Episode1 クジラ 

2010年09月05日(日) 16時30分
「最後の曲になります」

そう言って、ギターを持ち直し、手首を返す。漂っているだけの生ぬるい空気を、力なくぼやけただけの街灯の光を切り裂くように、初動から激しくかき鳴らす。

これが俺にできる最高の路上パフォーマンス。



名古屋駅の西口を出た広場で路上ライブなんて青春気取りも甚だしい。そんな声が聞こえてくるくらいに観客は少なかった。現に、俺の目の前を通り過ぎる中年のサラリーマン風の男や週末を楽しむカップルは皆、一瞥をくれては横断歩道を渡って行く。

今弾いている曲が終わったら、これで俺の道は閉ざされるのかと思うと喉の奥から涙と胃酸が溢れてきそうになる。俺の声、曲をたくさんの人に届けたい、そんな願いは父に引導を渡されたことで一気に力なく終息したのだ。できることならレコード会社と契約を結び、メジャーデビューをしたかった。しかし、契約を結ぶ事すら叶わず、俺の歌は一人の男の心さえ動かすことができなかった。

目の前を見ると、高校生と思しきカップル、中年男性、20代のOL風の女性二人組み、彼らだけが客だった。
「ツーペアだな」
特に意味もなくポーカーを思った。
曲が一番のサビになる。曲の中で最も伝えたい内容が詰め込まれた部分だ。頭を空っぽにしてギターを弾く手は感覚のみで、夜空を見て声を張り上げた。
届いてくれ、誰かの心に!もう、誰でもいいから!


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「・・・癌、だってな」

妹に知らされ久しぶりに父に会った。ベッドに寝る父は幾分小さく見えた。発見されたときにはもう手遅れだったらしい。今の日本の医療では敵わない相手になっていたのだそうだ。それはすなわち世界的に治療困難な症例ということらしい。

「そうさ、癌だ。」

父は半ばヤケになっているのか笑って言った。人が死を宣告されて笑えるとは到底思えない。
いや、父ならあり得る、口には出さなかった。
口下手な俺は言葉につまった。あやうく「元気か」などと聞くところだった。

「どうだ、調子は」

「お前こそ、どうするんだ」

父は以前から俺の路上ライブをする日々に嫌悪感を抱いていた。

「俺は」

この先、レコード会社の端にもかからなかった場合、どん詰まりになった時にどうするか、それを考える時期だったのかもしれない。しかし虚勢を張って家を出た手前、ここぞという時に何と答えれば良いのか何も出なかった。

「早く定職についちまえよ」

父の言葉に返す言葉すらなかった。光明が見えているわけでもないのに、続けたところでどうだというのだ。だって、職に就いたらギターが・・・稚拙な考えしか出てこなかった。

「いいか、ヨウスケ。人ってのはな、死ぬときに必ず悔いが残る。どんな人生を歩んだとしてもだ。」

「だから俺は悔いのないよう」

「俺は人に誇れる人生を歩んだつもりだ。追いかけた夢をつかみ家族にも恵まれ、バカばっかりやって、一生を余すとこなく満喫したつもりだ。クジラ見てぇにだ。けどな、夢を途中で諦めたら、家族を持たなかったらって思うんだ。もっと最高の人生を送れた気がすると思えて仕方ねぇんだ。バカもほどほどにしとけば、長生きできたろうにってな。」

「それは無いものねだりだろ」

「確かにな。だがヨウスケ。一番の悔いはこの先の人生を自分自身の目で、脳で、肌で感じれなくなくなることなんだ。」

「ッ」

「夢を追いかけるのは良いことだがいつまで夢を夢見ているんだ?」

父の言葉は俺の中の芯に語りかけていた。この現状、説得力がないわけがない。

「生きるには金は必要だぞ」

俺はその日、病院内で父に向かってギターを弾いた。たくさんの看護師に制止され、騒ぎになったようだが、記憶にあるのは父が「動かされねぇよ」と放ったことだけだった。


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見ればいつの間にかギターの弦が切れていた。
それでも最後の曲、俺は届ける事をやめない。
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