずのプレゼントがないところを見ると、もしかすると購入できなかったのではないだろうか。もしくは用意していたのに、道中でなくしてしまったとも考えられる。
 「エドワード君……こっちへいらっしゃい」

MY FUNNY VALENTINE 

2007年09月02日(日) 23時39分

 ホークアイ中尉はエドワードに廊下へと出るように促した。そして重い足取りのエドワードが連れられてきたのは、給湯室であった。
 「これから私の言う通りにしてくれるかしら?」
 彼女の言葉が理解できず、首を傾げればやけに強制的な瞳がエドワードを刺した。彼女の瞳には逆らえず、言われるが侭従うしかなかった。
 「今日はこれがいいわ」
 ミルクを冷蔵庫から取り出すように言われ、嫌いだと触るのもいやだと思いながらも取り出す。そうしてそれを小さな鍋に注ぎ、コンロの火を点ける。それからロイをはじめとする指令部の面々が飲んでいるという飲み物を納めてある棚の観音開きの扉を開け、そこからココアを取り出す。
 「要するにココアを作って欲しかったんだね……」
 「そう、でもこれは私が飲むのではなく、大佐が飲むのよ。疲れた頭には甘い物が必要ですものね」
 「………」
 「でもあなたが持っていってくれなければ意味がないのよ。あなたが作ったんですもの、大佐に届けてあげてね」
 「え、でも……」
 できることならもう少し心の準備が欲しいところだが、彼女の強い瞳にはやはり逆らえず、仕方なくカップをトレイに乗せて、クッキーも添えて給湯室をあとにした。
 「それを飲んだら今日はお疲れ様でしたと伝えて頂戴ね」
 唇を尖らせて抗議の眼差しを向けてみたが、ロイには効果的でもホークアイ中尉にはまったく効果はないのだった。
 ロイにはなんだかこんな日だからこそ、渡す物がないとなると顔を合わせづらい。気付かずに顔を出したのであれば、きっと何食わぬ顔で執務室の扉を開け、ロイやその他の誰かに今日がバレンタインデイだと知らされ、チョコレートがないことを一言謝るだけで気分は晴れるだろう。しかし完全にバレンタインデイだと知っているうえに、気の緩みでチョコレートを買い逃したとわかっているのだから、どうしても顔に出てしまい買い逃したことがばれてしまうだろう。
 火傷しそうなココアの湯気を眺めながら、エドワードは唇を尖らせたまま執務室へと歩き出した。
 今エドワードにできることは、ロイにぶっきらぼうに接してチョコレートを買えなかったことを気付かせないことだ。
 ノックもせず扉を開き、一言。
 「中尉が持っていけって!」
 エドワードの手に乗ったトレイから、芳しいココアの香りが立ち上っていた。
 処理を終えた書類の山を前に、疲れたのだろう目頭を押さえていたロイが扉を見遣る。
 「鋼の……こんな時間にどうしたのだね?」
 「や、べつに……」
 しかしロイにはエドワードの手に乗ったトレイからの芳しいココアの香りで、エドワードの突然の来訪の意味が理解できていた。けれどそれを言ってしまってはなんだかつまらない気がして、なんでもない日に訪れたときと同じ対応をする。
 「今回は一月といったところか……」
 エドワードが前回ロイの元を訪ねたのは年末であった。共に新しい年を迎えるために、一週間程度滞在したのだ。
 「収穫のない報告書でも届けてやろうかと思ってさ」
 言いながらココアとクッキーを押し付けるように机上に置く。
 「疲れた頭には甘い物がいいんだって」
 「これはありがたい……」
 ロイのしなやかな、焔を自在に操る指がカップを持ち上げる。口元まで運んでも口は付けずに香りを楽しむ。
 「ん……いいチョコレートの香りだ……」
 「何言ってんだよ。ココアだろ?」
 「君からチョコがもらえるとは思わなかったよ。ありがとう」
 今のエドワードには固形のチョコレート以外はチョコレートとしての認識はなかった。だから知らず大きな瞳を丸く見開き、首を傾げるという可愛らしい仕草をしてしまう。
 「実際にはミルクとチョコレートを混ぜるという物だが、ココアも大した違いはないだろう」
 ますますわけがわからないエドワードであった。
 「ホットチョコレート。これも今日という日の必需品だよ。しかもこんな洒落た渡し方をされるとは思わなかったよ」
 チョコレートといえば固形だと思ってしまうのは人の先入観だ。例え液体であろうとチョコレートであることには変わりない。そんなことに気付かないほど、エドワードは気が動転していたのだろう。ホークアイ中尉の機転に感謝せねばなるまい。
 ロイの喜ぶ顔が、とても穏やかな笑みに変わった。
 「う……うぅ……」
 突然エドワードが泣き出した。
ロイが慌てて駆け寄ると、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「昨日バレンタインだって知ったんだ。アルが教えてくれて。大佐が喜ぶと思ったから、こっちに夜行で来たんだ……」
 ぽろぽろと大粒の涙が頬を伝っていた。けれどロイはその涙を拭ってやるよりも、小さな恋人がこれまで何を思って何をしてきたのか吐き出させてやることの方を優先させた。
 日ごろどんなことにも涙を見せない少年は、こんなときぐらいしか思う存分涙を流せないからである。
 「でも大佐に逢えると思ったら嬉しくって汽車の中でも眠れなくて……中央に着いたら店なんかやってないから宿に行って……」
 「うん……」
 時折相槌を打ちながら、優しい眼差しがエドワードの言葉を促す。

MY FUNNY VALENTINE 

2007年09月02日(日) 23時36分

 「寝てなかったから朝飯食ったら眠くなって、気付いたときにはチョコなんて売り切れてて……」
 途方に暮れたときのことを思い出したのか、顔をくしゃくしゃに歪ませさらに涙が溢れていた。
 「チョコないし、でも大佐のいる街にいるから逢いたかったし。だからここに来たんだ。そしたら中尉がココア作れって……」
 「そうか……」
 エドワードがホットチョコの存在に気付くとは思わなかった。しかしそれを運んできたということは誰かのアドバイスだろうと予測できたが、やはり彼女であったか。
 「チョコないから、俺大佐に、気持ち伝えることできないと思ってて……でも、ちゃんと伝えたかったし……」
 しゃくりあげ、すでに何を言いたいのか言葉の整理すらできないほど、エドワードの中にロイへの気持ちが溢れているのがよくわかる。
 そっとロイがエドワードを抱き締めた。すると驚いたエドワードが顔を上げ、腕の中からロイを見上げる。見下ろすロイの瞳は優しい色をしていた。
 涙に濡れた頬を包み込んで拭ってやり、瞼に口付けてやる。そうしてエドワードが落ち着くまで啄ばむような口付けを送る。エドワードの呼吸が落ち着いたころを見計らって、今度は涙が触れて少しだけしょっぱい唇に口付ける。まるで儀式でもしているかのようにそっと触れるだけの優しい口付けだ。
 「大丈夫。君の気持ちはちゃんと伝わっているよ。私の邪な感情を受け止めてくれただけでも充分だというのに、君からの想いを聞くことができるだなんて、これ以上ない悦びだよ……」
 乾き始めていた頬をまた、涙が伝い始めた。けれどとても胸が温かくなって、幸せだといえる涙だった。


ココアの甘い香りが、二人の雰囲気をさらに甘くしていくような気がする。
今後はもう少しだけ、イベントを意識して事前に計画を立てようと心に決めた。


「そういえば、中尉がこれ飲んだらお疲れ様って……」
 すっかり冷めてしまったカップを目で示して言うと、ロイは壁の時計に目を遣った。
 「もうこんな時間か……どこかで食事でもして帰るとするかい?」
 深夜には程遠いが、夕食の時間には遅い二十二時。二人は肩を並べて指令部をあとにした。
 粉雪がちらつく町には人気も少なく、二人は指令部とロイの自宅の中間ほどに位置するレストランを目指した。そこはボックス席に区切られている静かで回りの目が気にならない店で、何かと人目を惹いてしまう二人連れにとっては都合のいい店であった。
 しかし不思議なことにいつもなら落ち着いて食事を堪能することができるというのに、今日は不思議と落ち着くことができなかった。いつもと客層が違っていたというのもあるのだろうが、それでも席に着いてしまえば周りが気にならないはずなのに、なんだか二人とも押し黙ってしまうのは何故だろうか。
 「な……早く帰ろうよ……」
 俯いたままほとんど食事に手をつけないエドワードがようやく口を開いたら、そんな言葉が飛び出した。
 「奇遇だな。私もそう思っていたところだ」
 やはり食事にほとんど手をつけていないロイが穏やかな笑みを浮かべた。
 「でも、勿体無いから喰いもんは残さず食べようぜ」
 店に着いてから俯いたままだったエドワードが、ようやく顔を上げ笑顔を見せた。


 わずかな会話をしつつ、今日は味もわからないくらい落ち着かない店を出たのは日付変更線のほんの手前であった。
 

町を歩いても人とすれ違うことのなくなった住宅街。そこでロイが歩みを止めた。
 ほんのわずかな距離を開けて歩いていたのだが、ロイが急に歩みを止めたことを不思議に思ったエドワードが見上げると、そこには誰にも見せることのないロイの笑みがあった。それはエドワードにだけ許された特権ともいえる最上級のロイの笑顔だった。
 「こんな時間でなければできないことをしよう」
 言葉の意味が理解できなかったエドワードは疑問符を浮かべるだけ。
 「何、簡単なことだ。手を貸してごらん?」
 ロイの右側を歩くエドワードがそっと左手を差し出すと、願っても叶えることのできなかった恋人らしい行為へと導かれた。
 「手を繋ぐだなんて大したことのないことですら、君にはしてあげられなかったからね……こんな日くらいはしてもいいと思うのだが、どう思う?」
 「いろんな意味で恥ずかしい……」
 「誰も見ちゃいないさ……」
 力強く握られた左手はとても温かくて、エドワードはまた俯いてしまった。けれど繋いだ左手にはきゅっと力を込めて、離れないように。
 ロイの自宅に着いてもその手はきつく握られたままで、明らかに寒さからではない頬の赤みを二人とも隠すように顔を背けていたのだが、さすがにリビングにまで入ると、その手は自然と離れた。
 まるで身体の一部が離れたかのようにとてつもない虚無感が繋いでいた掌に存在したけれど、互いにコートを脱ぎ去るためなのだ、仕方がない。
 コートが身体から離れると再びロイが手を差し出してきて、エドワードは躊躇わず頬を染めながらもその手を取った。冷え込む屋外とは違って、重ねた手は仄かに暖かくて、エドワードは両手で包み込んで胸へと導いた。
 片手をエドワードに預けたままリビング中央のソファへと促して腰を下ろせば寄り添う影。
 「好きだよ……エドワード……」

MY FUNNY VALENTINE 

2007年09月02日(日) 23時34分
 「……先に、言おうと思ってたのに……」
 引き寄せたロイの手をさらにきつく握り、エドワードが恥ずかしさからくるのか瞳を潤ませてロイを見上げた。
 「君の言葉はホットチョコと共にもらっていたからね。私の気持ちを伝えたまでだよ」
 「でも……先に、言い……たかった……」
 これほど素直なエドワードは珍しい。エドワードといえば奥手で照れ屋で、さらに天邪鬼だったのだ。それが気持ちを素直に言葉にしてみたり、こうしてロイに寄り添って甘えてみたり。今まで時間を掛けて恋人との過ごし方をひとつずつ教えてきた賜物だといえるだろう。
 「そう言ってもらえるとは、光栄だよ」
 ロイがそっと頬に口付ける。すると困ったように眉を寄せ、唇を尖らせたので、思わず唇へと口付けを送ってみた。一瞬エドワードの肩が震えたかと思うと、ゆっくりとロイの手を捉えていた両手が緩みロイの首へと伸ばされる。それは深い口付けを求める合図だった。
 「ん……」
 触れ合う唇をそっと開き、エドワードはロイを誘う。口付けは何度もしてきたし身体も求め合ってきたけれど、すべてのきっかけはロイからだけでしかなかった。快楽に呑み込まれて焦らされて求めることはあっても、まだエドワードはしっかりと自我を保っているのだ。これほど嬉しいことはあるだろうか。
 ロイは誘われるままエドワードの口腔内へと舌を差し込んだ。はじめは怯えるように震えていたはずのエドワードの舌がすぐに絡み付いてくる。
 「ぁ……んぅ……」
 求めることに慣れていない所為か、ロイの首に絡めた両手が少しだけ震えていた。
 互いの吐息を交換し合うように、深く舌を絡める。時折ロイが悪戯をするように上顎を擽ったり、舌の裏側へと舌を差し込んだりすると、肩を竦めて逃げるように身を捩る。けれどすぐにもっと、と舌を絡めてくるのだから、今日のエドワードはかなり大胆だといえるだろう。
 「はぁん……」
 長い口付けから解放してやれば、甘い吐息が漏れ口角から一筋の銀糸が流れる。
 うっとりと少し潤んだ瞳がロイを見上げ、ロイの首に両手を絡めたままソファの座面へと誘うように身体を倒していく。体重を掛けてしまわないようにロイに支えられながら、エドワードは完全に横たわった。
 ソファの下に投げ出されたほっそりとした片脚は、倒れる反動でソファの座面へと上げ、その間に必然的に支えようとするロイの膝が入る。まるで狙っていたかのようにロイを脚の間に納めると、エドワードは再び口付けを求めるように瞳を閉じた。
 愛しい少年に誘われるまま口付けを与え、片腕で身体を支えながらもう一方の手がエドワードの細い腰を彷徨い始める。
 「ん………ぁん……」
 しなやかな指が腰から脇腹を通り薄い胸へと到達すると、エドワードが甘い吐息を漏らしていた。そうして衣服の上から小さな胸の頂きを掠めると、ひくりと小さな身体が震える。その反応を楽しむように衣服の上から小さな存在のそこを刺激してやると、今度は身を捩ってロイの肩を押し返してきた。
 「い、や……だ、やッ……」
 甘い口付けすら中断され、ロイはただ驚くばかりだった。
 「今日は、やだ……」
 頬を染めてはいるが、その言葉は明らかに拒絶。しかしロイが離れようとすると再び首へと両腕が伸びてくる。
 「違うんだ……今日は、特別な……日、だから……」
 細い両腕がするりと解けると、今度はロイを座面へと押し倒してくる。
 わけのわからない言動にロイが目を丸くすると、エドワードは照れたように目を逸らして小さく呟いた。
 「今日は……俺が……し、て……あげる、から……」
 これまで何度となく身体を繋げてきたけれど、いつもエドワードはされるばかりで、今日くらいはロイへ奉仕をしたいということだ。
 聞き取れないくらいの言葉を言い終えると、エドワードの行動は早かった。ロイのまだ反応を示していない下腹へと身体を滑らせ、小さくこくりと喉を鳴らす。そうして恐る恐る手を伸ばしてジッパーに手を掛ける。
そこでようやくほとんど聞こえていなかったエドワードの言葉と、先程の拒絶の意味が理解できた。
 「無理はしなくていいんだよ……」
 それは喜ばしい行為だけれど、ロイとしてはエドワードをこれ以上穢したくないという想いからの言葉だった。エドワードを穢しておきながら、ロイはまだこの少年を無垢なままだと思いたかったのだ。
 「……大佐を……気持ちよくしたいんだ……」
 言いながら温度の違う両手がロイを外気へと曝す。
 どう扱えばいいのかわからなかったけれど、今までロイからされてきたことを思い出してまずは先端に口付けてみた。独特の匂いが鼻を掠めたけれど、それがロイのものだと思えばちっとも不快ではなかった。それから両手で根元を支えながら大きく口を開けて暖かな口内へと含む。するとロイがひくりと震えたのがわかり、幹の部分に芯が通る。するとそれを恥ずかしくでも思ったのか、エドワードの注意を引くようにロイの手が伸びてきてエドワードの髪を優しく撫でる。
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